ブーが戻りました。二日間ほど来ていなかったためか、メタボ腹がとれてスマートになっていました。
もしかすると、体調の調節を自分でしているからでしょうか。
しかし、トンとの体格差がいっそうで、最近よく食べるようになったトンのデカい身体の割には俊敏な走り込みの勢いによって追われている側がブーになっているようです。
ブーは夜のうちに密かに帰っていて隠れるようにしていたのでしたが、シャンの夜間の食事サービス時に、ひょこっと現れ食事を要求してくれました。
トンがやがて外から戻ってきて、まるで番犬のようにブーの帰着を察知。しかし、もう勝ちが見えているのか、ゆとりが観られました。ブーにいつも圧倒されていた貧食の頃のトンとは違っています。
ブーは8歳、もう老猫の部類で、引退勧告していましたから、そろそろ家の中に居を占めてほしいところです。トンは7歳。今がいちばん充実しているようです。
私は慢性腎不全のシャンの早い老いを看取りつつ、トイレや食事などの面倒を見ている介護施設職員のようでもあります。野戦から帰ったブーに随時の食事を与える救護施設のようでもあります。
去年の夏の頃、ブーは左目を潰して帰り、今は右目だけの生活ですが命に別状なかったです。片目だけでは遠近感はどうなのか、狩りなどに支障するだろうにということで、食事の支給は欠かせない名と思っています。
トンは自分の持ち分が昔から家の周囲の見回りと決めているようで、家と家周り全般の警備職員です。小食でよくまあここまで大きくなりました。ぱっと見したら、牧場の牛。家で食事をさほどせず、外で道草ばかり食べていました。彼の顔は、大国主さんに似ています。大国のトンちゃんとか大乃国(よく太ったアンコ型のガチンコ力士で横綱になりました)と呼んできました。
他人の視座に入って夢見するか(1)
幽体離脱後の夢見で自分の未来(今日)を見た (1990年)
もう昔のこと、40歳過ぎの頃(1990年頃)、仕事の性質と、住居していた場所柄によるのかも知れませんが、俗に言う”金縛り”から “幽体離脱”に至り、さらに”夢見(夢と意識している夢)”へと入っていくことが、しばしば起きました。
そのようなことが頻繁でしたので、興味して幽体とやらの性質を調べたりもしたものでした。
壁の通り抜け、伸縮自在かどうか、感覚はあるか、など。そして、幽体離脱させて夢のコントロールへと入っていくのです。
金縛りが起きるときは必ず、脳の中の周波数変化が感じられ、いつもは潜在している”シーン”という音が、周波数を落として、猛烈な爆音に変わって存在感を 一気に高 めてくるのです。
ヘリコプターの近くにいるような音で、大概その音に人は異常を感じて恐怖するもののようです。しかし、何度も金縛りをしているうちに、 爆音もさほど大きくなくなりまた柔らかくなり、慣れのようなものができてきます。
金縛りのままでは、まったく動けない。しかし、意図して力をそれなりに入れて抜こうとすると、まず腕が割合簡単に抜けます。最初のころは、そんなことを繰 り返して、幽体の性質を調べる実験を始めるわけです。目を開けての金縛りですから、幽体の掌を目のところに持ってきてかざして見ますと、視野の周辺部での み、うっすらとした輪郭が確認できるのです。視野の真ん中では見えません。もし皆さんも幽体離脱がおできになるなら、確かめてみてください。
次の実験としては、幽体の全身を抜くのですが、このときばかりは目を瞑って行いました。というのも、抜けたときの自分の目で、何が見えるか怖かったからで す。(やはり怖さはあります) それに、目を瞑っておれば、そこから幽体それ自体の目による観測、つまり夢見が開始されるのだから、安全に思えるわけで す。
全身から幽体を抜くときには、意志が力になります。最初のころは、まるでゴム糊をバリバリとはがすようにして、抜けたものでした。しかし、それも繰り返し ている う ち、粘りつきが少なくなります。これも慣れなのでしょう。
いつものように全身から幽体を出して、いろいろと夢の世界を散策するに、その色彩の度合いは、鮮やかで生き生きしているのが常です。光と三原色が生きてい るといいますか。それから比べると、現実のほうがどんよりしています。だから、本来、どっちの世界が本物かというなら、あっち(夢見の世界)のほうがよほ ど本物ではないかと思うほどです。ただし見る内容は荒唐無稽になりがちです。
さて、そのような中で、夢というものは自分のコントロールが効かないことで知られています。しかし、夢見の場合は、自分の立ち位置がわかっているため、 どこへいってみようかというアクションが起こせるのです。
その日の夢も、そうでした。展開は荒唐無稽にも、妙な登場人物があったりするものですが、それでも自分が保てているだけに、意図した光景も出てくるように なります。
私はどう意図したか知れませんが、人跡の少ないところに行きました。途中で馬かロバに乗った見知らぬ二人連れに出会い、周囲がまるで西部劇シーンのよう に、夕日が当たり赤茶色の山肌を照らしていました。
さらに進むと、自然そのままのせせらぎがあり、そのほとりには、チューリップのような花が咲いていました。しかし、空は濃紺色で、太陽が出ている にもかかわらず、ふつうに見る薄い青色などではないのです。
ちょうど、高度1万メートルほどの上空の成層圏から空を眺めたような感じでしょうか。
太陽がせせらぎに照り返してふわふわ揺れていても、水面全体が濃紺を反射していて、まるで夜中に月の照り返しを見ているようで した。
さらに進むと、四角い建物がいくつか建っていて、それが古いせいか、周囲に苔のような灰色のものを垂れ下がらせていて、どの建物もそんな感じでした。苔ら しきも のの色は淡いグレー。ビルのようでもあるが、どれもビルというには小さい建物です。そこに人が向う側から花の植物の鉢を持って上がってきました。
見るとその人物は、ベレー帽にメガネ、茶と黄のチェック柄のセーターを着て、いま植物をそこに植えようとしているようでした。屋上緑化のようなことかと思 えました。
私はそこでその人に問いました。「いつごろからここにいるのですか?」と。
するとその人は、「もうかなり前になります」と答えてくれました。
そこで儚くも夢から醒めたのですが、夢から醒めるときというものは、いちばん大事なポイントを醒める直前に置いていることが多いものですね。
実は、その人物は、私と顔と姿がよく似ていたのです。
それから、25年が経って今があるのですが、数年前から山暮らしのために移り住んだこの地で、物置倉庫をいくつか作り、その屋根を葺くのに、ホームセン ターで売っている厚手のUVシート(シルバー)を使っているのです。
別のいいやり方はいっぱいあるとは思うのですが、安価に済むため素人判断で偶然そ うしてしまったのでした。
いかに素材が強くて防水性に富むとされていても、劣化はします。が、少なくとも2年の耐久性はあることから、今後もこのやり方にしようと思っています。倉 庫の フレームは単管組みにして、屋根の下地をコンパネにして屋根用の防水シートを敷いていて、その上にUVシートという具合で、屋根の上にいちおうは上れるよ うになっているのです。
そして、今目下、屋上で野菜や花をプランター栽培しているところです。
下の露地で栽培したなら、鹿や猪が来て、たいがいは食い荒らされてしまうのですが、屋上だと彼らはよう上がってきませんから、囲いなどする必要もないので す。この界隈の民家は、栽培したくとも、動物の食害があって、よほど強固な囲いをしなければやれません。
こうして、この倉庫はマルチ用途を好む私の合理精神を如実に表すものとなっているのです。他人の目からは奇異に映っていると思います が。
ある時、UVシートがあの苔に相当するのではないかと、その奇妙な符合に気づき、夢の人物は未来の自分(今の自分)だったのかも知れないと思うようになり ました。夢に合わせるべく、ベレー帽も購入しました。該当色のチェック柄のシャツやセーターはすでに持っていましたし。
こうして今は、奇特な「いつごろからここにいますか」というキーフレーズで問うてくる訪問客の来訪を待っているところなのです。
追記
そうしているうちに、とうとうそれらしい人物が現れました。
しかし、それは 還暦ほどになる韓国人のお姉さんでした。ということは、私はこの女性の視座を借りて夢を見ていたことになるのかなあ。2014年11月に達成したことにな りますか。
なお、一度目は、ベレー帽を被っていませんでした。ところが、滅多に被らないベレー帽姿を偶然目撃されてしまったのも、この女性によってだったのです。ふつう山暮らしでベレー帽 などしません・・・いつもは無帽か野球帽なもので。
二度に分けて実現するとは。しかも、性転換? いやいや、私の意識は任意の誰かの視座に入って、その人の視点で物事を見てくるようなのです。
さてさらに、2013年になって飼い猫のトラブルから山奥に廃屋付土地を安価に購入したのですが、そこに夢で見たような”せせらぎ”が 流れているのです。廃屋に入る階段がそのせせらぎをまたぐようになっており、もしこの廃屋がなかったら、夢の光景に近いことでしょう。廃屋は当初から未登 記状態なので、ないに等しいといえば、そうなるかも。
しかし、空の色が濃紺で太陽が出ているということはないですね。さらに未来において、大気がなくなれば、そう見えるかも。
他人の視座に入って夢見するか(2)
金正日の側近の視座に入ったかのような夢(2006年12月18日)
「夢に胡蝶となる」とは中国の荘子の夢体験。
ところが、今日の未明に、私はおかしな夢を見た。
なんと自分は、金正日と同室にいる側近の一人だった。
私の右に置かれた長椅子の、一人をおいて向こうに、金正日が憮然とした表情で、座っているのである。
部屋は狭く、殺風景なコンクリートらしき壁で、金正日と私含めて6人くらいいただろうか。
金正日は共産系の例の服。我々はスーツ姿。
そのとき、ひとりが座を立って、部屋を出ていった途端、こちら側に固まっていた四人がいきなり相好を崩し、砕けた笑い顔になって談笑に入ってしまった。
私の前にいた一人が、「だいたいこんなもんやからねえ」と言うや、 私は
「いやー、あそこ(日本)もこんなもんですよ」と、茶目っ気たっぷりに手を振る。するとみんな笑う。
自分で日本を意識して言っていることが理解できた。
(これが正夢なら、彼らは日本を特別にライバル視し、日本の悪口を言うことで連携を保っているのかも)
ところが、金正日だけは、椅子の上で立て膝に姿勢を変えたものの、依然として憮然とした表情だった。
(1.5mほど隣で見てるんだ。質感を伴ってリアルなことと言ったらない)
それからそれに関連した場面がいくつか。
そうして眠いままに朝起きてテレビをつけれみれば、午前七時過ぎ。
なんと、六カ国協議再開のニュースが流れているではないか。
ウワァー。
しょっちゅうあるシンクロのひとつのため、さほど感動はないが、啓示夢であることは間違いないように思えたのだった。
テレビに出てきた北朝鮮の外務員のにやけた顔。あれ?この顔は、夢の中にも出てきたぞ(@@;
最近、夢に胡蝶、いや、別人になるリアルな夢を見ているので、これも本物ではないかと思ったしだいである。
そして、六カ国協議はたいてい、不真面目な結果に終わるのではないかと思ったことか。
彼女の視座に入ったかのような夢(2009年頃のこと)
私は、若い女になった夢を見た。
オープンテラスにいくつか置かれた椅子のひとつに座っていた。
隣の椅子にいたのは確かに高田純二だった。
その彼が椅子を立って、とことこ私の後ろにやってきて、私の肩に手をかけて、笑い顔でこう言うではないか。
「今日も抱かせてもらっていいかい」
ゲッ。
すると私の口を突いて出た言葉は、
「(いいわよ) だって、あなたの妻じゃないの」ときた。
キターーーーー!!!
まぎれもなく、私が女の声を出したのであった。
それも、自分の意志がどうであるかによらず、定められた手続きのように発されたのであり、
自分の異様な発言に気がついて、エエーッと思った時点で目が覚めたのであった。
これにはその後譚があって、彼女のご主人はふだんから高田純二のようなおどけ方をすると聞かされた。
てことは、おいおい、あの時のオレは君の視座にいて、ご主人から口説かれてたのか。
ウワーッ、それって浮気にならないか? いや、オレのほうが不倫だったか。ああ、混乱。
とすると、あのカフェテラスは沖縄のビーチサイドのオープンカフェテラスかなんかだったのかなあ。
いったい私は、どんな能力を身に着けようとしているのであろうか。
これも妖怪力のひとつなのか。
夢で雲龍が胸に飛び込む (2007年1月14日)
私は50歳以降、拾う神に拾われたようにして、精神世界的な流れに身を置くこととなりまし た。
その進 行役としての神話物語の創作をしているときに、夢においても カナメとなるシーンをいくつも見ています。
その神話(新神話)を補強するのは、現実のシンクロだけでなく、夢見もあるのです。
以下の人名は新神話上での名前です。
このときのことは、新神話の主役、カンナオビを家に招いたことが発端になっています。
私の印章をそのとき彼女に刻みましたから、彼女は私の家の自室に自らの磁場を刻んだのでしょう。
以後、彼女が意識を飛ばしてきて密会するときの場のひとつになったのです。
ただ、そのとき私の部屋のドアにはサイババのポスターが貼ってあり、それが進入できない結界になっていたようで、それを外してからは容易にやってこれるよ うになったもようです。(サイババのポスターも、2cmほどのセロテープで四か所止めをしただけなのに、8年以上、一度もはがれることなく、貼り付いてい ました。私が貼りつけて私が外したことになります)
そんなある日(2007年1月14日)の未明の夢に、カンナオビが正体を見せに我が家にやってきたのでした。
彼女は白龍のまま、私の胸のど真ん中に飛び込 んできて、私と合体したのです。私は朱雀(鳳)ですから、鳳龍合体という瑞兆吉祥だったことになりましょうか。
夢の詳細
弱小かつ病態なるものでも、夢見の世界においては広大活発な経験をするものである。
それは知られざる世界における栄光であり、いかなる立場にあるかを垣間見せてくれているような気がする。(僭越やなあ。でも明日をも知れん病人やで許してなー)
本日、2007年1月14日未明、午前四時台の夢である。
私は小さな四角形をした我が家の二階のまん中に居て、北と南の開放された窓だけでなく、屋根や天井すらも透明化していて、うろこ雲漂う昼間の明るい空を眺 望できる状態にあった。
北の空を見ていると、どこからか降りてきた雲が数珠つなぎになり、長くたなびき消えることなく、やがて我が家の上空を反時計回りに旋回し始めた。
見れば、龍のようであった。雲によってできた龍。雲竜とでも言うのか。
一周目のときはまだそうとは気付かなかったが、二周目となって、これは龍だと気付いた。
我が家の北側に回ったとき、それは横顔がありありと馬のような面構えをしており、夕日を浴びて心なし赤みがかり、後ろが長く流れて、ところどころうろこ雲 のように切れつつも、尻尾らしく従っているのを見た。
雲が龍の形を形成して飛んでいるのだ。 方向を変え、南側に回ろうとしたとき、私には龍の顔が正対して見えた。
眼光もありなかなかの面構えだ。だが、どこか優しい感じがする。 屋根の上すれすれに南に回ろうとして、尻尾が屋根に触れた瞬間に、じゅぼっと水がかかったような音がした。
どんどん接近してきている。もしかして、私を探しているのか?
龍はまた南から北上を開始。再び北面から南を窺おうとして正対する格好となったとき、もう龍は目標を捉えたらしく、北面の窓めがけて飛んできていた。
そして、閉められた窓をひげでぴょこっと触れると、窓はさっと開いて、そこからもろに部屋に入ってきて、私の胸の真ん中めがけて飛び込 んだのだ。
うわーっ!! 私の中に入っちゃったよ。合体したようだ。
この光景は近所の人も見ていて、家の中に入ってきたマンガのようなおばさんや少年らが、私のほうをすごいといった表情で見つめていた。
そこで私は拳法のように腕をぐるっと回して、英雄ウルトラマンのようなポーズをとった。どんなものだと。
そのとたん、夢から醒めたのだった。何だ。夢だったのか。 久しぶりに見たすごい夢。
腕の痛みや不整脈でさほど眠れたものではなかったときに、ようやく見た正月らしい夢だった。
もしや奇跡が起きているかもしれないと、腕の痛みや心臓の不調が治っているかどうか調べてみた。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
雲でできた龍。色からすれば白龍というのか。 ネバーエンディングストーリーに出てくるような龍。 千と千尋の神隠しのハクみたいな龍。
彼女に夢のあらましを話し、「雲龍としてやってきたのは君か?」と問い合わせると、「それは私よ」と返事があった。
彼女は、それ以前から私の部屋に意識を飛ばして何度も行ったのだが、何か壁のようなものがあってどうしても入れなかったという。私はそ の原因が、当時、ドアの内側に貼っていたサイババのポスターかと思い、彼女の指摘があった日に、セロテープで止めていた四隅を外し、取り去っていたの である。
サイババにはとてもお世話になっていて、申し訳なかったのだが、どうも原因がこれらしいと感じたので、取ってしまった。
すると間もなくしたこの日に、夢の中に本体を顕わしてやってきてくれたのだった。
夢で彼女を羽根天使と見た (2007年1月16日)
これも不思議な夢で、私はどこかの室内に篭っていたのです。ところが、大きな羽根の白衣の天使が部屋に来て、それが彼女(カンナオビ) なんですね。
彼女が 天井を指差すと、その一角が破損していて、青空が見えているんです。そこから彼女は出ようとするので、付いて出ました。
はじめ彼女にくっついて揚力を借りていたのですが、彼女が「鳥には空がほしいでしょ」と言ったので、私はああそうだ、私は鳥だったから自力で飛べるんだと 悟って、ともに並んで飛んでいるといった夢だったのです。
そのとき、なんとなく彼女は白龍だしなあ、飛べるのが当たり前のように思っていましたね。
創作神話でもカンナオビの白龍が先導役を務めて、私が火の鳥になってあとをついて飛んでいくというストーリーになっていまして、その先である大事な仕事を する運びになっているのです。
夢の詳細
白龍に胸に飛び込まれた二日後の16日の未明の夢だ。 その一つ目は危機一髪といったものだった。
公園らしきところに居た普通の男のように見えた者が実は変質者で、私を眼光鋭くじっと見据えて近づいてくると、
いきなり押し倒して馬乗りになり、急所のタマを握り潰そうとしたのだ。
私はやにわに夢から覚め、このままやられているのでは駄目と、対策して再び夢に入って、これを退治した。
その方法は猛禽類的なえげつないものなので書けないが、夢見の戦士は、夢の中で窮地を迎えたなら、夢の中でそれを解決してこなければならないとされてい る。これは悪夢を見た人にはぜひお薦めしたい。
変質者を退治して夢から脱すると、何かあそこに鈍痛がする。触ると、タマ袋が小さく引っ込んでしまっていた。
現実の巷では、毎日のように陰惨な変質的猟奇事件が発生していたが、夢の世界においても変質者が出没するとは。ああゲンが悪いため、夢の見直しを次に行っ た。 導入のイメージングは必要なようだ。
一昨日に胸に飛び込んだ雲龍を懐に呼び出し、愛撫しながら眠りに入った。すると、夢の中になんと彼女が現れたのだった。
それからは私にとって最も輝かしく、すばらしい夢となった。 彼女は白のワンピースを着ていて、空を指差している。
わずかな隙間から見える白雲が散見できる青空があった。 天井の板屋根の一部が破損して空が見えているのだ。
彼女が指さなければ、建物の破損部分に気がつかず、空など見られたかどうか。
さらに彼女の上を見上げる横顔が神々しく輝いたかと思うと、 私は共に明るく自在な空に浮かんでいた。
私は彼女の表情にうっとりしながら抱きついていた。 彼女主導で、共に飛んでいた。 そのとき、彼女が言った。
「鳥には空がほしいでしょ」と。
そうだ、鳥だったんだと気がついて私も羽ばたき、 上空に向かってどんどん上がった。
あとは二人の身に起こるべき一連の手続きなのだろうか、 よく聞き取れなかったが、楽しげな二人の声が青空に飛び交っていた。
夢から醒めた。そう、私はそれまで籠の中の鳥だった。 ようやく雲龍である彼女によって籠の外に出られたと思った。
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Okundコメント
明晰夢を見ることを夢見すると言います。
中米のナワリズムでは夢見を重視していて、最終到達としてテレポートまでするといい、たぶんではありますが、コーリーの言う地下のマヤ離脱文明は、このような熟達者の至った世界ではないかと思われます。
俗に言う幽体離脱のあとに夢見が続いていくことから、夢見の身体とはこの幽体であろうと思われ、ヘミシンクしている方たちはアストラルボディと言っておられるようです。
幽体があれはそのまた背後に霊体があり、といった具合に有機生命体人間は多次元構造をしているようです。
とすれば、何で今頃、アセンションなどといったことが必要なのか、疑問を持つわけで、そもそものスピ系情報それ自体に何らかの問題がないか、整合性を看てみたらどうかと思うのですが。
地球が生存環境でなくなっても、幽体で生きていくのは可能ではないのか。
変な努力目標ばかリ作りだされている感があって、人間であることがこんなにしんどいものになっていることがわかっていない気がします。