むかし見た夢(2)・・・いつかきっとくる日の予知夢か

咳き込むことが多いんだけど、さほど苦しくないのです。
肺の全量使って、めいっぱい吐き出して、はた目にはいかにも苦しそうに見えるけど、
本人はさほど気になっているわけではないのです。私だけかも知れませんが。
しかし、消耗はしているようです。
もうそんなに長くはないことが自分でもわかりますし、それにそろそろ逝ってあげなくてはならないなと思うようにもなっているのです。
というのは、むかし見た夢に、根拠がありましてね。
あれは私がまだ30代の頃でした。私はほんとうにたまに、よく憶えておれる夢をみることがあり、この夢はそのような印象の強い夢だったので、今の今まで詳細を憶えています。
そのような夢に共通するのは、色が鮮やかなことと、何でーという手の夢ですね。
これはかつてあったブログや掲示板でも、一度ずつは書いたことがありますし、新神話にも、超常体験談にも記しているため、また書くのは面倒でもあるのですが、これは今の時期を予見していたかのような夢であるため、改めて検証しながら書くことにします。
その夢とは・・・
何かの催事場に正装して参ったのですが、その入り口でパンフレットをいただくのです。
そこで係員の女性から手渡されたパンフレットの表には、「天帝様へのお会いのしかた」と書いてありました。
たったひとりでそのまま通路から向こう側に出ますと、大きなグランドでした。
といっても、野球場か円形競技場といった感じで、私はグランドの真ん中に行くと、どういうわけでそうしたのか、私は手に持っていたパラソルを開いて、その浮力で天に 昇っていこうとしているのです。
タキシードで頭にハットを被り、手にパラソルですから、まるでマンガのセーラームーンのタキシード仮面のようでありますが、その当時あのマンガがあったもの かどうかは不明です。
と、その前に、右側ですから一塁側観客席ですか、に、けっこう太目の白銀に輝く十字架がたくさん重なり合うように、観客席を埋め尽くしていたのです。
それを横目にしながら、私は上を向きますと、空は若草色(薄青緑:: 映像の露出を加工したときになるような)に、和紙のようなうす雲がかかり、私は上空へゆっくりと揚がっていき ます。
空からは微妙なコーラスらしき音もしています。
と、中空まできたとき、私はまだ行くべきときではないと思い出して、上昇を止めたのでした。
そのとたんに、目が覚めてしまいました。
夢の内容としては、たったこれだけのことだったのですが、その風変りな光景ゆえ印象を強く憶えていたので、深く知り合った人にだけは話すこともあったのです。
風変りな光景。それは野球場にしろ競技場にしろ、私はスタンド側から一度も入ったことがないのに、それらしい入り方をしたことと、キリスト教徒でもないのに、鮮烈な銀白色に輝く十字架群を目にしたことです。
朝日に照り輝いていたかのような。しかし、あれは墓場で見るような分厚い白い十字架のようでしたね。それが観客席の一席ごとに整然と列をなして置かれていたような感じでした。
さあそれから後日になって、といっても十年ちょっと前ということですが、その夢の話をさせてもらったのですが、即座に折り返すように衝撃発言が・・・。
その方は、ある精神修養の道場で同席したことがある、アメリカ人のベティさんという女性が、かつてロサンゼルスのスタジアムの外を車で 通行していたとき、スタジアムの中からたくさんの十字架が空に向かって揚がっていく様を目撃(たぶん幻視でしょう)したという話をしてくれたというのです。
ええっ、それならあの夢で見た球戯場というのは、ロサンゼルスのスタジアムだったのか?
いきなりのシンクロ話ですから、私も短絡的にそう結び付けて考えたわけでした。
後にも先にも、そんな話、遭遇したりしませんでしたし。
それに、夢の世界ですから、象徴的に何か必要なことを啓示されたとすれば、何も近場にある野球場である必要はありません。
そして、憶えておけるほどの夢ならば、それ自体に意味があるわけでしょう。
今回は、夢見から20年近く後の、後日照合話のために、布石されていたとも言えるかと思います。
その精神道場というのは、断食道場と言い、兵庫県高砂の高御位山の下麓にあるとのこと。
どんなところか、そのあたりまで私も行ったことがありますが、昔話をしにいくわけにもいか ず、その程度で終わっているわけです。
ところが、その地は大昔にウシトラノコンシンを奉祭した九鬼氏の本拠地だったというのは、後に知ることになったようなことでした。
ただし、私は大本教の信者でもなく、ただ 通りすがりの部外者であります。
「天帝様へのお会いのしかた」というパンフレット。そして場内一塁側観客席の白光した十字架群。
天帝様とは誰なんでしょう。
十字架群たち(きっと霊でしょう)はみんなあのパンフレットにある天帝様をキリストと信じて行かれるのでしょう。
まあ、あのときの夢では、私と十字架群は別行動するようでしたから、どこかでルートが異なることでしょう。だって、私はキリストとキリスト教を信じているわけではないので。
ただ言えるのは、私の方が先に行くのだろうとは思います。
つまり十字架群を私が先導するのか、それとも単に時間的に先になるのかの違いですがね。
もし私が先導して、みながついてくるなら、私は十字軍ならぬ、十字架群を率いることになりますか。下手な洒落ですかね。
それに、ものみの父さんなどから黙示録の話を聞くとき、キリスト教徒は、神様、いったいいつまで待たされるおつもりですか、とやりきれない気持ちで待っておられるそうですね。
私もいい加減うんざりしてますよ。なんでこんなに来るっちまったんだろうとか。
きっと今の心境は、彼らと同じかもしれません。
だったら、一緒に行きましょうかということなのかもしれませんね。
ただ、ロス地震が起きても、私の方がすでに先に逝ってることになるでしょう。
夢の順序からすれば、私が先ですから。ここはトップとらせてもらいますよ。
だって今まで、一番になったことがないんだもん。
ま、それも、いずれもう間もなくのような気がしますが、みんな私がストッパーに回っていたのだとすれば、彼らに対して申し訳ないということもありますし。
だって、私と同様(ん?ほんま?)彼らは真面目な正しい人たちですからね。
そろそろ堰を切って差し上げねば。
咳が出るのはそのせいかな。
なんて、また洒落で誤魔化したりして。
ああ、それにロス地震なんて書きましたけど、地震、雷(戦争)、火事、おやじ(噴火)とありますから、一概に地震というのもナニですが。

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