実践的[スカイフィッシュ]研究

実践的[スカイフィッシュ]研究 

レポート/奥人

ここで取り上げる映像データーは、
当時のUFOビデオ撮影友の会メンバーの
武良信行氏坂本廣志氏ご夫妻、そして不肖森野奥人
ものを用いています。

以下、赤記箇所は最近(2014年1月)追記したものです。

スカイフィッシュは一時騒がれて、いったん鳴りを潜め、また再燃してきたかと思えば、もうどうでもよくなりました。
まこと、うたかたの泡の如しとはこのこと。

しかし、スカイフィッシュを地球古来の生物と考えた場合、見過ごしにできないことが多々あるのも事実です。
ここでは、弊サイト管理人、奥人がUFO/スカイフィッシュ撮影を実際にしながら感じたことなどを元にして、つい数年前まで未知であった生き物スカイフィッシュを、様々な角度から捉えて記事といたしました。
スカイフィッシュ研究に関しては、やはり撮影元ですから、先駆者たろうとするのは当たり前。
そういうわけで、ご覧の読者のみなさん、こんな奴でよろしければ、どうぞ拙い文にしばらくお付き合いのほど。

第一項  スカイフィッシュとはなにか

スカイフィッシュの態様 スカイフィッシュは、アメリカのホセ・エスカミーラ氏によって初めて世に出されました。
命名者は彼であり、別名Rod(棒)とも言っています。
その実、撮影されたものの多くは、細長い「棒」のように写ります。
それは半透明であり、厚みのある中心に沿って伸びる棒状の部分が、やや光をさえぎるようで、
シルエットのようにして写るわけです。

十年前までの一般的なビデオカメラでは、シャッタースピードの調節もできませんでしたから、
その高速で飛び回るものがいっそう間延びして不鮮明に写りました。
しかし近年、その辺の調節がかない、より実際に近いものが写るようになったように思われます。
最近では、高性能なデジタルビデオカメラや、より精巧なプロ用のビデオカメラによって、
その両側にひれのようなものの波打つ広がりが認められています。
国内でも「不思議ドットテレビこれまじ」で、国内最高級機といわれるテレビカメラが用いられ、
六甲山のスカイフィッシュがみごと写されたのは周知のことです。
       ホセ・エスカミーラ氏のRodに関するサイト

スカイフィッシュもUFOに加えられるのか? UFOという言葉。宇宙人が地球外で製造した宇宙船であるという定義がいつしか定着してしまいました。
それというのも、顕著な実感をたたえた金属もしくは発光体として、過去から目撃を受け、また撮影もされてきたからです。
そして真贋論議が生まれ、真贋鑑定に一定のルールが作られるようにもなりました。
思い込みによる報告がなされたり、いかさま的な撮影がなされたからということが、真贋の判定基準をきつくした観があります。
形が判然としなかったり、他の現象で事情が説明つくものはいっさいカット。
目的物の写る前後の状態すらも、いかさまの入る下地がないかどうか調べられてもいます。
しかるに、スカイフィッシュは、すでに書いたような態様ですから、UFOとは認められるべくもありません。
加えて生物というのですから、新しい範疇、雪男やビッグフット、鬼やチュパカブラといったものの属する「UMA」に苦しくも分類されることとなっているようです。
これにより、元あったUnidentified Frying Objectという言葉の意味は、それ自体失われてしまったかのようです。
しかし、空に向けて撮影機材を回す中では、未確認の飛行物体としてUFOだけでなく、スカイフィッシュも、お化け(これもUMAだ)も勝手に写ってきます。
そういうわけで、このサイトの記述も大きく二つに分けて書かねばならなくなってきたしだいです。

昔はスカイフィッシュもUFOとして扱われた? 私は「空を撮影しているとUFOらしきものが写る」と主張するムラ氏に同行して、たまの休みの日などに朝から山野に出向いて撮影にいそしんでおりました。
そして、1993年に彼が撮った映像が六甲山上UFOとして、マスコミ数社から放送されました。
輪郭がはっきりとしており、円盤と目されること、窓らしきものが二つ認められることなどにより、UFOと判断されたもようです。
そのときには、神戸市に在住されていた日本UFO研究会の故・平田会長の後押しもありました。
そのUFOも、巨大さはかなりのものでありましたが、スカイフィッシュと考えられなくもないものでした。
当時はまだしも寛容な良い時代だったといえるかもしれません。
実際にそのどちらであるかはいまだもって分かっていません。
  UFO撮影同道記 
(1994~1997年当時の感動多き時代の記事が主体)

日本のマスコミに取り上げられるようになった経緯 2001年9月1日には、テレビ朝日の「不思議ドットテレビ・これまじ!?」で、ムラ氏が日本におけるスカイフィッシュ撮影の第一人者として取り上げられました。
しかも、世界的第一人者であり命名者であるアメリカのホセ・エスカミーラ氏から、「日本にもすごいのがあるじゃないか」とテレビ朝日スタッフあてに逆指名を受けたというわけでもありました。

それというのも、私の編纂したホームページ「UFOビデオ撮影友の会」の読者の篤志家の方が、放送局に注進されたからであると聞き及んでいます。
実際こうしたことでもなければ、地方の田舎人のしていることが公になることなど珍しいわけで、ネット時代になったればこその感を深めるものです。

また、フジテレビ系のアンビリバボー特番で、本邦はじめて中米の巨大洞窟でスカイフィッシュ撮影さるとの報道を見て、すでにUFO写真としてホームページでムラ氏と私の分をあわせて掲載していたこともあり、これは同じものではないかと、ホセ氏宛てメールを出した経緯がありました。
するとわずか53分後に、当のホセ氏から、「すばらしい!!・・」のメッセージをいただきました。
ホセ氏はただちに世界の読者宛てにメーリングリスト配信してくれ、ホームページのアクセスカウンターが数日のうちに5000以上の増加を記録するほどのありさまでした。もちろん、そのために写真に英語のコメントもつけたりしたもので、何だか下手なホームページになりました。今もその名残りはあります。
とにかく、世界、とりわけアメリカ人の行動的かつフレキシブルな発想に、このときほど感心したことはありませんでした。
以来、ビデオキャプチャー画像のサンプルを幾通りか送ったまでで、それ以上の通信はしておりませんでしたが、どれほどぶりかで、テレビ局経由ではありますが、ホセ氏の音信が聞けた次第。
ホセ氏が、よく思い出してくれたものだと、また一つ感心したしだいです。

スカイフィッシュの捕獲について 目にも止まらぬ猛スピードで飛ぶスカイフィッシュは、どうやらどこにでもいる生き物のようです。
ツチノコのような希少動物、UFOのような目撃困難なマシンとはちょっと違います。
人にその気があれば、またちょっとばかりの忍耐力があれば、またこれは必須ですが、ビデオカメラを買う若干のゆとりがあれば、撮影という形で捕獲が可能なのです。

捕獲するというと、網を仕掛けたり、釣り糸に引っ掛けたりなどと考えている人もいるようですが、そんなことをしたら、どんな目にあうか考えただけでもぞっとします。
ツチノコですら猛毒を持つといわれるように、命と引き換えに捕獲に挑む人もあまたいるようですが、スカイフィッシュの場合はもしかしたら命の一つ二つどころではないかもしれません。
物理法則を度外視した霊体動物??という感もありますから。まあこれは行きすぎた仮説というものでしょうが、何でも初めてのものには注意してかかることがたいせつと思われます。
映像で捉えるだけでよしとしておくことが無難であることは言うまでもありません。

このように私も表現しておりました折、奇遇にも、スカイフィッシュと言われる前からこの生き物と関わってきたことがあると神戸市在住の坂本氏が申し出てこられました。
そしてまさに、非常に危険な生き物であるから、捕獲などと考えるではないとの切実な話をされました。

まあ、諸説紛々としていた当時ではありました。

第二項  スカイフィッシュ研究

スカイフィッシユ研究の現状 スカイフィッシュ研究と言っても、スカイフィッシュを見た人がほとんどいない。
ただ撮影物を見て、スカイフィッシュだと判断しているにとどまる。
その撮影物にも、記録方式や記録媒体の特性による写り込み方の誤謬が考えられること。
こうしたあいまいさがクリアーできるか、もしくは撮影物などによって状況証拠的にスカイフィッシュがいる可能性が認められなくてはなりません。・・・
(1)
また、スカイフィッシュという言葉が登場したのはほんの四年前のことでした。(この記事は2004年当時のものです)
いかに捉えどころのない生き物だといっても、それ以前に先人によって何らかの表現で伝承されていて然るべきです。・・・(2)
むろん、カメラ機材にしか捉えられないというなら別であります。が、人の目に見えず、カメラだけしか有効でないというのは、どうもいただけた話ではありません。
人の目がカメラ機材より劣るなら、なぜ劣るのかが説明されなくてはならないわけです。・・・(3)
私どもは(1)(2)(3)のいずれについても、簡単ではありますが、解答を用意しました。
たとえば、(3)については、メルマガ12号13号でお話した「UFO目撃に関して「見る/見ない」が生じる脳生理学的な原因」が、スカイフィッシュにおいても適用できるだろうと考えています。
すなわち、社会脳による目撃認識の阻害が心理的に行われた結果、「見れども見えない」状況が生まれるだろうというわけです。
そこまで考えすぎなくとも、スカイフィッシュの場合は透明であるに加え、非常に飛行速度が速いため、存在を気配として捉えていても、実在感に結びつかないとも言えましょう。
なぜ透明に近いのか。その原因は後述いたします。

ところが、古代人はこの実在感の薄い生物をリアルに捉えていたことが分かりました。最近出土した遺跡発掘物に、何対かの羽根をもつ蛇のごときものが刻み込まれていたのです。
伝承上、別の名前で伝えられていたはずですが、付帯して描かれていたものが「玉」のようなものであることから、「龍」であろうと、鑑定なさった学者さんは推定されていました。
そして、我々の身近にも、一昨年スカイフィッシュ報道をテレビで見て、なんだこれは先祖から伝えられてきた「龍」じゃないかと申し出てこられた人が同行撮影メンバーともなられました。
先述の坂本氏なのですが、彼は目撃と遭遇体験を重ねてきた人であるといい、その生態についても十分なほどの見解をもたらしてくださいました。
我々はこうして、最も大事な核心を語りうる立場にもなったかと思ったものでした。

撮影地別に例題を検証 研究テーマとして論点が整理できそうなものにつき掲載しています。
視覚に訴えるデーターは、このほかたくさんあります。

六甲山系のスカイフィッシュ 三ノ宮や諏訪山に現れたリアルなスカイフィッシュ・・・(神戸市中央区)(武良氏撮影)

地獄谷のスカイフィッシュ・・・「六甲山」(神戸市東灘区)
飛行アニメはこちら
(奥人撮影)

なぜ六甲山系がスカイフィッシュの穴場なのか。
六甲山系はこれだけしっかりした山塊としてまとまっているわけなので、良好な「気」が豊富であることは言うまでもなく、生き物である限り、心地よさのゆえに住み着くといったことがまず考えられます。
UFOも「気」をエネルギー源としているためか、六甲山系を縦走するように、UFOの通り道ができています。
そのようなところであるに加え、良質な水をたたえた花崗岩質の岩盤であるため、コロニーも形成しやすく、スカイフィッシュの棲家としては最適といった感があります。
六甲山での目撃は、弊クラブの3人、参加者1人の併せて4人がしています。
その見え方もいろいろです。
私は下の画像のように、大きな鮒のような色をしたねじれた感のある物体一体を目撃しました。一瞬のことだったので、感涙ものというより、唖然でした。

もう少し説明はこちら

同じものを坂本氏は二体がクロスするように飛んだのを目撃し、しかも色は青白かったとか。
そこで改めてどの位置に出ていたかをお互い照合したところ、坂本氏は中間の上空だったとのことで、私の目撃位置とは異なること。つまり、私が見たのは坂本氏が見た瞬間よりも0.数秒ほど早い位置のもので、次の瞬間にスカイフィッシュは二匹交差したということのようでした。
私は次の瞬間まで見切ることができませんでした。坂本氏は私の見た位置を見切っていませんでした。お互い、視野の真ん中に捉えられたものだけが印象に残ったというわけです。
これは2003年9月13日のことで、当日は週刊プレイボーイのS記者さんの取材中のことだったのです。(白シャツがS記者)(当時の記録。またその数か月後にたぶん同じものを武良氏が撮影。うっすらと鶏冠が張り出している。成長したようだ)
また、撮影ツアー参加者の女性Sさんは、別の日に五助谷上空において、谷から舞い上がるようにして木の葉がたくさん上がってきたのを不思議に思い見ていると、山を背景にして「(ちょうど熱い湯に水を差したときのような)ゆらぎ」が見えたので、それをたどると、大きなクラゲのようなものの輪郭であることが分かったとのことです。
そのとき、我々は五助谷にコロニー探しに一行6人で降りておりました。坂本氏によれば、クラゲのようになってホバリングする姿勢でいるのは攻撃態勢であり、我々の行動を上空から警戒して見ていたのかも知れないということです。それは2002年11月18日のことです。
(同年10月16日には奥人が撮影。すぐ傍にいた!!)

兵庫県中央部、ピラミッド型神体山周辺のスカイフィッ
シュ
タンデム飛行するスカイフィッシュ・・「小富士山」(兵庫県氷上郡市島町)
飛行アニメ
(奥人撮影)
ファインダー侵入時には一匹だったのが、途中から二匹に別れています。
比翼の鳥とでも言いますか。
実はこのビデオ映像には、二匹のすぐ後ろに小さいのが一匹続いて飛んでいるのが映っています。(テレビ画面大であれば判別がつく)
次代を継ぐ子供の飛行訓練でもしているのでしょうか。

撮影場所は、古くは賀茂氏の所領のあったところで大物主系の祭祀部族にふさわしく、三輪山のように崇拝対象となったとみられる秀麗な山体がいくつもあります。
特に小富士山は等高線からしても、東西南北を意識したかのようなピラミッド状の山であり、特別な祭祀の行われていたことをうかがわせます。
ここでは15分程度の撮影ながら、3回それらしい飛行物体を収録しました。
賀茂氏は古来強力な呪術を執り行うことで、朝廷からも恐れられていた経緯があり、輩出した著名な呪術師にも役小角(高賀茂氏の出自)や安部晴明(賀茂保憲の弟子)がいます。
彼らが使役していたという鬼神や式神とはいったいなんであったか?
目に見えず、時には鬼と映るような実体不明の超自然身とは?
そう考えたとき、スカイフィッシュという生き物を考えてみるのは妥当かと思われます。
役行者が八丈島から毎夜富士山詣でをしていたという伝説があります。
これは坂本氏が、その背中に乗った経験的事実と照らし合わせるとき、「できる」ことであると思われます。
また、安部晴明が橋下に飼っていたという式神の伝説があります。
これは賀茂氏が伝統的にスカイフィッシュの育成法を心得ていて、晴明は実際に飼いならし、摩訶不思議な術の助けにしていたのではないかと考えられます。
遠隔透視のできる坂本氏によれば、小富士山の山体の中腹に洞窟があり、その中に清水の湧き出る泉があって、スカイフィッシュがコロニーを作り易いよう計らわれているそうです。
もしそれが本当なら、賀茂氏は山体を崇めるいっぽうで、術のタネを養成していたことになりましょう。
二匹ペアーでスカイフィッシュがいる場合は、コロニーを守っているのだという坂本氏。
ならば、私がビデオ映像を撮った1994年10月時点には、コロニーが存在していたことになるでしょうか。

さて、古代の伝承に由来を求めてみたわけですが、唇寒し秋の風の観は否めません。

播磨の巨大スカイフィッシュ

風水との関連

山越え跳躍するスカイフィッシュ・・・「石の宝殿」(兵庫県高砂市)
見所・・・峻険な山並みへの潜水飛び込み 玉型UFOとの競演 
現場・・・地元で有名な「竜山石」の採掘場
飛行アニメはこちら
(奥人撮影。別の解説)

たった2分の競演の中には、スカイフィッシュ二匹のタンデムでのニアミス飛行シーンもあります。
このデーターは一粒で二度おいしい、スカイフィッシュ研究には非常に有用なデーターであると確信しています。
その理由は、
①見え方・・・龍もしくは長大な蛇が、山稜ぎりぎりを通過して瞬間移動したように見える
②玉型UFOとの競演・・・龍と玉の伝説さながらである
③その土地の地形・・・風水上の龍脈の通り道に当たる

風水に言う「龍脈」の概念からすると最適と思えるほどに、山や川の配置、地勢の良さは素人目にも一目瞭然のところです。
玄武となる主山高御位山の山塊はまさに亀の形をし、左右の両腕を白虎山、青龍山として伸ばし、朱雀に相当する朝山を南にいくつか配した構図は、まさに四神相応の構図というべきものです。

龍の通り道「龍脈」は、山の尾根伝いに形成されるといいますが、高御位山のさらに北方には高山の巨大な山塊があり、さらにその向こうには古法華の笠松山(太祖山)を開始点とする「龍」(気の塊)を送り出すシステムが備わっています。
私は、1994年10月9日、武良氏に手ほどきを受けながらUFO撮影をはじめて二度目において、龍脈システムの朝山に相当する「石の宝殿」から、やはり朝山である西の山をビデオ撮影中に、まさに「龍」の跳躍ともいえる謎の現象を捉えたわけです。

どうやら、これこそ「龍」と言われる生き物ではないでしょうか。
「龍」は霊的な生き物として考えられることがある以外に、自然現象としての「気」のエネルギーの塊のこととするのが「風水」です。
この二者は同じものではないとしても、どんな生き物でも気の流れの良い場所ならば気分が良いとなれば、スカイフィッシュひいては「龍」は、その自在な飛行能力を駆使して、気の流れに慣れ親しんできたに違いありません。
こうして、生き物としての龍の行動傾向は、非生物である風水の龍脈と重なるという論理が成り立つと思われます。
風水に言う龍脈の観点からすると、最短としても加西市の笠松山にはじまる龍(気の塊)脈は、いくつかの山体の山稜を経て西南西に下り、姫路平野へと下る直前の城山(戦国時代に山城が置かれたことから名づけられる)で大きくヘアピンカーブを描き、高山を中核とする山塊へと入射します。
それは南の高御位山を中核とする山塊へと入射しますが、この山塊はちょうど母が子を抱くような格好の腕の伸ばし方をして、四神相応の構図を醸しています。
この例は、龍脈推定用地形図の左上隅に示すよう、風水上の好所とされている鞍馬山の山塊を中核とした京都盆地を抱く格好の地形にとても似ています。
玄武となる高い山である鞍馬山、そこから腕を伸ばしたように東の青龍山、西の白虎山、そして東山、桃山、飯岡、甘南備山などが朱雀を形成していますが、同
様に高砂の地には、高御位山のふところに抱かれるように鹿島神社や成田山などがあり、溜池が設けられ、東の青龍山に連なる朝山として、石の宝殿の一枚岩山やその南の竜山があります。
いっぽう、西の白虎山の連なりの先の朝山として、5つの小高い山の連なりがありますが、人工造山であると目されます。
山から海へと下る龍なる気の流れは、沿海部において神戸製鋼などの鉄鋼コンビナートの所在と重なり、龍脈の恩恵を受けて発展したことが想像されます。
実際、この日のビデオの中には、高炉の煙突の警告灯の点滅する工場地帯を目がけるようにして突進していく謎の飛行物体が捉えられています。

気の流れすなわち龍脈を伝う龍は、のべつ幕なしに流れているわけではないでしょう。
太祖山に立ち上る霊気がある程度溜まって、臨界に達したときが流出のときと考えられます。
これは一日のうちでそう何度もあるわけではないし、天候などのコンディションによっても発生はまちまちのはず。つまり、不定期な間欠泉のように、龍は流れ出していると考えられるわけです。
このとき撮影されたUFO/スカイフィッシュ(龍)の競演は、長い幕間のとばりを破って、わずか2分間の中に3種類7シーンを見せてくれています。
そのチャンスに遭遇しさえすれば、伝説どおりの玉と遊ぶ龍のシーンも撮影可能なのです。

のんびりした玉と高速飛行のタンデム龍がニアミスを演じるシーンもあります。平面的な映像を見ていると、空にも交通というものがあるというのが認識できます。
山に居つくカラスたちと飛行経路が合致しないよううまく折り合いをつけて飛んでいます。
カラスにはこの現象のことがどう見えているのでしょう。
我々は気を良くして10月14日にもほぼ同時刻に同所で撮影を敢行しましたが、ほとんどボウズに終わってしまいました。
10月9日との条件的な差は、うす曇か快晴かの違いでした。スカイフィッシュ系は曇り加減のほうが良いようです。これは六甲山においても同じです。

自然現象である風水にいう龍の流れに乗って、生き物である龍も動く。
ちょうどサーファーが好適な波の来るのを待ち、それに乗っかるごとく。
それは、誰や彼が命令して従うわけでもなく、ごく自然に彼らの行動すべき条件が満たされたとき、まるで町の若者がサーフィンを楽しむごとくやってくるのでしょう。
彼らは、意思を持ち、面白さを満喫したがる心も持っているようです。
もしかしたら、龍脈の気の塊を引き連れて飛んでくるのかもしれません。
ならば、彼らの性質を理解して、幸運とか心地よさを呼び込むために、「龍」を誘致する設備を整えたくもなるのが人情というもの。それが風水術として今に伝わっている技術ではないか。

いっぽう龍のほうも意思や知性を持っているなら、彼らの航路の先に彼らの姿を収めようとしてカメラを構える者たちがいたなら、彼らの心を察して映ってやろうと思わないでしょうか。
彼らはわざわざ画面に合わせてパフォーマンスを演じてくれたりします。
こうして、勘と忍耐が頼りのカメラマンたちは逢う魔が時のような好運をつかむのです。
この地はそれほどに龍の出現が見られたせいか、古くから石の宝殿の南の山と南西の土地一帯は「竜山」と名づけられて今に至っています。

以前紹介しましたように、宮本武蔵のほんとうの生家もこの近くにあります。目の動体視力を鍛えるのにもってこいの生き物ではなかったでしょうか。
撮影日の1994年10月9日。後から分かったのは、阪神大震災のちょうど100日前ということでした。これも計算しつくした龍のパフォーマンスなのか?
龍の飛んだのが西の山の頂上に沿ってであったなら、地図を辿れば、その方向の延長上には偶然にも震源地、淡路島の北淡町があるのです。
もうひとつ気持ちのよくない話をしますと、瀬戸内の龍を鎮め、海運航路の安全を守るという目的で作られた風水塔とされる舞子の移情閣が、明石架橋に伴い1994年3月から解体されていました。
つまり、この不在の期間中に起きた震災であったというわけです。
ちょうど明石大橋の橋脚の基礎の打ち込みがなされていたことが地殻を刺激したと密かな噂になっていました。瀬戸内の龍の騒乱が天変地異を招いたのでしょうか。
とするならば、龍さえもコントロールしようとする風水は大変な技術と言えましょう。

例題をもとに性質を探る  
スカイフィッシュの性能諸元について 飛行アニメはこちら
(再掲してます。何度もすんません)
ファインダーの中に収まっている距離を地図から割り出したところ、約200mほどですから、秒速1Kmと推算しました。
サイズは、長さ3~7m(写真上は一番小さいときで10m) 幅もしくは厚みは2~3m。
むろん、スカイフィッシュが山稜の尾根伝いに飛んだと仮定しなくてはならないわけですが、1/30秒・コマを再生する再生機にかけて6コマ。1/60秒・コマで再生する再生機で12コマで通過していることから、200mの端から端まで飛びきるのに0.2秒となります。
すると、200m/0.2秒=1000m/secで、秒速1Kmになるというしだいです。
音速の約3倍。それを音もなく、また周囲に飛び交うカラスなどの生態に影響しないように飛んでいるわけですから、いかに生命にやさしく、また周囲の生態系からもなじまれた飛行物体であるかが分かる気がします。
ただ、長さの推定は、このビデオカメラが旧式のものであるため、モーションブラーによる「間延び」を考慮しなくてはならず、正確な値が出せておりません。
幅や厚みについては、シルエットの消えるところまでが羽根の先までとして、距離との比率で大体を割り出しました。
これがスカイフィッシュとするなら、大クラスのものとなるでしょう。
古代的に「龍」と呼ばれても良いタイプのものだと思います。
この飛行地域を「竜山」というのは、古代人の見立てを物語っていると思います。

ただこのデーターは、今まで扱った撮影データーのうち、サイズと飛行速度が理想的に割り出せそうであったために用いたものであることをお断りしておきます。
飛行物体がカメラからどれほど離れていたか分かるとか、あるいは背景との関係から割り出せそうな状況にない場合は、どんな映像であっても性能を測るツールにはなりえません。
飛行物体が、山のはるか手前を飛んでいたならば、以上のような推算も根拠を無くしてしまうわけです。
ところがこの場合だけは、UFOなどとのコンビネーションシーンが前後に撮られていて、明らかに飛行物体の側から彼らの性能諸元を求めるように仕組んできた感があるため、採用しています。

この性能諸元から推測される飛行原理 常態的な観測に掛かるすべがないために、説得力に欠ける仮説にしかなりませんが、物質状態に四相しかないとした場合、その動きからして、プラズマ相の物質状態にある有機生命体であると考えるのが妥当かもしれません。
しかし、坂本氏の体験は、彼らとの接触にまで及んでいますから、そのようなものでないことも体験的に分かっています。
UFOの飛行原理と同じという説もありますが、UFOが一点で一瞬にして進行方向を変えるという保存則を無視した動きをするのに対して、いかに鋭角に進路変更をするとはいえ、必ず角運動量の変化を伴う動きをしていることから、飛行原理の違いは歴然としています。
航空力学的な物理法則を満たした運動をしているわけではないが、スロー再生すれば、少なくとも運動量保存則を満たそうとしているようには見受けられるわけです。
ならば、この飛行原理とは何なのかというわけですが、私は、生き物の多様性が作る「生活時間の刻みの相違」による、「異なる時間経過の同一空間における複在」が原因ではないかと考えます。
つまり、観測者によって固別の時間が我々の空間には幾通りも存在しているのではないかということです。
そもそも、我々は自分の観測する世界だけが全てだと思ってしまいがちです。
それで生活が事足りるからと言ってしまえばそれまでなんですが、生命の形態に応じてそれぞれに観測している時間が違うことも考慮されねばなりません。
たとえば、人も若いときと年老いたときでは、あきらかに観測時間(生活時間)に違いがあります。
原因は神経回路に迂回路ができたり途絶ができたりして、迂回時間を多く消耗しているから、お年寄りは動作が鈍くなってしまうわけであり、若者と同じことをするのに余分に時間がかかっていても、本人の観測時間の刻みがそのようだから、自分では鈍いと自覚しないのが普通なのです。
異種の哺乳類間においてもそれはあります。ゾウの時間とネズミの時間は違うという説を出された学者さんがいました。
心臓の鼓動の回数が寿命を決めること。神経回路の伝達距離がその生き物の観測時間を決めるという説です。
だから、長命なゾウも短命なネズミも、さして経験する時間とボリュームに相違はないというのです。
もしも、プラズマ相でなる生命体がいたとしたら、その神経回路の伝道速度たるや、液体相で化学変化を介して伝道させる我々と比べるべくもありません。
そこに、私の仮説がもうひとつあります。
これは拙時空概念でも述べていることですが、時空は観測者があってはじめて成り立っているのであり、観測者を離れて時空など存在しないとする概念です。
つまり、観測者の個々別々に経験時間も認識形態も異なっていると同時に、観測者の性能に合わせて観測されるべき時空も存在していると考えるわけです。(現代科学はこの考え方を採用しようとしているようですね)
もしさらに、神経回路を形成する基盤になる物質の相が異なっていればどうなるでしょう。
液体相の神経回路で伝達する情報の速度に比べ、プラズマ相でなる神経回路なら、はるかに速いわけです。
これがいかに龍やスカイフィッシュの図体がでかくても、俊敏だという理由になります。
おいおい、プラズマ相の生き物なんかいるの?
それには、どんなところにも生き物はいるんじゃないんですか、と答えるしかありません。
強酸の胃の中にピロリ菌あり、真空の宇宙に宇宙螢あり、深海の最深部の海底からのあぶくの周りにも生命がいるくらいですから。

しかし、スカイフィッシュの経験時間と、経験されるべき時空は、我々人間のそれと自ずと異なっているはずです。
この時間の刻みの差は次のように分かります。
同じサイズの生き物が我々の時間軸を使って潜水飛び込みをかけて水中を進行したとした場合、200mなら10秒ほどだとしてみましょう。
すると0.2秒で完了したときの差は50倍となりましょう。
それが両者の経験時間の刻みの差と考えることができます。
そこから、彼らスカイフィッシュがどういう物質状態で過ごしているか、推測がつくのではないでしょうか。
彼らも、どこの空か海かは知らないが、ゆったりと飛んでいるふうに経験されているとき、彼らの目からすれば、我々人間の動作は、芋虫が匍匐前進するほどにもどかしいものなのかもしれません。
これが竜神、つまり神と人間の性能の差だとすれば、人間は神様にかないっこないわけです。
逆に人間が植物に対してなら、ちょうど逆の立場で見ることができます。
我々は植物を伐採したりしますが、植物にしてみれば、おい神様よ、切らんとってくれよと言ったところで、神さんの我々が植物に意識などあるの?と言っているくらいだから、植物もたまったもんじゃありません。
その点、龍神さんは違います。生命のことをよく知っているせいか、当たり障りのないように飛んでくれているというわけです。
だから、時空の観測形態も違えば、経験されるべき時空が異なることで棲み分けさえもなされているのであり、異なる時間の刻みが同一空間に複在していることさえこの現象は言い表していると考えられるのです。
霊能者によれば、不成仏霊魂の空間も我々の空間に複在しているそうです。
もしかすると、スカイフィッシュは、物質世界と霊世界の中間に位置するミッシングリンクとなる亜空間にいる生物なのかもしれません。彼らは、両方の世界に観測の目を向けることができるため、両方の世界の意向を汲み取って仕事をすることができる。
どんな仕事かといえば、不成仏霊を連れ去るというようなことをしているのではないかというわけです。(坂本説)(彼によれば、このため地獄谷のすぐ下の住吉霊園には迷った霊はいないという。またスカイフィッシュに連れ去られた霊たちは上空のUFOに収容されて運ばれるとのこと。
武良氏はUFO内部で閻魔の裁きがなされるという。その話は坂本氏以前に図解入りで聞いていたので、照合が取れて妙に納得した次第。みんな、霊を持ってるとはいっても自由はないみたいだ。悔いのない人生を生きてくれ)

スカイフィッシュの知性への推測 高度な知性を思わせます。
彼らは、カメラのビューアングルや録画時間さえも考慮するようなパフォーマンスを演じます。
もう帰ろうとする頃に、名残を惜しむのか、よく飛びます。
そのパフォーマンスが、計算された行動と思えるゆえ、我々はUFOであると考えてきた経緯があります。
だが、どうしてもシルエットとしてしか映らないため、UFOは亜空間を飛んでいるのかと考えたり、霊体の類かと考えたり、神霊の「龍」かも知れないとは、1994年の撮影当初から思っていたことではありました。
それを経験的に「龍」であると断言したのは坂本氏でした。
こうして、スカイフィッシュは伝説上のUMAであり、UFOとは別物であることが鮮明になったしだいです。
彼らは、高度な知性を有するということ。これは誰が語ったからというのでなく、撮影物を調べてみれば感づくことです。

古代伝承との整合を図る  
古代の遺物からの考察

龍と玉の伝承

2004年1月に出土した弥生時代の土器の壷には玉であるらしいものと戯れる龍の図柄が描かれていました。当時、龍がどのような姿で捉えられていたかを表しています。
もう少し説明はこちら

その姿はまさに現在我々が撮影している足つき(ひれのついた)スカイフィッシュさながらです。

豊後国風土記には、この地方に天皇が行幸されたとき、従者が泉に水を汲みに行ったところ、オカミがいたので汲むのをやめたという一節があります。
「泉の水を汲ましむるに、すなわち蛇龍(おかみ)ありき。於箇美(おかみ)といふ」
まさに当会の坂本氏のスカイフィッシュ体験そのもの。
ただ、坂本少年はそのときオカミの姿を認めず、水を汲んで飲んだのです。
それがコロニーだったというわけです。
古代には、泉のある場所ではこうした目撃の事例が多かったのでしょう。
だから、見つけたときには、そっと何もせずに引き上げたことのようです。
闘っても勝ち目はないことを経験的に知っていたとも考えられます。

古事記には、その生態を直接感得した表現として、クラオカミ、クラミツハ、ミツハノメといった表現で登場します。それが神格化された形として、トヨタマビメとかシホツチノカミとなってきます。
それは水域であればのことなのですが、山岳地の場合は、神格化されてオホナムチとなります。
日本書紀では、タカオカミとなっています。タカオカミは上空の龍、クラオカミは渓谷の龍、クラミツハは池や海など水系の龍といった感じです。自然神と捉えられたときの表現です。
いずれも、雨などの気象を制御できる生き物として捉えられ、雨乞いの際の主神となります。
それゆえ、上記の土器は、雨乞いに使われたのだろうとのことです。

では、そこに書き添えられる玉のようなものはいったい何でしょう。
ここからは神話に属する話となります。
龍と玉の伝説は多様に語り継がれています。
古事記においては、海幸山幸の段において、海神の宮に行った山幸と夫婦の契りをした豊玉姫として書かれています。豊玉姫は竜神であり、乙姫のこととされます。
譲り受けた呪術兵器としての玉には、海水潮位をコントロールする力ありとされます。
上掲の撮影成果のようにUFOなら、そのようなこともやってしまうのかも知れません。
また、けっこう世界的に共通の下地があったのではないかと推測されるのが、古代の英雄と「飛ぶ蛇」「羽根蛇」「龍(ドラゴン)」への神格化です。浦嶋や安倍晴明の場合は、龍とコンタクトした英雄でしたが、オオクニヌシなどは自ら大蛇(オオナムチ)と関連付けられた神です。そのような例は、中南米の英雄ケツアルコアトルに見られます。(後述)
また、中国には玉と戯れる龍の伝承が数多く伝えられています。
それらの謂れがどこにあるのかたどるとき、実際に龍のようなUMAと玉状のUFOがときおり目撃されていたようなことが考えられます。

神話伝説からの考察

玉と龍
不老不死
ゾロアスター教神話

龍もしくは竜神との関係で見た玉の機能を考えるとき、人の寿命や精力を消長させるものの意味合いで登場しているという共通性が見出せます。
玉は効用すれば不老不死もしくは勢力的発展につながり、呪詛に使われれば老化や衰滅を早めるものとなるのです。
そこには、不老不死という共通項がありますが、玉が不老不死の原因となるというより、龍との関係で不老不死というテーマが成立すると考えたほうが良いようです。
そのようなとき、坂本氏の経験談が大変参考になりました。
スカイフィッシュのコロニーの存在する水溜りの水は甘く、飲めば非常に元気になるだけでなく、持ち帰って病人に与えたところ、難病が治ってしまったという経験をしている坂本氏。
また、彼自身滑落事故によって大怪我をしたにもかかわらず、スカイフィッシュのひげのようなもので触られたら、傷も残さず治ってしまったという話。
途方もない話ではありますが、以上のような古代伝承に基づけば、ありうる気がします。

私は海外に面白い神話伝承があることに気づきました。
ゾロアスター教の神話はゼンド・アベスタという聖典に書かれるのですが、そこにはゾロアスターの再臨による世界建て直しの話があります。
悪神が善神に滅ぼされてのち、世界が建て直され、そのときに人々に与えられる恩恵として不老不死の薬が用意されるというのです。
「これは白ホーム樹という薬木を材料にして調製される。
善悪混交の今の時代において、すでに白ホーム樹は咲いているとされ、それを悪神やその諸類の邪悪な手から守るため、善神アフラ・マツダは「カル魚」という霊食の魚を二匹、白ホームの周りに配備して守らせた」というのです。
その関連記事は、「苗木ゾロアスター教遺跡説」で取り上げましたので、参考にどうぞ。
写真は苗木・丸山神社のフナ岩

ところが、カル魚の白ホーム樹の守り方たるや、二匹の間に外敵を挟んだ状態で、双方の呼気によって真っ二つに切り裂いてしまうというもの。
いっぽう、スカイフィッシュも、模型やイラストで紹介しているように、鋭い二本の歯を持ち、外敵とみなしたものに襲い掛かり、ズタズタに切り裂いてしまうといいます。
それがコロニーを守るときには、二匹の大型スカイフィッシュが、たえず外的の侵入のないよう見守っているというのが、坂本体験であるわけです。
撮影例として、私は少なくとも二回、二匹のタンデム飛行をビデオ収録していますが、二匹一緒に出てきたなら、コロニーを守るためのパトロール飛行であるという坂本氏。
私はゾロアスター教に関する何の予備知識も彼には与えていませんし、彼にそのような前知識がないことも歴然としています。
こうしたことを総合してみると、カル魚とスカイフィッシュはどうやら同じであり、白ホーム樹とは、彼らのコロニーのことではないかと推測されるのです。

役行者も安部晴明も、救世主的要素がたぶんにあります。
そこにもし、いつもスカイフィッシュが関わっていたとするならば。
世界の建て直しに係る救世主の必須要件すらも見出した気がするのは、私ばかりでしょうか。
1. 不老不死の薬のありかを知り、
2. それを守り、侵入を遮っている霊妙動物である生き物と仲が良い人物であろうこと。
つまり、龍と仲がいいとは?
スカイフィッシュと仲がいいとも言い換えられます。
そのような時期に、巷はフライングヒューマノイドの話題で沸騰しましたが、それは半透明のスカイフィッシュに乗った、使役できる人物ではないかと、直感したしだいです。
そのような人物とは??
やはり魔法使いか
あ。

龍は、人類登場をはるかに遡る古代から生態系の頂点に君臨したであろう霊妙不可思議な高等動物。
その知恵を借りるような時がくるなら、どれほど人類にとって意義深いか知れません。

古代呪術師の家系

賀茂氏はスカイフィッシュを使役していた?

神武天皇がやってくる以前から、古来、大和の地にあって秀麗な神体山を信仰の対象としていた部族がありました。それが賀茂氏です。
彼らが崇拝した三輪山と大物主の話は有名ですが、「みわ」とは蛇の意味とされ、空中を自在に飛ぶ蛇が認められていたに違いありません。
特に彼らはピラミッド型をした山に特に意義を見出していたようです。
賀茂氏の所領であった里が兵庫県氷上郡市島町にありますが、市島とは斉き島の転化であり、何かを祭る場であったことを意味しています。
その中央部に一辺250mほどのピラミッド型神体山「小富士山」があり、北方の鴨神社で祭られています。


(奥人撮影)
賀茂氏は山や岩などに神霊が宿ると見る、いわゆる龍蛇神を崇拝していました。
その神の力は、大和朝廷を恐れさせたと古事記にも書かれますが、実質的に龍蛇の実体が動いていたのかも知れません。
それを見事使役することができたのが、彼らだったとすれば。
その生態に精通し、彼らとの会話法などまでもしも知り尽くしていれば、自然と彼らとの交流が図れ、様々な助力が期待できます。
賀茂氏の支流である高賀茂氏から出た役行者は、鬼神を使役したとされます。
鬼神は実際に形相すさまじい鬼として目撃されたともいいますが、大方は目に見えなかったそうです。これは、神出鬼没のスカイフィッシュであったればこそ。
一子相伝の坂本家がそうであったように、伝統的に賀茂氏が龍蛇神となじむ習俗を伝承さえしていれば、コロニーの世話から何から何まで面倒を見る格好で、親密な交流は可能だろうと思われますが、実際はどうだったんでしょう。
役行者が八丈島に流罪となってから、毎夜のように富士山詣でをしたというのも、ありうる話です。
スカイフィッシュがほとんど透明であったなら、それに乗った人間は、単独で浮いているかもしくは飛んでいるように見えるでしょう。

陰陽師安部晴明も賀茂保憲に師事して大陰陽師となりました。
彼は川の橋の下に式神を飼っていたとされます。いやしくも神と名のつくものを飼うとはいかなる不敬かと考えるわけですが、スカイフィッシュだったとすると、なるほどしないでもありません。彼らには十二神将にちなんだ名前も付けられていたんですね。
「イルカの日」という映画がかつてありましたが、ちょうど「スカイフィッシュの日」といった趣が平安時代にはあったのかも知れません。(笑)
スカイフィッシュは直接戦わせれば一匹だけでも一騎当千どころでない働きをするはずです。
坂本氏によれば、戦う時のスカイフィッシュの鳴き声は、イルカのキュルキュルという高い声に似ているそうです。(@@;)

しかし、晴明はそのような用い方より、祟りなす悪霊や怨霊をスカイフィッシュに捕らえさせたり食わせるなどの、人間に害をなす魑魅魍魎の類を滅することに専らとして用いたようです。
坂本氏は最近、霊能のあるY氏とともに六甲の五助谷の展望場に行ったとき、突然岩崩のような大きな音がしてそちらのほうを見たところ、とんでもない斜面に引っかかっている格好の人の姿を見たそうです。
「あんなところに人が・・」とY氏。
ところが、数刻して見ると、もうそこには誰の姿もなかったといいます。
そこで坂本氏は動ずることなく、「あれは幽霊です。寒い時期はスカイフィッシュも活動を控えているため、迷った幽霊が連れ去られずにいて、我々に事故のあったことを知らせているのです」と言ったとか。
死者の霊は、スカイフィッシュに連れ去られて(食べられて)成仏するらしいのです。だから、五助谷の下の住吉霊園には霊がひとつもいないとは坂本氏の言。
そこでゾロアスター教に言うカル魚が霊食という話や、また震災前におびただしい数の謎のロッド状物体が撮影されたことなどが、一連の符合する話題となってくるのです。
大震災や大戦争の起きる地域は、前もってスカイフィッシュがよく撮影されることでしょう。このような宏観観測の方法のあることもご承知おきください。

ナワリズムと羽根蛇の英雄伝説 フライングヒューマノイドについて、アンビリバボーでは、アステカの神ケツアルコアトルとの関連を推測しているもようです。
それは、アステカの遺跡にたたずむ、まるで銃器などで武装するかのような宇宙人的いでたちの神の彫像と、空から飛来するという預言的伝承を重視しているからでしょう。
しかし、むしろケツアルコアトル神そのものとスカイフィッシュの関連のほうが大ありと考えます。
というのは、この神の神殿に残されるレリーフは、頭部だけでも「龍」のそれであり、しかも羽根のついた蛇であったとされているからです。
ではなぜ、神人であって龍やスカイフィッシュなのか。それはメソアメリカに古くから伝承されてきたナワリズムにヒントがあります。
かつて、自分の死んだ先さえコントロールされるのでは困ると、死の直後、イーグルに似た摂理によって自分の意識が食べられてしまう現実から逃れるために、不老不死を目指した人々がいました。
メソアメリカのインディオの間では、トルテカ時代よりも古くから経験的にその術を編み出し、師弟関係を築いて素質のあるものを呪師として養成し、その技法を伝えてきたとされます。
彼らはいちおうトルテックの戦士と呼ばれ、死の摂理からさえ自由になろうとする者でした。(カスタネダの呪師シリーズより)
彼らは修行の最終段階で、断崖絶壁から飛び降りるテストを行い、地上に激突するまでにテレポートするという荒業を敢行したそうです。見た目にはそうですが、本質的には自分の命を維持できる世界を咄嗟に組み立てて、そこに移行するというわけです。
その場合、なりふりかまわず、形態的変化(変態)も受け入れたとのこと。様々な世界を組み立てて試行錯誤するうちに目標を達成するだろうと図った、恐るべき冒険者たちだったようです。
彼らの崇敬する神ケツアルコアトルは、そうした自由のシンボル的な英雄だったのでしょう。
彼ら戦士たちは修行の末、最後にこの世界を離れるときには羽根蛇になったそうです。それが目指すべき英雄の姿だったのでしょうか。羽化登仙とは、まるで中国の仙人みたいです。

ナワリズムに関わったインディオの多くいたはずのコロンビアは、スカイフィッシュ第一発見現場の大洞窟のあったところです。
態的変化を伴う意識の変容の結果、スカイフィッシュになったのだとすれば。
スカイフィッシュは、人の意識が組み立てた、時間経過の速い世界にいる生き物となります。
それがたまたま我々の世界とは空間を複在させている。
彼らは普通に暮らしていても、我々にはスピーディーに見えてしまう。
もしかすると、我々の地球も、誰かが最初に組み立てた世界であり、そこに弟子たちと共に住み着いたのが人類の始まりだったかも知れません。

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