無題

2月3日に、このブログを見てくれていた関東の旧友から、ローレン・マッコールの「動物たちと話そう」という本が届いていました。

封筒には生きている動物だけでなく「天国とも話せる」とコメントが書いてありました。

当日は買い物に出ようとするとき、ポストにそれを発見して、帰って来てから読もうと思っていたところ、すごく眠くなって、小さいテレビをつけて昼寝したんです。

ふと気が付くと、NHK教育で日本の話芸をやってて、その内容が、ある問屋の若旦那と花柳界の芸者お糸の恋物語で、若旦那の遊びが咎められて土蔵暮らし100日という制裁を受けている間に、お糸は連日の手紙の返事もなく、衰弱して死んでしまい、期日が明けて若旦那が行ってみれば、すでに位牌になった姿と対面して後悔し涙するという話で、そのとき死んだお糸の三味の音がするのです。
 
そしてまた眠ってしまい、次に気が付くと、その30分後のみんなの歌で、「大好きなチョコ」というのが流れていて、その中の歌詞に、死んだ(犬の)チョコが、お花畑で遊んでいたのを見たよと、うさぎがしらせてくれたと歌われていました。

肝心の番組だけ選りすぐって見ることになるという不思議なシンクロ。
そして、旧友の書き送ってくれた「天国とも話せる」という表現に、ウーちゃんからの伝言が含まれていると悟りました。
 
その中には、テレパシーで話ができるとのことが書かれています。
そしてまた、動物とはいえど、すごく内容の濃いい精神生活を送っていることも。

先に逝ったフーちゃんは、夢見で事故のあったことを知らせてくれました。

ウーちゃんの場合は、旧友さえ動員してのシンクロ劇で知らせてくれていると、思うしかない展開です。
だって、この旧友は、大事な協力者でもあった人で、このご時勢柄が変節していくのを見て、コミ取り合うのをやめて久しかったのです。二度とコミなどないこととまで思っていました。

この日(2/3)は不思議な日となりました。
これも不思議の大きなひとつとなりました。
私の思いを感じ取ってくれたウーが、こういった形で、知らせてきてくれたのだと思います。
旧友のSさん、ありがとうございます。またシンクロの中に、いてくれましたね。
 
さて、いまのところ、廃屋に食べに入っているのは、テンとネズミ。
しかしまだ、諦めません。あとひと月はカメラをチェックするつもりです。

さて、もうひとつ異変があります。

ウーちゃんの異変を感じ取っていたのでしょうか、ブーが最近、我が家に顔出すことが少なくなりました。
かつて、ご飯を一日4,5食は食べに来ていたブーが、最近は一日一回か二回。それもわずかだけ食べて、後は残したままで去ってしまうのです。寒い中だというのに。

とうとう今日は、昨日から丸一日以上、やってきていません。

私が心苦しいほどに心配すれば、その少し後に想いを感知してか、心配するなといった感じで現れてくれるのがいつもでした。
私にテレパシー能力がなくても、彼はすでに書いてきましたように、神の出ですから、私の思いを先回りして感じ取るみたいです。だから、私はご飯をやるときも、彼のことを心の隅ででも粗略に思うことができないと、常々思っていたのです。

しかし、それでも白猫たちとは折り合いが悪く、何度逗留したがったかわからないほど、彼もここに住みたかったようですが、喧嘩のたびに彼を追い出してしまったし、ご飯さえ食べたら出ていくように促していたのです。言葉では、あそこに入って少し寝たらどうだなどと言ってやりましたが、心ではやばいなと思っていたかもしれません。

その彼とは、まだ幼いときに、いちばん行儀のいい猫だったから、いずれお前を執事にするなどと約束してしまいまして、もしかすると、こんな私のもとに通ってくれたのも、いつの日かは執事の口がもらえるかとも思ったのかもしれません。非常に賢い猫に育ったのです。それでも、白猫たちの下部に置いてしまいました。

かつて子猫だった白猫たちの面倒をかいがいしくも見てくれたのはブーです。そのときのビデオがたくさんあります。
そこにどんな食い違いがあったのか、ブーは彼らと喧嘩するようになり、白猫たちも怯えてしまうため、仕方なく両者を同居させることができなかったのです。

ブーは黒猫。白猫たちからすれば異端と思ったのか。それとも、ブーがよそを回るうちに獰猛になったのでしょうか。どういうことなのかは、まったくわかりません。
子猫たちは父親フーと母親ウーの子。しかし、ブーとフー、ウーは兄弟です。アンクルトムならぬ、アンクルブーが、宿無し状態で野宿生活を三年も続けたのでした。

しかし、とうとう、私がウーちゃんにした仕打ちのこともおそらく知ることになり、そのウーちゃんが死んだことを悟ったことを契機に、彼もそろそろ帰ろうと思ったとしても、何ら不思議ではないのです。

だって、ブーとウーちゃんはシーサーの夫婦だったのです。奥さんが旅行を終えて帰ってしまったのに、自分がいつまでもおれるものかという気になったとしてもおかしくないでしょう。

まあ、私がよほど心苦しくなれば、まい戻ってくれるかとは思いますが、それをしても彼には苦労させるだけ。
とすれば、私の心の縛りを解いてやることも、大事なことかなと思ったようなしだいです。

 

 

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