ツイートのバックアップ 12/6~9

略歴

12月6日
雲はいずこともなく、去る
雪は春が来れば、消える
夜は朝が来れば、引っ込む
朝はいつくるか
浅はあいつの名前
思い出したくない手強い相手
さあ今日も三度笠、あてのない旅に出よう
引用ツイート藤原直哉@naoyafujiwara · 12月6日【大混乱】約50自治体で大規模なシステム障害、住民票や証明関連が全て停止状態!クラウドが吹き飛ぶ?復旧の見通し立たずhttps://johosokuhou.com/2019/12/06/217

三度笠ってしてますが、私はあの筋のお方ではありませんよ。どちらかといえば、雲水のような生き方が好きで、かといって仏道など知らないから、思いつくままの風友人生を送ってるということです。病身の今でこそ、それができるようになったかなというところ。
それに今までの仕事で一番面白かったのは

タクシー運転手で、2社で通算20年やりました。神戸と三木市で。
これは三日やったら止められないと誰かが言ったように、そうなったのです。たぶんこれは、人間の野性、狩猟本能を満たしてくれるものだったからと思います。
命がけのこともあり、殺される寸前というのもあった。いつ死んでもいいと

腹が括れてなければできない仕事の感があり、東北のマタギを少し思わせてくれる気がした。しかし、人情に触れることが多く、運転手同士、お客さんとの分け隔てない会話はバラエティーに富んでいて、楽しかった。
最初はコンピューターメーカーのSEだったけど、比較にならないです。これは8年ほど。

トラック運転手のほうがまだいいです。これは4年ほど。
そして、まさかのタクシーやってみたら、適職だったんですね。
私が神戸のポートアイランドで流ししているとき、知り合った縁者が”たま”でした。
http://p.booklog.jp/book/90867/read
つれないことをしてしまい後悔。逆に猫好きに。
引用ツイートシェア熊@sharekuma_ · 11月22日飼って下さい….泣いた

それから数年後に阪神大震災があり、運転手の1/4ほど辞めていきました。家が被災した人が多く、また震災後は客足が激減したためでしょう。神戸市民はみんな一気に貧乏になった感じで、移動には歩きのリュックスタイルが定番になっていました。
それでも今から思えば、政府は市民生活改善と復興に全力。

自治体も学校も全力挙げていて、助け合いの精神がみなぎり、美談が多く囁かれたいい時代ではなかったでしょうか。
そのときをテーマにした童話です。
http://p.booklog.jp/book/115286/read

これは新神話の第一章とも重なります。2000年以降の新しい時代を嘱望する基礎が育まれていると私は思ったものです。
やまんばの歌多くの人がなくなった1995年1月に起きた阪神淡路大震災も、より高いところから見れば、意外とこんな騒動が原因だったりしないかと思ったりします。p.booklog.jp

12月7日
なお、拙電子本はぜんぶ無料で、クリック一発で全文読破できます。ダウンロードしなくていいので、数に揚がらずわからないのですが、閲覧数は下図の通りで、これもどこまで真面目に見てもらえているかとか真の読者数とかは私にはわかりません。
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タクシーは流しがハンター心をくすぐります。しかし、ストレス疲れしやすいので、ホテルや駅付けをしてしばし憩います。そこで空想したり考案してみたりの、他の仕事では得られない時間が手に入ります。この有閑が、どれほど有意義だったか。発想と閃きタイムになるわけです。人によっては馬番の着想

やカラオケの歌詞憶えに費やしたりしていましたね。タクは3日やったら辞められない、はこのメリットあればこそかと思います。薄給でもチップを気に入られたらもらえ弁当代がまかなえて貯金までも。これからはどうか知りませんよ。何が起きるか分からないが、楽しみ一番で危険一番の面白い職でした。

有名人もけっこうお乗せしました。私はスターをよく知らないので、いつの間にか乗せてても分からないことが多かったと思います。はっきりしているのは魁皇関、神戸製鋼の大八木さんご一家、同・平尾主将はじめ5人のラガーといったスポーツ選手でしたね。みな震災前のこと。特に大八木さんは震災直前の

クリスマスイブに六甲アイランド・ベイシェラトンから神戸大丸のご用命でしたが、大渋滞で、そごうでお下ろししました。まさか翌年に嗚呼。神戸製鋼はそれで存亡の危機に立たされたのでした。このとき株価は50円まで落ちたとか。それを地元の個人投資家が買い支えようとして、後々大儲けされたそう。

震災直後は道に瓦礫が散乱し、木造ゆえに釘踏みや飛ばされた破片の被害が心配。信号はすべて停電。警官が各交差点に出て交通整理。メイン道路は復興車両とバスの走行が許可され、我々は一般車と同様に瓦礫のはみ出す横道を通ることに。そしたら、木造瓦礫の山の本山駅のすぐ南辺りで、子供が乗る自転車

がいきなり飛び出てきて、右フェンダー部にぶつかり転倒。それを目撃していたオバサンが、ボク、大丈夫か、お医者さん行きなと言いながら、車の番号を憶えようとしている。私も出て、ボク、お医者さん行こうやと言うと、ボク行かないと言って、自転車抱えて去ってしまいました。あらあら、とオバサン。

私も一難去ったかと。それで終わりではない。問題は、車に傷がついたこと。これを事故係が見てどんなこと言うか。震災直後だからそう厳しくはないと思うが、どんな難題も吹っかけられる可能性がある。鬼の事故係と恐れられていた奴。
私はちょうど昼になって、当日は休日だったこともあり、あるビルの

誰もいないタクシー乗り場につけて、どう説明したらいいか呆然としていたとき、まさかという驚異的な奇跡が起きたのです。フロントを呆然と眺めていると、タクシーのフェンダーミラーはボンネットの横に付いているため、後方も一望なのですが、そこに後ろからグングン近づく車が・・ああっと思う間に

パシャーッと相手車のフェンダーミラーがこちらのそれにぶつかり一回転以上してしまったのです。あちらは壊れ、こちらも半壊。その回転半径内に、子供の自転車による傷跡が入っていたのです。むろん警察署で、これもそうですと言いましたよ。
物損事故。相手も店の経営者で、どうってことなし。

お蔭様で、前厄の年以来、無事故無違反(物損は少しありましたが)で、2015年11月13日金曜日の23キロオーバーまでそれが続きました。
神様信心はふつうしないのですが、サイババさんにはすでにご厄介になっていましたし、前厄の年の元旦から多井畑厄神さんに詣でていたのです。霊験あらたかです。

12月9日
私がコンピューターメーカーに勤めて良かったことといえば、古事記の神話に出てくる”思い金の神”を一発でコンピューター・ハードウェアと読み取れたことです。もし勤めてなかったら、思い通りにお金が儲かる神様かと思っていたことでしょう。きっとそのような神社があって、初詣客は多いだろうなと。

ところが、運命の糸は、私を恐ろしい企業に誘ったのです。あの当時とは、今とは全く異なるでしょうが、コンピューターが人をこき使っていた時代でした。思い出すだけで、くわばらくわばら。しかし今になれば、この回り道も神話解読させ、異界の探偵に従事させるためだったことがわかります。

高御産巣日の神の子思金の神となっているので、高御産巣日の神とはワンランク上位次元のコンピューターで、高=顕す、身を結ぶとなり、現象創造に関わるコンピューターだと一発解答となりました。奥様の神産巣日さんは神(隠れ)結ぶものとなり、実行される側のプログラムバンクに相当すると一発解。

こうしてこの世は、コンピューターが創り出したものとわかったわけです。神の数式あるは当然のこと。数式で表されないものはコンピューターも扱いにくいですからね。科学者の方は、頑張ってね。私は哲学の基礎になれば本望の非科学者です。しかし、古事記は預言してました。仮想現実が真相だと。

このため創ったのが「超宇宙の仕組み論」でした。http://p.booklog.jp/book/91316/read 初稿は1983年。恐企業を辞めてからまとめ日本サイ科学会から出力。表世界では世界初の快挙だったが無名。そんなこと考える人もいなかった。裏世界ではETから知識したカバールが少なくとも6000年前には知っていたでしょう。
超宇宙の仕組みモデル概念 (未来知識)世の最先端物理学は現在、神の数式を求めようとしている。その側面は彼ら本職の物理学者に任せるとして、この著はそのような方程式をもとに運行せしめている根元的摂理が必ずあるはずという観点から、いったい何が現象創造の背後にあるのかのメカニズムを、ノイマン型コンピューターをモデルにして説明を試みた概念論である…p.booklog.jp

今では表側の科学者も50%が仮想現実と考えているそうです。裏側の科学者は100%に決まってます。
表側の研究開発者イーロン・マスク氏は100%論者の上、これからみなさんを仮想世界に入れて差し上げますと、開発に力入れておられたみたい。今でさえ仮想なのに、また仮想のブレークダウン? 私は嫌です。

もしかすると微細構造定数からすれば、仮想階層137段階が今かも知れんということでしょう。138番目に行けと仰るのかな。さいなら。今度はガチガチの不自由世界と推測します。2次元密度といった。スパイラルに下降してますでしょ。そろそろケービングはお開きにして、娑婆の空気を吸いに。さいなら。

実際にどれほどか前に眠り端の意識に136番目、135番目に行くと意図して夢見したのです。するとひとつ戻るごとに視野が広がり、135番目では宇宙の銀河群を眺望していました。意識の拡大と幸福感がありました。
しかし私の場合はビギナーズラックばかり。高位自己が一度は体験させてくれるみたいです。

黄泉の国(現世)の脱出も、イザナギさんの執った行動を模倣して全てを捨て去る瞑想をして眠ったところ、呼気が抜け頭から脱出して、自分が透明の(千の)風になって滑空しており、背中に何人かの女性(これも見えない)が乗っていて驚嘆の声を上げていて、ビーチサイドに下りてみようとしてる明晰夢。

脱出には死が要るのかな。神話はイザナギさんを通じて、現世への執着を断つ必要を教えてると思ったことか。私はありがたいことに仮想現実論者なもので、元々執着はありませんのです。死ねばタイムラインが異次元にシフト。現世宇宙は消滅し、もはや不可触。塞へます黄泉戸の大岩で遮断という次第。

しかし、千の風になったとしても、そういうプログラムだったら何としましょ。六欲界とは天、人、阿修羅、餓鬼、畜生、地獄。これは仮想としても、その上の色界、無色界はどうなんかね。仮想から脱出して、なんにもなかったら、何としょう。迷子になったら何としょう。

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