畿内の五角形の謎(1)

学研ムー10月号(現在発売中)の白黒ページには、我々のスカイフィッシュの分野における活躍が並木伸一郎氏によって取り上げられている。いわばムーブックスの詳細特集のダイジェスト版である。ぜひ読んでいただきたく思う。
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同じく10月号の白黒ページのP99に、読者の皆さんもどこかでご覧になった図像があるはずだ。(上図)
現在このサイトで取り上げているし、旧くはムーの1990年8月号で巻末二色刷り特集として掲載された「古代日本を動かしたカバラ思想の謎」で取り上げた、論点の中核を形成した図像である。
無断であたかも自分の発見の如く安易に取り上げる学研ムーの所作も憤りものであるが、私はこの作品によってムーミステリーコンテスト優秀作品賞をいただいたしだいだ。物好きが昂じて報われたときの喜びをはじめて味わったころのことだからそういう意味では感謝してもいる。
主要な祭祀霊場を繋ぎさえすれば、この幾何学図形が発見されるのは、時間の問題であっただろう。だから、誰かが先鞭をつけていなかったのが不思議なくらいだったのであるが、ただ私がそこから導いたのは、オリエント思想の流入した可能性であった。そう、そこからは私独自の理論へと伸展していくことになる。そこにはピラミッド幾何学やカバラの生命の木の図像が隠されていたのであるから。
これら祭祀霊場などを結んで得られる直線をレイラインと言ったりする。
だが、レイラインのルーツ、つまり誰がどういった思想でその拠点を布石したかといったことは、カバラ思想なのかと言えば、そうでもないようなのだ。むろん太陽神信仰に基づく太陽の道とかでもない。なぜなら、祭祀霊場は多く巨石組みや神体山を基本にして営まれているのが常であり、その当時の人々にどう願ってもそれらを組み上げる能力があったとは思えないからである。
それ以前に、巨岩列石あるいは神体山的マウンドをあえて造っていった文明があったのだ。後世に龍蛇神信仰として名残を残す文明、すなわち大地のコントロールに関するノウハウを持った文明があって、彼らにしか分からない物理科学のルールに従ってそれらはなされた。
その不可思議な伝統と噂はより先住民の宝として古代日本にあったと解される。
それを踏襲した民族が、日本で最も知られた古文献「古事記」を作り出した人々であったようなのだ。
詳しくは「古代日本中東思想渡来考」をご覧あれ。

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