たまろが豪雨になって還ってきた

昨晩の深夜2時には、豪雨がそれとなく降っていて、納屋の屋上を覆っているシートが、いくつもおびただしいたらちね状態を作っていたもので、これでは破れてしまうと、そこにたまった雨水をザバーっと下に落としたようなことでした。
静かな豪雨。
台風が近づいた頃の、屋根を叩くような豪雨ではなく、屋根には何の音もせぬうちに、テントシートにはあのときの豪雨並みに蓄えられていたのでした。
そして朝、やはり降り続いたらしく、テントシートがありながら、下の床はびしょぬれで、台風接近時よりひどいくらい。同様のたらちねテントシートとなっておりました。
IMGA1070.jpg
IMGA1060.jpg
IMGA1061.jpg
空はいつ降り出すや知れない曇り空。
IMGA1064.jpg
IMGA1069.jpg
ところが天気予報を見てみると、このところずっと中国近畿と好天で、まったく降っていないとのこと。
そんなことないと思いつつ。山の上だからかなと思いつつも、ここだけ豪雨だったのです。
その現実との落差に、私はうれしくなってしまいました。
というのも、たまろは豪雨だと、新神話で取り決めたすぐ後のことだったのです。
たまろは死にました。25日の朝に死にました。
この訃報を知った巫女さんたちが、たまろのことについて、異界交信してくれました。
その結果、たまろは豪雨の神になったことがわかったのです。
おかしな話すると思われるかも知れませんが、そうなってしまったのです。
その経緯については、いつかきっと方式の異界交信掲示板が把握してくれています。
なぜ台風や豪雨? それは、大地震を封じるのが、これら天候の神だからです。
だれが?どうして?そんなことわかるの?
それはここなどを見てください。
台風や豪雨の災害はおびただしいものがあります。
しかし、台風や豪雨では、人の側が自然を甘く見て他人任せにしたりして油断しない限り、被害は食い止められるものです。人の資質を以てする創意工夫や対策準備といったものが、すべきこととして予定されているのです。人ならばこそ、克服できるものだと。
しかし、大地震や火山噴火だけはどうにもなりません。必ず、局地的壊滅をもたらします。
しかし、これを封じる節理があります。それが、多大な水量をもたらす天候なのです。
たまろは、私との長い生活が営めなかった代わりに、ときどき、千の風ならぬ、豪雨となってやさしく降って、訪問してくれるみたいです。昨晩も、私は「たまろーっ」と、起きるたびに何度叫びましたことか。
それを聞きつけて、やってきてくれたのです。まるでこれでは、親を求めて「キュィーン」と鳴いたたまろに、私が聞きつけて面倒を見た逆バージョンではありませんか。幼児になった私のもとに、たまろが駆けつけてきてくれたわけでありました。
ありがとう。たまろ。愛しています。
私は母猫にお世話になったわけですから、えさと水を置いています。それが昨日に続き、今朝もほとんど食べられておりました。あとの二匹の子猫は彼女のもとですから、子育てのために栄養も必要でしょう。この行事は、子猫が一人前になるまでの期間、続けるつもりです。それがたまろへの感謝の心でもあるからです。
IMGA1066.jpg
※注解   2009.8.29追加
掲題を見ただけでは、何のことだかわかりませんよね。しかも、本文にいきなり入れば、なんだまたこの基地外おっさん、妙なこと言い出したぞ、というふうにしか受け取れませんよね。
いや、私も最近その基地外ぶりに物忘れが加わって、後ですぐにでも注解しておかねばと思っていたことが、はるか後手に回ってしまうんです。
それで今頃になって、つじつまあわせのようになって誤解を招くといったことかと思うんですが、
実は、何で「豪雨」なのかについては、今の巫女さん(と私は勝手に言ってますが)との関わりを、私が管理する掲示板サイトで日々語られる異界交信の結果として出された回答に、私・森野に関するこうした回答があったのです。
>ユングのシンクロを発展させた方式で、新聞の見出しを介して異次元と交信します。
という、最先端の交信方法なんですが、若干こっくりさんに似てなくもなく、誰にでもやりやすい方法なんですが、ときおり出てくる回答に驚かされるようなことが往々にしてあるわけです。私はその場をお世話している関係で、私に関する交信をよくやっていただけるわけで、けっこういい回答(これを異界の私への評価とでも解釈しましょうか)をもたらしていただいていたようなことでした。
ところがたまに、おいおいと唸るような回答があったりして、その解釈に悩むようなこともあるわけで、
>Q1:欲しがっていた猫が奥人さんに来ました。これもシナリオ?
A: 豪雨災害
>Q2:「たまろ」はこの時期に選ばれて来たの?
A:豪雨被害の・保育園、別の保育園で再開
という連続的な「豪雨災害」との言葉が回答としてやってきたのですね。
私が育てようとした子猫の名前は「たまろ」。
その子猫が豪雨災害と関係あるとの異界の見解だったというわけです。
たくさんある言葉の中から、偶発を装いながら、まず新聞の見出しとしてやってくるんです。それを割合忠実に、巫女さんたちは掲示板に報告してくれるというわけです。
これではまるで、たまろが災害をもたらす主体にされてしまわないか、ということで、代理親である私のとんち的頭脳が働きまして、稀有壮大な神話へと発展させてしまったのであります。
しかもそれは、親の愛ですな。たまろを豪雨の神(雨の神)にしてしまったのです。なに、私が新神話でこうだと定義すれば、それがそうなってしまうんです。私は魔法使いですから、定義するだけで何でもできてしまう。しかも、豪雨とは良くないではないかと仰るでしょう。ところが毒には毒をのたとえのように、そうもならないことさえ看破してしまったのです。
それ以前に、こういう交信結果があったんです
>Q 森野さんてどういう人?               A 台風
>Q 森野さんは何のために生まれてきたか A 責任 「活動・運動」 大原則 厳格に適用
>Q 森野さんが知りたいことは?     A 照合 振り返りが必要 成績どう渡す
>Q 【UFO】のブログとは?      A 情報関連集積 本社
>Q ここのブログで世界初の「」が始まっている  
                   A 男性走者、命再び 救命士ランナー 的確処置
どうです。私は「台風」と形容されています。そして以降4つの回答も、ぜんぶまるまま当てはまっているんです。
救命士ランナー 的確処置 ? おいおい、そんなにすごいのかよとお笑いになるかもしれませんが、やってることは神話作り。その中で救世を歌えばそうなっていくんです。実際それが現実になりつつあるのです。
ならば、意表をつく「台風」とは? それは神話に言うスサノヲ神のことで、ヤマタノオロチ退治したことで有名ですよね。
なんだ、童話の世界かよ、と聞こえてきました。いや、みなさんは神話の真価がお分かりになっていないだけなんです。そこに盛られている、超ド級の真実があるんです。それを解明した私には、およそ何でもわかりましてね。ヤマタノオロチとは、地震、火山などの地殻変動とそれによる災害を意味しているのです。
それを抑え込むことのできるのは、台風、そしてその子供である豪雨なんです。それが中国の研究家によって証明されつつありますってね。
そして、私はこの「たまろ」が当初からいい目的をしてやってきたとは、思っていないんです。というのは、その10日ほど前から、家の中で超常現象がありまして、いささか困惑していたようなことで、彼が来てから、ぴたっと収まりました。どうも、霊現象だったなら、たまろが起こしていて、その霊が入って生まれたから、収まったのかもしれないわけです。
では、誰かの差し金でもあったのかとしたときに、私を何とかしようというものがあるとすれば、邪神しかいないです。
そこで、気がついたのは、これです。
https://ufocolumn.blog2.fc2.com/blog-entry-540.html
当時、愛知県岡崎方面に集中豪雨がありました。よく見てください。
アラスカ(HAARPのあるところ)を拠点にして、水を司る白い龍体が愛知県をパコパコやってるでしょ。これはその当時の雲の状況をGoogleEearthで写し取ったものです。パコパコとは、この場合、攻撃しているってことです。
私は、この龍は操られている。しかもおそらく、騙しの名人によって騙されて使役されているんだと理解したわけです。
それで、私・文殊先生が、龍たちとの伝統的おつきあいとしての説法教師として、彼を職員室に呼んで、諌めたという経緯なわけです。
その暴れん坊生徒の彼が、たまろとしてやってきたんです。もう腕白ではなく、もしかしたらまだパシリを騙し名人によって言い付かってるかもしれないが、やってきたんです。
その事実が、異界交信によって、素直にもたらされてしまったんですね。
私は、こんな独居老人のもとに来てくれたら、パシリだろうが何だろうが、窮鳥懐のたとえどおり、愛してしまうんです。
今はもう、あの職員室での叱られた記憶が、彼にとっては愛情のしるしと受け取られてるんです。
ここで騙し名人は大失敗してます。彼を私に取られただけでなく、大地震を引き起こす戦略さえも封じられる格好になってしまったのですから。

母猫の役割

出産後の母猫の役割は、大変だと思います。
人間もそれ以上でしょうけど。
異界からのささやきとも思える”壁鳴り”現象がいっそう煮詰まった8/22の深夜のこと。
私の家の下の作業場兼物置に置いていたダンボール箱に、ノラ猫のメスがお産をして、3匹の子猫を出産いたしました。それが判明したのが、翌23日の朝でした。
母猫は私が表を歩いているのを見て、箱から逃げ出しまして、その際に「ニャーニャー」という複数の子猫の不安がる声を聞いたわけでした。
私は直感的に、壁鳴りの主がもしや子猫に転生したと思ったわけでした。実際、その日から壁鳴りは起きなくなりました。
ならば、あれは予兆だったのか、となるわけですが、これがいわゆる「鳴り物入り」の出来事となったわけでした。
私は現在、書き込み先を、「いつかきっと方式の交信掲示板」にしており、こちらの記事更新は後回しの状態にあります。よって、ほとんどのカレントな経緯については、そちらに載せているありさまで、再度ここにまとめるのは骨が折れるため、そちらを見ていただきたいのです。
簡単に経緯を。
8/23に、私がいないときは母猫が子猫のもとに戻ってくるものの、私がどうしてもしなくてはならないことがあって下りるたびに、母猫が逃げてしまうものですから、こんなことが何度もあると、いずれ帰ってこなくなるのではないかと心配したものですから、町に出て子猫用ミルクやら哺乳器、成猫のえさやマタタビまで買ってきたようなことでした。
ところが、母猫はこの場所では育てにくいと思ったようで、一匹ずつどこかに連れ去ってしまったのです。午後3時には二匹がいなくなっていました。残る一匹はいちばん小さく、兄弟とのミルク争奪戦に敗れたもののようでした。こういう場合は、母親は独自の判断で、連れて行かず置き去りにするという話もありましたから、暗くなる頃までに連れて行ってなければ、私が母猫代わりをしようと決めたわけでした。それに、壁鳴りの主が縁を持ちたくて、このような成行を作っているようにも思ったものですから、なおのことその覚悟を決めておりました。
果たせるかな、残る一匹は、まだ箱の中におりました。もしかすると、母猫が移動行為をとり始めた朝からずっと、母乳をもらっていないなら、これは死んでしまうと思い、決断して家に連れて入り、給餌したようなことでした。
この子猫はオスで、「たまろ」と命名しました。
初日(8/23)、たまろを寝床につれて上がったときは、一晩中微細な痙攣を起こしていて、私は繊細なもので、眠れる間がほとんどありませんでした。
これは子猫が夢をみていたりして多動になるもので、子猫はふつう熟睡にはあまり入らないとのことで、なるほどこれは仕方ないと思ったようなことでした。
ところが二日目は、ミルクを飲まないなどのことで動物病院に運搬などしていて、かなり疲れていたのか、晩早々にきゃーきゃー寝床入りを催促するので排便、ミルクとやって、添い寝したのですが、熟睡してしまって、二時間後には低体温になって、仮死状態みたいになっていたため、タオル巻きカイロで温めて動かし、排便、ミルクとやって寝たところ、さらに二時間後、やはり熟睡で仮死状態。もうこれは駄目なのかと半分絶望しそうだったとき、ふと母猫は、子猫が寝ていようがいまいが、排便を促し、ミルクやりまでやってしまうということを思い出し、そこでなるほどと思ったのです。
子猫が命を早々に落としてしまうのは、この熟睡に延々入ってしまい、仮死状態から本死に至りがちだからだろう。それを母猫は、たとえ子猫が嫌がっても、一連の面倒見の行為を数時間ごとにも繰り返して、子猫の意識を現実に引き戻すことまでやってのけていることに気づいたようなことです。
生きようという意欲に満ちた子猫なら、現実を楽しみたくて、仮死になっていくことは少ないのでしょう。しかし、何がどう個体差となって顕れたのか、意欲の乏しい子猫は、あちらの世界に戻っていきたがるみたいです。
それを母猫は、生きよと叱咤激励していることになります。それすらも功を奏することが難しいのが、生活環境が苛酷なノラの世界なのでしょう。
私はたまたま、断続的にトイレ起きし、熟睡は無論、夢も見なくなった状況下にあって、母猫のノルマをこなせそうなわけで、この母猫は私を見込んで、置き土産してくれたのかも知れないなと思ったりしています。
思うに、母猫はもしかしてわざと、大型の子猫を、とても入れそうにない荷物のあわさいに落としておいたのではないか。そして、自らはもうひとつの大型子猫とこのたまろを連れ帰るつもりだったのではないか。
それを私が、わざわざあわさいから戻しておいたために、助かる見込みの大きい二匹を連れ帰り、見込みの薄いたまろを置いてあいたのではなかろうか。人間だから、何とかできるだろうという咄嗟の判断があったように思うのです。
祖母から聞いた、童話・たぬきの子預けを書いたことで、何となく彼ら生き物の知恵はあなどれないという感を持ちます。
母猫の期待を担っている私、とにかく努力いたします。
と、以上が元記事だったのですが、
ところが、この数時間後、たまろは還らぬ命となりました。
しかし、この経緯の中にも、超常的なものがいくつも散見できました。いずれも、いつかきっと方式の交信掲示板にて、巫女のみなさんがそれぞれに異界から質問回答を得てくださり、その解釈やたまろの写真その他を載せておりまして、このたびのことは、私の心だけでなく、掲示板をご覧になった多くの読者に感動を持っていただいているようなことです。
ぜひ、そちらのほうもまた、よろしくご贔屓にお願いいたします。

ここで、亡きたまろの写真集を掲載いたします。
IMGA1031.jpg
IMGA1032.jpg
IMGA1033.jpg
IMGA1034.jpg
P1010005_20090826230358.jpg
P1010006_20090826230434.jpg
P1010007_20090826230535.jpg
P1010008_20090826230633.jpg
P1010009_20090826230713.jpg
IMGA1036.jpg
IMGA1039.jpg
IMGA1040.jpg
「救音玉露」を没後名といたしました。

そもそもの始まり

山奥の庵に夏場の妖気といいますか、壁鳴りがあって、何かの予感を感じさせていたわけでしたが、それと関係があるかどうか・・・。
庵の縁の下で、銀色のメス猫が積み重ねてあったダンボール箱の中で三匹の黒猫を出産したのです。
このときなぜかビデオカメラを動かしていたのですが、母猫の逃げ出すシーンを撮ってしまいました。

さて、このとき一日がかりで母猫は子猫を本拠に運んでいたのでしたが、残された一匹を置いてとうとう真っ暗に。
その一匹を老婆心にも育てようとしたことから、この長い曲折した物語は始まるのです。

異界が庵にやってきた!?

現象が起き始めたのは8月12日のこと。昼間の暑い時間帯でした。外の密林ではつくつくぼうしやジージー蝉が盛んに鳴いていたとき、それに呼応するように、セミの声のようでいてそうではない、外で鳴いているようでそうでもない、音源を辿れば、キッチンに隣接する私の寝室兼書斎の壁に行き着くのです。
おかしいな、なんでこんな壁の中からセミのようでそうでもない声がするのか。聴きようによっては、人の声にも似ています。が、日本語ではなく、ふにゃふにゃ・・・としか聞こえない。
もしかしてこれは、異界の生物の声ではなかろうか。あるいは、宇宙生物に、変に狭いところに隠れていて、人にちょっかい出すのがいるともいいます。
壁は、裏側に回れば、ベランダの元外壁で、壁の厚さはせいぜい15Cmほど。こんな間に、誰がはいっていたりしますか。
いや、もしかしたら、お盆なもので、幽霊さんなのかも知れません。
ひゅーどろどろの調子に似てなくもありません。
16日になって、初めて録音に取り掛かりました。といっても、録音テープ機材はいま故障してますので、ビデオカメラで音とともに収録して、Youtubeに上げてみました。
ちょっとお聞きください。(最初の騒音は外のセミの声です)

どなたか、この謎の声(音)に心当たりの方は、おいでではないでしょうか。
実は、この壁、さる某日に、大きなゲジがじっと居た壁なんです。たいがい、どんな虫も入ってこれないはずの家の中のこの壁に、じっと佇んでいたんですね。
もしかしたら、異界との出入り口にすでになっているのかも知れません。
私は寝てる間に、もう何度もご厄介になってるのかも知れないのです。記憶を消されたら、それまでのことなんですから。
不思議な声は8/12,14,16と一日おきに聞こえましたから、次は18かと思っていら、17にも18,19,20,21と、連日聞こえております。
ただ、妙なことに、19日の午後に来客があり、その間はまったく聞こえないのです。彼は20日まで泊まりましたから、よく鳴く午前中に聞かせられるかと待っていたら、果たせるかな、確かに声を立てたのです。
客は事前に私から話を聞いていましたから、「あれ? いま変な鳴き声がしたな」と。「そうなんだ」と、こちらでも騒いだためか、二度だけ鳴いたものの、もう鳴かなくなりました。
あちらの声が聞こえる以上は、あちらにもこちらの声が聞こえているわけでしょう。
また、鳴き始めたとき、ビデオカメラで録音しに近づくと、鳴き止むんです。足音を潜めて近づくのですが、だめなんですね。だから、あっちからは、こちらが見えているんでしょう。
それで、向こうも警戒しているのだろうと、いろいろと話しかける作戦に出ているのですが、効果があるのかないのか、まだわかりません。
そこで、本日(8/21)は、鳴けば撮るというのをやめて、カメラを三脚に固定して70分ほど壁に向けて撮影いたしました。
お蔭で、それはたくさん、録音できています。間歇的に何度も鳴いていますから。
それをまた追加でアップしていくことにいたします。

8/22には、壁鳴りの音のする場所が移動して、キッチンの冷凍庫の真裏になりました。これは耳の錯覚などではなく、音源が空間移動したのです。
その距離は1m程度のものですが、まさに私にとっては、超常現象と言っていいものでありました。

とうとうミツバチは還らず・・・特攻の露と果てたか

あれほどなついていたミツバチたちが数を減らしていき、ついに一匹になり、それもやがて来たりこなくなったりして、ついにもう現れることがなくなりました。
季節柄、分封したのかもしれないと考えたりしていたわけでしたが、ふと先日の特攻隊を組織し送り出した上官たちの記録を見て、あっと、私も思い当たることに気づきました。
それは、ここです。
https://ufocolumn.blog2.fc2.com/blog-entry-699.html
私はうかつにも、ミツバチたちを地球防衛の特攻隊として送り出してしまったようです。
思えば、このブログで書くことは、実現の日の目を見ることになっている観があり、いわゆる新神話として機能しているようであります。
新神話を書かなくなって2年が過ぎ、その間、このブログが肩代わりしてきたようなところがあり、特に神話系や超常系のことに関して実現力を見てきておりまして、その一環としてミツバチへの指令が実行されてしまったとしてもおかしくはないのです。
あれから、彼らは上官の指令を至上命令として受け取り、戦地に赴き、果ててしまったのではないでしょうか。私は、自分のうかつさを存分に恥じ、今後肝に銘じて、自然界の妙技に対し、適切な温情と心を以て接することに致します。
愛しきミツバチたちの英霊に対して心から敬礼をいたします。