千の風の夢を見てから一年

去年の12月11日未明にデス体験と千の風になった夢を見ました。
もうすぐ、あれからちょうど一年になります。
ほんとうにあっという間でした。これまでを
振り返ってみて、こんな詩を作ってみました。
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私は幸せだった。
神々と父母に守られてここまでやってきた。
あと少し。
猫たちを面倒見て、彼らをも送り終える事ができたら、本望となる。
妹はひとりでやっていけるだろうか。
私は自分とふたりで生きていくのだ。
自分のパンツは自分で洗うのだ。
少しも淋しくはないのだ。
自分がいつもついていてくれるのだ。
これほど心強いものはないのだ。
最も信頼のおけるのが自分なのだ。
いつも問えば答えてくれるのだ。
自分に従うことがいちばん最善なのだ。
たとえいろんなすれ違いがあったとしても、
それは一抹の「あや」にすぎない。
私は自分を愛し、自分を信じてついていく。
私は、たきの幸せな顔を見るのがうれしいのだ。
誰もが、ふと笑顔になってくれるのを見るのがうれしいのだ。
一刻でも一秒でも幸せであってほしいのだ。
私はそのためなら、努力は惜しまない。
今日は、たきがストーブの熱で目を細めて、ニャッと言ったのがうれしかった。

今朝の深夜にタキがついに添い寝してこんなことが・・・

深夜2時か3時頃に、タキがいつの間にか私の寝床に上がってきていて、足元(すねのあたり)に寄り添って寝ているのです。だんだんと母猫のウーちゃんに似てきている昨今です。
お蔭で、寝袋(いつも寝袋にしている。夏、春、冬用)の中で足の自由が利かず、寝にくかったのでしたが、そのためか久しぶりに記憶できるほどの夢見ができました。それも二本立てです。
12月6日午前3時50分頃の夢は、市街地のようですが、白化したような建物群とその街区の道路があり、私はその道路を何かに乗って進んでいるか歩いているかしていたら、トラックが白い砂埃を巻き上げながら追い越して行きました。
その景気はまるで戦後の都市のように人気がなく、ゴーストタウンのよう。ちょうど私が小学低学年頃の神戸の有様(瓦礫だらけの)に似ているような。しかし、コンクリート製らしい建物群なので、もしかすると未来の日本なのかもしれないなと思ったりします。
それからブーがやってきたか、また起きてご飯をやり、また寝したとき、午前4時50分頃か、とうとうすごい夢を見ちゃいました。
あれはそう、超有名人と出会って、私と出会うなり、私からとも彼からともなく、喜びと満面の笑顔で互いに両手を握り合ったのです。そのとき彼のいつもの険しい目つきは消えて、まるで亀のような柔和な目と顔つきになっていて、そのとき握り合うという行為が、鶴亀すべることになっているのだという実感付きの夢だったのです。
彼は亀の役を務める方のようでした。私は鶴。今まで何度か鶴亀すべるの儀式的行為を何人かの人としてきました。そのたびに瑞兆の験である地震が起きたことは、時折書いてきたりしました。
今年においても、亀の宮司さんとの共演で二度、ちょっと顕著な地震がありました。
しかし、この度は夢見の身体においてということ。
というわけで、もし今朝未明に鶴亀すべるが完成しているなら、そう今日から九日目の12月15日(ウヒョー、おいらの誕生日だい)に、ちょっと目立つ地震なりなんなりあるかも知れないので、ご注意ください。
さてそれから、そこには10人ばかりが一堂に会していたのですが、それぞれが何かに印を押してから、所信かあるいは自己紹介を述べるといった感じで、私も印を押して、さてしゃべる段になったときに目が覚めました。
ああそれと誕生日といえば、去年の12月11日の未明に、死の瞬間の体験夢に続く、透明な体になって空を飛ぶという夢を見ています。何人かと一緒に飛んでいて、ちょうどグライダーのよう。しかし、誰の姿も見えず、ただ声だけしているというわけで、これぞ千の風になって・・・そのものズバリだったと言ってもいいような感じがしました。
ここでちょっとだけ触れてます。https://mysterycats.darumasangakoronda.com/Entry/102/
あれほど軽く飛んだのは初めて。あの日は確かに魂は羽毛よりも軽かったように思います。
というのも、その数日前から、イザナギノミコトの黄泉国脱出について沈思黙考しておりまして、そのときのココロを学んでいたからであろうと思います。
イザナギノミコトの採った行動をよく吟味してみてください。参考になりますよ。

去年九月に見た夢

日付はもう憶えていないのですが、やはり未明の夢に、いまはもう亡き身内さんが、女優歌手としてデビューして、そのお祝いの席のシーンを見ました。
彼女はこちらの世界では、2010年5月に事故で亡くなったのですが、彼女の人生の別の選択肢のタイムラインはちゃんとあって、彼女はもしかしたら、そこで生きているのかも知れません。
身内さんの夢(この場合は願いとか希望のこと)は、女優になることでした。だからでしょう、町の小さな劇団塾に通い、その公演の中で主演を演じた劇もありました。
宝塚にもよく行って、観劇していました。
その彼女がもしも生きて、その道に志していたとしたら、もしかすると多くの聴衆に祝福される女優としてやっていたかも知れません。
その時の私の夢は、ちょっとコメディアン的でしたが、ある祝賀のステージが設けられていて、場内にアナウンサーの「このたび女優歌手としてデビューされた○○○さんです、どうぞ」の声とともにステージに現れた身内さん。そこに、観客席から花束が。それを受け取って、お辞儀をし、テーブル席につこうとするそのときに、ステージの両側から放水が・・・。
彼女はびしょ濡れ。しかし、突然の演出にびっくりしたものの本人は笑っていましたから、まあこのような初戦は覚悟していたみたいでした。水はスキューバやってて慣れていたし。
女優としてなら、もしあのとき亡くならずにそのままの時間の延長にあったとしたら、50才超えてますから、何らかのプレミアムがついていて、コメディアン女優としてのデビューしかなかったんだろうなと、思ったりもします。
しかし、誰にも隠された複数のタイムラインはあって、身内さんにもそれはあって、それをたまたま私は垣間見たのかも知れません。みなさんも、パラレルワールドをたくさん持っていると思います。
夢の中での経験は、そのような果たされなかったタイムラインでの物語かも知れず、また他人のタイムラインにたまたま触れてしまうこともあるのかも知れません。
私などはすでに第四の世界に来ていることは、前の記事で説明しています。
ダイ・ハードなものですが、そのような契約をしてこの世を遊んでいるのでしょう。
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/souko1/playback.html
だって、せっかく「救世主ネアンのアドベンチャー」というシリーズを経験しているのに、途中ゲームオーバーで終わっていたら、つまんないでしょう。(せっかく救世主になる手相をしているのに) こういうソフトとわかっているなら、やはり救世主になったところまで、やり切ってしまいたいはず。ならばというわけで、プレイバックのプレミアム付きで経験していると、まあこれも「仮定」ですけど、推測できるのではないでしょうか。
さあしかし、またやり切れるかどうかはわかりません。だって、意気地がないんだもの。ヒーローならどこかで糞切りつける勇気を発揮するものでしょ。それがダメなんだ。(笑)
また、あの世に行ってからのタイムラインも、このソフトにはあって、そっちのほうがラストフィナーレ的なすごさがあるみたいなんです。火の鳥になって、邪悪を焼き尽くすという、ホピ神話に言う、赤い救世主としてのタイムラインです。地上では果たせなくても、向うにはちゃんとあったりするからね。
でも、この世でも(人としての人生でも)救世主ができたらいいな、の物語かもしれないので、それもこなしてみたいとは思うのです。ところが、どうもそれをこなすには、魂の資質が問われているようで、なかなか困難なのです。(勇気と好戦性が必要なのですが、どっちもないのです。スタミナ不足なんでしょう)
まあいいや、自分は自分。このタイムラインでは腹八分目でいいとしときましょう。それに、もう疲れたから。

今朝はオバサンにベレー帽姿を・・・

私はベレー帽などふだん被ることはないのですが、今朝に限って、よそ行きの格好をして行くべきところがあって、ベレー帽をかぶったままで車庫のところまで出ていたのです。
するとそこに、まず巨大な犬がヌ~っと出てきてまず脅かされたに続き、オバサンが姿を・・・。
そして、手提げ袋にまた何かを入れてきている。
「これ、韓国の海苔でおいしいよ。ご飯に玉子かけてこれでまぶして食べたらおいしいんよ」と。
すぐに出ないといかんのでと言うと、このまま車に入れて持って行ったらいいよ、とまあほんとうに気さくに。
そういえば、前回まではベレー帽姿は見せたことはなかったのに、とうとう今回は見せてしまったわけです。
過去に私が見た夢は、ここに書いている通り、ベレー帽にメガネ、茶黄系チェック柄セーターの私に似た人物と出会っているわけです。
https://mysterycats.darumasangakoronda.com/Date/20141019/
このときに見た夢の人物に合わせるべく、ベレー帽をわざわざネット通販で買っておいたほどのものなんです。
つまり、何度目かに、オバサンについにベレー帽まで見せたことで、あのときの夢が完成してしまったことになるんですね。
オバサンはすごい。この人は私の夢の視座であるとともに、この辺ではいちばん気さくで親しい人物になってしまったわけです。しかもこのオバサン、私をじっと見据えて話をする。つまり、私を凝視する人はなかなかいないはずなのに、この人はさも縁者であるかのごとく、じっと見据えているんですね。
オバサンも何か懐かしいものを感じているのでしょうか。
やっぱりこの人は、私でもあるのかなと感じた次第です。
さて、今日は神戸まで出かけたものの、ついにベレー帽は被らずじまい。というのも、なんかスターのお忍びなんて思われるのも嫌だからと思って、結局、野球帽にしてしまったのでした。
結局、今まで私のベレー帽姿を見たのは、オバサンたったひとりだったというわけなんです。
不思議でしょ。