平田留三会長の夢を見た

今朝4時50分頃から6時40分にかけての夢で、平田さん(日本UFO研究会)らしき人の夢を見ました。
お盆だからでしょうかね。
ピロ魂さんの体脱体験の話をしていたからか、どうやら私も久しぶりに体脱体験したのかも知れません。明晰夢の部類でした。
それでも、けっこう長い夢だったはずが、最後のほうしか覚えてなくて。
彼は向うでも何か事業をやっておられて、けっこう羽振りがいいようで、私は彼を何カ所かある事業所のうちのあるところにタクシー運転手としてお送りしたのです。
小高い丘を埋め尽くすようにしてある住宅街を眺望するようなところでした。
彼の経営する食堂に誘われて、お好み焼きのようなのを作ってくれるのですが、そのときに、面白い話があってなあ、あんたも手伝ってくれへんかといったお声がかかったようなんです。
ちょっと平田さんは風貌が親父に似ているのです。昨日は、Youtubeで「おやじの海」なんて聞いていて、久々に父のことを思い返していましてね。海の男でした。死後すぐに丹後の伊根に戻って、向うで遊んでいたような父。よほど故郷が良かったんでしょう。⇒ 死せる父、夢枕に
そんなこだわりのある雰囲気を醸していた父に似た平田さんが、代わりに出てきたような。
お盆であることを実感いたしました。

今朝先ほど地震の夢を見ました

最近はちょっと疲れっぽくなっていて、6時頃に起きて朝食して、さあ今日はどうするかと思っていたのですが、またも睡魔が襲ってきて、寝てしまったのです。
7時過ぎから9時過ぎまでの夢の中で、明るい昼間の家の中に居て、ほんとうにゆったりと揺れが始まり、やがて振幅の大きい揺れが・・・これも緩やかに。
私は、キターーーー!!と叫んだものの、それほどひどくはなく、ものの数秒。
遠地地震かなあという印象を持ちながら目が覚めました。
むろん夢ですから、実際には何もありませんでした。

今朝未明に中華風の奇妙な夢を見た

最近、あまり顕著な夢見をしたことがなかったのですが、昨晩深夜に、能動的に夢見を起こす方法を試みたところ、その甲斐がありました。
夢の内容は、見たこともないような中華風の建物で、屋根が雲の模様でその中に白虎のつもりなのか白猫が雲間に組み込まれていて、建物の上空にかなり張り出しているのです。
建物自体は大きなガラス張りで明るいのですが、そこに中国風衣装のお姉さんがいて、私に向かって言います。
「建築しに来たんやね」
お姉さんは、てっきり、私がそこに就職にやってきたように思ったみたいでしたが、私は否定もせずいると、お姉さんはカンフーのような真似をして踊っていました。
まあ、どういう意味の夢かはよくわからなかったのですが、気が満ちているときに見るような夢で、色鮮やかで、いい夢に思えました。
さて、能動的に夢見を起こす方法というのが、たまにやっている「朱雀になって助走をつけて飛行する」というイメージング術なのです。
かつてマメさんと共に夢見して、後で驚くべきシンクロが重なったことがありましたが、それそのものを、昨晩はひとりでやっていたわけでした。
なかなか効果的なので、これから毎晩やってみようと思います。
もし、マメさんがこれを見ていて、自分もやろうかなと思ったら、私はこれから毎晩11時に就寝しますから、共に夢見に参加してくださればうれしいです。
場所は、あのナスカ平原の二羽の親子鳥の絵の描いてあった丘ですが、共に夢見する時のイメージの中では、芝生の丘でしたから、そのようにイメージしてください。

ナスカ地方は、古代トルテックが夢見に励んだナワリズムの修行の場です。

今朝の夢はいったい・・・、それとトンの今

もう明るくなりかけてからの夢、短時間眠った割には長い夢で、ストーリーがしっかりついていたのですが、その内容はよく憶えていないのですが。
しかし、何かの商談のようで、こちらのグループが四人、相手方も四人というわけで、どこかの料亭のお座敷のようなところで長テーブルを挟んで向き合っていたのですが、その中に、女性がひとりいて、それが不思議のきっかけを持ってきた人物(新神話にイナンナとして出てくる)なのです。
彼女と別れたのが2002年11月でしたか。今から12,3年前のことですね。それからすれば、今彼女は49歳ですか、たしかにずいぶんと中年太りしていて、顔は何かむくんでいたりするような感じで、それでも化粧で下手に取り繕っている感じなのです。
あの当時と同様、人当たりよくにこやかで、たぶん私にも気づいているわけです。しかし、極力視線を合わせないようにお互いしているわけですね。
そして会談が終わっても、会話ひとつしないわけですが、相手方の四人の中に、たぶん夢の前半かあるいはそれ以前に見た夢の中で知り合っていた人物がいて、むしろ私はその人に話しかけて、イナンナのほうには用がないように装ったわけでした。
とにかく喧嘩別れしていますから、仕事の席だからこそ、にこやかでしたが、直に話すとなるとどうなりますかね。
しかし私は、面白いインディー体験のとば口を開いてくれたわけなので、別れた当時とは心境も変わり、感謝すらしています。
しかも、彼女に懸かっていた白蛇の神霊が市寸嶋姫らしいこともあり、現世ストーリーの展開をハリウッド映画並みの面白い綾にしてくれた役柄のように思えるのです。
しかし、私は彼女と別れたすぐ後日、高円宮が急逝された十数時間前の深夜に心停止がしばしあったかして、家の二階の自室で倒れ、そのとき脱ごうとしていたセーターが首に巻きつき、絶命する寸前だったのを、一階で寝ていた母が大きな音に気が付いて上がってきて助けてくれた(らしい)のです。
らしいというのは、意識不明のまま朝まで寝ていたからで、その日は仕事にそのまま出てしまい、夕刻に食事に帰った時、初めて母からそのように聞かされたのでした。
日中にはラジオで高円宮のご逝去を聞いていたので、もしかすると私の身代わりになってくださったかと、その日をまた別の「私の死んだ日」として記憶することにしたのでした。
(そう考えたら、今までいったい何回死んどるかわかりません)
誰でもそうですが、まだ「生きている」というのは、意識が前の記憶を持っていて、その記憶と今の現状が照合とれた場合を言うわけです。
もし前の記憶と現状が異なっていれば・・・。
夢は現状とは異なりますが、夢以前の記憶と照合できるために、ああ夢だったか、となるわけでしょ。
しかし、死は、夢の覚めない、夢にあることが新たな現状になった状態を指すのでしょうね。
さてしかし、今朝の夢は、すでに別れて別時空に行った(といってもまだ生きています)元彼女が元気に中年太りしてにこにこしていたという夢でした。
さて、こちらにも死線をさまよって戻ってきてくれた猫のトンがいます。
彼にとっては、前の顔とはやや異なりますが、記憶は続いていてくれました。私との仲は、前より少しは良くなったでしょうか。だったら、いいんですが。

怪我から一週間たち、本人の努力もそうとうあって、ここまできれいな顔になりました。