カテゴリー: 謎解きと封印解除なのだ
メルヘンに生きる
ハイアーセルフは誰?
私のハイアーセルフは誰なんだろう。
そんな思いをいつしか持っていました。
しかし、そんなにひけらかすほどのものでもないと思っていました。
私自身がいくじなしで思い切ったことができないということは、いかにハイアーセルフが良かろうと、何の意味もないからです。
しかし、私とハイアーセルフの関係を、ジョッキー(騎手)とウマの関係に喩えたとき、客観的な明瞭さが得られました。
そうだ、こんな喩え方が一番適切だなと、今になって思っています。
2000年7月に知り合った女性は霊能者で、私のことを透視して、あなたのハイアーセルフは梵天様よ、と言いました。
梵天と言えば、この宇宙、いやもっと前からの全宇宙の創造主ではないですか。ええっ!?
この人との付き合いは2年ほどだったのですが、当初から私のハイアーセルフのことを梵様と呼び倣っていたので、私は時折、梵天ジュニアと自らを呼称しましたね。縮めて、ボンジュニとは言います。軽妙でしょ。
そうするとこの女性は、恋人あるいは配偶者たる弁天になるんだがなあと思ったものでした。じっさい、私は46歳頃に家族と淡路島に旅行した時、世界平和観音像の8階だったかに四国八十八か所霊場の境内の砂を敷いて、ミニチュア施設を作り、簡便に参拝気分を味わえるコーナーがあって、その近くに七福神を金箔であしらった銅像があって、お線香など手向けられるんですが、そこで私は弁天様の前に立ちその曲線美に、あなたと結婚したいです、などと思いつくままにとんでもないお祈りをしていたのです。
その一方で、こんな面白く無い人生はこりごりだ、50歳までで終わらせてほしいと、私をこの世に置いたどなたか(普通の人は神様とか思うんでしょうが、私は超宇宙論を30歳頃には考案していて、観測者中心天動説のような概念でしたから、外に神様がいるわけではなく、自分の意識の深いところに自分を含むこの宇宙を起動する全責任者が居ると思っていました)に、特に40歳代にはくどいほど頼みこんでいたのでした。
何たる前後矛盾した思いでいたかが伺い知れるわけですが、私が梵天なら、あなたは弁天ということになるよと彼女に言えば、そうよと軽妙な受け答え。半分冗談のような付き合いをしていたことになるでしょうか。
ところが、さにあらず、じっさい彼女は弁天三姉妹の三女、市寸嶋姫の化身だったらしいことは、もうひとりの大事な彼女が三姉妹の長女、奥津嶋姫の化身であることとの対比でわかってきたのです。
まあしかし、この暗愚で臆病で病気持ちの肉体の私がもろに梵天であるわけはなく、いちばんしっくりいくのが、ジョッキーとウマの関係ですね。このように喩えればいいわけです。ウマは駄馬でもいいんです。
あるいは、「ひと」とは日戸、つまり神霊が出現するための戸口と譬えることもできます。しかし、このときは、人は霊媒あるいは依代ということになり、神霊はそんな戸口を気分によってとっかえひっかえしますから、永久性が保証されなくなってしまいます。
多くの神懸かり的な偉人がおられましたが、そのほとんどが永久性が保てず、落ちてしまいましたわね。そんな偉人を頼って信仰してしまった方も多いわけです。
そうじゃなしに、自分をこの世に置いた方といえば、自分という存在の中にいて宇宙を見ている、自分に固有の神様でしょ。その方こそが、自分の人生の全般にわたって、全責任が負える方なんです。
そのお方をさしおいて、どうして雲の上の神様なんですか。それでは具体性が欠けるというわけか、ついには憑依された偉人を拝んでしまうんですね。
さて、梵天はどんな神にも変身もできるというわけでしょうか。時の経過とともに、神話上の神様らしくなっていきました。
ジョッキーがウマをして、その謎解きのヒントが置かれた現場に赴かせるとしか言いようがないことが、続々起きました。それをシンクロ劇(新国劇ではない)とでも言いましょうか。
その多くは夢見においてです。私は夢の世界をけっこう軽んじていたんです。夢なんて、自分のストレスを何とかしようとして、脳が創る自己満足ビジョンとでも思っていたのです。ところが、夢に見たことが現実に起きることを暗喩的に予告していることがわかって、これは内なるところからの啓示だと思うようになっていったのです。
夢見だけではなく、シナリオ書きすることで、そのような出来事が起きてくることもわかりました。
これはもう、一介のウマのできることではない。ウマに驚くほどのシンクロのウマ味を見せて、ウマを喜ばせて、どうしようもなく謎解きにいそしませる誰かの働きかけを感じないわけにはいかなくなりました。
ウマは3次元的な筋道だてた論理思考と言葉による物書きで、この次元での働きをさせてもらい、誰かはもっと鳥瞰的かつ総合的で、絶妙な物知り情報を送ってきてくれるという、この二本立てで、どこの馬場で演技しているのか知りませんが、人馬共同で何かしらやっているわけです。
それが私の場合は、謎解きだったのです。
つづく
ハイアーセルフ・ホヒのウマとして生きてきて
時代の移り変わりからの要請
どんな時も上位次元での話が真実に近いとするなら、ヘミシンク体脱体験者の方たちのアストラル体験の話は傾聴するに値するでしょう。
2012年にマヤ暦の終わりが来たこともあって、時代が次の時代を迎えようとするのが今時のようで、その準備のために過去の時代に為されたカルマを清算しておこうとする動きになっているようです。
たとえば、残虐な監禁幽閉行為をしたままで放置しているようなケースがありますが、この解除解放は喫緊の課題のようで、アストラル界からの絶対的要請でもあるようです。
過ぎ去ろうとしている時代の初めの頃、支配権を確立しようとして意趣の異なる敵方を駆逐し、霊的にも封印してきたとされます。
朝敵は徹底的に殺され、祟り封じの形で封印され、霊魂の身にありながら真っ暗闇の中で今の今まで封じられてきた者たちが非常にたくさんいて、彼らはいつまで続くかわからない絶望の状態に置かれてきたもようです。
また、封印を受けた霊魂が地上に肉身として転生してきても、不遇な一生を余儀なくされていたりするようで、その待遇における取り扱いは苛酷な場合が多かったようです。
どうしてこのような摂理が適用されるのか、そのアンフェア―さには私も驚いたようなことでしたが、どんなときも勝利者は優位な立場から、敗北者を奴隷にしたりするのが通例で、敗者の歴史など元よりなかったものとされるのが常でした。だから、敗者の存在が無視されてしまっていたのですね。
彼らの考え方も歴史も、勝者によって封印され、初めからなきものにされて、それに対する祟り封じだけがいつのときも課題だったみたいです。
そんな時代の途中に活躍したのが空海和尚や安倍晴明だったようです。
空海和尚の場合
空海は聖者であり求道者のトップクラスの方ですが、勅命により諜報や工作も行っていて、朝敵と目される者への呪詛封じに活躍した歴史は、表に出てくることはありませんでしたが、それらしい逸話が出てくることになりました。
しかし、時が変わり目に来ていて、元あったように復元するのがこれまた摂理なのでしょう。その封印解除も彼らの義務のようなことになります。
ところが、空海和尚には別の役割があり(もしかしたら半ば強引にその名誉あるお役を身に受けたのかもしれませんが)、それが実は弥勒下生の時に立ち合うことだったようで、いったいいつ弥勒が現れるか、途方もない先かもしれない時に、彼は封印してきた数多くの者を何とかしてやらねばならない立場に置かれたことになりましょう。ところが、彼には入定したままで過ごす義務がありました。
そこで彼は、私如き者に、封印解除の役目を託すとともに、霊的次元から様々な暗示啓発を与えてきてくれたようです。
暗示啓発の一つが、武良さんのビデオカメラに矢印UFOとして写り込ませ、そのコマ撮り写真を私の前に見せて、謎解きをさせたように思います。
私はそれを見て初めはいろいろ思案しました。しかし、もしかしてこれは指標の矢印で、調査場所を示しているのではないかと思い、武良さんと通常は行動するのでしたが、彼の行動は撮影がワンセットになっていますので、そんな時間は取っておれないからと、単独で踏査することにいたしました。
するとそこは摩耶山山頂で、その頂には天狗岩がありました。踏査して初めてその存在があることを知りました。そして、かつては天上寺の境内地だったことも知りますが、今は国定公園になり、天狗岩には祠も設けられ、観光スポットにもなっているようでした。
ところが、私がビデオカメラを回しながら踏査していたために、そのあたりの光景がみんな写っており、後の調べで、天狗岩の「石丸猿田彦神」と彫られた石碑の上に高速でひらりと舞い下りたオバQのような半透明なものが写り込みました。
また、祠の右下あたりに、「三角寺」と書かれた小さなプラスチック看板が落ちておりまして、はて?ここは元、天上寺の跡地なのに、そぐわない名のお寺ではないか、しかし当時(2004年頃)、摩耶山方面で頻繁にカメラに写っていたのは回転三角UFOだったことから、これとの関連もありと感じたわけです。
そして「三角寺」というけったいな名前のお寺などどこにあるのかと、後でネットで調べてみれば、四国八十八か所の第六十七番目札所として三角寺があるではないですか。これが空海和尚からの暗示啓発の二つ目だったかと思われます。偶然を装って置かれているんですね。
ネットから、三角寺で空海が修していたのが、密教最強の呪封術「三角護摩壇法」だったとわかりました。
天上寺の伝承にも、天狗岩の謂れがありまして、その昔、麓から上がってきた僧侶によって天狗たちは「三角護摩壇法」によって封印されたとありました。
その僧侶の名前は天上寺の伝承では不明だったのですが、やはり平安時代に空海が天上寺に摩耶夫人像を奉納したということが言われておりましたから、ああ、天狗封じをやったのは空海もしくは空海門下の僧侶だったに違いないとわかったわけです。
不思議なことに、天狗たちもその頃、我々がやってきて撮影に興じているのを見て、解放されるのが間近だと喜び飛び回っていたのかと思います。「その日何の日UFOの日」の番組ロケの最中にも、ひょうきんな写り込み方をしているんです。
三角の姿をしていたのはきっとカラス天狗で、オバQのように映ったのは、大天狗様だったのではないでしょうか。
封印解除は、何も手印を組んだり霊験ある呪文を唱えたりする必要はなく、謎解きして理解して差し上げることが供養になり、封印解除になっているのです。また、封印した側も、自らの罪科を露わにすることで、カルマの消尽を果たせるのですね。隠蔽したままでは、カルマはいずれ何倍にもなって返ってくるのです。気を付けてください。
空海は我々(武良さんや私)に封印解除のことを託され、それがうまくいったらしく、翌年2005年5月頃からほんの一時期だけですが、全国46都道府県中45都道府県で、自動車道のガードレールに三角の金属片が刺さっているという事件が発生しましたが、その形状が回転三角UFOそっくりだったので、ああきっと天狗たちが封印されていた金型を脱ぎ捨てて去ったのだなと理解したようなことでした。
その実、金属片事件はあの頃だけで、原因は不明のまま、最終的に自動車がぶつかって生じたこととされていましたが、その後にも前にも同じような事件は起きていませんから、まったくの超常現象だったことになるでしょう。
私にはいいことがありました。山籠もりして、灌木や切り株の多い中で暮らしていて、毎日よく蹴つまづくのですが、まだ今まで2015年11月にあった一回しか膝を地面につけたことがないのです。あの一回はとても痛く、すりむきましたから、憶えているわけです。天狗さんたちが陰ながら支援してくれていたに違いありません。
その後、空海和尚からも名誉ある謎解き任務をいただいています。
2008年9月に当時の彼女が高野山詣でしたとき、彼女に「弥勒下生」のメッセージと証拠写真を持たせてくれたのです。
当時の私には、すでに謎解きのための予備知識が備わっており(これもセッティングされていたのでしょう)、即日のうちにすべての謎解きをして、ブログのコメンテーター諸氏に披露したため、みんな感心していましたね。名誉あることでした。
弥勒菩薩がどんな顕れ方をするのか。たぶんに破壊相と建設相の吉凶併せ持つ時代性として現れてくるような気がしています。
当時、おりしもリーマンショックが起きた時で、ああいよいよ始まるのかと思ったようなことでしたから。
安倍晴明の場合
安倍晴明には、新神話の筋書きにおいて、協力してもらえるよう要請してあります。
それがどのような顕れ方をするか、見守ろうと思っています。
これまででは、彼の場合は、芦屋道満との対決構図を顕わにすることで、朝廷側と朝敵側の攻防の意図がどこにあったかを如実にするよう、謎解き支援してくれている観があります。
そこでは道満の謎解きが鍵になります。
晴明も陰陽師なら、道満も陰陽師です。ただ呪法が異なるため、差異があるように見受けられるようです。
彼らは大陸の陰陽思想を基にした巫術や呪術を執り行い、神社神官(神職)に登用されていったようで、今でも全国八万社ほどある神社の宮司氏は本庁で陰陽道の教育を受けて全国に配置されているもののようです。
つまり、陰陽師は神職の仕事でもあることになるでしょう。
さて当時の陰陽師もまた祭祀場としての神社社殿を持ったことでしょう。晴明は朝廷直属で朝廷の安寧のために働きました。
道満も朝廷への召し抱えを目指しましたが、あの世界は閥族が幅を利かせ、敵方と見た相手を陥れる陰謀沙汰はすさまじく、陰陽師の分野でも覇権争いはあったもようです。
道満は当時権勢を誇った藤原氏を呪詛したかどで追われ、主流派の晴明との決死の対決が何度も行われたようです。
呪術較べなどは両者の実力が拮抗していたことを物語りますが、陰陽師界を持ち上げ世間に異界のもの凄さを印象付けるための創作もあったものと解します。
私は2014年5月13日未明の夢で、道満らしい白装束黄袴の宮司姿のずんぐりした人物に出会っています。神社の裏手の書庫らしいところに案内され、うずまき縄文レンガ張りの石の扉もしくは壁のところで、木の合鍵を幾つも使って扉を開ける手順だったので、その前に立ち、私は背が高いので上部の鍵穴三つほどに木鍵を通し、道満宮司は下部の鍵穴の幾つかに刺し込んで扉を開けたあたりまでで夢の記憶は途絶えてしまいまして、後は憶えていないのです。
だいたい私の明晰夢になる夢見は、私のハイアーセルフがさせるようで、私には3次元レベルの謎解き事として遺し置いている観があり、私はその記憶を基に思索し、日がな思案暮らししているようなことです。
書庫の中で何を見たかについては、ハイアーセルフだけが知ることで、私はその導入部分をヒントの宿題として持って帰っているといった具合です。
私のハイアーセルフもしくはハイラーキーは誰なんでしょう。
それがわかるようなヒントになる明晰夢の夢見もありました。
天の穂日ということか
私は2013年5月11日未明に、どうやら神世の出雲大社社殿の板の間の緞帳何枚かで仕切られた一室で目を覚ました夢を見たのです。
その10畳ほどの一室には燭台に火が灯り明るく、私は自分の被っていた掛布を取り、座ったところで、右手の緞帳が二枚分ほど開いた向こうが通路になっていて、そこを歩いてくる御仁がおられ、何とミズラを結った弥生服を着た男性で、そのまま通路を通過していかれました。
顔も憶えていて、現実世界にそっくりの人物がいて、ネット上で発見したのですが、その方は仲間内でカミサマと呼ばれているのです。それもまさしく、大国主命として評判されていたので、これまたびっくり。
初めは、これはいったい誰だと思ったほど似ていました。現実世界でもそっくりさんがちゃんと活躍されてるんですね。
それから左手にも少し開いたところがあって、そこに平安朝の宮廷衣装を着た女御が座っておられて、私が目を覚ましたのに気がついて、こちらを見てにこっと笑われたときにお口の中が真っ黒。お歯黒されてるわけです。顔はなんと、私の最愛の彼女でありました。
彼女は現実世界では2010年5月15日に海難事故で亡くなっています。前日の5月14日に、ご自身の生霊オーブである、六角形に花柄の図柄を横たえて頭上に写っていまして、オーブを横たえるということはその方が亡くなる予兆となるらしく、あえて彼女はこのオーブを彼女の日記ブログに公開し、私に謎掛けのメッセージを遺して去っていかれました。
彼女は前からわかっていたのですが、奥津嶋姫の化身だったのです。はっきりそうだとわかったのは、2008年3月のお彼岸時でした。
その前年の2007年9月22日未明に、9月6日に亡くなった我が母が、すごい数の参列者の見守る中、雲海が広がる山上からご来光まで渡されたムービングロードに乗って、四人の付き添いの導師に付き添われてご来光に至り、そこから振り向いて手を振って寄越してくれるという、とても長い明晰夢を見たわけでしたが、それから半年後の春のお彼岸時に、コメンテーターの男性が残雪スキーに出て山小屋に一泊して翌早朝に、みごとなご来光と雲海が出ていたのを写真に撮ってメールで送ってくれたのです。
その光景は夢で見たものと寸分違わず、いや、鮮やかで広めのムービングロードが消えかけていたことだけが相違していたというものだったので、そのわけを訊きますと、そこは琵琶湖であり、雲間から湖面へのご来光の照り返しが見えているのだとのこと。なるほど。
彼は、琵琶湖バレーで残雪スキーをすることが恒例だったのです。
その山頂は蓬莱山。真東にご来光とすれば、ムービングロードは沖島の蓬莱嶽を通り、ご来光へと至っていたはず。そして、ものすごいシンクロになりますが、母の左に付き添っていたのは蓬莱道龍和尚(実名)で、母の葬儀のために初めて来ていただいた和尚さんでした。母の生前戒名を見て、葬儀の時にその的確な解釈までしてくださる高徳の御坊でありました。蓬莱島の道行の龍という御名前なのです。
多くの参列者を呼び集い、ムービングロードを支えてくださったのは、奥津嶋姫様だったのです。
そして、ホツマツタエだけが伝えているのですが、大国主命の奥様は奥津嶋姫様なのです。
だから、確かに出雲大社、しかも神世の出雲大社におられて、そこで再会できたのでした。
栄えある式年遷宮の翌朝未明に神世の出雲大社で起床するとは、これいかに。
むろん起床した私は誰かの視座にあって、その光景を見ているのでしょう。
いつものように、ハイアーセルフもしくはハイラーキーが私の顕在意識に立ち合わせているのでしょう。
では、その方(ハイアーセルフ)とは誰か。
アメノホヒ(天の穂日)ではないでしょうか。
そのように仮にも設定してみたとき、謎のほとんどすべてが解けてくるのを感じました。
1999年の誕生日以降、不思議なことが起き始めました。
2000年には、初めて鍵合わせの儀式のようなことをして、火の鳥の起動のようなことが起きました。
その不思議さに魅了され、私は2001年以降から新神話を書き始めました。
ところが、その筋書きに寄り添うようにして、関連的現象が起き始めたのです。
私は火の鳥の関係者として、神話の役柄として四神獣の朱雀を演じましたが、身体の具合が思わしくなくて、朱雀の後釜を求めたときに、マメ鳥という形而上の息子を得ることができて、彼と共に飛行訓練するようになりました。2009年のことです。
すると形而上世界においても、そのシナリオに協賛する人たちが現れ、飛行訓練している様子を「芸術」と評してくれたりしていて、新神話への読後感とともに好評でありました。
そして、親子鳥の飛行訓練の様を描き遺してくれたものが、現実世界で2014年に初めて発見されました。ナスカで新発見された地上絵として遺されていて、なんと私が朱雀になって助走をつけて飛んだはずの夢見の丘にそれは描かれておりました。夢見の世界ではそこは緑なす丘でしたが、ナスカのそこは砂漠の丘だったのですね。
そして、マメ鳥は彼自身のことを異界に問い合わせ、道行の友は誰ですかという問いに「鳥」。私は地球出身ですか、銀河宇宙出身ですかという問いに「ひな出荷」と回答をすでに2009年に得ていて、私のところにその旨、後日知らせてきてびっくりしたのでした。
その言葉を合成すると「雛鳥」になりますが、アメノホヒの息子は天の雛鳥と言い、後の建比良鳥(タケヒラトリ)となる鳥の神なのです。
幾重にも照合が取れてしまいました。お互いの関係を知らないうちに、親子揃って飛行訓練までしてきました。
むろん私は、肉体人間でしかありません。しかし、精神もしくはハイアーセルフは神霊なのです。息子もむろん神霊で、後追いで化身してきていたのです。
穂日、道満、天狗たちは同志なのか
さて、話を元に戻して、道満宮司の話です。
芦屋道満の神社も関西にあるように思っていたのですが、最近のネット情報には見当たりません。現実にはないのかもしれませんが、夢見の世界にはちゃんとありました。そこで宮司をされています。
そして、伝承はないのですが、芦屋神社というところに彼の名残りがあって、そこの祭神が天の穂日なのです。きっとそこの形而上次元で、彼は司祭されているように思います。
そして、芦屋神社の奥の宮とも言うべき磐座が、六甲山上の六甲カントリーハウスの中にあって、天の穂日が降臨したとされる場所になっているのです。そして、その真南には六甲の天狗岩が名勝として遺されています。
どうやら、天の穂日、芦屋道満、天狗さんたちは、みんな同志のような気がしてきます。
そして、カタカムナ文献の出土した金鳥山がすぐ傍にあり、このカタカムナの書記をした最後の人物がアシヤトウアンという方だったとのこと。芦屋道満と同一かどうかとされていますが、道満が古代神のその名を選好して自らの名にしたということも言えるかと思います。
カタカムナ文献は一部が研究者の手で公開されましたが、多くは管理者だった平十字氏の失踪とともに行方知れず。
そのときに平十字氏の移送を手伝ったのが、2002年に知り合った不思議人物坂本氏の父君だったという伝説とともに霧隠れしています。
坂本氏は、道満の九字切り術を私に教えてくれました。
それを基に見よう見まねで、封印解除の施術もしましたよ。2014年5月のことです。彼女が誕生日プレゼントしてくれた乙姫の玉と併用したので、実効が上がりました。
私の最愛の彼女は有名な神様(の化身)だった
私は50歳までで終わらせてくれとハイラーキーに願い立てたのが、40歳代のことでした。
あまりにも不本意な人生と恐ろしい世相に絶望し、そのように願い立てたのでした。
ところが、50歳の誕生日を迎える前日に、初めて彼女ができたのです。
私は、47歳ごろに淡路島の世界平和観音像内にある七福神の前に立ち、弁天様にお線香を手向けながら、あなたのような方と結婚したいですと祈っているような、前後矛盾した私でした。そして関門の50歳を平気で迎える忘れっぽい人間でもありました。
ところが、その彼女は弁天三姉妹の長女、奥津嶋姫様の化身だったのです。私が50歳になる前日に討ち入りして、私の首を挙げられました。ぎりぎりのタイミングには感動いたしましたよ。神様にしかできない芸当だったでしょう。
結婚こそできなかったけど、形而上世界では子供がたくさん授かりました。六角オーブとして、つまり出雲系国津神としてたくさん生まれました。
彼女であるその化身は、恵まれた経済環境にありながらも、閉ざされた状況にある身の不遇をかこっておられました。私は、旦那様に手も付けられずに雛壇に祭られた彼女を引きずりおろし、犯して差し上げたことになりますが、とても喜んでくれました。
神世の側は、現実世界への化身の仕業については寛容なようです。それはそうかもしれません。わざわざ神々は地上世界に別の人生を味わいに行かれるみたいですから。神世では親戚でも、地上では別人に成り切って互いの関係を築くのですから。
天の穂日からすれば、奥津嶋姫様は従兄妹であり、ご主人の大国主命とも義理の従兄妹の関係になります。その方を奉祭するのが穂日の系統でもあります。この現実世界にみんなして化身して、何らかの演劇をしているようなことになるのでしょう。
どんな演劇なのでしょう。実は、それも次第にわかって参ったのです。
その前に、我が身(肉体)の不遇をかこっておきましょう。
私自身は記憶力もなく暗愚ですから、天の穂日様のウマぐらいではないかと思い、只今を生きております。ただ、痛いとか苦しいとかのないように願い祈る、本能剥き出しのウマと言っても過言ではないです。あとは、ジョッキーであるハイアーセルフ様の手綱しだいで、どこにでも行かされることになっております。しかし、将を射ようと思えばウマを射よの格言のようにはいかぬように心したく思っています。しかし、生き馬の目を抜く世ですから、いかなることになりますや。調御のほどよろしくお願いいたします。
ああ、なんとすごい神芝居
いやあ、私のような臆病なウマにとっては、そんなにありがたい芝居ではありません。
だって、痛いだの苦しいだのといったことが、どんな戦にもあるでしょう。
肉体の身というものには、細かく神経が張り巡らされていて、初めから地獄を味わえるように設定されているんです。そのように感じておりますよ。
誰が、地獄などありがたがりましょうか。戦って討ち負かせてやるなど、痛みも何にもない霊なればこその客観表現です。その采配に従って苦痛の中に死ぬ生き物のことなど微塵も思っていないのです。
それでも神芝居の中で手ゴマとして使われねばならない身ですから、いちおう努力して従いますが、終わった後は解放してくださいね。約束ですよ。
晴明と道満は何をいがみ合っていたのでしょう。術較べしたかった? そんなことではなかったようです。
道満が先に負けて死んでしまったことから、真相を伝える者がいなくなっていることに思い至ります。
すると死人に口なしとばかり、つまらない噂や冤罪を被せるのがたいがいです。
劣勢な側はいつも不利を被ります。いつまでも不利を被り続けます。
だから強くなるのじゃ。しかし、そうやって競争させ進化と言いあって、ついには宇宙破壊兵器まで登場させたのでしょう。
強さ本位である世界の成り行きは最後に破壊と滅亡あるのみではないのですか。
同情や思い遣り、正々堂々たる心や愛がある者たちは、相手の立場を思うと、思い切った戦いができないものです。
そこが弱点となり、敵に精神的な虚を突かれて、実力伯仲でも互角の戦いにならないことが劣勢になる原因になりえます。
愛のある側に特別な能力が付与されているわけではないときに、いったいどうやって良い世界が築けるというのでしょう。
愛のある側は次元上昇があるから、下位次元とは関りを持たなくなって、ひとりでに勝利していることになるというのですか。
関われなければ、教え導くこともできません。ただ、悪い奴らから逃げ切っただけということでしかないのです。
霊妙化するから、殴りかかってこられても、空を切る。そうしているうちに、下位次元は無関係になり、取り残されて行きます。
自業自得ではないか。がしかし、それでいいのですか。おかしなシステムだということがわかりませんか。
謎解きの資料は、ホツマツタエでした。
正義と公正の精神性優れた神世といえども、ホツマが伝えることが真実なら、大変な政変(クーデター)が敢行されていても、何事もなく取り繕われている可能性があります。
ホツマが伝えるに、クーデター騒ぎはあったが、事前に発覚し、首謀者は捕えられ追放されたことになっていますが、クーデターは成功して、首謀者がでっち上げられて、冤罪を受けて追放され、後で何事もなかったように取り繕われたなら、いかがしたことになるでしょう。
政変の現場は、国常立神が応急的に現地に飛んで執政をしていた丹後の元伊勢だったと目されます。
問題は、その場所に国常立神だけでなく、天照神の御陵が存在することです。その御陵の名は日室岳(もしくは岩戸山)で、神話の岩戸隠れにちなむ名でもあることです。つまり、岩戸隠れが事実として存在しており、今なお進行形であることを物語るものなのではないのでしょうか。
ヘミシンクによるアストラルボディ体脱体験者によれば、その地に2012年の段階では少なくとも三人の神が封印されていて、そのうちのひとりが天照を冠する神だというのです。あと二人の男神は天照より年配の神であって、彼らは封印を受けている標しの青黒い色をしていて、封印されている者の悲哀を伝えてきたというのです。
彼ら以外に、付き従った人霊たちもまたひどい封印を受けていて、真っ暗闇の中で絶望した状態で置かれているとか。
それが戦いの末、負けた側の受けた処置だったとのこと。霊魂ですから、死んでも消えてなくなるわけではありません。
いったいどれほどの期間、そのような処置に置かれてきたのか。その不利益は測りようもありません。
そしていま、ようやく年季明けになるらしいという時代の区切りがやってきていて、封印した側も封印解除の行動を始めているそうです。
そのような流れにあって、空海和尚も自分の担当した天狗たちの封印解除に乗り出されたということでしょう。
体脱体験者がこのような状態を伝えることもまた、それまではなかったこと。あからさまになることが、封印解除にいっそう拍車をかけることになるでしょう。
私は2014年4月になって、丹後の元伊勢がカナメの位置とする古代神の封印構図を発見しました。
それ以前に、ホツマツタエの解読から、神世政変の真実をほぼ明らかにしていて、随時、神世にその解読結果が伝わっていたもようで、それが元になって、神世の政変が再吟味されて真相が知れて、神世に激震をもたらしていたもようです。2011年3月の東北大地震はその激震が地上界に反映したものかもしれません。神世と地上界ではタイムラグがあるため、判然とはしませんが。
2014年5月1日から、封印構図を目の前にしながら、封印解除術を執り行いました。朝晩一回ずつやって、三回経た5月3日の未明の夢に、神世の司法係官が出てきて、この封印構図にかかる神世政変の詮議はすでに完了していて、真の首謀者たちは逮捕されたり、地上界に逃げていて、彼らが天下った結果、地上界は荒れるだろうとの話でして、この件が地上の人々にも説明され理解されれば、地上界も浄化されるとの話でした。
しかし残念ながら、地上界は狂気の時代に突入しており、このようなことの説明は誰に対してもできたものではありません。
私は元来臆病ですし、とばっちりを及ぼすことのできない大事な人もいますから、私の手で浄化にとりかかることは断念するつもりです。
申し訳ないですが、そのことによって、地球人類が滅亡しても、それはそれで構わないことのようにも思います。というのは、最後の審判が控えているからで、私は自らの死後、天帝様に会いに行き、最後の審判を督促する係を担っているようなのです。どうやら、そのような明晰夢の夢見を33歳頃にしていて、現実の話の中でのシンクロも取れているのです。
私は最低限のこととして、ホツマ解読から神世政変の真実を解き明かし、非道な冤罪を受けていた持子早子の姉妹の無実を解き明かしました。持子は天の穂日の母君ですから、息子の立場から冤罪を立証したことになるでしょう。母と叔母は喜んでくれました。叔母の早子の子こそ、奥津嶋姫様ら弁天三姉妹です。なぜ彼女が協力してくれたかが、ここでわかるだろうと思います。
すべて因縁により現実の演劇がなされたことになると思います。それは神世の事件に発する因縁でありました。
2014年5月8日には国常立神様の夢を見て、ようやくのお出ましをその憔悴されたお体によって知りました。
同5月10日には、弁天三姉妹らしき三人のスチュワーデスを私の車で空港まで送る夢を見ました。彼女たちもやはり封印されていたのです。その封印のせいで、人間としての人生も閉ざされていたもようです。
そして同5月13日には、芦屋道満宮司の夢を見たという次第です。書庫に入って文書に目を通したのはハイアーセルフの天の穂日だったことでしょう。彼は私の事の理解を促進してくれました。こんな経緯だったことを知らせてくれたのです。
それは・・・こんなことだったようです。
天の穂日が神世を辞して地上界に降臨した時、そこは六甲山中でした。彼はそこで、たくさんの証拠の文書を誰かに託さねばならず、その協力を申し出てくれたのが猿田彦神だったようです。彼は天狗たちの頭領で、手分けしてそれを神世の追手から隠さねばなりませんでした。そこには神世史の真伝が書かれてありました。彼らは洞窟住まいだったため、地下の迷路に隠していきました。
しかし、神世の追手は地上界の為政者に命じて、天の穂日の協力者たちを殺害させ、文書の捜索をしました。芦屋道満の時代に、文書類の秘匿を彼が担当しました。それとともに、天の穂日を祭神とする神社を創建して祀りました。彼は陰陽術を使って、岩の書庫に文書を隠匿し、結界を張って誰も感知できなくしました。こうして、地上界とはやや次元を異とする場に彼の神社は存在しているのです。そこには夢見でしか行くことはできません。
道満の動きを知った朝廷側から晴明が抜擢されて秘匿文書の捜索と道満追討に当たりました。
何度もの呪術合戦の最後が、播磨地方で行われ、道満は果てたとされます。が、魂魄は彼の神社、芦屋神社にあって、その異次元に厳重に保管された書庫があるのです。彼の許可なしには誰も立ちいることはできません。
さて、安倍晴明は都にあって、ウシトラノコンシンを強固に封印する術を行じておりました。これこそ、国常立神のことなのですが、なぜ朝廷側に立ち、国祖神の封印を続けていたのか。それはセーマンすなわち五芒星形を用いた封印術だったわけで、良くないこととは知りながら、畿内の逆五芒星図形に準拠した祭祀魔法を執り行っていた可能性があります。
彼は、ウシトラノコンシンを悪神の頭目として扱い、巨旦大王の本体がこれなりとする虚偽を流行らせ、封印されるのが当然という扱いをしておりました。むろん、封印しなければ、悪神の祟りは相当なものとなると予想されたのでしょう。
いっぽう、道満は天の穂日の曾祖父たるのが国常立神ですから、こちらを擁護します。そこに立場の違いから戦いが繰り広げられたことにもなるでしょう。
朝廷側とは天皇家でオシホミミが元祖です。道満はその弟と伝えられるホヒのシンパ。この戦いは天照神の息子兄弟のいさかいが発端になっているとも言えます。
しかし、その背後には神世政変が表向きに解明されずにきた経緯が見え隠れしているのです。
菅原道真もホヒの子孫であるそうですね。その彼は、日本書紀の欺瞞を解き明かそうとして、それを知った藤原氏の陰謀にかかり、左遷されたという逸話があるようです。知られざる戦いが神芝居として連綿として行われてきたのかもしれません。
今回、神世政変の真相が神世で知られたことによって、神世から真の政変首謀者がいなくなっていることが、これから地上界にどのように影響してくるのでしょう。それは私にもわかりません。私はあえて地上の浄化を選択しないつもりです。
ホルスの後裔になるホヒ
なお、ホヒについては、発音上の語源を辿るとき、中国語や朝鮮語における「火日」が妥当であり、語勢が弱められて穂日とか菩日にされていることが見て取れます。そしてまた、中国に伝えられたであろうエジプト神話のホルスは「火日素」と書かれたであろうことから、ホヒの名には簒奪された王位のホルスの意味が籠められていると見るべきでしょう。
ホヒは朱雀ですし、ホルスは隼で、どちらも鳥族です。
しかし、ホヒはとても優しく大人しい神なので、とてもホルスのようにセトを破るような真似はできないかもしれません。
それでも、封じられた神々の期待を一身に担っていたかと思われ、それゆえに様々なところから神々が加勢に駈けつけてくれたのであろうと思います。
私はこの不思議経験を通して、とても楽しむことができました。いやあ、この神芝居はすごいけど、私に主導させるといい展開にできるかどうか、ちょっと微妙ですね。
えっ? まるで他人事ですって?
実力にそぐわなさ過ぎると、こうもなりますよ。
北朝鮮に金正男という人物がいましたが、彼はちょうどホヒの立場に似ています。金正日という天照神を意味する名の父の息子として、長男に生まれた正男は、三男坊の正恩に王座を譲りました。
ホツマでも、ホヒが長男であり、三男になるオシホミミに日嗣を譲る格好になっています。北朝鮮が神世の歴史の相似形をしているのなら、国際環境の程度の悪い中においては、正恩のような腕白者が対抗するにふさわしいのかもしれず、オシホミミの連戦連勝の気性が神世においても必要だったのかもしれません。それだけ神世も程度を低くしていた可能性があります。その場に応じて嘱望されたキャラクター存在が出現するわけです。もし下位に相似像の世界が展開しているなら、その世界も腕白なものでなくてはならなくなります。下位のすべてに同じ刷り込みがなされるからです。
逆に神世の上位があるなら、それを調べれば神世の程度を低くしている原因があるかも知れません。私の新神話では仙界があるとしていて、そこが諸悪の根源としてきました。
最後の審判と大建て替え
さて、それでも最後の審判は行われねばなりません。その結果、大建て替えまでがなされるとなれば、仙界も神世も地上界もことごとくが最後の審判の対象になります。私は、このほうが最善と思います。もう錯綜した世相は御免ですからね。
だから、私が意識して認識している私の宇宙では、大建て替えを目指します。そのように新神話には書いていき、この宇宙の存亡の是非を問いません。存続していく方向にあったとしても、いつかは滅亡することになるので、私が形而上世界に赴いたとしても、この世界に作用可能な新神話の効力期間内に、大建て替えという強制的摂理を起動することにします。
大建て替えの範囲がどうなるかについては、私が超宇宙論で認識できる限りが対象になりえます。問題はそこに邪悪コードの侵入があるかどうかです。コードの侵入がある場合は、大建て替えが適用されます。場合によっては、梵の全系全体の大建て替えもあります。設計段階から見直されます。
さて、大建て替えに必要になるのが、根本土台からの整地です。日月神示で日月神が言われたような「天地まぜまぜ」の経過になり、経験豊富な諸神もアフンとするような事態が起きます。
このとっかかりは、最後の審判です。ありとあらゆる有情の魂、意識を仮死状態に置くほどの中心太陽からの灼熱のフラッシュメントが、大建て替えの対象範囲に注ぎます。
フラッシュメントは魂の病態部分の外科的治療ではありません。治療は魂のそれぞれが行った行為に従って個別に矯正的経験を経ることによってなされます。各個人の経験してきたことは、魂の記憶として大切にしておくべきだからです。それでも治療後は、すべての魂が純白になっていることでしょう。
私は33歳頃、ちょうどこの人生の半分ほどの時に、イベント会場で「天帝様へのお会いの仕方」というパンフレットをいただいて、野球場の真ん中から空に上がっていく明晰夢を見ています。そのときは50mほど上空まで上がったところで、まだ行くべき時ではないと気づいて、目を覚ましてしまいました。
その夢は、後で別人の話とシンクロが取れ、その球場はロサンゼルスに実際にあって、どうやら私が逝くときとロサンゼルスでの異変が同期がとれるようなのです。
その夢の内容があまりにも異様で、たくさんの十字架群が一塁側観客席を埋め尽くしていて、その中で私は空に赴いて行くのですね。
ところが、かなり後にその話をした人物から、不思議話をしてくれた人の話とシンクロするとの言。不思議話をしたのは米国人女性で、ロサンゼルスの球場の中から連なって立ち昇っていく十字架の群れを見たというのです。
敬虔なキリスト教徒の多い国で多くの人々の血が流されるのかもしれません。過去からずっとそのような歴史です。その不合理に耐えかねて、彼らの口から最後の審判の渇望の言葉が発された時、天使がやってきて、員数が満ちるまでもうしばらく待てと諭します。その天使の言葉の員数の中に、私も入っているのかと思いました。そして、私は彼らより先行して上昇していくわけです。それに伴って、十字架たちも後に続いてくれる予定なのではないでしょうか。
となれば、天帝様に会って最後の審判の督促を直接行う役目を、私は持っていると解せたわけです。
それをするのは、やはりハイアーセルフでしょう。その方の名はホヒ(火日)。エジプト神話のホルス(火日素)の後裔です。
私は彼の視座に組み込まれ、天帝様にお会いする光栄を経験させられるところだったのです。
そして、ホルスの後裔なら、天秤量で以て各人の魂の軽重を測り、行き先を割り振っていく審判係の役目も引き続きあるはずです。
ホヒは優しく大人しい正男のような性格。そんな神霊がフラッシュメントや審判係のような大それたことができるのだろうかと思うのですが、父親を殺されたホルスが仇を討って、父の玉座を相続して世界を利益するという大団円が規定のシナリオなら、ホヒもそのために頑張ってくれるのではないかと思います。
私はまたできることなら、ホヒの視座に組み込まれて、この目で最後の審判のすべてを見てみたく思います。
しかし、私はホヒよりももっともっと臆病ですから、やはり後のことはお任せということでもいいかなと思います。
私はジョッキー(騎手)であるハイアーセルフ・ホヒのウマで良かったと締め括ることができたら本望です。
どうか、そんなウマに老後死後の幸せをお願いします。
どんなところにでも道しるべあり・・・最後は吉本で落とします
千葉県在住のNさんから私に、ある宿題が出されました。
「京丸」という言葉に心当たりはないか、ネット検索を使ってでも、その謎解きをしてほしいというものでした。
彼には、私のスフィアビーイングコンタクト体験を話していますから、内的な閃きの度合いを確かめる感じの質問でしたね。
まったく意表を突く予期せぬ宿題に、いったい何の意味があるのかと、Nさん自身の企みのようなものも感じましたが、まあそれも何かのシンクロ事象へと繋がるのかもしれないというわけで、私は熱心に調べてみました。
すると、おそらくこれのことだろうという静岡県浜松市天竜区春野町の小俣京丸という場所を見つけました。
山奥の秘教とも言えそうな緑豊かな山村のようでした。
Nさんも、そこのことだと言っておりました。
私はその雰囲気に、閉鎖的な人々の創った集落というイメージがしています。
このような場所は、土地の古い風習を遺し、よく推理小説の土台になることもありそうな感があります。
京丸という地名をわざわざ用いたというのは、ここに移り住んだ人たちが、京都の文化を遺しておこうとした表れと見ることができるでしょう。つまり、公家文化です。むろん、戦に敗れた側の天皇家ゆかりの人々だったかもしれませんし、平家の落人というのも、彼らは天皇家と縁戚ゆえに公家文化を伝えたと思われます。
平家は武士とはいえ、いちばん公家に近かったのです。福原の都は京都に並び称されるほどの都だったわけですから。神社で有名なのは広島の厳島神社です。
京丸の地の発祥の当初は、都人の中でも有名人とその配下の人たちがやってきて、都人風のコンセプトで屋並み作りなども行われたことでしょう。
しかし、いくら公家文化を花開かせようとしても、落人というのは追討される側であり、周囲の目がありますから、ひとりでに秘密主義になり、それが年代を経れば、過去の意趣も廃れて、雛里の風情になってしまったと思われます。
岡山県の高梁市にも、ある趣向を持った人たちが作った屋並みがあり、ベンガラ吹屋の里と呼ばれています。そこの観光案内にはこのように・・・。
『ベンガラが語りかける、繁栄の歴史』
赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された、見事な町並みが整然と続く吹屋の町並み、この町並みこそ、江戸末期から明治にかけ、吹屋の長者達が後世に残した最大の文化遺産です。
豪商が財にあかせて建てた豪邸は、全国各地に見ることができます。しかし、吹屋の特異な点は、個々の屋敷が豪華さを纏うのではなく、旦那衆が相談の上で石州(今の島根県)から宮大工の棟梁たちを招いて、町全体が統一されたコンセプトの下に建てられたという当時としては驚くべき先進的な思想にあります。
昭和49年には岡山県のふるさと村に認定され、昭和52年には文化庁から国の重要伝統的建造物群保存地区の認定を受けました。
・・・
ヨーロッパなどでは、都市づくりに同一のコンセプトを以て作られたきれいな街がたくさんあります。それと同様に、日本にも様々なところに芸術性を持った都市づくりをしようとした人々がいたということが大事ではないでしょうか。
京丸・京平漫才コンビとか、吉原で一世を風靡した花魁の京丸を初めは思い立ちましたが、なるほど、このような雛里のあることを知ることができて良かったと思います。
とても美しい緑豊かな山里ではないですか。ぜひこのままで、遺しておいてほしく思います。
その一方で、秘密主義的な因習が様々な因縁のたまり場を醸している風もあり、陰湿さがぬぐえないのが解放感に繋がらない気がします。
Nさんは、過去世の因縁の場所に惹かれることがある方のようなので、もしかすると京丸に過去世でおられたのかもしれないですね。そこにことさら郷愁のようなものを持っておられるのかもしれません。
そして、このような、ええっと思うようなアイデア提供で、すごいシンクロ的つながりのもとに、謎解きができてくる場合があるのです。
京丸という言葉から、思わぬ展開が・・・。ああっと閃くことにならないか。ん? ピンピンピン、ポーン(笑)
たとえば、先日は鎌田氏がいきなり切り出した話で、南九州の開聞岳周辺伝説で、ひらきき神社というところがあるのです。
文字で書けば、枚聞神社で、開聞の読み替えでもあるわけです。つまり、開聞岳を御神体にした信仰があったことを物語ります。
ところが、鎌田氏は神武天皇の頃の異民族の渡来ルートのひとつとして捉えていたのですね。
そこでわかったことが、次々と連続的に出てきたのですよ。
それはまた別の機会にでもいたしましょう。
としていたわけですが、次に書いて行きます。
開聞の「聞」の字とは、「門」と「耳」の合成になっていて、古代の「みみ」という言葉は数字の33を表しています。
よって、つまり開聞の意味は、33階層で成るピラミッドへの門を開くという意味になります。
そもそも、開聞岳そのものも、みごとなコニーデ型火山で、ピラミッドとするにふさわしいものです。
そしてまたその後日には、夢の中に突然言葉が降ってきました。
「開きキと言ってあろうがな」という言葉でした。その言葉の文字も、夢の中でテロップのようにして出てきました。
それまで、開聞が、「開きキ」とも読めることに気が付かなかったわけです。
その夢の中に同時に一本の丸木が横になってイメージとして出てきました。そして目が覚めました。
そこで、「キ」とは何ぞや、となったわけでした。
このときの言葉遣いが日月神示の日月神のおっしゃりように似ていたので、何気なく日月神示をネットで見ていましたら、
日月神がご自分の署名として、「太一二〇大神」とあり、「おおひつきおおかみ」としてありました。
漢字の「ニ」を英語の「ツー」で読み替えるハイカラさ。これ、日月さんのユーモアですかね。
そして、真ん中の○に相当する記号というのが、○に十の字なんです。それを「キ」と読んでいる。
ヲシテ文字で言えば、鎌田氏提供のヲシテ文字盤によれば「ナ」に相当する記号文字です。それを日月さんは「キ」と読んでいるようなのです。
「キ」とは、生命の木に違いありません。
マサカキの「キ」も生命の木を表します。
それを根から掘り起こして、上中下の部位に分けて、三種の神器をそれぞれに取り掛ける儀式を、古代天皇家は執り行っていたのです。
マサカキは常緑樹、エバーグリーン、不老長生のシンボルですから、治世の安定的長期であることが祈願されていたのでしょう。
傘下の豪族にも、その儀式を共通の典礼儀式として執り行わせていたようです。
豪族の側から、皇族が行幸の折にはおもてなしの一環として執り行っていたもようです。
「上つ枝に八咫鏡を取り掛け、中つ枝にイホツノミスマルノタマを取り掛け、下つ枝に剣を取り掛け」といった流儀の儀式は、
神武天皇から少なくとも景行天皇の頃までは行われていたようです。
卑弥呼のしていた「鬼道」とはこの種の儀式を行う「キ道」のことであり、「キ、すなわち生命の木に仕える儀式をしていた」ことになります。
キ道に対して、中国官吏は史記を書き残す際に、音読みの「鬼」をあてがっているのです。そこで後世の学者や研究家は混乱したと見られます。
おまけに、卑弥呼とは日の巫女であるはずなのに、中国由来の卑近な表現に据え置いてきたのです。(卑弥呼=下賤な呼び名の者という意味になる)これも混乱の極みというべきでしょう。
キ道の前身は、生命の木の10の局にそれぞれ十種の神宝(とくさのかんだから)を取り掛けるすべのものだったでしょう。(添付画像)
それをしていたのは、神武天皇に国譲りして家臣に退いて物部氏の祖となったニギハヤヒノミコトで、「ひふみよいむなやこと、ふるべゆらゆら・・・」と生命の木の活性化の儀式をしていて、それにより死人をも蘇生させたと言い伝えられています。
おそらくそれをそのまま踏襲したのでは、神武天皇の直系の独自性が成り立たないため、神武以降には、10の局を上中下三つの部位に大別したことと思われます。
ピラミッドと生命の木となれば、エジプト文明由来であることを示し、伝搬してきたのはカバラであることになります。
カバラとは、エジプトとバビロニアの知識の流れを汲むとされる古代思想のこと。
つまり、渡来人は中東に端を発する民族だったことになり、その証拠を生命の木活性化の儀式として伝えていたのです。
後の斉明女帝は懐古趣味的に中東のまれ人を飛鳥に招いて饗応接待しています。ペルシャ人ダリウスなどの名が伝えられています。
そのとき作られたとされている飛鳥の須弥山石などは、砂漠地帯ペルシャの運河(カナート)の水利文化とインド神話の世界観の合成であり、もしかすると皇室の出自の履歴を物語るかも知れません。
では、夢の中に出てきた「開きキ」とはなにか。それを開けたらどうなるのか。
叩けよ、さらば開かれん。
開け、ゴマ。
と、思っていたら、「開く」の「開」も「鳥居シンボルのある門」という合成語ではないですか。
この門は神秘の門とも言えそうです。叩いちゃお。
「どんどんどん。頼も~う」
「どなたですか」
「桑原和夫です」
「どうぞおはいりなさい」
「ありがとう」
(爆)