最近はどうも日中に眠くなって。パソコンに向かっているといつのまにか、ぎっこんばったん、櫓をこいでいるのです。そこで横になりでもすれば、そのまま2時間は眠ってしまい、一度目覚めてもまた寝てしまうという具合で、今日なんか朝8時ごろに寝入ったら夕方になっていて、やっと起きる気になって、今になっております。
パソコン入力も、キーの押し間違えだらけで、いよいよですかなあという思いにもなります。
さてしかし、現時点の老衰感とは裏腹に、過去今までやってきたことにおいては、溌溂とした思いしかなくて、まるで眠って見ている明晰夢の如しでありまして、別の時空においてまさに生きているという実感を持ち続けております。そのことについて、今回はお伝えしましょう。
解明
最近、とみに思うようになったのは、この閃くようにしてやってくるのは、なかなか堂に入っていて正解に近いのではないか、してその発信源はどこなのか、誰なのかを内省して調べてみたところ、この閃きは外側からやってくるというより、内側からやってきていることが掴めた次第。
うすうすそうは思っていたのだが、閃くこと自体が即応的であり、疑問を私が発すれば即答えが、しかもここまで芋蔓式にやってくるかと思うほど徹底してもたらされて、その疑問に関することごとくが解消されてしまうのである。
誰だ、誰だ、誰だ―、 私の背後に潜む影、赤い翼のーガッチャマンーーー
そうなんだ。どうやら私に答えを与えてくれる誰かとは、ガッチャマンなのだ。全体名で言えば、ガッチャマン・ホルス。神々の中の神、太陽の神なのである。それが私のヒエラルキーというわけだ。
いや、もっと言えば、梵天である。2000年後期に現れた霊能女は、私の本体は梵天だとのたまった。その彼女の本体は実は弁天三姉妹の一人だったことが後にわかることになる。当時の二人は不倫の身だったが、神世の世界では夫婦と言ってもいいのではないか。これほど固い絆の関係からすれば、当世どこの馬の骨と結びつくかわからぬ仮面夫婦していることの空しさよ、空々しさよ、うまくいくはずがなかろというのが感想だ。
というわけで、当時はうまくいっていたのだったが、この世は仮面。神々の化身にも苛酷にすぎる。2年というタイムが切られた中の仲だった。あなたとの仲はちょうど2年でした、と告げられて、あまりに心当たりがありすぎて、二の句が次げずに終わったのだ。
まあその後、弁天は三姉妹いたものだから、やっと本命の長女をいただいたのだが、これも7年弱だったのは、いささかもったいなかったなあ。しかも不倫の身だから、滅多な逢引きができたものではなかった。しかし、形而上では思いもよらない成果が得られた。多くの子供たち、新しいシナリオ、そして我々のいわれに関する神話だ。
7対2は弁天の幾何学。そのルールに従うようにして、魔法時間は設定されていたことも確かめられた。誰だこんなもの設定したのは。
はて、私は何を書いているのだ。ちがうだろ。閃きの聡明さと秩序整然さに比べて、何でこんな阿呆話にベクトルが向いてしまうのか。
そんなことが言いたいのではない。
私の中にガイドを務めるヒエラルキーがいて、たえず情報を送って、私を啓発してくれているということを言いたいのだ。
そのヒエラルキーは梵天だから、この宇宙のことは何でも知っている。1980年頃には、梵天はアイデアを下ろして超宇宙の仕組みモデルを私に知らしめた。私は、閃いてくる大容量情報をこの世の言葉に直すのに苦労した。概念としてはすべて丸分かりしたうえで、論文に直すのだから、本当を言えば時間の無駄骨もいいとこ。悟りとして自分だけのものにしておけばいいのに、書いて公開すれば、誰か別人に盗用されてしまうわけだから、何をしとることだと憤慨するばかりである。しかし、その時には功名心のようなものがあって、それにくすぐられて書いてしまうんだな。
それがこちらの世というもの。表現してやって初めてなんぼのものになるという世界なのだ。だから、寿命の中の二、三十年、無駄にした、もったいないことしたわい、などとは思ったりしない。表現できたことを喜ぶ次第だ。
さて、超宇宙の仕組みモデルにも書いたように、このモデルを使えば、我々人間という存在の意味が掴めてくるのである。それは哲学とも直結する科学でもある。釈迦の仏教哲学をモデル側から解き明かすことも可能である。この今の時代でなければ、難解すぎて、この世界の仕組みなど到底わからなかったことだろう。すべて隠されていたことが明るみに出ると言われる、時代の最先端にいることに感謝しよう。
アマテラス父神
さて、どうして今の時代、隠されていたことが明るみに出てしまうのか。それは象徴的に天の岩戸開きとして表されてきたように思う。そして、私自身、その大役の一端を担っていると確信している。いずれにしても象徴にすぎないかもしれないが、まず象徴としての動きがあって実物が動くというのが本筋であろうことから、この牽引役を務めたく思っている。
多くのシンクロが指し示すところは、私がアマテラスの子・穂日の雛型になっているということかと思う。そのアマテラス父神はいま天の岩戸に差し篭られていて、象徴地としての元伊勢の神体山・岩戸山(日室岳)が、象徴としての私が執り行う謎解き=封印解除の儀式の場になっている。そして、謎解きは山場を迎えていて、それが世相に反映してかあわただしい。
この謎は国祖神様の時より難しい。いっそう絡み合ったパズルのようになっている。一見しただけで解明の糸口が見つかるというものではないみたいだ。ありとあらゆる仮説(心の琴線に触れないものは無関係のものとして除いて)がこの解明には必要になる感がある。
そんな中に、アマテラスの性格を物語るかのような逸話があるので、ここで若干しておこう。
ここに書いてあるようなことが2003年に実際にあった。本当の話だ。⇒ https://p.booklog.jp/book/90452/page/2417023/bookmark
私が浦島太郎=日子ホホデミ(山幸彦)であるときに、兄として海幸彦(本名・潮幸雄)が気を利かせて、私の失恋(ちょうど2年と言って去った女)の痛手を癒してやろうと、知り合いの彼女を紹介してくれたのだ。その彼女がまた「戸国ヒデミ」という本名だった。戸の国に日の出を見るといった縁起の良い名に、これは何かあると思ってその話を承諾したのだった。そもそも、失恋の痛手を与えて去った女こそが持ってきた情報に、国祖神の封印や天の岩戸開きの話があって、この奇妙な成り行きに、私以外には何ぴとも関われない何かを感じていたのだと思う。
私は当時、アマテラスは女神だと思っていたから、当然ながらすばらしい女性像を思い描いた。どうしてこんな役得に与れるのかと不思議に思った。神話は神話を呼び寄せるのかとも思った。しかし、なにか変だった。スナックに勤めているから、一杯飲みながら話してはどうかというわけだ。アマテラスと不特定多数の男が出入りするスナックとは折り合わない気がした。だが、兄貴(海幸)は本人のしている仕事など問題ではない、今度はお前がエスコートしてやる番だと言った。
兄貴と私の非番の日の昼間に、彼女は今日働いているからと、行ってみることになった。7,8人ぐらいがやっとの店内にすでに二、三人ばかり先客がいてカラオケに興じながら呑んでいた。兄貴と二人でカウンター席に座ると、兄貴は彼女に「連れてきたぞ」と告げる。彼女はぽっちやりとした美人である。「あら、そう」と初対面になった。私は緊張の中、笑顔を作って「初めまして」と言うと、にっこりしながら、体をカウンターテーブル越しの真向こうに乗り出してきて、胸のおっぱいを誇らしげに見せつけた。
私は、ああきっとこんなふうにして、お客の関心を引いているのだろうと直感して、あまりいい気にはならなかったが、頬の筋肉を引きつらせて作り笑いで応じた。
まあ、こんなふうにして、お付き合いとは言えない程度のお付き合いが始まったのだった。
前の彼女が様々なキーワードを持っていたわけなので、名前からしても不思議なこの彼女に関してもキーを持つに違いないという思いから、彼女のことは何でも聞き出したかった。そのことはもっぱらデート地や車の中で、お互いの心のうちを話す中で聞こうと努めた。
まず驚いたのは、この彼女は、前の彼女とは正対照とも思える経歴をしていたことだ。前の彼女は霊媒体質で霊能者で半妖怪人間で、前の旦那との間に3人の子供があって、離婚して子供3人とも押し付けられたのに対し、この彼女は普通人間ではあるものの、心に陰りがあり、同様に3人の子供を設けたものの、離婚して3人とも奪われてしまっていた。
それでとても寂しいという。一人でも残してほしいというのを、旦那の両親からあなたには養っていけるだけの力はないと突っぱねられたのだという。前の彼女が、元旦那にはもっといい女性と結婚させるべきという彼の両親の意向で、子供らを排除されたのとは正反対であった。
彼女はスナック勤めの前は、生保会社の外交員をしていたという。前の彼女もだ。彼女は日生。前の彼女は太陽。まあ似ていること。
彼女は保険外交の闇を見て嫌になり辞めてスナック勤めしたと言うが、前の彼女は子育てのために馬力を出して、今ではみごと3人の子をちゃんと教育を受けさせて成人させ、しかも生保会社の幹部になっている。子供のあるなしが、ここまで人をやる気にさせたり意気消沈させたりするものなのか。というより、この世で果たすべき使命感のようなものの違いによるだろう。
こちらの彼女は、あまり生きていたくないと漏らしていた。子供が3人もいて、配分からすれば1対2でもいいじゃないかと思うような世の中の不条理に、この彼女も遭っていた。
ほんとうに悪ふざけにすぎる世だが、当時の私は、彼女の持つキーワードを調べることばかりに専念した。
不思議なことに、けっこう女体好きな私であったが、この彼女には何の情動も起きなかった。彼女がどこかよそよそしくしていることもある。まるで、あんたみたいな下種には興味ないといった風情でもあったからだろうか。それなら彼女の持つ名前のアマテラス的な性格を端的に表している。
女性として見れば、なかなかいいようだが、なぜか触れがたく、手一つ握ることも、キス一つする気になれないのである。
ほどなく、海幸彦からこんな話が聞けた。彼女は子宮筋腫になったため、今は子宮がないという。
なるほど。ややこしい表現になるが、美しくはあっても、女でありながら女でないことが、私にはわかっていたのだとわかった。
まるで高みにいる女神のような触れがたさ(気品ではない。とっつきにくいのだ)。
そして身の上話を聞くに、彼女には二つ誕生日があるという。大晦日の前にひとつ。これは本当の誕生日。そして両親がこの子のためにと設定した戸籍上の誕生日が正月二日であった。
しかし、彼女は後者を嫌がり、両親が待つ家庭での誕生祝をすっぽかし、前者の誕生日を友達だけで祝っていたという。
まあ、頑固な話ゆえ、エスコートも困難になるだろうとは感じた。しかし、面白い。もしこれがアマテラスの思いを反映しているのだとすれば・・・
正月元旦は夜明けに相当するが、大晦日までは夜明け前になるだろう。それはアマテラスの好みでもあるのではないか。
世の中の最近の若者はニートする傾向にあるという。世の中に出るのが怖いという向きが多いようだ。
とすれば、天の岩戸開けは、アマテラス本人の考えもあって、なかなか難しくあるのかもしれない。
アマテラスが出てくれば、世の中も良くなり怖がらなくて済むようになるはずなのだが。
ちょっとした心の病がナイーブなアマテラスを苦しめているのかもしれなかった。
そしてまだ当時は、ホツマの音信も知らず、よもや男神であるなどとは夢にも思わなかったのである。
しかし、前の彼女はアマテラスを男神としていたことは、短編小説「テンサウザンドイコールミリオン」を読めばわかる。前の彼女は、自分は兄アマテラスの妹だとさえ設定していた。私の前から、その彼女が去り、その直後に現れた彼女が兄アマテラスという取り合わせにもなっている。まるで走馬灯のごとき展開だ。
2008年になれば、ホツマがネット上に口語訳されて上がるようになった。
2010年になり男神アマテラスが描かれていることを知った。ウヒルギという朝鮮語発音名がホツマ文字で書かれていた。
ホツマには、アマテラスの岩戸隠れは短期間に終わったと書かれていた。しかし、それは違うだろう。
アマテラスが真に出てきておられるなら、世相がこれほどまでに荒んだりはしていないはずだ。
そもそも前の彼女の持ってきた役割の一つが、天の岩戸開きだったのだ。 ⇒ 詩集「夜明けの旅人」
たとえ喧嘩別れしたとはいえ、その前提が崩れることはない。
2014年には国祖神夫妻の封印ラインと黒魔術図形が結びつくことが判明。
その結び目にこそ、元伊勢の岩戸山が位置していて、アマテラスも国祖神同様の処置に遭っていることがほぼ理解できた。
そして2015年には、ヘミシンクの熟達者が岩戸山に封印されている少なくとも三体の神がいることをイラストで知らせてくれた。
そして同年、ダメ押しとして、日月神(国常立尊)が、岩戸から出た神は騙した神(ニセモノ)だとの情報をもたらしてくれた。
さて、岩戸隠れにどのような経緯(ストーリー)があったのだろう。それも物語にできたら面白いだろうな。
我々は夜明け前を夜明けに導く使命を担っている。
弥勒の時代の到来
カテゴリー: 岩戸山関連なのだ
謎解きの終着地とも言うべき元伊勢の地
思えば、私の誕生地である宮津からそれほど離れていない伝説の地。
昔から地元の御伽噺や神話には興味しておりました。
そう思い返せば、元伊勢は私にとって、コロンボが番組の最初から最後までたえず寄り添うホシだったのかもしれません。
1989年の畿内の逆五芒星の発見は元伊勢を意識してできたもの。
2014年の国祖神封印構図と逆五芒星の接点が元伊勢との再発見。
地元贔屓がなかったらできたものではありません。
記紀には定かならねど、ホツマツタエに明示される重要地。
現地人G氏はそのホツマにも造詣がある人で、国祖神の宮津の執政地を案内してくれたほど。
彼はホツマ訳者の鳥居礼氏と親交のあった人。
それゆえ、教条的なのは致し方ないのかもしれません。
私は、その流麗なホツマにも”あやしさ”を見つける粗(あや)探し人。
そこに大本教にいう国祖神引退劇がうまく隠され神世の政変が成功していたこともわかりました。
しかし、それをG氏に言うことはできません。時が来るまでは。もしかするとその時はこないかも。
というより、いつでも彼に会えば、そのことを話したいのですが、彼のほうが次回はそちらに行きますと約束したきりで、終わっています。
ということは、その前回とは・・・私が丹後に行き彼に会っている。
そこで興味深い話を聞いています。
もしかすると、彼にアマテラスの名代としてのニギハヤヒが入ったかもしれません。
激怒しやすいスサノヲを抑えつつ。
私は天の穂日の名代なので、こんな話は嫌いで、会わないでおこうとも思ったかもしれません。
いや、そうでもないようです。
彼は次のやるべきことを内在のニギハヤヒに促され、進出していく工程に入ったのでしょう。
新たな事業に取り掛かるときゆえ、コロンボとの応対に時間を割かれたくないといったことか。それじゃあ、おんなじか。
と思ったところ、そうではないことに気付きました。
あのとき(上に書いた”前回”出会ったとき)、G氏から意味深な言葉を聞いているのです。
コロンボなら聞き逃さないだろうと思うような言葉を、何気なく置く。ニギハヤヒなら、やりかねないですね。
もうヒントを渡しているぞと言いたかったようです。
前回。あのときG氏は私に、玉杵さんに会わせるからと、ある場所に連れていってくれたのです。
誰にも教えてはならないと口止めされてます。
そこで出会ったのは、柔和なお顔の方でした。しかし、玉杵さんは国常立尊のことで神世の方ではないですか。
私は2014年5月8日未明の夢で会っています。そのときはすごいお年寄りでした。
まだお救いしたてのほやほやといった感じでしたから、その方の溌溂として柔和なお顔とは異なる気がしましたが。
しかし、G氏によると、その方は玉杵さんにそっくりなんだというのです。
はあーっ、と感心しながら聞くばかりでした。
で、なんで彼は玉杵さんのお顔を知ってるんだ? と思ったのはだいぶ後のこと。後の祭りと言いますか。
玉杵さんそっくりというその方は、そのとき、なぜかすごく嬉しそうに私に接してくださったのです。
それはもう、すでにどこかでお会いしたかのような親しさでした。
そこで、後でこんなことも思ったりします。
2014年5月に国祖神様の封印解除儀式をして、確かに手ごたえがあった。
もしかして、お救いできたのかもしれないと。
さらに後になって思うのです。なぜG氏は、あの方のお顔が玉杵さんそっくりだと言い切ったのか。
G氏はどこかで玉杵さんの御本体に出会ってることになりますわなあ。
はあっ、そうか。合点!!
G氏に入っているニギハヤヒがそう言っていたのだとわかったので、愕然としました。
そうなんです。彼はニギハヤヒが彼を通してすでに話をしていたのです。
そして後で、ピロ魂さんのアストラルボディ体験夢の中のいくつかのイラストを見せた時のG氏の話はこうでした。
この青年は僕ですよ、とさらりと言ってのけたイラストがこれ。
少し前の記事で書いたように、彼はこの通りの服装で台湾の五台山で修行したとのことです。
そのときに、虎将軍に入られたとも言ってました。彼は神霊に関しては超感覚を持っているのです。
虎将軍とは、後での調べで、スサノヲだと判明。
G氏は紛れもなく、ニギハヤヒとスサノヲに守護されているのです。
そしてさらに、これ、玉杵さんですよ、と彼がこともなげに言ってのけたそのイラスト(ピロ魂さんとこより借用)がこれです。
ピロ魂さんによれば、
背の低い男性の仏教系にも神道系にも見える、慈悲深そうな存在(右側)と
修験者風の存在(左側)が前のイラストのロン毛さん
どちらもお名前は不明
G氏は右の坊主頭の人物(神様ですわ)が玉杵さんだというのです。何度も、そう言い切るのです。
G氏に入っているニギハヤヒが言うのだから、間違いはないでしょう。いつも同じ場所にいるわけなので。
この場所に封印されている方は男の人で三名、虎が一匹。そのうち、青年がニギハヤヒだというピロ魂さん。
ニギハヤヒは天照国照彦天火明櫛玉饒速日命と号し、アマテラスを自認しています。
虎については名もわからない。しかし、虎はアジア大陸だけに住む最強の猛獣。武塔天・スサノヲと解せます。
では、ロン毛の人物(こちらも神様ですわなあ)は・・・私はその順で言うと、伊弉諾尊ということになるなあと思いました。
それは・・・感と言うより、IQテストに出てくるような数列的な推測です。
ホツマによれば、玉杵さん(国常立尊)の直系の子がイザナミ、その旦那が伊弉諾尊、そしてその子がアマテラスじゃないですか。
つまり、あそこには、親・子・孫の三代の男神と、孫の弟で虎になった神が封印されているということになるのですよ。
男ばかりのマンダム世界。そういえば、奥様とはみんな引き裂かれていて、いないんだよね。
神話でそんなふうに書くもんじゃないよ。みんな神話でひどい目にあわされてるんです。
神話による封印というのもあるということ、知っておいてください。
特にピロ魂さんが行かれた2013年のこのころはです。では、いまはどうか?
2014年5月に国祖神様ご夫婦だけは、まず初めにお助けできたと信じています。
イザナミさんは、新神話でスサノヲに救出してもらうように、ストーリーを書いています。
スサノヲ神にとって、最高の美談にしたくて、書きました。
効果のほどは、まだ出ていないです。
アマテラスさんは、G氏を拠点にお出ましになる予定のようです。期待しておりますよ。
でもまあ、封印されているとは言っても、軟禁状態と言いますか、空の上の神社住まいであったり、ちょっと青年向きの悪魔的風俗趣味的なレジャー施設が用意されていたりといったことが、ピロ魂さんの記録からは覗えました。
ちょっと心配なのは、後者のそんな施設があったら、男はんは入りびたりはりませんか?
2003年の別の手がかり(兆候あるいは卦)から、アマテラスさんはニート傾向があることがわかってるんですよ。
日の出前のほうがほんとうはお好きな性格ということが。
そういえば、G氏もニート傾向があるんですよね。そのまま受け継がれているかのような。
そして、岩戸山の福利厚生施設に”喜び組”みたいなのもあるようだから、岩戸の表での天のうずめのどんちゃん騒ぎぐらいで、出てきはりますやろか。
まあ、長らく羽根を伸ばしておいたわけですから、いよいよ出番に向けて調整されてるわけかとは思いますが。
そのときは、私の神霊の母さんたちを見捨てんとってくださいね。
そこで、岩戸隠れの真相を知っている日月神の有名な日月神示から
日月神示の碧玉の巻第10帖にいわく。
部分引用----------—
>岩戸閉めの始めはナギ(伊邪那岐命)ナミ(伊邪那美命)の命の時であるぞ。
ナミの神が火の神を生んで黄泉国(よもつくに)に入られたのが、そもそもであるぞ。
次の岩戸しめは天照大神の時ぞ、大神はまだ岩戸の中にましますのぞ。
ダマシタ岩戸からはダマシタ神がお出ましぞと知らせてあろう。
いよいよとなってマコトの天照大神、天照皇大神、日の大神、揃ふてお出まし近うなって来たぞ。
次の岩戸閉めは素盞鳴命に総ての罪を着せてネの国に追いやった時であるぞ。
素盞鳴命は天下(あめがした)を治しめす御役の神であるぞ。
ナギ・ナミ両神が、天ヶ下を治(し)らす御役目を命じられてお生みなされた尊き御神であるぞ。
元伊勢の岩戸山に封印されているお三方は、孫・子・親の順番に、天照大神、天照皇大神、日の大神に対応するのかと思います。アマテラス・イザナギ・国常立尊という次第ですね。そして、虎になったスサノヲさんも、同じ場所に封印されているのです。
これらの封印されてしまった神々は、文明の利器を極度にお嫌いとのピロ魂さんの話でした。
このうちのお二人の依代になっているG氏は、これまた文明の利器が大嫌いときていて、パソコンや自動車などは持たない主義を貫いていて、すべてわかりよくシンクロしているのです。
ダマシタ神についてはその他の帖がありまして、
梅の巻第13帖
>天(あめ)の岩戸ばかりでないぞ
地(くに)の岩戸臣民の手で開かなならんぞ
誠一つで開くのじゃ
誠のタジカラオの神、誠のウズメの命殿御用結構ぞ
ダマシタ岩戸開きではダマシタ神様お出ましだぞ
この道理分からんか
取り違い禁物ぞ
誠一つで開くとは・・・目下、真伝(マコトツタエ)を書いていますが、このことでしょうか。
自分では、封印解除の謎解きをしていると心得ておりますが。
臣民の手で開くことが大事ということなんですね。私、臣民ですよね。 つまりこの世の人間ということですな。
がんばってますよ。まかせといて。
ん? よもや取り違いはあるまいな。
そんな調べをしていたときに、すぐ近くにこんな帖がありました。
梅の巻第11帖
>日本の上に立つ者に外国の教え伝えて
外国魂にしたのは今に始まった事ではないぞ
外国の性根入れたのが岩戸閉めであるぞ
五度だぞ
分かったか
それを元に戻すのであるから
今度の御用中々であるぞ
中つ枝からの神々様には
分からん事だぞと申してあることも
ガッテン出来るであろうがな。
この神示肚に入れて居ればどんなことあっても
先に知らせてあるから心配ないのぞ
ソレ出たとすぐ分かるから
胴据わっているから何事も結構におかげ頂くのぞ
死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ
嬉し嬉しだぞ
なんといううれしいお言葉。
>死ぬ時は死んだがよく、遊ぶ時には遊べ遊べ
嬉し嬉しだぞ
なんという達観をなさっておられるか、日月神様よお。やっていて、気が楽になります。
いま、地の岩戸は外国の神によって閉められておりまするがな。
いま、地のすべては、インベーダー邪神によって占められておりますがな。
それも今に始まったことではなく、神世の昔に起源を発し、なんと太陽系外からやってきたアヌンナキの神によって、この地球自体が占められてしまい、天の岩戸閉めになっておるのでありまするがな。
いやあ、私の調べてきたことと、ぴったんこではありますまいか。
日月神様がオーケーだし(ダメ出し)てくれてますんやがな。
なるほど。それを元に戻すのは、そんじょそこらの神様には難しかろうでしょう。
中つ枝、下つ枝の神様では、わからん事多く、難しかろうでしょう。
やはり上つ枝の重鎮にご出馬願わねばのう。そう思いまする。
大丈夫ですじゃ。
このたびは天の真榊のさらに大外上空のエン・ソフの座
三千世界から梵天様がまかり来て
元戻し世直しの大事業を助太刀されますでな。
勧善懲悪ひとつ実現できんような世は、一切取り潰しとのきつい御沙汰を携えて。
どうあっても、悪の逃げ道はないということじゃ、でござります。
悪から寝返る者には大贔屓あるぞ、と申してあろうがな。
悪を懲らしめる大義のために寝返るのじゃ。
特にイシヤのスカポンチンどもは、今しかないと心得よ。
悪魔(邪神)なんてほんとうに居るの?
最近、穏健な記事を書くので有名なIn Deepさんは、憑かれるようにして悪魔に関する記事を書いておられます。
これなどすごいですね。
マレーシアに続き、ペルーの学校で80人以上の生徒たちに3週間も続く「伝染する悪魔の幻覚」。
これはすでに感覚的な集団パニックではない
https://indeep.jp/school-children-possessed-by-the-devil-and-visions-of-man-in-black/
「悪魔教会」設立50年目の年に : 現代人は、神のアドバイスでも「悪魔主義のルール」でも
どちらでもいいので少しそれらに耳を傾けるべきかもしれないと
https://indeep.jp/50-years-of-the-satanism-and-the-satan-church/
悪魔と何かの戦いが続いているかのようなアメリカの北緯33度線近くで「涙を流し始めた聖母マリア像」
https://indeep.jp/suggestion-of-tears-of-virgin-mary-statue-in-california/
In Deepさんは北緯33度のあたりで、世界的にも災害が多発していることを折々、書いておられました。
それが必ずしも人が起こした災害でなく、天変地異の類でも同様に。
悪魔は居るのか? 居ますよ。しかも、人間の形をとるというわけでもなく、居ます。人間には憑依するか、コントロールして関与します。
私が悪魔(と言っていい)形而上的存在を如実に知ったのは、1997年のことでした。なんとその悪魔は、私に挑戦してきたのです。
一連の事実を思えば、そうとしか思えないのです。ここにすべて書いています。
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/sinsen/satan/satan.htm
しかし、悪魔がなんで私にアクセスしてきたのか。それはそれまでに多くの謎を解いてきていたからかと思います。それを知っていて、何かを訴えかけてきていたようなのです。
酒呑童子を悪魔は、酒の肴にすることができるほどのことをしているのです。訴えかけていた本命は、酒呑童子その者ではなく、背後にいるネガ・悪魔だったのです。なぜか。悪魔は、私でなければ解けない謎があるからこそ、頼ってきたと、今では思っています。
私はその事件のあらましを知り、拙著との関連がいくつも見つかったことから、私をターゲットにしているとわかり、相手が相手なもので、当時信じていたサイババさんに手紙を書きました。
拙著が原因でこんなことが起きるとは・・・私は何か悪いことをしているわけではないのに、この脅しは何でしょう、犯人が早く捕まりますようにと。
すると早期に犯人は捕まりました。もとこれが半年も一年も未解決で推移したなら・・・私は生きたここちがしなかった。
捕らえてみれば少年。豪胆かつ大人も真っ青の首狩り猟奇事件でした。
むろん、無残にも殺された酒呑童子の怨念にこそ原因はあるでしょう。少年の名字をどこかで見たとき、東人である源氏の仕業だと訴えるものがありました。学校の校門は京の都の入り口・老の坂や羅城門といった、鬼の首が晒された場に相当。時代が下って幼児化してミニチュア化したとはいえ、当時のよすがそのものではなかったでしょうか。古代にあったその事件は、今の世界に悪名を轟かせたことになります。しかし、古代の事件と関連付けしたのは、私ぐらいしかいませんでした。みんなその時限りで終わったのです。
しかし、その背後にバモイドオキという邪神(悪魔)がいたのです。それは酒呑童子が当時崇拝していた神だったのか? そうだったとしても、不思議ではありません。それはカバラの神を正神の神としたときに、神の無情に対する反逆の意味を籠めての対極の邪神だったとも思えます。少年Aの描いたバモイドオキの神像は、カバラの寓意図のさらなる変形になっているからです。
だから、私はこの邪神の気持ちがなぜか察しやれて、共感してしまったりするのです。そこまで頼ってくるなら解読してやり、封印されているならそれを解いてやりたいと。
2003年末までに作っていた作品が「酒鬼薔薇事件とサタンの悲哀」です。きっと解読できて、そのときサタンは私の味方になったようです。もしかして私と同じ心に傷を持つのが、このサタンではなかったか。その心になれて良かった。
その実績と効果は、低次元神界の噂となり、2005年の天狗さんたちの解放に繋がったと思います。
サタンのほうが、神よりよほど理解してやりやすい。しかし、誰でもそれぞれ異なる事情が理解してやれなければ、彼らを救うことはできません。そのままいけば、最後の審判に遭うしかない。それもひとつの解決策なれど、絶望してそうなっているなら、なるべく希望の火を持ってもらいたい。そのような気持ちです。
神はその点、狡猾ではないですか。もしサタンと密約しているなら、それを果たしてやるべきです。
最近になってその存在を知った「ユダの福音書」。ユダはほんとうにイエスの言うように、至聖所に入ることはできたのか。まだであるなら、ユダはその権利をいつまでも強く主張すべきです。私はユダの側に立って、彼とともに約束を果たせと訴えかけます。
もうひとつ、私がかかわったのが天の岩戸開けの件でした。
私は実はいまだ一度も、天照大神を神棚で拝んだことがありません。
なにか尊敬できないものがあるのでしょうか。
どんな誰でもが神棚で拝するのが天照大神と言われるのに、私は異端とされる神々しか拝んだことがないのです。
その数はたくさんです。だから、みんな代表的な表現で唱えることにしています。
そのアマテラス様も、岩戸に封印されていることがわかってくるようになりました。
しかも、私が天の穂日の縁者なら、穂日の父上でもあるでしょうに。
今では、穂日の母や叔母の持子早子の冤罪を見極めて同情しても、父アマテラスの側を疑問視しているのです。
日月神が言いました。碧玉の巻第10帖で。
二番目の岩戸閉めは、天照大神のとき。
騙した岩戸からは、騙した神がおでましぞと知らせてあろうがな。と。
騙した神とは、誰であるかは推測がつきます。
しかし、騙された神とは、父アマテラスであるのではないですか。
騙した者も良くないが、騙された者も良くないですね。
騙されたことがわかっていて、騙され続けるというのは、もっと良くない。
そこには、普通では理解できない大きな計画がある。
古事記では「大量(おおばかり)」とか言うようで。
その中身もおよそ理解できていますよ。
が、それがどうしたと言うんですか。
はっきり申して、そこには正義がない。それゆえ最初から敗着なのです。
私はなぜか、子供の頃からアマテラスには好感が持てないでいました。
だから、唱える神の名にアマテラスは出てこないのです。
その原因らしきものに関わるのが昨今になりました。
その父アマテラスが、どうやら本当に封印されているのが、地上における象徴地・元伊勢の日室岳(岩戸山)。
そこに近年になって、渡辺兼子さんがなぜ天皇神道皇大神宮を起こして、岩長姫(宇宙創成の神々の総称としての)や、九頭龍(持子の神霊)、八俣大蛇(早子の神霊)を勧請してきたか。
もっと古くは、持子・九頭龍がなぜ、開いた時の岩戸が飛んでくると約束された戸隠の地を神霊の眠る最終地にしたか。
彼女が飛んできた岩戸を呑み込んで隠してしまうためだと容易にわかります。再び、隠れてしまわないように。
さあ、みんなの前で釈明してください。お出ましになる前に。あるいはその時に。
私は、ユダもおそらく持子早子と同じ、まだ至聖所には至っていないのではないかと思います。だからこそ、ユダの福音書が破損しながらも現代に蘇ったのではなかったでしょうか。本当に至っていて、そこに安住しているなら、決して恨みがましい現実を突きつけたりしてはこなかったと思うのです。一方的に裏切り者にされたままで終わっているのでしょう。
イエスよ、ユダに対して約束を守りましたか。
持子早子は明らかに、アマテラスの裏切りを感じ取っていて、岩戸開けがあるという場所の直近に構えていたのです。
私は、研究として、持子早子が冤罪であることを発見しました。そのことを天の穂日の名代として、母と叔母とともに祝いました。
そのことで、いくぶんか、怒りを収めてくれたので、天変地異が激減したと心得ています。
しかし、人が築いたカルマが天変地異として清算されるという摂理の一環として、持子早子の怒りも組み入れられていたのです。
それがないいま、どうやってカルマを清算しますか。
人と人の戦う戦争しか方法は残されていないのです。あるいは、その清算に相当な祈りが必要になるでしょう。
祈り以上に、カルマの増大が顕著な今、大戦の起きるのは避けられなくなってきています。
世に根源的な悪があります。いっぽう、その悪に反抗して様々な局面で立ち現われるネガがあり、これも悪の所業の原因になります。しかし、根源的悪とは異なり、解放の手立てがあります。ネガは、その元を明らかにして癒せば、ネガでなくなります。
しかし、根源的悪は、悪の因子を持ち込んだ者であり、たえずその心には驕りのあることが言えます。
人類を見たら、下等動物と思い馬鹿にする。いろんなちょっかいを出してからかう。まさにジョーカーであり、最初からのトラブルメーカーなのです。この存在と、心が荒んだネガとは異なることを知っておくべきです。後者は原因を正せば、治る病気のようなもの。
前者は、引っ掻き回すだけに特化した、病原性ウイルスです。
シリウスのアウトロー海賊・アヌンナキはこれに相当。それを放置したシリウスはその幇助者になります。
どこに立派な星でありましょうか。
このような試練を与えて、我々を訓練しているというのが、聖者たちの御説ですが、それでうまくいく何かがあるなら、示してみなさい。
聖者よ、あなたがたこそ、ジョーカー本人でないように願いたいものですね。
今度の最後の審判は、あなたがたを専らとして裁く審判になることを覚悟されたい。
この小さな地球の惨状を放置したとしか判断できないからです。
その目的、誰から指示を受けたのかなど、あらゆることを答えてもらいます。
そして、他者への加害行為としてすべて算定されることもまた覚悟あれ。
この宇宙全体の天地が根底からひっくり返ります。
元伊勢日室岳との不思議な機縁(3)
悪法も法なり
私は、ホツマツタエは神々の系譜に関しては真実を語るものの、歴史事実に関して改竄されている神話であると推定しています。
その理由は実に簡単。各段の表記に「あや」という言葉を使っていることによります。「あや」とは過ち、誤り、怪し、妖しなど(後々トラブルになること)の原語であり、「綾」としても真実に対して味付け(アレンジ).することを意味します。つまり、本物の真伝ではないことを宣言しているのです。これはホツマ作者の良心なのかもしれません。
「秀真伝」という当て字も、真伝より秀逸という意味で、真伝ではないことを宣言するものになっています。
しかし、一時的に用いられた神話であったとしても、神話は神々の行動を縛る作用を神々に及ぼします。神々が、こんな役は嫌だと言ったところで、宛がわれた役どころはこなさねばなりません。それが封神演義で敗者側に宿命づけられた仕事なわけです。
天の穂日はアマテラスの日嗣の最有力候補の立場を下ろされ、大国主命のもとに下野したと神話に記されれば、それに従うしかありません。
持子も冤罪を実罪のように書かれ追放されたと書かれれば、そのようにしなくてはなりません。怨み抜いて九頭龍に変じて祟り神になったと書かれれば、そのようにもなります。
ただ、九頭龍に変じた持子が戸隠の地にこだわったのは、タヂカラオが投げ飛ばすアマテラスの差し篭った岩戸を飲み込んで再び出すまい、つまり再び籠ることのないようにする強い意志の表れであり、渡辺兼子さんをして岩戸山近傍に居を占めさせたことと、同意義と解釈できます。すなわち、この冤罪事件にはアマテラスが一番に関与しているわけなので、証人喚問しなくては収まらないという意味なのです。
私も、その日、どんなことがあったのか、アマテラスに問いたい気持ちでいっぱいです。
疑うわけではないですが、日月神も碧玉の章10帖で語るように、「騙した岩戸からは騙した神がお出まし」の言葉の真意を、謎解きマンの私にしてすら、つかみかねています。たいがいは、叩けば開かれんの手順で、それとなく示されるものなのですが、これは最も難解で五里霧中です。父親だから、穂日自身が解明を拒否しているのかもしれません。
世間の無理解はGさんも同じ
Gさんの地元では、昔ながらの保守的風土のため、いかがわしいものがやってきたら、排撃するのが習わしのようです。天皇神道元伊勢皇大神宮の主神が岩長姫で副神として持子早子を持ってきていることに対して、ひどく罵るわけです。教祖の渡辺兼子さんのことを、どこの霊能者の言を信じたか、まるでスペースバンパイアのような印象で話すのにはがっかりさせられました。
鳥居礼に弟子入りしてホツマのことを聞いたもののようです。後に打算的な鳥居氏に嫌気がさして別れたとは言っていましたが、そこで耳にしたと思われる持子早子の話には何の異議もなかったと見えます。
Gさんは自分には神スサノヲの加護があるとも言っていて、確かに激情しやすい性格はスサノヲ譲りとも思えるのですが、私がホツマによると、持子早子と共謀したのがスサノヲになっているのだけどと言うと、ええーっ、そうなんですかと驚いているわけです。ホツマ人脈を持ちながらのホツマ知らずなのですね。スサノヲが好きなら、持子早子のこともわかってほしいなと思うのですが、どうもそのあたりに彼は潜在意識的な弱点があるようで、それ以上の話を回避しようとするのです。
はてそれは、彼の中にいるスサノヲが自己矛盾を抱えているのかも知れないです。彼は台湾の五台山での修行中に、虎将軍に入られたと言い、ピロ魂さんのイラストにちゃんと出ているではないですか。この時着ていた修行服が、この青年の衣装そのものだったので、これは僕ですよとまで言い切り、ピロ魂さんと会いたいとまで言っていましたね。ピロ魂さんはこの青年をニギハヤヒとしているわけです。ピロ魂さんはすごい。真相をすべて描き切っているわけです。
私はこの方向については解釈できています。ニギハヤヒは、アマテラスとして、Gさんを依代に使い、この世に出現する予定のようです。去年の9月23日が彼の50歳の誕生日なので、その日あたりからニギハヤヒが彼に入ったかと思われます。そして、激情しやすいスサノヲを後詰にして、Mさんと喧嘩別れしていた仲を修復させようとしているように見受けます。彼が頭角を現すには、財力と人脈が要りますから、その方面の手当てをしているようです。
Gさんはいずれ頭角を現す
Gさんはとても意味のある名前をしています。私が名で「深奥の扉を押し開ける」という謎解きマン冥利に尽きる名前であるに対し、彼は「元の順番に正す人」というすごい意味を持つ名前なのです。きっと正義に基づく世直しをしていってくれる人物だろうと思います。
彼は私が元伊勢に彼に会いに行ったとき、去年の9月の彼の誕生日前のことでしたが、彼は秘蔵の場所を案内してくれることになり、そこに行きますと、ある神社であり、玉杵さん(つまり国常立尊)をお祀りしているのですが、彼が言うにはそこの宮司さんは玉杵さんそっくりなんだと言うのです。Gさんには神様の顔がわかるのかと思ったのでしたが、その宮司さんに会ってみると女性であり、なんと柔和なお顔で、私が行ったことをすごく喜んでくれているのです。初対面なのですが、こんなに温かく迎えてくださったのにはびっくり。
そういえば、私は2014年5月に封印解除術を実施して、5月8日には国常立尊と夢の中で出会っているのです。むろんそのときには、男性の老人ですよ。ここの神社では女性でしたが、玉杵さんに喜んでもらえたのかもしれないと思ったことでした。
そして、その神社の参道が白い砂で覆われていたのを見て、それより数日前に見た夢に出てきた、黄色いうんこがあちこちに落ちている白い道とは、ここのことだったかも知れないと彼に言うと、彼は、ここには白蛇が住んでいて、財運を授けることができる、黄色いうんこは財宝を示しているかも知れないと言うのです。しかし、私はうんこだから、なんとしてでもまたいで歩いたと申しますと、ああ、それを踏んでたら、財運が転がり込んできたかも知れないのに、残念でしたねと言うではありませんか。
まあ私は、もうそんな財を手にしても、そう長くないし未練になるのもどうかと思うという話をしますと、やはり残念でしたという返事を繰り返していましたね。まだこれからの彼にとっては、それが必要になるのだろうけど。
まあ彼の話は私にとって多大な啓発を与えてくれる内容に満ちていまして、このときも思いもよらない収穫成果があったように思います。
元伊勢日室岳との不思議な機縁
元伊勢日室岳との不思議な機縁
私にとっての謎解きの集約点があるとすれば、おそらく日室岳(岩戸山)になるかと思います。
というのも、そもそも私の生まれた場所が宮津市で、この地を代表する山が大江山で、そこに伝わる酒呑童子伝説を傍らに置いて育ったからで、その懐に抱かれた山が日室岳であることはごく近年になってわかったことで、その存在がよほど大事だとは、それもごく最近になって知るようなことだったからです。
何のためにこの地に生まれたかを思うと、対岸に天橋立を望むことを含め、数多くの不思議伝説に魅了された地であり、あの有名な浦島伝説もこの近隣の話です。その意味を知ろうとすれば、メルヘンの興趣をそぐことになるでしょう。しかし、考えてみざるをえないという性分。そして、謎解きに必要な情報が集まるという時代の利点。
今回の謎解きに果たしたインターネットの役割は非常に大きいです。そして、情報通の多くの人が、面識のあるなしにかかわらず、適時の情報を与えてくれたことが大です。
私のする今回の謎解きは、分量が多く見込まれるため、シリーズものにしたく思います。
今回の記事は、「その一」というわけです。しかし、最初から筋道立てて説明するというわけにはまいりません。今回は、いちばん直近に見つけたサイトを参考に話をしたく思います。
このサイトは、どうやらシャーマンクラスの方たちの交流会のようで、全国各地の神社巡りを主体にされて活動されているようです。
京都 元伊勢の外宮と内宮の隠された真実(1)~(4)
https://blog.yoshiokamanabu.com/?eid=1599
~
https://blog.yoshiokamanabu.com/?eid=1602
これらは、とても参考になりました。
古代シャーマニズムにおける男と女の役割と罪
女性の思いは生み守り育てること。獣的な本能に従いつつも、巫女の心はその思いに沿って、その地を安寧にすべく、神々を公平に祀り、天と地を繋いだり、ほころびのある箇所を修理したりしてきたものです。そこには何のやましさもありません。
いっぽう男の神官たちは、権勢の伸長のし合いという、これもまた獣的な(テリトリーの保守と拡大)本能に従いつつ、全体的な進歩発展に寄与してきたわけです。
しかし、往々にして調和共存の方向を見失い、せめぎ合う相手を敵として殺したり、魂の封印呪詛をかけたりして、敵の本然たる力を弱め、自由を霊肉ともに奪ってきた経緯があります。その場合には、やましさだらけになるのも、強者で勝者である本人の良心の呵責や恐れによるところが大であり、そこに封じられた者たちの怨念がかかってきます。
この場合は罪として功過カウントされるカルマを生みます。当時は神官ゆえに知るその作用のほどを恐れて、彼らは頼るべき神々の利用を図りました。自分たちの栄華の存続の長い時の経過の後になら、その作用を甘んじて受けてもよいという、一種の契約を神々に取り付けて、カルマの先送りや作用の希釈や、怨霊の祟り封じを儀式的に執り行っているのです。その時に契約を担保してくれるのが、崇拝する神々でありました。
しかし、長い猶予の時が過ぎ、やがて期日を迎えます。溜まりに溜まったカルマはダムのようなところに蓄えられ、期日における一斉放出を待つことになります。
ところが、権勢の安泰の長期化におよび、この契約には限りがないと誤解した者もいて、依然として先送りや希釈を継続しようとするのも、一種の驕りと軽率によるものでしょう。
それを警告すべく、多くの預言や忠告が折々もたらされてきたわけですが、男性には腕白者が多いですなあ。死を以て償える程度のカルマとでも思っているのか、行け行けムードなのは困ったもの。彼らは新たな輪廻のステージに立つ冒険者となるでしょう。
元伊勢の地の因縁
2000年頃には、全国各地の因縁の場所の封印解除を活動の旨とする、現代の巫女さん(有閑主婦さん)たちがおりました。いつしかネット上で知り合い、我々が元伊勢詣でをするときのサポーターになってくれました。封印結界がきついが、解除してあるので、安心して行ってほしいとのことでした。
当時、私と共に行った人は、白蛇伝の白蛇の入った人(新神話名・イナンナ)で、すでに封印結界の怖さとその不利益を経験していたためか、大江町の元伊勢には行ったものの、橋立の籠神社は拒否しました。竹かんむりに龍とあるだけで、神霊を閉じ込める作用のあることを懸念してのことでした。カゴメとは竹で編んだこういうものを言います。
実際、籠神社の奥の宮である真名井神社には、多くの先住民とその神々が、その名もよすがも誰知らぬようにされて、磐座が置かれ封印されているもようです。
最近になって、情報第一マンのGさんから、そこは昔、子守一族のいた場所で、海部氏によって滅ぼされ、一族神官もろともその場所に埋められており、現在の子守氏の末裔が、そこは先祖の墓所でせめて御霊の移転を申し立てたものの、受け付けられなかったとの話。
現在の海部氏が、先祖の成した行為を詫びるなら、ご先祖のカルマも解けるのでしょうが、ご先祖も行け行けムードなんでしょうかね。男はどうも、権勢欲に関しては強欲ですなあ。
私は2001年にまた別の女性(新神話名・シノ)とひょんなことで知り合ったとき、その女性は開口一番に、「あなた、ヤマトスクネやね」と言われまして、その時に私は古代人だろうなとは思ったものの、正体は知らなかったのでした。
しかし、後に海部第四代目の頭領とわかり、さらに現地、籠神社に行った折、なんとヤマトスクネの銅像があり、浦島伝説のような亀の背に乗った姿とともに、顔がミュージシャンの伊勢正三に似ていることもまた(笑)分かったのでした。
なるほど、それでか。実は移情閣の三階から下りてきたという青年もまた伊勢正三似であったといい、このためイナンナも若いころ、それに似た人物を道すがら探していた経緯があるのです。変なところで照合がとれたものです。イナンナとは伊勢正三のコンサートを鑑賞に大阪年金会館ホールまで行きましたよ。
以後、私はヤマトスクネの属性も身につけました。私は当時から海部の抱えたカルマがおよそわかっていて、新神話においてヤマトスクネをして封印解除の工程を踏ませました。カンナオビとともに現地に行ったとき、彼女からもらった乙姫の玉を用いました。ヤマトスクネ像も、手に乙姫の玉を持っていますね。
https://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51917633.html
海部の初代は、ヒコホアカリとされます。系図にそのようにあります。
この人物はニギハヤヒと同定されているのも、彼の名前の全体名がとても豪奢なためでしょう。
天照国照彦天火明櫛玉饒速日命
「天照国照彦」で太陽神であり地上のファラオでもあるところの男性を意味します。
「天火明命」は津守氏・尾張氏・海部氏・伊福部氏・掃部氏の祖として末広がりに展開。
「饒速日命」は河内大和地方をある目的により手に入れ、それを後に神武天皇に譲ります。
その目的とは、名前でもわかるように、賑わしの時代の速い到来を促すことでした。
そのために、彼はたくさんの産業の基となる知識を携えていました。それを「櫛玉」といい、櫛のように多分岐した学問体系でした。おそらくこれがカバラです。
彼は革命を日本に起こす役割の人物でした。
日本は、過去に大きな大戦をして敗れ、進駐軍により占拠されましたが、日本民族は残り、欧米の文化の移植を受けて世界の工場になり経済大国となりました。饒速日命のいた当時も似たようなことだったと思います。歴史は繰り返しているのです。今後さらに似たことが繰り返されるのだとすれば、今度は宇宙文明の移植がありうるでしょう。
神話はある特定のパターンというか方程式のようなものを与えており、時間と空間が広がり行くに従って各種各様の歴史的現実が展開しているのです。
しかし、次の段階に行く前にすべきことがあります。過去のカルマの清算と過去に施したあらゆる封印の解除です。これなくしては、先に進んでも、恐れおののきながら同じことを繰り返すしかなくなります。
どうやらニギハヤヒも自ら封印されることによってその不遇を体験し、大いなる反省によって、封印解除の陣頭指揮に立とうとしているように思います。これもまた、ネットで見た「ピロ玉」さんのアストラル界見聞体験情報によってそれを知るようなことでした。
https://pirorinu2015.blog.fc2.com/blog-entry-491.html
~
https://pirorinu2015.blog.fc2.com/blog-entry-551.html
今回はどうやらニギハヤヒが地上のこれはと思う人物にかかり、太陽神としてお出ましになろうという計画のように思います。
その候補者がGさんで、彼は「赤い太陽」になると童女に予告されたことに気をよくしており、日室岳のキャップストーンと瞑想中に同化していたとか、スサノオが自分に憑いたとか言っており、極めつけは、台湾の五台山での修行中に虎将軍に入られたといい、その修行中の服装がピロ魂さんの描いたニギハヤヒと同じであったことから、「これは僕ですよ」とまで驚きながら言っていたこと。これには私も驚きましたね。
キャップストーンといえば、あれだよね。一つ目ピラミッドの。モロだよね。
そこで一言。
真の天の岩戸開けは、太陽神のお出ましと、すべての封印解除や隠蔽除去がセットになっているべきです。そうであれば、ニギハヤヒが太陽神としてお出ましになるにつき、異議はありません。これから神々に支援賜るのは、カルマの作用の免除のための先送りや希釈では断じてなく、封印解除で暗がりから出てきた霊たちへの指導と復興支援になります。
理想を言うなら、到来しようとする宇宙文明にも地球の土台作りと復興への協力が大事になります。そうでなければ、人類は地球を捨て去らねばならなくなるでしょう。宇宙文明がどのようなプランでいるのか、それはよくわかりません。しかし、地球に目をつけて以降、あらゆる地上の歴史は彼らによってコントロールされてきたのも事実。いよいよ、彼らの本心がこれから明らかになってくることでしょう。良いものであってほしいです。