この山奥に最初にやってきた年の夏のこと。前のブログに書いたことかと思うが、私は北東側のメイン窓のすぐ横に二段ベッドを置いてその上段で寝起きしていたのだが、夜九時頃だったか、電燈の明りに羽虫たちがやってきて、90X45cmの摺りガラス越しに、くっついたり離れたりを繰り返しているのである。きっと田舎では当たり前のような夏場の日常の光景なのだろう。
窓ガラス越しに見る蛾は大小様々だが、ほぼ同じ形をしていて、なんとなく妖艶な女の腹部を思わせるほどに白く、その下に脚を二本上手に描いたら、ストリッパーが観客のほうを向いて踊っているように思えることだろう。
摺りガラス一枚に10匹も蛾がオンステージした頃、おっ、珍客のカマキリがその間に割って入った。
私はカマキリが捕食のためにやってきたと思った。蛾と歩調を合わせるように小刻みに上下動を繰り返している。
蛾のほうは、垂直のガラスに足を支えきれずに羽ばたいて位置をキープしようとするに対し、カマキリは脚で自らの身体を支えていて、それでも蛾と歩調を合わせるように上下し、しだいに二番目くらいに大きな蛾に、二つのカマを蛾に向けた横向きの姿で接近していた。
私はカマキリの捕食シーンをこれから見るのだと思って、今か今かと見続けていた。
ところが、十分に射程距離に入っているのに、それらしい行動がまったく見られないのである。捕食の構えにはなっているのに、またこんなチャンスは滅多にないだろうに、ただみんなして上下動の踊りを踊っているのだ。
蛾はカマキリの接近を怖がる風もなく、たまに数センチ飛んで離れてみたりすると、カマキリはそれにまた接近したり、また方向を変えて別の蛾に接近したりを、繰り返している。
40分もそんな光景を見ていただろうか。やがて、そうか。彼らは深夜の小さなディスコ会場に集まって、誰ともなく見ている観客に、自分たちの生きる喜びをアピールしているのだと気づいた。観客は、まさに私であり、踊っている彼ら相互であった。
そして、これが生き物の真の姿であることも、ほのぼのと込み上げるものを感じながら確信したのだった。
誰だ? 彼らを弱肉強食の世界の住人のように思い込んで、そうあらねばならないように追い込んでいるのは。
捕食シーンを撮って、してやったりと思っているカメラマン諸氏に申したい。あなたがたは、真の生き物の姿に、自分のフィルターをかけて、蓋をするのに躍起になっていないですか、と。
この奥山に来て、最初に目にした不思議な出来事だったかも知れない。まだ猫のいない頃の話。
約1時間後に、さあみなさん、この会場はお開きです、また明日よろしく、と電燈を消したのだった。