こんなふうに書いたら、神仙譚らしくなろうか。
その昔、純粋無垢に近い人々(神々あるいは精霊たちと言っていいか)が丹精込めて整備していた世界があった。そこはほんとうに永久であることを、存在することを以て証明するような世界だった。閉ざされた系でありながら、そこに生きる命は、無限の循環を繰り返して、そのゆっくりとした営みの中で形態を多様に進化させ、全体の永続性の基盤になっていた。
神々の個々の心の奥底から湧出する春日井のエネルギーが、彼らを守り育てていた。安定した万全の生態系モデルがそこにあった。そうした成功例は、三千世界の創造に採用されるのが常であり、ひとつひとつの世界の創造主はこぞっていいものを求めたのである。なぜなら、世界への参加者たちが楽しむための庭園づくりに似ていたからだ。誰も不愉快にしないことが、優れた創造主の匠の技とも言えるものだったからだ。
ところが、どこにでもアウトサイダーはいる。どこの世界よりも優秀でありたくて、基礎力もないのに、あれでもないこれでもないと、いろんなことを試して、効率の良さそうな方法を模索する創造主がいた。彼は、優れた多くの世界を見ているうちに、そのおよそ均質的な出来に対して不足を想い、ここをこうすればもっと効率が上がるのになあと思うことしきり。ついに、それを試そうとして、ひとつの世界を奪い取ることにしたのだ。
よもやそのようなアウトサイダーがいようとも思わなかったある世界の元の創造主は、世界をあっけなく奪い取られてしまった。
三千世界の裁定者に申し立てられては事だと、アウトサイダーは元の創造主とその協力者たちを暴力的に閉じ込めて封印してしまい、二度と出てこなければバレることもないと、強力な封印呪詛を掛けてしまったのだ。
まあ、そのような前置き話があると思っていただけたらよかろう。
あるところに、噂を聞きすがら旅をする姉妹がいた。姉妹は蛇に姿を変える妖魔だった。青蛇と白蛇。
彼らは元の創造主ゆかりの精霊であったのだ。なんとしても、その封印を解いてお出ししたい。
ある高名の仙人の話によると、かつての創造主はどこそこに封印されているのだと言う。しかも封印呪詛の仕方が、恐ろしくえげつない、言葉の呪詛で、「炒り豆に花が咲くまで出てはならん」というものだという。それ以外にもあるようなのだが・・・と仙人は口ごもった。
一聞しただけで、それはひどい。残酷無比ではないか。封印した側の暴力的なことはよく分かった。
このたびのお役目は非常に危険を伴うものとなるかもしれない。
封印については、すでに白蛇が僧法海という行者との壮絶な術較べによって体験済みで、長い不利益も受けてきていたが、このたび八角七層の雷峰塔が朽ち落ちたことから脱出して青蛇と合流していた。
その頃はまだ、封印を解くための情報がなかった。姉妹はさらに時を待った。姉妹は人間に転生した。
仙人によれば、人間にある間に、解くための情報がもたらされるということだった。人間世の緩慢な歩みにしばし身を委ねつつ、それを待つと、白蛇が妖魔らしい夢を見るようになり、その展開の中で、ある縁者の手がかりをえることになった。その縁者は男で、どうやら封印解きの手がかりを持っているらしい。その者にうまく会えたら、要件を伝えて協力を取り付けられるという。
まどろっこしいが、ここは物語の世界であり、展開の一筋縄であることを望むほうがおかしい世界なのだ。いったい誰なのだ。こんなややこしい、サーカスの空中ブランコのような手順を考えたのは。タイミングが少しでも合わなければ、みんな地面に落下してしまうというのに。
まず、縁者の男には、青蛇がアクセスすることになった。この男は世の中に絶望し切っており、気味が悪いばかりで自らの願いひとつ叶わないなら、齢50で命を終わらせてくれと、自分の守護神に誓願していたのだった。そして叶わぬままに50を迎えんとしていた。ところが、彼の49の最後の日、青蛇はこの男に声をかけたのだった。以後、しばしの間、ふたりは出会うことなく恋仲になった。主役的な白蛇が先鞭をつけて、渡すべきものを渡さねばならなかったからである。
この男の願いの大きなひとつは、彼女を得たいというものだったから、絶妙のギリギリのタイミングで条件は破られたことになる。が、この男はそのような願をかけたこと自体、忘れてこの50の峠を越えていた。
ところで、この男、無類の謎解き男で、すでにこの宇宙の仕組みの原理を解き明かし、日本の古代史と関連付けて、西日本に描かれた幾何学図形構図に基づく国土計画の存在したことを明らかにしていた。しかし、そのような謎解きには誰も関心を示さず、彼は彼で、あえて宣伝していくこともなく、ただ埋没の非充実な時間を送っていたのだった。生甲斐などない。いや、謎解き仕事があれば、その時だけ目が輝いた。だが、気味の悪い謎解きばかりが目白押しでもういやだ。客観的に自分を見て、ふがいない人生だ。その不平をかこつ方法として、50までで終わることを念願していたのだ。