大建て替え後の更新された世界なのか それともパラレルワールドなのか

今朝6時半から8時半にかけて見た夢の話です。
この話は、みなさんにとって朗報になるかと思われます。
見た夢の内容に関する話になりますが、
その世界は公園のようなところで、人為的ではあるものの、自然が優先的に配置されていて、緑も鮮やかで、
人はけっこう多くて、その表情はとても明るく、そして見ず知らずの私にも気さくに声をかけてくれるといった
こちらの世界とはやや異なる趣がありました。
そんな中に、妹が、私がどうしているか視察にやってきたらしく、公園のようなところの階段をすぐそこまで下りてきていました。
私も歩いているわけですが、妹は難病にかかっている気配はどこにもなく、ちょうど初夏から夏にかけての半そでの黒いシャツと
サンバイザー付きの帽子をかぶり、何か新しい見聞に目を輝かせている感があり、とても活動的な様子でありました。
もし仕事をしているとすれば、積極的に人の役に立つようなことをしているふうでしたね。 
そのような一環で、私を訪ねてきてくれたような感じでした。  年齢で言えば30歳代ぐらいでしょうか、背筋を伸ばして胸も厚い。
外人の年配の男の人が、階段を下りていく私に声を掛けてきました。
何か言われたのですが、忘れてしまい、しかし不愉快なことなどではいっさいありません。
私は、こちらの世界でも夢の中の世界でも、同じ心境でいることに、後になって気づきます。
私はいつもこんなもん、といった感じですね。 いい世界だろうが、良くない世界だろうが、ほぼ一緒に捉えているのでしょうか。
だから、夢の世界でも、人は私にとっつきにくいのかもしれません。  
それでもあちらから話しかけてくれるというのは、ちょっと嬉しいじゃありませんか。
それで、ふと思うのですが、これはパラレルワールドの世界線なんですかね?
どこかで分岐して、あっち向きに去っていった世界なのでしょうか。
夢には、自分に可能性として備わっていたタイムラインのことがよく出てくると言います。
私なんか、社長になっているときの夢をよく見ています。
木立の中の白亜のガラス張りの研究所風のビル。  設計事務員たちの働く事務所の中を通り抜ける私。
そしてアシスタント女性とともに空港へとボストンバッグを急がせる私。
その会社はいま現実に鎌倉にあります。  上場企業です。
そう、社長になっている可能性も22歳ごろの分岐点としてあったのですよ。  十分すぎるほどのチャンスとして。
今朝の夢で、もうひとつ考えられるのは、もう間もなくに迫った(であろう)最後の審判・七度目の大建て替えの後にやってくるという、うれしうれしの世界なのではないかとも思えてくるのです。(前記事の「続き」を参照) 
うれしうれしの世界では、人は半物質、半霊体という、どんなものにもびくともしない身体になるといいます。
あれえ、これって。
夢見の身体の経験世界と同じものではないのですか?
私が今朝見た夢も、夢見の身体による鮮やかで快活な世界でした。
ということは
夢を見る人は、すでに大建て替え後の世界に、一部なりとも入っているのではないでしょうか。
そのような身体を、とうに併せ持っているのが、我々ではないのですか。
では、その夢見の世界と、こちらの現実世界が、どれほど離れているのか。
それはほんのわずかな次元の違いと言いますか・・・すぐ隣にあるみたいです。
それを解明するような夢見を、我々はしたことがあります。
我々というのは、私ともうひとり、マメさんという名古屋の方とです。
この方とは、出会ったことはありません。
しかし、同じ日時に、共に鳥の親子として空を飛ぶ練習をしたことがあり、私は親鳥ながら飛ぶことに不慣れで
助走をつけて飛びあがったのですが、すでにマメ鳥は軽く飛び上がっていて、合流して何度か飛んだものです。
我々は古代トルテック(マヤやアステカの夢見の戦士)のする夢見術を模倣して行なったわけですが、あるとき、異界の支援者たちの前で親子鳥のタンデム飛行を披露して、評価を得ようとしたことがあり、そのときの夢見の中で、異界チームとともに、マメさんが仲良くしているアインシュタイン博士の計7人ほどが、小高い緑の丘の上で見上げているのが確認できました。
何でアインシュタインがここで出てくるの? とお思いかもしれませんが、あちらの世界で博士は研究を続けておられるようですよ。
マメさんが飛ぶということで、わざわざ友情出演してくださったみたいです。
そのとき異界からは、「芸術的」だという評価が得られています。
親子タンデム飛行したのは、2008年か2009年のこと。  
ところが、この時見た夢の中の丘が、2014年になってナスカ平原に見つかったのです。
まさにその丘で私は助走をつけて飛びあがったのです。  間違いありません。  
丘陵の形はまったく同じですが、あちらでは緑の芝生の丘だったものが、こちらでは砂漠になっているのです。
しかもその丘には大きな親鳥の横飛びする姿と、待ち受ける子鳥の姿が描かれてあったのです。
new-nasca-01.jpg
左の大きな鳥は私で、右の小さな鳥はマメさんですよ。  うれしいですね、飛行記念の絵が描いてもらえているのです。
南米のナスカは、古来から夢見の戦士たちの活躍場所だったようです。  
夢の中では、活動しやすいような形態変化を起こすことが可能です。  それはナワリズム夢見術の基本とされます。
我々は、単にどこでもいいから、共に夢見の世界で出会ってタンデム飛行しようということでしかなかったのですが、
いつのまにか、夢見の里と言ってもいい場所、ナスカに引き寄せられていたのかもしれません。
きっと、未だに古代トルテックたちは夢見術を習得しようとする者を見守っているのかもしれないです。
こちらの世界は不毛の砂漠、それが夢見の世界では緑の平原。  その違いがこちらとあちらの違いということになりましょうか。
さて、さらに面白いのは、ナスカの地上絵の一環の絵の一つで、海辺にある地上絵「カンデラブロ」は、自動的に修復してしまうというのです。
https://youtu.be/3oT3VdMUBUg
caldelablo4.jpg
この不思議な木の絵、強い風にさらされて、砂が剥ぎ取られて形が一旦壊れても、すぐに元通りになるというのです。
バイクで絵を崩しても、短時間で元の絵が現れるというのです。  ご覧の通り、鳥取砂丘のような海浜部の砂丘ですよ。
UFO現象よりもはるかに不思議なのではないでしょうか。
この不思議な”木”の絵は、夢見の世界では、生命の樹として生き生きと生い茂っているのかもしれません。
それが投射されて、こちらの世界での不滅性になっているといったことかと思います。
夢見の世界は、こちらの世界がたとえ破壊されつくしても、しっかりと存続しているということではないでしょうか。
それはいわゆる、「原型世界」だからであり、釈迦が、「衆生、劫尽きて業火に焼かれると見るときも、我がこの土は安穏にして天人充満せり」と見た世界だったのではないでしょうか。
大建て替え後の世界を、我々はお先にちょっぴり賞味させていただいたことになるのかもしれません。
さて、私はさらに科学的にそのような世界があるのかどうかを考えてみました。
すると、すでに私が書いていたサイ科学の論文の中に見つかったのです。
それがこの論です。
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/monoomoi/dead.htm
つまり、中陰(バルドともいう)の世界ではあるものの、コントロールできずに恐怖を伴う成り行きに流されていくタイプの経験世界ではなく、ちゃんと自分の意志が尊重される世界といったものになるのではないかというわけです。
すでに我々に備わっている別の身体は、いつでも使えるということですね。
それは眠っているときには夢見の身体となって、夢の経験世界を遊ぶためのものになり、死後には(かつては)生前のカルマを償う場として強制的に与えられたものでした。
それが最近には、カルマの償いの場としての中陰の機能が解除されたというのも、この世界で最初で最後になる大建て替えとそのときの激烈なばかりの最後の審判に焦点が絞られているからというわけでしょう。
大建て替えがあるといっても、決して恐ろしいものではない気がします。 
その先は、今でも眠りに就けば、すぐに行くことのできる世界なのですから。

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