午前9時過ぎにようやく収まって、あれこれ思い返しています

昨日の昼間は、早朝に最愛の彼女が夢に出てきてくれたことにより、ずっと幸福感に満たされていました。

ところが暗くなって深夜頃から、腹が痛くなってきまして、その部位が小腸らしかったので、もしかしたら夕食で食べたシシャモが冷凍されていたものの長期間たっていて、しかも焼き方が不十分だったことを思い、食中毒を疑ったわけです。

当然、吐き気もしてきて、大便もしたくなりますわね。ところが今日の朝までに大便は二回とまあいつもより多いわけですが、下痢などはしていないのです。朝食は軽くパンでしたが、朝に飲む薬のための下地のようなものなので仕方ないわけですが、それさえも吐きそうになってくる。

そこで気がつくんです。これはもしかしたら心筋梗塞の第二波なのかもしれないと。私の母はまさに食中毒のような腹部の痛みでしかも未だかつてない痛みだったとのことで、私ももしかすると、本格的な心筋梗塞なのかと思うも、立ち上がるのもやっとという有様だったので、朝の薬と共に常備していた抗生剤(レボクイン)を呑んで、これなら食中毒菌も抑えられるかもと、また入浴は心不全にはいいらしいという話もあったので、吐いても問題ない場所でもあることから入浴したのです。

しばらく湯船に漬かっておりました。すると多少は楽になったものの、痛みと吐き気はそう変わらない。そこで思ったのは、水分が不足している可能性です。それで、すでに買い置いていたグレープジュース100%の200mlを飲みましたら、すうっと痛みが軽くなって、やがて消えていきました。
どうやら、心筋梗塞の第二弾だったようです。何とか血が通ったんでしょう。

病院? 行きませんよ。猫に頼られてる存在ですし、もう心臓をいらわれたくないので、行き着くところまで行こうと思います。といっても、薬はやめるわけにはいかないので、7月になったらまたもらいにいきますけどね。どうせ血液検査するでしょうから、その結果判断ですが、もうオペは御免ですから、そう申しますよ。

死の間際には予兆があるのかも

しかし、不思議ですねえ。死ぬる間際の前日というのは、最高の幸福感で満たされるものなんですね。
私の母もそうだった。
2007年8月30日に、いったんお腹の痛みに襲われて、母はこれを食中毒によるものと誤解して、その晩は絶食して終えて、これでいったんは回復したんです。
そして8月31日の昼間にテレビを見ていた母が、私のほうを振り向いて、にっこり笑って「私は利ちゃんのお蔭で幸せやったよ」と言ったその姿が、まるで天使のように輝いて見えたのです。
今までそのようなことは、はっきりと言ってくれたことはないけど、わかってることだったし、私はテレくさくて何もしてあげてないのに、なに他人行儀なことを言ってるんだといった応対だったですね。

ところが翌9月1日の午後に突然再び激しいお腹の痛みに襲われた母は、病院に連れて行ってほしいとせがんだほどに、尋常の痛みではなかったのです。
そして、その日は土曜日で大病院も休診ながらも、中継した中規模病院の緊急要請で、大病院の循環器担当医がみんな出てきてくれて、深夜に手術になったのでした。
そして命を取り止めたかと思われたのでしたが、6日に突然、心機能が停止し、還らぬ人となりました。

私もそのようなコースを辿ることになっていたのかもしれません。とにかく昨日は、夢に故き彼女が出てきて、笑顔を見せてくれて、私はいろんな不忠を許してくれていることを感じ取って、感謝の思いが一杯のとても幸せな気分だったのです。

今日は心筋梗塞の再発だったと思われますが、まだ死んでいない。これはちょっと死神さんも誤算だったかな。うん、まだやるべきことがあるから、ハイアーセルフが針をレコード盤から引き上げていない。だから、まだ生きているとも言えるかと。
あるいは、まだお呼びの時間じゃないかもしれない。まあ、いいようにしてやってください。しかし、痛いとか苦しいとかは真っ平御免なんで。死ぬことがわかった状態ですっと逝けたらいい。そうすれば、自分の立ち位置がわかるから、ある程度その先を制御できるでしょうから。

思えば、白猫のフーちゃんもそうでした。白虎の役柄で来てくれた神猫だっただけに、失踪する二日前の夢に、顔面を損傷した姿を見せて、死期を知らせ、失踪した日の朝には、私が起床したとき、私の足の辺りで添い寝しているフーちゃんがいて眠っており、そんなことは初めてだったのでびっくりしたのですが、その眠る姿が白く輝いたようになってまるで天使の寝姿のように見えたのです。
そして、やがて彼も起きてきて、私の掌に乗せたドライフードを幾分かかじって、いつものようにキッチン側の窓から出動していきました。そして、再び帰ってくることはありませんでした。

今から思えば、あの程度の食事だけで我慢させていたことが悔やまれます。あのころは、まだ猫の食事量の適量というのがよくわからず、個体差もあることから、あの程度にしてしまっていたのですが、彼ら三匹が幼猫として我が家にやってきた一週間後ぐらいに、白虎とボーリングピンのような二体の、それぞれ三つの目を持つ神獣である旨報せるべく、私の夢に出てきて、よろしく頼みますといった感じでにこっと目で笑い、特に白虎(フーちゃん)は、夢の中でどんぶり鉢に顔を突っ込んでがっつく大飯食いのように振舞っていたので、まったくそのようにしてやれていなかったと思います。
それでも、育ての親には精一杯忠義を尽くしてくれたのでした。彼のお蔭で、四神獣が揃うという奇跡的なことが達成できたのです。そして他の二匹ももう少し生き延びて、それぞれに不思議かつ大きい貢献をしてくれています。

不思議ですね。猫は死ぬる前になると、育ての親に添い寝してくるんです。いや、神獣猫ならばこその忠義の示し方なのかもしれません。黒猫のブーちゃんも、尿の垂れ流しの病気になってしまって、それでなお一晩の間、ずっと私のお腹辺りに添い寝してきて寝床を濡らしたりして叱り付けたりもしたのですが、あれも最後の忠義立てをするつもりだったかのかと、もっと大目に見てやればよかったのにと悔やまれます。その数日後、2018年4月14日に彼は我が家を後にし、再び帰ってくることはありませんでした。

ブーは我が家を出て行く際に、上の車道まで出る家の通路は北東方向を向いているのですが、その途中の石段でしばらく何かに祈るように瞑想して、去って行ったことを監視カメラの映像で確認しています。
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北東方向はウシトラの方角ですから、彼はウシトラノコンシンが応援に派遣してくれた神獣だったのだなあとわかってくるのです。ブーとフーとウーの最初の三匹がそうだったのです。三神獣ですね。

ブーはその後、2018年10月3日未明と翌4日未明の夢に出てきて、忠義ぶりをまざまざと見せてくれました。
尿漏らしで私の手を煩わせたことの償いにというわけか、私は夢の中で大便を失禁してしまい、大便を床に落としたとたんに、両足の間からブーが後頭部を覗かせて、落ちた大便を懸命に口で食べてきれいにしようとしているのです。それを上から見て私はブーよ、やめろやめろと叫んでいるところで夢から覚めました。
私は、ブーの思いに感動して、自分の心の狭量さを思い知り、彼の尿失禁を咎めたことを悔やみました。
すると4日未明にもブーは夢に現われ、ひょうきんな顔をして対面してくれました。こうしたことから、彼は元の世界に帰ったことが確認できたのです。

母猫のウーちゃんは私が怯弱なため、2013年10月に失踪させてしまい、申し訳ない限りなのですが、おそらくもう生きてはいないでしょう。しかし、あまりにも悲観絶望させてしまったからでしょう、夢に見せてくれるようなことまだないです。
ウーちゃんは、昨日見た夢の最愛の彼女の形態模写をする猫で、おそらくは彼女がウーちゃんを依代にして来てくれていたように思うのです。ウーちゃんは女ですから、巫女の素質があったのです。目を三つ持った神獣だからこそ、この三匹に関しては多くの不思議があったのですね。

いまはこのウーちゃんが生んだ子のうち二匹が生きていますが、シャンなんかよく添い寝してくることがあるため、お前まさか死ぬつもりじゃないだろうなと釘を刺すようにしているような次第です。その甲斐あってか、危ないときを何度か経ても、まだ元気です。

今日は割合頻度が高くなりましたが、猫の話題です

さて、まず注目していたことの邦訳が出てましたのでそれを。

2019年トランプ大統領の一般教書演説全体の日本語訳(自動翻訳版)
https://rakusen.exblog.jp/27987945/

これだけのすばらしい施策方針演説を何の文書も持たずとうとうと語り尽くすトランプという偉大な人物に敬意を表します。
弥勒の白相からの黒相への敢えて対立を誘わず、言向け和す(ことむけやわす)感覚にもすばらしいものがあります。
民主党やカバールも多少は安心できたのではないでしょうか。両者が協調路線が取れるかどうかのラストチャンスになるかも知れません。

猫のブーとシャンの異界的な話

さて、うちの猫ブーとシャンはそれぞれ何らかの神の下命を受けて私のもとにやってきていたことがほぼわかりました。
それは、彼らが瞑想するときがありまして、その向かう方角が、ブーの場合は北東方向、丑寅であり、どうやらウシトラノコンシンからの下命を受けていたと推測されます。2009年11月に三匹の子猫としてやってきて、少し後の明晰夢で目がそれぞれ三つずつある(額にもうひとつ目がある)神獣の化身であることを示してくれたのでした。
ブーが神に祈る有様は、ブーがここを立ち去り、再び帰らずになったそのときの監視カメラの映像に残っています。2018年4月14日の記録を録っております。
道路まで出る地道の途中にある石段で2度ポジションを替えて3分間にわたって北東方向に黙想する姿が写っていました。

また、猫シャンは、最近体調がすぐれず、外に出るとある一定の落ち葉の溜まった場所で瞑想していたりするのですが、その方角は決まって真東を向いてのことでした。
最近ではもっと体調が良くないため、室内で板の間に下りたとき、いきなり恍惚状態になっていたりするのですが、これがまた板の間の向きとは関係なく真東に向いて座っているのです。
真東といえば、奥津嶋姫を遥拝する方角。お彼岸の朝のご来光の方角です。きっと奥津嶋姫の下命を受けているのでしょう。

ブーは家が火事になる寸前で眠りから覚ましてくれたため、鍋と電磁調理器は黒焦げになりましたが大事に至らずに済みました。その後、2018年になってからは家に居つくようになり、たえず身辺警護に当たってくれていました。ブーも年をとり、遠征が難しくなってきていたため、家で隠居するように薦めていたもので、そうしていたのでしょう。

しかし、最後のほうで、尿の垂れ流しを室内でしてしまうようになり、私が怒って、神なら自分で治療しろ、できないならあの世に行けとまでなじっていたので、そこまではやはり肉体のブーにはできなかったのでしょう。朝のブーの食事中にさえ小言を聞かされたブーはそれまで家老職的なしっかりした面構えだったものを、いきなり好好爺のように相好を崩し、私もその瞬間、もしかしたら悟ったかな、ここを出て行くかもしれない、と感じたものの、食事するブーをそのままにして買い物に出たのでした。
まさにそうでした。私が買い物から帰ってくる30分ほど前に、我が家を後にして、再び帰らずとなったことが、後で録画からわかったという次第です。

それから約半年後、10月3日と4日の連日の早朝の夢に黒猫のブーが出てきました。3日の夢は、私がうんこを失禁して床に落としてしまったのを、ブーが自分の口を使って拭き取ろうとしてくれた夢でした。彼はきっと尿失禁した頃の償いをしようと来てくれたに違いありません。翌4日にはひょうきんな顔のブーが対面して出てきまして、元気そうな様子を見せてくれました。詳細は ⇒  https://snowy.悠遊夢想.jp/2018/10/16/
きっと、いまでは元の向こうの世界に暮らすようになったのでしょう。ウーやフーやチンと一緒にいてくれたら嬉しいんですが。

シャンもまた、私が夜間寝ている間に、5秒以上の脈飛びでとつぜん命を落とすことのないよう、そのたびに大声で鳴いて起こしてくれていたようです。夜の不寝番ですね。ホルター心電図の結果を見て医師も感じ入っておられました。

このように、命あるものは、それぞれの感性に応じて、それなりの貢献をしてくれるもののようで、彼らの面倒を見るのはとてもたいへんですが、これもまた生き甲斐になっていることも確かであり、誰が後先になるかわからない命とはいえ、できるかぎりのことをしてやりたいと思います。ブーには約束をいくつもたがえてしまい、申し訳なく思っています。

また、母猫のウーはこれまた2010年に亡くなった第一の彼女そのままの形態模写をみせてくれ、まさに我が家に妻がいるという実感があったものです。2013年10月に失踪させてしまい、私が怯弱ゆえに起きた大失態でありました。
父猫フーは白虎の求めに応じて応募してきた賢い猫でした。新神話への功労猫です。ブーフーウーの三神獣は、神棚で毎朝称名中です。

本日は大雪

ここいら山陽地方はいつもにない大雪になっております。室温は2度。昨晩から水道管凍結防止のためチョロだししています。
あたりはいちめんの雪景色。水墨画の風情を醸しております。

【衝撃事実】世界の住宅「冬の室温」日本がワースト1位 / なんとベスト1位のロシアは24度
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※ たった10度というが、それでも羨ましいでござるな。すきま風が吹き込み、ストーブなど何の役にも立ち申さん。フェークショイ!!
我が家だけで日本の平均室温を下げているようで、申し訳ござらぬ。

しかし、メルヘン情緒ゆたかな土地柄でして、妖精やら宇宙生物やらにとって居心地いい環境のようでござるよ。

うちの猫のことから想いを連ねていくと、どこまでも行きそうな

掲題の話をする前に、ちょっとある有名ブロガーさんの昨日の記事を紹介しましょう。

あの伝説の凍死家・くほほほほ・・・おじさんが少し遅ればせですが、Qアノンのことで興奮しておられます。
https://golden-tamatama.com/blog-entry-shock-q-is-jfkjr.html

無理もありません。
QアノンのQの文字とは、JFK大統領のお墓の前の大きなQの絵文字に由来するらしいこと。
そしてまたQアノンその人の肉声は、JFK.Jrの肉声そのものらしいことなどによります。

JFKのお墓はGoogle mapでも見ることができ、確かにきれいなQの模様がこしらえられていることを、くほほほおじさんは何枚もの画像で示しておられます。

もしかすると、11月22日はJFK(パパ大統領)の命日なので、その日に何か大きなこと、正義の勝利が確定するような出来事が米国で予定されているかもしれません。
Qアノンは、11月11日に注目するよう言っていましたから、この期間が特に注目すべき日々になるかと思われ、海外ニュースについてネットなどでウォッチされたらいかがでしょう。

JFK.Jrがする親の仇討ちのようなことになるのかもしれないし。
幕府から仇討ち赦免状をいただき、父の仇を討つようなことですね。
助太刀は暴れん坊将軍のトランプだったりすれば、お茶の間のお爺さんおばあさんたちは、目を細めて、やっぱりこういうことってあるじゃろうと囁きあうことでしょう。
これは架空の時代劇ではない、本物の時代劇なのですからね。

ともかく、何が起きるかわからない時代になりました。

株価がいま崩落中ですが、その期間中にウォール街がクラッシュするとか。
FRB、ゴールドマン、モルガンショックが起きるとか。
50000人以上の大量逮捕者リストが罪状と共に公開されて衆目を浴びるとか。
ディープステートが追い込まれる事態になるようなことではないのか。

考えてみたら、庶民にとってはロクなことじゃないかもしれない。
しかし、長く久しく、喉の奥底から渇仰していた何かが、見届けられるかもしれない。
朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり。
良質の冥土の土産を手にして、お爺さんおばあさんたちは、三途の川を渡って行かれることでしょう。
よかったよかった。めでたしめでたし。  (このアホウ、目え咬んで師ねぇ)

うちの猫のこと

うちの猫はもう二匹になりました。白猫のトンとシャン、満8歳です。しかし、それぞれ両極端な性格で、しばらくして慣れるまではイライラカリカリ。足して二で割るぐらいなら平均的猫になるものも、あまりの違いに扱いがわからず、また意思疎通が図れず、当り散らす日々がどれほどありましたやら。
しかし、両極端ほどに性格も食事も違いがあるとわかってくると、対応の仕方もわかってきて、こんな不可思議な飼い猫のケースもあるのだと想いつつも、また仕方なくも、トラブルを最小限にしながらのお付き合いをしてきております。

メス猫のシャンは、家の中で過ごすことが多くなりました。病弱なのと、餌を自然界で摂ることが困難なためか、あるいは簡便さを重んじてか、私に餌をねだることねだること。しかもその食事量がものすごいのです。普通の大型猫でもここまでは食べまいと思うほどの量を、1時間~2時間おきにねだってくるため、私が夜眠るときも大きな鳴き声で起こされるわけで、一晩が何晩も経ているようで、ずいぶんと長く感じられてトクしたような気になることもあります。ほぼ一日おきに買い物しなくてはならないのも、シャンの餌が切れ掛かるからで、シャンの扶養にかける費用は生活費の半分ほどにも、と言うのはちょっと言い過ぎでしょうか。

とにかく、彼女の生きる楽しみは食事にあるといった感もありますが、どうも体調がよくないために、食べざるを得なくなっているのかもしれないと気にはかけています。昨今、口内炎になっていて、お医者さんから抗生剤をもらって投与していたら、ようやく治った感があります。するとまた食欲もりもり。千と千尋の顔なしのような、あるいはステゴザウルスの姿を見るような。

過去世はこないだ見た夢に、中国人のおさげ髪の少女が石畳をサンダル履きでパタパタ走ってくるのを見て、その顔がシャンに似ていたので、ああ、過去世は中国の良家の子女でもあったのだろうかと、ふと移情閣に囚われていたというファン・ナンなのかも知れないと思ったことです。我が家に縁を持った以上は、我が子のように思いつつ、孝行をしてやろうと思っています。

いっぽうオス猫のトンは、小さい頃から少食で、外で道草を食べて大きくなったような感があります。少食ゆえに他所猫との喧嘩ではスタミナで負けること多く、傷だらけになって帰ることもしばしば。一度など、頬の肉がこそげて、口内に達するかと思うほどでしたが、次第に回復し、元の顔になりました。しかし、その怪我をした後遺症で、左側の耳から血膿が出る感染症になり、三半規管がやられたか、歩くときいざるようになりましたが、長い時間かけて耳出血も治り、ふらふらずっこけながらも環境に慣れて治癒が進み、今では元の快活さに戻っています。

最近は、よく喧嘩したA家の猫もいなくなり、喧嘩相手がいなくなったせいか、トン自身がA家のほうに遠征しているようで、首の後ろ辺りに禿げができていたりして、闘ってきたなと思わせていました。それももう最近は無傷であることが多く、勢力を伸ばしたか、あるいはあちらが弱体化したかと思われます。というのも、Aさんの奥さん、旦那さんと相次いで亡くなり、跡取りがやはり猫にさほど関心がなく、ブーがうちに居ることが多くなった頃には、20匹も居た軍団が解消して数匹になっていたもようです。
だから、あちらの長老猫たちが入れ替わり立ち代わり、我が家に居つこうと、侵入や襲撃などを繰り返したり、帰順の意を示してきたり、いろいろ苦労していたのです。

前にも書きましたが、A家の猫たちは、元はもう少し山側にある桃源郷という別荘で飼われていたのでして、飼い主が突然亡くなり、エデンの園を追い出されてしまい、苦労してA家に辿り着いて、ようやく一族の命が助かったようなことだったようです。まさに漂白のユダヤ猫。そんなこととは知らず、私はそこの猫がうちの猫がまだ幼猫の頃に襲撃してきて、追っ払うことがいつものようになっていたので、そのような深い事情があるとも知らず、敵対的に考えていたわけでした。それを知ったとしても、なお撃退したのは、これ以上の数を養う資力がなかったからです。

彼らも、うちの猫と喧嘩してでも追い出して、後釜に入ろうとしていたようなことでした。まさにユダヤ的、イスラエル的と言ってもいいかもしれません。しかし、結局は私は徹底的に拒否しました。そしていま、彼ら一族は、離散という結果になっています。イスラエルのこれからを予感させるようで、なんとも言えません。
ブーがA家との渡りをつけようとしたこともわかっています。だって、彼の奥さんや子供たちは向こうにいたのですから。もしよければ、ブーの子孫たちなら、受け入れてもいいかと思ったりもしましたが、彼の子供たちと思しき黒猫もここのところめっきり見ていません。ブーとともにどこかに去ったようです。今はブーの奥さんたち、子孫たちともども、仏壇で冥福を祈っています。

ブーは今年の4月14日に我が家を去り、10月3日と4日の明け方に夢の中に出てきました。おそらく他界したのでしょう。
ブーは、神世から白虎としてやってきたフーの父親でもありましたが(ウーが母親)、精一杯生きようとして、なかなか思うようには行かず、ずいぶんこの世では苦労して、しかも最後は私のつれない言葉に絶望して去って行ったようなことでした。それなのに、夢でよく会いに来てくれたものです。ブーには感謝あるのみです。

さて、トンは幼猫のときに去勢しているのですが、我が家のテリトリーを守ろうとして他所猫と激しい言い合いと喧嘩になることが多く、大声で威嚇しあうつど、私は止めに入ることがしばしば。伯父のブーとも、幼猫時代にずいぶん面倒見てもらったはずの記憶も忘れたか、よく言い合いの喧嘩をしていました。

去勢しているとはいえ、こう喧嘩早くてはと思うのも、彼は大国主さんに性格が似ているからだと思います。出雲国というけっこう大きな領土を守るのに、ヤチホコと呼ばれたように、戦を構えねばならなかったその性格が出ている感もあり、また顔も似ているのです。そして肉食ではなく道草を食べる草食系と言いますか。まさに穀物の神の性格らしさがあります。

顔が大国主さんに似ている? 私は2013年5月11日の未明の夢の中で、神世の出雲大社の社殿の板の間に敷かれた羽毛ほどに軽い寝具をはしょって起床したのでした。(妹からもらったダウンシュラフで寝ていたお蔭です)  https://p.booklog.jp/book/97441/page/2635600/bookmark
10畳程度の一室が緞帳の仕切りでこしらえてあり、燭台に火が灯っていました。緞帳が二つ分ほどなくなった向こうが通路になっていて、そこに大国主さんがみずらを結い弥生服を着た姿で、こちらを見ることなく歩いていかれました。そのお顔が、トンに似ているのです。
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大国主さんのお顔で、人間似の人も見つけています。それが何と、2014年にわけがあって知り合ったある神社宮司さんの友人の方だったのです。彼のブログを見ているうち、メガネをかけてはいたものの、あれ?この人は大国主さんそっくりだぞ、いったい誰なんだと、さらに見ていけば、やはりスピリチュアル系に堪能な実業家で、外車の販売店を経営されているらしいことがわかりました。しかも、岡山県内の西のほうです。このお方です。
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null  (メガネをかけてないこちらのほうがバッチリそっくりなのです)

しかも仲間の人たちから「カミサマ」と呼ばれているのです。そのわけは、やはり大国主さんに似ているからだというのです。まさにこのお顔ですよ。私が神世で出会った大国主さんは。私以外に、神世に行って、大国主さんに出会った方が、同じようにいるんですね。そうでなかったら、わかるわけがないのです。さすがスピ系のお仲間の集まりといったところです。

さて、トンは、道草を食べると言いましたが、その種類は、猫草と呼ばれるように猫がよく食べるのはイネ科の植物なのですが、この近所にあまりないせいか、彼が食べるのは「龍の髭」系の植物なんです。イネ科のように葉が細長いのですが、イネ科ではなく、よく観葉植物として出されている種類なんですね。

その「龍の髭」というのも、大国主さんにはゆかりのものなんです。そもそも大国主さんご自身が龍蛇神で、奥様の奥津嶋姫さんも龍神なのです。
その道草だけで、胃腸の調子はいいみたいで、トンは肉付きががっしりと、またよく肥えています。草を食べる猫、そして太っているから、まるでホルスタイン牛のよう。トンは豚の音読みですし。
それで彼の名をいつしか、大国のトンちゃんと言うようになりました。あるいはかつての横綱の大乃国とか。
また、トンだけではありませんが、彼が死に掛けたときが三、四回あり、手当てして命を救いました。大国主さんも、何度も殺されそうになり死にかけて、助けられている方ですね。

しかしトンは、大国主さんの化身というわけではないでしょう。お忙しい身ですから。私の様子を調べるために、大国主さんが派遣した特派員かも知れないです。
その辺の話は、また次回にでもいたしましょう。

黒猫ブーの話

愛猫ブーが約半年ぶりに夢に現れた

すでに過去のことですが、10月3日と4日の連日の早朝の夢に黒猫のブーが出てきました。
この4月14日に家を出ていって帰らぬ猫になっていたのでしたが、いまでは向こうの世界に暮らすようになったのでしょう。

失踪の一週間ほど前から、彼は家の中に居て、尿失禁を起こし、プラダンを敷いた床に尿をこぼしていました。お尻のあたりはいつもびしょ濡れで、老いと膀胱炎のようなことで、たぶん押さえが利かなくなっていたのでしょう。長引きそうな厄介な病気のようでした。しかし私は医者に連れて行くことができませんでした。たいてい車を嫌がるだろうことと、費用のことと、私自身が二度目のオペから退院してきて間もなしだったことで、心臓に負担がかかるように思ったからです。幸いプラダンですから下にはしみこまず、ふき取ればいいわけですが、それもまたかがんでやることなので、かなりしんどいわけでした。
それで、ブーには、お前は元々、神だったのだから、自分の力で治してみろと、なじるようなことがしばしばでした。
彼は2009年11月に三匹の幼猫としてやってきた一週間後ぐらいに、夢に出てきて、白虎とその両親のシーサーであることを示し、彼はシーサーのオスであると特定していたのでした。
だから、神ならば自然治癒が自力でできるだろう、それができないようなら、すでにフーもウーもこの世に居ないのだから、元居た神世に帰れとまで言ってしまいました。
彼らは、私の新神話におけるシナリオに、スタッフが見つからないのでは困るだろうからと、特別参加してくれた神の化身たちだったのですが、三匹ともそれぞれに、決していい扱いがしてやれなかったことを重々承知し、申し訳なく思っていましたし、最後になったブーの失踪後には、なじりすぎたことをとても悔いました。

今でも4月14日の朝にブーに与えた最後の食事のときのことを憶えています。その頃、テーブルの上で彼は食事をするのが常でしたが、そのときも尿をテーブルにこぼしながらの食事でした。その際に、私はまたもなじって、なんとか治せ、それができないなら、神世に帰れとまで、いろんな話を合わせながら説得したのでした。
彼はそれでもしっかりとした面構えで食べていた、そのときいきなり面構えがふっきれたように穏やかになったのを見ました。彼はそのとき、悟ったようでした。

そのすぐあと、私は餌の補充の買出しに出かけたのですが、私が帰ってくるほぼ30分前に、彼はゆっくりと時間をかけて、出て行くさまを、監視カメラの映像に残していました。
道は地道で、北東(丑寅)の方向を向いているのですが、その中間ぐらいから石段になっていて、その最初の広くなった石段の手前で、しばし祈りを捧げるように座っていて、次にその石段に乗ってまたしばし瞑想しているようで、そしてそれから上の舗装道路のほうに出て、どちらにいくか若干躊躇しながら、A家のある北かもしくは、正面の小山の方向にむかったようでした。それ以後、帰ってくることはありませんでした。丑寅の方向に向かって祈りをしている様子は、彼もウシトラノコンシンの命でやってきてくれたことを意味するのかもしれません。

彼には、それまで約束していました。先代の猫の子のトンとシャンがいるが、ブーよ、お前もいずれ隠居したら我が家に戻って、リーダーとして後輩の指導に当たってくれと、何度か話していました。ブーは約束どおりそのようにしてくれるようになっていたのです。私が不慮の心筋梗塞で二度に渡る入院のとき、乏しくなる食糧を三匹で分配して生きていけたのも、ブーの指導のお蔭であることは紛れもありません。
退院して帰るたび、三匹がすぐに姿を見せてくれ、無事であることを確認させてくれました。ブーとトンはよく喧嘩していたものですが、三匹仲良く揃って現われてくれました。

そんなある日、ブーは一日二日帰ってこず、外から帰ってきたとき、下半身をやせ細らせて、尿失禁をするようになっていたのです。いや、尿に濡れたせいで、がっしりしていた足腰が実は毛のふくらみでそう見えていただけかもしれません。ほんとうは使いすぎてくたびれた足だったのを、猫世界でメンツを保とうとして強がりしていたのかとも思います。

とにかく、彼には苦労させてしまいました。北にあるA家に嫁探しに行き、A家でたくさんの子を作ったようです。Aさんは、ようここに来て、さかっていくよ、うちにいるびっこのメス猫がよう黒猫を産んでなあと。
ブーは子煩悩だったからか、毎日一往復か二往復、片道200mの坂道を歩いていました。ブーはうちの猫だとAさんに言わなければ、ブーはずっとA家だけに定着していただろうに、それからは餌がもらえなくなって、我が家との往復が仕方なくなったのです。彼の足腰が早く弱るのは、そんな事情もあるのです。

この10月3日朝の明るくなってからの夢でした。私は最近よくありがちな、突然に便意を催して、うんこが出そうになるのを、下着につけまいとしてめくった途端に、ドタッとうんこを床に落としてしまうことがしばしばでした。プラダンの床にしているので、チリトリ二つで挟んで取ることができて慣れているのですが、ところがそんな夢を見てしまい、落としたうんこを上から見ているときに、開いた両足の間に現われたのは、がっしりしたブーの後頭部で、なんと彼は、私の落としたうんこを、食べているのです。
「おい、ブー、やめろ。やめろ」
しかし、彼はやめることなく、食べて平らげてしまおうとしているふうでした。そして夢が覚めたとき、そうか、ブーは在りし日に尿失禁して私にいちいちふき取らせたことの償いに、夢に出てきて、私の大便失禁の後始末をしてくれようとしたのだと悟りました。
私なら、チリトリを使い、あとはチリ紙か雑巾でふき取れるものも、ブーにはそんなことはできない、だから口をモップ代わりにして食べて取ろうとしていたのだと理解しました。
尿失禁は病気と老化による仕方ないこと。医者にも連れて行かず、非人情ななじりをした私のほうが悪い、そのことをあの失踪の日からずっとわびていたのに、ブーのほうも自分が悪かったと思ってか、償いに出てきたような気がして、感涙とどめられなくなりました。

その翌日の未明、10月4日ですが、ブーが再び夢に出てきました。今度は正面から向き合い、私が彼に手を伸ばして頭の辺りに手をやると、彼は頭をぐっと持ち上げて、私を見たわけですが、両目とも妙に突き出たようになっていて、ひょうきんな感じに思えたことでした。
力強さが感じられたので、向こうの世界で、また生活を取り戻したのではないかと思います。ウーやフーとうまく暮らすようになったのだろうか、そのあたりまではわかりません。
とにかく、幸せであってほしいと思います。また、いつも仏壇では彼らの名を称名して幸せを祈っています。ありがとう、ブーフーウーの三神獣さん。

不思議なことだらけの一生に感謝。

* その後、2020年に黒い幼猫の兄弟が道路向こうの溝から出たり入ったりして遊んでいる様があり、私はああ、あれはブーの子孫に違いない、またできたら飼いたいなと思っていました。しかし、以後姿を見せませんでした。
ところが、それから数か月後、我が家の餌場に侵入したのは大きくなったこの二匹でした。ところが、見回りのトンが見つけ追い払おうとして、一匹が高さ3mはある通路から下に落ちてしまい、下には給湯器や空調の室外機など金属物があったため、もしかするとしたたか身体を打ち付けたかも知れません。もう一匹はその騒ぎのどさくさに逃げていました。

その後のある日、私の部屋の猫用入り口に佇んでいたのはきっと落ちた猫(雌猫)だったでしょう。瘦せ細って、私を見上げていました。
私は餌をいちおうやり、それでもじっとしていたので、「ここに居着いてもいいぞ、どこでもいいから、中で暮らしなさい」と言うと、どうやら本当に理解しらしく、それ以後、我が家の中で暮らすようになりました。
よくトンとは睨み合ったものの、動作は鈍く身体はかなり痩せて小さくても、ひるまずに睨み返していたので、トンも理解したようです。
こうして雌猫は室内と屋根の上で暮らすようになり、やがて妊娠し、たぶん父親はよく遊んでいた兄弟猫だったと思います。というのも、雌猫の室内暮らしに合わせるようにして、やや大柄の黒い雄猫が餌場に現れるようになり、やがて猫用入り口で私からの直接の餌を摂るようになったからです。

そして、不思議なことに、雄の黒猫は皿に入ったウエットフードをきれいに平らげ、まるで彼こそがモップ代わりになったブーの再来かと見まがうほどでした。
そう、ブーは将来のために、子孫をここに派遣して、ブーの在りし日を再現しようとしてくれたのだと思いました。 しかももう一匹の雌は、ブーが子孫を残そうとしてか、虚弱だが雌猫を付けてくれたといったことだったのかと思います。

雌猫はやがて一匹の雌の子猫を生みました。名前はアカではじめは屋根の軒下暮らしを母猫、そう名前が後になりましたが、母猫はクロです、と共にしていました。そしてアカを育てていたときのクロはすごく嬉しそうでしたし、アカも喜びいっぱいを身体で表わしていました。このときの父親はクロの兄弟で名前はクロアニでした。
アカが生まれたちょうど1年後に次の赤ちゃん、黒で雄猫のアオが生まれました。このときの父親は、最近引っ越してきた家の飼い猫で、この辺ではいちばん強い縞模様の猫、タイガーです。というのもクロが子猫を生んでからというもの、毎日のように母と子の様子を見に来ていましたから。もう一匹、タイガーの弟になるコジュウトとともに訪れていました。
ただ、コジュウトは我が家の猫、とくにアカに襲い掛かり、トンがよく助けに入っていました。私はこの猫だけは危険視して、捕まえて懲らしめようとしましたが、何度やっても逃げられてしまいました。

しかし、この父親兄弟はアオの遊び相手をし、アオも思いっきり体当たりして力を付けようとしていました。そこにクロも加わったりして。クロは父親兄弟と仲が良く、いつも屋根伝いに車庫の屋根から、父親兄弟の来るのを待っていましたね。どれも素晴らしい光景でした。
むろんコジュウトを捕獲しようとはもう思いませんでした。しかし、アカは深夜に忍び込むようにして我が家にやってくるようになり、明らかに恐れている様子でした。可哀そうでしたが、そのお蔭か体格が良く、いずれ母猫になるだけの力をつけているふうでした。がんばれ、アカ。たいへんだろうが、子育てするようになれば、母猫は力を倍加して強くなれる。がんばれ、アカ!!

おかしなことに、アオの父親のタイガーはいつしかいなくなっており、コジュウトもその後、失踪してしまいました。アオもクロも屋根の上からタイガー兄弟を長い間待っていましたね。とても寂しそうでした。可哀そうでした。