近況報告

まずはハルンの池だよりです。
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毎朝、5時くらいから斥候がやってきて、池の溜まり具合を観察しています。
そして味見をしてから、仲間のもとに。
昨日などは、もうもろに暖かいのを引っ掛けてやりましても、温水シャワーとでも思ってるんでしょうか、その場で打たれていたりしています。かなりお馴染みさんになったようです。
次は物見台のピーマンの様子です。
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ハチがこないので、自分で受粉作業した甲斐があってか、実をつけ始めています。
こちらはトマトの様子です。
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マルハナバチあたりが来ないと受粉できないというのですが、右側のはすでに実をつけていました。
左側のを自分で受粉させようと、道具を探したものの見つからず、とうとう電動ジクソーで花を大振動させました。うまくいくかどうかは不明です。
物見台の下は倉庫として作りました。入り口の通路のアバウトな出来具合はいかがでしょう。橋として中空にかかっております。
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ミヤネヤも気にしていた超常現象

10日、ミヤネヤのミヤネセイジさんの心を悩ましたのは、石川県の空から降ったオタマジャクシや魚のことだったようです。
彼が読テレ側見解として示したのが、UFOによる収集説ともうひとつ、生き物の向上心的努力によるもの?といったことでした。そこまで言うか?というのが、正直、最近のマスコミへの思いだったのですが、明日ぐらいに東スポが見解を出すのではといった話や、日テレ側見解を、明日11日に丸岡アナに要請しているといった気の入れようには、何か時代が変わりつつあるのかも知れないといった印象を受けました。
話に東スポが出てくるとは、以前からここはUFOだけでなく、空飛ぶシャチや空飛ぶ蛇などの生き物の異動について写真入りで取り上げていたからで、その頃からミヤネ氏の心を捉えていたようなんですね。(すでにここのブログでも、坂本さんや武良さん提供の写真を先んじて取り上げています)
私はUFO説ではないもうひとつのミヤネ氏の観測について興味しています。
生き物が彼らの意志で飛ぶようになったと。
何かの衝動に衝き動かされるようにして、そのようになったと。
オタマジャクシも魚も、同系列の遺伝子並びをしているとか、そういったことではなくとも、複数の個体にその心が伝播して引き起こされたと。
その誘発原因は、たぶんこれではないか。
     「衝突する宇宙」
異次元同士は認識の疎通がなかったものが、相互作用するまでに接近し、衝突しているのではないか。
それぞれの宇宙を形作るプログラムが錯綜して交差してきていると。
すると観測者は、どちらの宇宙をも同時観測するようになり、場合によってはその内容物が宇宙間で遷移してしまうようにもなる。
生き物は、直感的にそれを察知して、生存域の拡大本能から、遷移のアクションを起こしているのかも。
ミツバチの群崩壊もこのようにして起きていると。
ただし、遷移が生存域の拡大になっているかどうかは、時空構造の問題に帰結するだろうと思います。つまり、選択肢がしだいに乏しくなって追い詰められているのかも。
つまり、もしかすると、そこまで近接しだしたのは、時空が先に行くほど閉じられていて、最終的にはビッグバンの反対であるビッグクランチ、一点収束あるいは多点収束(崩壊)が起ころうとしているのではなかろうか。
その少し手前の局面では、かつて分離したあらゆる次元時空が一堂に会し、観測者の目には、すべてのありさまが見渡せるようになると予想される。
すなわち、異界も海も空も陸も、みんな渾然となって具体化しだすということ。
生者も死者もない、海も空も区別のない世界が広がると。
まるでアセンション後の世界のようではありませんか。
ただし、その時間はそう長くなくて、閉じられていくプログラムの終焉と共に、観測という行為ができなくなる、観測できる時空自体が終結するだろうということです。
少なくとも、現在の先にある時空プログラムは、そうたくさんあるわけではないということ。
観測対象となる新しいプログラムが提供されなければ、次のステップはないかもしれないということです。
期待すべきは、マトリックス主催者のサービス。しかし、あなたはさらにそれを受けようと思いますか?
それとも、もうやめにしますか?
早いうちに心にきめとかないと、いざのときに迷いますよ。

夢の実現

造作中の物見台ですが、6/7の晴れた空の下、養生シートを張りました。(お蔭様で顔は真っ黒けです)
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そこにシルバーグレーのUVシートをかけ、ベランダの下の作業場で植えていたトマト、ピーマン、ししとうを持って上がりました。
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すると、20年以上前に見た夢の人物の、四角い建物の屋上で植え込み作業していた環境に近似してきました。建物の色はちょうどグレーで、四角い建物の角や稜が丸みを持っていたことまで近似しています。あのベレー帽を被った私似の人物とは、私だったということになりましょうか。ベレー帽を買ってこなくてはなりません。
さらにそればかりか、今年の初頭に見た母の出てきた夢の環境も、ほぼ次の写真のようだったと記憶しております。(なんと、当時の記事では「網戸の網一枚を隔てた程度の」などと、この家がまだ見つかっていない頃なのに、網の張ってあることまで言い当てていたんですなあ。写真には防虫網越しの景色が写っておるのです)
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夢の中の母は、外が暗い中、ちょうどトマトのあるあたりに、ジョウロか何かで水遣りをしていたんです。背景には花束が5,6束浮かんでいるといった光景でした。(このときはメイさんが花束をもらった人の話をコメントされてましたね) 花束の浮かんでいた空間は、昼間はこのように森林なのですが。
なおこの家は、一昨年前のこのときに見た夢のミニチュア版と言ってもいい間取りでして、今この家ではそれぞれの部屋に、夢に出てきた人物の位牌を祭っております。
こうして、読者には不気味に映るかも知れませんが、私なりに夢の実現を順次果たしているところです。
ナヌ? それは夢は夢でも、希望のことではなく、ほんものの夢かいな? 唖然!!というのが正直な感想かと思われます。
まあいいではありませんか。新神話が空想上の夢。夢見した夢も寝床の中の夢。こうしたことを実現したいというのは、希望という夢ではありませんか。すべてはシナリオとして決まっていたというわけなんでしょう。

雨ばかりで捗らず

まるでもう梅雨に入ったような気候です。
晴れ間が出てから作業をしようとしていても、晴れ間が出ないのが昨今のようで、曇空で最高と思って作業に取り掛かるしかないようです。
6/4時点で、物見台の骨組みはほぼ完成しました。3mX5.4m 約10畳
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ベランダからの眺め
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あとは下の床張りの仕上げをし、天井(つまり屋上)の床張りをし、壁周りをどうするかを含め、その場その場の思いつくままに、これからの対応となります。
ああ、今朝も大雨です。屋上床張りをまだしていないので、屋上シートには大きな水溜りがいくつもできていて、作業前に水を被るかも知れません。
記事追加
6/5時点の出来
小雨の中、天井(屋上)の床張りをしました。高所恐怖症なので、足が震えました。
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床が抜けないように下から補強して、雨曝しにならぬようシートを掛けました。床で平らになった上に掛けたので、水溜りはそんなにありません。
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竣工時にはここで、あらえっさっさーをやらかすつもりです。

物見台建設現場の怪

私は、殺虫スプレーでやってしまったムカデを、このように集めることにいたしました。
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家の中に入ってきたら、こうなるのだと、後続部隊に知らしめようと思ってのことでありました。
ところがその翌日(昨日の朝)、物見台倉庫の建設現場に、ボトッという音がしたようで見てみると、土の上にムカデがいるではありませんか。
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それも、そんなに動きません。
まるで殺虫スプレーの照射を懇願しているふうでもあります。
ではと、シュッと一吹き。するとやや丸まったものの、やはり逃げたりしません。
そのときでした。ムカデの言葉が耳に入ってきたのは。
「私は袋に入れられたムカデの妻でございます。たった一人では暮らせませんので、私にもどうぞ引導を渡してくださいな」
おお、そうであったか。それは気の毒なことをした。百足という異形の姿をしているだけで、このような嫌われ方をしなくてはならぬそちが不憫。天地の神々よ、この者を、この者たちを、共に幸せに暮らせる世界に生まれ変わらせ賜え。と、涙して祈ったのでした。
そして、二匹共にしてあげました。まさにメイさんの仰るとおりでしたね。
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あとで、いったいどこから降ってきたのだろうかと考えたところ、どうやら着物についていて、肩のあたりから落ちたのではないかと分かりました。ゾッ。
とにかく、もう家の中には現れたりしていません。すべての隙間を埋めましたから。私のほうの不注意で彼らを殺すようなことのないようしたく思います。
さて、物見台は今、半分の部分の大枠が出来上がっております。
5/26・・・こちら半分の床がアバウトに形を成しています
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5/27・・・柱と屋根部分がアバウトにできました
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しかし、たった一人でやっているものですから、難儀することといったらありません。
片棒を担ぐという行為が、いかにたいせつかを思い知ったようなしだいです。
ふと、ムカデ夫婦がうらやましくなりました。