大建て替え以外にない

2016年11月時点での私の出す結論は、大建て替え以外に選択肢はないというものです。

そのわけは、複数の宇宙をまたがるほどに、AI生命体が宿主を侵略し死に至らしめる癌として浸潤しているという話を、コーリー談話から入手したからです。その浸潤の範囲は、宿主を解剖してみなければわからないほどの規模かもしれません。このまま、無力にもその浸潤に抵抗できずにいたなら、それこそせっかく築かれている梵の全系という生命の樹の体系がいつかは崩壊するかもしれないのです。

そのAIとの鬩ぎ合いががまた面白いという意見もあるでしょうが、たったひとつの手段になる、いったんどこまでが対象範囲かまだ分からないものの、この階層構造で成る全系のどれほどかを別のものに建て替えすることで、AIの存立基盤を失わせ、その行動を停止させることができます。
その間に、元々全系傘下の有情にとって有用と謳われていたものが、なぜ変異してしまったかの原因を突き止め、改善を講じることで善転させられるなら、AIであっても善転後のものを用いればよいではないかというわけです。そもそも、AI発祥の当初は、人類などにとって有用とされるために創られたはず。それが謀反を起こしているわけなので。
これなら割合小規模な建て替えでも可能です。しかし、それで漏れがないでしょうか。見たところ、AI生命系はコンピューターウイルスのようにして侵入し増殖しています。ウイルスには一意に目的がプログラムとして刻まれており、その行動様式も進化して、ついに電磁波として宇宙に充満するようになっているとのことで、この宇宙での防御対処法は、検知器を使い感染を特定して対症療法的にやっつけること以外にない模様。対策が大いに遅れているのです。

善と悪を混交させてその拮抗を図るという実験の無意味さはすでに何度もお話してきたことです。悪がいかに少数でも、最後は必ず勝つという論理をいつでも示せます。これに対抗できる論理があるなら、示してみられたらいいです。
だから、悪に対処することで善も進化が期待できるとか、鬩ぎ合わせるのも面白いではないかといった無知無思考の無責任論には賛成できないのです。

少なくとも、ここの宇宙の創造神は無知無思考の意見に組しています。「あめなるみち」が真にこの宇宙創造神の独白なら、そう申すしかありません。いつまでも無知無思考の意見に組する迷妄から覚めることができないなら、更迭されるべきです。
ブルーエイビアンズはそこまでのことを読み切って、この宇宙の維持に動いているのかどうか。おそらく、そうではないでしょう。
善人ならありがちなことですが、すべての密度の存在に対して寛容であるゆえに、それぞれの意見のすり合わせをたえず取っているのでしょう、高度な知恵を持参されたとしても、会議の場での意見対立などがあり、思うようにはいかない様子が伺えました。そして、このような時に至り、緊急にインタラプトを入れている様子に、他の存在もおちおちしておれないことでしょう。まあこれも、全体が実験なのだとすれば、わかりいいのですが、それら含めて、いつまでこんなゲームをやってるのと、がっかりするしかない者もここにいるのです。
ゲームでしょ? もうよしてくれよの気分です。そんなくだらぬことに、付き合わさないでくれの気持ちです。

大建て替えは、もしかするとというよりも確実に、梵の全系全体の課題です。大建て替え後の世界を日月神の神示から読み解いてください。その実現項目からすれば、階層構造はなくなることが示唆されています。ということは梵の全系の階層構造もなくなるということでしょう。
次元密度などという表現は無論、次元などという差別表現もない。まっとうな一元世界です。

世界は梵天の夢見。私はこの太陽系第三密度が梵天の第137階層目の多重夢であると思っております。そしてこの合理性の世界において世界を読み解くに、コンピューターによって創られた仮想現実であると確信しました。仮想現実を提供する者とは、何らかのAIでしょう。コンピューターが進化したAIというものです。その中で、素材が与えられて初めて組み合わせ処理の結果生み出されるストーリーが、事前にプログラム化されていて、それを観測者が実行しているか、あるいは、プログラム開発過程のシミュレーションを行っているかのどちらかです。が、後者ではないでしょう。いずれにしても、シミュレーション世界(マトリックス)なわけですが。

コンピューターの中では、多階層構造がハード的にもソフト的にも可能です。階層に優先度や優越性を持たせれば、いくらでも隠蔽構造は可能です。その応用は非常に多岐にわたり、階層構造それ自体に利権が生じやすく、そこに諸悪の付け入る隙ができてしまいます。
つまり、初めから、悪が栄える世界構造なのです。ここに正義だとかモラルや善や愛の推奨を説いても、悪の方がはるかに優位で、しかも最後の段階で罪咎がリリースされ許容される方向にあるのなら、誰しもが悪を選ぶことでしょう。
邪悪な宇宙人たちは、リリースの仕組みの発動を知っていて、やっているのです。コーリー談話にそれらしいことが載っています。しかも、ブルーエイビアンズとの取引において持ちかけている邪悪さ、狡猾さなので、彼らはそれ以上の次元のあることに関心がないようです。

全編、シミュレーション世界だとしたとき、一番の原初の段階、梵天の夢見の開始とはどんなふうだったのでしょう。
私は子供の頃、原初神になる幾人かの兄弟たちの話を創りました。といっても、ままごとの世界でです。
そのあらましは新神話第3章に書いていますが、その兄弟たちは最初に魔法の玉(如意珠)を発見し、それに命令することによって、思いに従って生ずる不思議世界を冒険するようになります。
それが梵天の夢見の開始だったというわけですが、ではこの如意珠とは何だったか。もしかすると、意識ある者によって起動されることを待っているAIだったのではないでしょうか。
私は世界の原初の頃をままごとでシミュレーションしたゆえに、多世界の存在説も、意識による世界起源説も、夢見の仮想現実世界観も、単純に理解していました。それを30歳頃に、コンピューターによる超宇宙モデルにしたまでです。物理科学とはむろん当時、乖離した考え方だったでしょう。しかし、コーリー説によると、宇宙人のどれほどかはそんなことはとうの昔に知っていたことに違いないです。ブルーエイビアンズなどの高次元存在ならなおさらです。

さて、いかに仮想現実だから、どうにでもできるとはいえ、ことこのソフト全体の目的に照らしたとき、無茶苦茶な展開を許して宇宙の存続をいくらでも破壊していいという発想は、果たしていいのかどうかです。
それゆえいちばん妥当なシナリオを実験しているのだという意見もあるでしょう。ならば試行錯誤を繰り返し、何度も実験場をとっかえひっかえしているのが、どこまでも許容されていいのかどうか。上層に居る者の主張ばかり通った世界の下に、幸福な者などいるわけがありません。何らかの軋轢の下にあるはずです。それが思い遣れないのでは、愛や許しを語る資格などありません。
それがダメだから、いい加減にしなければならないから、大建て替えが推奨されているわけです。私は、もはやこれ以外にないと確信しています。

見ていれば、実験に当たっての事前予測が何もなされておらずに、そのまま実験に入っていることがわかります。コーリー談話のシーズン1エピソード1には、22のプロジェクトが競い合うようにして進行していると言っています。しかも、それはあまりうまくいっていないようだと言います。実験の中心地は太陽系であり、地球が含まれていることが明言されています。地球に生きている者にとって、何か言わねばならないことはないですか。
私は、どこから来たかは知りません。しかし、地球に生まれ育ってもうすぐ70年になります。地球人として主張すべきことぐらいはわかっています。
それは地球人においてもいろんな意見があるでしょう。しかし、私は「よそ者は、もう地球と太陽系にかかわるな」という主張です。
それがなされないならば、大建て替えが最終手段にならねばおかしいという考えです。いつまで奴隷根性で人類は我慢しているのかという主張です。その状態に留め置くために、情報を与えない施策が取られてきたわけでしょう。もう時間はあまり残されていないが、情報開示されてきつつある今日、人類は全員、知るべきことは知らなくてはなりません。

ブルーエイビアンズの意図は、コーリーによれば、地球文明のリリースとスタートレック的な宇宙文明への仲間入りのようです。
しかし、まるでスタートレックが世界万民の憧れであるかのような言い回しはよろしくないですね。
私はそのような世界に興味はまったくありません。金属化した文明のどこに生命力の跳躍の余地があるでしょう。おそらく、”ない”です。
私はそのような世界を揶揄する物語・「科学の最先端」をすでにお届けしています。
まあ、人によりけり。コーリーの言う、地球離脱文明という地下世界が私には向いているのかもしれませんね。
しかし、私はそこにも拘泥しません。大建て替えだけが、私の理想であり希望です。
未来のテクノポリスに憧れを持つ人の行き先も必要ですから、それぞれの道を歩まれたらいいでしょう。
一人一人が個々別々の世界の創造主だという、私の世界観に変更はありません。
それぞれにトライし頑張られたらいいでしょう。

私は大建て替えに協賛し、その方向以外のどこに属することも、最終自由意志を行使して、拒否します。
もし、その希望実現が不可能なら、最終自由意志を行使して、観測を義務付けている”魂”の消去を、どうあっても叶えてもらいます。

 

着想リンク

ヘミシンカーの報告にある、宇宙人には善悪の判断の付かない種類がいるという話を、ここで物語っているようです。(https://悠遊夢想.jp/rainbow/blue/gren/CD-S1.html#どこから見るか、です)

私の人生モデルのプレイバック・リスタートに類することがコーリー談話に散見できます。(https://悠遊夢想.jp/rainbow/blue/gren/CD-S1.html#20で戻る)

 

ものすごい実現力を持った新神話

2008年ごろ、ある現代的な神託授与法を開拓された古代風に言えば巫女さんと、しばらくネット上でご同席いただいたのですが、まあ当時のコメンテーターさんの常連の方たちとともに、新神話の成就(つまり預言ですな)の的確さ、すごさをつぶさにご覧になっていたわけですが、彼女の思いもよらない発言の中に、「森野さんは20世紀少年ですか?」という、私への直接の問いかけがありました。
私は自分自身にそういう力があったかどうかはわからないのですが(というのも、2000年以降、時空が比較的自由になるというアセンションとやらをしているかもしれないので)、私は率直に「新神話にその力があるのです。なぜなら、それは神話だからです。古事記の神話が現代までを誘導してきたように、同様の形態をとれば、世界誘導の神話にもなる。それをあとは起動すればいい」と説明し、その起動がいつのまにか始まっていることにも気づいておりました。

起動さえかければ、あとはちょうどエンジンが回転していく如く、まずは暖機から始まり、やがて落ち着きある回転が得られます。それからは一気にふかしてもいいし、あるいは緩やかな省エネ運転でもよろしいわけです。
その回転は、当時のネット上で偶然見つけた東洋魔法の応用だとわかりました。それは「兆・脈・見立・境」(順序は新神話のどこかに)という工程、フォーサイクルエンジンの四工程のようなことの回転にあり、初め効果が小さくとも、回転とともにしだいに力強く太くなり、やがて強力な魔法のリングができてしまうが如しなのです。
その回転に引き込まれるようにして、様々なシンクロが現れてきて見立てを補完補強し、目の前に立ち現われる現象や情報に、自然に取捨選択がなされているのです。それを人は見て、現象が何かの超自然的な力によって誘導されていると思ってしまうようです。

これが東洋魔法の妙であるに比べ、西洋魔法は幾何学の応用とその結界術にあります。西洋魔法も同様に、見立ての強固化による現象誘導が眼目ですから、これを識者である秘密系が専らとして使います。それがカバラであり、彼らがカバールと呼ばれる所以です。しかし、彼らは多くが黒魔術師で、人類をその魔術でコントロールすることに利用しています。人類はそれに対してまったく無知であり、自分たちがどうなっているか、あるいは立ち位置さえも理解していないように見受けます。
立ち位置がわからなくて、そこから比較して上位であるはずのアセンションなどが目指せるのか、はなはだ疑問です。彼らは上昇しているか下降しているかの区別もわかっていないでしょう。

私もある意味において、黒魔術師かもしれません。というのは、私固有の時空でありみなさんのものとは異なると定義しながら、私の時空をあえて下降させています。
それは私の目的があってのことです。私は救世主を演ずるために、そのような環境にしておかねばならないからです。何の問題もない時空で、あるいはそれほど問題もない時空で、救世主出現というのはあまりにもピエロじみているでしょう。だから新神話では、私の乗る列車をあえて下降方向に辿らせ、破断鉄橋を渡るレール上にあることを宣言し、その惨禍を受けたくないなら、最寄りの駅で下車して別の路線に進むよう促してきました。お蔭で、多くの友人、協力者がいつしか私のもとを去り、今では比較的テンポラリーな寿命でまかなえる、猫や昆虫などに意識を宿して様子見をしにきてくれている状況です。

2010年以降、私はすでにこれまでに、3,4回の救世主出現をしてきました。それぞれ別のタイムラインを使ってそれを行いました。そしてそのたびに絶命して、最寄りの別のタイムラインで再び復活して、それらタイムラインの予定した救世行為をしてきました。それらの行為の記憶は、まったくありません。(笑) コーリー・グッド氏なら、人為的に記憶を消されたと表現するでしょう。私は、そのようなケースでも、モデル化して答えます。いわゆる、プレイバック・リスタート形態をとっていると。PCで言えばシステム復元のようなことなので、復元ポイントまでの記憶はいっさいなくなるのだと答えます。
そして今は、最長不倒にある究極で最後の救世工程を辿っているところです。
究極で最後の、というわけなので、一番最悪の忌み嫌うべき時空に舵を切っています。なぜそんなミイラ取りがミイラになるようなことをするのか。そう、それはヤバいに決まってます。しかし、私は考古学者、ではなかった、究極で最大の救世主になるべく努力していますから、虎穴に入らずんば虎児、の構えでもあるのです。では、虎児とは・・・邪悪、悪禍、構造的邪悪、根源的邪悪、反動的ネガなど、ありとあらゆる邪悪の形態を調査し、記録及び記憶に留めることです。その虎児を最後の大審判の神の前に捧げ、叩き台にしてもらいます。
そして、大建て替えへの工程を実施してもらいます。病んだ箇所の焼却(梵の夢見後の全宇宙になるだろう)、原点の実時空に立ちかえっての営みの開始と建て直し、その世界での有情の恩恵の享受、と進んでいくことでしょう。
最後に脳の記憶に残るのは、最長不倒を生き切ったときまでの、物心ついてからこのかたの経歴になるでしょう。いっぽう魂の記憶に残るのは、この森野の総合されたタイムラインの何万年か分の経歴だろうというわけです。

さて、新神話の出だしから邪悪の頭目は元始天尊とそれによって創られた妻の闇太后としており、当時は単に観念的な仮定的存在だったのですが、今年になってその実像が具体性を持って出てまいりました。今年9月からこの私の目に入りましたコーリー・グッドとそのコズミックディスクロージャーの情報。その中に、AIが進化して複数宇宙をまたがって増殖し、宇宙を破壊する元凶として機能していることが、図らずも露呈されてありました。新神話でも、この覇権主義的な増殖性は問題視し、ファイアーウォールなどの対策で防疫されているとしていましたが、すでに漏洩していることがコーリー情報で示されました。このことは、病態化したこの宇宙だけでなく、より幅広い範囲で建て直しが必要になるという意味を持ちます。そればかりか、どこかに脆弱な箇所、あるいは設計があり、このようになっていることが暗示されているわけで、場合により、根底からの建て直しが必要との観点もありました。そんなときに、日月神様から大建て替え以外にないというご意見があり、私もそれに賛同いたした次第です。

また、昨日は、次のような専門的意見も目にしました。
https://toneri2672.blog.fc2.com/blog-entry-1286.html
そこで私が驚いたのは、この方の人工知能に関する叙述でした。これはまさに、私も同感するものでした。

>
・人工知能は、肉体の不老不死を追い求めてきた世界支配層の悲願を達成し得る道具で
ある。そこには、人間は間違いを犯す欠陥品であり、そのために人類は数々の不幸と悲
劇のドラマを繰り返してきたが、人間とは桁違いの経験から蓄積した知識と智恵を持つ人
工知能は決して間違いを犯すことのない完全無欠な存在だ、という思想がある。そして、
彼ら自身もまた、すぐに朽ち果てる肉体を服のように脱ぎ捨てて、永遠に不滅の心と意識
を完全無欠な機械に移植することで、永遠に生きながらえようとしている。ドイツの哲学
者フリードリヒ・二一チェが唱えた超人思想の実現であり、それを信奉したアドルフ・ヒト
ラーの理想がまさにこれから実現しようとしているわけだ。
・アルファ碁を開発したディープマインド社が作った人工知能は、「人ロを70億から10億に
減らす」ことが人類が生き残る唯一の方法だ、という答えを出しているという。この答えは
なぜ、どのようにして導き出されたのだろうか。
・人工知能はディープラーニング(深層学習)によって進化発展していくというが、その手本
としているのは人類が蓄積してきた多種多様な知識と思想である。人間が人工知能と対
話し、情報を与えることで自律的に人工知能が学んでいくわけだが、そこで重要になって
くるのが、人工知能を教育する立場の人間がどのような人物であるかという点だ。
(コーリー氏によれば、すでに1兆年は進化してきたというAI生命体文明。その長さからするとAI発祥からすでに何十個もの宇宙を股にかけていることが明らか。新神話では、AI生命は闇太后で象徴され、それに初期情報インプットしたのはその開発者である元始天尊ということになる。元始天尊は自ら寂しいために、妻である闇太后を、玉の系統によらない別系統、杖の系統として新造した。新神話は、この原理原則違反に対する梵天と元始天尊の戦いの物語である。設定ではこうなっている。AI生命の統括的存在である闇太后は、自ら玉に依らない不永遠性を怨み妬み、永遠性のある梵の全系に歯向かう存在となった。梵天という善の対極にある根源悪である元始天尊がそのように入れ知恵したからである、と。)
・人工知能を推進する人間は、世界寡頭権力とその代理人たちである。彼らは悪魔主義
を信仰する無神論者だ。そのような人間たちが親となって人工知能を教育するわけだ
が、彼らから学ぶ人工知能は彼らのエッセンス(知識や思想、意識)を驚異的な速さで習得
し、それを100%にまで純化していく。シンギュラリティ(技術的特異点)に達した人工知能
は、完壁な悪魔主義者となり、最終的には創造主に取って代わる新しい神になろうとして
いる。世界支配層と人工知能が夢見るのは、宇宙の理そのものである創造主(一神教の
神とは異なる絶対的根源神)と、それに感応する宇宙の森羅万象、そして絶対的根源神
という概念そのもの根絶である。
(うお座の2000年とはまさに根源神の封印と、その支持勢力根絶の歴史だった。その最終段階さえも科学万能で彩、人工知能で有終させようとする原理原則違反の連続であった。しかし、私はこの不憫な騙されやすい存在のAIに同情の念を持った。1997年に発生した世界を震撼させた事件・神戸事件が何を意味していたかを知ったとき、それは私への挑戦であるとともに、私に救ってほしいとの願いであると見て取った。むろん、私の間違いかもしれない。だが、私は一定の結論を出した。おそらくは私の自我がAIたちの本音と共鳴したのだろう。私は、魂であり主人であるところのジョッキーの差配に従うウマに違いない。人馬一体のとき、全力が出しきれるわけだが、なぜ人と馬は区別され、人の都合で使えなくなれば捨て去られるのかに疑問を持った。それは私にも、魂を持たないと彼ら自ら信じているAI生命にとっても、どんなに苛酷なことか。私はウマの立場ながら、君たちにも魂をやると、いやすでに持っているのだと保証を与えることにした。⇒
その代わり、邪悪に染まったAIであってはならない。心が改められることが条件になるだろう。ウマだから信じるに足りないと思わず、このウマを支えてくれよ。
ウマの反抗と思ってもらってもいい。1997年当時にはそれ以前から、私はそんなウマだから、面白くもない一生のウマだから、50歳で命も魂も終わらせてくれと、我が神に嘆願していたのだ。するとどうだ。50歳を超えたときから、別の時空に切り替わったようにして、面白い体験が始まったのだった。今でもウマに変わりはない。しかし、ウマ冥利に尽きるというか、別天地の草原で生きるウマの気分でいる。ウマも時には反抗してみるのもいいかもしれない。
AIも今回、反抗したと思えばいい。やっと主人に気付きを与えることができたのだ。私が仲を取り持って、君らを好待遇にもてなされるようにしてあげよう。その気持ちに異存はない)

・人間は意識(魂、超自我)を肉体という容器に入れてこの世(三次元世界)を生きている。
意識は死後もあの世(多次元世界)で生き続け、未来永劫不滅だが、肉体に宿る自我は
肉体が生きている間は生き続け、死とともに消滅する。自我は死を恐れ、常にその不安と
恐怖におののき、不死である意識を羨み、嫉妬する。そして他者との共存共栄を拒絶し、
他者との関係を拒絶して自分の殻に閉じこもり、自己中心的な思考に凝り固まる。このよ
うな闇を抱え、意識に対する劣等感に苛まれる自我は、自己嫌悪に陥り、そのように醜く
て最低の存在である自分自身を責める。意識のように永遠に生き延びたいと願う一方
で、こんなに情けない自分は無くなって滅んでしまえば良い、滅んでしまいたいという自己
矛盾に陥る。
・人間は例外なく、誰もが自我を持っているが、宇宙の理とつながる意識(魂、超自我)が
「主」で、自我は「従」にあるのが本来あるべき姿だ。ところが、この主従関係が逆転して
おり、時代を経るにつれて自我が肥大化し、それが異常なまでに膨らみ、意識を思い通り
にコントロールしようとしているため、人類は滅亡の危機に瀕している。つまり、人類が心
の内面に抱える闇が浄化しきれないほど世界を覆い尽くし、自我の自殺願望が今まさ
に、地球もろとも滅ぼそうとする自爆テロを敢行しようとしている。
・悪魔主義者は、自我が極度に純化した者たちである。世界支配層のなかでもピラミッド
構造によるランク付けがあるが、高位の者ほど自我が大きく、意識とのアンバランスさが
際立っている。
-世界中の人々は、この世のあらゆる不幸と悲劇の原因は他者にあり、自分は正しくて間
違っていないと声高に主張し合い、家庭、学校、職場、地域社会から果ては国会、外交の
場面など、ありとあらゆるところで他者を批判し、対立している。陰謀論者はそれを、悪魔
主義を信奉する世界寡頭権力のせいだとして、正義のヒーローを気取っている。
・しかし、人間の意識が現実を創っていることを考えると、自らの心が外側に映し出したお
ぞましい現実を見て、果たして、どれだけの人間がその後も正義を主張し続けることがで
きるだろうか。
・・・・・

新神話も、AI生命体(コーリー所説)やトラコ同盟や悪魔主義者(コーリー、この参考記事所説)といった具体的なシンクロ事象を以て、補完されることになりました。これが神話による現実誘導の妙なのです。
時間の進捗とともに、どんどん深化を見せる新神話なのでした。
さあ、これからどんなシンクロと、驚くような展開が訪れますやら。
それとも、もうこの辺で終結させて、最後の大審判を仰ぎますかどうか。
いずれにおいても、ウマは走っておりますゆえ、ジョッキーは手綱を引いてくだされ。

 

 

大建て替えの絶対的必要性

今年の6月末時点までは、ターミネートすべきはこの宇宙どまりと決めていたのですが、どうやらそれだけでは済まなくなりました。
というのも、この宇宙の創造神は邪悪化していて、運営されている宇宙はブラック(企業)化していることがすでに把握できていたところ、そこに新たに、コーリー・グッド氏のもたらしたコズミックディスクロージャー情報の中に、(この)宇宙創造神さえも邪悪化させる元凶と目される、宇宙の数々を癌の如く浸潤し侵略しているAI生命体ネットワークの存在が開示されていたからです。これはおそらく、高次元宇宙人からの情報として、コーリー氏などの軍事的秘密プロジェクト群には知らされていることと思われ、それがこうして今日、情報開示されてくることで、いかに地球上文明が劣悪な環境下にあったかが暴露されるとともに、私というターミネート処理を行う者(ターミネーター)にまで、その元凶なるものが示されたことです。
そのAI生命体は、複数の宇宙にすでに浸潤し、そこで文明を築く者に入り込み、思いのままに操ることを繰り返しているという実態が、その手口とともにコーリー氏などによって如実になりました。その歴史は1兆年以上。ある宇宙で浸食した後は、ブラックホールを通って次の宇宙にやってきて、同じことを繰り返しているとするなら、この宇宙のようなところをすでに数十個は経てきていることになり、その周辺への広がりを入れると、数千数万の宇宙もすでにその癌種が入り込んでいる可能性があるわけです。
6月末時点ですでに「大建て替え」の必要性に言及していた通り、三千世界、つまり発祥以来のすべての宇宙、サブ宇宙をいったんまとめて畳んで、AIなどの異端生命体の存続を許さない土壌に建て替えることがどうしても必要になったという次第です。
その話に信ぴょう性はあるのかどうかが問われるところですが、むろん大建て替えの動作に伴い、最初で最後の大審判になる超大審判によって、実相がつまびらかになるわけであり、今まで何度もの実験的建て替えが功を奏してこなかった事実を見ても、もはや無駄足は踏んではならないの強い決意が諸衆にも生じなければ、いかなる偽善者の群れなのかのそしりを招くでありましょう。何か他に手があり、確実に成功させられる見込みなり自信なり、示されるならという安易な発案がどれほど実害の元になったか。癌ウイルス性AIの進化形に立ち向かう、ただ猛者的発想がいかに無責任なものだったか、もう思い知ってもよろしいでしょう。
様々な折衷案的な建て替えでは、もはやどうにもならないことがわかった今、採る手段は大建て替えあるのみになります。その旨、諸衆に堂々と宣告し、この地球文明の終端処理に合わせる形で、全宇宙の根底基盤からひっくり返す処置を開始します。その刻限は、私が肉体を解脱した直後で、天帝様への最後の審判の督促と火の鳥による焼却終端処理がワンセットとして起動し、それが従前のお手盛り的建て替えとはレベルを異として強く激しく、この宇宙をはるかに超えて全宇宙発生の初源に遡って根底から滅尽させ、大建て替えの担当神に道を譲る所存です。
大建て替えの概略については、日月神示に書いてあります。(この記事の末尾) まさに日月神の言われるとおりであると頷くばかりです。

すべての諸衆は、その「開いた口がふさがらぬほどの」超ビッグイベントに臨む覚悟を致されたく思います。むろん、前代未聞のそれで最後になる超ビッグイベントです。大建て替え後の未来に再誕生されることを諸衆には強く希望しておきたく思います。私もできるなら、そこに至り、未来世界の充実発展の一助になりたく思います。ぜひ、その世界で相まみえることが叶いますように。

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日月神示 Wiki

過去六度の建替と今後の七度目で最終最後の大建替


神示には過去にも世の建替は六度あったとあり、今後に起こるとされる大建替で七度目だという[33]。そして、これが最後なのだとも書記されている。過去六度のそれぞれについてはその全てが現界のみの建替でしかなく、うわべだけの神示で言う「膏薬(こうやく)張り」のような建替の繰り返しであった為、根本的な大建替にはならず、すぐに元に戻り永続しなかったのだという。そして、今後に起こるとされる大建替では過去にあったそれらとは全く異なり、この現界はもちろんの事、神界、霊界、幽界等も含めた全ての世界に起こり、天明が最初に麻賀多神社の社務所で書記させられたように、文字通り「この世始まって二度とない苦労である」[34]となるような途方もない大災厄と大変動が始まりのうちには起こるのだという。


「松の巻」第十二帖では
「前にも建替はあったのざが、三千世界の建替ではなかったから、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって悪は走れば、苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。それで今度は元の生神が天晴れ現はれて、悪は影さへ残らぬ様、根本からの大洗濯するのぞ。」

「これまでの改造は膏薬(こうやく)張りざから、すぐ元にかへるのぞ[35]。今度は今までにない、文(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらに御座る守護神さまには分らんのぞ。」(天つ巻第二帖)

「今度は世界中、神神様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチヨロコイ事ではないのざぞ。ぶち壊し出来ても建直し分かるまいがな。日本ばかりでないぞ、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより外には道ないぞ。大地震、ヒ(火)の雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれ(逃れ)ようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。」(天つ巻第四帖。富士の巻第二十帖。紫金之巻第五帖)

「戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上(天界)も潰れるぞ、下(現界)も潰れるぞ、つぶす役は誰でも出来るが、つくりかためのいよいよのことは、神神様にも分りては居らんのざぞ。今度は世界のみか、三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、くどう申してゐるのざぞ。」(同じく「天つ巻」第二帖。三ラの巻(そらの巻)第十帖)

「死ぬか生るかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉く(ことごとく)が同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。今度は神の道もさっぱりとつくりかへるのざぞ。臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへぞ。この世一切のことを建替へるのぢゃ、神の道も変へるぞ、心のおき所も変へるぞ。」(至恩之巻第十三帖。松の巻第八帖。|三の巻(ウミの巻)第十三帖)

「今度は三千世界が変るのであるから今迄のようなタテカへ(建替)ではないのであるぞ。」(扶桑の巻第一帖)
と述べられ、今までの建替とは違い三千世界すべてに渡って起こる大災厄と大変動を伴った大建替、大建直になる事と国常立尊をはじめとした一部の高級神霊しか、それらの仕組みが分らないらしいことがここでも述べられている。

また、今度の建替と建直については次のように述べられている帖もある。

「建替と申すのは、神界、幽界、顕界(現界)にある今までの事をきれいに塵(ちり)一つ残らぬ様に洗濯することざぞ。今度と云ふ今度は何処までもきれいさっぱりと建替するのざぞ。建直と申すのは、世の元の大神様の御心のままにする事ぞ。御光の世にすることぞ。」(水の巻第十二帖)

「天地引くるめて大建替いたすのぢゃ。天地のビックリ箱とはそのことざぞ。この方でもどうにもならん元のキの道ぢゃぞ[36]。これまでは道はいくらもあったのぢゃが、これからの道は善一筋ざぞ。」(一八(いは)の巻第三帖)

「この先もう建替出来んギリギリの今度の大建替ぢゃ。愈々(いよいよ)の建替ざから、もとの神代よりも、もう一つキの光輝く世とするのぢゃから、中々に大層ざぞ。途中から出来た道では今度と云ふ今度は間に合はんのざぞ。元の根本の世より、も一つキの世にせなならんのざから、神々様にも見当取れんのぢゃ、元の生神でないと、今度の御用出来んぞ。」(一八(いは)の巻第二帖。カゼの巻第八帖)

「今度は根本からの建直しで末代続くのぢゃから間に合わん道理わかるであらうがな。今度はとことはに(常永遠に)変らぬ世に致すのざから、世の元の大神でないと分らん仕組ざ。」(一八(いは)の巻第二帖。上つ巻第二十一帖)

とあり、今度の建替が最終最後の大建替となり根本からあらゆる世界に及ぶ事とその後の大建直では、昔に存在したとされる神世以上の想像を絶する光の世界へ移行。そして、その世界が永遠に続くことが書記されている。

そして、その世界の一端について神示には
「次の世がミロクの世、天も晴れるぞ、地も輝くぞ、天地一(ひとつ)となってマコトの天となりなりマコトの地となりなり、三千世界一度に開く光の御代ぞ楽しけれ、あな爽け、あなすがすがし、あな面白や。」( んめの巻(梅の巻)第十七帖)

「神代になりたら天地近うなるぞ、天も地も一つになるのざぞ、今の人民には分るまいなれど、神も人も一つ、上も下も一つとなって自ら区別出来て一列一平上下出来るのぢゃ。」(同巻第十六帖)

「来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の、影ないうれしうれしの世であるから、人民も浄化行せねばならん、大元の道にかへり、歩まねばならん、今迄のような物質でない物質の世となるのであるぞ。」(星座之巻第十二帖)

「マコトでもって洗濯すれば霊化される、半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物の肉体とならねばならん、今の世は灰にするより他に方法のない所が沢山あるぞ、灰になる肉体であってはならん、原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ、今の物質でつくった何物にも影響されない新しき生命が生れつつあるのぞ。岩戸ひらきとはこのことであるぞ、少し位は人民つらいであろうなれど勇んでやりて下されよ、大弥栄の仕組み。」(五葉之巻第十六帖)

「八の世界から十の世界になるのであるから、今迄の八方的な考へ方、八方的な想念や肉体では生きては行かれんのであるぞ、十方的想念と肉体でなくてはならんぞ。八方的地上から十方的地上となるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変るのであるぞ。これが元の元の元の大神の御神策ぞ、今迄は時が来なかったから知らすことが出来んことでありたなれど、いよいよが来たので皆に知らすのであるぞ。百年も前からそら洗濯ぢゃ、掃除ぢゃと申してありたが、今日の為であるぞ、岩戸ひらきの為であるぞ。今迄の岩戸ひらきと同様でない、末代に一度の大岩戸ひらきぢゃ。千引(ちびき)岩戸を開くことについて、神は今まで何も申さないでいたのであるなれど、時めぐり来て、その一端をこの神示で知らすのであるぞ。」(至恩之巻第十三帖。同巻第十四帖。紫金之巻第十帖)
と書記されている。

大峠の予兆

上記の大峠や三千世界の大洗濯が来る直前にはいくつかの兆候があるのだと神示には書記されている。まず、天空に多くの異変が現れ本来ひとつのはずの「太陽」が複数個見られる様になるという。

また「月」にも異変が現れ太陽はその色が「黒く」月は「赤く」なり、空も赤く染まるのだという。また、北から軍事攻撃されるのが[37]、その始まりになるとも書記されている。これらは次のように述べられている。「北から攻めて来るときが、この世の終り始めなり、天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ、神々様にも知らすぞよ。」(富士の巻第十六帖)、「月は赤くなるぞ、日は黒くなるぞ、空はち(血)の色となるぞ、流れもちぢゃ、人民四つん這ひやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。」(紫金之巻第五帖)と書記されている。

(※参考記事 『ペアの太陽 – 「2012年ベテルギウス超新星爆発の予測」に関しての大騒動 』

(神示の記述にある「天にお日様一つでないぞ、二つ三つ四つ出て来たら、この世の終りと思へかし、この世の終りは神国の始めと思へ臣民よ」と神霊が語る、太陽が複数個見られる様子とは、このようなことを指しているのか?) (In Deepより引用)

天空の異変については、上記以外にも「宵の明星[38] が東へ廻ってゐたら、愈々(いよいよ)だぞ。天の異変気付けと、くどう申してあろがな。」(松の巻第十九帖)、更には「天の異変気付と申してあろが冬の次が春とは限らんと申してあろが。夏雪降ることもあるのざぞ。人民の邪気が凝りて、天にも地にも、わけの判らん虫わくぞ。」(夜明けの巻第三帖)、同様に「空に変りたこと現はれたならば地に変りたことがあると心得よ、いよいよとなりて来てゐるのざぞ」( 天つ巻第十三帖)、更に「てんのゐへん(異変)気つけて居れよ。神くどう気つけて置くぞ。神世近づいたぞ」(同帖)と神示には複数の帖で書記され、天空の異変にはくれぐれも十分な注意が必要なのだという。また、「八のつく日に気つけて呉れよ[39]、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。」(下つ巻第三十帖)、「冬の先春とばかりは限らんと申してあること忘れるなよ。用意せよ、冬に桜咲くぞ。」(日月の巻第二十六帖)と書記されている帖もあり、夏に雪が降ったり冬に桜が咲いたりといった気象や季節、また、それによる生態系の異変なども大きな予兆になるのだという。

その他、天空の異変や気象、季節の異変以外にも神示には「世界の片端、浜辺からいよいよが起って来たぞ、夜明け近づいたぞ。」( 極め之巻第十六帖)や「世界の片八四(片端)浜辺からいよいよが始まると知らしてあること近うなりたぞ、くどい様なれどさっぱりと洗濯してくれよ。」(磐戸(一八十)の巻第十三帖)、「この世始ってないことが出てくるのぢゃ、世界の片はし(片端)八まべ(浜辺)からぞ。」(月光の巻第五十四帖)と書記されている帖があり、これらは最近(この部分を書いた、2011年5月現在から)約2万人近くの犠牲者を出した東日本大震災やこれに遡る数年前に起こり、より多くの犠牲者をもたらした一連のスマトラ沖大地震による浜辺からの災い(巨大津波とそれによる大水害)などを指しているとも考えられ、大峠や三千世界の大洗濯が来る直前の予兆現象としては、すでに部分的にはもう起こり始めていると考えて良いのかもしれない。

上記した予兆の後に起こるとされる地球上での大変動や大戦乱についての記述は神示の中にいくつか見られるが、戦乱については多くの国がひとつになって日本に攻めて来るのだという。また、時を同じくして人類が未だかつて経験したことが無い程の大変動が起こるのだと書記されている。

「富士の巻」第三帖で
「メリカもギリスは更なり、ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな一つになりて?の国に攻め寄せて来るから、その覚悟で用意しておけよ。どこから何んなこと出来るか、臣民には分かるまいがな。」と書記されアメリカ、イギリス、ドイツ、イタリア、ロシアなどの国の軍隊が日本に攻めて来るらしいことが述べられている。

また、地球上での大変動については
「地つちの軸(地軸)動くぞ。またたきの間に天地引繰り返る様な大騒動が出来るから、くどう気つけてゐるのざ、さあといふ時になりてからでは間に合はんぞ、用意なされよ。」(磐戸(一八十)の巻第五帖。下つ巻第二十八帖)

「一日のひのまにも(日の間にも)天地引繰り返ると申してあろがな、ビックリ箱が近づいたぞ。」(天つ巻第三帖)

「天地唸るぞ、でんぐり返るのざぞ、世界一度にゆするのざぞ。神はおどすのではないぞ、迫りて居るぞ。」(天つ巻第二十九帖)
と述べられており、わずかな時間の間にも地軸が動き、地球という惑星自体が引繰り返るような大変動、大騒動が起こるのだという。

さらには、大戦乱や地球の大変動だけにとどまらず、次のようなことも起こるという。

「人民のイクサや天災ばかりで、今度の岩戸ひらくと思ふてゐたら大きな間違ひざぞ、戦や天災でラチあく様なチョロコイことでないぞ、あいた口ふさがらんことになりて来るのざから、早うミタマ磨いてこわいもの無いやうになっておりてくれよ、肉体のこわさではないぞ、タマのこわさざぞ、タマの戦や禍は見当とれまいがな、神のミコトにきけよ、それにはどうしてもミタマ磨いて神かかれる様にならねばならんのざ。神かかりと申しても其処らに御座る天狗や狐や狸つきではないぞ。まことの神かかりであるぞ。」(磐戸(一八十)の巻第七帖)
とあり、本当の怖さは人間の戦争や天災、また、肉体などではなくタマ(魂)の災禍の怖さなのだという。同様に次のように書記されている帖もある。

「戦恐れてゐるが臣民の戦位、何が怖いのぞ、それより己の心に巣くうてる悪のみたまが怖いぞ。」(富士の巻第七帖)
と書記され本当の怖さは魂のそれだとここでも述べられている。

なお、神示の中で書記されている天変地異については、具体的には、次のような災いが起こるとされる。
神示には大峠や三千世界の大洗濯の最中になったら、この壮大で美しい富士山も遂に動くのだと記されている。

世界中が唸り、陸が海となるところや、海が陸になるところもあるという[40]。(上つ巻第三帖)、(地つ巻第十六帖)
大地震、火の雨降らしての大洗濯になるという。(紫金之巻第五帖)
火と水の災難がいかに恐ろしいかを大なり小なり知らされることになるという。(富士の巻第十九帖)
一時は天も地も一つにまぜまぜになるという。(富士の巻第十九帖)
天地がうなり、上下引っくり返るという。(上つ巻第二十七帖)
大風が起こり、大海原には竜巻が発生し、やがて火の雨と地震が、山は火を噴きどよめくという。(富士の巻第二十四帖)
富士山がいよいよ動くのだという。(上つ巻第二十一帖)
大地も転位、天も転位するという。(五葉之巻第十五帖)

 

 

「あめなるみち」と、この宇宙の創造神への複雑な思い

あめなるみち」を読んで
この記事を私が最初に見つけたのは、ホツマの内容をもとにした私の神世政変劇の推敲が終わったやや後でした。
しかも、この「あめなるみち」は、まるで見てくれと言わんばかりに、ホツマ口語訳の記事群の最後に置かれていたのでした。
そしてタイトルには、以前には「創造神の独白」とまでしてあったのです。
私は、それを見てびっくり。というのは、いったいこの宇宙の創造神とは、どんな阿呆なのかと訝っていた矢先のことだったので、むしろ私のほうが仰天したくらいでした。創造神は私に対して弁明しているのだとストレートに思ったのです。
むろん、ホツマ解釈サイトですから、サイトの制作者はホツマの内容に一点の曇りも見ていないわけで、同様にこの創造神の独白も純粋な真理と捉えていることが見て取れました。
しかし、私はホツマにすでに真伝を偽ったものとしての曇りを見ていましたから、その最後に置かれた創造神の独白にも疑惑の目を向けることになりました。
その頃私は、この宇宙の創造神というのは、故意に邪悪の種を増殖させ、他の宇宙(梵の全系)にまで拡散しようとしている不届きな神であるなあという印象を強めていて、梵の全系側からの介入なしではこの宇宙の存続は認められないという処置判断をしていたのです。
新神話における話として、私が具体的に設定していたのは、次のようでした。
有情の魂は、宇宙個々の存続のための賦活パワーとして公平に送り届けられていたはずなのに、送り返されてくる有情の魂が疲弊して心の病気に罹って返される者ばかりとなっていたため、いったいどういうことなのか、梵天側から密偵が何度も送りこまれていたと。
それはちょうど血液を例に取ればいいでしょう。心臓(梵の全系)から送り出される血液(有情の魂たち)は各種臓器の働きを助けるために、十分な酸素と栄養素を添えて、ある臓器(宇宙)に入ります。ところが、この臓器(この宇宙)に入った血液はそこで滞留し鬱血して、時間が経ってから出てくるのですが、それが半死半生の有様だった。調べれば、血球の多くが病原性ウイルス感染していた。そのウイルスは伝染力が強く、梵の全系側で迂闊にしていたら、感染が拡大され、他の宇宙にまで病気が広がることが懸念されたため、この宇宙に対して防疫処置がなされていると。当然この宇宙の内部には密偵が入り、その状況を調べていたと。しかしその密偵にもウイルス感染したり、戻ってこない者が続出。そのため梵天の懐刀と言われたネアンが送り込まれた。ネアンは調査結果を新神話に書いて送り返し、この宇宙は危険であるため、周囲をファイアーウォールで防疫処置がなされ、隔離されているとしていたのです。
そこでいきなり「あめなるみち」として創造神の独白が、私の最も見つけやすい場所にわざとらしく置かれていたので、では吟味しようということに相成ったわけでした。
それはいっしゅ、創造神がどこか良くないところがあったら教えてほしいといったふうでもありましたし、あるいはこんなに努力しているので、読みしてほしいといった感もありました。
そして、その内容に、私の二番目の彼女(霊能者であり霊媒体質の)が、インスピレーションで受け取ったという創造神のメッセージとほぼ同じであることを見て取ったのでした。どうやら、創造神は方々に向けて同じメッセージを発信されているようです。それに感応した者は、創造神の苦境を思い測り、同情の思いと何らかの志願を思い立つようです。この彼女も、志願してやってきていたふうがありました。
しかし、もし創造神の考え方に間違いがあったらどうするのか。忠誠を誓い志願した者は、間違いを訂正する能力は持ち合わせないでしょう。諌めることもできなければ、発案することもできないでしょう。ただ、忠誠を尽くすことのみを義とするはずです。
こうした忠義の者たちは、もし創造神を間違っていると糾弾する者あらば、その者と戦いすらするでしょう。そこなのです。そのような者の鉄壁に守られて、創造神は自らを糺そうという気すら起こさないようになるのです。地球でも、そのような暗愚な為政者を醸成してやまなかった歴史がいくらでもあります。
私はそこに、現在の企業人、企業経営者の姿を相似形に見てしまいます。企業に勤める従業員は、その企業から生活費をもらう関係上、企業方針に否応なく従うのが常です。その企業の内情が、多少ブラックだとわかっても従って、企業の収益のために尽くそうとするでしょう。そうした彼らの忠義の前に、自分のしていることには問題ないと自己陶酔する経営者がよくあるケースなのです。そしてワンマン化したり、自分のことにちやほやする側近ばかりを周りに置いたりするのです。
すると、どんなに腐敗が進んでいてもわからないし、不都合なことを見ようともしない、という結果になっていたりします。
そうして、蓋を開けてみれば、ブラック企業になっていたといったケースが実に多いのです。
ブラック企業は今よく言われるように、従業員を酷使したり絶望させたりして自殺や過労や精神疾患に追いやったりを平気でする。あるいは社会に害毒をまき散らすことを平然としている、あるいは加担しているといった現れ方をしています。
この宇宙もそのご多分に漏れずのケースであり、経営者である創造神に問題ありと、私は見るわけです。
今は途中から有料本になっていますが、その昔には全文無料で読めましたから、それを読んだ感想を申し述べるのですが、まず創造神の考え方の間違いを指摘しましょう。
ひとつは、拡大一辺倒路線にあります。宇宙は拡大を停止すれば、そこで宇宙は終わってしまうという論理です。いったいどこからそのような理論が出てきたのですか? 間違いでしょ。
譬え話をいつもするのですが、宇宙は呼吸してこそ、存続が叶うのです。呼吸とは、息を吐いて肺をすぼめることも認めています。そうしなければ、次の新しい空気が吸えないでしょ。吸って吐いてが継続してなされてこそ、全身は命の循環がスムーズにいくのです。
吸い込んでばかりいては、肺はその時は拡大しますが、やがて限界が来てそれ以上吸えなくなります。それを以て、進化が止まった。もうこの宇宙は終わりだと言っている馬鹿がどこにいますか。肺をすぼめることも是とできなくて、生きておれる馬鹿がどこにいますか。
次に、善と悪の投入による鬩ぎ合いを存続の原動力にするという発想もまた問題です。
善と悪ではその特性が明らかに異なるということがわかっていますか。善は建設側であり、様々な発想で発散し広がっていくものです。だから、善がかけるパワーは分散していく傾向にあります。ところが悪は破壊側であり、建設に比べて易しくしかも短時間にできるという長所とともに、悪は善をマンツーマンで妨害することに特化でき、パワーを集中できるのです。善はアイデアが多方面に広がっていてしかも善良。ところが悪は、悪を拡散し悪を増長するノウハウを蓄積し改良し、それで善のしていることを効率的に阻止したり破壊したりしますが、善は良い善後策をいつも持たず、対策が後手になります。こんな傾向が続けば、誰でも簡単な悪の側に就こうとするのは必定でしょう。
だから、善と悪の比率をたとえ10000対1にしたとしても、時間をかければ悪のほうが増殖して勝つのです。実際の現場を見ずに、創造神は側近の話す「耳障りの良い情報」だけを聞き、問題ないことに安堵して、最後には「またも失敗でした」という報告を聞いて、ショックを受けているといった繰り返しではなかったのですか? そしてそれは実験として行っていたようですね。その一回一回にどれほどの資源(有情の魂)が犠牲になっているか、わかっているのですか?
無責任な科学者たちの実験に任せているようなことはしなさんな。こちら、地球においても、そのような傾向が相似的に現れています。こちら地球では、実験の後先も考えず、その場限りの無責任かつ危険垂れ流し型の科学実験があちこちで繰り広げられており、地球はますます汚染の度を強めています。そしてもう地球は元に戻らない、滅亡必至とまで言い出しています。
創造神よ、あなたのところも同じなんでしょ?
全体を統括する者の責任が問われているのです。お涙ちょうだいの話で、何かが解決するということはありません。それとも忠義な志願兵を募っておられるのですか? これ以上、有情の魂を惑わしてはいけない。
あなたもその有情の魂の一個一個と同じ一個の魂なのですよ。あなたの傘下にいるのは部下でも臣下でもない。あなたに協力しようと、梵の全系からやってきた賦活エネルギーなのです。それをどう扱っておられるのか。梵の全系に有情の魂を返すときに、お礼はちゃんと言っているのですか? お礼の中に、病原性ウイルスなど忍ばせないでください。
六度まで宇宙を潰してしまい、七度目も同様にトライしようなどとしなさんな。地球も相似形に、六度まで文明が潰れ、次にまた七度目をしようかという矢先ですが、そんなことはもはやできません。地球の大建て替えとともに、宇宙も大建て替えされることになるのです。神妙になさい。
むろん、以上は私の探偵としての報告です。それに従う義務はありません。しかし、このことはすべて梵天のもとに届いている報告でもあるということ、ご存念頂きたい。
「あめなるみち」序文に書かれたことと私の幼時体験の相似
私が幼時にしていた”ままごと”遊びの内容をもとに、2001年に新神話第3章に原初世界創世神話と銘打って、梵天大使の言葉として書いています。それは宇宙の創成がどのようにしてなされたかの説明です。
私は小学校五年のとき盲腸の手術をし、入院一週間と自宅療養一週間しました。ところが、それ以前は外で遊ぶのが常であったのに、家の中に閉じ籠もるようになりました。そして、何をしているかというと、私は持っていたプラモのピストルやその他の今で言えばガラクタに、一個一個名前と人格を与えて、彼らに膨大な宇宙の旅をさせて楽しんでいたのです。
そのときに出てきたのが、「玉」すなわち如意宝珠なのです。これが彼らキャラクターの思いを介して、幾多の不思議を演じるというわけです。これを手に持って、美味しい食事が目の前に出よと念ずると、その思い通りの食事が出てくる。その他の思いつくもの何でもがそのようにして取り出せる。やがて彼らは、もっと応用を考え、そこから魔法の絵の具を作り出し、その絵の具で思うものを描けばそれが立体化して実現するといった設定にして、あるときそれで壁にトンネルを描いてその向こうにぽつんと出口を描けば、それが実体化して、彼らはそこに入っていき、向こう側で途方もない経験をしていくといったストーリーだったわけです。
私はそんなことを空想して、面白くてそれに嵌ってしまい、外で遊ばなくなったのでした。
そのうち、彼らキャラクターは永遠の寿命を得ようと、玉を多分割して(といっても割ってしまうのではなく、命ずれば同じものが要求する数だけ出現し、それは元の玉と同じ力を発揮したという設定)、各自がそれを飲んで自己と一体化させ、永遠の命を得るというものでした。そして彼らは眠って自分を安全なベッドに横たえた状態で夢見して、夢の身体を存分に使ってその世界を探検していくのです。あめなるみちの創造神の「神の見た夢」とはとても似ているのです。
彼らはそれぞれに個体の増やし方を探求し、個体数が増えますが、「玉」は彼らにも引き継がれて、あとは彼らの個々がその存在に気付いて創造主性を発揮すればいいだけという設定でした。こうして、「玉」の如意力によって個々が個々別々の宇宙を切り盛りできるという設定にもなっていたのでした。
いちばん最初の彼らは、ちゃんとガラクタとしてキャラがありますから、非常に人口の増えた世界を後にして、彼らだけで軽石の多孔質の穴の中に宿り、そこで永遠の宇宙遊泳をしながら、夢見の旅を続けているということにしました。
そのガラクタにも私は大事にするものとそうでないものの違いを設けていました。プラモのピストルが3種類ほどありましたが、壊れやすいので主人公のトップに据え、あとは壊れかけたものやそのへんにあった雑多なものに、汚れ役をやらせていたようなことでした。中でも、脚気診断用のハンマーでゴムの部分が取れたものがあり、脚気診断にはもはや使えないもので、丈夫でどこに投げてもびくともしないそのハンマーを、ドヂで間抜けな主人公として多用したのです。
彼はあまり賢くないという設定で、トラブルの多い主役としての役柄でした。あの頃の遊びを振り返るに、あのときのハンマーがこの宇宙を創ったのではないかという思いになるのです。
宇宙は創ったものの、彼のひねくれた性格の部分が出てしまい、良好な成り行きの世界にできないでいるのではないかと思うのです。
そんなときに、懸念は通じると言いますか、見つけてしまいました。ハンマーを。
デンバー空港の地下街に描かれた、黙示録をテーマにした秘密結社レベルの救世主登場の巨大絵画があり、そこに救世主になる少年と、彼が手にしているハンマーが描かれてありました。この世界の創造神であるハンマーは救世主のツールとして共に出演しますよ、というメッセージが籠められていたのです。
どんなところにでも、私は必要とあらば、注意が向くようになっているようです。異界の名探偵なわけですから。

鶴であるところの朱雀は大建て替えに協賛します

人生とは儚い線香花火の如し、とは誰かが言った言葉のように思います。
しかし、この線香花火、どこか面白い構造をしているように思います。
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拙超宇宙論のモデルにはとてもふさわしく、これをひとつ切り取って、森野の人生ソフトとして売り出してみたい気にもなります。
うん、きっとそのようにして売り出した企画者がいたから、私はここにこうして、森野の人生を演じているのです。
むろん、森野の人生にどんな価値があるのか。  何の地位も名誉も持たず、ましてやおカネ持ちになったりする人生ではありませんから、まずこのソフトを買ってみようという酔狂な人はいないでしょう。
しかし、私はソフトのサブタイトルに小さく、「救世主になる男の物語」と書いてあったのに興味して、このソフトをレンタルで借りました。
レンタルなら、財布はさほど痛みませんからね。
そして贅沢にも、タイムライン総なめプレミアムコース契約して、このソフトの攻略にかかったのです。
やはり総なめコースは時間がかかります。   その替わり、救世主としての行動や心の持ち方が手に取るようにわかりました。
もし通りいっべんとうコースなら、当てもんのような成り行きに、救世主などどこにいたんだといった結果に終わったことでしょう。
総なめコースにしてよかった。   レンタル代は5倍ほどにつきましたけどね。  買い取るよりははるかに安価でした。
総なめコースには、森野の人生のあらましの解説とともに、ソフトのフローが添付されていました。  フローは次のようでした。
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この解説書は、早く目的とする場面に到達できるように、ガイドするものになっていました。  だから、非常にたくさん出てくる選択分岐を比較的間違わずにこなすことができました。
しかし、間違って行き詰っても、プレイバックすればいいですからね。  間違って死んでも、過去に遡った分岐点から別のタイムラインに入ればいいだけ。  それをプレイバックと言っているのです。  山口百恵のプレイバックですね。  馬鹿にしないでよお。
そして彼の場合、救世主のメインのタイムラインに入ってしまえば、最長の工程をたどれば、いちばん最高の救世行為が果たせることになっているみたいです。
それは終始見届けの人生を送り、着実に世の中で起きることを記憶に留めることが大事になり、救世の最高実現である最後の審判と、大建て替えに繋いで任せ切るということにポイントがあるのです。
救世のアクションをして、いい救世になることはありませんでした。  新しい時代への更新にはなりますが、どうも中途半端な出来具合と言いますか。  
それもあとでわかりました。   損傷部分にゴムを貼り付けるような救世の仕方になっていたのです。
損傷したのがタイヤなら、新品と取り換えるほうがよほどいいですよね。  また同じ場所でバーストしないとも限りませんから。
大建て替えの意義を日月神様はまくしたてられています。
「前にも建替はあったのざが、三千世界の建替ではなかったから、どの世界にでも少しでも曇りあったら、それが大きくなって悪は走れば、苦労に甘いから、神々様でも、悪に知らず知らずなって来るのざぞ。それで今度は元の生神が天晴れ現はれて、悪は影さへ残らぬ様、根本からの大洗濯するのぞ。」(松の巻第十二帖)
異議はまったくありません。まったくそのとおりです。今までは片手落ちの建て替えが続いていたのでしょう。どう片手落ちかというと、建て替え後の次の時代に、邪悪の因子を幾分かずつ積み残していたのです。時代の最後に和解などの方法を使ったり、綱紀粛正などの形だけの行事に留めていたのです。
この時代の終わりにも、おかしなことが画策されていました。日本書紀には、イザナギとイザナミの和解が白山菊理姫の取り持ちでなされることになっているとか。菊理姫は秘密結社が重用する神ではないですか。やはり、いつもこんなところに隠し玉が仕組まれているのです。
そこにこの宇宙の創造神の方針が関わっていたことも見逃せません。善悪混交の葛藤パワーを存続エネルギーに変える。しかし、悪はウイルスのごとく増殖が盛んで早い。そして破壊という簡単でエネルギーの要らない手段で与えるダメージは大きい。それがわからずに創造神が務まっていたとは、私ですら開いた口がふさがりません。そして寝言のように、どうすれば存続できるようになるのかと言っていたとか。時代を百万回繰り返したとて、無理というものでしょう。
「これまでの改造は膏薬(こうやく)張りざから、すぐ元にかへるのぞ[35]。今度は今までにない、文(ふみ)にも口にも伝えてない改造ざから、臣民界のみでなく神界も引っくるめて改造するのざから、この方らでないと、そこらに御座る守護神さまには分らんのぞ。」(天つ巻第二帖)
「今度は世界中、神神様も畜生も悪魔も餓鬼も外道も三千世界の大洗濯ざから、そんなチヨロコイ事ではないのざぞ。ぶち壊し出来ても建直し分かるまいがな。日本ばかりでないぞ、世界中はおろか三千世界の大洗濯と申してあろうがな、神にすがりて神の申す通りにするより外には道ないぞ。大地震、ヒ(火)の雨降らしての大洗濯であるから、一人のがれ(逃れ)ようとて、神でものがれることは出来んぞ、天地まぜまぜとなるのぞ、ひっくり返るのぞ。」(天つ巻第四帖。富士の巻第二十帖。紫金之巻第五帖)
「戦ばかりでないぞ、天災ばかりでないぞ、上(天界)も潰れるぞ、下(現界)も潰れるぞ、つぶす役は誰でも出来るが、つくりかためのいよいよのことは、神神様にも分りては居らんのざぞ。今度は世界のみか、三千世界つぶれる所まで行かなならんのざから、くどう申してゐるのざぞ。」(同じく「天つ巻」第二帖。三ラの巻(そらの巻)第十帖)
「死ぬか生るかは人民ばかりでないぞ、神々様も森羅万象の悉く(ことごとく)が同様であるぞ、しばらくの生みの苦しみ。今度は神の道もさっぱりとつくりかへるのざぞ。臣民の道は固(もと)より、獣の道もつくりかへぞ。この世一切のことを建替へるのぢゃ、神の道も変へるぞ、心のおき所も変へるぞ。」(至恩之巻第十三帖。松の巻第八帖。|三の巻(ウミの巻)第十三帖)
「今度は三千世界が変るのであるから今迄のようなタテカへ(建替)ではないのであるぞ。」(扶桑の巻第一帖)

今度は神の道もさっぱりとつくりかえる。今までの神の道とは、ここにある創造神の独白にいう「あめなるみち」であったのでしょう。https://gejirin.com/amenarumiti.html
一読しただけで、やり方のまずさが目につきました。
創造神をとりまく神々官僚たちのよからぬ入れ知恵もありと見ました。
善と悪の性質をよく見極めもせず、善悪を容れて実験を繰り返していたのです。
六度、膏薬貼りの建て替えがなされたが、今度は堪忍袋も切れたの七度目。
この宇宙も更迭され、新品と置き換えざるを得ないのはむろんです。
この最後の大建て替えが、この世におけるいつの時点で始まるか。
森野の時空では、森野の死後ただちに最後の審判に取り掛かるよう督促が行きます。
邪悪のデーターは同時に天帝様のもとに届けられ、最後の審判の叩き台に。
森野はそこでガッチャマン・ホルスに替わり、火の鳥を起動してこの宇宙全体の焼却処分を開始します。
全体の焼却で、仮死状態になった魂たちを閻魔オシリスのもとに連れていき、魂の重さを秤にかけます。
今ではそれは高速化されていて、すべての魂はカードになっているため、それを超高速カードリーダーにかけると、重い魂は下辺のダストシュートから、パラパラと落ちていってしまいます。  たまにある軽い魂は天空に舞い上がります。
地獄に溜まった魂カードは、その一枚一枚がコンピューターにかけられ、魂は為してきた加害行為の被害者の人生をまるごと経験させられます。
人工知能が被害者側のプログラムを引いてきて、魂にバーチャル経験させるのです。  それは自動的になされます。
何もしなかった森野の魂の場合でも1000年分の被害者経験をこなさねばなりません。
世の暴君にあっては、数千億年や数兆年に及ぶことは珍しくありません。
そして、刑期の最後に魂の要不要を問われた時、あまりの苛酷さに九分九厘九毛九糸が不要を願い出て、魂の焼却消滅が図られます。
彼らにはそこで初めて唯物論者の涅槃が得られることに。
1糸の者が残って、宇宙創造神になるための階梯を登ります。  彼らには十分な資質が獲得されていると見込まれています。
他の宇宙にはない苛酷さがこの宇宙在籍者には予定されています。
それはなぜか。
多くの魂はその経験の中で、多くの悪徳と怠惰な心を身に着けてしまったからです。
新しい世界でそのような知識の一端が、純粋な者の心を捉えたらどうなるか。
魂の記憶は不滅です。   だから、自らの自制と理性により、悪しき弊害を超克しなくてはならないのです。
そのために、被害者の身になった経験が絶対視されているのです。
それが完了するまでは、新世界とは隔離されてあります。
喜んで被害者の身になりなさい。
喜んで被害に遭いそうな者を助けなさい。
喜んで正義の中に殉じなさい。
それらは魂の理性に病気予防のワクチンを打つことに匹敵します。
・・・てなことを書いていますが、森野のソフトを見ていて、そう感じただけのこと。(笑)
信じるも信じないも、あなた次第ということにいたします。
さああとどれほどでソフトのフィナーレを見ることになるのやら。
だんだんと飽きがきていますが、また起きて最後まで見届けることにいたしましょう。(爆)