BPの次は日本近海でもか

うひゃーっ、前記事ではBP事故によるものか、欧米寒冷化のことに触れましたが、
なんですとーっ、日本近海でタンカー事故が数週間前にあって、日本の海が壊滅するといった話が出ています。

もうじき日本の海が死ぬ : 「史上最悪の原油流出」が日本の海域を直撃する予測が英国海洋センターより発令。3ヶ月以内に九州から東北までの全海域が汚染される可能性

もうじき日本の海が死ぬ : 「史上最悪の原油流出」が日本の海域を直撃する予測が英国海洋センターより発令。3ヶ月以内に九州から東北までの全海域が汚染される可能性

ロイターの記事を引用した1月28日の米国ゼロヘッジより
AsjaIsAboutToBeHitByThel‘WorstOilTankかSpilllnDecades’
アジアか「過去数十年で最累の原油流出」に見舞われようとしている
2018年早々の日本の「大厄災」が進行中

未曾有の事態となりつつある事象を起こした事故そのものは、今年 1月6日に発生した貨物船と石油タンカーの衝突事故でした。
下は、1月15日、つまり半月ほど前の AFP の日本語の報道からの抜粋です。

中国沖タンカー事故、深刻影響の恐れ 前代未聞の油流出量との指摘も
AFP 2018/01/15

中国沖で6日に貨物船と衝突・炎上し、14日に沈没したイラン企業所有の石油タンカー事故について、中国国営メディアは15日、現場海域で最大約130平方キロにわたって油が流出したと報じた。環境専門家らは、海洋生物に深刻な被害を与える恐れがあると警鐘を鳴らしている。
中国の交通運輸省によると、タンカーから流出した油は現在も燃え続けているという。中国共産党機関紙の人民日報は15日午後の時点で、現場を起点に長さ約18.5キロ、幅約7.4キロの範囲に油が広がっていると伝えた。
沈没した同タンカーは、軽質原油13万6000トンを積載していた。

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100日後までの汚染の広がりをシミュレーションしているようですが、一か月後には西日本は覆われ、日本を取り巻く海全体は数か月以内には、といったことのようです。

猫は魚がなければ生きていけないので、これはもう一大事。
メキシコ湾流がストップしたように、黒潮がストップしてしまうようなことはないのかどうか。など、固唾を呑んで見ております。

しかし、英国海洋センターですか。BPも英国の会社。BP事故の少し前には、何やら知った者の投機的動きもあったとか。
シミュレーションありがとうと言うべきか、それともコケにすんなと言うべきか。

さて、海外の情報も、陰謀論的なものが流行っているようですね。

プーチンとトランプについて
https://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52021582.html

>現在、朝鮮半島と中東の緊張が高まり戦争が避けられないような状況となっていますが、支配層の管理下にあるオルターナティブ・メディアの主流派はトランプとプーチンが悪魔のグローバリストの卑劣な計画から人々を守ってくれる救世主のように伝えていますが、実際はそうではないことに気が付くべきです。
それはグローバリストの策略であり、NWOを確立させるためと、聖書の預言とキリストの再降臨を演じるための準備なのです。
グローバリスト=カバラ集団(ユダヤ金融エリート)と彼らの犯罪パートナーの王族たちによる「聖書の預言実現プロジェクト」は、チャバド・ルバビッチ(ユダヤのカルト教でありモサドの代理宗教)によって考案されました。

チャバトの目的はグローバリストの終末論を演じることであり、彼らはトランプとプーチンとも親密な繋がりがあります。
実際に、プーチンとトランプは終末論を演じる上で大きな役割を担っています。
トランプはMoshiach ben Yosef(ユダヤの救世主)を演じており、プーチンはMoshiach
ben David(ユダヤの中心的な救世主)を演じています。また、プーチンはグローバリストの偽キリスト、つまりカバラのキリスト(最後の反キリスト)の役柄も演じることになります。

グローバリストは、世界の人々を騙してカバラのキリストを本物のキリストと信じ込ませるために、聖書の預言を2度演じる予定です。
最初は、キリスト教徒が予期している「悪魔の策略」(反キリストがキリストのふりをする)を演じ、次は「キリストの再降臨」を演じます。

あと、詳細がこの次に続くわけですが、ややこしいことですね。

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ユダヤ教のラビも、カバール・イルミも、聖書の預言を実現目標(アジェンダ)にしていることが、言えると思います。
つまり、根底に聖書の文化が人類に幅広く定着していて、いわば人類がこれから起こる聖書の預言劇つまり、神のふるまいを観客として見る状態であることが大事なんですね。
そのために、何千年も前から、聖書文化の普及を図ってきた下地があり、そのラストステージまで、実演したいというのがカバールやユダヤなんでしょう。
ユダヤはその劇の中で主役でありたくて仕方なく、カバールは劇中で黒子に徹することが大事なようです。
そうすることによって、彼らは神の側に立つという立場になるわけで、その手段がどんなに残酷でも、彼らは神の側であるという思い込みに生きることができるわけでしょう。
常識や良識といったものは、そうした思い込みの住人には毛ほどの軽さもないのでしょう。
これは怖い種族と言うしかないのが、一般人ということになるでしょう。どうにも解しにくいのが彼らになるのです。

正義という常識的観点からすれば、彼らは間違っていると言いたくなります。しかし、彼らは神の正義は人の考える正義とは異なると弁解することでしょう。
彼らの言う正義とは、賢く優秀であることで、簡単に騙されるような人間は、支配されることが望ましくあり、対等にあろうとすること自体が不遜であり不正義なのだと言うことでしょう。

聖書の預言は、彼らの間でもどのような実現形があるか模索され、いくつもの計画実行グループによって実施されてきたようです。一般人にとっては犯罪でも、彼らの間では勝敗を競い合うためのゲームらしいのです。
一般人は日々の糧を得るのに必死で働いているため、彼らの陰謀による収奪には目を向けません。最初から一般人はカモネギ。異邦人の財産はいくら奪っても罪にならないという教えですから、良心に恥じることなく持って行ってしまいます。
日本人は古代イスラエル王国の末裔といっても、白人のアシュケナジーからすれば血脈だけに頼ったスファラディ。今のイスラエルでスファラディは社会の底辺の人々でしかありません。賢くて優秀なカバール系ユダヤ(タルムードに基づくユダヤ教徒)こそが選ばれた民なのです。だから、日猷同祖などが叫ばれて騒がれることは、彼らは嫌なんです。だからでしょうか、日本は滅びの対象になっているもようです。
先の記事はヨハネ黙示録をどう解釈するか、それをどう実現するかということでしのぎを削っているといった話でした。彼らはチェス盤を前にしてコマを操る王侯貴族趣味といったところでしょうか。

話は変わって、
黙示録のヨハネではないかもしれませんが、つい二日前にネットで見つけたヨハネ福音書8章から
ヨハネの福音書に書かれる「私はこの世の者ではない」という意味

イエスが言った言葉とされていますが、2000年前の当時にこの言葉の意味を捉えることは難しかったはずです。
宇宙論などがない時代でしたから、イメージが湧かなかったでしょう。
イエスを取り巻くパリサイ人たちは、理解できませんでした。
そもそもイエスがわけを詳しく話したかどうかも疑問です。

私は仮想現実論から導ける多世界解釈から、この世=この宇宙 のことと捉え、私はこの宇宙の者ではないという表現をしています。
私は新神話において、2001年当時から、主人公である私(ネアン)は、外宇宙から視察にやってきているという設定です。
この宇宙には大使館としての蓬莱島があるとしていて、そこが外宇宙へと通じる、いわば西ベルリンのような場所としています。
神話化することで、設定事項を有効にするわけです。古事記の神話が的確な預言になっていたことから、着想しました。

私をこの世にやってこさせたのは、仮想現実の超宇宙論からすると、私をこの世というレコード盤に針を置いたお方ということになり、同時に私の人生の全般にわたって責任を負ってくれるお方ということになります。
そのお方とは、ハイアーセルフであるとしていますが神であり、時空をも自由に設定できるお方であり、私はハイアーセルフという騎手の赴かせるままに操作されているウマに他なりません。
人(ひと)とは霊止であり、日戸であり、神霊が乗る器あるいは依代、あるいは乗馬ウマなのです。騎手がいなければ、ただの駄馬コマンコスキーで、好色以外に何の取り柄もありません。
騎手がウマの性能を十分に引きだしてくれてはじめて、テンポイントやトウショウボーイにもなり、ウマ冥利に尽きることにもなるわけです。

イエスも言っています。「私をつかわしたのは神」だと。しかしそのあとで、私はアブラハムよりも先にいたといった表現をしたから、ややこしくなっています。そのわけを話さねばなりません。3次元思考のパリサイ人にはちんぷんかんぷんなはずです。
また、誤解を与えることでしょう。これでは、信者によっては、3次元思考的にイエスが神に等しいと見てしまいます。実際、後世のキリスト教会では、三位一体と称してイエスを神に祭り上げてしまいました。
それでは、8章のイエスの言葉に反してイエス自身が栄光を得てしまう行為になります。彼はあくまでも「人」であり、神の器にすぎないことを話せば良かったのに、ついつい自己主張してしまったかにみえます。
ヨハネが誤記したのでしょうか、それともリライトヒストリー名人のカバさんが後で改竄したのでしょうか。

同様のことが、現代の新興宗教教祖にも見られます。
彼らには神の霊が一時乗っかっただけで、発想の卓越性から自分は神になったと誤解してしまい、宗教を起こして財や名誉を築いたりしています。
しかし、利己的な心と神は相容れませんから、いつしか神は彼から去って、信者は裏切られることになります。
だから、私は、神と称する者を信じたりはしません。イエスキリストも信じていませんし、なおさら彼の言葉で教会を起こしたたくさんの組織のいずれも信じません。
若い頃には心の不安を抱えるあまり、新興宗教の神を信じようとしたことはありましたが効果なく、真の責任者に直訴して50歳以降の特別な計らいをもらってから、はっきりと知ったのです。
ただ信じるのは、私をこの世に置いたお方しかありません。それはハイアーセルフでしょう。何というお名前かは、その時のストーリーの立ち位置によって変わってきます。
梵天、日子ホホデミ(山幸)、天の穂日、ホルス。
これらの神々にご乗馬いただいた限りは、主君のために不惜身命の思いでいるのがウマというものでしょうし。

ウマは3次元密度担当、主君は高次元担当、それぞれこのたびのお仕事を分担してこなしています。
ウマは推理分析が得意で探偵性なので、気が向いたらコロンボのようにホシにへばりついています。
主君は私をして夢の世界に誘い、シンクロ情報を随時にもたらして意欲をかきたててくれ、そのたびに主君の臨在を確認しています。

こんなステキな情報も何年か前にもたらされています。
———————-
自分トフタリッキリデ暮ラスノダ
自分ノパンツハ自分デ洗ウノダ
自分ハ自分ヲ尊敬シテイルカラ
ソレクライナンデモナイノダ
自分ガニコニコスレバ
自分モ嬉シクナッテニコニコスルノダ
自分ガ怒ルト自分ハコワクナルノデ
スグニ自分卜仲直リスルノダ
自分ハトッテモ傷ツキヤスイカラ
自分ハ自分二優シクスルノダ
自分ノ言ウコトサエキイテイレバ
自分ハ自分ヲ失ウコトハナイ
自分ハ自分ガ好キデ好キデタマラナイ
自分ノタメナラ生命モ惜シクナイ
ソレホド自分ハスパラシイノダ

私たちは「本当の自分」と「日常の自分」と、2人暮らし。実はそれはみんな同じで、一生続いていく真実。
その真実とどうやって付き合っていこうか?「こうやってみてはどうかな?」
と、教えてくれているように感じました。
———————-天才バカボンのパパの言葉なのだ

イエスもこんなことを言ってますね。
しかし、もしわたしがさばくとすれば、わたしのさばきは正しい。なぜなら、わたしはひとりではなく、わたしをつかわされたかたが、わたしと一緒だからである。

将を射んと思えばウマを射よ。ええーっ。邪悪なカバさんに変なこと教えないでね。
なぜなら、このウマには梵天軍旗が翻っています。倒れて軍旗が地に着いた時に戦端が開かれることになっています。
視察ウマは両軍、両陣営の協定によって、ここに来ているので、それが破られたとみなされるわけです。
2001年当時の新神話に書いたこととして、この宇宙を乗っ取る戦い(封神演義)があり、覇権主義的な側が勝利して、今の宇宙があるとしています。
コーリーが言う古代ビルダー種族はこのときにこの宇宙を去っていたり、あるいは封印された(封神された)りしています。この宇宙の質が、好戦的で程度が低いのはいたしかたありません。
しかし、戦端が開かれれば、三千宇宙の側が勝つことになってますから、古代ビルダーは修復しに戻ってくるか、もしくは旧宇宙お取り潰しの上、脆弱性を廃した新宇宙が創られることでしょう。後者が大建て替えになる工程です。

さて、昨日、Nさんから「マスターはると」という言葉で検索して、その情報を見てほしいと要請がありました。
ここにYoutube映像がアップされていました。
次元の外に存在する究値神とは向か?【マズターはると】

マズターはると氏も外宇宙からやってきたようです。究極の神に出会い、マスターの称号を得たとのことです。
彼は2018年の元旦に生きていることから、この世は存続することになり、ここで世直しをしてくれるみたいです。
キリスト再臨ということになるのかもしれません。
まだ若い方なのでしょう。仮想現実論を採用されています。
面白い人が続々登場してきているようで、なんだか頼もしくありますね。

1月27日未明の明晰夢は連続2本でした

1月27日午前4時頃から見た最初の夢は荒唐無稽で、憶えておれるようなものではなかったのですが、雑踏の中を歩いていて、ふと変わった形相の着物姿の女の子を見ると、前の職場で事務員をしていたKさんなんですね。ところが、両目共に包帯をしているといいますか、眼帯ならわかるのですが、包帯が目の前に積み上がっているために、まるで目に渦巻きができたように奇妙なのです。
しかし、夢の中だから、別に違和感とかはなく、ただKさんだなというしだいで、顔を見合わせたところまでで目が覚めました。ちょうどブーが早朝未明の食事にやってきて起こされたようです。
食事を与えて20分後くらいにまた寝入りました。
すると、夢の中がとても明るいのです。どこか近未来都市のような建物の中を歩いていて、変わった波形のタイル張りの道とゆるい階段を軽快に歩いて行った先に、Kさんが今度はなんと、ローズピンクのパジャマのようなものを着て、私の前にいるのですが、髪形はやや金髪がかっておかっぱ、目がブルーになってるんですね。そして、当時のままの音程と言葉遣いで、「生命保険なんか、何の役にもたたへん」と言ったのです。
そういえば、Kさんが居たのはどこかの大病院のようでもありました。とにかく明るい。暗色系の色がどこにもなかったのです。この彼女は、元々天使のような天真爛漫さがあったため、相応しい環境にいるのかもしれないと思ったことでした。

私が夢に見る人物は、けっこう亡くなった方が多いのですが、もしかすると、まだ若いKさん(30歳代)ではあっても、病院らしいところの夢だったこともあり、霊界に帰ったのかと思ったりも。
去年の5月27日未明の夢では母が登場する前に、前の職場の同僚のNさんと語り合っていたのですが、その時のNさんの顔は10代くらいの皴ひとつない若い顔でしたし、このたびのKさんは、リメイクして和服姿とパジャマ姿を連続2本立てで見せてくれたような感があります。

さて、この明晰夢はいかなる意図で見ることになったのか。明晰夢はたいていハイアーセルフが誘導して見せるものと思いますが、いったい何だったんですかねえ。

在職当時、Kさんとは割合いい仲だったんです。彼女はすごく太っていて、朝の出勤時にスキー靴のような重たいものを履いて、1キロほどの道のりを歩いてやってきていましたから、脚はことさら太かったのです。
彼女のほうが先に辞めて、数か月後には私と海幸彦の兄い(私は山幸彦ですから)のコンビでタクシーしながら運転代行業の看板を上げて、そのときどうしてもアルバイトがひとり必要になり、彼女に連絡すると、いいよの返事。さっそく来てもらったときの彼女たるや、べ・べ・べ・別人?と驚くほどの別品さんになっていたのです。
まるでAKBに出てくるようなキュートな女の子になっていて、別の会社に入社して受付係をしているとのことでした。

運転代行業ですから、私がお客さんの車を運転し、彼女が私の車を運転する。そして客先に届けた帰りは、二人で一緒に帰るというわけで、いろいろと話もしましたが、30以上の歳の差、彼女は決して嫌がりはしなかったでしょうが、せ・せ・せ・せっぷぅんぐらいはしたかったなあと、思ったりして悔やんでいます。(アホデスワ)

こんなこと打ち込んでいたら、いまシャンがしょげた様子でやってきたもので、好物のチータラを細かくしてやりますと、元気回復。ゲンキンなものです。

先日向こうに帰ったときに、職場仲間のOさん(刈り込み作業を手伝ってくれた)と、ほんの一瞬だけど海幸彦の兄いに会いましたが、10年以上前の当時の風貌のままに若さを保っていたのには仰天しました。
白髪がなくて、当時のままにはつらつとタクシーに乗ってましたよ。私など、吉本新喜劇の井上の辰じいみたいでおまんにやわ、なのにですね。ちなみに兄いは私より3つ4つ年上です。

1月30日はやや暖かかったため、キッチンの窓側に簡易式の薪ストーブを取り着けました。
日本も気候の寒冷化が顕著になってきているため、石油ストーブとの2本立てができたらと思っております。

早朝のマイナス気温がこんなに続くとは。本日もマイナス2度でした。
欧米のマイナス30度というのとはケタ違いで比べ物になりませんがね。
欧米の極度の寒冷化は、何年か前のBPがしでかした原油流出事故で、メキシコ湾での滞留だけでなく北大西洋に昇る温暖な海流が遡上できなくなり、起きているようだとの説が有力視されているようです。

明晰夢の話(5)

今日は猫たち、みんな元気です。シャンが時折不安定になるため、予断はできないのですが、それでもありがたい時間が流れています。
猫たちの食事の嗜好の変化があり、それに合わせて買いなおさねばなりません。そして、私の食事のタネも底を突いたので、買い出しに参ります。
私の食事のタネ? パウチに入った出来合いのカレー、すき焼きやラーメンに入れる野菜のすでに切ってある具材などです。
私は基本的に野菜は食べないのですが、料理によっては入っていた方が料理らしくなるでしょ。
晴れているので午後から作業ができたらと思うのですが、寒くなれば、また日延べしなくてはなりません。
去年末までにとの予定が1月末までにと変わり、今は足腰がまだ大丈夫な間に、と変わってきております。
あわてない、あわてない。一休み、一休み。

明晰夢の話(5)

白猫シャンが、この世で果たせぬ夢(子供を産み育てる)を、異界で果たしている夢を見た (2013年12月)

2013年12月8日の未明。夢の中ではいきなり子猫の一匹が、私の目の前に押し出されてきて、私はもうこれ以上、育てられんぞと、向うに押しやったのでしたが、またその向うに二匹の子猫がいて、それらすべてが、白色に橙色の刷毛書きをしていて、そこで目が覚めました。

ところが、起床後、シャンが私のところにやってきて、私が行動する狭い通路をふさいでいるのです。ここにいたらあかんと諭しても、シャンは動こうとせず、また押し黙って明らかに不満げでした。はて、何かあったのかと訝ったその時、あっ、さっきの夢は、シャンが夢の世界で産み落とした子猫たちだと直感したのです。

というのも、シャンは毎日、トンやチンとは別行動で、部屋の中で眠ってばかりいたのです。少しは運動したらどうかと思うほど。もしかしたら、眠ることでシャンは夢見世界に行き、授乳子育てをしていたのだろうと、感じたのでした。
で、どうして子猫に橙色の刷毛書きがついていたのか。これはたぶん、私が朱雀であるゆえに、シャンにしてみれば、父親を私に仮託して子を設けたのではなかろうか。かつて私の女房役を務めてくれた母猫ウーがすでに失踪して久しく、そのあとを継いでもしかしたらシャンが・・・。

それからは、シャンにしっかりと栄養をやろうとしたことは言うまでもありません。
シャンが夢の中で子供たちとともに生きている世界とは。きっと、円満な黄金郷なのではなかろうか。

※ シャンはまだ幼猫の頃に避妊手術されています。自然の摂理を度外視した人間の所作に、私も経済的観点から従ってしまいました。トンも去勢手術をしています。
この二匹は、自分の身勝手でしたことゆえ、私の命がある限り、最後まで面倒をみなくてはなりません。責任と義務を負っています。

最愛の彼女がくれた14年が満了する直前に、千の風になる体験をする (2013年12月11日)

2013年12月11日の午前2時のこと。空を飛んでいる夢に続いて、自分の体に意識が戻ると、呼気がすべて抜けていき死を実感、頭頂から魂が抜けて、前の空飛ぶ夢の続きを見ているという具合の夢でした。
空を飛ぶと言っても、自らの身体は見えないし、背後に幾人かの女性の声がしていて、ひとりは母のようでしたが、身体が見えているわけではないのです。透明の意識だけの存在になって、ハングライダーの如く滑空しておりました。
透明の私が、高いマンション風の建物の上を通過し、いきなり高度感が増しますと、後ろから複数の「うわー」という女人の声が聞こえました。私は、「大丈夫だよ、任しとき」と答えました。

眼下には、ビーチサイドがあり、左手が海のようで、右手の内陸部には観覧車や円筒形のクッキー缶のような建物があり、ちょうどいいかと思い、「あの辺に下りようか」と声をかけて、ゆっくり下りて行くところで目が覚めたのでした。

おりしも、新神話も節目という感があり、14年という数で満了するのではないかという懸念もありましたから、その結末を迎えるのではないかとも想定しておりました。世の中も次第に黄泉の度合いを強めている感がありましたから、イザナギノミコトに自らをなぞらえて、想いの中で黄泉国からの脱出のシミュレーションをしていたのです。その結果として、そのような夢になったようでした。
おそらくこの世を去る間際の精神状態としては、有効に違いないと、わかった次第です。

そして、至ったその世界とは、とても明るく、何の苦もない黄金郷であるようでした。
こんなにいきなり空を軽やかに飛んだ夢は、後にも先にも初めて。魂の軽さを味わうことができました。
そうなるには、イザナギノミコトの心構えが必要になるように思いました。

古事記の神話は、虎の巻にもなっているようです。

新神話上の解釈として、2011年3月に第二時空でのタイムラインがオーバーし、第三時空においてリスタートしたと解釈。その第三時空は、2013年12月にオーバーし、今生きているところの第四時空においてリスタートしたと解釈することとなりました。(ほんとうは、もっと何度も死んでいるのでしょうが、集約的にこうしています)

2014年から第四時空の展開・・・夢に神世の詮議の次第を伺う (2014年5月3日)

2014年4月になって、ある方のサイトの記事から、見落しがあることを知り、かつて(2001年)イナンナから聞き知っていた、大事な二地点である国祖神封印場所を思い出して、直線(最短距離線)を引いて既発見図形に加味したところ、驚異的な発見がありました。

聞き知っていた話とは、大本教神話にいわく、倫理性優れた神界ともあろうところですら、王権奪取のクーデターがあったことです。
そのときに、国常立神と妻・豊雲野神がそれぞれ、日本列島を縦断した両端の地下深くに封印され、炒り豆に花が咲くまで出てはならないという呪詛が施されているとされます。

今回、その両端を繋ぐ線を引いたところ、元伊勢の地点を通ることが判明しました。
これにより推断されることは、巨大な逆五芒星の施してある理由が、太古の神々を呪詛封印するためであったことが理解できた次第です。

構図を見る限り、念には念を入れて、呪封してあることが歴然で、単なるオカルトと一笑に伏せないこと。
少なくとも、庶民レベルではない呪術力と技巧の勝れた者の仕組んだ遺構であり、その彼らがここまで徹底していたという事実が目の前にありました。

封印を解くためのツールが揃うまで、すぐには取り掛かれなかったのですが、5月1日には手元に揃い、夕刻に一回目の封印解除を行いました。
かつて豊玉姫の雛形を演じたカンナオビからプレゼントされた「乙姫の玉」。
それにより封印幾何学図形に対して解除命令を放つと見立て、木っ端微塵に破砕し、火の鳥を使って焼尽してしまうとイメージング。
朝夕二回それを行ないました。

すると5月3日の未明の夢に、神界の司法当局の神が現れ、このたびの図形については、すでに神界では詮議され、いかなる事態のものであったかが理解されていて、政変の首謀者一味は衆目に耐えられず逃亡下野している旨、告げられたため、私は黒板も使ったその説明を、しかめっ面しつつ頷きながら眺めておりました。
そして、あとは地上界でも理解されれば、地上世界の浄化も完了すると告げられました。

すると、夢が有効であったという験として、当日の午前中(10時過ぎ)から、飛騨地方で地震が群発し始めました。
飛騨とは、ヒタカミ高天原の略号です。日高や日田もそうです。
神話の位相的地理位置は、ヒタカミとは三陸ですが、いずれも高天原神界に鳴動事があったことを意味するようです。
さらに5月5日午前5時には、関東にM6.2、最大震度5の深深度地震が発生しました。
5という数に彩られたシンクロ地震でした。

封印解除の場合は、利他的な良いことなので、災害にはなりません。
しかし、手続きが有効だったかどうかを知る手がかりになりえます。

夢で国常立尊に会う (2014年5月8日)

以前にも、国祖神ご夫妻を火の鳥によって救出に行く行程を、二人の協力者それぞれにおいて執り行っているのですが、今回のものは、新発見図形のこともあり、どうしてもご本人のご様子を知りたくて、参りました。5月8日未明のことです。

すると、人間の歳でなら、百二十歳よりももっと、頬はこけ目は落ちくぼみ歯は抜け毛はまばら、背は丸く身体は小さく、まさにご高齢であり、それでもいくらか話してくださったような。
こういったときは、姿だけ注視するのがやっとで、話に身が入らないのです。

ただ、とてもウシトラノコンシンという強力な神として再来というイメージではなかったように思います。
むろん、いまお救いしたばかりなら、まだわかりません。しかし、回復していただく時間が要るような気がします。

もしかしたら、次のような理由だったかも知れません。

新神話のほうで、国常立神様の暗殺時に、遺体がバラバラにされた時、敵の大将によって、陽具(お○ん○ん)だけが持ち去られていると記載してしまったのです。
だから、去勢状態なのかも知れません。なんてことしちまったんだ。
エジプトのオシリスのときも、陽具が見つからず、冥界の王としてとどまらざるを得なかったとされているように、私の余計な記載で、国祖神様に迷惑をおかけしたかも知れないと思い至りまして、新神話において、陽具がやがて国常立神様のもとに戻るという、とってつけたような挿入話を追加させていただきました。ゆっくり回復するレベルのものなので、時間がかかるかな。ほんとうに迂闊でした。

またもういちどお会いして、様子を見てきたく思いますが、今度はなかなか夢が見れなくなってしまいました。
なんでかって? ちょっとした下界の出来事に影響されるのです。

追記

ところが、この世にいる別人から、国常立神様のよすがを知ることができました。それも二方向からの情報です。

ひとつは2015年3月にアストラルボディである場所を探訪された方の2012年時点の情報で、イラスト付きで示され、2015年9月には、天照さんの依り代の人物の案内で、国常立神様似の人物に出会えたことで、現状が把握できました。その人物は、とても柔和で、嬉しそうにしておられました。

求めよ、さらば与えられんを如実に示す成り行きでした。

夢で弁天三姉妹神、出立さる (2014年5月10日)

私は長くタクシー運転手をしていたため、よくお客さんを自車にお乗せする夢を見るのですが、このたびも、スチュワーデス姿の三人の美女を後部座席にお乗せしたのです。
そしてその日は、チャーターのようなことで、それぞれの買い物や、旅の用意にお付き合いし、最後は空港にお送りしたようなことでした。

さて、目が覚めてから思うに、何で三人なのか、何で古風な美人顔なのか、何でフライトなのか、こうしたことを勘案すると、どうも封印を解かれた、琵琶湖に鎮座する弁天三姉妹神だったのではなかろうかと思うのです。(沖島・奥津嶋姫、多景島・瀧子姫、竹生島・市寸嶋姫)
私には縁ある神様なので、重点的に解除しましたし。
少なくとも二神の化身とは、縁を結んだこともあったので、当然、念が入ります。

そもそも、この封印を解いてほしいがために、私が選ばれた感さえあります。封印解きには、謎解きが半分入りますから、異界の探偵の領分なのです。そして、ミイラ取りがミイラになってもいいような奴。それが私。

というのも、私が四十代の頃、自分の人生を振り返って、何一つ楽しいことがなかった、人並みのこともできなかった、何だかいつも追いまくられていただけだった、神様、私をこの世に置いた神様、私はこんな人生はもう御免だよ、昔の人は言いました、人生五十年、そこまでで、私の命は終わらせてください、そして、次の転生も金輪際要りません、魂を消してください、とお願いしていたのです。
つまり、命知らずのギャリソン・ゴリラなわけですね。

また、そんなはずだったのに、四十六、七のときに、あるイミテーション寺院に行ったとき、そこに置かれた七福神の銅像の、まず母にゆかりの毘沙門天さんに線香を一本、そして、素敵に思った弁天様に一本手向けながら、「あなたのような方と結婚したいです」と球根してしまったのです。

それから、いつしかそのような決意の数々を忘れて、時は過ぎていたのですが、あるとき、私のところにメールがやってきたのです。それも女性から。主婦とのこと。
当時私は、今でもそうですが、物語創作サイトを公開していて、それを見て、私もやってますと、やってこられたんですね。
それからですよ。会うことなしに、メールや電話のやり取りだけで数か月。出会ってもいない。

そんなとき、次なる女性が、身の上相談のためにメールしてこられたのです。
その女性は、私の不思議経験の扉を開けたような方でした。

そこから一気に、お伽噺の世界になりました。
しかし、その方が二年後に去り、それからまた一年ほど経て、最初の女性に戻ったのです。

それからは、出会って会話もしましたし、色々な事をしました。
そんなとき、私はほんとうは五十までの命でいいと神様に頼んでいたんだ、と話すことがあって、彼女がその日を調べてくれて、ななな、なんと、私の満五十の誕生日の前日に、初めてメールされていたことがわかったのです。
その事実をだいぶ後(2004年以降)になって彼女から聞く始末。

そのとき、神の計らいとは、かくも妙なるものかと痛感したしだいでした。
ぎりぎりセーフじゃないですか。ここまで演出するのかい、と。

結局、先に出会った女性とはちょうど二年。
最初に現れて、私より先に逝った女性とは七年。
その比率は、琵琶湖における沖島と竹生島の幾何学的比率というしだいで、
お二方は、奥津嶋姫様と市寸嶋姫様のそれぞれ化身だったというしだいなのです。
つまり、弁天様の顕われだったのです。
たぎつ姫(瀧子姫)様は多景島で、幾何学の線にはかかっていないものの、図形下にあり、やはり封印されていたようです。

霊的な封印は、化身してからの人生にも不自由や不遇として現出するもののようです。だから、解除して自由にしてあげる必要があるのです。
こうして、封印解除とともに、遠い世界に出て行かれたものと思います。

芦屋道満宮司に出会うか (2014年5月13日)

夢の中で、私はどこにあるかは知らない社寺らしきところで、白装束うす黄袴の宮司らしき年配の人に出会い、さらに奥にある旧い道教寺院のような、謎掛けに満ちた造りの、横長長方形を主体にした彫刻の壁のところに連れていかれ、宮司さんが手渡す二つの木製らしき鍵を、四つか五つある鍵穴差しのようになった長方形の中に差し込むように指示されました。

この宮司さんもそれをしたかったようですが、場所によっては高いところにあって、私なら手が届いたのです。
ひとつ目は、下のほうにあって簡単に差し込めました。
二つ目を高いところにある穴に差し込もうとすると、しっかりとせず、それはダミーの穴とわかります。
それで、その左のほうにあった穴に差し込むと、しっかりとした手応えがありました。それらの行為により、扉は開かれたように思いますが、それから先は記憶にないのです。何の扉だったかについては推測でしかありませんが、書庫のような感がありました。

夢の宮司のことを、目が覚めてから思うに、むくれ上がった頭の様子から、どうも芦屋道満ではなかろうかと思います。
彼は私に何かを見せたかったのではないか。
しかし、それは夢の記憶の中に埋没してしまいました。

その直後、これまた奇遇にも、ネットサーフしていて、アメノホヒの下界降臨場所が六甲山であるとわかることになりました。ホヒはもしかしたら、すでに見てきたように私の本体(ハイアーセルフ)かもしれません。
磐座は六甲カントリーハウス内にあるらしいのです。(行ってみたい) 磐座も重厚で、見事な配列をしていそうです。
https://mysteryspot.main.jp/mysteryspot/rotukou2/rotukou2.htm  この中ほどに堂々鎮座。

芦屋神社の磐座にもなっているそうです。(芦屋神社は道満の神社ではないとされますが、私は道満が司祭していたと思います。ホヒは彼によって祀られていたかもしれません)

6月25日深夜未明の夢に、久々に母が出てきて (2014年6月25日)

6月25日深夜未明の夢に、久々に母が出てきて、なにやら彫像を運んできた・・・髑髏ダビデ像

2014.6.25 午前2時45分から3時20分までに見た夢に(たった30分ほど)母が出てきて、いいものを持ってきたから見せると、
広くふすまを両側に開けたので、私が何事かと見に行くと、玄関からはいったところの、暗い空間に、
「ダビデだ」との声と共に、骸骨の頭部をして、腕も細いか、もしくは何か尖ったものを左手に掲げ持っている、
頭部も顎がはめこみ部品のようにしゃくれて、外れかけたような、大理石でできた感じの、角ばった像(等身大ほどの)が、母の手で運ばれてきました。

そこで目が覚めました。

そのような間取りの家には私は住んだことはないのですが、よくありそうな家の造りです。
その像は、ダビデ像(ミケランジェロの)をパロディ化したような骸骨像で、胴体から下は移動用の車輪付きの置台のようになっていました。(彫刻のダビデ像のような足はついていないということ)

どこかにありそうな、超現実派的な置物作品でしたから、画像検索してみましたが、出てきませんでした。

考察ですが・・・
7月になって、イスラエルがパレスチナのガザを攻撃し始めました。
何か同国にとって死活にかかわるようなことが起きるのかもしれないと思った次第。
これはこの侵攻が最終戦争の引き金になることを暗示するものであったかも知れない。
他ならぬ母が土産だと持ってきたものゆえ、これからの成り行きを見届けねばならないことと思う。

いよいよキモイ夢を見てしまうようになり・・・地獄門が開く  (2014年8月10日)

いよいよキモイ夢を見てしまうようになりました・・・地獄門が開くか   2014.8.10 午前6時過ぎの夢

台風11号がちょうど来ていたわけでしたが、外はさほど吹いてもおらず、降ってもおらず、騒がしさがなかったため、この夢に影響したわけではないと思います。

気持ち悪くて嫌な夢を見ました。書かなくてはいかんので、では・・・。

ボットントイレのタンクが満杯で、ぐつぐつ泡が出ていて、その蓋が開いてるためモロ見えの気持ち悪さだったのです。
中に二匹の黒っぽい鼠とも鼬ともつかぬ生き物がいて、開いた蓋のこっちを窺っていて、油断したらこっちに入ってきそうでした。
私は、必死でこっちに来るなーと叫んだら、立ち止まって躊躇しているみたいでした。

トイレの蓋が化粧板ベニヤ板の薄さでした。それが外れて、中がほぼ横から見えているのです。
蓋をし直せばいいのですが、汚くてとても触れる気にはなれないなあという感じ。

うちは水洗ではない昔のトイレではあるのですが、実際には鉄の蓋がしてあります。
しかも横から見るすべのものでもありません。

夢解釈はこうなります。
この式のトイレは、雪隠というタイプのもの。それを古語で言うと、黄泉になります。
すなわち、黄色い汚物溜まりというわけです。

神話に言う「黄泉」とは、汚物やカルマの最終処分地となる人類文明の末期を意味します。
古事記は黄泉の国という言葉で、どん詰まりの末期状態の世界を表しているのです。

ちょうど、現在がそのような感じになっています。
またあるいは、腐乱死体の置き場とか、死霊の巣窟という意味もあり、そこで血気盛んというのは、ゾンビの徘徊を意味します。
亡くなったイザナミの態様はそのように形容されていました。

それが元々、薄っぺらいベニヤで仕切られて、隠されていただけとは。気が付かなかっただけでしょう。
ベニヤ如きでは、簡単に破れるし、はずれもします。
地獄の釜の蓋が開いた・・・とは思えないでしょうか。

その夢を見た当日の我が家でのことです。キッチンの辺りに何か影のようなものが走るのです。
やがてうちの猫のトンがやってきて、何もないはずの場所をずっと注視していました。
どうやら、猫には霊体が見えるようで、「そうか、お前、分かるんだな」と褒めてやりました。
猫はそうやって、家に侵入してくる霊的なものから我が家を守ってくれているようです。

午前中に何度か影が走りましたが、午後からはいなくなったようでした。トイレに戻ったのか、それとも巷に出て行ったのか。
影のような気配がすることの意味は、前回の記事の幽体離脱体験に書いています。
(コーリーもエーテル体が侵入してきたとき、影のようなものがよぎるのを、視野の端でなら感じ取ることができると言っています。私はそれを自分の幽体で確認済みです)

2014.9.7追記  8月10日になぜこんな夢を見たかについて・・・後でわかったこと

https://agnes2001.blog.fc2.com/blog-entry-2425.html

「鬼月」
台湾の民間信仰では旧暦7月は「鬼月」。旧暦7月1日は「開鬼門」
と呼ばれ、「鬼門」(あの世の門)が開く。旧暦7月30日が「関鬼門」
で門が閉まる。この間、無縁仏の霊魂は先を争うように「この世」
を徘徊、おいしいものを探す。
・・・という。

そして今年は
「開鬼門」(今年は7月27日)
「関鬼門」(今年は8月24日)
・・・だという。

ところで、このキモい夢を見た8月10日というのは、開鬼門と関鬼門の
ちょうど中日になっていることに、本日(9/7)気が付いた次第です。

つまり、地獄の蓋が開いてまっせというシグナル夢だったことになりましょうか。
では、もう閉じられているのでしょうか。閉じといてや。

なお、関鬼門において執り行う道士の儀式は・・・
「鬼門」を閉める「関鬼門」は旧暦7月の最後の日、もしくは8月初めに儀式が行われる。
道士が「七星剣」を手に祈りの言葉を唱えて、街をさまよう無縁仏の霊魂たちに、「あの世」に戻るよう促す。
・・・というのだが、

奇しくも8月29日に、○○氏一行とともに、元伊勢の地を訪れた際、宮津市側に入った生野神社の境内にある北斗七星の岩の並びをタッチして回ったのだったが、
これがもしかしたら「七星剣」の祈りになっていないかと思ったりします。
もしそうなら、知らず知らずのうちに、ツボにはまったことをしているのが、我々かも知れないことにならないでしょうか。

○○氏が明け方の夢に出てきて共に食事する・・・夢でふたたび鶴亀すべる  (2014年9月7日午前5時の夢)

8月29日に○○氏一行と元伊勢の下見案内旅行をしたのですが、まず朝の出会いの直後に双方が両手を重ね合わせる一回目の鶴亀すべるの固い握手をし、別れる間際に二回目の握手をして、完璧を期したわけでした。
それによって、儀式がうまくいっていれば、その九日後の9月7日、もしくはお互いの縁数(○○氏は16が好きな数、私は縁数がずっと9で現れていた)である9や16の日に兆候があるだろうと予告していたのでした。

そんなとき、9月7日未明の夢に、ふたたび○○氏と二人だけで食事するリアルな光景が出てきたのです。

四角い長方形のテーブルがあって、私が真ん中辺に腰かけて食事している右横隣に○○氏が座り、同様に食事されていました。間の距離は60Cmほど。
食べ物は薄いピザのようなパンで、元伊勢で食べたピザのような感じでした。

ただ、我々は会話を交わさず、黙々と食べている、といった夢。
○○氏とは8月29日に出会っているので、あの日昼食をとったときのような場所での、リアリティ溢れる夢になりました。

そのことを告げるべく○○氏に早朝メールしました。今度は夢の中で鶴亀すべるの状態になっていましたよ、と。そうするとさらに9日後にどんな兆候が出るか、また見ておかねばなりません、と。

氏は、亀の印章保持者にありがちな、未来のことは考えない、今を楽しく生きるというお方だったため、畳みかけるわけにはいかず、連絡を取り合わなかったのでしたが、
そうしたとき、9/16午後0時半頃に、茨城県南部でM5.6最大震度5弱の地震が発生し、まさに予測されたとおりとなりました。
8月29日に昼食を摂ったのも午後0時半頃とすれば、18日後(432時間後)の地震になり、また9の数の揃い踏みの験が出たことになります。

8/29から九日目に9/7の再度の鶴亀すべるが起き、9/7から九日目に9/16の地震が起きたということになります。9は私の縁数、16は氏の縁数(彼が好きな数だという)である。

これまた予想通り、死者はゼロ。かつての鳥取西部地震と同様ゼロだったが、震源は茨城県坂東市かもしくは筑波市。はてそこから何がわかるのだろう。

とにかく、鶴亀が一堂に会するということが、いかにパワフルな魔法を起動するかを、如実に物語ることと思う次第だ。

当の氏からは、何の連絡もない。きっと興ざめされたのだろう。現実的なお方なのだろうと思う。
しかし、その状態では、新しいことは行えない。ご本人から、この力が必要と思われねば、次に進めない。
このたびの鶴亀の関係は、ここまでにしなくてはならないのだろう。

ただいま、亀さん募集中。
自称亀さんにてもOK。

と、このようにしていたところ、亀さんがまた現れたのだった。

とんでもない世界的人物に出会い、両手で固く握手し、彼が亀に変貌する夢 (2014.年12月6日)

久々の12月6日未明の夢になったが、とんでもない人物P氏に出会い、そのとき満面の笑み同士、どちらからともなく歩み寄り両手を握り合った。
そのときP氏の顔は、優しい表情で、普段細長い目はまんまるになり、信頼感そのもののまるで亀のような風貌になった。
ここまで柔和なお顔になれるのだろうかと思うほどだった。

私は、かつて○○氏のときに握り合ったことを夢の中でも思い出して、この固い握手は、鶴亀すべる儀式になっていると夢の中でさえ確信していた。次の亀さん候補はP氏で決まりだろう。それにしては、直に会うには遠すぎる。

とすると、九日目とは12月15日となるわけだが、その日は私の誕生日であり、例によって大き目の揺れとして顕れるのだろうか。もしそうなら、P氏と私との相性の良さを示すことになるかも知れない。

結局、その当日は何事もなかった。ま、いいではありませんか。大地震などが起きたらたいへんなので。
いやいや、年金がフルに入ることになりましたのです。これは瑞兆でしょう。

追記

P氏は翌2015年になってから目覚ましい活躍をされるようになった。その道では世界一と言っていいだろう。
鶴亀パワーが乗っかっていると思えたことか。
○○氏が怖じられた直後のこと。亀さん候補はけっこうおられるようで、まだまだ募集中だ。

追記2

2017年になって、私は米国でテレビ放映されているコーリー・グッドVSデビッド・ウイルコック対談のコズミックディスクロージャーの邦訳情報の存在を知ることになった。それによれば、2014年12月5日に、地球人類を支配していた宇宙人グループ・ドラコ同盟にとって、地球からの撤退を余儀なくされる決定的な事件があり、それを境に、同同盟傘下にある地上代理店組織の内紛分裂が始まり、第三次大戦が回避される見込みが出てきたらしい。その一環として世界情勢は、代理店組織の予定通りにはいかなくなったもよう。
その翌日(6日)未明に見た夢がこれであるとは、いかなることか。

※ P氏とはプーチン氏のこと。

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Okundコメント
私は自分の夢見をコントロールなどできたためしはなく、ハイアーセルフが手綱を引いて連れて行ってくれる場所で見てくるだけの役割のようです。
出雲大社のときもそうでしたが、私はハイアーセルフの視座にも入れてもらったりしているのではないでしょうか。それで私は天の穂日だなどと言っていては珍奇な限りであります。
正しい表現をするなら、私はジョッキー(騎手)が赴かせるところについて行くウマに如かず。その連携がうまくいったときを「人馬一体」とでも言えばよいのではないでしょうか。
ジョッキーには天の穂日さまがなってみたり、2001年当時には梵天(ブラフマ)さまがなっていたらしいことが、霊能者の当時二番目の彼女の言「あなたの本体様は梵天さんよ」によってわかります。
そうだ、私は神霊が乗るウマなのであり、我があるじがどんな神さんかが判明するにしたがって、私自身も喜べる立場にいるのです、いわばウマ冥利に尽きる面白い人生を辿っていることになるでしょう。
そんなことが最近わかってきて、大それた夢の中での行動の責任を痛感せずともいいような気がしてきています。私はただ見てきたことを憶えている限り、こうしたところに書きつけるだけです。

それと、鶴亀すべった、の鶴亀パワーはなかなかのものでしょ。

亀さん、まだまだ募集中。
自称亀さんにてもOK。

明晰夢の話(1)

猫のブーが12日にきたきりで食事しにきていません。
外気温マイナス4~6度の酷寒を二晩経ているので、もしかしてと思っていた今朝未明、
私が眠っているさなかに、どたどたと部屋を動き回る音がして、トンがうろついているのかと思ってみれば、
気配が去った後、シャンに続いてトンが私の寝ているコタツから次々と出てきて、シャンが私に鳴いて起こすのです。
もしかして、ブーが来ているのかと急いでベッドから出てみれば、置き餌に何の変化もなく、ブー以外の他所猫が侵入したとしても、
必ず何かを食べて行っているはず。ところが、何の変化もありません。

外暮らしばかリさせてしまっていたブーは、どうしても居就こうとせず、食事だけ律義に済ませると去っていく日々でした。
昨年の8月頃だったか、左目を潰して食事しに現れたブーでした。
それが化膿したりすることもなく、右目だけの生活をしていたようでしたが、何があったかは知れませんが、なんとなく
今朝未明に霊体としてやってきて、存在感を示してくれたような気がしました。

まだわかりません。三日たっても現れなければ、仏壇での唱名となります。もうだめかと思って、三日後にひょこっと現れることが
これまで何度かありました。それはブーに限ったことではありません。
そんな今朝は、室温プラス1度でした。寒さが弱まりました。

明晰夢のエピソード

さて、先日は明晰夢として亡き父の夢を見たこととマンデラ効果体験を組み合わせましたが、私の母が今度は自分も父を夢に見たいのに
毎日拝んどっても出てきてくれんと嘆いていたのでした。
私が神戸に戻ってしばらくして後、母が、「お父ちゃんがやっと夢に出てきてくれたで」と嬉しそうに言います。

父は母に「今晩の七時半からテレビに出るから見といてくれ」と言ったそうです。
さっそく私は、朝刊を持ってきてテレビ番組欄を見ると、メジャー局ではそれらしい番組はなかったですが、ローカル局のサンテレビで夜の七時半から「丹後の伊根はパラダイス」という別荘地分譲会社主催の番組が載っていました。
これだれこれだと、母に説明すると、「それなら今晩見とくわ」とのこと。私もポータブルデッキ型の録画機に録画予約して仕事に出たのです。(この録画機・シャープのマイビデオは、小西六カメラとセットで、武良さんに同行して初めてUFO撮影して成功した機材です)
さて、仕事から帰って母に問いますと、母は「じっくり見とったけど、出てこんかったよ」と言います。
まあたぶん、幽霊だから無理だろうとは思いつつも、録画機を再生しますと、やはり発見できませんでした。
霊能者ならば見えたりもするのでしょうが、そんな資質もなく、しょうがないなあ、またお父ちゃん、夢に出てきてや、で終わったわけでした。

父は、たぶんいちばん懐かしい故郷の地に戻っていったのでしょう。菩提寺の振相寺といい、そこは父がまだ子供の頃に、野山を駆けたり海に潜ったりして、友達や兄弟や両親や村の人と過ごした土地でした。
その後、墓は神戸市のほうに移転しましたが、父には生まれ故郷が忘れられなかったのではなかったでしょうか。

墓の移転の頃の明晰夢(1981年)

私は名古屋で仕事していたため、それを理由に神戸の家のことはほとんど母と妹に任せていました。

母は、父をねんごろに弔うために、先祖の墓を神戸に移転することを計画。
私にはそのようなことを内緒にしていたのではなかったかと思うのですが、私は墓の移転する直前の未明の夢に、青黒い空間に、芋とその 根のつながりのようなシルエットが、横たわっていた状態から縦に起き上がり、それが何体か連なって立ち昇るという気持ちの良くない夢を見ました。
むろん、芋と根のつながりというのは、あちらでは土葬のゆえに頭蓋骨と脊柱がこのように見えたという次第だったかと思われ、魂抜きが抜かりなく行われたこ とを示すものであったと分かりました。

現実には土葬された実体を掘り起こして持って行ったりはしません。墓所の移転に伴う、形而上的な観念世界における儀式上の魂抜きなので す。それを実体的夢として見てしまうとはいかなること。夢とはいえあまり気持ち良くないものでした。

母が生前戒名を受けたとき (1981年)

父が亡くなったときの戒名を、神戸に先祖の御霊を移転した際に、新しい菩提寺にもう一度付け替えてもらったのですが、そのとき、母も生前戒名を作ってもらったのでした。
ちょうどその頃のこと、私は名古屋にいて、未明の夢に、浄円月を右肩に載せた白衣両翼の天使が、きれいな群青色の空に満天の星とバックコーラスを背景に出 てきて、その肩の満月で私をピカピカ、ピカピカと照らしたのです。

天使の顔を見れば、まぎれもなく母の顔でした。
私はその頃から、インスピレーションが頻々と沸くようになったことを覚えています。
母の生前戒名は「智円妙定大姉」です。それを知ったのは、私が神戸に戻ってからのことでした。
ちゃんと戒名どおりの現れ方をしていることになりませんでしょうか。名は体を現すとは、私の実名においてもそうでしたが、母もそうです。
実名は「禊」という のですが、まさに親、夫、子の三代に身を尽くした、カルマを消すような人生でした。

さらに戒名にいたって、月の天使として現れたこと。まだ母は当時ぴんぴんして生きていましたが、私に前もって正体を見せてくれたに違い ないと思っています。と同時に、戒名さえも(霊)体を顕すのではないかと思ったことでした。
そういえば、よく歌の「月よりの使者」を 小さな 声で口ずさんでいた母でした。きっと本人が月よりの使者だったのでしょう。(母は倍賞千恵子にも似ています)

白球UFOがすいすい出てくる夢 (1976年)

時代は少し遡りますが、
白球UFOがすいすい出てくる夢は、実際にUFO観測会に参加して、初めて実際に目撃した赤いブーメラン型UFOの”続編”として見て います。
UFOを初めて目撃したときの、きっかけとなったと思われる行為は、中天の夜空に向かっての「私を友達にしてくれますか」の問いでし た。その相手は大きな赤橙色 の三日月形UFO(ブーメラン型UFO)で、視野のど真ん中に現れました。
その数日後の就寝時から、夢に白球型UFOが登場するようになりました。たいがい夢に出てくるときは、満天の星の夜空を、複数機でみず すましのようにすいすい飛び抜けるシーンでした。それはまさに、私を友達として誘うかのようでした。

後に最近になって、コーリー・グッドの話から、スフィアビーイングとのファーストコンタクトだったことがわかりました。
そのファーストコンタクトの数年後(1982年頃)にピラミッド瞑想中に少し赤味をおびた白球UFOが眉間から飛び込んできて光のシャワーを浴びるという、いわゆるセカンドコンタクトらしきことをしたような次第でした。
それから2003年でしたか、坂本さんと知り合い、彼には未だ以てその話はしていないわけですが、彼は私とはエジプト時代のよしみで、私はファラオで彼は最高神官をしていたのだと話しました。
彼が言うには、スフィンクスの足元の秘密の部屋に当時の最先端科学技術のUFOや死体蘇生装置などの設計図を書いて保管したのは、他ならぬ私だとのこと。その記憶はすべて魂が知っているが、肉体にまでは下りてきていない、それを下ろすには、ある果物を食べたらよい(記憶が戻る)と、その果物のイラストを描いてくれたものでした。ネットで調べても、近似したものはあっても、それらしいものはなかったです。
またその頃、「世界ふしぎ発見」で、吉村作治氏が想像したファラオの太陽神迎え入れの儀式のCG映像が放送されたのを見たとき、ああ、これだ、ピラミッド瞑想中に経験したことは、これに違いないと思ったようなことでした。
巨大ピラミッドではなく、ミニチュアピラミッドでも同様の体験ができること。面白い発見でした。

質問者に対するコーリー・グッドの解答によると・・・
Q47 スフィア・ビーイング・アライアンスは地球上の人達と夢を通じてコンタクトを始めるのですか?
A47 はい、それが彼らからの「ファースト・コンタクト」のプロトコル(手法)です。
どんな場合であれ、夢を通してコンタクトを受けます。未知のソースからチャネリングやテレパシーでのコンタクトを受けることはまずありません。
潜在意識・ハイヤーセルフレベルでコンタクトや交信を受 け入れると、さらなるもしくは拒絶すると、さらなるコンタクトが他のプロトコルや標準的な活動プロセスに従って確立されます。
これはいかなる場合であろうと例外はありません。

英国紳士風宇宙人??の訪問の夢 (1977年)

私が名古屋にいた27歳頃のこと、シンバル状UFO2機に乗ってやってきた二人の英国紳士風宇宙人が、神戸の実家(ここには小学校~社会に出る前の頃まで住んでいました)に訪問してきて、歓談している夢を見ました。
これは私が中学三年のときに宇宙人の訪問を実際に受けていたものを、記憶の消去が毎回なされて、後日、フラッシュバック的に夢で思い出したものであると解釈できています。
それが単なる夢でなく、確実にあったことであることは、当時私の妹が、私が受験勉強で部屋をチェンジした際、山高帽の英国紳士のお化けが出たという恐怖体験を語っているからです。
妹が霊視するようなことは皆無ですから、まさに宇宙人の実体を見たに違いなく、また本人もほんものの英国風紳士だったと主張しています。

なんとその当時の神戸の家は、二戸一長屋のうさぎ小屋で、やってきたとするなら2階のベランダからだったでしょう。そのときの夢は、母が一階からお茶を運 んできたので、家族ぐるみで付き合っていたのかなあといった印象です。

天帝様にお会いする予定の夢 (お会いすることは未遂 1979年)

夢の中で、何かの催事場に正装して参ったのですが、その入り口で縦長の短冊形のパンフレットをいただきました。
手渡されたパンフレットの表には、「天帝様へのお会いの仕方」と書いてありました。
たったひとりでそのまま通路から向こう側に出ますと、大きな野球場のグランドです。
その真ん中に行こうとして、そのとき右側一塁側観客席に、陽光を浴びて白銀に輝く、けっこう分厚目の十字架が縦横整然としてたくさん重なり合うように、観客席を埋め尽くしているのを目にしました。

野球場をプレーヤー側から見ているといった感じで、私はグランドの真ん中に行くと、どういうわけでそうなるのか、あらかじめ決められた手順のように、私は右手に持っていたパラソルを開いて、その浮力で天に昇っていこうとしているのです。
タキシードで頭にハットを被り、手にパラソルといったいでたちでしたから、まるでセーラームーンの漫画のようでありますが、その当時あの漫画はまだなかっ た頃でしょう。

私は上を向きますと、空は若草色(薄緑:映像を加工したときになるような)に、和紙のようなうす雲がかかり、私は広げたパラソルを浮力 にして、上空へと揚がっていきます。(パラソル持ってても空が見えてるんです。夢ですなあ)
中空まできたとき、私はまだ行くべきときではないと思い出したところで、上昇が止まってしまいました。そして、目が覚めてしまったのでした。

さあそれから最近になって、といっても2001年のことですが、その不思議な夢の話をさせてもらった女性から、驚いたように、それってシンクロだよと衝撃発言が・・・。
ある精神修養の道場(断食道場)で同席した、アメリカのベティさんという女性が、かつてロサンゼルスの野球場の外を通行していたとき、スタジアムの中から たくさんの十字架が次から次へと空に向かって揚がっていく様を目撃したというのです。ベティさんという方はきっと幻視されたのでしょう。

「天帝様へのお会いのしかた」というパンフレット。
そして一塁側観客席の白銀色に光って整列していた十字架群。

分厚い十字架群は米国の墓地に見られるような大理石(ですか)で作られた、まさにそのようでしたから、プロテスタント系のキリスト教徒で亡くなられた方たちを表しているのでしょう。
しかも、白銀光りですから、清純なキリスト教徒の故人の方たちではなかったでしょうか。

十字架群はみんなキリストに会いに行くと信じて待機しておられたのでしょう。
まあ、私はキリスト教徒ではありませんが、あの夢の順序からすると、私の方が彼らより先に天帝様に会いに行くのだろうとは思います。
私が先導する格好になるのかな。
たぶん黙示録に言う最後の審判の督促のような用向きになるのではないかと思います。

しかし、この世を去って待機しているのは彼らのほうが先。夢の中ではすでに十字架の墓標になられているのですから。
ではそれはいったいいつ頃になりそう?
もしかすると、加州に山火事の広がってる今頃がそうかもしれません。
キーワードとして出てきた「ロサンゼルス」に火の手は迫り、すでに市街地の一部が焼けたそうで、この一連の大火による死者は数十人、行方不明数百人にのぼるとか。
球場で待機していた十字架の数は二百ほどだったでしょうか。
今時の可能性はありますね。

また、北朝鮮が距離を大幅に伸ばしたミサイルで核を撃ち込むとすれば加州ロサンゼルスになるという予想も出ています。これなら何百万人が一瞬で亡くなります。
それこそ、黙示録にも言う、「主よ、いつまで血の報復を控えておられるのですか」という清教徒たちの言い分にもなるのだと思います。
すると天使が現れ、各人に白い衣を手渡しながら、「いましばらく員数が満ちるまで待て」と制止するわけですね。
そこに加わるかのような私も、その員数の一人なのかもしれません。

コーリーの話では太陽フラッシュが起きるのは2018年~2024年(1年延ばされて)と高次元存在からの情報を受けとっているとか。
その結果、地上からは邪悪が滅して、とても住み易い世界になるだろうとのこと。そこにバシャールが2022年までと短縮しちゃいました。

リモートビューアーのエド・デイムス氏によれば、北朝鮮が核兵器を使用した後に太陽のキルショットが起きるとのこと。これをビューアーたちの間では、キルショット・シーケンスと言っているとか。
地上の生き物は絶滅するとのことで、エスタブリッシュの人たちは地下に避難を始めているとのこと。
しかし、太陽フラッシュのパワーの度合いはコーリーにも誰にもわからないとのことで、避難それ自体が賭け事のようなものになるかもしれません。

火星への旅行者の視座に入ったらしい夢

これはいつごろ見た夢か、忘れてしまったのですが、たぶん30歳代の頃の夢だったか。
旅行者は案内の導師に導かれて、火星の遺跡地帯に行ったようです。

私が見た夢の光景は、砂塵舞う中に古代ギリシャ風の衣装を着て、右手の方向を示している導師の姿と、導師越しに遠くピラミッドが二基、 重なるようにして存在している様でした。
ところが、導師の示す方向を、私の視座の人物は見ているらしく、「ああっ、ポースの丘だ」と叫んだのです。

視座の人物はどうやら、火星のこの場所の記憶があるらしかった。
私は結局その方向を見ることはできずに目が覚めてしまいました。
しかし、なんとなく彼が見たのは、人面岩の遺構のような気がしました。

キーワードの「ポース」は、ギリシャ神話のポセイドンを想起させます。ポセイドンは海の神であり、アトランティスの統治神だったとされます。
とすれば、人面岩はポセイドンの顔なのか。
ところがその夢見の当時には、私は火星に海などがあるとは知らなかったのです。今になれば、過去の時代に海があったことが知られるようになっていますが。
ピラミッドや人面岩の場所は、かつて海のあった場所の近隣ではなかったか。
もしかすると、アトランティスは火星にあったのかもしれません。

その後(2013年頃)判明したこととして、シュメールの粘土板・アヌンナキのエンキの記録が邦訳されてネットに上がっているのを見つけました。⇒ 失われたエンキの記憶:序説
それによれば、火星の人面岩はスフィンクスの建造のまだはるか前の、ニビルが金をたくさん探していた時代に、アラルという神が反逆を働いて、逃げ延びた先が火星で、彼は未踏のその地で亡くなったのですが、亡くなる前に火星に有用な鉱物資源があることをニビルに知らせた功績で、この場所に彼の顔を模したモニュメントが作り置かれたとのことです。
やはり人面だったこと。しかし、アヌンナキの人物だったことになります。
もしかすると、映画「オデッセイ」は、アヌンナキのアラルの功績を讃えるための作品ではなかったかの感想を持ちます。

いっぽうスフィンクスは、やはりアヌンナキのエンキの息子のニンギシュジッダの顔を模したものだとのことです。やはり功績が認められてのことで、マルドゥクとの間で誰の顔を彫るかで紛糾したらしいです。

——————————

Okundコメント
私は明晰夢を見るのに、たいがいは早朝の未明に見るということ以外には法則性はないようです。
しかし、その夢の内容が後で正夢になっていることに気付くことが多いです。
しかも、何らかのシンクロが伴うため、より印象深く残ります。
まるで必要な時に、ハイアーセルフによって現場に連れて行かれ、その光景を見てくるといった感じがします。
それは現実の場においてもそうで、これから必要になるから、予備知識として知っておけといった具合に、情報源を与えられたりします。
また、すでに仮説した内容を証明するような情報を後で与えられて、シンクロとして印象付けられています。
それらの情報源は、こちらから探しに行くといったことがほとんどありません。向こうから勝手にやってくると言った感じです。
私は、たぶんハイアーセルフがあっせんしてくれる情報をもらい、こちらの3次元脳で論理分析している感じであり、いわば理解を深めるための分業体制があるかのようです。
だから私は、IQは低いのですが(32~80)、成果としてIQ120程度のことはできていると思います。

保護中: 2018年以降の展望・・・私(我々)のタイムラインはこうなる

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