ホの字の神がホフマンなのか

前の記事に書きましたように。
>ハイアーセルフのことを「ホフマン」と呼ぶことにしました。彼は、見る立場によって、梵天になったり、天の穂日になったり、山幸彦(ホホデミ)になったり、ホルスになったり、これといった定型を持たないようで、軽くホフマンでいいじゃないかの思いです。保父マン。

偶然とはいえ、みんな頭文字が「ホ」になっていましたね。「ホ」の字といえば、惚れた腫れたのお熱い関係のこと。しかし、ここでは何の関係もありません。

梵天については、あなたの直上のハイアーセルフは梵天様よ、と霊能女性に言われたことに由来します。2001年のこと。その女性は結果的に弁天三姉妹のひとり、市寸嶋姫の化身でしたから、彼女は夫である梵天に交わるごとくに下位次元の私と交わっていました。うまいこと関係を盛り立ててくれたものです。

このときの女性は、私が不思議世界に入りこんだ50歳以降に登場した二番目の女性で、2000年9月27日に移情閣というキーポイントで初めて出会ったわけですが、館内で別のキャラクターとして、乙姫(亀)と浦嶋(鶴)の関係を強調していました。御伽草子の「浦の嶋子」という物語のキャラです。これは古事記神話では、海神龍王の娘・豊玉姫と日子ホホデミ(山幸彦)の関係に焼きなおされています。

弁天さんは初源はガンジス河の神で、ガヤトリー、サヴィトリー、サラスワティーの三姉妹。それが日本神話の宗像の三姉妹になっているわけです。河の神、水の神、海神と水系の神で括れるわけなので、この間でキャラクターを相互変換するのです。

その後、移情閣の女性とは2年で別れ、2002年から2003年にかけて三番目になる伏儀神農神に縁のある(飼い猫が神農神の化身だった)韓国女性としばしつきあいました。この方は宗教遍歴する人で、それぞれの教祖に多額の寄付をし、総額2億円とのことでした。しかし、全部裏切られて、それゆえ遍歴したわけですね。足元にノラという猫に化身した神農神がおられたというのに。
またこの頃、職場の先輩の海幸彦の神話名をまるごと表す人が、山幸彦である私の、移情閣の女性との失恋を気にして、紹介してくれたのがこれまた名は体を表すか、天の岩戸開けを象徴するかのような女性・戸国日出見という方で、自らの不遇を嘆いているような方で、何度かのデートでわかったことは、彼女自身には誕生日が二つある。ひとつは12月30日、これが本当の誕生日、もうひとつが1月2日というもので、親がその日が望ましかろうと戸籍上そうしたとのこと。彼女は正月明けの日が好きでなく、大晦日前の日に友人とだけの誕生祝をしていたとのこと。

日本人とはすごいものです、名前で体を表す仕組みが備わっているかのようで、これを言霊の力とか言ってますね。
「奥の戸推し開き」の意味を持つ名前の私には、こういう謎かけがよくあるわけで、彼女はまさに天照大神のステイタスになっているのです。推測できることは、岩戸に籠った天照大神はニートが好き(夜明け前を好む)で、開けられることを嫌がっているらしいこと。また、この女性は豊満でチャーミングながら、つき合っている最中、一度として女を意識できなかったのです。海幸彦の後からのコメントで、彼女は子宮筋腫で切除しているとのことでした。なるほど、女でもなくさりとて男でもない。だから何の感覚も湧かなかったと推理できました。
まだこの頃は、天照さんは女神だと思っていました。その後、ホツマの内容を知り、男神が本当と知ったのでした。しかも、ニートが好きとなれば、どうなんだ、岩戸から出すのは大変だなというわけです。2003年の12月30日の彼女の誕生日に、スナックで打ち上げて別れました。

そして私は、移情閣の女性の働きかけもあり、50歳になる直前日に現れた第一番目の女性(奥津嶋姫の化身)と補完的なお付き合いを7年しました。この方も水の神です。2005年には移情閣の女性に複在していた白蛇(市寸嶋姫)の神霊がこの女性に合流しパワーアップ。それまで普通の女性だった人が、何知らずともびっくりするような働きをするようになりました。

形而上世界で意識活動することが多く、そのときに生まれた子供(の神霊)が六角オーブとしてたくさん撮られました。その筆頭が、空海が夢のお告げで下生を告げた弥勒だったわけです。2008年9月24日のこと。これにより、弥勒は出雲系国津神の亀甲紋のシンボルをしていることがわかりました。ホホデミは天津神。しかし、母親の形質を持つことになったようです。ニニギが疑ったようなことがここで証明されたのかもしれません。息子ホホデミはそんなことに、こだわったかどうか。私はえーじゃないか、天津神よりよほど信頼が置けそうだと思う次第。
その後、この彼女は2010年5月15日、キトラの四神獣特別展示の初日に沖縄にて海難事故で逝去。私の目撃するタイムラインから去りました。

天の穂日は2013年5月11日未明の夢で神世の出雲大社の中で起居したことから推理したことです。
その日は、出雲大社の式年遷宮の儀の翌日で、前日の式典の疲れの余韻を残した感のある起居でしたから、遷宮において私は何らかの役割を演じたに違いなく、いったい私は誰の視座にいたのだろうと後々考えました。
もしかすると、大国主命を天津神側から祀る天の穂日ではなかろうかと。
この夢の中で、弥生スタイルの大国主命に会い、さらに海難事故で亡くなった彼女が平安調スタイルで迎えてくれました。大国主さんの奥様は奥津嶋姫だったからです。
いっそう、私は何者? いや私の視座の人物とは誰? 出雲大社に逗留する天の穂日ではないの? と思うようになりました。

するとやがて手がかりが掴めました。2008年に緊急食糧援助した名古屋の女性の窮状を聞くうち、彼女に内在する複合霊に宇宙人の少年が居て、彼女の運気の障げになっていることを突き止め、彼を朱雀である私の後釜に据えるべく親子縁組したのでした。その当時、朱雀の息子マメ鳥として、共に夢見して飛行訓練しました。

2009年にマメ鳥は異界の情報チームと交信して、道行の友は誰? ⇒「鳥」 私の出身はどこ? ⇒「ひな出荷」と、キーワードをもらっていたことを報せてきまして、私はその二つを合わせた「ひな鳥」の言葉に仰天。天の雛鳥は、天の穂日の神話上の息子に他ならなかったのです。完璧なシンクロになりました。

そしてさらに天与のプレゼントは続きました。なんと、夢見で飛行訓練した、私が助走をつけて飛び上がったまさにその丘が、親子の鳥の飛行シーンの描かれたものとして、ナスカに2014年になって初めて発見されるという事態になりました。
我々の道行きを飛行のベテランとして先導して飛んでいてくれた奥津嶋姫と市寸嶋姫の二頭の龍体(白蛇と青蛇)の絵も、同じときに発見されています。
異界の情報チームは我々の飛行を「芸術」と評していたので、描き遺しておいてくれたものと推測しました。
意識の想いが創造したはずの不思議世界が、そこにはあったのです。
カネや名誉などなくとも、シンクロに満ちた心豊かな時空がそこにはありました。

菅原道真は九州の大宰府送りになり、悲痛な最期を迎えられたそうです。道真公は、天の穂日の子孫に当たるとのこと。初耳でしたが、そんなこともネット上には取り上げられているのです。彼は、日本書紀の歴史改変に探りを入れていて、それを藤原種継らに知られてしまい、謀られて冤罪に遭ったとのことです。

いま私は御大天の穂日の乗馬ウマとしてこの世にあって、異界探偵の才を発揮し、神世の歴史改竄の痕跡を探っていることに気付きます。私は一介のひと(霊止)で神霊が乗るウマに他なりません。しかし、こんな名誉、誰知ることない名誉に浴して、心打ち震わさざるを得ません。このためなら死んでもいいという思いです。

2012年にはほぼ歴史改竄の手がかりが掴めていていたところに、2014年に幾何学図形として別角度から求まり、補完材料になりました。それも完璧なほどの精緻さです。国祖神たちが政変に遭い、封印された神世の歴史が如実になりました。
誰によって政変(クーデター)が行われたのか。神世の側にも首謀者や加担した神々が多くいますが、外国から来た神(ドラコ・レプ宇宙人種)の入れ知恵と侵略によることがわかりました。最近の宇宙情報開示によって、クーデターの時期もおよそ37万年前に遡りそうだとわかってきました。

政変劇を隠蔽する改竄神話が作られ、それがホツマツタエとして登場していると私は捉えています。わざわざ真伝が何か所もから後々発見されること自体おかしいのです。将来に備えて、改竄史をばらまいておいたというのが真相でしょう。

ホツマは神々の系譜においてはほぼ正しく、政変劇を勝者になった逆賊の側から正当化したストーリーの改変が施されています。一見してすぐにそうだとわかる仕組みになっているのは、どうしたことかとすら思います。神話作家の迂闊によるのか良心なのか、それとも他意があるのか。ドラコ・カバールは人類には隠匿的動きをしていますが、やったことの実績を主張したがる性格があり、人類の思考を馬鹿に置いておいて、知る者には報せる証拠を残しているのです。そのような証拠がホツマにも遺されてあるのです。完璧に隠蔽もできたのに、それをしないで遺し置いているのです。ゆとりというのか。

また、ホツマ創作には韓流作家が関与しています。そのストーリーは現在でも放映されているトンイなどの王朝時代劇によく似ています。その土台は朝鮮史であり、内情を知ろうとする大国中国の監視の目をたえず気にしていた韓流文官の巧妙な歴史改竄と隠蔽技法が取り入れられているのです。

記紀はそれを土台に、更なる改変を加えて、元の神世史の痕跡すら残さないようにしたものです。しかも国祖神クラスの神々に対して質を貶めるためのストーリー付けがされているのが記紀なのです。よくもまあこんなものを中核神話に据えたものです。古代から秘密結社(カバール)が暗躍したことが伺い知れれます。ヤツラの十八番が歴史の改竄(リライトヒストリー)であることは、ヤツラが自慢していることでもあり、神々への誹謗は無論、神世史にまで被害は及んでいるのです。
たかが爬虫類宇宙人ごときを神々に優越させようとしてのリライトの魂胆。それにまんまと引っかかってきた人類の敗残史が、有史の姿だったのです。ヤツラは遠い昔から記載物を使って史実を歪めました。今に言うプロパガンダです。それさえ押さえれば、歴史などどのようにでも偽れるというのがヤツラの眼目なのです。

ホルスについては、成り行きの中で判明していった私への属性がことごとくホルスを目標にしていることからわかってきたことであります。⇒ ホルスへの道
ホルスは最後の審判に関わる神。父オシリスの跡を継いで主神の太陽神になる将来神です。オシリスは暗殺されバラバラにされて、妻イシスがそれを復元すべく拾い集めたものの、陽具だけがみつからず、地上に復帰できずに冥界の王に収まったとされるように、どうも去勢のイメージが先代の神にはあって、天照さんもそのようなのです。
日月神示には、「騙した岩戸からは騙した神がお出ましぞと知らせてあろうがな」となっていて、気弱な天照さんは騙されて引っ込み思案になっている感もあります。ホルスがお助けせねばならん局面かと思われます。

天の穂日ですら、エジプトのホルスが日本に移入されてくる途上の中国でどう呼ばれていたかを推測するに、火日素もしくは火日祖の漢字が当てられ発音されるとき、ホゥィルスとなって近似するのです。
火日=火焔を使う神の属性。ほんとうは穂日は火日と書かれていたものが、勇猛さを削るべく改変されたのではなかったか。菩日とも書かれていますが、同様に慈悲心を付与して、火焔を吐く神という属性を和らげようとしたととれます。カバール側が創った神話によって、天の火日は性質が弱められ、気弱な性格が定着させられてしまったかに見えます。

私を見ればわかるでしょう。気弱で痛いことが大嫌い。引っ込み思案で言いたいことが何一つ言えない性格。
北朝鮮の金一族を見ればわかります。正日の後継者には大人しい長男の正男が外され、三男か四男の狡猾で過激な正恩が選ばれました。
ホツマから伺い知れる天照神(男神)の長男は穂日ですが、三男か四男になるオシホミミが跡目を継いでいます。
北朝鮮王朝はホツマの神世の王朝の復刻版とも言えるのです。正男は中国が引き取り擁護しましたが、穂日は中つ国の大国主命が擁護しました。
穂日を騎手としていただく私が金正日の明晰夢を二度も見ているのは、私が視座に置いたのが正男だったからに違いありません。

火焔を吐くホルスには近未来の太陽フラッシュで本領発揮してもらいましょう。
ホルスと対偶(正反対)の姿をした聖天使ミカエルは、すでに2011年頃に神世世界から邪神たちを追討し追い落としています。以後、地上は邪神たちの天下りの場になり、世界はいっそう邪なものに変節してしまい、悪魔が跳梁跋扈するまさに大患難の時代になりました。

地上の浄化をするのも、神世史の真相が語られ理解されてこそと、2014年5月3日の未明の夢に、神世の司法係官からは聞き及んでいます。しかし、この地上において、誰一人として理解できそうな人はいません。そんな人物がいるなら、ハイアーセルフがひとりでに目の前にあてがってくれるでしょうに、その気配は一向になく、私は死を目前にしています。

それでいいんです。浄化されずに終われば、この宇宙はお取り潰しが可能になるからです。
ホルスは地上界の浄化を灼熱の火焔によって行います。ミカエルが天上、地上はホルスの役目です。
その先は、大建て替えへの本道が一本続いているのみになります。

明晰夢の話(4)

猫たちみんな個性的であるため、個々別々の対応が必要で、こんなときクローンやロボットでなくて、面倒ですけど、生きている実感があって、よかったと思う次第です。
私の前立腺肥大の薬・ユリーフが最初は劇的な効き方をしたのですが、一か月も経た今では効果が減衰してしまっています。
これも自己免疫がこの薬品に対応して確立してきたからかと思います。解毒が速やかになっていると言いますか。
石油化学から生まれた薬は、やはり異物として認識するのでしょう。
その点、胃酸過多の薬・ネキシウムは連用していますが、一定した効き目のままで、身体にやさしいのかと思います。

本日の朝の気温は10度近くありまして、私だけはいつもの寝床で起床しましたが、猫たちはどこにいたやら、わかりませんでした。
猫たちは臨機応変に対応しているようです。

明晰夢の話(4)

彼女の夢に空海が現れ弥勒誕生を告げる (2008.9.24に詣で、その夜の夢でお告げを受ける)

これは私が見た夢ではないですが、私が全面的に解読を行いました。
それが容易にできたのも、事前に予備知識が与えられていたからです。
名古屋在住のUさんが、私の著書の中身が盗作されているから抗議してはどうかとコメント下さったため、その相手方の著書を買って読むことが必要となりました。
そこに弥勒下生の概要が書いてあったのです。彩明日迦著「弥勒降臨」というタイトルでした。見れば出典を明示していて、盗作に当たるほどではなかったです。

高野山金剛峰寺に詣でた際、彼女によって弥勒らしい六角オーブが撮影されている(弥勒=身六?)

見れば、六角オーブの中には、大黒様の被るような頭巾をつけた顎鬚の濃い顔が出ているように見えます。
出口王仁三郎は弥勒を達磨大師のように描いたといいますが、まさにそのような顔に見えないでしょうか。

六角オーブは金剛峰寺持仏間の加納元信筆の群鶴図の一枚の襖絵の鶴の上にかぶさるようにあり、鶴亀統べるの瑞兆が示されておりました。
彩明日迦氏の著の中にも、鶴と亀がすべることで、何が出てくるのかの謎掛けが施されており、後ろの正面はどうやら弥勒菩薩だったことになりそうな感があります。
ただし、籠の中の鳥とは何ぞやについては、すでにいくつもの兆候のあった「火の鳥」であるかと思われます。それは氏が著書で言われていた「鳳」のことでもあります。

また、空海和尚の持っていた光物とは、これによると、「金るの袈裟」ということになりましょう。
まもなくお生まれになるとは、いつのことなのか。それは特定の人物なのかどうか。
彼女はこの日、悠仁親王の高野槇のところで写真を撮っています。もしかすると、というわけですが、このとき親王はすでに満一歳になられてますから、これから誕生ということにはならないでしょう。
いや、それでも神霊の下生は別のタイミングで、ということもありますからね。まあ、その辺はよくわかりません。

奥山の庵にやってきた三猫を白虎と狛犬のつがいと見た夢 (2009年11月)

今朝未明の不思議夢・・・別和尚は人面獣身だった

さて、今朝未明に見た夢は、どう言っていいのか・・・。
その夢を見る前に、たびたびのことながら、布団の中に何かいる気配と、猫がのどの辺りに来た感があり、そのときのどの辺りにあのフーの心臓の鼓動らしい振動がした。たまにぴくぴくする痙攣とも言えなくないが、ものの気配の後だから、霊体でサインを出しながらやってきた感がある。そして眠りへと落ちた先の夢が次のようだった。

長い夢の最後のほうなのだろう、お寺の傍の民家に居て、和尚さんとのいろんなストーリーがあったのだと思うが忘却。私はそのお寺の檀家の世話役のような感じではなかったか。お寺には恰幅のいい住職と、背が低い野武士のようないかつい顔の副住職がいて、住職の後を副住職がついて行くのに、袈裟衣を床に引きずって歩いているのである。
私はお寺に行き、下の空いた塀の外から覘いていたのは柿の木だろう、この木を切れば全体のバランスがいいのにと和尚に案を持ちかけようと思って立ち寄ったところ、塀の下の空いたところから、副住職の頭頂が禿げた頭が見えた。

土地いじりでもしているのかなという感があり、表から入って話をしようと回って、玄関から禿頭の副住職を見たところ、なななななんと・・・頭は副住職でも、身体は猫というか、白に黒毛が入り混じった動物・・・が、お椀に入った餌をガツガツ食べているところだったのだ。

しかも、顔を見ると、年寄り顔なるも、第三の目が額にあり、唖然として見ていると、彼の手前に二頭の、彼よりも先代らしい同様の”三つ目”をしたボーリングピンのような動物が、しかもそれぞれ茶青系と赤系のチェック柄の衣装(ドテラ)を着て、私の前に、やや赤ら顔をして微笑んだ目をして並んで座っているのである。
その後ろで依然として副住職は猫スタイルで、餌を食べているというシーン。
私は思わず、手を合わせて拝んだというところで、夢から覚めた。

どうも白虎らしい

しかし、ときおり不思議な夢を見てしまう。
前夜の夢に出てきた副住職にそっくりな画像を見つけた。というより、白虎のほうから検索で出てきた画像が、高松塚古墳の西壁の白虎の絵で、とても似ていたのだ。

頭頂禿げで、周りに毛を残す感じで古墳の絵も描かれている。こんないかつい年寄り顔が夢の中に出てきたのだ。
体毛が白2対1ぐらいで、黒毛が刷毛で描いたような感じで見え、痩せて胴長に見えたのも、古墳の絵そっくりだ。ただ、第三の目はあっても、絵のように神聖な雰囲気ではなかった。

しかし、ここまで表情が似ていると、そう思わざるを得ない。
まだ新神話は機能しているのだろうか(新神話は四神獣揃い踏みの工程も書いていた)、各方位の神獣をタイムシェアー的に巡る旅をしているのは、今までと変わりはないみたいだ。
もうまもなく、宇宙人が地球の虚構文明をいったん鎮静化する。新神話にも書いている行程だが、そうなればもう新神話が成ったも同じだから、新神話グループも解散の成り行きかと思っていたのだが、最後に追いつくようにして白虎が現れた。それも子猫として。シャーマン能力を備えた子猫たちである。神獣の化身と考えてもいいかも知れない。

元の飼い主にリコール要求したものの、白虎だとなれば、どうしていいか。つまり、お客人だ。
しかし、まるで中国の客家のように食選びがすごい。キャットフーヅなど匂いをかいでバイバイ。もうサバには飽きつつあり、牛や卵、鳥を経て豚へと食牙が移 行している。それに飽きたら・・・もう、後がない。
——————————————–
要するに、幼猫の三匹が我が家にやってきてまもなしに、三匹のいわれを夢見てしまったわけです。
当時、三匹ともメス猫と誤解していたのですが、あとでオス二匹、メス一匹だったと判明し、夢のオスメスの区別と一致したようなことでした。(私の見立てよ り、夢のほうが正解だったという次第)
けっか、ブーとウーが狛犬(シーサー)のつがい夫婦、フーが白虎とわかったしだいです。
白虎はシーサー夫婦の間にできた子供だと解釈されました。
新神話では当時、四神獣の揃い踏みのステージを求めていましたので、募集に応じて猫としてやってきてくれたようです。(人の候補者がいましたが、遠方すぎて求まらなかったのです)

フーは神界で下界の飼い猫生活を勉強してきたとみえ、あとの二匹にトイレなどの行儀作法一般を教えるとともに、私と猫たちとの調整役(ネゴシエーター)を務めました。
しかし、フーは後に発情期にいたり、ウーを孕ませてしまってからは、予定していなかったことだったのでしょう。子猫との関わりがうまくできず、敵対的に見てしまうため、父親代わりをブーがしていました。

かくして新神話が要求した四神獣のしだいは、2009年時点で
青龍、玄武 ⇒ (1番目の)彼女が兼務 (かつて玄武は2番目の彼女がしていました)
白虎     ⇒ 白猫のフー
朱雀     ⇒ 私
ということで、揃い踏みが果たせたことになります。

白虎のフーが行方不明になる一日前の未明に見た夢 (2010年10月)

フーが失踪したのは2010年10月5日でしたか。
その前の一ヶ月ほど、毎晩私のベッドの壁側の回廊棚に置いてあるアタッシュケースの上に寝るのが常で、二時間おきほどに私の枕元にやってきて、えさをねだるのです。そこで私は、枕元にドライフードの袋を三種類ほど用意していて、彼が頭をすりつけてこれがほしいと合図する袋の中身を掌にとって、彼に食べさせていたのでした。まさに、あのときの夢の白虎和尚の顔を突っ込んで食べていたどんぶり鉢は、私の掌だったようです。

私の昼間はウーの生んだ子猫たちへの配慮で手一杯でしたから、フーは外出がちで、暗くなってから還ってきて、食事して寝るといったふうでした。私が彼の傍に長く居るのはこのときだけだったかも知れません。

私にとっては、フーの時間差急襲とブーの五月雨式急襲で、夜中といえども熟睡できたことはありません。しかし、フーの不思議なほどの精一杯の甘えを、子ならばこそと容認していたのでした。

そして、失踪してしまう数日前には、外出したきり、半日以上帰らずとなっていました。
ところが、失踪前の二晩は、回廊棚からなぜか私のベッドの布団の上に、もう大きくなった身体を添い寝のようにさせていました。そんな最初の晩に見た夢が、実に不吉な夢でした。

マンガチックないでたちでしたが、私の前にフーと思しき白猫が、顔面の左半分が砕かれて溶けたようになって現れ、そのときまだしも問題ない右側も、何かに目の辺りをやられて、困惑している姿として私に写りました。
どうもそれは最近様子がおかしいフーではないか。

そして二晩目には、私のベッドで最初からずっと添い寝していて、私がまだ暗い中で朝起きたときにも、すっかりリラックスして熟睡しているのです。その顔を見れば、まるで生まれたての赤子のようであり、天使のようでした。その光景は、今でも忘れられません。

そして、みんなにご飯させて、フーもいくらか食べた後、家のドアなど外猫の侵入を防ぐために、みな閉めていたために、キッチン側の外回廊に出て、いくぶんか低くなっている舳先から、今まででも何度かやっているように飛び降りて、外へ出て行ったのです。(私はそれを見届けています)
そして、再び還ることはありませんでした。

私はフーにしっかりとした白虎の仕事を与えてやれていなかったのではないかと悔やみました。
ちょうどその頃は、鬼門側の山門横に狛犬用のボックスを用意していて、そこには帰順してきた他所猫の石松が居座っていたからでしょうか、フーはときたま裏鬼門側のプランターの中ですごしたりしていたのです。

大きく成長したとはいえ、石松とやり合って勝てるわけもなく、さりとて私が石松を追い払うわけでもない様子に、絶望したのかも知れません。私は、ポジションを闘い取ってみなさいなどと言っていましたから。が、小さいときから彼らよそ猫には追いまくられていたのですから、そんな容易な話ではなかったのでしょう。

しかし彼は、後に、一定の規則にしたがって、出て行ったことがわかりました。
それは、新神話が要求するシナリオの遂行です。
フーが失踪するすでに五ヶ月前に、青龍玄武のカンナオビが別天に去り、順序としてフーが別天に赴いたのだと解釈できたのです。フーの享年は満1歳。やっと成猫になったところでした。
次は私の番です。「いついつ(五月五月)出やる」の法則とした場合、2011年3月予定となります。
その前に、不思議体験のほとんどをここに書きとめておこうと思っています。(これは2010年12月の記載です)

※ 2011年3月に私が死ぬというタイムライン(第三時空)もあったのですが、プレイバックしてタイムラインシフトして、時空は引き続いています。(第四時空)
第三時空でのいついつ出やるの結果、天上には四神獣が揃い踏みし、ミカエルによるサタン掃討劇があり、天上は先んじて浄化されました。

出雲大社で起きた夢を見た・・・それも神世の出雲大社? (2013年5月11日)

出雲大社の60年ぶりの式年遷宮の執り行われたのが2013年5月10日。その翌日未明に(3時頃から4時頃にかけて)不思議な夢を見ました。

私は妹からもらったダウンシュラフ(寝袋)にここのところ寝ていたのですが、これがとても軽くて暖かく快適なのです。午前3時頃に毎度のようにやってくる猫のウーに起こされ、眠いながらもトイレ起きすることになり、また眠りについてからの夢だったのですが・・・

快適な薄布をとると、そこは燭台の灯火がともる板張りの部屋で、10畳ほどの広さがあったでしょうか。私はそこで一人で寝ていたのです。所々開いた緞帳の間仕切りの向こうの通路に、歩いて通過していく人の姿がありました。一人だけでしたが、なんと髻(みずら)を結い、弥生人のいでたちをした男の人なのです。(今まで夢で、みずらを結った人を見たことなどなかった)

そして、横に連なる部屋のほうを見ると、緞帳で仕切ってあるため広範囲は見ることができないのですが、隙間から、なんとこちらは平安調の衣装を着た長髪の女性が向こうのほうを向いた状態で座り、私の起床に気がついたか、こちらに顔だけを向け、にこっと微笑みますと、お歯黒だったもので、ゾクっとする私でしたが、亡きカンナオビの顔にそっくり。彼女の部屋のほうには、いくらか人がいるみたいです。

私は夢の中の自分が何者なのかはわかりません。それから外に出て見やれば、そこは昼間で、なんとものすごく太くて古い角柱で造られた神社なのだとわかりました。無骨な年輪と黒ずみが、いかにも築造の古さを物語るようでした。それも、けっこう大きな一枚岩とも思える岩盤の上に建てられていて、でこぼこした岩から直接、柱が出ているふうでした。

岩山の下は境内地でフラットで広く、けっこう多くの人たちが、境内と岩山、そして神社にいました。そこにはみずらを結った人はおらず、みんな普通の髪型で黒いスーツ姿をしていました。神主服ではない。

私は、岩山を下りたり上がったりして、何か用事をしていたようなのですが、何をしていたのかわかりません。
神社の夢を見たことは何度かあるのですが、社殿の中で寝ていたというのは初めてのこと。また、夢で見たことのある朱塗の神社のようでもありません。出雲大社の式年遷宮が執り行われたこと。それが理由でしょうか。

私は出雲大社にお参りしたことがないので、現況もわかりません。しかし、あのみずらを結った人とは、大国主命(大己貴命)でしょう。すると平安調の女性は、もしかして奥津嶋姫だったのか。(記紀には別伝が書かれるが、ホツマツタエにはこの二神は夫婦であるとされる) 奥津嶋姫は私と最も縁のある神様で弁財天であり、新神話においていちばん協力してくれていて、化身が最愛の彼女・カンナオビなのです。

緞帳の向うには、何人もの国津神の方々がおられたようだった。
私だけ、緞帳によるものとはいえ、一室が与えられて寝所にしていたというのは、大事な賓客待遇と言えなくもない。
では、私はいったい誰なんだろう。何らかの神?  いや、雛形ということでじゅうぶん満足しているのだが。
ええー、では言っとこう。それは大国主どんのもとに出向しとる アメノホヒ じゃ、なかろうか。(仮定)

さらに2009年にはブログコメンテーターの中にマメさんという方がいて、ある事情で飢餓に瀕していて、それを助けた行き掛りで、その方の中に複在する羽虫型宇宙人の男の子の魂が地球環境の現実になじめず閉じこもっていたのを誘い出し、私・朱雀の霊的な息子として、マメ鳥とかマメビコナという名にして、共に夢見して飛行訓練をしていたのだが、マメビコナは、自らのした2009年の3月度の異界交信の中に、鳥との縁について回答のあったことを思い出して掲示板に報告してきた。
———————————-
【鳥】のシンクロもありました
3月の分Q:私の運命の道の友は?漢字一文字で。
⇒a 鳥
>613ーQ:私は地球人出身ですか 宇宙銀河星出身ですか
⇒a ひな出荷
———————————-
すごいシンクロになった。アメノホヒの神話上の息子は、幼名が天の雛鳥(アメノヒナドリ)で、後の建比良鳥(タケヒラトリ)となる者とされるのだ。この方面からもいっそうアメノホヒの線は濃厚になった。

さらにである。マメ鳥と共に夢見して飛行訓練をした夢見の丘が実在したのである。
異界交信の相手チームとマメさんの大好きなアインシュタイン博士が、共に観覧していた丘が、夢の光景と寸分違わぬ形で、なんとナスカに姿を顕したのだ。(夢見の丘は芝生の丘だったのだが)
しかも、2014年になって初めて発見された地上絵だという。この丘で私は助走をつけて飛んだのである。我が息子マメ鳥とともに。

異界交信チームは、我々の飛行シーンを「芸術的」と評してくれていたから、我々親子のために、タンデム飛行している光景を描き遺しておいてくれたに違いないのである。

すでに亡き彼女が別のタイムラインで生きている夢 (2013年10月3日)

当時のブログ記事から転載します。

————————–
つい先ほどのこと。午前4時台の夢で、すでになき彼女(2010.5.15没)が別のタイムラインを生きている夢を見ました。
いくらかシーンがあったのですが、最後のシーンしか覚えてなくて残念なのですが。

テレビ番組なんでしょう。彼女が黒っぽいワンピースで壇上の貴賓席に現われたとき、司会者の紹介があり、
「歌手であり、女優である○○○さんでーす」と言うと壇上に彼女が上がってきました。

すると下の観客席から花束の贈呈があり、彼女がそれをもらい受けると同時に、檀上に向かって両サイドから放水されるという(きっとバラエティー番組だろう)びっくりさせられるようなシーンがそこにありました。

水になじんだ人だったから。でも、気をつけてほしいな。

そのときの彼女は、右目が良くないのか小さな眼帯を右にだけしていて(きっと番組で水をかけられることがわかっていたのか)、水を浴びながら花束を抱え、笑顔でお辞儀をしていました。

彼女は女優になりたかったのです。私と知り合うタイムラインでは、それはほんのささやかな実現にしかすぎなかったけど(劇団塾に入って主役を演じたことはあった)、きっと彼女も、人生をプレイバックして、未実現時空を体験しているに違いないと思いました。

私もプレイバック型の人生経験をしているのですが、そういう人はけっこうたくさんいるのかも知れません。

結局、スケジュールを統括しているお方がハイラーキーだから、みんな上手に図っているのだろうとしか言いようがありません。彼女のハイラーキーは、奥津嶋姫であり、弁天さんなのですから。

人生している最中に、性格がおとなしいものから豪胆なものに変化していくことってありますね。私は子供のときは清潔観念症で神経質で引っ込み思案でおとなしかったのですが、今はその正反対の性格になりました。その原因は、すでに別のタイムライン(森野のものだけですが)をいっぱい経験してきて、その記憶はまったくないのですが、精髄は魂に叡智として蓄積しているからだろうと思います。

別のタイムラインでは社長もやっただろうし、人生とはこういうものと悟った今は、もう何も実利的なことはやろうとは思いません。ただ、私に定められた時空をこなすだけと思っています。

ふと、おかしく思えるのは、彼女をイメージで女優にいざなったことがあって、彼女はそれを本番さながらに演じたことです。新神話のイメージ世界に遊んでもらったことばかりだったけど。それらが、次の本命のタイムラインで生かされているとすれば(芸に深みが出ていると思えば)、よかったなあと思うのです。
—————————————–
Okundコメント
コーリーの「20 to back」の話にもあるように、別のタイムラインで別の経験をして、元に戻ってくるという時空体験システムの存在は、私は「プレイバック・リスタート」という表現で、コーリーの話を知る以前から説明しておりました。
コーリーの場合と違うのは、彼のは20年の別時空での経験の記憶が遺っていること、そして彼が戻ってきたのは出発した時から5分後だったことです。
プレイバック・リスタートの場合は、そのタイムラインのエンドまで行って、そこから分岐していった直近のタイムラインに乗り換えるべく、分岐点の少し前に戻って再開することです。分岐点の後になっては、脱線しますから。
元の脳の記憶が使えるのは、分岐点のところまでのため、既実現時空における記憶がまったくなくなります。ちょうどPCのシステム復元と同じこと。ただ、分岐点の少し前に戻るため、その短時間の経験がダブって、デジャビュー現象として捉えられることになります。

デジャビューが起きる人は、意外とこのプレイバック・リスタートの法則を使っている可能性があり、けっこうな割合でそのような人がいるように見受けられます。彼女もきっとそうですよね。
そのメリットは、何度にもわたる別の人の人生を転生していくより、同一人物の未実現時空を総なめすることで、さほど経験量を生まない幼少期の繰り返しを省くことができ、一人の人生にエントリーしてからイグジットした後の、魂の進歩の度合いが一目瞭然になることがあります。そして、もしその人物の人生が何らかの重要な成就を達成すべく用意されているものならば、たった一回、通り一辺倒で通過して失敗に終わってエンドさせてしまうより、総なめするぐらいにして、その成功の時の成就を体験したいはずですよね。そのために、あえてハイラーキーの判断で、最初の設定としてのプレイバックが可能の仕様にしてあるのです。

 

明晰夢の話(3)

今朝は朝の気温が4度と高かったのですが、昼間の気温が上がりません。曇っているからですが、作業が捗りません。
猫たちの食事の嗜好がまた変わってきており、買い出しに行くべきかどうか迷っています。

ブーの劣勢はどうしようもなくなっているようで、少しの期間でも食べなければ、トンの威圧に負けてしまうようです。もう老猫ゆえに、保護してやりたいのですが、家の中にじっとしていないために、みんなとなじむことが難しいのです。ブーのプライドもあり、またA家のほうでの縁もあり、毎日のように出向いています。むこうで子供をたくさん作ったようで、Aさんの奥さん(亡くなられてます)が、ぼやいておられました。たしかに黒猫がたくさんいましたが、最近は外に出ている様子を見ることができなくなりました。

シャンには、薬を餌に混ぜてやる方法をみつけて、割合簡単になりました。それまでは胴の部分にサプリ軟膏に沿えてくっつけてやったのを、舐め取らせるということをしていました。シャンはそのたびに嫌だというそぶりを見せてました。やはりプライドを傷つけられたと思うようです。

明晰夢の話(3)

母の盛大なお見送りでの彼岸入り (2007年9月22日)

私の母は2007年9月6日に亡くなりました。享年82歳です。
母は、近隣とのおつきあいもさほどなく、我が家は裕福でもなかったので、家族葬にいたしました。
といっても、地元の葬儀会場を借りて行ったわけでしたが、親族でどうしてもと出席したのは、母の兄弟だけで、あとは自治会の隣保長夫婦、妹の職場の人の方が大勢を占めて、あわせて20名ばかりになりました。

私は喪主として、おかしなスピーチをしたように思います。
母はもし男として生まれていれば、位人身を極めると、行者さんに二度にわたって予言され、祖母の夢にも、毘沙門さんの二十日に生まれるとお告げがあったほどの高徳の魂の人であるにもかかわらず、一生涯を献身とみそぎの暮らしに費やしたことを、会場マイクで話したのです。母の実名も、名は体を顕して「禊」という名でした。

むろん、会場の誰がそんな話、わかってくれたかは知れません。叔父でさえもノーコメントでしたから。
しかし、私の心の中の母は最高に偉大な人物だったのです。

しかし、その母に対してしてあげたお見送りの質素なこと。位人身を極めるべきような人が、こんなみすぼらしい結末だったとは。私がいい仕事をしていて友人でも多くいたら、もう少し盛大にしてあげられたのに。それにしても、間に合うものではありません。とにかく、あまりにふさわしからざるお見送りだったのです。

私は、それが申し訳なくて・・・。せめて普通の葬儀にして、親戚じゅうに来てもらうべきではなかったかと悔やんだ末、九月二十一日の晩に、私自身すでに創作神話作りをしていましたから、そこに出てくる神々や龍神さんたちに祈ったのです。(すでに私の胸の中には彼女の神霊・雲龍がいて聞き届けていたのです)
母をなんとか盛大に、そして確実に彼岸に達せられるようできませんかと。

すると翌朝二十二日の未明の夢に、大きなホテルを借り切ってしまうほど、たくさんのダーク服に身を包んだ人々がいて、「朝になりましたから、皆さま屋上に上がってください」というアナウンスで、みんなしてエレベーターで屋上に上がってみれば、そこはなんと山の上で、眼下に広がる雲海の上に大きなご来光が出ていて、こちら側からご来光の下までエスカレーター風のムービングロードが、黄金色を呈して渡されている光景があったのです。
私はお見送りの人々の最後尾に居るものの全体を高い位置から見ていて、人々が何層にも重なるさまを見ていました。

そしてなんと、ムービングロードのいちばんこちら側に立っているのは、いつものご隠居帽をかぶった母と、付き添いの人四人で、母の左に一人、右に三人が縦向きにいて、そのうちの左にいた人は、今回の葬儀にたずさわってくださった蓬莱道龍和尚(実名)だったのです。母の葬儀に際して、葬儀社の紹介ではじめて知り合った和尚さんでした。

この和尚さんは葬儀のときに、すでに生前戒名を受けていた母の「智円妙定大姉」という名前の解釈を、前以て調べて講じてくださった方でした。

やがて盛大なお見送りの中、母は付き添いの四人とともに、ご来光の下まで渡りきり、そこから右回りにこちらを振り返ると、シルエットでしたが左手を振ってくれたのでした。こちらからもそのとき、参列者みんなが手を振ったり拍手しておりました。私もみなさんに合わせて何かしらやっておりました。
お見送りが終わって、みんなでエレベーターで下りて、ダークスーツの人たちみなが三々五々、最寄の交通機関で帰るシーンまで夢で見たのでした。私もバス停でバスを待つといったふうに。

バスを下りてホテルに向かい、終わってホテルから出てバス停で幾人かの参列者の人とともにバスを待つところで夢が覚めるという、滅多にあるものではない、とても長い夢でした。

二十二日はすでに秋のお彼岸に入っています。つまり、なくなった年のお彼岸に見た、ご来光に至る母の夢だったのです。

私は夢から醒めて、昨晩の祈りに諸天善神が総出で応えてくださったと確信し、ただちに神々のみなさんに感謝をささげました。
それは同時に、神話がまさしく活在していることを如実に知ったときでした。
その夢の出来事は、その日のうちにブログ報告しました。すると読者コメンテーターの方たちからたくさんの激励が寄越されました。ありがとうございます。
蓬莱和尚さんにも話しますと、ことのほか喜んでおられました。

さて、この話には後日譚があるのです。そのお見送りの場所が、ほんとうに実在したのです。

それはちょうど半年後、翌年2008年3月、春のお彼岸の頃になります。
この当時、ブログへのコメントを盛んにお寄せくださっていたPさんという男性(先に激励を寄せてくださっていた方でもあります)が、春のお彼岸間近に、さるところで撮られたご来光写真が、あまりにも珍しいものだったということで、写真を投稿くださって、それを見た私が、あの夢の光景にほぼ完璧に等しいことに驚いたのでした。横長の写真と縦長の写真の二枚です。

違うのはムービングロードが消えてしまいかけている部分だけというすごいものでした。
null
Pさんのご説明では、実はこの方は滋賀県の野洲町にお住まいで、琵琶湖バレーでスキーをされることが多く、残雪スキーのために出向かれたといいます。

山小屋で一泊されて、翌朝早朝のたぐいまれなご来光と雲海が出ている光景に感動されて写真を撮られたとのことでした。

左右のせり出した山々のシルエットは、夢で見たときにはお見送りの人々の頭と背中の重なりだったはずなのです。
ムービングロードらしきものが一部残っていることにつき、Pさんに問えば、雲海の切れ目から見える琵琶湖湖面への太陽の照り返しだとのこと。なんという、粋なはからいでしょう。

そして、なんと・・・撮影場所は蓬莱山頂で、真東に向いたムービングロードを支えているであろう沖島の山頂は蓬莱嶽、道行の引率を蓬莱道龍和尚(道行きの龍というお名前)がされるという、ウルトラC級の超シンクロとなっていたのです。
縦長の写真を和尚さんにもお渡しし、二度目のびっくりをしていただきました。
null
3つの「蓬莱」の言葉が揃うという、三位一体的超シンクロ。
それは、制作中の新神話ともシンクロしたのです。
と言うのは、ちなみに私が2001年から書き始めた新神話は、蓬莱島(蓬莱山)を重要拠点にして、正しい神々が根拠し活躍する物語になっているからです。

なぜ蓬莱島なのか・・・それは私が50歳以降になってから始まったインディー体験の”とば口”を開いたのが、神戸の舞子公園にある移情閣での出来事であり、当館の三階が拝観禁止の暗闇にあり、真っ暗闇の階段からわずかに垣間見られた三階の天井書画に書かれた文字が右書きで「蓬莱第一」だったことによります。
null
新神話ではこの蓬莱島とは、この宇宙が閉塞された場と仮定したときに、より外宇宙に出て行くための大使館もしくは西ベルリンのような働きをしている場所という設定です。
天則に則った神々や人々の住むムー大陸が沈没して、浮き締まった島嶼部分が蓬莱島、海中部分が竜宮となり、亜空間に常在することになった、正しい神々の根拠地という設定にしています。

つまり、ほんとうに解脱するならここ蓬莱島しかないという二つとない場所。
母は新神話における最高の自由門を通って解脱したと思います。
(が、その後に、母を引き戻すようなことをしてしまいました。しかし、少なくとも七福神のおわす蓬莱島には、いてくれていると思います)

この粋なはからいは、カンナオビの本体の奥津嶋姫様による

さらにたいせつなことがわかりました。
今はなきカンナオビさん(2010年5月15日にご逝去)が、沖島(奥津島)に祭られる奥津嶋姫(弁財天)の化身だったと判明したのです。
亡くなる前日の彼女を写した写真に、彼女の最後の生霊オーブが撮られています。それは亀甲に花模様のご神紋を顕しておりました。通常は縦向きの六角なのですが、亡くなることを示されてか、横になられていました。
null
彼女が六角オーブを撮影したのは、高野山金剛峰寺で持仏間を写した時に、加納元信作の群鶴図の一枚の襖絵上に出ていたことが始まりです。
このとき彼女は、空海から弥勒誕生のお告げを受けています。2008年9月24日~25日のこと。

以後、陸上でも水中でも、彼女の水陸両用カメラには六角オーブ(亀甲紋オーブ)が大量に写り込みました。
彼女は元々海が好きで、スキューバダイビングをやっていましたから。
彼女はそれらオーブを、自分の子供と思っていました。海中で撮られた彼女の股間に一番大き目の六角オーブがくっついていましたからね。それら子供たちの父は? はは、ふしょうそれがしめということになりましょうか。
あの日、ふたりしてちょっと燃えましたもので。(意識同士の交流であるため、可能なこともあります)
今生で人として子が作れなかった彼女には大きな喜びになったようです。

新神話では、山幸彦と豊玉姫という設定でした。御伽草子では浦の嶋子と乙姫というわけです。たくさんの玉の子(亀甲紋ゆえ国津神でしょう)が授かりました。
そして、2010年に彼女は沖縄の海で亡くなりました。

古事記にも二人の想いのすれ違いから、ウガヤフキアヘズ一人残して子供をみんな率いて海坂を閉じて海原に帰ってしまう豊玉姫が描かれています。

亡くなる前日のちゅらうみ水族館内でのご本人の写真には、頭上に彼女の六角オーブが写っていました。
撮影当日のうちにホテルから日記ブログにアップロードして、謎解きグループの人はどう解釈するでしょうね、とコメントしてありました。
null
六角の内部に花柄が出ていて、奥津嶋姫のものとわかります。
つまり、六角オーブ写真は、弥勒に始まり彼女自身のもので締め括られたことになります。

ウガヤフキアヘズは、当時のコメンテーターの中に大阪在住の女性が名乗りを上げられたので、玉依姫の神格を差し上げて、後を託しています。彼女は石切さんの信者で、ニギハヤヒの信者です。彼女ならきっと適役でしょう。というのも、ここでウガヤフキアヘズ=弥勒=ニギハヤヒ=神武天皇に象徴される次の時代の統率者への橋渡し役というみごとなシンクロになっているからです。

高野山詣での後、彼女は思いついたようにして2009年に出雲地方を旅して、ご当地の神社で六角オーブをたくさん撮っています。
多倍神社にて
null
そのあたりの神社は、そもそも、ご神紋からして六角です。
そして、最近になって、その意味がわかりました。奥津嶋姫様は、出雲大社の大国主命の奥様なのです。(それはホツマツタエでなくては解読できません。当時ようやくネットに載り始めたホツマの口語訳版を見て知った次第)
それが後の、出雲大社の夢見へと繋がってまいります。(後述・すべてがシンクロしているのです)

祖母と母が共に出てきた夢 (2007年11月3日)

十一月に入って見た夢でした。文化の日の未明の夢で、なぜか記念日的なときによく見てしまうようです。

そこでは朝になってガラス窓から日差しが入っており、カーテンも何もない部屋に寝ていて、布団の中から出たところだった。ふと見れば、ベランダを隣家の男が歩いているではないか。
プライバシーを除き見された気がして、怒鳴ってやらねばならないと見れば、ベランダはそうとう広くて、四軒ほどの家の共有のようになっているではないか。(私の家は一戸建てだぞ)
左のほうを見れば、住民が花や木の鉢植えを、屋内からベランダに運び出しているところだった。

私も何事かと見に行き、屋内に入ってみれば、なんと祖母がいた(平成六年に逝去している)。
どこかの店の中で、店員から品物の説明を受けているようだった。
懐かしさに近づくと、目と鼻の先で祖母は私に何か話しかけてくれたのだが、それよりも祖母の顔が皺ひとつない透き通る肌色をしていて、つんつるてんの坊主頭だったもので、じっと観察してしまい、話のほうを聞き漏らしてしまった。
しかも、墨染めの黒い僧衣姿だった。

その直後、母が普段着姿で、人に話しかけるときによくする、口に手を当てるしぐさをしながら店員のところにやってきたシーンで目が覚めた。
(色彩豊かな明るい夢だったが、目が覚めてみれば外は真っ暗だった)

母の夢は母の死後もう何度も見ているが、祖母を夢で見たのはまったくはじめてである。

目と鼻の先で顔を見合わせながら話をしたというのも鮮烈な印象だった。あれは死後の世界なのか?
だとしたら、現実とさほど変わらない。ただ、祖母の八十歳当時の貫禄ある風貌そのままに、肌年齢を10歳ほどに保っておれる世界みたいに思えた。それはそうか。魂は永遠。好きな年恰好をしてすごせるというが、祖母なら気に入りそうな姿だ。
しかも祖母は尼僧になっているようだった。信心深い人だったから。
童話「たつえおばあさん」は、祖母から聞いた話をアレンジしたもので、祖母をモデルにしている。
物語の中で、おばあさんには、お寺で説法して、死者の煩悩の衣服を剥ぎ取る奪衣婆の役柄を設定したが、もしかすると祖母はそのとおりの仕事をしているのかも知れない。

母の四十九日は終わったが、なぜかいっそう近くにいるような気がして・・・というのも、眠りに就けば何パーセントかの確率で、母に会うことができるわけであり、この世とあの世の区別や場面の違いはあったにせよ、隔絶された印象がまったくないからである。
かくして、私は朝晩欠かさず、お供えの食膳作りをして、般若心経を唱えている。見えないが、すぐ傍で生きているように思うからである。
アセンション後の世界は、死者と交流ができる世界だと聞いたことがある。もしかして、私はアセンションの予行演習をしているのかも知れないね。
あるいは私が死ねば、同時にあのカーテンのない部屋で目を覚ますのかも知れない。
もうこちらの世界で目を覚ますことはなく、むこうでの日々の暮らしを、何事もなかったように重ねていくのではあるまいか。文化の日の未明に、異文化の夢を見たという話であった。

この夢の要点は、死んだ人は若返る、しかも幼児ほどの肌にまでなっているのではないかと思われること。
また、生前の願望を反映した暮らしをしていると思われること。
おそらく祖母は仏教導師として説法する願いを生前に持っていたので、尼僧のスタイルで暮らしているふうでした。
あるいは、私の作る童話すらも、新神話として機能していて、そのシナリオに則って祖母も霊界で生きているのでしょうか。
あるいは、私が身勝手な願望を夢のビジョンに反映させただけなのでしょうか。

母がえべっさんの日に流し台いっぱいの大きい鯛を買ってきた夢 (2008年1月9日)

これもお祭りの日に見た母の夢として、びっくりするようなシンクロがあったわけでした。

——————————-

じゃじゃじゃじゃ~ん!!本日は宵戎でございました。
実は、そうとも分からずにいた今朝のこと。またまた未明の夢に故き母が出てまいりまして、買い物に出かけて、何か担いで帰ってくるなり、キッチンで流し台いっぱいの大きさの鯛を、調理し始めたのであります。
そこで目が覚めて、いったい今日は何かお祝いでもあったのかいなとカレンダーを見ても、先勝しか書いてません。
やがて、ああそうや、えべっさんやないかいなと思い出し、母の演出に驚いたようなことでした。そこで仏壇に向かってお話しするわけですが、「あのお、母さんは毘沙門さんとは縁がありましたが、今回はえべっさんのつもりでございますか?」と。
すると、こんなお答えが返ってきたような。
「宝船の中は戎祭りでなあ。お前にもおすそ分けや」
ふと、そんふうに聞こえた気がしたわけでありました。この夢は今朝ほんとうに見たものです。

この夢の要点は、宵戎の日に、大きな鯛を持つ姿で描かれるえべっさんが、何らかの関与をされているようであったこと。
私はその日が何の日といったことはまったく思いも持っていなかったのです。その日は関西だけのお祭り行事日でありました。今日は何の日かと暦を見れば、そのような次第だったというわけです。

また、母はもともと毘沙門天の縁者のようでしたから、恵比寿さんや大黒さん、弁天さんとは宝船で同席されているよしみで、大鯛を受け取って帰ったようなふうでした。

母と私でフェリーを乗り継いでどこかに旅行する夢 (2008年2月24日)

2008年の2月24日未明の夢でしたが、これも死後、人は若返って生活しているのではないかと思われるような夢でした。

けっこう長い前置きのある夢で、憶えているのは、母と旅行に行こうと二段階でフェリーを乗り継ぐ予定で、どこか分からない目的地に向かおうとしているところだったこと。
遠距離なのでたぶん二段構えなのです。夢の場面は一段目の近距離フェリー乗り場でした。

通勤時らしく、サラリーマンやOL風の客がたくさん階段を駆け下りてきており、母と私は座席を確保すべく、一番後尾にあったえんじ色の革張りの二人用の椅子を倒して、母にまず座らせ、私がその隣に座ったのでした。
と、その途端にです。母のスカートが前開き(今の流行にそんなものはない)だったせいで、風を受けてぱらっと開いてしまい、そこから見えた素足が二十歳そこそこのまぶしいものだった(まぶしく輝いた)ため、「うわー、冗談よしてくれよ」と顔をそむけたすぐあとで目が覚めてしまったのでした。(たわけた夢ではあります)

このフェリーに現実に乗ったことはないのですが、かなりリアルだったことから、実在しているのではないかと思うのです。
その手がかりは、まったくといっていいほどなのですが、最近になって、蓬莱山の真東にある琵琶湖中の蓬莱嶽のある沖島行きのフェリーではないかと思ってみるわけです。
就航している船の写真などをネットで、これかなあなどと見ております。実際に行ってみなくてはわかりませんが、ちょっと遠いし、腰が重くて・・・。とにかく、どこにも行けておりません。九州にもまだ行ったことがないのです。(北海道には行きましたが)

般若心経が原因?

その後、私のブログ報告での亡き母の夢見の頻発を思い測られたあのPさんが、何でも、伊勢白山道のリーマンさんの情報として、般若心経の読誦で、最後の「ぎゃーてい・・・」のマントラ部分に、作者の鳩摩羅什の呪詛が籠められているとのことを知らせてくださいました。

鳩摩羅什は生い立ちからずっと人々からは蔑まれ虐められていたために、このようなすごいお経を世に出すこととの引き換えに、死者を現世に引き留めるような呪いを篭めているというのです。

そこで私は、般若心経の読誦を取りやめ、普通の感謝と供養の言葉だけにしたのでした。すると、その日から母が夢に出てくることはほとんどなくなりました。
寂しくはありますが、母にとってそのほうがよほどいいに決まっています。

Pさんには、重ね重ねお世話になっております。ありがとうございます。

——————————–

Okundコメント

今回は、死後の世界について、私が夢見で経験したことから推理してみる格好になりました。
明晰夢、すなわち夢見の身体・幽体で見てくる世界というのは、やはり幽界ということになって、次元が低いということになるのでしょうか。しかし、生前の面影を反映している世界だということは言えそうです。

またその世界では、若返った表現ができるようで、皴が多かった祖母も、痩せた静脈瘤だらけの脚をした母も、みんないちばんいいときの姿になっているようでした。私の願望が反映した?? それはまったくありません。夢に見たことも、彼らが若返った姿だったことも、まったくの想定外のことだったのです。

前回も申しましたが、地球が汚染されて3次元密度的に使い物にならなくても、幽体の次元であれば、可変自在の環境と見ていいため、十分にアセンションに値するのではないかと思います。
日月神様も「半霊半物質の身体」と言われていますし、幽体次元のことではないかと思うのです。霊体・霊界だともっと希薄でしょうから、世界の様相もまったく異なることでしょうが、半分地球らしさを醸しながら、可塑自在性があるというのは、とても心地いいように思うのですがねえ。

アセンションって、やはりいったい何なのと疑問を感じます。
このまま世界がAI文明化の方向に進むなら、それはAIの支配下で仮想の生を営むことゆえに、ディセンションではないですか。また次のマトリックスに嵌りこむようなものですから、脱け出すどころか、いっそう深度が深くなる方向に向いているようでなりません。スピ系で流行の話も、出所はどこなのか吟味されてはいかがでしょうか。

そうなれば、コーリーの話も、催眠下の出来事、創り出された話ということかもしれません。
コーリーの話には、人の死後どうなるかの話がほとんどありません。キリスト社会が受け容れないからという理由は加味しても、ディスクロージャーするというなら、どんなことでも説明してほしいですね。(まだ記事を見ていないだけかもしれませんが)

私は自分自身の体験(夢見も含めて)をベースに、推理していく異界探偵です。他所から入った情報ならば、自分の感性に触れたものだけが検討の対象です。最初から、私に必要な謎解きに関係する情報だけを与えてくれとハイアーセルフに言ってありますから、目の前にひとりでにやってきます。ネット情報や情報のホームランバッターとしてやってきます。
それ以外にどれほど膨大な資料情報があったとしても、私から探しに行くことありません(昔は図書館や書店などに行って調べたものですが、労力と時間の無駄でした)し、自分の手に負える話ではないです。寿命が長いわけでもなし、IQ32~80程度の者に何が憶えておれますか。20分前にしたことや、昨日の昼食が何だったかさえ忘れているというのに。そこそこのことをやれたことでよろしいんじゃないですか。
それだって、催眠下の出来事かもしれないのに。仮想現実下にあること自体、催眠状態(封印状態にある)のことなんですよ。

龍神さんとのご縁・・・龍族は両生類だから大人しい

 龍神さんのお顔はサラブレッド馬のような気品あるお顔で、獰猛なワニのような顔ではない

私は龍や龍神さんとは、けっこうご縁があるようです。

UFO撮影は武良さんに誘われて行くようになったのですが、出会った当初から私はポータブルビデオデッキとカメラのセットを持っていたため、早速行くことになりました。⇒ UFO撮影同道記

その二度目が1994年10月9日のことで、西播磨で龍の飛行とみられる映像を撮りました。非常に高速のため、コマ送り再生して形が掴めました。⇒ 2分間で3種類緩急混在で9シーンのUFOの競演を撮る

ずっと撮影場所を眺めていたつもりでしたが、UFOを目撃したわけではありません。後でモニターで再生して、高速で飛ぶ飛行物体をかろうじて発見したようなことです。

玉型UFOも同時に撮れ、龍と玉の伝説さながらの気持ちでした。あまり関係ないでしょうが、それからちょうど100日後に阪神大震災が起きていました。

そこで、龍が飛んでいった先を地図上で直線的に伸ばすと、あの淡路の北淡町(震源地)あたりになりました。まさか、知らせていたわけではないでしょうけど。

神戸六甲の地獄谷では、龍の子供と思しき実体をこの目で目撃しました。視野全体での目撃で、まるでストップモーションのような見え方でした。(CFCとの観測会で見たブーメラン型UFOもストップモーション的でしたね)

神戸の住吉山手の住吉霊園の上にある地獄谷は、坂本さんが幼時から龍神さんたちと遊んだ場所とのことで、我々はすでに何度かビデオカメラを持ち込み撮影していたわけでした。

撮影物はスカイフィッシュということで、2003年9月13日に週刊プレイボーイから取材があって、そこでカメラを谷に向けて回し、我々は谷の方向をじっと見ておりましたところ、
突然目の前に躍り出た巨大な物体があり、それを視野全体で捉えました。形は巨大なねじれ棒のようで、谷の下から上空へ飛びあがったようでした。

私は咄嗟に奇声を上げ、坂本さんも同時に叫んでおりました。大きさは10mもあったかと言うと、坂本さんは、いや3mぐらいのもんや、大きいのが出たら腰抜かすでと仰いました。

当時は、ねじれたような太い棒のようなものという形容しかできなかったのですが、坂本さんはそれが竜神さんだとおっしゃる。

あの上昇する様は、ちょうど「鯉の滝登り」の掛け軸のさまに似ている気がしました。しかし、鯉ではなく、スカイフィッシュであり龍神さんだったのですね。

ところがそれから約半年後の2004年4月7日に同地で撮影した武良さんが撮影データーを送ってくれた中に、地獄谷の向こう側のほうを横向きに飛ぶ物体があり、その形が私の見たものとまったく同じであることに気がついたのです。撮影物は遠目を飛んで小さく写っていたので、気付くのが遅くなったのですが、まさしくこれで、
その姿は、イモリのオタマジャクシに似ていまして、これがもし龍神さんの幼生なら、あれから半年後ゆえ成長して、頭部に”とさか”のような”広がった角”のようなものが付いて写っているようでした。

龍ということから、最近の宇宙情報について博識な方から、ドラコの関係かとご質問がありましたが、ドラコは爬虫類ですよね。地獄谷の龍神さんは、イモリやサンショウウオの仲間の、両生類のようなのです。

爬虫類は卵から孵ったら、そのままの姿で大きくなりますが、両生類はオタマジャクシの幼生を経て大人に変化します。まだこの時に見た姿は幼生の段階のようです。

坂本さんもスカイフィッシュはコロニーを創るとのこと。これは一定の水場に卵をいっぱい産み付けて、親が孵化を見守るという両生類の生態ではないですか。

両生類は大人しいんですよ。ドラコは爬虫類なので好戦的ですけど。地球がドラコに簡単に征服されてしまったのは、この辺に理由がある気がします。

キリスト教で扱う竜や獣いわゆるサタンとは獰猛な爬虫類ドラコ、日本古来から扱われる竜とは種族が異なるのです。

龍は地球に古くからいて進化してきた種族で、半霊半物質といったいでたちのようです。1994年10月に撮った龍らしきものは、シルエットとして写っていました。

多少、高次元化していれば半霊半物質になるのでしょうか。いっぽう人類はまだ数万年ほどの経過のものなので物質そのものです。

だから、日本古来の神々は、深化の歴史が古く、本体が龍とされていることが多いのですね。

実は、2008年9月24日から25日にかけて、空海和尚から「弥勒下生」の夢のお告げをもらった彼女は、日本古来の神の化身なのです。信じがたいでしょうが、古事記にも載る神で、奥津嶋姫です。

本体は白龍で雲龍として我が家(M市の)にやってきて、私の胸に飛び込んでこられたんですよ。夢の中での話ですが、2007年1月14日の未明の夢でした。
このとき初めて龍の横顔を拝見したのですが、きれいなサラブレッド馬の顔で、よく絵に描かれるようなワニのような顔ではないのです。爬虫類という印象から、ずいぶんと獰猛に思われているようですが、地球古来の神々である龍族は大人しいのです。

空海も大事なことゆえ、報せる相手を選んでメッセージしてきているのですね。弥勒は彼女の第一子とも言えますから、受胎告知のようなことだったかもしれません。

そしてまたこの彼女は、金剛峯寺の六角オーブ(身六)を皮切りに、彼女がデジカメで撮りさえすれば、写真一枚にいくつもの六角オーブが写り込みました。
六角オーブは出雲系の神々の紋章で、出雲地方の神社のご神紋はみんな亀甲紋になっています。

彼女は2009年の後半にも、思いついたように出雲方面のツアー旅をして、たくさんの六角オーブ写真を送ってくれました。

彼女のデジカメは彼女がスキューバダイビングするため水陸両用で、画素数が大きい上等品で、海中でも幾多の六角オーブが撮れていました。

そうした写真は、私のほうで受けとり、こちらのブログに載せていたのですが、ブログサーバーをキャンセルした際にバックアップを取らずにいたため全部なくしてしまいました。パソコンにも残っていませんでした。

そして、彼女本人が海難事故で亡くなる2010年5月15日の前日の14日に、彼女本人の六角の生霊オーブ写真を幕引きとしてか、彼女自身の日記にアップロードして逝ってしまわれました。

そのときの彼女の生霊オーブは、六角が横倒しになっていて、オーブの中には奥津嶋姫神社の御神紋どおり、亀甲紋に花柄が写っていました。オーブの横倒しは死の前兆を意味するようです。
こうして、彼女は第一子の弥勒のオーブを最初に、最後をご自身の生霊オーブで撮影を締め括られたことになります。

さてその後、私は2013年5月11日の未明の夢に、神世の出雲大社の社殿の板間に敷かれた布団で目を覚ました光景が出てきて、そこでまず弥生式衣装でみずらを結った大国主命に出会い、
次に平安調の単衣を着た長い髪の女御と顔を合わせれば、なんと彼女であり、にこっと笑って見せた口の中がお歯黒になっていたので、おおっと感動。彼女は本体に戻って、出雲大社に居られたのですね。

それから社殿の外に出てみれば、非常に大きな造りの建物で、50mほどの高さの山の上に建ち、横長の社殿からは左右に一つずつ対称的に長い階段が下のフラットな境内地までついていて、
階段にはたくさんのブラックスーツ姿の男衆がいてなにやら作業をしていました。

目が覚めてから、ああそうだ、前日の5月10日は出雲大社の式年遷宮があったんだと妙に納得した次第でした。

彼女がなぜそこにいたのか。それは奥津嶋姫は大国主命の奥様だからです。ホツマツタエの伝える系譜の通りだったのです。

その後、2014年になって、あるサイトに縁ができ、そこから辿ってみたサイトに、夢で見た大国主命のお顔そっくりの人物の写真を見つけ、これはいったい誰だと写真の主を辿りましたら、なんと彼らの仲間内では、「カミサマ」と呼ばれ、
しかも大国主の神だと噂されていました。私以外に、けっこう神世の大国主さんに出会ってる人がいるようです。やはりそうだったか、夢の中とはいえ、見る目に間違いはないと思ったようなことでした。

カミサマの顔写真が見れます
https://ameblo.jp/cocoa-maco/entry-11756668328.html
やっぱり大国主さんの特長が丸出しになってます
https://profile.ameba.jp/erickson-consulting/

縁ある者は神さんばかりとはこれいかに

前の記事の補足と訂正をしながら、掲題のような荒唐無稽と思われるようなことを説明いたします。

>新神話を賦活した二人の弁才天 より
のところの文章は、2003年頃の記載物によります。
その中で訂正があります。

>ところが、私は吉事や福事のときはこれで普通と思い、感謝も満足にせず、
凶事や禍事のときには自分の過失は棚上げにして天の責任にしていたのです。

の箇所の「天」とは、いわゆる「自分の外にいる神」のことであり、10代から40代にかかるまでの期間、何らかの哲学なり宗教観によって存在を信じていた神でした。
しかし、その神が何か特別なことをしてくれたとは思いません。
誰でも、踏んだり蹴ったりといったことに直面することってありますね。
そんなとき、自分の不明を恥じ罵る代わりに、その何にもしてくれない神(神々)に厳重抗議していたのでした。
「このクソ神とか言ってね」
ところが、なんぼそうしても、いいことも悪いことも、当たり前のようにして立ち現われたわけでした。
その神からいいことされたことも、ひどいことされたこともなく、スルーされていたのでした。

ところが、30代後半あたりから、超宇宙論によって解釈される神に漸次シフトしていたのですね。
だから、
>四十歳代の時でしたが、天に向かって「昔の人曰く、人生五十年というとおり、
私の寿命も五十年で終わらせてほしい。次の転生の予定があっても、金輪際拒否します。何なら輪廻の因たる魂を消去してほしい」と何度も請願したのです。

のところの「天」とは、ハイラーキーもしくはハイアーセルフのことになっておりました。
つまり、外に神はいない、内側にいるという解釈なんですね。私をこの世に生ましめた者こそが大事ってことです。

それでも神の存在を多少は信じていたので、サイババさんが世に現れた頃、ムーのお蔭でしょうか、私もこの方ならと現世神として讃えていたのです。彼の本や関連本を買い、何冊か読みました。
その頃、立て続けに、自分ではなんともならん出来事が勃発し、日本から多くの方がサイババ詣でされているときに、
私は手紙を書くだけでもよいという彼のメッセージを見て、窮状を手紙に書き解決してほしいと、プッタパルティに送ったのでした。
1995~1997年にかけてのこと。
彼は、わざわざインドまで来る必要はないと言ってましたから。それに本当に神なら、すべて読み取ってくれるはずという思いもありましたから、当然、日本語で書きました。
ババさんの仰るには、それを書いた時点で彼にはわかるらしいんですね。そしてそれを送る行為をして、こちらの本心が読みされるということらしいんです。その努力が必要だということ。

つまり、神頼みのプロトコールのようなことかと思います。
一般の人は、神棚に向かって祈りますが、きっと伝わっているにしても、神は行動されないのです。もうひと押し、何かが要るんですね。
私は、ババさんに確か3通、別件で送っています。が、すべて解決もしくは事なきを得させていただきました。

私の知ってる人でインドに行ってきた人はみな、がっかりモードでしたのに、手紙で済ませた私は彼への信頼が増したのです。
インドに会いに行った人に、名古屋の友人Mさんがいましたが、彼はなぜか我が家に立ち寄り、大したことはなかったわと言いながら、
それでも私にインドに行ったお土産として、二枚の写真をくれました。2001年のことだったかと思います。
その一枚が「黄金の宇宙卵」という写真で、ババさんが口の中からリンガムを取りだして、信者に掲げ示している写真でした。
この小さな卵の中に、この宇宙の開始から終わりまでが入っていると教えておられる写真でした。
null
これを見て、私の中に電撃が走りましたよ。私には、確かにこれは、Mさんからであると同時に、ババさんからのプレゼントであることを確信できた瞬間でした。
私の「超宇宙モデル概念」が正しいことを示す「激励」のプレゼントだったのです。手紙の件の解決を依頼した時に、私のことが目に留まったようです。

そして、私が信奉する神様がもう御一方あります。それは厄神さんで、神戸市垂水区にある多井畑厄神さんです。
前厄の年(41)から、正月元旦午前0時を期してお参りし、それ以後しばらく毎年の同時刻にお参りしたのですが、その前厄の年から、
タクシー営業につきものの事故や違反がバタッとなくなりました。
以後、事故はなく、違反がマイカーにおいて、2015年11月13日の金曜日(パリの同時多発テロの日)にスピード違反をするまで、
25年もの長きにわたって、無事に過ごせたのでした。

さて、ババさんによって超宇宙論が太鼓判を押されたことは申しましたが、私の信心は私の心を安んじてくれたその超宇宙論にあったこともあり、
私はこの人生を一枚のレコード盤のようなものと捉えていたために、そこにレコード針を置いたお方こそが、私の人生に深く関わる、
つまり我が人生に全面的に責任を持つお方と心得ることにしていました。つまり、私にとっての本当の神になるお方がそれなのです。
それがよく私が言う、ハイアーセルフなんです。もうひとりの自分とも言います。とても頼りになる自分です。
あるいはハイラーキーを別に立てて、複数いることにしています。むろん、現実に見たことはないのですよ。
ただ一回だけ、夢の中で大型望遠鏡のようなレンズ装置を覗いたときに自分の姿が反射して写っていますよね。
それからすれば、わりあい恰幅のいい青年でしたね。
私はハイアーセルフの視座に入って明晰夢を見ると思っていますので、その人物がそうなんだろうと思います。

私に50歳以降、弁天さんたちと活躍できる別の時空を用意してくれたのが、ハイアーセルフということになるのです。
かなり厳しいミッションが伴っていたと言っていいでしょう。命要らずのギャリソン中尉はこのような次第なのです。
二番目の霊能の彼女(市寸嶋姫の化身)は、私の直上のハイラーキーは梵天だと言っていました。
だから、妻である弁天さんの化身とエ〇チもしたんですね。しかも弁天三姉妹のうちのお二人(の化身)とですね。
化身やから、なんぼでもええやないかとは思うのですが。

この彼女二人は、新神話で設定した四神獣のうちの玄武と青龍を務めてくれました。私は朱雀。
そこに2009年11月になって、三匹の子猫がやってきて、そのうちの一匹が白虎だったことは前にも申しました。
こうして現世において四神獣が揃ったのは、2009年11月~2010年5月の半年間だったことになります。
とにかく、新神話がすべての牽引役をしてくれました。神話は現実を誘導するという法則性を確認した次第です。

2008年には、弥勒下生の伝令役を玄武と青龍を掛け持ちした彼女が担ったほか、
朱雀の後釜にと、名古屋のある主婦を経済的な問題から救ったことにより、この方に複在していた宇宙人の子供を養子にして、
マメ鳥という名前にして一緒に飛行訓練するようになりました。
この宇宙人の子は、スクナビコナ星から来たことも、彼が「虫使い」であることから判明。マメビコナという名前も付けました。
2010年~2013年まで、スクナビコナ星の宇宙人たちが我が家に逗留することにもなり、不思議な壁鳴きの原因になりました。
1999年頃の作品「天上人の宴」シリーズの主人公ネアン宅を、ミニチュア化した様相を呈したのです。

2013年5月には出雲大社の式年遷宮が行われたわけですが、その翌朝未明に私は、夢の中の出雲大社で一室を与えられる中で起床して、
大国主様と奥津嶋姫様に出会っているため、もしかしてハイアーセルフは「天の穂日」かもしれないと思っていた矢先、
この主婦さんが2009年に異界交信したときに、「鳥」と「ひな出荷」の回答を得たと報せてきたことから、雛鳥、天の雛鳥と推理は進み、
マメ鳥くんが天の雛鳥なら、帰納的に私のハイアーセルフは彼の父親・天の穂日に違いないということになったのです。
しかも、天の穂日には奥さんがいたという伝承がありません。
おお、ならば神話でも養子縁組だったのではないか、私が異界でした縁組行為がまさにそれだったのではないかとまで、感動がさざ波の如く押し寄せたのでありました。

何でこの縁ができたのかも推理できました。
大国主様のところには、古代にスクナビコナ星から支援に来ていました。彼が農業の神として大成されたのは、
羽虫の星スクナビコナ星から、植物の受粉に役立つ虫の種族をたくさん連れてきたからです。
そのよしみで、私の新神話にも、その星から支援の使い(マメ鳥)を送り込んでくれたのです。

メルヘンだらけで馬鹿馬鹿しいようなお話ですが、新神話を介して解釈する私の世界は、すべてのことがリンクし、強靭なリングにまでなっているのです。
これをロードオブザリングとは言いませんでしたかね。いや、同映画は見たことがないので確信はないのですが。

このように、私の人生模様は結果的に神さんだらけということになりました。縁ある者はたいがいですね。
ここの読者の皆さんも、どういうお方かは知れないながらも、神さんではないかと思います。

シャンに代わり、トンが具合を悪くしています

さて、猫のシャンが具合が悪いと言っておりましたが、シャンは食事の嗜好がガラッと変わったものの、やはり食べています。
ところが、入れ替わるようにして、オス猫のトンが、昨日の夕方を境に、家の中の温かい場所に引っ込んで出てこなくなり、
見ればぼおっとして寝転び、食事をほとんど摂っていないのです。
急転直下がよくある猫の世界とはいえ、それまでよく食べるようになって元気いっぱいの様子から、一気に引き篭もったために、どうしたのかといった状況に今目下あります。
シャンよりもよほど元気だったのですが。

トンは、私が出雲の式年遷宮翌朝に見た夢の大国主さんのお顔によく似ています。
だから、以前から、「大国(おおくに)のトンちゃん」と呼んでおり、「お前さんは大国主様のところから遣わされている使者と違うのか」と問いかけておりました。
彼がもし逝ってしまうなら、大国主様に首尾を報告するのかと思うのですよ。
それはむろん仕方ないことなのですが、
首尾はあまりよくないので、まあ私も逝くときか夢の中でか、参内して、ご報告申し上げようと思います。
かなりお小言をいただくことになるでしょうかねえ。