活躍の場を異界交信掲示板に代えて・・・2012年9月記載分(1)

2012/09/01 (Sat) 08:00:30
https://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/4281848.html
異界のことは異界の探偵やご入魂のシャーマンにお尋ねになればいいとして、地上のことはやはり軍師級の人物のお考えを参考にすべきかと思います。
その方が、>地球がきしみはじめている と書くようになられては、もう一般人の我々はどうすればいいか途方に、とならざるをえないのですが、それでも軍師のアクションの内容と速度は参考になるに違いありません。
いちおう、富士山が危ないとのことなので、また関東のシャーマンさんたちには、イベント回避の心理アクションをお願いします。
私は異界のほうに傾斜していて、地上のことはとんと知識がないのです。イーグルさんなどは起業して社長をやるように盛んにおっしゃってるようですが、何を生んでどう捌けばいいかも、経理も何にもできんので、世のためにもなれないという殊勝なお化けなのでありまして、それゆえ山に篭っているという次第。
ただいま、インフラが全滅したときを想定して、サバイバルの可能性を探っております。が、予算的に単身をまかなうだけの規模にするしかなく、やはり山の狸爺を目指すことが課題と思っとります。それはちょうどいえば、夏休みの面白自由研究のようなものかも知れません。
頭上で水爆が爆発すれば、何をやっててもジエンド。突然心停止が5秒もあればジエンド。食料調達不能になればジエンド。こんな背水の陣もないわけですが、開き直りの気楽さの中で遊んでるという身勝手なお化けでございます。
2012/09/05 (Wed) 12:43:35
>Q それはいつごろですか?      A 「終活」・発足
婚活は誰かと結婚すべく運動すること。就活はどこかに就職すべく運動することを言いますね。この終活とは、幕引きに向けて運動することかと思います。あるいは終了時に活動するよということかも。
つまり、この世ゲームもまもなくオーバーする間際に現れて活躍するということでしょう。古事記のシナリオ通りなわけです。が、どの程度まで活躍してくれるかは、古事記では生存人類の逃避という形をとっているだけに、丸くハッピーとはなりません。そのあたりは我々の希望を容れてもらわねばなりませんね。
無茶苦茶する地獄のヤカラがどんどん出てくるのが黄泉の国の状態ですから、こんな状態を長引かせないためには、逆にどんどんヤラセるのがいいこともあります。長引くと、鈍重な全体の覚醒は促進されても、今度はイライラがつのって促成されてた実のほうが腐ってきます。
だから、地獄のヤカラのしたい放題させることもまたいいことになるのです。
いやあ、いまね、A家の猫が私の寝室に居座ってしまってまして、なんでこうなるのと仰天しているところなんです。初対面に近い猫ではあるものの、石松に行動パターンが似ています。顔も石松に似て釣り目で、片目を怪我してるようです。石松二世とでもしときましょうか。
2012/09/05 (Wed) 16:01:02
石松二世。Aさんに電話して引取りに来てもらいました。驚いたことに手土産が種無し巨峰3房とりんご3個で、いずれもAさんちで作ってるものなんです。巨峰がまた甘いこと。果樹園がけっこう広いんですね。
さて、イルミが何かしでかそうとしているようで、騒がしいですね。
https://okarutojishinyogen.blog.fc2.com/blog-entry-2502.html
2012年9月9日ですか。13:23:33ですと。
9月9日で思い出すのは、2000年(H12年)旧暦の9月9日13:30に起きた鳥取西部地震です。鳥取県の日野町震源、ひのととりの日でしたから、新神話の火の鳥復活、起動開始をはっきりと意識したわけでした。
それから12年。新暦において、ほぼ同時刻に何が予定されているか、ですね。あるいはこれも旧暦で与えられているのだとしたら、いったい。10月23日になりますか。
2012/09/06 (Thu) 08:24:08
9月9日ですか。
思えば、まだまだ解釈の途上であることに気づきます。
2000年9月27日昼前、明石駅で待ち合わせして、舞子浜の移情閣に向かった。まず舞子ビラで食事して、現地でシミュレーションしようということになったのでした。ビラの最上階からの瀬戸内海と明石海峡大橋の袂にぽつり小さくたたずむ移情閣の眺めに、目をやりながらの食事でした。
それまで何度かのメールのやり取りで、私に相談すれば何かが変わると信じて、彼女はもしかするともしかするとそうなのかしらと、幼少期に繰り返し見た同じ夢の中の、移情閣を舞台にした夢語りの、扉を開く青年の役割を演じてくれるのではないかと期待して、その日は初対面したわけでした。
一時過ぎに移情閣に入り、一階、二階と見て回ります。創設者は華僑で財を成した呉錦堂。海運業をしていたことから、瀬戸内の龍を鎮めて航行の安全を図るために創建したとされる八角三層の風水塔であるわけです。
さて青年は三階にいて二階に下りてきたというのですが、問題の三階は拝観禁止だったので、そこに至る階段から真っ暗闇です。しかし、それでは何もわからない。私は、これより先、通行禁止となっている立看板の横を通り、途中まで上がると、外光を受けて、天井の一角に掲げられた額の字が伺えました。そこにはたしか、蓬莱第一と書かれていました。
その二階で我々は、自分伝説を語らいます。私は鶴だと高名な占い師に言われたと言うと、彼女は自分は亀だと言う。かごめ歌についても語らいました。すべる、とは統一する、ひとつになる、一堂に会するという意味だと伝えます。だったら、シミュレーションすることそのものずばりです。
あのとき夢の中で青年に、長いこと待たせたねと言われてしたことのお触りだけでもと、手をつないだのです。これでシミュレーションできたねとなったのです。駅まで送って、その別れ際に、この結果が兆候として出るはずだから、それであなただったかどうかがわかると言われました。
それから何日かたって、鳥取西部地震が起きたというしだいでした。2000.10.6 13:30でしたか。調べてみれば、シミュレート時刻からちょうど9日目で216時間後、しかも旧暦の九月九日ひのととり。震源地も日野・鳥取だったというわけです。
時悟り 蓬莱出でて 鶴亀は 此地にすべりて 瑞い世開く
道別きて 集いすべりし 鶴亀に 舞子が浜を 火の鳥が発つ
彼女はこれで少しは運が開けると思ったようでした。が、謎はたくさん生まれました。いったい、夢の中の青年とは誰なのか。彼女は手がかりを得ていて、青年からキンイロタイシと言われたという。ならば、それは御伽草子・毘沙門の本地における、毘沙門天の前身ではないか。また彼女は、光物の袋を肩にかけ、それを届けるために鬼から逃げていたという。それは何なのか。
この神がまだ神に成りきれずに閉じ込められた状態にあったのを、二人ともども開け放たれた窓から出て行ったということなら、いよいよ神となられることも含まれる。
また、呉錦堂はメーソンでした。移情閣の以前に松海荘という館があり、そこはメーソンロッジだったそうです。ちなみに、別の機会に移情閣を訪れた際、なぜか偶然に三階に電気がついていて、扉も開け放たれていたのですが、そのとき中華寝台とその前に居並ぶ二列の椅子の並びを見ました。まさにメーソンの儀式の間だったようです。小規模の演奏会が催されたとはなってましたが。
秘教組織の魔術は、神をもコントロールするほどのものかも知れません。風水、魔法、その他さまざまな地上的呪詛技術を駆使できるようです。
さて、新神話もその当時から発足したわけでした。この宇宙は、全体からすればごく一部の特殊空間になっていて、そこでのみ行われている物語のようなものになっている。長い時が経過し、そこに封じ込められた有情の数おびただしく、外からの介入と解放がいまこれから行われるところという設定になっています。その西ベルリン的あるいは大使館的根拠地が蓬莱島であり、そこは天仙邪神といえども不可侵の領域になっているという設定です。
そもそも鶴と亀は浦島太郎と乙姫の御伽草子の物語がもとになっています。彼らは死後、鶴亀になって故郷の蓬莱島に帰るのです。そんなことが現代にもあったとしたら、面白いでしょう。
2012/09/07 (Fri) 17:53:35
謎がほぼ解けてきました。それは人類が超進化する時を告げているのです。
よく巷ではアセンションと言われてますが、誰もその内実については知りませんよね。どんなふうになるのかは、多事争論状態でした。
しかし、もしイルミが先んじてその内容を知っているなら、このようなジョークで茶化してもおかしくはありません。
謎はとても簡単です。イルミサイトの入門がスフィンクスの謎掛けで、解答は「人」。彼らが最終解答として用意しているのは、「人」に対する言葉「神人」なんです。
アダム・カドモン(神人)は、聖書ではアダムとして記載されますが、カバラ的には「元の人」のことであり、完全無欠の神人のことを言うのです。その状態になってはじめて、楽園に復帰することができる。
https://wiki.livedoor.jp/kagetani/d/%A5%A2%A5%C0%A5%E0%A1%A6%A5%AB%A5%C9%A5%E2%A5%F3
アダムの誕生日は、研究によると紀元前4004年10月23日の午前9時であるとか。6016年後の10月23日もまたアダムの誕生日であるわけです。
アダム誕生が今回はアダムの楽園復帰に向けての誕生となる。それがもっとも現れやすい日取りとして、2012年のその日が予定されている。
イルミサイトを調べて行って、こんなのを見つけた方もいましたね。ネブラ・ディスク。それは3600年前の最古の太陽暦と太陰暦を組み合わせた天文時計だったとか。
https://wiki.livedoor.jp/kagetani/d/%A5%A2%A5%C0%A5%E0%A1%A6%A5%AB%A5%C9%A5%E2%A5%F3
そこから、陽暦だけでなく、陰暦の考慮も必要であることがわかる。では陽暦の2012年10月23日とは。陰暦の9月9日になるのです。そして、アダムの生まれた時刻までいれると、999と三つ並びます。
実は人類がもっとも大切にしなくてはいけないのが、この日時なのです。しかし、この時を、宗教的な思想に乗っかって祭りをするようなことは差し控えるべきでしょう。むしろ沈黙して誰とも話さず、静かに内的催しのままに時をすごすことがよろしいかと思います。
イルミは人類に深く関わってきたことから、人類の持つ特殊な時間的タイミングのことを、我々よりもよく知っています。彼らにもし、本当に人類への妨害意図があるなら、9月9日を陽暦に変えてパロディー化したカウントダウン0タイム付近で、最大限の妨害工作をしてくるでしょう。
しかし、私はそんなことはしてこないように思うのです。
ジョーカーはもっぱらトラブルメーカーですが、ピエロでもあり、教師でもあります。人類にこれほど深く関わって、よくこんな愚か者たちと歩調を合わせていたなあと思うほど、もしかしたら教師であろうとしたのかも知れません。最後は、ようここまできたと、卒業生たちを拍手で送ってくれるのではないかと思うのです。
だから、ピストル撃った瞬間、旗が出るような予感がしたのかも知れません。そうであってほしい。
しかし、それにしても彼らの「9」「九」という数へのこだわりは、ピラミッドの階層の数にも出てますね。私も九のつく事柄には多くシンクロしました。
大本教の九鬼。ウシトラノコンシン。先の彼女との逢引の場が知らず知らずのうちに、九鬼本陣のあった高御位山の麓だったこと。そして秘密は守られていた。もしかすると、コンシンとは金神と書くのやら。となれば、イルミなどが崇拝するモレクもまた金の神だという。しまいには、いったいどうなっているんだと、笑い飛ばしたくなってくるじゃないか。
もう、幕を引こうじゃないかね。罪人の時空はもうこれぐらいにしよう。

活躍の場を異界交信掲示板に代えて・・・2012年8月記載分(9)

2012/08/28 (Tue) 12:04:42
ふぐりはん、こんなこと書いとられまっせ。
https://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-1374.html
https://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-1375.html
地震が起きそうなときに、台風が駆けつけてこんのは、おかしいんですけどね。スサノヲさんがオロチをやっつけにきてくれる手はずなわけです。その後、スロー化しますから。
しかし今回は奇妙なルートにそれてしまいましたからね。地震はないのかと思ってましたが。
やはりHaaarpにコントロールされて? 本気度が感じられないので、逆にどうなんでしょう。関東方面の方は、また注意しといてください。
2012/08/30 (Thu) 07:47:58
野糞にこだわりを持った伊沢さん、不食にこだわった方もおられましたね、名前は忘れましたが東国原さんのような風貌でした。みんな理想か夢を持ってライフワークに臨まれてたと思います。
私も夢に基づいてその実現に当たっています。写真右は自称、空中庭園です。
もう2,30年前に見た夢で、どうも未来の私らしい人物に出会いまして、その人のやってたようなことを、どうやら今、やっているみたいなんです。
夢の中ではずいぶん象徴的な見え方をしたようです。ベレー帽を被り、茶黄系のチェック柄セーターを着たメガネの人が、直方体のビルのような、それほど大きくもない灰色の建物の上に上がって、何か植物を植えようとしているのです。今に言う屋上緑化のようなことを思うわけですが、建物がどうも変なんです。辺と四隅が丸くなっていて、苔蒸したようにして垂れているのです。しかも灰色でです。
どうやら、UVシートの灰色がそうだったのではないか。周囲に垂れさせたらそうなる。やっていて、そう気づいたのです。
そこで、その人物は未来の私だったのだろうというわけで、新造の建屋の屋根をみな防水して上れるように作り変えているという次第。ベレー帽も用意しました。金色の。またその手のセーターはすでに持ってます。あとは日々、ベレー帽で屋根に上がるだけ。
それがまこと予知夢だったなら、いずれここを通りかかる私の夢における視座を持つ人が、こう問いかけるはずなんです。「いつ頃からここにおられるんですか」と。
私はそれに対して、「かなり前からです」と答えることになっているのです。
少なくとも、その時点までは私の寿命はあるだろうと思ってます。もう道路際まで空中庭園を張り出しましたから、ハイカーなり通りがかりの人が興味して声をかけやすくもなっています。
ただ、その頃はもしかしたら、空が今よりも深い青色になっているかも。水辺は昼間の空を映しても濃い藍色でした。アセンション後なのかも知れませんね。だったらいいんですが。
空中庭園といえば、バビロンの空中庭園が想起されますね。ネブカドネザルが庶民に幻想的な憩いの場を提供しようと制作したようです。
いまここでは猫が庶民です。今はウーとチンがときおり上って憩っています。車庫とその延長の屋根が20畳ほど、掘っ立て小屋を改修したその屋根が14畳ほどで、渡れますから、30畳強がつながった広場になってます。最終的には、あと8畳ほど追加されて、さらにそこから本宅の屋根に渡れるようになるのです。すると50畳ほどになるでしょうか。猫たちには、ニャフランドを楽しんでもらいます。
写真では樹木が灰色の間から出てますが、これは2m下の地面から出ているわけです。いわゆるスカイツリー。ここからでは、私の背丈より低くあり、手入れもしやすいです。
きっと黄金楽土をこの世に実現目指してバビロンを設計したネブカドネザル。それが邪悪な目論見として後に徹底的に断罪されたわけですが、その断罪した側こそが黄金郷の破壊者だったことは紛れもないですね。その支配が今に人類滅亡、地球破壊の瀬戸際にまで追い込んでいること。洗脳とは白を黒、黒を白にする技術であること、思い知る気がします。
が、創造と破壊が進化を促すのだという意見が主体的です。
我に七難八苦を与えたまえとは、山中鹿之助。三日月である自分に満足せず、満月を目指したという。みなさんもそれを希求されているがゆえに、今があるのかもしれません。
これから大変なことになるようですが、がんばってください。私はしんどいのは最近いつものことなので、端から御免蒙り、黄金郷を目指します。アヂュー。
2012/08/31 (Fri) 07:47:16
>『ハートの贈り物』から転載
これがグローバル(豊饒化)ファンドの証拠写真
2012-08-27 09:57:11 | 政治・経済ニュースから
銀河連邦のメッセージに出てくるグローバル・ファンド、豊饒化プログラム用の資金の証拠写真だそうです。
アジアの王族ファンドの返却を巡って、連銀に先取特権を突きつけたスカルノ口座の代理人、ニール・キーナン氏が提出したものです。ベンジャミンさんいうところの、グリーン・ヒルトン・メモリアルの件ですね。
”円”もちゃんと準備されていて、安心しました。(笑)
グローバル(豊饒化)ファンドの存在。たぶん、現資本主義社会体制の崩壊によるショックをソフトランディングさせるための資金になろうかと思うのですが、前提には従来の金融取り立てを正当化することが含まれていると思われます。
すなわち、過去の借金証文はそのまま引き継がれ、公平に配分された資金によって相殺されることで、全体的な法秩序を維持しながら、借金踏み倒しに逆上しての戦争などを回避することが期待できるでしょう。
しかし、無から有を生み出した旧貨幣経済システムの不合理へのメスが入らずにおくならば、ユダ金はそのまま残り肥え太り、分配されたファンドが消化されたらまたもや、旧来の光景が広がることでしょう。
邪悪の逮捕劇に、資本主義の成立に遡っての責任追及と断罪が行われることが、平行して必要になるはずです。でなければ、一時的延命措置、中央銀行の増刷発行とそう変わらなくなります。
つまり、世界はまだ破局への直面に耐えられる時点ではないから、なにやら超法規的なところから資金が手に入ったことにして、その場を取り繕うことになるのではないかということなんです。だって、お金なんてのは、もともと無から作り出された虚構ですから、あるといえばあるし、ないとわかればないのです。
現資本主義体制が、目に見えて合理的な別の方法に変化していかなければ、現体制を存続させることを選ぶことになる。従来と同じ、お金を得るために服従して働くことを求められる。
なにかいいものに変わるように見せなければ、欧米が破綻してしまい、反骨的な欧米庶民は内戦を選んでしまう。そのようなことを回避するために、一芝居打ってるような気もするのです。
私が望むのは、かつて進駐軍が日本にやってきたときのように、善良な宇宙人進駐軍が地球にやってきて、すべての武器解除と環境破壊箇所の修復、そして当面の食料支給を全世界向けて展開してくれるという流れなんです。
そして、旧来の体制をトップダウン的に望ましいあり方に変えてくれることが大事なんです。だって、ユダ金や秘教が庶民支配のために編み出した方法しか誰も知らないのですから。
そこには、修正して使えばいいといったことが果たしてあるのかどうか。宇宙一般のやり方をそのまま移植してもらったほうがよほどいいはずでしょう。間を繋ぐ期間もまた緩衝用期間というなら、それもまたいいでしょうが、明確な方針を知ることは、地球人にはとても大事なことなのです。
グローバルファンドは、その存在の証拠があったとしても、まだ善とも野のものとも山のものともわかってないということ。緩衝的期間の間に、どんな新しい展開になるかが、それが見込みあるものかどうかがわかることになるだろうということです。
さて、いっぽう、秘教側のもくろむ日本分割統治ですが、ユダ金的算出の、日本の前代未聞の莫大な借金が日本人ひとりひとりの私権の制限につながってきた場合、たとえばこのたび、ギリシャがエーゲ海の諸島の資産売却にとりかかったように、日本人の私権である土地の所有権の売却(没収)という形をとらされるかも知れません。
つまり、借金は借金だから、そのカタに土地を周辺諸国に売却して、穴埋めするというわけです。こうすれば、自然と日本の分割割譲が実現します。自民党はその意味で真に売国奴だったとわかる日が来るのですが、それにまんまと乗ってきた日本人もまた日本人ということになるのです。
おそらく日本の王族や富裕層は、穴埋めしても残る資産もあるでしょう。植民地ではあっても、ちゃんと所有地を保持するでしょうね。いっぽう、一般人はここに住み続けるなら、借地利用の形になり、地代の支払いと、生涯労働を強いられることになるでしょう。
すなわち、ニホン=古事記。それを通り越して、日本人は乞食(ルンペン)になるかも知れないという話でした。
ルンペンとタクシー運転手は三日やったらやめられんそうですから、ま、万事なじむことがたいせつになるかと。いずれ、未来はがんばりと忍耐の上に成り立つ。これ真理でしょう。

活躍の場を異界交信掲示板に代えて・・・2012年8月記載分(8)

2012/08/26 (Sun) 14:20:49
>伊沢 正名(いざわ まさな、1950年 – )
>1974年から意識的野糞をはじめ、1999年には野糞率100%を達成。
ダッフンダー!! は、けんのギャグですが、脱糞のことですね。きっと誰かが脱糞してる最中を目撃して、とんでもねえことしてやがるの意味で叫んだんでしょう。
しかし、脱糞は人間だれでなく生き物全般にとって、当たり前の行為なんです。それを人間社会だけが、汚いものの極めつけと捉えて、公然猥褻の類に数えたんでしょう。
しかし、江戸時代の大江戸八百八町では違ってましたよ。非常に綺麗な町だったようです。道にはゴミひとつ落ちていない。しかし、人口も多く往来も激しいですから、にわかに便意を催すも、厠に駆け込む間もなく、道の傍らで脱糞する人もいたわけです。
が、こんなとき、町民はそれを丁寧に木切れか何かに移し取って、自分とこの植え込みに撒いたのです。どんな使い勝手の悪いものが落ちていても、道行く人が何らかの利用法を思いついて、持ち去ったそうです。こうして町は、木切れ一片落ちていない綺麗な状態だったとか。
これがほんとうのエコというものです。誰かわざとでも落として行ったら、それを拾う者が必ずいて役立てる。勉学など何知らずとも、創意工夫の力が、誰しもに備わっていたんです。
現代人は、ただ歴史の最前線にいるからと、鼻高々してますけど、最も愚かな人間に成り下がってると思いますよ。水戸黄門の番組なんか見てたら、江戸の庶民は色事、賭け事ばかりやってたんだなあと、卑下して見ますよね。それは、フジテレビの洗脳術なんです。最後は、「くじけりゃ誰かが先に行く・・・泣くのが嫌なら、さあ歩け」って、庶民を牛馬のように扱いたいだけの政府の策謀なんです。水戸黄門様が最後は腰の印籠を見せてくださる?? はっはっは、角さんや、庶民をちょっとからかってさしあげなさい、って、当のフジテレビが陰で言ってたりしますよ。
飽食の時代とか自慢して、その実は半分以上が残飯で、みんな捨て去られ、そして焼却されてCO2に化けさせられている。その一部でもいいから、窮乏国に支援として出せたらどんなに食物も喜ぶだろうに。資本主義社会の無駄な部分だから、我々にはどうにもならず、仕方ないんだって?
粗末にして捨てることを習慣付けていたら、今度は政府によって、捨てられることになるのは国民なんです。相似像のこと、よく覚悟しておいてほしいところ。
伊沢正名さんとは、またこだわりを持った人がいたもんですね。帯に短く襷に長い、人間の一生。何かやりがいあるものを見つけて邁進するって、すごいじゃありませんか。いつかきっとさんも、そのようなお一人ですよ。すばらしいと思います。
さて、いじめのことが気になりますね。しかし、いじめは、猫や獣の社会では当たり前なんです。我々はよく彼らの生態について報道される番組の中で、これが弱肉強食の世界の掟だ、なんて言ってるの聞きますよね。つまり、オス同士が群れのボスの座を争って、一方が負けます。負けたほうは、群れから追い出されて、困難な狩猟の生活を単身で始めなくてはならなかったりします。死活問題なわけです。彼の未来を思うと、気の毒になったりします。しかしそれは、自然界の掟だと、テレビはごく当たり前のことのように言うわけです。人間から見れば、何でもわかってるような言い回しにしなけりゃならんのでしょう。
しかし、現実にその獣になって実感してみれば、どんなに辛く悲しいか。それが自然界全体の動物世界に広がっているなどと。なんて邪悪な神が自然界を作ったかと、私なら憤激します。そして、お前でなく私なら、こんなふうに作るから、この世界から消えてなくなれとまで罵ります。たとえその神が、生き物の進歩を司るので譲れないと言ってもです。
生き物のDNAに、肉食と弱肉強食の摂理を添加したのは、邪神だと断定します。黄金時代は紛れもなくあった。そのときには、そのような摂理は入っていなかったのです。
人間は、獣と神の間に位置します。獣にその摂理が封入されていて、その遺伝子を半分引き継いでいるから、肉食と弱肉強食を是とするのです。いじめは、言葉だけ独り歩きしていますが、獣一般の当たり前の掟(遺伝子)の中に含まれています。理性と知性と法律と道義によって、かろうじて防御されていますが、潜在する本能がそんな壁をいともたやすく超えさせるのです。いじめ防止? 土台に無理があります。まずは新時代の黄金郷に舵を切らねばなりません。
猫に化身し猫を経験している神はたいへん苦労しています。獣世界の残忍さを、身をもって体験しているのですから。それゆえにやってくる神もいるのですが、帰還するときは身も心もボロボロになっていることでしょう。
いまチンが、まる一日以上帰ってきていません。ブーに追い回されたあとから、行方知れずです。食べられなかったら、いずれ死にます。それでも、ブーへの恐怖には代えられないとすれば。いじめ自殺のケースにも似てくるのではないでしょうか。チンにとっては、著しい不利益なのです。
私が戦うべきは、ブーではありません。彼には制裁を以て、私の主義を覚えこませます。私が戦う相手は、邪神です。それが元凶だから。
さて、邪神側のゆとりなのか、それとも衰退によるのか、ディスクロージャーの一環と思えなくもない報道が、アメリカのTVでなされたようです。
https://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2012/08/post_d5bc.html
黙示録の光景を作り出すには恰好の装置です。これによって、七つのラッパ、七つの鉢の天使たちを気取れるヤカラがいることもまた事実でしょう。そして、ブルービーム計画で救世主を空に出現せしめるとすれば。キリスト教徒たちは、艱難と救世主登場という、最高の経験を営むことができるのです。ただし、ぜんぶハリウッド映画のようなものですが。銀幕の地球は生身だから、たまったものではありません。つまらん映画上映のために。
これの見方の角度が変わるかも。
https://oka-jp.seesaa.net/article/288483707.html
これはすごい情報。知らなかったこと(知りたかったこと)がいっぱい(てんこもり)。
https://eagle-hit.com/a/post-3704.html
イーグルさんはこんなとこと知り合いなんだね。もしかして、アジアを拠点にするという白龍会かな。
今日(8/27)までこの記事残ってるね。ヤツラは所詮、石工でしかない。この世でやったことの記念碑を残しておきたいから、あからさまになってももう放っておいてるんだろうね。むしろ人々が驚嘆するのを楽しみにしてるんだ。
ノスさんも言ってた。墓の中からみんな出てくると。終わりがもう目の前にやってきたんだ。フィナーレはみんな舞台の全ライトの下で、これがオールスタッフですと、手を振るのさ。
こんなことも。
https://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1518.html
2012/08/27 (Mon) 12:19:29
「ゆっくりとだけど、私たちはいい方向に向かっているという気がする。そして、これによってこの地球の多くの問題は消えると思う」
https://oka-jp.seesaa.net/article/288593860.html
2012/08/28 (Tue) 08:00:15
この先のシナリオ開示か。
https://eagle-hit.com/a/post-3708.html
秘教組織もメルヘンに生きとるっちゅうこと、わかる気がします。
>『ニホン』は第二の聖書、東にあるキリスト教国
西の聖書に匹敵するのが東の古事記っちゅうこと、これわかっちょりましたよ。独学ですがね。つまり、ニホン=古事記というわけです。
そして、伊勢にはイエスとアマテラス女神になったセオリツヒメがおられることも、最近わかったところです。
しかし、ヘブライ語で解ける神名って、けっこうあるんですね。
ニギハヤヒがイエスの事跡を模倣し、ウマヤドノミコが救世主として擁立されかけたことも理解できます。が、ちょっと時期が早かったんですね。度重なる政争で、日本渡来の秘教勢力はだんだん勢いをなくしていきました。
が、皇室を残し置いたことで、この東の果ても秘教の影響下にありとのステイタスを上げ続けていたんですね。やはり世界制覇の組織です。世界を彼らの物語の中に置いたのですから。
そして今後の彼らの計画が明かされているとするなら。
未来人タイターの2020年なおける極東の国の配置図、思い出してみてください。
どうも、その時空の近傍に我々は、いる気がしませんか。これからの予定と見比べてみてください。むろん同値になることは、ほとんどないでしょうがね。
西日本は新大和皇国(これは米中大韓の属領で天位は?もう決まってるダスな)、北海道と青森の北限の一部は蝦夷共和国(ロ中)、その間の東日本は政府管轄区域とのことで、どの国の政府の支配下にあるとも書いてなかったですね。そこはおそらく、強度の放射能汚染地帯になることでしょう。
まさかそこに、超人を養成する場所を置くだとか。放射能、突然変異、あまたの不具廃失の生ずる中の、きわめて稀な超人輩出。そこは実験場になるのかな。今もそうだけど。
世界の王族、秘教組織は、先住民たちを退けた後、そこに移り住む計画とされてましたね。ベンヂャミン情報でしたか。
彼らは簡単に滅んでしまう人間の肉体を捨てて、超人化していくのかも知れませんね。どんなんやろ。妖怪人間ではないのか。王族に仕えるスパルタンな化け物たち。フランケンに守られるドラキュラ伯爵たち。
まさか、アセンションって、このこと? ならば、庶民の関われることではないですね。それとも秘儀参入していかれますか。
が、みなさん、ほんもののアセンションは誰にでも、あと一回は少なくともあります。簡単に滅んでしまう人間のままでいれば、それでいいのです。
私が夢に見た亡き祖母や母は、透き通るようなまばゆい肌をしてあちらに住んでましたよ。
2020年か。私はあと長くいても2年ですから(もし存命してたら※の歌を詠います)、居残る方は見届けてください。そうね、2020年頃なら、私はベテルギウスに行って、火の鳥をパワーチャージしてますか。私は私で、スケジュール詰まってますので。
※ わがいほは都の東鹿ぞ住む余を蛆虫と人は言ふなり (やっぱりはよいかなあかんな。生きとっても悪者にされるだけや)
今朝いちばんに、鹿が道路際から家の中覗き込んでましたんやで。これほんまの話。

活躍の場を異界交信掲示板に代えて・・・2012年8月記載分(7)

2012/08/23 (Thu) 12:16:15
https://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-1364.html
後頭部をスリッパで思いっきり叩かれた気分に浸ってください。
2012/08/24 (Fri) 08:01:56
https://okarutojishinyogen.blog.fc2.com/blog-entry-2428.html
ニビルはありますよ。ただし、少し存在域を変えた異次元に。しかし、ほんのちょっとのズレだから、この世の観測にかかります。また、質量などの相互作用も、かなり大きなブレ(変動レンジ)を伴って発生します。そこがヤツラの付け目でもあるのです。
地球ももともと、異次元との出入りを繰り返していた柔軟自在な惑星だったのですが、そこを土台にして住む意識たちの願いを受けて、ほぼ固定されてしまったのです。
これを老眼になったと言います。老眼の人は、読もうとしている新聞の文字がぼやけて、よく見えません。いきおい、もう新聞なんかやめた、となっていきます。
異次元にもかつては簡単に焦点が合わせられて、そこの存在との交流も盛んだった。ところが、そんな気持ち悪いのは嫌だと拒否するようになって、存在次元を固定化したのです。
こうして、意識に上らなければ、存在しないのと同値ですから、向こうからもあえてやってこなくなります。これは安全圏に逃げ込んだのと、似たこととなります。
しかし、向こうからあえてやってこようとすれば、やってこれますよね。こちらは、向こうを無視しようとする。いないんだと思い込もうとする。お化けがいても、いないと思い込むことによって、気丈にもなれますよね。
しかし、お化けのほうからすれば、本人の顔の横から覗き込んで、何やってんだお前、ってことなわけですよ。そして、たまに背中を触って、びくっとしてる本人を見て、これは面白いなと思っているお化けがいたりして、どうやらお友達になれそうなどと、勝手に思われてしまう。
アヌンナキを呼び寄せたのは、ひとえに怯弱さをそれまでに培ってきた経緯があるからなんです。どんな次元にでも出てやろう、見てきてやろうの気概を失ってから、たくさんの長所を失ったこと、いまいちど思い出してください。
まずは、お化け屋敷に行って、最後まで平然として出てくる訓練をしてください。次に、地獄の瞑想をしてください。ありとあらゆる現実に起こりうる地獄絵図をイメージして、それに慣れてしまうこと。それによって、現実のステップを踏まなくても済むようになります。
ただし、その中のイメージに惹きつけられてはなりません。興味すればそれが選択的にやってきたりします。特にM性質のかたは気をつけて。
アヌンナキと同様に、善良な宇宙人たちもいます。老眼になっているので、どちらも見えず、選択的に交流も図ることもできないでいること、思い知らねばなりません。安全圏に逃げて安住を得たことは、安全圏以外に出られなくなった不幸な状態でもあるのです。というのも、その安全圏が、思い込みの化城でしかなかった場合、思い込みの土台の崩落によって、次の行き場を見失うからです。
拙論が導き出した、自己中心天動説、自己=創造主説は、みなさんの心を強くします。怯弱を捨て、本性に立ち返ってください。
とは言いながら、私の老眼もすさまじいものがあります。ただただ、見えない中の手探りが現実にて、具体的アドバイスはできたものではありません。
2012/08/25 (Sat) 07:09:32
被災者からのメール、内容にいくつか不可解な点があるのですが。
東電から支払われたという仮払金は、そういう名目で支払われたなら、返還する必要のないものかと思われますが。いずれ正式な補償金と相殺されることになろうかと思うのですがね。何か、一時貸付金のようなものだったのでしょうかね。
それとも、東電の意向に従わなかったから、返還せよとなったというなら、全体のうちの一部の人の話だろうし、それも決していいわけではないですが、別の問題になってくると思います。
むろん、全体がそのような非情に遭遇されているのかも知れません。すでに福島は被災直後から隔離状態に置かれたわけです。運輸は機能を果たさず、正確な報道もなされない。こういうところは、ちょうど西部劇の開拓者時代の、町ひとつがギャング一味の支配下に置かれたような状態になっている可能性があるのです。保安官も一味とつるんでいたりします。
特に東電は暴力団の上にできたような会社です。地上げもやっただろうし、非合法なことも表沙汰にせずにやってのけてきたはずなんです。ゼネコンやまっとうな顔をした大手企業なんかもほぼそうですよ。裏社会と協力しなければ大きくなれなかったはずなんです。
だから、もしかしたら、福島の庶民は組長が取り仕切るシマの中のいいお客になっているのかもしれない。仮払金などといいながら、契約書の裏には利息をつけて返すこととなっていたりしているのかも知れません。つまり、非合法地帯というわけですね。経済特区のようなものかな。
すでに見たように、報道も医療も、国民の必要とする根っ子の部分はマフィアが牛耳ってるような現実があるわけで、表向きだけ平穏を取り繕って、世界に発信しているから、世界まで誤解してたんです。それが、原発事故を境に、どんどん恥部が暴露されているという状況なわけで、先入観で悪いと思われている北朝鮮と内実はそんなに変わらないことが、世界にも知れてきたといったことなんです。
国が経済的に窮すれば、北も韓国もミャンマーも日本もそう変わらなくなるんです。圧政を敷き、国民からいかに搾取するかしか念頭になくなるんです。
補償金から言えば、東電もそのバックの国も、支払いできる限度を超えていますから、まじめに対応してくれたりはしないでしょう。被災者を、わかりながらそこに留めて、早期の被爆発病による人口の自然減をもくろんでるのもうなずけます。
そんなことは被災者ならもう、うすうすわかってるでしょう。棄民されたのだと。だから、それが我慢ならないなら、自分から行動しなくてはならないのです。そこにいたら、政策に賛同してることになるのです。幸い、ゲットーの塀は立てられたりしていません。いくらでもまだ交通手段はあります。
しかし、被災地の人たちは弱いですね。放射能にひどく冒されてしまったかのようです。環境に立ち向かえないほどに疲弊してしまっているようです。浅川氏に言わせれば、これもカルマの刈り取りに苦しむ人々ということになるのかも知れないですね。刈り取りが終わるまでは、どうあがいても打開できないというわけです。これがカルマ論者の言い分になる。そんなあいまいな戯作概念に力を持たせてはいけないのに。
日本全国に、180万戸もの空き家があって、住む人もなく周囲に雑草生い茂る迷惑をかけているそうです。おそらく、どこの家の主も老人化していて、手が回せないのだと思います。このため、けっこうたくさんの家が、被災者への提供をしたがっているはずなんです。それをマネジメントできない政府や自治体もさることながら、それに輪をかけて頑ななのが、被災者なのです。
三木市の例だけでも、何たる応募数だったか。たった七世帯、十三人が転居してきただけなんです。みんな無償なのに。これはね、土地に執着があるからとしか言いようがないのです。それをまた、伝統的に美徳のように思い込んでいるのでしょう。
シリアと福島の国民性には、共通性があります。それは男権が重用され、婦女子の権利が著しく阻害されていることです。男権は、常に弱い者いじめに向かう方向性を持っています。東北地方は、伝統と風習を頑なに踏襲するあまり、歴史的にも、抑圧に満ちた環境を作り出してきたはずです。
シリアではイスラム教徒一般の習俗がそうで、イスラム教国はどこがそうなってもおかしくない下地があります。その中で、男は何をしているかというと、権力へのへつらいと、長いものには巻かれろの精神で、何もできないでいる。そして、鬱憤を弱い者に転化するのです。
そんなことが常習化していたらどういう成り行きを生むか。相似像世界ですから、彼らはより強い権力者の鬱憤晴らしの犠牲にされるのです。男は、自分の家族の妻子が次々と倒れていくのを座視しながら、何もできないふがいなさを甘んじて受けねばならなくなるのです。最も被害者は、弱い立場の婦女子です。しかし、精神的に最も苦しむのは、男たちだということ。
彼らの美徳と思われた伝統と風習にこそ非があるのに、何の進歩的考えを取り入れることもなく頑なに守りぬいたことの弊害が、こんな形で出てくるというのは、あまりにも悲しいこと。婦女子は、土地に固執する男を振り切って出てしまうこともできたのに、それをせず伝統に殉じたのです。男は、政府に反旗を翻すこともできたのに、権力には歯向かわない伝統に殉じたのです。
しかし、憤激して男が立ち上がるときがきます。土地を奪われ、妻子を奪われ、生活もできないほどに追い詰められたとき、そしてかつ、周りの男が同じように動いてくれそうなときに限り、立ち上がります。しかし、もう精魂尽き果てているさなかなので、警備員の棍棒の一撃で、事は終わるでしょう。それが割合、日本人全体の性向だったりしますから、成り行き的には大同小異、静かなる玉砕へと向かうのではないかと思います。
メールの主はきっと女性でしょう。お母さんかも。旦那は地域の連帯を重視して、相手にしないから、外部の人たちに呼びかけて外圧をかけることを望んでいるのでしょう。相似像的に、日本政府は国民を相手にしないから、日本国民は世界の目と外圧を願っているんです。ほんとうは、本人たちが打開に動かねばならないのですよ。子供が殺されると思ったら、振り切って出なくては。そういう人が次々と出れば、男たちもあわてますよ。動かねばならないと思うようになります。それは政府も同じことなんです。
日本人は弱い者いじめする性癖(伝統)がある。だから政府によって国民いじめが行われる。その政府は、世界からいじめられるという相似像の流れです。世界は、日本人をいじめたくなくても、政府が非常識でパシリばかりしているから、世界からボイコットされ、ひいては日本人の不利益になるのです。
日本の未来にも、進歩的な人々がそれでも出てきて、その方向から再建が図られることとは思いますが、世界恐慌下、どこの国も戦争というギャンブルに活路を見出そうとします。内政が保障できないからです。特に為政者が暗愚で失政をしでかしている場合、韓国の大統領や野田政権などは、衆目を逸らすために、戦争を目指そうとします。韓国の場合、それがうまくいかなかった場合は、大統領は処刑されることでしょう。英雄となるか処刑か。だから、何が何でもとなってきますから、要注意なのです。
https://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/4276788.html
政府が国民とのクリンチを逃れるには、戦争とか破綻とかのロープの外に逃れることなんです。そんなお茶を濁すような事件を願っているのです。それをさせてはいけない。ロープに逃れる前に、KOパンチでリングに倒してしまわねばなりません。

活躍の場を異界交信掲示板に代えて・・・2012年8月記載分(6)

2012/08/16 (Thu) 17:04:27
>外飼いの家に連れて行ってしまいました。
それは、子猫にとっては幸いだったかも知れませんよ。なぜなら、生まれたての子は母乳をもらっておらず、免疫皆無状態なので、人の手で育てるのは困難とされています。私のとき(たまろのとき)は生後二日の命でした。
母猫に一ヶ月ほど育ててもらった後なら免疫も受け継いでますから、猫の飼い主がわかっているなら、事前にもらいたい旨申し出て、了承を得ておくべきかと思います。そのころなら、丈夫に走り回ってますし、飼い主ももらい手を探していたりします。
人として生まれてくる子ですらそうですから、猫といえども、来るべくして来る猫がいたりします。それを育てるべきでしょう。
たまろのときは、母猫から奪ったようなものでした。結果は死なせてしまっただけでなく、母猫の恨みを買ってしまいました。母猫は銀猫のお銀。後から来た子猫たちを追い回しました。出産間近のウーを破水させたりもしました。手口に恨みがこもってましたね。
私が家の中で追い詰めてつついてやった後、もう二度と現れなかったです。決して怪我させるほどのつつき方ではなかったのですが。たまろとお銀には申し訳ないことをしてしまいました。
しかし、わざわざ縁あって来てくれた猫はすばらしいものです。さまざまな感動を運んできてくれます。特にブーフーウーは新神話とシンクロしてやってきた不思議猫でしたね。ウーの子、トンはどこかの僧侶を思わせるような慈善猫ですし、チン、シャンも個性豊かな子らです。手を焼くことばかりですけどね。が、生き甲斐を得ることができています。
2012/08/17 (Fri) 07:23:23
>子猫が来たら私は猫のことばっかりになるかも。
昔日の神と人との親交を模倣していると私は捉えています。神は人々の幸福を願い、最善を尽くそうとします。人々はやや判別力や知的能力が乏しいですから、いろいろと猜疑的になったり警戒したりもしますが、やがて安全に豊かにおれるのは神のお蔭と感じるようになり、そこに信頼が生まれてきます。
それでも考え方に違いがあり錯誤もあります。お互いの習俗の違いから、理解しあえないことが多々あります。ほんのちょっとした無理解による行為が、感情的な深い溝を作ったりもします。その修復のために、振り出しに戻ってやり直すこともあります。そうやって、神と人も共に進化していたのだと思います。
もしあなたが将来的に、神になろうとするなら、いま猫との関係を極めてみようとすることは、とても貴重な経験になると思います。猫のことばっかりになる。いいですね。
なるべくなら、習俗やものの考え方の異なることで、理解に自信がない場合は、独断や偏見を持ち込まないように付き合うべきでしょう。ただ衷心からの愛情で接するべきかと思います。そして個性を大事にし、公平にしてやることが、彼らの安心と信頼を培うように思います。
2012/08/17 (Fri) 17:02:29
https://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-1342.html
たしか、以前にもこのような話題が出ていて、そのとき私も宇宙人と会見したんだぞ、などと書きませんでしたかね。
メトロン星人がちゃぶ台を挟んで真向かいに対峙したのなら、私は相手が何星人か知らんですが、こたつ台を中において、私の左右の辺に、黄金のシンバル状UFO二機から降りてきた、ダークスーツ姿にハットを被った外人風宇宙人をおいて、会談したことがあります。
といっても、夢の中の話。しかし、これには妹がその昔、家の中で、ありえないはずの外人を目撃するという怪談のシンクロがあったのです。ときの会談の記憶は消されたらしく、二十年も後に、夢にそのときの光景が現れたわけでした。
何を話していたか。そんなことはわかりません。ただ、当分の間、繰り返し来訪を受けていたようなのです。受験勉強で妹と部屋替えした直後に、妹は兄ちゃんの部屋には外人の幽霊が出て怖いと言い出して、たった一晩で元に戻したわけでした。
ダンがウルトラセブンか。その弟がふぐたまのウルトラマン。ならば、私はもう少し年上のウルトラナイン、いやさらに、ウルトラ9神としておきましょう。実際、九鬼のこって牛とは私のこと。九鬼とは八大明王に大元帥明王が加わった最強の鬼神の布陣を意味するのです。
今の時代、邪悪が隠しもせず、無茶苦茶をして省みなくなりました。正しくまっとうに生きている人にとって、まったく息苦しい限りです。しかし、今の時代は、膿出しの時代であるのです。さまざまな臓器の隅に潜み隠れていたときは、なかなか取り除くことが困難だった。いるかいないかわからないし、検査するのも骨が折れたのです。
しかし、今のご時世、どこを見ても邪悪の跳梁がはなはだしく、隠れ住んでいた邪悪なばい菌たちも、調子に乗って我が世の春とばかり出てきて悪さをするようになりました。これをひとっ所に集めて、膿の溜まった嚢胞として切除しやすくしているのです。
ウルトラナイン。どう見ても無名です。それは必要があって無名だったのです。もし知られてしまっていれば、ガードを固められてしまいますからね。その辺は、セブンやマンにおとりになってもらうといったことなわけです。
さあ、素性を明かしてしまったからには、短時日にて任務を完了させてしまわねばなりません。ウルトラ九鬼のこって牛。どうぞお見知りおきを。
いやいや、テープは投げないでください。当たったら危ないですから。たんこぶできますから。そこの花束、いただきましょうかね。
それじゃあみなさん、またお会いしましょう。さいなら、さいなら、さいなら。(淀長さんは高校の先輩)
2012/08/18 (Sat) 12:33:04
https://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/archives/4271758.html
民主政権は敵をできるだけ近くまでひきつけて、一触即発の一線を超えさせて有事を演出し、内閣を総辞職して、自公その他とともに大政翼賛体制を作り、時限有事立法して徴兵制、庸兵制を敷き、自衛隊を軍隊に格上げして、外憂と戦う構えをとることでしょう。
フランス革命のようにするつもりだったら、せめてギロチン台の二三個ぐらい作っておかないと、間に合いませんよ。だって、政府の動きは、国民を制することにかけては、ウルトラ兄弟ほどに早いからね。ウルトラマンキング(小泉)なんてのが、こういうときは、パッと次の手を打つから。
国会前デモに集まった人々だったら、逮捕後すぐ男は兵員列車で護送して、翌日には船に乗せて海外派兵させてたりしますよ。婦女子は銃後の備えに就かせるんだ。重工に行かせて、機関銃の製造に当たらせるとかね。
荒唐無稽と思いますか? すでに地域的には、戦時体制で臨んでるんですよ。しかも、第二次大戦中よりも、状況は非道く、子供はもう宝とは扱われていないのです。
https://pfx225.blog46.fc2.com/blog-entry-1307.html
子供らよ、がんばれ、がんばれ(敵(放射能)と戦ってやっつけなさい)と。そんな政府にかかったら、国民は全員、戦争に狩り出されることでしょう。
>「無理じゃね!」
子供のほうが、よほど察知できてるじゃないか。
>これはいじめと同じこどものサインだ。ここを過ぎると大変な取り返しのつかないことになる。
ボランティアもここに気付かない、こどもの心を知らないのだ。
そんな大人たちがボランティアしても、百害あるのみだと思う。
2012/08/18 (Sat) 20:21:23
この場合は、ごく常識的な成り行きが予告されていることになりますね。
>母なる地 球は、数千年の間、人間にその上で暮らさせた後で、原始状態を回復しなければなりません。
これは宇宙人の技術で多少は半減期が加速されたとしても、長い期間かけなくてはほんとうの浄化にはならないということでしょう。
縄文の理想時代を目指して黄金楽土建設に携わるのなら、私もひとつ貢献したいという気はあります。科学万能のテクノポリスの世界のようなのは、まっぴら御免です。たとえ宇宙人が優しくしてくれても、ついていく気はありません。
金融システムの改訂版が提供されるとかありましたが、借金を認めるユダ金が背景にあるのなら、欺瞞は必ずつきものと考え、そんなものは端からは信用しません。そもそも借金で、経済活動などを円滑化し、業態拡大と加速に寄与させるなどというやり方は、ストレスを生ましめるのみ。またぞろバブルと破局へのひた走りになると予め看破しておきます。
金融システムは全廃。実態主義に立ち返ることしかないと考えます。
さて、ひとつ懸念が。聖書にこんな記述がありますね。
>1 それからわたしは,新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去っており,海はもはやない。 2 また,聖なる都市,新しいエルサレムが,天から,神のもとから下って来るのを,そして自分の夫のために飾った花嫁のように支度を整えたのを見た。 3 それと共に,わたしはみ座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ! 神の天幕が人と共にあり,[神]は彼らと共に住み,彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。 4 また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。
5 そして,み座に座っておられる方がこう言われた。「見よ! わたしはすべてのものを新しくする」。
黙示録にそのようにありますね。が、この書は秘教にとっても成就せねばならない要目になっているとすれば、科学に頼る彼らは、どのような実現の仕方を予定するでしょう。
推測ですが、選ばれた民とその国土を、スターゲートを開けて、よその星に転送してしまうことで実現を図ろうとしないでしょうか。彼らはシナリオの成就には執念を持ってますから。
そう。日本を列島ごと火星にテレポートさせるわけです。フィラデルフィア実験の広域版です。失敗すれば、人々は火星の大地と融合したり石化したり。すでに前の時代のアトランティス大陸も過去に転送されていて、生き物はみんな石になってしまった。永遠の命を持つが如き塑像になってしまっているのです。
それは秘教が製作した秘密の最高芸術作品であり、当分の間、宇宙人だけがその芸術性を味わう観客足りうるというわけです。
妹は夢の中で、一人乗りUFOで未来の地球を飛んだと言ってました。そこは赤茶けた荒涼たる砂漠が広がっているだけで、ある種の感慨に浸りながらそれを見ていたと言ってます。もしかすると、そこは火星だったかも知れないのです。
2012/08/19 (Sun) 06:58:30
おおー、いつかきっとさんの誕生日でしたか。おめでとうございます。
マメさんも、お久しぶりです。またかつてのように、再登板をよろしくお願いします。
みんな少なからず、脳細胞の減少に遭遇しているようで、みんな眠気の日々を送ってて、文章を書き送ってくれなくなってます。私も眠くて、いつ文章が作れなくなるか知れたものではありません。このままでは、当bbsも、トキのようになってしまいそうです。
今朝の話題はこれ。
https://www.y-asakawa.com/Message2012-2/12-message74.htm
西ナイル熱の話題。日本にもどうかというわけですが、アメリカのやり方が間違っていた結果の反動なら、文明として追随的な日本にも輸入されてくるだろうと推測がつきます。怖いですね。
この記事を私が今回取り上げたのは、この淺川さんがたびたび「カルマ」という難解な言葉を用いられているからです。今回は、「カルマの反撃」「カルマ返し」という言葉。たぶんこの二つは同じ意味で使われているようですね。
しかし、カルマというものは元々存在するものではなく、これを仮定することによって、さまざまな自然現象が説明しやすくなるという、「便宜」的意味合いのものでしかないことに注意が要ると思います。
いっぽう、カルマという概念を作ることによって、本来の正されるべき行為が、別のものに置き換えられてしまう弊害があろうと思うのです。要は、「カルマの発生」とは、行為の行きすぎ、行為の元となった動機の間違いが、自然界によって拒絶される必然性のことを言っているのであって、何か点数としてカウントされて、それが罰金と相殺されるようなイメージのものであってはならないはずなのです。
ところが、インドでは寺院詣でをして寄付すれば、カルマが軽減されるとか、アガスティアの葉などはアドバイスしますよね。これでは、キリスト教会が発行してやまなかった免罪符と変わらないでしょう。邪悪な行為の処罰がお金で清算されてしまう。そんなことをしているから、本来の正されるべき性向が正されぬままになおざりになってしまうのです。そしてしまいには、いったい我々は、何でこんな目に遭わねばならないのか、まったく理解が及ぼせなくなるのです。
カルマのことを前提に置く、エドガー・ケーシーのリーディングにもおかしいものがいっぱいあります。カルマの保留とか、前々世のカルマが、前世には出てこずに今生で現れてきたとか。いったい、どこの行為の結果? そんなもの後になってしまえば、さっぱりわからなくなっていておかしくはないのです。
本来ならば、ある行為をしたときの問題が、すぐさま問題視されて正されていれば、本人もわけがすぐにわかるのです。たとえば、AちゃんがBちゃんを叩いてしまった。Bちゃんは泣き出す。そしてAちゃんはよく叩くから、敬遠されるようになる。それはAちゃんにもBちゃんにも不利益でしょう。そこで親は、それを見ていて、Bちゃんの叩かれたのと同じ箇所を、Aちゃんにも叩いて見せるわけです。そして言う。「どう。Bちゃんはこんな痛みを感じてるのよ」
Aちゃんはそれで初めて気がつく。そうだ、痛いものなんだ、不愉快なものなんだ、と。それが元々の行き過ぎ、動機の間違いを正す直接的な諭しになっているわけではありませんか。Aちゃんは以後、人をあまり叩かなくなることが期待できます。それが正すことになっているのです。
それが、罰金(お金)で解決したとかになってくれば、何がいけなかったのか、ぼやけてきてしまうでしょ。あるいは懲役刑を課されたとしても、同じようなことでしょう。殺人嗜好の犯罪者は、殺人の嗜好そのものを正すべきなのに、ある期間、冷や飯を食べて健康管理されて、出所時にはホクホク顔で出て、もしまた窮したら犯罪して戻ってくれば厚遇してくれるとなれば、何の正す処置にもなっていないわけです。
つまり、カルマとか罪とか、別の概念に置き換えたことで、さっぱりわからなくされているということなんです。今の刑法などの法律はみな、別の概念にされてしまった結果の、一種の点数制度になっているのです。これでは真の解決にはなりません。
カルマ論はインド聖者から始ったかどうか知りませんが、持って回った哲学概念が、どんなに事態を複雑化しているか、研究しなおす必要があるのではないかと思います。
私は、カルマなどというものはないと断言します。たしかに、私の妹のパーキンのことを書いたとき、カルマ難病とか書きました。それはケーシーがそう言っていたから書いたのであって、カルマという概念によって変に縛られる必要などないのです。
カルマ難病と書いただけで、どんな意味か読者は理解できますか? 何がカルマ発生源だったのと、逆に質問されてしまうでしょう。あるいはただ、その言葉が独り歩きして、よほど非道いことをしてきた人なんだなあと、偏見と差別の元となりかねないことが愚かしいわけです。ちょうどそれは、どんなことをしてきたかわからないのに、前科者でひと括りされているのと似ているわけで、たいした教訓もそこからは汲み取れないでしょう。
私はそういう複雑化と理解困難化させてきたインド聖者も、邪神の片棒担ぎに他ならないと断ずるのです。今の霊大国インドの凋落ぶりは、インド聖者のカルマなのかも知れませんね。
妹のパーキンは、本人の性向によることが明確な事例なのです。すなわち、自ら、自分の自由を縛る性格なのです。それをまた、他人にも押し付けて自由を縛ろうとする。独特の判断基準によって。
「そんなことしたら、危ないよ、やめときな」と、やってみたこともないのに、さも見識ありげな官僚的態度で、苦々しい表情をして臨むものですから、母は妹が来るたびに、気分的に不愉快を催していたのでした。私にもよく言ったものですが、私は他人の言い分が元々眼中にない性分なので、これはまたこれで行き過ぎがあるわけですが、ふん、何言ってるんじゃいと、蛙の面に小便、わが道を行くのみでありましたけどね。(聞く耳持たずの行き過ぎは、誰からも聞いてもらえなくなる、相手にされなくなる。それをまた利用して左団扇で気楽している自分がいたりして。これは応用編ですが)
母は、私との暮らしは何の抵抗もない、妹とはとてもやっていけん、と言うのが常でした。だって私は、お互いが好きなことをし、好きな余生を送ればいい、協力すべきときはいつでも呼びなよと言ってましたから。根底に無責任と放任主義があったとすれば、また行き過ぎに注意が必要ではありますが、表向きに生ずる感情の差は雲泥でしょう。母に気に入られるというのは、とてもありがたかったし、光栄でした。
妹は、自らの判断基準で、他人を評価するとともに、同じ基準で自らの身体の自由をも縛っていたのです。今は、他人というものは思うように動いてくれないことを悟ったようで(もし母が存命であれば、また母に精神的に寄りかかって苦しめたかと思いますが)、それが妹自身の縛りを解きつつあるように思います。カルマの満了は、おみゃーが死んだ時だと言ってやっており、何の意味かちんぷんかんぷんのようでしたが、本人の自覚が向上したに違いありません。光明雲を手に入れつつあるようです。
身体の自由が利かなくなる病気は多々ありますね。アルツハイマー、ピック、筋ジスなど。それらの多くが、本人の思考の性向に起因している場合があることを、私はおよそ見て取っています。喜びの多い生活こそが、心身の健全化を図る元だと、ここでは申しておきたく思います。
西ナイル熱や新型の奇病の発生は、潔癖主義、完璧主義の行き過ぎによるものと思います。ほどほどこそが、自然界も人間界も心地よく生を享受できるはずのところ、衛生を完璧にとするあまり、息の詰まるようなことを自然界にしているわけです。カルマなどと言わずに、万事、相似像の中に生きていると考えてください。相手に対してしたことは、自分が受け手になるんだということです。窒息させるなら、、自分も窒息するのです。
蚊を目の仇にしなくてはならず、またもや殺虫剤散布で、人間や大動物の生命にすら被害をもたらすこのいたちごっこ。むしろ、死亡原因を化学物質が演じているではないですか。院内感染で耐性菌の新型化が繰り返されましたよね。もしも、自然界一般の細菌たちをほどほどに生かしておけば、捕食しあって、新型耐性菌などの生ずることもなかったのです。目くじら立てている時間だけが、もったいなくも過ぎてしまっているのです。
コンクリートとアスファルトで塗り固めてしまった都会も、見た目にきれいで清潔に見えますが、自然界の土壌を窒息させているわけです。人が必要とするところだけ、コンクリートを使えばとても便利なんですが、それを闇雲に徹底的に塗り固めるから、その隙間を縫って、自然界が問題を持ち込むのです。コンクリートは堅牢なれど水も通すまいとする排他の精神がみなぎりやすい。するとどうなるか。大阪にかなりの雨が降ったらしいですね。マンホールが噴水のように吹き上げたとか。ゴキブリがいっぱい出てきたとか。こうしたところから、人がほどほどを悟るならいいのです。しかし、根っこの性分はなかなか変えられるものではないですからね。潔癖症。これはトラブルの元です。
今年の夏は、山では蜘蛛がすごく増殖しています。きっと虫が全体的に増えているのでしょう。蚊も非常に多いです。需給関係ですね。こんなバランスを自動的に自然界はとっているのでしょう。あちこちでお店を開いているので、蜘蛛の巣や糸に引っかかって、不愉快きわまりないですが、それもまた仕方ないのです。天井から細かい蜘蛛が忍者よろしく、いっぱい降りてきたりします。今年は気持ちいいことまったくありませんよ。私がなれていくしかないのです。不快度が今年はアップしたからといって、カルマの反動がどうこう言いますでしょうか。そんなくだらないことにまで、神経を使うことはないのです。
いい加減(つまり怠慢)と、ほどほどとは似て非なるものです。後者はバランスを見ながら、悟りつつする所作です。英知なくしてはできません。工夫と思考を繰り返す、人間らしく考えてする所作なのです。
2012/08/23 (Thu) 07:17:56
暗黒医療。
https://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1508.html
静かなる大虐殺。善意を装うだけにアウシュビッツよりも性質の悪い。
詩篇10.74
大きな七が巡り終わるとき
大虐殺がある
千年紀の大きな年からそう遠くないころ
墓に入っていた者たちが出てくるだろう
>カトリック教会は、山下俊一のクリスチャンとしての行状について、どう考えているのでしょう。子供が大変なことになろうとしているときにも、聖書に手を置くだけなのだろうか。
それとも、ローマ・カトリックは悪魔の巣窟になったということか。

同源。