地球への応援歌、山姥の歌

今日は朝から清々しくよく晴れて、日中気温も上がり、やっとのことでチョウが飛んできた。それもモンシロチョウだけではない。アゲハもその他の名も知らぬチョウもきた。
青虫禍を思い、眉をしかめながらの喜びだ。
ハチは依然見られないが、アブがそれに代わって菜の花やブルーベリーの花の受粉に一役買っていた。
すずめは2,3羽見たが、数がいない。カラスはまったくだ。
ツバメはやはりいない。働き者には酷な状況になっているのか。人間界の行く末を相似的に心配してみる。
昨日の心配記事「群崩壊症候群」が、今日は晴れたかのよう。
朝令暮改のような記事になってしまうが、これには深いわけがある。
昨晩の深夜(午前1時半)に浅い眠りから一度起きて、小用ののちに、直ちに寝付けず、そのとき最近忘れていた「地球の守護神になる」瞑想をしようと思った。
といっても、このような瞑想法が一般的にあるかどうかは知らない。
思いつくままの自己流であるが、寝床で布団に包まってでき、そのまま寝てしまってもいいものだ。
寝付きにくく、浅い眠りに終始するのも、気づかぬ不安や淋しさのせいかもしれない。その原因はいくつもある。
話は遡るが、少し以前のこれぐらいの時間に、幻覚を見たことがある。
頭までの修道服を着た修道女で、顔を泣き腫らしており、凝り固まったようになっていたのだが、もしかすると彼女の身に何事かあったかも知れないと心配になったことだった。というのも、彼女には意識を飛ばす能力があったからだ。私は布団に招き入れて添い寝し、我が体温で解凍してあげた。
読者は、おかしなサイトに入り込んだものだと思われるかもしれない。いや、そう思われても仕方ないと思っている。そこは超常趣味に免じていただきたい。
さてところが、彼女には何事もなかったことが、その後の連絡で判明した。
では、あれは誰だ?となったときに、ふと閃いたのは、地球の女神だという直感だった。
濃紺の深海を服としてまとい、病気かと思われるほどに衰弱した様子だった。誰なのか問うても、まったく答えなかったから、素性は不明だが、たぶんそうだったに違いなかった。
古事記で言えば、大地の神霊、岩長姫だ。「山姥の歌」の山姥さんのことだ。
このときは、それからしばらく毎晩のように、彼女を瞑想してさしあげた。元気そうになられたように思って、しばし彼女のことも、この瞑想のことも忘れていたのだ。
そんなときに、ジュセリーノ氏の話を「未来からの警告」から深く知ることとなり、よく見れば「地球に感謝しなさい」となっており、しかも、それ以外に事態を改善する道はないようなことまで書かれていた。
つまり、私にとっては、大きなシンクロだったわけだ。
だから、他の記事で、地球の守護神になる瞑想について書いたしだいだ。経験的に、絶対に有効だと思ってのことだった。
だが、そうは思いながら、またしばらくそのことを忘れてしまっていた。毎晩のように、空はビュービュー吹き荒れていたというのに。
昨晩は、自分の意識を、地球の女神の探索に振り向けた。
すると、すぐに見つかった。
ところが、修道服姿の彼女は、真っ暗な部屋の床に何も敷かずに横たわっていて、瀕死の状態にあった。いっそう固まって、丸い小さな身体になっていた。
私は彼女を抱えて連れ出し、私の寝床に入れて、かつてしたように、我が子を抱くように添い寝した。彼女の喜ぶ顔が目の前にあった。淋しかったに違いなかった。
やがて夢の中だろうか、地球と溶け合うような感覚になり、気がつけば明るい朝となっていた。
その今朝は、風もない穏やかな、清々しい晴天だった。
明らかに、地球それ自体が変わって見えた。そして、昼前ぐらいになって、チョウがあちこちから現れ、モンシロチョウなどはさっそくつがいを見つけていた。
--夢に胡蝶となる--
--夢に大地を守るウーラノスとなる--
私はまたしばらくの間、寝る間際からこの瞑想をやるつもりだ。

地球の時空ジャンプ

地球を死から蘇らせる超科学技術
 古事記「天の岩戸開き」の節は、災疫に満ちた環境から脱出させ、生命力ある地球を再生する超科学的手段とその実際を示している。そればかりか、これは宇宙人の乗物であるUFOの飛行原理をもあらわしているようである。インドの古文献マハーパーラタにはイオン推進であるらしい宇宙機の説明がなされているが、古事記のそれは、ある種の力場の回転により現時空を超越してしまうというものだ。その用途が決して遠距離の短時間航行にあるのでなく、現状の環境からの離脱もしくは理念の改善のためにあったことがみてとれる。言い換えるなら、地球そのものの存在状態の変革機構なのである。しかもこの機構の説明に要した長い叙述が一文にまとめられていることに、他文にない特異性があり、明らかに特別重要な知識群であることを物語っている。
 この節に登場する主役は、もはや地球人類ではなく、地球外知性となる。だが、この史実をもたらした者とは、地球人類の祖先である以上、接点の再生の時期のタイミングに偶然もしくは選ばれて行きあわせた者であり、それも、本来なら秘密裏であるべき復元作業の現場に立会っていたものであろう。さらに、驚異的な科学力の半神半人的宇宙人の横で逐一教唆を受けていたとさえ考えられるような製造行程の描写である。このような情景は現在(1980年当時)でもコンタクトマンが公表している宇宙人との会見談によく見うけられる。













天の岩戸(中半)

 ここをもちて八百萬の神、天の安の河原に神集ひ集ひて、高御産巣日の神の子思金の神に思はしめて、常夜の長鳴き鳥を集へて鳴かしめて、天の安の河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人天津麻羅を求ぎて、イシコリドメの命に科せて、鏡を作らしめ、玉の祖の命に科せて八尺の勾玉の五百津の御統の玉を作らしめて、天の児屋の命フトダマの命を召びて、天の香山のマヲシカの肩を内抜きに抜きて、天の香山の天のハハカを取りて、占へまかなはしめて、天の香山の五百津の真賢木を根掘じにこじて、上枝に八尺の勾玉の五百津の御統の玉を取りつけ、中つ枝に八尺の鏡を取りかけ、下枝に白和幣青和幣を取りしでて、この種々の物は、フトダマの命フトミテグラと取り持ちて、天の児屋の命フトノリト言ほぎ白して、天の手力男の神、戸のわきに隠り立ちて、天のウズメの命、天の香山の天の日影をたすきにかけて、天のマサキを蔓として、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の石屋戸にうけ伏せて踏みとどろこし、神懸りして、胸乳をかき出で、裳の緒を陰に押し垂りき。

 ここに高天の原動みて八百萬の神共に笑ひき。
【訳】: 神々は宇宙船(UFO)の航法と同じ原理を駆使して時空プログラムを組み替える技術を使い、地球の存在する時空を転移する方法を採った。

 では、UFOの製造法、超時空航行に至る経過とは如何なるものであったか。

 神々は、宇宙空間に集まって、コンピューター(思金)の監視のもとに、超音波のつくる特殊な状態のなかで、元素周期律表の端(安の河の河上)にある堅い鉱石(堅石)と、多量に産する金属(金山の鉄)を合金にし鍛造(イシコリドメ)して、輝く結晶体(鏡)をつくり、いっぽう宇宙機母船の設計図(玉の祖)をもとに、多分岐した勾玉状のものを統一して威力の出るエンジン(五百津の御統の玉)をつくり、ボディーと電気系統の組みつけに関しては、多量の輝く材料を丸くプレスしたもの(マヲシカの型の内抜き)に、やはり輝く材料でできたケーブル(ハハカ)などで裏側(占へ)を電装整備し(賄ひ)、威力の源泉となる中心柱(マサカキ)の上部(初枝)に先程のエンジンを、中程に結晶体を、下部(下枝)に白や青のにぎやかなものを取り付けた。

 この装置は、コントロールルーム(太・満・倉)にある操縦制御系統と連動していて、運航の合い言葉(太祝詞)となる手続きを踏ませると、強力な力場(手力男)が時空の壁(岩戸)に発生し、回転系(渦・目)の動きは力場(日影)を兆型(襷)にして、時空の分断域(目・裂・鬘)を周りに形成して、笹の葉を結んで輪にしたような輝きを発生させ、虚ろな箱(うけふせ)のような時空転移のトンネルの上で共振する(踏みとどろこし)ようになると、やがて船体は元の時空の縛り(面の紐)を超えて新時空にジャンプして行くのである。

 この宇宙船と同じ仕組みが地球に適用された結果、時空の相転移に伴う多数の法則(八百万神)の洗い替えが終わり、宇宙船地球号は新たな時空プログラムの軌道に乗せられたのである。



UFOの構造、稼動原理
 さて、この節の解釈はど原文対訳が忠実にできた個所は無い。神名の意味は対訳と照合すれば意味が把めるはずである。だが、重要な留意事項を次に掲げておこう。
 オモヒガネ(思金)は考える金物のことで、宇宙文明の底流をなす利器、コンピューター(ハードウェアーのことである。この神がタカミムスビの神の子であることは、コンピューターの設計思想が宇宙運行の原理を模倣したものであることを示している。これは拙宇宙モデルが古代的観点から妥当であることの証拠である。
 アメノヤスノカハの「ヤス」はたくさんの物質のことで、全体で物質資源のことであり、この河上とは元素周期律表の(最も重い元素の側の)上位であることや、物質生成の場の付近の意味にもとれる。「カタシハ」は、堅い石片のことであり、アメノカナヤマの意味するどこにでも見かける山ほどにある金属の中の特に「マガネ」とともに鍛人アマツマラ(交転)の意味する融合炉にかけ、イシコリドメ(石凝り留め)の鋳型に入れて、カガミ(輝身)の示す輝く結晶体を造るというのである。
「香山」(カグヤマ 輝く山)は、輝くたくさんの材料、「マヲシカの肩」は、丸く力ある船体(鹿は古来より神の乗物であるとされる)の型、アメノハハカは細長いケーブル(ハハは蛇の意「「ウラナヒマカナヒ」は「占ひ」ではなく「裏綯ひ賄ひ」で、内装整備するの意となる。
「玉の祖の命におはせて……アオニギテを取り垂でて」の部分は、まさに空飛ぶ円盤の内部構造からエンジン始動の様子までを示すかのようである。(図2・3参照)
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ヤサカノマガタマノイホツノミスマルノタマは、たくさんに分極した曲玉が円筒ないし球内に収まった多極巴えの外観をしたもので、これがパワーを発生させる中心動力(エンジン)になっているという意味である。(図2・4参照)I004.jpg

 ここまでで装置の部材からハードウェアまでを具体的にしているわけであるが、その次は運行に併うソフトウェア的な説明となる。「フトダマ」、「フトノリト」、「フトミテグラ」の「フト」とは、電子機械や電気そのものと解せ、それぞれ、機械船、メカ的司令手順、メカの充満した部屋(電子制御室)を示すと考えられる。既に出てきた「フトマニ」は予測(占ひ)のためのメカ的表示画面であり、すでに別のところで出てきた「タケフツ」とは、武力メカすなわち戦車や球電兵器を示すという具合に解釈される。
 また、「アメノタヂカラヲの神…天の岩戸にうけふせて」の部分は、まさに空飛ぷ円盤の稼動状態を示すのであるが、何やら、アダムスキーが金星人から示されたという「アダムスキー文字」の説明をするかのように思えた。(図2・5参照)
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まず、エンジンが操作手順に従って、ある程度稼動した頃、「アメノヒカゲ(日陰)をたすきにかけ」に言うように、文字中の兆型(X字型)で示される力場(の空域)をつくり、「アメノマ(目もしくは間)サキ(割き)をカヅラ(鬘)とし」すなわち、「目のような形に防御された領域を作り」、新しい存在状態を機体の周りに発生するというわけである。つまり、アダムスキー文字のシンボルは、機体やエンジンの形状を語るのではなく、UFOが稼動して二次的に発生した力場の有様なのである。「鬘」というのは頭を保護するかぶりもののことで、この話が民衆に記憶付けされるために、マサキノカヅラという樹名がつくられているが、実際はとてつもない代物の連想記憶用言葉なのである。また、葛城の山というのは奈良盆地の西のとりまきの生駒山系をいうのであるが、これはまさに西からの悪疫を阻止する防壁の山並と考えられたものであった。
 さらに「アメノウズメ(渦目)」はこのような力場稼動の有様を総括するものであるが、大変なのはこれが「うけふせて」にいわく、うつろな箱のような天の岩屋戸の上に載っかる格好で、きらびやかに振動しているというのである。(「うけふせて」はうつろな箱の上に置くという意味)これは図2・5中の眼型の下にある箱の図柄に示されているではないか。また、黒い部分(まだら)は何となく半開きの岩戸そのものを示すようである。つまり、天の岩屋戸の外観さえ描いているわけだ。そこは禁忌である意味の白黒のまだらにもなっている。
このように、アダムスキー文字と天の岩戸物語は、対になって、ようやく意味するところが把めてくるのである。
 現代の様々な目撃報告の研究からUFOは異次元航法をとるという情報がもたらされているが、これは以上の言葉の解釈を妥当なものにすると思われる。「天の岩屋戸」は宇宙機が航行していく次元のトンネルとみてよい。次元のトンネルはトーマス・ペアデンに言わせれば、虚状態で実現するといい、古代人が空虚な箱にみたてたのも的を得ていると思われる。そして、「ふみとどろこし」に示されるように、力場が共鳴を起し、「神がかりして」に示されるように、機体が励起状態にあって始めて、時空の縛り(面のひも)を解くことができるというのである。
 また、この箱の図柄やいくつかの紋様に過不足のあるピンターダ文字(図2・6)は、目型の下に箱のようなもののないことから、多分、非励起状態の宇宙機の説明図ではなかろうか。
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眼型のまわりの種々の草文字は、「八百萬の神」として対訳中では宇宙人と訳したが、次元飛躍現象を生起するために用いられる物理法則と解した方が望ましいかも知れない。とにかく、図2・5、図2・6は宇宙機の動作原理を説明したものと捉えられる。宇宙人がこれらの図を使って地球の原住民にUFOの動作原理を説明する光景が思い浮かぶような気がする。
拙宇宙モデルによれば、このような現象は、プログラムの慣性的な成りゆきを乗り替えていくというやり方の一環で把握できることを申し述べておく。(拙時空論にて)
さらに当時(1970年代のUFOブームの頃)は、これ以外に金星人の残した靴の跡というのもあった。これは地球が宇宙機になる機構がどこにあるかを示すものとして、想像を馳せたものであった。そこにも目型の機構が示されている。
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以上
1983年製拙著作「古事記と超古代史」より抜粋
M総合研究所さんの7月6日の情報は「飛翔体の推進装置」ということで、「超空間航法理論」がガイドされていたのだが、おりしも同時に、YouTubeに掲載されていたすばらしい映像の紹介があった。
これは、真っ暗闇に映えるアメノウズメのショーを髣髴とさせ、まさに神話の世界に観る者をいざなうであろう。
この渦に呑みこまれることによって、「存在」は時空ジャンプするのだ。

かつて地球もこれに呑みこまれて時空ジャンプした。
来るべきときにも・・・。

時空を航行する我あり

みなさんに聞きたいことがある。
あなたは自我意識を持っていますか?と。
我考えるゆえに我ありの自我のことだ。
他と分離していると認識している意識があるかどうかということだ。
ない者がいるなら、その人はダミーである。そうであっても、彼は当たり前の人と同様にふるまうだろうから、こちらでは判別がつかない。自分だけが存在しているという以外は、本質的なことは何も分からないわけだ。
拙時空論からすると、私以外の皆さんは、プログラムとして記述された存在であるのみで、夢幻の類に等しいのである。もっと厳密に言えば、私の身体も心の動きもすべてプログラムの作る幻術であるのみで、私そのものではない。
ただ意識原理が、あるプログラムを実行し観測している。それが自我を形成するプログラムだから、自我が生じている。IF条件の付いたところに来れば、その価に従って分岐したりもする。するとパラレルワールドに航路が変わったりする。
プログラムがプログラムを呼び寄せ、観測機能の賦活主体である意識原理に実行させ、観測しているという具合だ。けっこうそのプログラムの連携は、ウインドウズのOSのタスクの有様からも推測できるように、複雑化していて、何がどこを制御しているかなど、開発者にも把握困難なほどだ。
とすれば、誰しも世界の幻術を理知的にコントロールすることなど不可能に近くなる。釈迦のような聖者でも、この有様を概括して表現するしかなく、ただマーヤの原理と、そこからの厭離を説くことしかできないというわけだ。
だが、世界への対処は割合簡単にできる。
今の世界の様は、意識を持つあなたが、今呼び寄せているプログラムの実行結果である。何がそのプログラムを呼び出したか。それは、心の性向を形成するプログラムから呼び出されたのだ。そのような世界であることを心のどこかで望んだか、あるいは経験してみたいという、心理プログラムを実行したからに他ならない。そのゆえに、あなたの今の時空があるというフローになる。
もしその時空が、現象的に滅亡の方向にあるなら、それはあなたが選び取ったプログラムである。そのゆえに、受けるべき滅亡の体験は、すべてあなたの責任によるわけだ。
けっこうこの滅亡に向かう時空にいる人というのは、賢者が多いように思う。
彼の心の中は、あんな愚かなことをしてと、他人への批判に満ちているものだ。そんなことをする奴は助からない。いや、助かるべきではないと心底では叫んでいたりする。選民主義者もそうだ。愚か者ばかりだから滅ぶのだと思っている者もそうだ。
それは、私を自己観察すればよく分かる。これまでここでしてきた記事のほとんどが、第三者への罵詈雑言に彩られていることからも分かるだろう。
つまり、私は滅びに至る時空を自ら呼び寄せているのだ。面白くもない人生であったし、高下貴賎もろともに滅ぶことを願っていた。
いや、みんなそうだろう。そうでなくてはならない。みんな同士でなくてはならないのだ。たとえ多少意見は違っても、滅びを目指す同士に変わりはない。そうでない人は、こんなところにいるべきではないから、去るべきだし、去らねばならない。ここから去って良好なパラレルワールドに行って、もし私のいるのを見たとしても、それは私のダミーでしかない。
いっぽう私からすれば、もし滅ぶような局面にいるべきでない人が共に至ったときには、プログラム上のダミー人形と思い込む。こうすれば、いざ同士間の殺戮の局面においても、呵責なしに事が行える。
この先行き閉ざされた時空から出たい人は、今までにノウハウを授けてきたから、何でも利用して去っていくがいい。純粋な人間愛を心に築くなら出られるだろう。早く出て行くことだ。
ジュセリーノ氏は予知夢に関わる以外の生活態度においては、仕事と家庭を両立させ、曇りのない人生を送っている。が、彼の役割に傾ける意志は、彼の頑固なまでの正義感と終始一貫した主義、行動パターンで裏打ちされ、彼の魂の高尚さを物語るものとなっている。このプロジェクトのために捧げる神霊界を含めた役割の霊団が存在しているように見受けられる。このプロジェクトは、優れた伝令者を地上に派遣したものだと思う。だが、人選に抜かりがないのも、マトリックス主催者側ゆえと苦言をひとつだけ呈したい。
その点私などは、若い頃からひんぴんとくる情報によって普段と仕事の手を取られ、メモの山の中に寝る生活をするという、彼の有様にちょっと似たところがあった。が、人生の選択肢は不義かつ卑怯な側ばかり選び取って、ついに滅びの時空に辿り着いてしまった感がある。当然、いくらご高説を垂れていても、ほとんど支離滅裂、信憑性に足るものではない。彼が魂の高潔さの割合で信憑性95%をマークするなら、私の仮説などその5%も達成できないだろう。が、分かっちゃいるけどやめられない。
私も当然、過去に幾度もあった歴然とした分岐点をくぐってここに来ている。
多くの場合、それは二者択一の形でやってきた。というのも、私が優柔不断で、たえず”カマ掛け”をする癖があったからだ。
そして、おおかた不義の側を選択して、ここまでやってきた。もし最初の頃のあのとき、義の側を選択すれば、今頃はOA企業のトップにいて、申し分ない幸せが享受できていただろう。そして、こんな滅びかけた世界に臨むこともなかったように思う。
だが、今は自らの心の性向に従って、ジュセリーノ予言を見て絆を持ってしまった世界に来ている。かの有望なパラレルワールドは、不可逆の時間法則の中に泡と消えた。
私はそれと引き換えに、自ら掴んだ発見がある。その検証のために、これからの時間があると思えて、少しは楽になっている。
ジュセリーノ予言によれば、今年中に地球温暖化対策が講じられなければ、人類は青い空を拝めなくなるという。そのフレーズは、古事記の「天の岩戸」のくだりを髣髴とさせる。田を埋め溝を壊し、ついには水と土でできた斑の天体を墜落せしめた過去の文明を、スサノヲの暴虐に仮託させて表現し、結果的に太陽神のお隠れを招いたとしていることだ。
小惑星の衝突までも・・まさに今の文明も同様の経過を辿ることが予言されている。文明の展開のレパートリーの少なさは、あきれ返るばかりだが、歴史の必然性を物語るとでもすべきなのか。この奇妙さからもっと多くが学ばれなければ、もったいない限りだ。
だが、”さ蝿なす満ち、もろもろの禍ことごとに”の状況下にあっても、太陽神復活の儀式が執り行われた暁に、見事復活すると預言しているのは古事記だ。復活するのは、世界(そこではUFOが用いている時空ジャンプ航法が採られるようだ)。世界の古代神話の中にも類義の話が見出せる。それを生きて見届けることができるなら、これほど面白いイベントもないに違いない。
私と同様の人ばかりが立ち会うのだから、安心できる。だから、みなさんをみな同士と思っている。同じ土俵に立ち、未来に取り組んで行かねばならないと思う気持ちも同じだろう。ふはははははは・・。なぜか心の底から笑えてくるのも、とてつもなく魅力的なアドベンチャーだからだろう。