魂の謎

よくいろんな宗教思想で言われるのに、人は永遠不滅、生き通しの魂を持っているというのがある。
その引き合いに出されるのが、あなたは過去世にどこに生まれこんなことをしていたあんなことをしていたという透視能力者や占い師の言だ。
だが、プログラム仮説からすれば、的外れな限りの話となる。
様々な人が過去に生きた記録は、どんなものもプログラムとして残されている。
そこから、まこと本人のものであろうがなかろうが適宜みつくろってくれば話が済んでしまうのだ。
記録は歴史事実を留めているから、現実にその人物が実在したことが証明されたからといって、霊能者の力の第一歩を確認したに過ぎない。
むろん識別力ある能力者なら、その人のパターンをキーにして索引して、その人本人の辿ったものを引っ張ってくることがあるかもしれない。
しかし、それはそれでまた不十分なのである。
拙プログラム時空仮説からすれば、魂は単一ではなく、重合していることがほとんどであると解釈できる。
様々な過去を持った魂が、ひとつの世界線の経験を共有しようと、予め重合してやってきたり、後天的に重合もしくは付属しようとして集まっているのである。
検証の仕方・・・退行催眠により、その人の複数の過去世経験を導き出し、その中に年代的に重複するケースを検出すればよい
人は多重人格なのがおおかたであり、一本気に見えても主体的人格がいくらかリードしているにすぎない。
プログラム的に見れば、主役を演ずるメインプログラムが脇役的なプログラムに制御を渡したり奪ったりして、複数の魂の相互の調整を図っているというわけである。
相互にトレンドへの賛意の元に協力し合っている場合は、上昇運が形成され易いといえる。
しかし、非協力的もしくは別のトレンド志向の構成員がいれば、内部矛盾をかかえて、足の引き合いとなったりして運気は下がる。
自分の中に敵がいると思った人も多かろう。どうしてこれほど判断ミスが多いのかと。
それを憑依霊のせいにするも、あるいは成員のせいとするも、プログラム的には等価である。
そのような相場の展開のような流れの中で、人の世界線は形作られる。
幸運な人生、不運な人生、内部葛藤の末、当初の目的や理想とは乖離した、でたらめな方向に行ってしまうことのほうが多い。
しかし、そう見えるだけで、本質的には大きなプログラムに則った定められた動きをしているにすぎないことも事実とするのが、拙時空論だ。
孫悟空が釈迦の掌から逃れられなかったように、そこから寸分たりとも逸脱できないというのが、拙プログラム時空仮説だ。
プログラムには自己改革して違った展開を生む働きの自己変革型プログラムもありえようが、それはマトリックスで言うなれば、救世主ということになろう。
映画では、マトリックス設計者は、その存在も容認していたようだ。
その存在によって設計者も方針転換するという終わり方だった。
そして設計者をして最後にこうも言わしめた。
マトリックスに閉じ込められている者を解放することにしよう、と。
このストーリーの作者は卓越している。
だが、マトリックスの中にあることを喜ぶ者が多数いることも、また事実である。
その辺をどう調整するのだろうか。

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