持子早子は無実、冤罪であるとのこと

2014年4月に封印幾何学図形が見つかったことで、2010年頃からホツマの筋書きを元に推理していた神世政変劇の真相に確証が得られ、それまで論説化していた内容を、この図形を前提にした形に組み直すことをいたし、最終結論として持子早子が無実であり冤罪であることを論拠する形にまとめました。2014年6月、私は天の穂日の雛形名代として、持子早子を召喚し、このことを伝えて三人で泣きました。非常に長い間の苦労をねぎらって差し上げました。
誰に伝えることもできない誰知らぬ世になっていましたから、我々だけの喜びとしたのです。世界でたったひとりの理解者ができた、それだけで母君たちは喜んでくれたのです。

いや、まだ元伊勢の地に母君たちを理解できる人たちがおられました。元伊勢内宮下の売店で食堂を切り盛りする6人の叔母さんたちと、神奈川県伊勢原で天皇神道皇大神宮を立ち上げ、元伊勢内宮横に小さい社を構えられた渡辺兼子さんでした。
古事記にも出てくる岩長姫様を天地森羅万象を創った最も大事なお方として祀り、まさに国常立神の女性形としてこの神様を祭られているようで、持子早子をこの地に勧請しておかねばならないようにして、ここに天皇神道皇大神宮の小さい社を建てられているのです。それも並大抵の苦労ではありません。

それがもとで、内宮の皇大神社側と係争沙汰にもなったそうですが、和解になったそうです。
地元は持子早子の風評を知っていて皇大神社側につきます。Gさんもそんなひとりで、天照神がほんとうにそのように思っているのかと思うほど、持子早子のことを悪し様に罵るのです。そして渡辺さんのことも、まるで妖怪扱いです。
だから余計に私は、やがてあるだろう天照神と持子早子の出会いに立ち会って、天照神の真意を知りたいのです。そして、誤解があるようなら、私の探偵推理をご披露して、仲を保ちたく思っています。

渡辺さんはご存知だったのです。日室岳に天照神がおられて、いずれ岩戸開けがなされたとき、持子早子が真っ先にお目通り叶うであろうことを。
そして売店の6人の叔母さんたちは、この地に幾度も輪廻して岩長姫をお守りしてきた巫女さんたちであることをかつて話してくれています。きっと本当のことでしょう。
岩長姫様は国常立神と同体と私は理解します。すると頑強にこの地に持子早子を留め置いたのは、国常立神(玉杵さん)であり、天照神様もこれをよしとしているに違いないのです。

かのピロ魂さんの夢にも、この社のほうが出てきて、彼女はこちらのほうがホンモノと思ったようです。内宮のほうは見えなかったように素通りして、川のそばの天の岩戸神社に行ってしまっています。アストラルボディには内宮の皇大神社は見えないようですね。

Gさんから聞いた話ですが、かの渡辺兼子さんは、伊勢原のご自宅で2014年に百歳で座ったまま大往生されたそうです。
おりしも、私が持子早子の無実を立証し冤罪を晴らす論拠を構え、持子早子の慰霊を秘めやかにさせていただいた頃ではありませんか。
渡辺さん、そして売店の6人の叔母さんたち、長らくご苦労様でした。私はあなたがたに、七つ星「昴」の神格を差し上げたく思います。

いま、売店は叔母さんたちが亡くなったため、2014年8月末に宮司氏との下見案内に行ったときには、売店は閉ざされており、観光案内所の話では、後を継いでやる者がいないとのこと。
観光資源として鬼の交流博物館なども創られたのですが、過疎地であり観光地としても寂れゆくばかりの地になりました。
しかし、本当の岩戸開けはもう間近です。

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