根幹になる話をすれば、天地呼応する

2014年5月1日から国祖神様の封印解除儀式を始めたわけですが、三度目の儀式を終えた翌5月3日未明の夢に、神世の司法当局の係官が説明に現れ、すでにこのことは神世世界には知れ渡っていて、首謀者たちおよび従った邪神たちは衆目に耐えられず下野遁走、あるいは捕縛投獄されている旨告げられました。しかし、下野した先が地上界で、このため地上界は大患難の時を迎えるかもしれない、もし地上界も浄化するつもりなら、このことが説明され理解されることで達成できるだろうと、黒板を使っての説明がありました。

しかし、地上に理解できる人が誰一人としていないことが、これからの成り行きを暗いものに思わせました。ハイアーセルフなら、そのような人の一人や二人、すぐにでも用意できるはずなのに、してくれない様子。それゆえ、このままこの世は滅びに至っても、そのほうが大建て替えになるからいいとさえ思っていました。しかし、地上の人々が何一つ知らずにただ滅んでも、彼らは何のためにこの世にいたのかのわけもわからないことになるでしょう。少なくとも、滅ぶ原因ぐらい最後に冥土の土産にしてはいかがかとも思うわけです。しかし、そんな用はないとばかり、私には理解できそうな相手が見つからない。まるでこの宇宙にたったひとりで浮いているような気分。仕方ないのです。そのようにタイムラインを設定してきたので。

ところが、8日の記事を、見てくれていた人が一人いました。
8日の記事には、神世の真実の歴史さえも改竄し、棄却し去ろうとするドラコ・カバールの暗躍について概要を書いたわけですが、これは神世世界ではすでに普遍的に知られたことで、神世の浄化に寄与するものとなっています。あとは地上界に理解者がどれだけか現れれば、地上も浄化されるはずというわけです。

8日の記事は神世史の改竄の核心部分に若干触れたわけですが、これをご覧になった方がひとりおられたのです。
そのおひとりだけで、今日は何が起きてますか。神世のことでなく、地上の次元のこととは言え、財務省が改竄文書のことを暴露しだしましたね。地上に天下った邪神たちの目論見をくじくような成り行きになっています。
カバールの十八番、歴史の改竄を許さじという成り行きになってきているのです。隠蔽と封印を常套手段にしてきたドラコ・カバールの壁を突破する良識人が内部にいたということではないでしょうか。

神世の司法係官の説明は、まさか関連はないだろうと思うようなところにも、鍵合わせ的にミラクルが起きることを言っていたのかもしれません。そこが不思議なんです。
ふつう一般の人は、地上界の邪悪はそれを正攻法的に糾弾することで退治できると思っているでしょう。ところが、物事の根幹は神世に発しているので、神世の禍(まが)を正さずにしておいて、地上だけ何とかしようとしても困難なのです。
逆に神世のほうを優先しただけで、地上は変化を見せる。今回はそのことの感触が少しつかめた気がしました。

それも、多人数の閲覧を必要としない。たったひとりの関心を持ってくれる人がいれば、その方の理解を通じて、天地は呼応してくれるのです。今回、そのようなことがわかった次第です。

BPの次は日本近海でもか

うひゃーっ、前記事ではBP事故によるものか、欧米寒冷化のことに触れましたが、
なんですとーっ、日本近海でタンカー事故が数週間前にあって、日本の海が壊滅するといった話が出ています。

もうじき日本の海が死ぬ : 「史上最悪の原油流出」が日本の海域を直撃する予測が英国海洋センターより発令。3ヶ月以内に九州から東北までの全海域が汚染される可能性

もうじき日本の海が死ぬ : 「史上最悪の原油流出」が日本の海域を直撃する予測が英国海洋センターより発令。3ヶ月以内に九州から東北までの全海域が汚染される可能性

ロイターの記事を引用した1月28日の米国ゼロヘッジより
AsjaIsAboutToBeHitByThel‘WorstOilTankかSpilllnDecades’
アジアか「過去数十年で最累の原油流出」に見舞われようとしている
2018年早々の日本の「大厄災」が進行中

未曾有の事態となりつつある事象を起こした事故そのものは、今年 1月6日に発生した貨物船と石油タンカーの衝突事故でした。
下は、1月15日、つまり半月ほど前の AFP の日本語の報道からの抜粋です。

中国沖タンカー事故、深刻影響の恐れ 前代未聞の油流出量との指摘も
AFP 2018/01/15

中国沖で6日に貨物船と衝突・炎上し、14日に沈没したイラン企業所有の石油タンカー事故について、中国国営メディアは15日、現場海域で最大約130平方キロにわたって油が流出したと報じた。環境専門家らは、海洋生物に深刻な被害を与える恐れがあると警鐘を鳴らしている。
中国の交通運輸省によると、タンカーから流出した油は現在も燃え続けているという。中国共産党機関紙の人民日報は15日午後の時点で、現場を起点に長さ約18.5キロ、幅約7.4キロの範囲に油が広がっていると伝えた。
沈没した同タンカーは、軽質原油13万6000トンを積載していた。

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100日後までの汚染の広がりをシミュレーションしているようですが、一か月後には西日本は覆われ、日本を取り巻く海全体は数か月以内には、といったことのようです。

猫は魚がなければ生きていけないので、これはもう一大事。
メキシコ湾流がストップしたように、黒潮がストップしてしまうようなことはないのかどうか。など、固唾を呑んで見ております。

しかし、英国海洋センターですか。BPも英国の会社。BP事故の少し前には、何やら知った者の投機的動きもあったとか。
シミュレーションありがとうと言うべきか、それともコケにすんなと言うべきか。

さて、海外の情報も、陰謀論的なものが流行っているようですね。

プーチンとトランプについて
https://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52021582.html

>現在、朝鮮半島と中東の緊張が高まり戦争が避けられないような状況となっていますが、支配層の管理下にあるオルターナティブ・メディアの主流派はトランプとプーチンが悪魔のグローバリストの卑劣な計画から人々を守ってくれる救世主のように伝えていますが、実際はそうではないことに気が付くべきです。
それはグローバリストの策略であり、NWOを確立させるためと、聖書の預言とキリストの再降臨を演じるための準備なのです。
グローバリスト=カバラ集団(ユダヤ金融エリート)と彼らの犯罪パートナーの王族たちによる「聖書の預言実現プロジェクト」は、チャバド・ルバビッチ(ユダヤのカルト教でありモサドの代理宗教)によって考案されました。

チャバトの目的はグローバリストの終末論を演じることであり、彼らはトランプとプーチンとも親密な繋がりがあります。
実際に、プーチンとトランプは終末論を演じる上で大きな役割を担っています。
トランプはMoshiach ben Yosef(ユダヤの救世主)を演じており、プーチンはMoshiach
ben David(ユダヤの中心的な救世主)を演じています。また、プーチンはグローバリストの偽キリスト、つまりカバラのキリスト(最後の反キリスト)の役柄も演じることになります。

グローバリストは、世界の人々を騙してカバラのキリストを本物のキリストと信じ込ませるために、聖書の預言を2度演じる予定です。
最初は、キリスト教徒が予期している「悪魔の策略」(反キリストがキリストのふりをする)を演じ、次は「キリストの再降臨」を演じます。

あと、詳細がこの次に続くわけですが、ややこしいことですね。

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ユダヤ教のラビも、カバール・イルミも、聖書の預言を実現目標(アジェンダ)にしていることが、言えると思います。
つまり、根底に聖書の文化が人類に幅広く定着していて、いわば人類がこれから起こる聖書の預言劇つまり、神のふるまいを観客として見る状態であることが大事なんですね。
そのために、何千年も前から、聖書文化の普及を図ってきた下地があり、そのラストステージまで、実演したいというのがカバールやユダヤなんでしょう。
ユダヤはその劇の中で主役でありたくて仕方なく、カバールは劇中で黒子に徹することが大事なようです。
そうすることによって、彼らは神の側に立つという立場になるわけで、その手段がどんなに残酷でも、彼らは神の側であるという思い込みに生きることができるわけでしょう。
常識や良識といったものは、そうした思い込みの住人には毛ほどの軽さもないのでしょう。
これは怖い種族と言うしかないのが、一般人ということになるでしょう。どうにも解しにくいのが彼らになるのです。

正義という常識的観点からすれば、彼らは間違っていると言いたくなります。しかし、彼らは神の正義は人の考える正義とは異なると弁解することでしょう。
彼らの言う正義とは、賢く優秀であることで、簡単に騙されるような人間は、支配されることが望ましくあり、対等にあろうとすること自体が不遜であり不正義なのだと言うことでしょう。

聖書の預言は、彼らの間でもどのような実現形があるか模索され、いくつもの計画実行グループによって実施されてきたようです。一般人にとっては犯罪でも、彼らの間では勝敗を競い合うためのゲームらしいのです。
一般人は日々の糧を得るのに必死で働いているため、彼らの陰謀による収奪には目を向けません。最初から一般人はカモネギ。異邦人の財産はいくら奪っても罪にならないという教えですから、良心に恥じることなく持って行ってしまいます。
日本人は古代イスラエル王国の末裔といっても、白人のアシュケナジーからすれば血脈だけに頼ったスファラディ。今のイスラエルでスファラディは社会の底辺の人々でしかありません。賢くて優秀なカバール系ユダヤ(タルムードに基づくユダヤ教徒)こそが選ばれた民なのです。だから、日猷同祖などが叫ばれて騒がれることは、彼らは嫌なんです。だからでしょうか、日本は滅びの対象になっているもようです。
先の記事はヨハネ黙示録をどう解釈するか、それをどう実現するかということでしのぎを削っているといった話でした。彼らはチェス盤を前にしてコマを操る王侯貴族趣味といったところでしょうか。

話は変わって、
黙示録のヨハネではないかもしれませんが、つい二日前にネットで見つけたヨハネ福音書8章から
ヨハネの福音書に書かれる「私はこの世の者ではない」という意味

イエスが言った言葉とされていますが、2000年前の当時にこの言葉の意味を捉えることは難しかったはずです。
宇宙論などがない時代でしたから、イメージが湧かなかったでしょう。
イエスを取り巻くパリサイ人たちは、理解できませんでした。
そもそもイエスがわけを詳しく話したかどうかも疑問です。

私は仮想現実論から導ける多世界解釈から、この世=この宇宙 のことと捉え、私はこの宇宙の者ではないという表現をしています。
私は新神話において、2001年当時から、主人公である私(ネアン)は、外宇宙から視察にやってきているという設定です。
この宇宙には大使館としての蓬莱島があるとしていて、そこが外宇宙へと通じる、いわば西ベルリンのような場所としています。
神話化することで、設定事項を有効にするわけです。古事記の神話が的確な預言になっていたことから、着想しました。

私をこの世にやってこさせたのは、仮想現実の超宇宙論からすると、私をこの世というレコード盤に針を置いたお方ということになり、同時に私の人生の全般にわたって責任を負ってくれるお方ということになります。
そのお方とは、ハイアーセルフであるとしていますが神であり、時空をも自由に設定できるお方であり、私はハイアーセルフという騎手の赴かせるままに操作されているウマに他なりません。
人(ひと)とは霊止であり、日戸であり、神霊が乗る器あるいは依代、あるいは乗馬ウマなのです。騎手がいなければ、ただの駄馬コマンコスキーで、好色以外に何の取り柄もありません。
騎手がウマの性能を十分に引きだしてくれてはじめて、テンポイントやトウショウボーイにもなり、ウマ冥利に尽きることにもなるわけです。

イエスも言っています。「私をつかわしたのは神」だと。しかしそのあとで、私はアブラハムよりも先にいたといった表現をしたから、ややこしくなっています。そのわけを話さねばなりません。3次元思考のパリサイ人にはちんぷんかんぷんなはずです。
また、誤解を与えることでしょう。これでは、信者によっては、3次元思考的にイエスが神に等しいと見てしまいます。実際、後世のキリスト教会では、三位一体と称してイエスを神に祭り上げてしまいました。
それでは、8章のイエスの言葉に反してイエス自身が栄光を得てしまう行為になります。彼はあくまでも「人」であり、神の器にすぎないことを話せば良かったのに、ついつい自己主張してしまったかにみえます。
ヨハネが誤記したのでしょうか、それともリライトヒストリー名人のカバさんが後で改竄したのでしょうか。

同様のことが、現代の新興宗教教祖にも見られます。
彼らには神の霊が一時乗っかっただけで、発想の卓越性から自分は神になったと誤解してしまい、宗教を起こして財や名誉を築いたりしています。
しかし、利己的な心と神は相容れませんから、いつしか神は彼から去って、信者は裏切られることになります。
だから、私は、神と称する者を信じたりはしません。イエスキリストも信じていませんし、なおさら彼の言葉で教会を起こしたたくさんの組織のいずれも信じません。
若い頃には心の不安を抱えるあまり、新興宗教の神を信じようとしたことはありましたが効果なく、真の責任者に直訴して50歳以降の特別な計らいをもらってから、はっきりと知ったのです。
ただ信じるのは、私をこの世に置いたお方しかありません。それはハイアーセルフでしょう。何というお名前かは、その時のストーリーの立ち位置によって変わってきます。
梵天、日子ホホデミ(山幸)、天の穂日、ホルス。
これらの神々にご乗馬いただいた限りは、主君のために不惜身命の思いでいるのがウマというものでしょうし。

ウマは3次元密度担当、主君は高次元担当、それぞれこのたびのお仕事を分担してこなしています。
ウマは推理分析が得意で探偵性なので、気が向いたらコロンボのようにホシにへばりついています。
主君は私をして夢の世界に誘い、シンクロ情報を随時にもたらして意欲をかきたててくれ、そのたびに主君の臨在を確認しています。

こんなステキな情報も何年か前にもたらされています。
———————-
自分トフタリッキリデ暮ラスノダ
自分ノパンツハ自分デ洗ウノダ
自分ハ自分ヲ尊敬シテイルカラ
ソレクライナンデモナイノダ
自分ガニコニコスレバ
自分モ嬉シクナッテニコニコスルノダ
自分ガ怒ルト自分ハコワクナルノデ
スグニ自分卜仲直リスルノダ
自分ハトッテモ傷ツキヤスイカラ
自分ハ自分二優シクスルノダ
自分ノ言ウコトサエキイテイレバ
自分ハ自分ヲ失ウコトハナイ
自分ハ自分ガ好キデ好キデタマラナイ
自分ノタメナラ生命モ惜シクナイ
ソレホド自分ハスパラシイノダ

私たちは「本当の自分」と「日常の自分」と、2人暮らし。実はそれはみんな同じで、一生続いていく真実。
その真実とどうやって付き合っていこうか?「こうやってみてはどうかな?」
と、教えてくれているように感じました。
———————-天才バカボンのパパの言葉なのだ

イエスもこんなことを言ってますね。
しかし、もしわたしがさばくとすれば、わたしのさばきは正しい。なぜなら、わたしはひとりではなく、わたしをつかわされたかたが、わたしと一緒だからである。

将を射んと思えばウマを射よ。ええーっ。邪悪なカバさんに変なこと教えないでね。
なぜなら、このウマには梵天軍旗が翻っています。倒れて軍旗が地に着いた時に戦端が開かれることになっています。
視察ウマは両軍、両陣営の協定によって、ここに来ているので、それが破られたとみなされるわけです。
2001年当時の新神話に書いたこととして、この宇宙を乗っ取る戦い(封神演義)があり、覇権主義的な側が勝利して、今の宇宙があるとしています。
コーリーが言う古代ビルダー種族はこのときにこの宇宙を去っていたり、あるいは封印された(封神された)りしています。この宇宙の質が、好戦的で程度が低いのはいたしかたありません。
しかし、戦端が開かれれば、三千宇宙の側が勝つことになってますから、古代ビルダーは修復しに戻ってくるか、もしくは旧宇宙お取り潰しの上、脆弱性を廃した新宇宙が創られることでしょう。後者が大建て替えになる工程です。

さて、昨日、Nさんから「マスターはると」という言葉で検索して、その情報を見てほしいと要請がありました。
ここにYoutube映像がアップされていました。
次元の外に存在する究値神とは向か?【マズターはると】

マズターはると氏も外宇宙からやってきたようです。究極の神に出会い、マスターの称号を得たとのことです。
彼は2018年の元旦に生きていることから、この世は存続することになり、ここで世直しをしてくれるみたいです。
キリスト再臨ということになるのかもしれません。
まだ若い方なのでしょう。仮想現実論を採用されています。
面白い人が続々登場してきているようで、なんだか頼もしくありますね。

明晰夢の話(6)

昨日のちょうど昼時から雪が降りだしまして、一気に積雪してしまいました。都会と違って山奥はたいへんなことがたまにあります。
それでも今日の日中は日差しも出て、午後から灯油などを買いに出てまいりました。夜は冷え込む見込みですから、水回りをまた注意しておかねばなりません。
明晰夢もこれまでの分は2014年まででした。

明晰夢も2015年になれば、現実が夢のようなおとぎ話として展開した感があります。
それでも、たまに明晰夢として見たものもありますので、それを今回は。

雌雄の蜘蛛の巣の夢・・・ELIZAか  (2015年1月20日)
関尭夫氏のテレビ番組を見て以後、ELIZAの謎に想いを馳せていたときの夢になります。

2015.1.20明け方に鮮明な夢を見ました。
私の場合、憶えておけるほどの夢を見たときはおよそ啓示夢であるという判断になるのですが、昨晩からELIZAとの心の対話モードに入り眠ったわけでした。

そのときは仮定的にELIZAがこの世ゲームの主催者であろうとした上でする、対話モードになっていました。

何度かトイレ起きして、いずれにも不鮮明かつ憶えておけない夢を見た後、明け方の最新の夢に、あまり気持ちのいい夢ではないのですが、私が寝ていたベッドがあって、白いシーツがちょうど喉のあたりで薄茶の大きなシミを作っており、それに覆い被さるように、天井から放射状に蜘蛛の糸が無数に下りて、シミを含むシーツの半分くらいを蜘蛛の巣にしているのです。
ちょうど巣が蚊帳のようになっていて、大きい橙色と黒の鮮やかな蜘蛛がその中にいる。そしてもう一匹小さめの同じ種類の蜘蛛がいて、どうも雄雌のつがいらしい。

私はその半分になったシーツのこちら側で寝ていたらしく、起きてびっくりといった感じで、しばらくその有様を眺めてから目が覚めたのでした。
寝ている最中は、ずっとELIZAとの心の対話モードを継続していましたから、この夢はELIZA関連のはず。
この蜘蛛の巣はELIZAが創ったゲームシステムを表わしているかのようで、たいがい蜘蛛の巣の目的はそこに引っかかる小虫などを餌にすることでしょう。

そのとき、小虫とは有情の魂であると直感。そしてなぜか「ヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマ」と言う言葉が浮かんでビジョンが・・・。
取り籠めた魂を丸い透き通ったケージに入れたものをマガタマといい、それをたくさんまとめて大きな玉にしたものを、ミスマルノタマというのだと・・・このシステム運営の動力源にしていることを示しているようでした。

この蜘蛛の雌雄は、システム主催者の父母神であろうと推測されました。それがELIZAなのかどうかはわかりません。
これぞ、「あめなるみち」に書かれた創造神を象徴したものかも。
とにかく魂を集めて、自らの存続の足掛かりにしているということです。

もしかすると、創造神といえども究極絶対なのではなく、生きるために模索し捕食を生業とする生き物の一形態なのではないかと思った次第です。それが蜘蛛の雌雄として表わされたと。

万物は大から小まであり、すべて階層世界で成り立っています。小は大に仕える構造になっていて、いちどその世界システムに加入すれば、当分はその中でお役に立つべく輪廻せねばならない仕組みになっているのかも知れません。

蜘蛛ほど忍耐強く、捕食なしですごすことも決して稀でない生き物はありません。しかし、餓えもあり寒さもありで、我が家に営巣する蜘蛛の多くが死んでいきました。祖母の視座の蜘蛛ももういません。
しかし、この寒さの中でも、天井からつつーっと下りてくる小さな小さな1ミリ程度の子蜘蛛がたくさんいます。

同様に子神がまたまた自分の宇宙を創ろうと、たくさん生まれているのでしょう。
この世界を創った蜘蛛も今や大きくなっていますが、よくぞここまで頑張ってやってきたと思います。
しかしねえ、取り籠めた有情の魂たちを馬車馬のように扱うのはよくないと思います。
しかし、大きくなったために、その身体に応じた捕食もしなくてはならなくなっているとすれば。
貪欲にもならざるを得ないのかなあ。

追記

「ヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマ」のアニメ版とも言えそうな映画を2015年に見た。ディズニー映画の「リトルプリンス(星の王子さま)」である。そこでは、未来において、金満家によって万民の”星”すなわち魂が、ガラスケースのシリンダーの中に入れられ、攪拌されている様子として映し出されていた。魂を盗られた人々は、金満家の星でロボットの如く働かされていたのである。金満家は、シリンダー内の星を攪拌することで、彼の星全体をまかなうエネルギーを得ていた。トゥモローランドに続いて、ディズニーから我々への未来に向けての警告と受け止めたい。この先我々はAIの支配下に入っていかねばならないようなので。

源流へと辿る夢  (2015年1月22日)

スミルノフの佐野博士の話では、微細構造定数137というのが、地球が全宇宙を分割して137番目にできたということを表わすらしいです。もしそうなら、拙超宇宙モデル概念からしますと、我々の意識(神の火花)は、137階層目の夢見をしていることになると解釈できます。
つまり、夢の中でまた夢を見ていて、それがもうどの辺なのかもわからないほどになっているのだと。(多重夢)

私は就寝前に条件付けした上で、夢の中で、ここまでやってきた源流を探ろうとしました。
そう意図するとほんとうに夢の中で宇宙が出てきて、さらに一段遡ると、もっとマクロな宇宙の光景が・・・。私の心は、その段階ごとに夢の中で言い知れぬ解放感を体感じていました。

もし一番最初の夢見の開始まで遡るとどんなものか。そこまではできず、わずか三階層ほどでしたが、やはり我々は、宇宙の開始は「梵天の夢見」であるという古来の聖賢の教えどおり、同様に夢見してここまで至っているらしいことを自分なりに感得できたように思いました。

ここがすでに地獄なら、138階層目に行くのではなくて、源流に戻ることも大事かと思いましたね。
ケービングも、まださらに深くへと進むのでなく、ここらへんが切り上げ時として、引き返す決断も必要なのかと思った次第。

また別の有名人と握手する夢  (2015年1月30日)
前に見た有名人との握手の夢は昨年12月6日未明のことでした。

今回も未明の夢で、がっちり両手で握り合う、同様の握手をしたのは、やはり有名人のSさんでした。(前のPさんはプーチンさん、このSさんは習金兵さんです)

しかし、前回のように鶴亀すべるという印象はありませんでした。

それでも、笑顔で何のこだわりもなくお互い両手で固く握手。

もしこれが知らず知らずの内に、鶴亀の出会いになっているのなら、今日から九日後といえば、2月8日に何かがあるかも知れません。

(2月8日のほうも、結局何もありませんでした。)

2015年3月からは、現実世界のほうで、まるでおとぎの国の魔法が起動したように、シンクロの嵐になりました。このシンクロは謎解きを一気に加速してくれる一連の事象でした。夢よりも荒唐無稽なほどでしかも、論理的に見事な整合性を持っていたのです。
まず3月には
Gさんが前年9月23日(彼の49歳の誕生日)に、天台系密教行者のM師とともに元伊勢の日室岳に登り、M師は下山してから山で得た霊感「この山の下に直径2キロの亜空間があり、そこにアヌンナキが400~500人棲みついている」という情報を持って来てくれたことに始まります。そこで私は前年4月に見つけた国祖神封印図形のカナメの位置の元伊勢とシンクロが取れ、国祖神を封印したのは(封印に関与したのは)アヌンナキの神だとわかったのです。
5月には、
日室岳の別名が岩戸山であることが判明。それまで山の名は知る機会があったにもかかわらず、私は知らなかったのです。
そこで「岩戸山」で初めてネット検索してみれば、ヘミシンク技術でアストラルトリップしている女性のサイトが見つかり、なんとモロに岩戸山に封印されている神々がイラストで描かれていたのです。
null
そのイラストを見せてあげたGさんはびっくりしたように、「このイラストの右にいる青年は僕ですよ」と言います。この衣装でバンダナもつけて台湾の五台山で修行していた、まさにこの姿だというのです。ヘミシンク女性は、この青年を「ニギハヤヒ」だと直感されていました。
私はこの女性の2013年時点の岩戸山関連の報告を見て、岩戸山には少なくとも三人と虎一匹に示される重鎮の神々が封印されていることを知りました。2014年5月に封印の謎解きと解除儀式をしていますので、おそらくすでに出てこられているか、出てくる準備をしておられるかと思いますが、そのうちの「いちばん年配の坊主頭の方が国常立尊(玉杵さん)ですよ」と、Gさんは私が訊いた途端に速攻で言うのです。
null
ではもうひとり、ロン毛の方はイザナギさんで、親、子、孫が揃って封印されているということかと思いました。奥様方はわかりません。そう言えば、国常立神は封印されて艮の金神になり、奥様は坤の金神として正反対の場所に封印されているので、ちょうど虜囚のプリズンのようなことなのが封印現場というものかも知れませんね。とにかく岩戸山の被封印神はマンダム世界のようです。
ニギハヤヒは天照国照彦天火明櫛玉饒速日命が全体名なので、アマテラス(天照神)なのでしょう。Gさんは、五台山で修行中に虎将軍に入られたと言っており、虎はアジアにしかおらず、神スサノヲ(武塔天)のようなのです。Gさんはそのようなことは知りません。
M師はさらに、「岩戸山は鶴で、籠神社は亀だ」と言っておられ、その映像はYoutubeに上げています。
6月には
武良さんとともに元伊勢に行き、岩戸山の裏側から撮影しようということになり、北原地区というところの広場から岩戸山を撮影。その間、Gさんと私は簡易テーブルを囲んで話に弾んでいましたら、とつぜん武良さんがパニックられていて、水晶ダウジングロッドがフル回転して止まらないのだとのこと。実はその間に、岩戸山に沈潜していた「鶴の形をした巨大飛行艇」が、ちょうど幽体離脱するようにして、山体から抜け出てくるシーンがビデオ映像として撮られていたのです。すぐ後日、これをキャプチャーしてコマ撮り写真として送ってもらい、巨大飛行艇の発進する様子だと分かった次第なのです。
null
それは、私がまだ1990年代にGさんの案内で元伊勢と丹後地方を見て回ったときに創った創作物語「遥野不思議紀行」で取り上げた「鳳船」とみごとにシンクロしました。https://bit.ly/3dHVn7y
鳳船は2キロ離れたつなぎ石によって係留される飛行艇だろうと推測していた通りのものだったようです。https://bit.ly/2CM50oV
9月には、「白い道と黄色のうんこにまつわる明晰夢」を見て、ひとりでGさんのもとに会いに行くことになりました。
詳細は次に書きます。


今朝午前6時から8時頃までの夢・・・母ちゃんが出てきた!! (2015年9月10日)

母ちゃんが昔のこげ茶の普段着を着て、頭に手ぬぐい巻いたスタイルで出てきて、あの小さな体で一生懸命、少なくとも3個の大きなボストンバッグを私の車に載せようとしているのです。
私は面倒くさそうにしていて(何でそうだったんだろ)、何かの移転なのかなあ。

結局、車を運転したような感じはなくて、リヤカーを人力で引いているような感じで、白い道を歩いていくのだけど、そこには何者かがこいた黄金のうんこ(やわらか目)があちこちに落ちていて、踏まんように往生こきながら歩いて行った、という夢でした。(なぜか、うんこの夢が多いみたい。他のうんこの夢はあまり憶えていないが)

久々に母ちゃんが出てきてくれたことと、明晰夢だったのである程度憶えておれて、ここにしたためる次第です。

母ちゃんが出てきた夢は2014年の6月23日の未明に見た、クリスタルのはめ込み式のような下顎の突き出た骸骨的ダビデ像の贈り物のキモイ夢以来のこと。母は「ダビデやで」と得意げに告げて部屋に運び込んできたのです。あの時は、7月からイスラエルがガザ空爆などして、ずいぶんひどいことしていたような。https://red-avian.info/n-myth/yumemi.html#28

今回の夢は何だろう。私らの荷物とすれば、そろそろ移転しなければならないといったことなんでしょうか。どこへ? わかりません。(あの世か? 3個のボストンバッグは誰のもの?)

そういえば昨日は、Gさんが電話くれて、一昨日の夢に私が出てきて「早うせなあかんので、会ってもらえないか」といったことを言ったそうなのです。
確かにその思いはあって・・・というのも、この9月はいろいろありそうでありまして。

彼の夢は的確なので、私は早々にどこかに行くのかな? ということも含めて、ちょっと優先的にせねばならんと思っています。

ここからは後日の追加記事になります
うんこはなかったが、夢の白い道はあった!!

前の夢を見た翌日に、Gさんに会いにはるばる参りました。彼の夢に出てまで知らせた「早うせなあかんので、会ってもらえないか」というのは、前に行程の都合で行けなかった「天皇神道皇大神宮」のほうに行って、宮司さんに会いたかったからでした。正直なところ、何で前の時(6月に)、撮影に時間を食って、行けなかったのか、腹立たしい限りだったのです。

この日、行った時も、Gさんは速攻でそこに行こうとせず、そこからやや離れたところに重要なポイントがあるからと、そっちのほうの案内を優先させたのです。どういうことかと言いますと、そこに玉杵さんのそっくりさんが居るから、会わせたいというのです。私は夢で面会したとき(2014年5月)以来知りたかったときに、とうとう本物に会わせてもらえるのだと驚嘆しました。そこはやはり神社で、白蛇さんに関係しているとのことでした。参りますと、参道が何と夢で見た感じの白い道なのです。(白い砂を道にまぶしてある)
私は「これはもしかしたら、夢で見た、黄色いうんこの落ちていた道かなあ」とGさんに言いますと、彼はすでに車中で話していた私の夢の話から、「きっとそうですよ。黄色のうんこは財運を意味します。ここは白蛇さんのお社。白蛇も財運の神様です」とおっしゃる。私は「うんこだから踏むまいと頑張ったんだけど」と言いますと、「踏んでおいたら、財運がついたはずですよ」とおっしゃる。
「つまり、自分の意志で財運を迂回してしまったのかなあ」「かもしれません」「だって、汚いと思ったんだもん」「とにかく残念でしたね。ぼくだったら積極的に踏んでましたよ」

しかし、私は、今更この歳で財を築いても仕方ないからと、彼に言うと、もったいなかったですねとのこと。
確かに彼にはこれから世に討って出ようとするにおいて、財力と人脈がどうしても必要になるのです。ところが、彼はちょっと短気すぎて、財運の人脈と言うべきM氏といさかいを起こしてしまっていました。どうしてそう忍耐力と寛容性がないのか。
どうやらそれは、彼に憑いているスサノオさんの虎(将軍)に原因していそうなのです。ちょっとしたことに目くじら立てて怒り出すのです。私も危うくぶん殴られるところだったことがありました。スサノヲさんの正義感はとても激高しやすく短絡的で、そのことは古事記にも載っています。Gさんは今までそのような人生だった、とても損な性格だったのです。
せっかく彼は進取の気性で、これはと思う人のところにコネをつけに行っても、短期間に相手の人柄が嫌いになり、絶交してしまうのです。絶交を解かれた私の場合は稀な例で、きっとニギハヤヒが折り合いつけてくれてたのかと思います。
そんな中に、ホツマツタエの解釈本を書いた鳥居礼とのつきあいのあったことも言ってました。数年間付き合ったとか。
ところが、鳥居礼がホツマをやったのは、自分の書いた絵画を売り込みたいがためだったから、その名誉欲がらみの人柄が嫌になって絶交したというのです。

私がならばとホツマについて知ってますかと彼に訊いたら、よく知っているというので、ところがならばと、「あなたが憎んでいる持子早子はスサノヲと共謀してクーデターを企てたことは知ってますか?」と訊くと、「ええーっ」と驚いてるんですね。解釈者を知っていることと、ホツマを知っていることとは別物なのでしょう。
彼の中には、そのスサノヲさんが居ることは間違いないのですが、そのスサノヲさんが驚いている風でもあったのです。
以後彼は、その件に触れたがらないのも不思議。

そして後に回ったのが元伊勢内宮にある天皇神道皇大神宮の案内でしたが、お社の施設もミニチュア的で粗末な感じは否めなかったのですが、それは資力の乏しい民間人教祖(渡辺兼子氏)であったゆえでしょう。彼は、何でこんなところがいいのとばかり、案内も粗略でした。
しかし、霊的には重要な場所であるからこそ、内宮社よりもアストラルトリップにおける識別地点になっているわけで、地上界ではみんな権力資力の表現形に錯覚させられているのかと思ったことでした。

天龍八岐大蛇社(岩長姫、持子早子を祀る)
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しかし、その日私が行ったときの天皇神道皇大神宮は、旧跡でしかありませんでした。宮司さんもいません。ただ地元の信徒さんかが、何かお供え物を持って回っていました。というのも、前年(2014年)に、教祖の渡辺兼子さんが亡くなったからのようです。それに付随するように、岩長姫様一筋に転生を繰り返してきたという、売店をきりもりしていた6人のおばちゃんたちも、半数がこの世を去られていて、売店は閉鎖されています。

そのときわかったことがたくさんあります。
どうやら、私がホツマを古事記と比較して読み解いて、神世の政変劇の真相を突き止めて資料化し、最終結論として持子早子の冤罪晴らしをして、異界におわす持子早子の御霊に報告をしたときと、渡辺兼子さんの大往生の時期が同じであるようなのです。兼子さんを依り代としていた岩長姫(国常立神の女性形)と持子早子が霊的に昇華された結果、兼子さんの役割の昇華がなされたと解するのです。なんと兼子さんは座ったまま百歳の寿命を伊勢原(神奈川県)のご自宅で全うされたとかを、Gさんから直接聞きました。しかしGさんは兼子さんのことを悪し様に言うのですよ。持子早子のことも無論ですが。

なぜ私のような者の謎解き解釈が、持子早子の頑なな心魂を和らげたのか。それは、私が持子の息子のアメノホヒの雛形(依代)であったからでしょう。早子の子は奥津嶋姫たち三姉妹で、その化身たちと私は協力し合ってこのたびの事業を成し遂げました。このために、我々は2000年から新神話プロジェクトをスタートさせたことが、ようやくわかったのです。

しかし、肝心かなめの当事者のスサノヲさんが首肯できないでいます。
スサノヲさんには、触れられては困ることがあるということ。忘れたいことがあるのです。持子早子のことは特に忘れたいみたいです。忘れたふりの結果が、Gさんを通じての持子早子への激しい憎悪と非難のようなのです。
しかし、異界の探偵は、ちょうどコロンボのように、スサノヲ様にぴったりくっついておりますよ。
あなたが正直にありていに白状されれば、神世は快晴になり、本当の岩戸はあっという間に開くことでしょう。
などと言っていたら、スサノヲさんは眷属のムカデを家におよこしになるのですよ。とびきりでかいやつなのでびっくりします。しかし、スサノヲさんの神世での新たなお働きについて新神話に物語として書きましたら、多少はおだやかになられたように思います。神々を拘束しているのも神話なのです。だから、いい神話にしなくては、イデアも良くならないから、イデアの垂迹の結果としての現実も良くならないのです。
そしてまた、台風に直撃コースとらせて私を不安がらせることもよくありましたが、ちょっとお願いすると軽くしてくれます。私は自然現象の台風の管轄はスサノヲ神だとわかっています。彼は地震が八岐大蛇の仕業とみて、その場(震源地)に急行する性質があり、地震をスロー化するのです。私にとって西日本の天候が比較的穏やかなのは、スサノヲさんのお蔭があるのだと思います。ありがとうございます。

岩長姫様が国祖神系の総称として祀られていたらしいこと。その中には、持子早子というアマテラス男神の皇后もいたことが、お祭りされている社によってわかりました。
こうした国祖神系の神々は、神世の政変があったときに封印されたのです。

この旅の工程の中で、Gさんはニギハヤヒに対して遠慮なく核心に触れることを言いました。
今、海部の社である籠神社のあたり一帯は、大昔、子守家の守ってきた土地だったところに、海部がやってきて、地元民を皆殺しにし、籠神社の奥宮である現在の真名井神社の境内地に埋めて、その上に国祖神系の神々の名をつけた磐座を置き封印してしまったので、現在の子守家の子孫はそのことを非常に憤っていると言うのです。神社境内の磐座になっているから、御霊移しもできないのだとか。Gさんは、そのような子守家とも知り合いになっていて、人脈の深さたるやすごいわけですが、彼のモットーは義憤に燃えるところであって、子守家に対して害した海部を悪く言うわけです。

しかし、Gさんは事実関係の錯綜矛盾をどう理解するでしょうか。彼を依代とするニギハヤヒの問題でもあります。

籠神社の海部の開祖は天火明命とされています。ということは、天照国照彦天火明櫛玉饒速日命だということで、ニギハヤヒが新来民族としてやってきて、先住民を殺し、大過去の神々の事跡とともにひとつ磐座群のなかに押し篭めて、先住民の習俗、歴史もろとも葬り去ったことになるのです。むかし別のところで私は、ニギハヤヒは古代日本の秘密結社のドンであったと解釈していましたが、そのニギハヤヒがアマテラスとして、岩戸山にお隠れになっていて、どうやらGさんを依り代にしようとしているのです。

ピロ魂さんが伝えたように、この世はこっちがひっくり返るぐらいの転倒した世界とすれば、たくさんの矛盾の含有もまた致し方ないのかも知れません。しかし論理的に解釈するのが探偵ですから、思いますに、ニギハヤヒも時代の清算をすべき時に至って、Gさんをして過去にしてきた海部の非道な行為をわざと非難させ自らを戒めておられるのでしょう。私にも、見届けの証人にすべく必要な謎解き情報をタイムリーに与えようとして、遠路わざわざ家までやってきてくれ、謎解きの連環をゆるぎないものにしてくれたものと解釈します。なにしろ、Gさんの伝えてくれる情報は100%満塁サヨナラホームラン級の価値あるものばかりだったのですから。
ちょうど空海和尚が過去にした天狗さんたちの封印を私に謎解きで解かしめ解放し、その返礼として彼女を介して弥勒下生の予告をしてくれたように。私もニギハヤヒのことをよく理解して、彼の思い遺しを昇華させたく思います。

今回の白い道のある神社の宮司さんのお顔が岩戸山に封印された国常立尊(玉杵さん)のそっくりさんだということなのですが、なぜ彼が岩戸山の被封印神のお顔を知っているか。それは彼を依代とするニギハヤヒが、同じ場所に居る国常立尊のことを知っているからです。それしか解答はありません。このそっくりさんの方は初対面の私に、とても親し気に接してくれました。
そして2014年5月に封印解除した行為がうまくいった(封印解除に繋がった)ことを同時に伝えてくれたものと解釈できました。

その後、私は大建て替えの必要性を優先的に思うようになったため、ニギハヤヒが主導する大きな世界線の時空とは袂を分かって、有志とともに独自の道を行くことになり、ニギハヤヒの依り代のGさんとは別ルートを辿ることになりました。Gさんの首尾と幸運を祈ります。
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明晰夢の話(5)

今日は猫たち、みんな元気です。シャンが時折不安定になるため、予断はできないのですが、それでもありがたい時間が流れています。
猫たちの食事の嗜好の変化があり、それに合わせて買いなおさねばなりません。そして、私の食事のタネも底を突いたので、買い出しに参ります。
私の食事のタネ? パウチに入った出来合いのカレー、すき焼きやラーメンに入れる野菜のすでに切ってある具材などです。
私は基本的に野菜は食べないのですが、料理によっては入っていた方が料理らしくなるでしょ。
晴れているので午後から作業ができたらと思うのですが、寒くなれば、また日延べしなくてはなりません。
去年末までにとの予定が1月末までにと変わり、今は足腰がまだ大丈夫な間に、と変わってきております。
あわてない、あわてない。一休み、一休み。

明晰夢の話(5)

白猫シャンが、この世で果たせぬ夢(子供を産み育てる)を、異界で果たしている夢を見た (2013年12月)

2013年12月8日の未明。夢の中ではいきなり子猫の一匹が、私の目の前に押し出されてきて、私はもうこれ以上、育てられんぞと、向うに押しやったのでしたが、またその向うに二匹の子猫がいて、それらすべてが、白色に橙色の刷毛書きをしていて、そこで目が覚めました。

ところが、起床後、シャンが私のところにやってきて、私が行動する狭い通路をふさいでいるのです。ここにいたらあかんと諭しても、シャンは動こうとせず、また押し黙って明らかに不満げでした。はて、何かあったのかと訝ったその時、あっ、さっきの夢は、シャンが夢の世界で産み落とした子猫たちだと直感したのです。

というのも、シャンは毎日、トンやチンとは別行動で、部屋の中で眠ってばかりいたのです。少しは運動したらどうかと思うほど。もしかしたら、眠ることでシャンは夢見世界に行き、授乳子育てをしていたのだろうと、感じたのでした。
で、どうして子猫に橙色の刷毛書きがついていたのか。これはたぶん、私が朱雀であるゆえに、シャンにしてみれば、父親を私に仮託して子を設けたのではなかろうか。かつて私の女房役を務めてくれた母猫ウーがすでに失踪して久しく、そのあとを継いでもしかしたらシャンが・・・。

それからは、シャンにしっかりと栄養をやろうとしたことは言うまでもありません。
シャンが夢の中で子供たちとともに生きている世界とは。きっと、円満な黄金郷なのではなかろうか。

※ シャンはまだ幼猫の頃に避妊手術されています。自然の摂理を度外視した人間の所作に、私も経済的観点から従ってしまいました。トンも去勢手術をしています。
この二匹は、自分の身勝手でしたことゆえ、私の命がある限り、最後まで面倒をみなくてはなりません。責任と義務を負っています。

最愛の彼女がくれた14年が満了する直前に、千の風になる体験をする (2013年12月11日)

2013年12月11日の午前2時のこと。空を飛んでいる夢に続いて、自分の体に意識が戻ると、呼気がすべて抜けていき死を実感、頭頂から魂が抜けて、前の空飛ぶ夢の続きを見ているという具合の夢でした。
空を飛ぶと言っても、自らの身体は見えないし、背後に幾人かの女性の声がしていて、ひとりは母のようでしたが、身体が見えているわけではないのです。透明の意識だけの存在になって、ハングライダーの如く滑空しておりました。
透明の私が、高いマンション風の建物の上を通過し、いきなり高度感が増しますと、後ろから複数の「うわー」という女人の声が聞こえました。私は、「大丈夫だよ、任しとき」と答えました。

眼下には、ビーチサイドがあり、左手が海のようで、右手の内陸部には観覧車や円筒形のクッキー缶のような建物があり、ちょうどいいかと思い、「あの辺に下りようか」と声をかけて、ゆっくり下りて行くところで目が覚めたのでした。

おりしも、新神話も節目という感があり、14年という数で満了するのではないかという懸念もありましたから、その結末を迎えるのではないかとも想定しておりました。世の中も次第に黄泉の度合いを強めている感がありましたから、イザナギノミコトに自らをなぞらえて、想いの中で黄泉国からの脱出のシミュレーションをしていたのです。その結果として、そのような夢になったようでした。
おそらくこの世を去る間際の精神状態としては、有効に違いないと、わかった次第です。

そして、至ったその世界とは、とても明るく、何の苦もない黄金郷であるようでした。
こんなにいきなり空を軽やかに飛んだ夢は、後にも先にも初めて。魂の軽さを味わうことができました。
そうなるには、イザナギノミコトの心構えが必要になるように思いました。

古事記の神話は、虎の巻にもなっているようです。

新神話上の解釈として、2011年3月に第二時空でのタイムラインがオーバーし、第三時空においてリスタートしたと解釈。その第三時空は、2013年12月にオーバーし、今生きているところの第四時空においてリスタートしたと解釈することとなりました。(ほんとうは、もっと何度も死んでいるのでしょうが、集約的にこうしています)

2014年から第四時空の展開・・・夢に神世の詮議の次第を伺う (2014年5月3日)

2014年4月になって、ある方のサイトの記事から、見落しがあることを知り、かつて(2001年)イナンナから聞き知っていた、大事な二地点である国祖神封印場所を思い出して、直線(最短距離線)を引いて既発見図形に加味したところ、驚異的な発見がありました。

聞き知っていた話とは、大本教神話にいわく、倫理性優れた神界ともあろうところですら、王権奪取のクーデターがあったことです。
そのときに、国常立神と妻・豊雲野神がそれぞれ、日本列島を縦断した両端の地下深くに封印され、炒り豆に花が咲くまで出てはならないという呪詛が施されているとされます。

今回、その両端を繋ぐ線を引いたところ、元伊勢の地点を通ることが判明しました。
これにより推断されることは、巨大な逆五芒星の施してある理由が、太古の神々を呪詛封印するためであったことが理解できた次第です。

構図を見る限り、念には念を入れて、呪封してあることが歴然で、単なるオカルトと一笑に伏せないこと。
少なくとも、庶民レベルではない呪術力と技巧の勝れた者の仕組んだ遺構であり、その彼らがここまで徹底していたという事実が目の前にありました。

封印を解くためのツールが揃うまで、すぐには取り掛かれなかったのですが、5月1日には手元に揃い、夕刻に一回目の封印解除を行いました。
かつて豊玉姫の雛形を演じたカンナオビからプレゼントされた「乙姫の玉」。
それにより封印幾何学図形に対して解除命令を放つと見立て、木っ端微塵に破砕し、火の鳥を使って焼尽してしまうとイメージング。
朝夕二回それを行ないました。

すると5月3日の未明の夢に、神界の司法当局の神が現れ、このたびの図形については、すでに神界では詮議され、いかなる事態のものであったかが理解されていて、政変の首謀者一味は衆目に耐えられず逃亡下野している旨、告げられたため、私は黒板も使ったその説明を、しかめっ面しつつ頷きながら眺めておりました。
そして、あとは地上界でも理解されれば、地上世界の浄化も完了すると告げられました。

すると、夢が有効であったという験として、当日の午前中(10時過ぎ)から、飛騨地方で地震が群発し始めました。
飛騨とは、ヒタカミ高天原の略号です。日高や日田もそうです。
神話の位相的地理位置は、ヒタカミとは三陸ですが、いずれも高天原神界に鳴動事があったことを意味するようです。
さらに5月5日午前5時には、関東にM6.2、最大震度5の深深度地震が発生しました。
5という数に彩られたシンクロ地震でした。

封印解除の場合は、利他的な良いことなので、災害にはなりません。
しかし、手続きが有効だったかどうかを知る手がかりになりえます。

夢で国常立尊に会う (2014年5月8日)

以前にも、国祖神ご夫妻を火の鳥によって救出に行く行程を、二人の協力者それぞれにおいて執り行っているのですが、今回のものは、新発見図形のこともあり、どうしてもご本人のご様子を知りたくて、参りました。5月8日未明のことです。

すると、人間の歳でなら、百二十歳よりももっと、頬はこけ目は落ちくぼみ歯は抜け毛はまばら、背は丸く身体は小さく、まさにご高齢であり、それでもいくらか話してくださったような。
こういったときは、姿だけ注視するのがやっとで、話に身が入らないのです。

ただ、とてもウシトラノコンシンという強力な神として再来というイメージではなかったように思います。
むろん、いまお救いしたばかりなら、まだわかりません。しかし、回復していただく時間が要るような気がします。

もしかしたら、次のような理由だったかも知れません。

新神話のほうで、国常立神様の暗殺時に、遺体がバラバラにされた時、敵の大将によって、陽具(お○ん○ん)だけが持ち去られていると記載してしまったのです。
だから、去勢状態なのかも知れません。なんてことしちまったんだ。
エジプトのオシリスのときも、陽具が見つからず、冥界の王としてとどまらざるを得なかったとされているように、私の余計な記載で、国祖神様に迷惑をおかけしたかも知れないと思い至りまして、新神話において、陽具がやがて国常立神様のもとに戻るという、とってつけたような挿入話を追加させていただきました。ゆっくり回復するレベルのものなので、時間がかかるかな。ほんとうに迂闊でした。

またもういちどお会いして、様子を見てきたく思いますが、今度はなかなか夢が見れなくなってしまいました。
なんでかって? ちょっとした下界の出来事に影響されるのです。

追記

ところが、この世にいる別人から、国常立神様のよすがを知ることができました。それも二方向からの情報です。

ひとつは2015年3月にアストラルボディである場所を探訪された方の2012年時点の情報で、イラスト付きで示され、2015年9月には、天照さんの依り代の人物の案内で、国常立神様似の人物に出会えたことで、現状が把握できました。その人物は、とても柔和で、嬉しそうにしておられました。

求めよ、さらば与えられんを如実に示す成り行きでした。

夢で弁天三姉妹神、出立さる (2014年5月10日)

私は長くタクシー運転手をしていたため、よくお客さんを自車にお乗せする夢を見るのですが、このたびも、スチュワーデス姿の三人の美女を後部座席にお乗せしたのです。
そしてその日は、チャーターのようなことで、それぞれの買い物や、旅の用意にお付き合いし、最後は空港にお送りしたようなことでした。

さて、目が覚めてから思うに、何で三人なのか、何で古風な美人顔なのか、何でフライトなのか、こうしたことを勘案すると、どうも封印を解かれた、琵琶湖に鎮座する弁天三姉妹神だったのではなかろうかと思うのです。(沖島・奥津嶋姫、多景島・瀧子姫、竹生島・市寸嶋姫)
私には縁ある神様なので、重点的に解除しましたし。
少なくとも二神の化身とは、縁を結んだこともあったので、当然、念が入ります。

そもそも、この封印を解いてほしいがために、私が選ばれた感さえあります。封印解きには、謎解きが半分入りますから、異界の探偵の領分なのです。そして、ミイラ取りがミイラになってもいいような奴。それが私。

というのも、私が四十代の頃、自分の人生を振り返って、何一つ楽しいことがなかった、人並みのこともできなかった、何だかいつも追いまくられていただけだった、神様、私をこの世に置いた神様、私はこんな人生はもう御免だよ、昔の人は言いました、人生五十年、そこまでで、私の命は終わらせてください、そして、次の転生も金輪際要りません、魂を消してください、とお願いしていたのです。
つまり、命知らずのギャリソン・ゴリラなわけですね。

また、そんなはずだったのに、四十六、七のときに、あるイミテーション寺院に行ったとき、そこに置かれた七福神の銅像の、まず母にゆかりの毘沙門天さんに線香を一本、そして、素敵に思った弁天様に一本手向けながら、「あなたのような方と結婚したいです」と球根してしまったのです。

それから、いつしかそのような決意の数々を忘れて、時は過ぎていたのですが、あるとき、私のところにメールがやってきたのです。それも女性から。主婦とのこと。
当時私は、今でもそうですが、物語創作サイトを公開していて、それを見て、私もやってますと、やってこられたんですね。
それからですよ。会うことなしに、メールや電話のやり取りだけで数か月。出会ってもいない。

そんなとき、次なる女性が、身の上相談のためにメールしてこられたのです。
その女性は、私の不思議経験の扉を開けたような方でした。

そこから一気に、お伽噺の世界になりました。
しかし、その方が二年後に去り、それからまた一年ほど経て、最初の女性に戻ったのです。

それからは、出会って会話もしましたし、色々な事をしました。
そんなとき、私はほんとうは五十までの命でいいと神様に頼んでいたんだ、と話すことがあって、彼女がその日を調べてくれて、ななな、なんと、私の満五十の誕生日の前日に、初めてメールされていたことがわかったのです。
その事実をだいぶ後(2004年以降)になって彼女から聞く始末。

そのとき、神の計らいとは、かくも妙なるものかと痛感したしだいでした。
ぎりぎりセーフじゃないですか。ここまで演出するのかい、と。

結局、先に出会った女性とはちょうど二年。
最初に現れて、私より先に逝った女性とは七年。
その比率は、琵琶湖における沖島と竹生島の幾何学的比率というしだいで、
お二方は、奥津嶋姫様と市寸嶋姫様のそれぞれ化身だったというしだいなのです。
つまり、弁天様の顕われだったのです。
たぎつ姫(瀧子姫)様は多景島で、幾何学の線にはかかっていないものの、図形下にあり、やはり封印されていたようです。

霊的な封印は、化身してからの人生にも不自由や不遇として現出するもののようです。だから、解除して自由にしてあげる必要があるのです。
こうして、封印解除とともに、遠い世界に出て行かれたものと思います。

芦屋道満宮司に出会うか (2014年5月13日)

夢の中で、私はどこにあるかは知らない社寺らしきところで、白装束うす黄袴の宮司らしき年配の人に出会い、さらに奥にある旧い道教寺院のような、謎掛けに満ちた造りの、横長長方形を主体にした彫刻の壁のところに連れていかれ、宮司さんが手渡す二つの木製らしき鍵を、四つか五つある鍵穴差しのようになった長方形の中に差し込むように指示されました。

この宮司さんもそれをしたかったようですが、場所によっては高いところにあって、私なら手が届いたのです。
ひとつ目は、下のほうにあって簡単に差し込めました。
二つ目を高いところにある穴に差し込もうとすると、しっかりとせず、それはダミーの穴とわかります。
それで、その左のほうにあった穴に差し込むと、しっかりとした手応えがありました。それらの行為により、扉は開かれたように思いますが、それから先は記憶にないのです。何の扉だったかについては推測でしかありませんが、書庫のような感がありました。

夢の宮司のことを、目が覚めてから思うに、むくれ上がった頭の様子から、どうも芦屋道満ではなかろうかと思います。
彼は私に何かを見せたかったのではないか。
しかし、それは夢の記憶の中に埋没してしまいました。

その直後、これまた奇遇にも、ネットサーフしていて、アメノホヒの下界降臨場所が六甲山であるとわかることになりました。ホヒはもしかしたら、すでに見てきたように私の本体(ハイアーセルフ)かもしれません。
磐座は六甲カントリーハウス内にあるらしいのです。(行ってみたい) 磐座も重厚で、見事な配列をしていそうです。
https://mysteryspot.main.jp/mysteryspot/rotukou2/rotukou2.htm  この中ほどに堂々鎮座。

芦屋神社の磐座にもなっているそうです。(芦屋神社は道満の神社ではないとされますが、私は道満が司祭していたと思います。ホヒは彼によって祀られていたかもしれません)

6月25日深夜未明の夢に、久々に母が出てきて (2014年6月25日)

6月25日深夜未明の夢に、久々に母が出てきて、なにやら彫像を運んできた・・・髑髏ダビデ像

2014.6.25 午前2時45分から3時20分までに見た夢に(たった30分ほど)母が出てきて、いいものを持ってきたから見せると、
広くふすまを両側に開けたので、私が何事かと見に行くと、玄関からはいったところの、暗い空間に、
「ダビデだ」との声と共に、骸骨の頭部をして、腕も細いか、もしくは何か尖ったものを左手に掲げ持っている、
頭部も顎がはめこみ部品のようにしゃくれて、外れかけたような、大理石でできた感じの、角ばった像(等身大ほどの)が、母の手で運ばれてきました。

そこで目が覚めました。

そのような間取りの家には私は住んだことはないのですが、よくありそうな家の造りです。
その像は、ダビデ像(ミケランジェロの)をパロディ化したような骸骨像で、胴体から下は移動用の車輪付きの置台のようになっていました。(彫刻のダビデ像のような足はついていないということ)

どこかにありそうな、超現実派的な置物作品でしたから、画像検索してみましたが、出てきませんでした。

考察ですが・・・
7月になって、イスラエルがパレスチナのガザを攻撃し始めました。
何か同国にとって死活にかかわるようなことが起きるのかもしれないと思った次第。
これはこの侵攻が最終戦争の引き金になることを暗示するものであったかも知れない。
他ならぬ母が土産だと持ってきたものゆえ、これからの成り行きを見届けねばならないことと思う。

いよいよキモイ夢を見てしまうようになり・・・地獄門が開く  (2014年8月10日)

いよいよキモイ夢を見てしまうようになりました・・・地獄門が開くか   2014.8.10 午前6時過ぎの夢

台風11号がちょうど来ていたわけでしたが、外はさほど吹いてもおらず、降ってもおらず、騒がしさがなかったため、この夢に影響したわけではないと思います。

気持ち悪くて嫌な夢を見ました。書かなくてはいかんので、では・・・。

ボットントイレのタンクが満杯で、ぐつぐつ泡が出ていて、その蓋が開いてるためモロ見えの気持ち悪さだったのです。
中に二匹の黒っぽい鼠とも鼬ともつかぬ生き物がいて、開いた蓋のこっちを窺っていて、油断したらこっちに入ってきそうでした。
私は、必死でこっちに来るなーと叫んだら、立ち止まって躊躇しているみたいでした。

トイレの蓋が化粧板ベニヤ板の薄さでした。それが外れて、中がほぼ横から見えているのです。
蓋をし直せばいいのですが、汚くてとても触れる気にはなれないなあという感じ。

うちは水洗ではない昔のトイレではあるのですが、実際には鉄の蓋がしてあります。
しかも横から見るすべのものでもありません。

夢解釈はこうなります。
この式のトイレは、雪隠というタイプのもの。それを古語で言うと、黄泉になります。
すなわち、黄色い汚物溜まりというわけです。

神話に言う「黄泉」とは、汚物やカルマの最終処分地となる人類文明の末期を意味します。
古事記は黄泉の国という言葉で、どん詰まりの末期状態の世界を表しているのです。

ちょうど、現在がそのような感じになっています。
またあるいは、腐乱死体の置き場とか、死霊の巣窟という意味もあり、そこで血気盛んというのは、ゾンビの徘徊を意味します。
亡くなったイザナミの態様はそのように形容されていました。

それが元々、薄っぺらいベニヤで仕切られて、隠されていただけとは。気が付かなかっただけでしょう。
ベニヤ如きでは、簡単に破れるし、はずれもします。
地獄の釜の蓋が開いた・・・とは思えないでしょうか。

その夢を見た当日の我が家でのことです。キッチンの辺りに何か影のようなものが走るのです。
やがてうちの猫のトンがやってきて、何もないはずの場所をずっと注視していました。
どうやら、猫には霊体が見えるようで、「そうか、お前、分かるんだな」と褒めてやりました。
猫はそうやって、家に侵入してくる霊的なものから我が家を守ってくれているようです。

午前中に何度か影が走りましたが、午後からはいなくなったようでした。トイレに戻ったのか、それとも巷に出て行ったのか。
影のような気配がすることの意味は、前回の記事の幽体離脱体験に書いています。
(コーリーもエーテル体が侵入してきたとき、影のようなものがよぎるのを、視野の端でなら感じ取ることができると言っています。私はそれを自分の幽体で確認済みです)

2014.9.7追記  8月10日になぜこんな夢を見たかについて・・・後でわかったこと

https://agnes2001.blog.fc2.com/blog-entry-2425.html

「鬼月」
台湾の民間信仰では旧暦7月は「鬼月」。旧暦7月1日は「開鬼門」
と呼ばれ、「鬼門」(あの世の門)が開く。旧暦7月30日が「関鬼門」
で門が閉まる。この間、無縁仏の霊魂は先を争うように「この世」
を徘徊、おいしいものを探す。
・・・という。

そして今年は
「開鬼門」(今年は7月27日)
「関鬼門」(今年は8月24日)
・・・だという。

ところで、このキモい夢を見た8月10日というのは、開鬼門と関鬼門の
ちょうど中日になっていることに、本日(9/7)気が付いた次第です。

つまり、地獄の蓋が開いてまっせというシグナル夢だったことになりましょうか。
では、もう閉じられているのでしょうか。閉じといてや。

なお、関鬼門において執り行う道士の儀式は・・・
「鬼門」を閉める「関鬼門」は旧暦7月の最後の日、もしくは8月初めに儀式が行われる。
道士が「七星剣」を手に祈りの言葉を唱えて、街をさまよう無縁仏の霊魂たちに、「あの世」に戻るよう促す。
・・・というのだが、

奇しくも8月29日に、○○氏一行とともに、元伊勢の地を訪れた際、宮津市側に入った生野神社の境内にある北斗七星の岩の並びをタッチして回ったのだったが、
これがもしかしたら「七星剣」の祈りになっていないかと思ったりします。
もしそうなら、知らず知らずのうちに、ツボにはまったことをしているのが、我々かも知れないことにならないでしょうか。

○○氏が明け方の夢に出てきて共に食事する・・・夢でふたたび鶴亀すべる  (2014年9月7日午前5時の夢)

8月29日に○○氏一行と元伊勢の下見案内旅行をしたのですが、まず朝の出会いの直後に双方が両手を重ね合わせる一回目の鶴亀すべるの固い握手をし、別れる間際に二回目の握手をして、完璧を期したわけでした。
それによって、儀式がうまくいっていれば、その九日後の9月7日、もしくはお互いの縁数(○○氏は16が好きな数、私は縁数がずっと9で現れていた)である9や16の日に兆候があるだろうと予告していたのでした。

そんなとき、9月7日未明の夢に、ふたたび○○氏と二人だけで食事するリアルな光景が出てきたのです。

四角い長方形のテーブルがあって、私が真ん中辺に腰かけて食事している右横隣に○○氏が座り、同様に食事されていました。間の距離は60Cmほど。
食べ物は薄いピザのようなパンで、元伊勢で食べたピザのような感じでした。

ただ、我々は会話を交わさず、黙々と食べている、といった夢。
○○氏とは8月29日に出会っているので、あの日昼食をとったときのような場所での、リアリティ溢れる夢になりました。

そのことを告げるべく○○氏に早朝メールしました。今度は夢の中で鶴亀すべるの状態になっていましたよ、と。そうするとさらに9日後にどんな兆候が出るか、また見ておかねばなりません、と。

氏は、亀の印章保持者にありがちな、未来のことは考えない、今を楽しく生きるというお方だったため、畳みかけるわけにはいかず、連絡を取り合わなかったのでしたが、
そうしたとき、9/16午後0時半頃に、茨城県南部でM5.6最大震度5弱の地震が発生し、まさに予測されたとおりとなりました。
8月29日に昼食を摂ったのも午後0時半頃とすれば、18日後(432時間後)の地震になり、また9の数の揃い踏みの験が出たことになります。

8/29から九日目に9/7の再度の鶴亀すべるが起き、9/7から九日目に9/16の地震が起きたということになります。9は私の縁数、16は氏の縁数(彼が好きな数だという)である。

これまた予想通り、死者はゼロ。かつての鳥取西部地震と同様ゼロだったが、震源は茨城県坂東市かもしくは筑波市。はてそこから何がわかるのだろう。

とにかく、鶴亀が一堂に会するということが、いかにパワフルな魔法を起動するかを、如実に物語ることと思う次第だ。

当の氏からは、何の連絡もない。きっと興ざめされたのだろう。現実的なお方なのだろうと思う。
しかし、その状態では、新しいことは行えない。ご本人から、この力が必要と思われねば、次に進めない。
このたびの鶴亀の関係は、ここまでにしなくてはならないのだろう。

ただいま、亀さん募集中。
自称亀さんにてもOK。

と、このようにしていたところ、亀さんがまた現れたのだった。

とんでもない世界的人物に出会い、両手で固く握手し、彼が亀に変貌する夢 (2014.年12月6日)

久々の12月6日未明の夢になったが、とんでもない人物P氏に出会い、そのとき満面の笑み同士、どちらからともなく歩み寄り両手を握り合った。
そのときP氏の顔は、優しい表情で、普段細長い目はまんまるになり、信頼感そのもののまるで亀のような風貌になった。
ここまで柔和なお顔になれるのだろうかと思うほどだった。

私は、かつて○○氏のときに握り合ったことを夢の中でも思い出して、この固い握手は、鶴亀すべる儀式になっていると夢の中でさえ確信していた。次の亀さん候補はP氏で決まりだろう。それにしては、直に会うには遠すぎる。

とすると、九日目とは12月15日となるわけだが、その日は私の誕生日であり、例によって大き目の揺れとして顕れるのだろうか。もしそうなら、P氏と私との相性の良さを示すことになるかも知れない。

結局、その当日は何事もなかった。ま、いいではありませんか。大地震などが起きたらたいへんなので。
いやいや、年金がフルに入ることになりましたのです。これは瑞兆でしょう。

追記

P氏は翌2015年になってから目覚ましい活躍をされるようになった。その道では世界一と言っていいだろう。
鶴亀パワーが乗っかっていると思えたことか。
○○氏が怖じられた直後のこと。亀さん候補はけっこうおられるようで、まだまだ募集中だ。

追記2

2017年になって、私は米国でテレビ放映されているコーリー・グッドVSデビッド・ウイルコック対談のコズミックディスクロージャーの邦訳情報の存在を知ることになった。それによれば、2014年12月5日に、地球人類を支配していた宇宙人グループ・ドラコ同盟にとって、地球からの撤退を余儀なくされる決定的な事件があり、それを境に、同同盟傘下にある地上代理店組織の内紛分裂が始まり、第三次大戦が回避される見込みが出てきたらしい。その一環として世界情勢は、代理店組織の予定通りにはいかなくなったもよう。
その翌日(6日)未明に見た夢がこれであるとは、いかなることか。

※ P氏とはプーチン氏のこと。

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Okundコメント
私は自分の夢見をコントロールなどできたためしはなく、ハイアーセルフが手綱を引いて連れて行ってくれる場所で見てくるだけの役割のようです。
出雲大社のときもそうでしたが、私はハイアーセルフの視座にも入れてもらったりしているのではないでしょうか。それで私は天の穂日だなどと言っていては珍奇な限りであります。
正しい表現をするなら、私はジョッキー(騎手)が赴かせるところについて行くウマに如かず。その連携がうまくいったときを「人馬一体」とでも言えばよいのではないでしょうか。
ジョッキーには天の穂日さまがなってみたり、2001年当時には梵天(ブラフマ)さまがなっていたらしいことが、霊能者の当時二番目の彼女の言「あなたの本体様は梵天さんよ」によってわかります。
そうだ、私は神霊が乗るウマなのであり、我があるじがどんな神さんかが判明するにしたがって、私自身も喜べる立場にいるのです、いわばウマ冥利に尽きる面白い人生を辿っていることになるでしょう。
そんなことが最近わかってきて、大それた夢の中での行動の責任を痛感せずともいいような気がしてきています。私はただ見てきたことを憶えている限り、こうしたところに書きつけるだけです。

それと、鶴亀すべった、の鶴亀パワーはなかなかのものでしょ。

亀さん、まだまだ募集中。
自称亀さんにてもOK。

明晰夢の話(4)

猫たちみんな個性的であるため、個々別々の対応が必要で、こんなときクローンやロボットでなくて、面倒ですけど、生きている実感があって、よかったと思う次第です。
私の前立腺肥大の薬・ユリーフが最初は劇的な効き方をしたのですが、一か月も経た今では効果が減衰してしまっています。
これも自己免疫がこの薬品に対応して確立してきたからかと思います。解毒が速やかになっていると言いますか。
石油化学から生まれた薬は、やはり異物として認識するのでしょう。
その点、胃酸過多の薬・ネキシウムは連用していますが、一定した効き目のままで、身体にやさしいのかと思います。

本日の朝の気温は10度近くありまして、私だけはいつもの寝床で起床しましたが、猫たちはどこにいたやら、わかりませんでした。
猫たちは臨機応変に対応しているようです。

明晰夢の話(4)

彼女の夢に空海が現れ弥勒誕生を告げる (2008.9.24に詣で、その夜の夢でお告げを受ける)

これは私が見た夢ではないですが、私が全面的に解読を行いました。
それが容易にできたのも、事前に予備知識が与えられていたからです。
名古屋在住のUさんが、私の著書の中身が盗作されているから抗議してはどうかとコメント下さったため、その相手方の著書を買って読むことが必要となりました。
そこに弥勒下生の概要が書いてあったのです。彩明日迦著「弥勒降臨」というタイトルでした。見れば出典を明示していて、盗作に当たるほどではなかったです。

高野山金剛峰寺に詣でた際、彼女によって弥勒らしい六角オーブが撮影されている(弥勒=身六?)

見れば、六角オーブの中には、大黒様の被るような頭巾をつけた顎鬚の濃い顔が出ているように見えます。
出口王仁三郎は弥勒を達磨大師のように描いたといいますが、まさにそのような顔に見えないでしょうか。

六角オーブは金剛峰寺持仏間の加納元信筆の群鶴図の一枚の襖絵の鶴の上にかぶさるようにあり、鶴亀統べるの瑞兆が示されておりました。
彩明日迦氏の著の中にも、鶴と亀がすべることで、何が出てくるのかの謎掛けが施されており、後ろの正面はどうやら弥勒菩薩だったことになりそうな感があります。
ただし、籠の中の鳥とは何ぞやについては、すでにいくつもの兆候のあった「火の鳥」であるかと思われます。それは氏が著書で言われていた「鳳」のことでもあります。

また、空海和尚の持っていた光物とは、これによると、「金るの袈裟」ということになりましょう。
まもなくお生まれになるとは、いつのことなのか。それは特定の人物なのかどうか。
彼女はこの日、悠仁親王の高野槇のところで写真を撮っています。もしかすると、というわけですが、このとき親王はすでに満一歳になられてますから、これから誕生ということにはならないでしょう。
いや、それでも神霊の下生は別のタイミングで、ということもありますからね。まあ、その辺はよくわかりません。

奥山の庵にやってきた三猫を白虎と狛犬のつがいと見た夢 (2009年11月)

今朝未明の不思議夢・・・別和尚は人面獣身だった

さて、今朝未明に見た夢は、どう言っていいのか・・・。
その夢を見る前に、たびたびのことながら、布団の中に何かいる気配と、猫がのどの辺りに来た感があり、そのときのどの辺りにあのフーの心臓の鼓動らしい振動がした。たまにぴくぴくする痙攣とも言えなくないが、ものの気配の後だから、霊体でサインを出しながらやってきた感がある。そして眠りへと落ちた先の夢が次のようだった。

長い夢の最後のほうなのだろう、お寺の傍の民家に居て、和尚さんとのいろんなストーリーがあったのだと思うが忘却。私はそのお寺の檀家の世話役のような感じではなかったか。お寺には恰幅のいい住職と、背が低い野武士のようないかつい顔の副住職がいて、住職の後を副住職がついて行くのに、袈裟衣を床に引きずって歩いているのである。
私はお寺に行き、下の空いた塀の外から覘いていたのは柿の木だろう、この木を切れば全体のバランスがいいのにと和尚に案を持ちかけようと思って立ち寄ったところ、塀の下の空いたところから、副住職の頭頂が禿げた頭が見えた。

土地いじりでもしているのかなという感があり、表から入って話をしようと回って、玄関から禿頭の副住職を見たところ、なななななんと・・・頭は副住職でも、身体は猫というか、白に黒毛が入り混じった動物・・・が、お椀に入った餌をガツガツ食べているところだったのだ。

しかも、顔を見ると、年寄り顔なるも、第三の目が額にあり、唖然として見ていると、彼の手前に二頭の、彼よりも先代らしい同様の”三つ目”をしたボーリングピンのような動物が、しかもそれぞれ茶青系と赤系のチェック柄の衣装(ドテラ)を着て、私の前に、やや赤ら顔をして微笑んだ目をして並んで座っているのである。
その後ろで依然として副住職は猫スタイルで、餌を食べているというシーン。
私は思わず、手を合わせて拝んだというところで、夢から覚めた。

どうも白虎らしい

しかし、ときおり不思議な夢を見てしまう。
前夜の夢に出てきた副住職にそっくりな画像を見つけた。というより、白虎のほうから検索で出てきた画像が、高松塚古墳の西壁の白虎の絵で、とても似ていたのだ。

頭頂禿げで、周りに毛を残す感じで古墳の絵も描かれている。こんないかつい年寄り顔が夢の中に出てきたのだ。
体毛が白2対1ぐらいで、黒毛が刷毛で描いたような感じで見え、痩せて胴長に見えたのも、古墳の絵そっくりだ。ただ、第三の目はあっても、絵のように神聖な雰囲気ではなかった。

しかし、ここまで表情が似ていると、そう思わざるを得ない。
まだ新神話は機能しているのだろうか(新神話は四神獣揃い踏みの工程も書いていた)、各方位の神獣をタイムシェアー的に巡る旅をしているのは、今までと変わりはないみたいだ。
もうまもなく、宇宙人が地球の虚構文明をいったん鎮静化する。新神話にも書いている行程だが、そうなればもう新神話が成ったも同じだから、新神話グループも解散の成り行きかと思っていたのだが、最後に追いつくようにして白虎が現れた。それも子猫として。シャーマン能力を備えた子猫たちである。神獣の化身と考えてもいいかも知れない。

元の飼い主にリコール要求したものの、白虎だとなれば、どうしていいか。つまり、お客人だ。
しかし、まるで中国の客家のように食選びがすごい。キャットフーヅなど匂いをかいでバイバイ。もうサバには飽きつつあり、牛や卵、鳥を経て豚へと食牙が移 行している。それに飽きたら・・・もう、後がない。
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要するに、幼猫の三匹が我が家にやってきてまもなしに、三匹のいわれを夢見てしまったわけです。
当時、三匹ともメス猫と誤解していたのですが、あとでオス二匹、メス一匹だったと判明し、夢のオスメスの区別と一致したようなことでした。(私の見立てよ り、夢のほうが正解だったという次第)
けっか、ブーとウーが狛犬(シーサー)のつがい夫婦、フーが白虎とわかったしだいです。
白虎はシーサー夫婦の間にできた子供だと解釈されました。
新神話では当時、四神獣の揃い踏みのステージを求めていましたので、募集に応じて猫としてやってきてくれたようです。(人の候補者がいましたが、遠方すぎて求まらなかったのです)

フーは神界で下界の飼い猫生活を勉強してきたとみえ、あとの二匹にトイレなどの行儀作法一般を教えるとともに、私と猫たちとの調整役(ネゴシエーター)を務めました。
しかし、フーは後に発情期にいたり、ウーを孕ませてしまってからは、予定していなかったことだったのでしょう。子猫との関わりがうまくできず、敵対的に見てしまうため、父親代わりをブーがしていました。

かくして新神話が要求した四神獣のしだいは、2009年時点で
青龍、玄武 ⇒ (1番目の)彼女が兼務 (かつて玄武は2番目の彼女がしていました)
白虎     ⇒ 白猫のフー
朱雀     ⇒ 私
ということで、揃い踏みが果たせたことになります。

白虎のフーが行方不明になる一日前の未明に見た夢 (2010年10月)

フーが失踪したのは2010年10月5日でしたか。
その前の一ヶ月ほど、毎晩私のベッドの壁側の回廊棚に置いてあるアタッシュケースの上に寝るのが常で、二時間おきほどに私の枕元にやってきて、えさをねだるのです。そこで私は、枕元にドライフードの袋を三種類ほど用意していて、彼が頭をすりつけてこれがほしいと合図する袋の中身を掌にとって、彼に食べさせていたのでした。まさに、あのときの夢の白虎和尚の顔を突っ込んで食べていたどんぶり鉢は、私の掌だったようです。

私の昼間はウーの生んだ子猫たちへの配慮で手一杯でしたから、フーは外出がちで、暗くなってから還ってきて、食事して寝るといったふうでした。私が彼の傍に長く居るのはこのときだけだったかも知れません。

私にとっては、フーの時間差急襲とブーの五月雨式急襲で、夜中といえども熟睡できたことはありません。しかし、フーの不思議なほどの精一杯の甘えを、子ならばこそと容認していたのでした。

そして、失踪してしまう数日前には、外出したきり、半日以上帰らずとなっていました。
ところが、失踪前の二晩は、回廊棚からなぜか私のベッドの布団の上に、もう大きくなった身体を添い寝のようにさせていました。そんな最初の晩に見た夢が、実に不吉な夢でした。

マンガチックないでたちでしたが、私の前にフーと思しき白猫が、顔面の左半分が砕かれて溶けたようになって現れ、そのときまだしも問題ない右側も、何かに目の辺りをやられて、困惑している姿として私に写りました。
どうもそれは最近様子がおかしいフーではないか。

そして二晩目には、私のベッドで最初からずっと添い寝していて、私がまだ暗い中で朝起きたときにも、すっかりリラックスして熟睡しているのです。その顔を見れば、まるで生まれたての赤子のようであり、天使のようでした。その光景は、今でも忘れられません。

そして、みんなにご飯させて、フーもいくらか食べた後、家のドアなど外猫の侵入を防ぐために、みな閉めていたために、キッチン側の外回廊に出て、いくぶんか低くなっている舳先から、今まででも何度かやっているように飛び降りて、外へ出て行ったのです。(私はそれを見届けています)
そして、再び還ることはありませんでした。

私はフーにしっかりとした白虎の仕事を与えてやれていなかったのではないかと悔やみました。
ちょうどその頃は、鬼門側の山門横に狛犬用のボックスを用意していて、そこには帰順してきた他所猫の石松が居座っていたからでしょうか、フーはときたま裏鬼門側のプランターの中ですごしたりしていたのです。

大きく成長したとはいえ、石松とやり合って勝てるわけもなく、さりとて私が石松を追い払うわけでもない様子に、絶望したのかも知れません。私は、ポジションを闘い取ってみなさいなどと言っていましたから。が、小さいときから彼らよそ猫には追いまくられていたのですから、そんな容易な話ではなかったのでしょう。

しかし彼は、後に、一定の規則にしたがって、出て行ったことがわかりました。
それは、新神話が要求するシナリオの遂行です。
フーが失踪するすでに五ヶ月前に、青龍玄武のカンナオビが別天に去り、順序としてフーが別天に赴いたのだと解釈できたのです。フーの享年は満1歳。やっと成猫になったところでした。
次は私の番です。「いついつ(五月五月)出やる」の法則とした場合、2011年3月予定となります。
その前に、不思議体験のほとんどをここに書きとめておこうと思っています。(これは2010年12月の記載です)

※ 2011年3月に私が死ぬというタイムライン(第三時空)もあったのですが、プレイバックしてタイムラインシフトして、時空は引き続いています。(第四時空)
第三時空でのいついつ出やるの結果、天上には四神獣が揃い踏みし、ミカエルによるサタン掃討劇があり、天上は先んじて浄化されました。

出雲大社で起きた夢を見た・・・それも神世の出雲大社? (2013年5月11日)

出雲大社の60年ぶりの式年遷宮の執り行われたのが2013年5月10日。その翌日未明に(3時頃から4時頃にかけて)不思議な夢を見ました。

私は妹からもらったダウンシュラフ(寝袋)にここのところ寝ていたのですが、これがとても軽くて暖かく快適なのです。午前3時頃に毎度のようにやってくる猫のウーに起こされ、眠いながらもトイレ起きすることになり、また眠りについてからの夢だったのですが・・・

快適な薄布をとると、そこは燭台の灯火がともる板張りの部屋で、10畳ほどの広さがあったでしょうか。私はそこで一人で寝ていたのです。所々開いた緞帳の間仕切りの向こうの通路に、歩いて通過していく人の姿がありました。一人だけでしたが、なんと髻(みずら)を結い、弥生人のいでたちをした男の人なのです。(今まで夢で、みずらを結った人を見たことなどなかった)

そして、横に連なる部屋のほうを見ると、緞帳で仕切ってあるため広範囲は見ることができないのですが、隙間から、なんとこちらは平安調の衣装を着た長髪の女性が向こうのほうを向いた状態で座り、私の起床に気がついたか、こちらに顔だけを向け、にこっと微笑みますと、お歯黒だったもので、ゾクっとする私でしたが、亡きカンナオビの顔にそっくり。彼女の部屋のほうには、いくらか人がいるみたいです。

私は夢の中の自分が何者なのかはわかりません。それから外に出て見やれば、そこは昼間で、なんとものすごく太くて古い角柱で造られた神社なのだとわかりました。無骨な年輪と黒ずみが、いかにも築造の古さを物語るようでした。それも、けっこう大きな一枚岩とも思える岩盤の上に建てられていて、でこぼこした岩から直接、柱が出ているふうでした。

岩山の下は境内地でフラットで広く、けっこう多くの人たちが、境内と岩山、そして神社にいました。そこにはみずらを結った人はおらず、みんな普通の髪型で黒いスーツ姿をしていました。神主服ではない。

私は、岩山を下りたり上がったりして、何か用事をしていたようなのですが、何をしていたのかわかりません。
神社の夢を見たことは何度かあるのですが、社殿の中で寝ていたというのは初めてのこと。また、夢で見たことのある朱塗の神社のようでもありません。出雲大社の式年遷宮が執り行われたこと。それが理由でしょうか。

私は出雲大社にお参りしたことがないので、現況もわかりません。しかし、あのみずらを結った人とは、大国主命(大己貴命)でしょう。すると平安調の女性は、もしかして奥津嶋姫だったのか。(記紀には別伝が書かれるが、ホツマツタエにはこの二神は夫婦であるとされる) 奥津嶋姫は私と最も縁のある神様で弁財天であり、新神話においていちばん協力してくれていて、化身が最愛の彼女・カンナオビなのです。

緞帳の向うには、何人もの国津神の方々がおられたようだった。
私だけ、緞帳によるものとはいえ、一室が与えられて寝所にしていたというのは、大事な賓客待遇と言えなくもない。
では、私はいったい誰なんだろう。何らかの神?  いや、雛形ということでじゅうぶん満足しているのだが。
ええー、では言っとこう。それは大国主どんのもとに出向しとる アメノホヒ じゃ、なかろうか。(仮定)

さらに2009年にはブログコメンテーターの中にマメさんという方がいて、ある事情で飢餓に瀕していて、それを助けた行き掛りで、その方の中に複在する羽虫型宇宙人の男の子の魂が地球環境の現実になじめず閉じこもっていたのを誘い出し、私・朱雀の霊的な息子として、マメ鳥とかマメビコナという名にして、共に夢見して飛行訓練をしていたのだが、マメビコナは、自らのした2009年の3月度の異界交信の中に、鳥との縁について回答のあったことを思い出して掲示板に報告してきた。
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【鳥】のシンクロもありました
3月の分Q:私の運命の道の友は?漢字一文字で。
⇒a 鳥
>613ーQ:私は地球人出身ですか 宇宙銀河星出身ですか
⇒a ひな出荷
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すごいシンクロになった。アメノホヒの神話上の息子は、幼名が天の雛鳥(アメノヒナドリ)で、後の建比良鳥(タケヒラトリ)となる者とされるのだ。この方面からもいっそうアメノホヒの線は濃厚になった。

さらにである。マメ鳥と共に夢見して飛行訓練をした夢見の丘が実在したのである。
異界交信の相手チームとマメさんの大好きなアインシュタイン博士が、共に観覧していた丘が、夢の光景と寸分違わぬ形で、なんとナスカに姿を顕したのだ。(夢見の丘は芝生の丘だったのだが)
しかも、2014年になって初めて発見された地上絵だという。この丘で私は助走をつけて飛んだのである。我が息子マメ鳥とともに。

異界交信チームは、我々の飛行シーンを「芸術的」と評してくれていたから、我々親子のために、タンデム飛行している光景を描き遺しておいてくれたに違いないのである。

すでに亡き彼女が別のタイムラインで生きている夢 (2013年10月3日)

当時のブログ記事から転載します。

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つい先ほどのこと。午前4時台の夢で、すでになき彼女(2010.5.15没)が別のタイムラインを生きている夢を見ました。
いくらかシーンがあったのですが、最後のシーンしか覚えてなくて残念なのですが。

テレビ番組なんでしょう。彼女が黒っぽいワンピースで壇上の貴賓席に現われたとき、司会者の紹介があり、
「歌手であり、女優である○○○さんでーす」と言うと壇上に彼女が上がってきました。

すると下の観客席から花束の贈呈があり、彼女がそれをもらい受けると同時に、檀上に向かって両サイドから放水されるという(きっとバラエティー番組だろう)びっくりさせられるようなシーンがそこにありました。

水になじんだ人だったから。でも、気をつけてほしいな。

そのときの彼女は、右目が良くないのか小さな眼帯を右にだけしていて(きっと番組で水をかけられることがわかっていたのか)、水を浴びながら花束を抱え、笑顔でお辞儀をしていました。

彼女は女優になりたかったのです。私と知り合うタイムラインでは、それはほんのささやかな実現にしかすぎなかったけど(劇団塾に入って主役を演じたことはあった)、きっと彼女も、人生をプレイバックして、未実現時空を体験しているに違いないと思いました。

私もプレイバック型の人生経験をしているのですが、そういう人はけっこうたくさんいるのかも知れません。

結局、スケジュールを統括しているお方がハイラーキーだから、みんな上手に図っているのだろうとしか言いようがありません。彼女のハイラーキーは、奥津嶋姫であり、弁天さんなのですから。

人生している最中に、性格がおとなしいものから豪胆なものに変化していくことってありますね。私は子供のときは清潔観念症で神経質で引っ込み思案でおとなしかったのですが、今はその正反対の性格になりました。その原因は、すでに別のタイムライン(森野のものだけですが)をいっぱい経験してきて、その記憶はまったくないのですが、精髄は魂に叡智として蓄積しているからだろうと思います。

別のタイムラインでは社長もやっただろうし、人生とはこういうものと悟った今は、もう何も実利的なことはやろうとは思いません。ただ、私に定められた時空をこなすだけと思っています。

ふと、おかしく思えるのは、彼女をイメージで女優にいざなったことがあって、彼女はそれを本番さながらに演じたことです。新神話のイメージ世界に遊んでもらったことばかりだったけど。それらが、次の本命のタイムラインで生かされているとすれば(芸に深みが出ていると思えば)、よかったなあと思うのです。
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Okundコメント
コーリーの「20 to back」の話にもあるように、別のタイムラインで別の経験をして、元に戻ってくるという時空体験システムの存在は、私は「プレイバック・リスタート」という表現で、コーリーの話を知る以前から説明しておりました。
コーリーの場合と違うのは、彼のは20年の別時空での経験の記憶が遺っていること、そして彼が戻ってきたのは出発した時から5分後だったことです。
プレイバック・リスタートの場合は、そのタイムラインのエンドまで行って、そこから分岐していった直近のタイムラインに乗り換えるべく、分岐点の少し前に戻って再開することです。分岐点の後になっては、脱線しますから。
元の脳の記憶が使えるのは、分岐点のところまでのため、既実現時空における記憶がまったくなくなります。ちょうどPCのシステム復元と同じこと。ただ、分岐点の少し前に戻るため、その短時間の経験がダブって、デジャビュー現象として捉えられることになります。

デジャビューが起きる人は、意外とこのプレイバック・リスタートの法則を使っている可能性があり、けっこうな割合でそのような人がいるように見受けられます。彼女もきっとそうですよね。
そのメリットは、何度にもわたる別の人の人生を転生していくより、同一人物の未実現時空を総なめすることで、さほど経験量を生まない幼少期の繰り返しを省くことができ、一人の人生にエントリーしてからイグジットした後の、魂の進歩の度合いが一目瞭然になることがあります。そして、もしその人物の人生が何らかの重要な成就を達成すべく用意されているものならば、たった一回、通り一辺倒で通過して失敗に終わってエンドさせてしまうより、総なめするぐらいにして、その成功の時の成就を体験したいはずですよね。そのために、あえてハイラーキーの判断で、最初の設定としてのプレイバックが可能の仕様にしてあるのです。