UFO撮影同道記 (改訂版)

UFO撮影同道記

 2019年改訂版
文/奥人
  1. UFOとの邂逅
  2. 偶然ではない一致の発生を「共時性」という
  3. 斑の年の幕開け
  4. インビジブルUFOとは (An opinion
    about invisible UFO)
  5. UFOと古代霊妙動物・竜
    (UFO&Ancient UMA-Ryu-Dragon)

 

文中赤記は2019年の付加、青記は2002年の付加になっています。
文中M氏とはUFOビデオ撮影友の会の武良氏です。

《UFOとの邂逅》
私は二十五~六年前(26,27歳頃、2019年の今から40年以上前になる)、あるUFO観測同好会、男女10名ほどのグループに同道して、湯の山温泉の近くの朝明キャンプ場でUFOを目撃したことがある。

御在所岳の麓のこの場所はUFOの通り道になっているとの噂で、皆してカメラや望遠鏡などを持って夜9時ごろから観測体制に入った。すると程なく、橙色をした流星のような光芒が出現して消える、という現象が夜空のあちこちで見られるようになった。単なる流星ではないのかという疑念が湧いたが、リーダーはこれがUFOなんですよと言われる。
そのうち私は、頭上を見上げる姿勢の持続に無理を感じ、寝袋に入り横たわって中天を見上げることにした。5分もすると、私は星の瞬く夜空に吸い込まれる印象を持った。それはまるで宇宙に漂っているような気分であり、幸福感を覚え、そこで何たることを思いついたか、心の中で今その辺に来ているであろうところのUFOに向かって語りかけてみたのだ。

すると、わずか1~2秒の後のことだ。私の視野のど真ん中に橙色の三日月状のかなり大きな物体がよぎり、次の瞬間にはあの流星となって、クロスを描くように飛び去ったのである。私は、「あっ」と声を漏らしたものの、騒ぎ立てる心境にはならなかった。えも言えぬ、神聖な気分が熱い感動と共に訪れたからである。

おそらく、このような形のUFOは誰も見たことも撮影したこともないはずだ。
だが、まぎれもなく私の眼前に出現してくれたのである。


この同好会は、UFOの存在を信じ、友好的にすべき存在として疑っていなかった。メンバーの中には、頻繁にUFOを目撃したり、それらしい光体を写している人が何人かいた。その中には、自衛隊員もいて、駐屯地上空にも現れるので、それを撮影したのだと言って、年に何回かその写真資料を基に、展示会まで開いていた。私は彼らの考えを、素直に納得していたから、この時にUFOに向かって何を語りかけたか、おおよそお察しいただけるだろう。

しかし結局、そのときには他の面々に同じものを見てもらえなかったことがわかり、その強烈な体験は自分だけのものとなった。その後といえば、よほどそのときに印象深かったせいか、それとも本当にUFOがメッセージをよこしたものかどうか、夢の中で見上げる夜空に、星間をスイスイ楽しげに泳ぎ回る白球のUFOの群れが出てくるようなことがたびたびあって、格別の印象を深めていた。
そして種明かしをして見せてくれたのが、これまた夢の中で、当時喫茶店などに置かれていたピンポンのテレビゲームのような夜空が出てきて、直線的に現われた白球UFOが真ん中の星にぶつかって「ポッ」と音を立てて反射していったのを見て目が覚めた。そのとき、ああそうなのか、白球UFOは私の脳に映像を投影できるんだと思ったことだった。その後、夢で白球を見ることはなくなり、数年の時が経過した。


ところが、33,4歳頃に、私は精神を落ち着けるためにヨガ瞑想をしていたのだが、当時、ピラミッド瞑想がいいと知り、形と規則さえ満たせばと、園芸店で90cm支柱とゴム粘土を買い、それで小さなピラミッドを組み立てて、その中に枕を置き、寝そべって眉間に意識を集中して呼吸法と瞑想をしていたときだった。うつつと眠りの境界まで行ったとき、なぜ突然そう思ったか知れないが、白球UFOは映像だから、眉間に飛び込んでこれると思ったその瞬間に、なんとあの白球UFOが赤熱しながら高速で目の中に飛び込んできて、視界は中天からの太陽光の光線束のシャワーの降り注ぐ中にあった。これは一大事と、目を開ければ、視界は真っ白の光の中だった。くわーっ、これは気が狂ったかと頭を振って正気に戻そうとすると、光の海は千切れ雲のようになっていき、やがて薄暗い蛍光灯の部屋の光景に戻ったのだった。

(この赤記部分は改訂追加部分である。というのは、2017年になって、コーリー・グッドの宇宙開示情報により、高次元存在・スフィアビーイング(球体存在)のことを知ることとなり、この球体存在とのファーストコンタクトの手順が夢の中で行なわれることを知り(※0)、26,7歳のときの何度かの夢はそうであり、33,4歳のときの瞑想時の脳内スパークのようなことは、セカンドコンタクトだったかも知れないと思ったからである。
2003年頃だったか、世界不思議発見という番組で吉村作治氏の説でエジプトのファラオの太陽神超入の儀式が王の棺室の石棺の中で行われたというCG映像が流れたとき、私の身に起きたことは、ピラミッドの極小ミニチュア版だったとはいえ、これと同じことではなかったのかの印象を持っていたのだったが、とするとファラオも私も、スフィアビーイング体験をしたことになるのではないか。あれはまさに太陽光に匹敵するほどのまぶしさだった。それを古代エジプトでは、ファラオが太陽神を身に帯びる儀式としていたのかも知れないと思ったことだった)

しかし、私は気が狂ったかと拒絶してしまったかも知れず、以後、白球UFOとのコンタクトはなくなったが、2003年になって、UFO撮影仲間に加わった坂本廣志氏が満天の星ほどの白球UFOを撮影して、その存在がけっこう身近であることを知ったのだった。

とにかく、そのとき以来、UFO現象やUFO情報には、とんと遭遇しなくなって、月日は流れた。

ところが、UFOとの新たな邂逅が訪れたのである。それは1994年の秋のことだった。

私がM氏に同道して、UFOのビデオ撮影に出かけるようになった数えて二度目(十月九日)に兵庫県の高砂市の石の宝殿に行った際、遺跡を刻む一枚岩の裏山の上から、西の方の山容を30分ばかり定点観測的に撮影していた中の連続する2~3分間の中に、UFO以外の何者でもない映像を記録していたのである。

いったい、西の方の峻険な山の稜線すれすれをアクロバット的に、秒速1キロもの超高速で音もなく擦り抜けるものがあるだろうか。標準速度で観れば、それはまるで山稜を瞬時に舐め通る蛇そのものであった。

映像をコマ送りして何が起きたか判別するわけだが、物体は葉巻型をしており、ちょうどプールサイドから飛び込み潜水する要領で窪んだ山稜にアタックをかけている、お茶目なイルカといった感じである。

地図に基づけば、画面の端から端まで約150メートルほどあろうか。それを1/30秒・コマの記録密度において5コマですり抜けていた。サイズは20メートルほどか。(1/30秒・コマのコマ送り画像の合成:下図(JPEG40K))
 
その十数秒の後、今度は山の上から、あたかも顕微鏡で観たときの草履虫がプレパラート上を移動するときのように、灰色の曇り空をバックにして、ふわふわと淡く丸い(いや、菱形かも知れない)輪郭をしたものが浮上していくのである。

高速モノを目で追っていたので、この何気ない画面の動きを見過ごしかけるほどだ。透け方と形状からクリスタル型UFOと命名した。サイズは4~5メートルほどか。

それは途中で1秒ほど滞空し、おもむろに発進して不規則かつなめらかな動きをしてみせたところなど、まさに重力制御のUFOそのものといった感じであった。

さらにこのクリスタル型UFOの発進直後に、別の高速UFOが航路にクロスするようにニアミスシーンを展開して、4コマ先で2機に分裂するという映像まで含まれていた。

そこまでが画面内に映っていた時間は約20秒。このクリスタル型UFOはいったん上空に去るが、その後2,30秒ほどおいて2度にわたって(都合3度)画面内に姿を現すのである。つまり、かなり長い間、彼らはこの場所の上空で、私たちのしていることを観察していたに違いなかった。つまり、この約2分は、UFO達によるミニ航空ショー(3種類5シーン)というべきものであったのである。

Jumping UFO, Click to animation page
 

カラー映像だが、UFOの形が淡いので、グレー化し明度を落とし合成してみた。これはいったい何なのか。
画像をクリックすれば、アニメ化したカラー画像と、2分間に起きた一連のショーのあらましをご覧に入れる。

 
 
 

《偶然ではない偶然に見える事象の発生を「共時性」という》

私は、とんでもないことが起きることに戸惑いはしても、自分から何かができたことはあまりない受け身人間である。この時も、UFOと邂逅するきっかけとなったのは、M氏という人物と知り合ったことによるが、偶然の一致というには出来すぎの感のある経緯があった。

もう何年前になるか、UFO観測が機縁で知合った名古屋のK氏に、わけもわからず付いて行った先が尼崎市にあったM氏のお宅だった。その後、何の交流もなく時は経過し、M氏も住居を移していて、そのままならたとえ探そうとしても不可能であったに違いない。
ところが、1994年の秋口に久方ぶりに来訪してくれたK氏は、その道の話をいくらもしてくれたが、その中で彼は、「JUFORAの平田会長の家が近くないか」と言いだした。彼の住所録メモを見ると、車で5分程度のところだった。

(*平田会長は平成十二年になくなられています。
減っていく会員数を嘆かれながらも手作り会誌を作られているとき、
私はコピーや綴じ込みなどのお手伝いをさせていただきました)

こうして、平田会長とはいきなり初対面となり、懇談もいきなり長時間に及んだその中で、M氏の話題が突然出たのである。「最近、顕著な成果を揚げている人がいる」と。彼はUFO撮影を長年行なっていたが、最近になってデーターが提供されるようになり、その中に良いものがあったので報道関係に報せたら、ただちに取り上げられたのだという。それは、’93年のうちに、「六甲山上にUFO現わる」の見出しで、民放5社からテレビ放映、新聞数誌で報道されていた。我々がむかし会ったことのある人物だと申し上げると、「知り合いなら連絡の仲介をしてあげよう」と応じてくださった。

数日後、M氏から電話が入り、ぜひ今まで撮ったUFOビデオを見にきてくれとのこと。住所は意外と近く、車で30分程度の距離であったことから、私はさっそくお邪魔した。彼の部屋には何十巻もの8ミリテープが所せましと積んであった。その中の、いくつかを見せてもらったのである。

はじめの予想は外れた。私はUFOは夜出るものと思っていたのに、昼間に撮られたものばかりであり、得体の知れぬ物体がシルエットのようにして捕えられていた。それも飛行速度が非常に早いので、コマ送りして判別するという。

帰りぎわに、コマ送りやクローズアップなどの地道な編集をして2時間のVHSテープにした特集分をお土産にもらったのだが、その中にはなんと106通りのUFO出現が納まっていた。多くの場合、棒(葉巻)状をしているが、ブーメラン型や二足や四足付き棒状、円盤型など十数種類に分類できた。
  Video shot UFO type. Click to the collections.

1994年11月のイベントパンフレットの抜粋

これ以外に、サインカーブ足付きやカッターナイフ型などがある

UFO(Rods) Click to detail


疑惑は当然起こるものだ。ファインダーの近くを掠めた虫や埃の影ではないかとも思える。しかし、ときおり黒い棒が巨大なビル(神戸の朝日ビル)や看板塔の向こう側を通過していく場合のあるのを見れば、驚かざるを得ない。むろん、すべてがUFOだと断定はできるわけではなく、分析する態度が必要であることは言うまでもない。

M氏は、もしビデオカメラを持っているようなら、一緒に映してみないかと言われる。むろん撮影のための必需品だが、なぜか私には十年も前の出始めの頃に、たいした理由もなく購入したシャープのマイビデオなるポータブルデッキと小西六のカメラのセットがあった。デッキのほうは、日常のテレビ録画用に使って重宝していたが、カメラは二、三度使ってみたきりで埃を被っていた。そのことを話すと、今の8ミリと違って精度はどうかなと首を傾げつつも、きっと撮れるから一緒に行ってみないかということになった。

こうして最初、元のラジオ関西(須磨海浜公園前)の前で撮影を開始し、2時間程でそれらしいものを10回程度捕え(須磨ボウルの看板塔の裏を通過するもの1つを含む)、旧式でもなかなかやれるではないかということになった。そして、二度目には、先にしたような成果が揚がったのである。

UFOは何らかの意図を持って行動しているのだろうか。M氏の数多くのデーターはそれを物語っている。M氏の撮るUFOには大中小あり、形もバラエティーに富んでいるが、小型UFOには小回りの効きを生かしてか、ヘリコプターの周りをからかうように旋回して去るものや、2機編隊で来て分裂したりクロスしたりするもの、果ては針金で輪を作って高く掲げれば(氏はそこまで実験した)輪潜りに挑むものさえ撮られている。

とにかく、彼らはポーズをとりたがるようだ。そのためにカメラアングルや背景を計算している感さえあるのだ。

私が単独で撮影したある日に、こんなこともあった。あるダムを望むパーキングエリアで、三脚にセットして定位置に向けて撮影中に、通り掛かりの人に何をしているのか質問され、話をするうちに、相手のほうがUFO談義に夢中になってしまい、ついつい「あいつ等は(UFOのこと)雲の中に隠れて居ることもできるんやからな・・」と向こうの入道雲を指差して説明しだした。

すると、彼の話がすべて終わらぬ前に、入道雲の先端から(遠いため非常に不鮮明であるが)、棒状物体がポーンと放物線を描いて地上に向けて飛び降りる様が会話の声とともに記録されてしまった。

UFOの行動がどういう意図に基づいているのかは謎である。だが、あの人なつっこさが本物であってくれるならば、たとえ多少の謎を胎んでいてもいいではないかと思っていた。だが、まもなく、いろいろと考えさせられる事態が発生してしまった。
 
 

《斑の年の幕開け》
M氏は私が加わるまでは、ひとりで気の向いたところで撮影するのが常だった。しかし、同行者が加わった場合は撮影頻度が増加することに気付いたという。年の暮にかけて増加し、そのつどよく撮れてきている、複数人でやるとパワーアップするみたいだと報告してくれた。私も多少は頻度を増加させ、UFOもやってくれるものだと気を良くしていた。
M氏は多人数同時撮影の実績に自信を深め、地域のコミュニティーに呼び掛けてUFO撮影イベントを企画し、11月下旬に実施した。

M氏はかねがね、UFOは環境破壊の進み具合を調査しにきているものと考えておられたので、クリーンキャンペーンとして空缶拾いがセットされた。地元ミニコミ誌や駅置きのチラシなどで一般参加を呼びかけた。

当日は平田会長、K氏、コミュニティーのまとめ役ほか数名、地元テレビ局などが参加。過去の実績の上映は屋内のため2,30名ぐらいのまずまずの参加人数だったが、野外での撮影は寒いこともあり、器材の持参者も観覧者も少なく、撮影内容もM氏以外はあわれな結果に終わってしまった。私なども、そうとは断定しにくい一回が記録されたのみだった。その後、一層寒くなったこともあり、私は撮影を休止していた。

そうした1995年1月17日に阪神大震災が起きたのだった。

震災とUFOが結びつくわけはないと思う。だが、私の親の家は神戸市にあって全壊。私は後片付け作業で駆け回り、親とともに随分気苦労した。八百年ぶりに起きたという奇跡的とも言える地震と、その直前の奇跡的なUFOとの邂逅という二大イベントは、私にとって奇跡という糸で繋がった事象であり、その意味するところをどうしても考えさせられてしまう。それで、あくまでも私見とお断わりして、一説を述べさせていただこうと思う次第だ。

何か災いがあると、他人のせいにしたがるのが人間の常というものか。それではなるまいと思うのであるが、神戸市が政策的に自然破壊を積極的に進めていたことを口に出す人は多かった。私も、そういう思いにかられていた。しかし、それは八つ当り的発想にすぎないであろう。神戸市もいつの時点でも認められた有効な手段で市民のためになろうとしてきたし、今は市民救済と復興に一生懸命であり、涙ぐましいばかりである。かつて商才に長けた都市も財政難に陥り、皆して痛み分けをしなければならなくなったという現状が展開している。それでも、非常に多くの人々が、やり場のない悲しみに今なお直面していることは確かなことで、わずかな寄る辺を頼りに自立の道を目指さざるを得ない状況が展開しており、これからもその長い道程は続くことだろう。

それを軽んじるつもりは全くないが、一方、地震発生の午前5時46分という時間が、人的被害を少なくした要因だったことは誰しも不思議に思うところだ。多くの人が活動開始前の待機状態にあった。列車はほとんど動いておらず、車がやがて倒壊することになる高速道路や炎上することになる市街地を埋めたりしていなかった。激震時には真っ暗だった周りも、このわずかの後には夜明けの簿明が訪れ、人々の事態の把握、判断にプラスした。地震がこの時間の数十分、後にも前にも外れてはたいへんなところだった。

またこれがもっと暖かい時期に起きていたらどうなっただろう。各家庭の冷蔵庫の保存物が腐敗し、早く疫病が蔓延していたに違いない。地震前に逃げ出したとみられるネズミなどが、後々長く尾を引いた余震によって戻れなかったため、騒ぎを起こすこともなかった。

むろん地震そのものがなければそれに越したことはなかった。だがもし、どうしても地震発生やむなしとした場合、驚くほどの奇跡があったと言っても過言ではなかろう。

また、被害の大きかったのは、扇状地の軟弱地盤の上に造られた旧市街地であった。戦前の建築を踏襲した古い民家が密集し、車なしでの生活のしやすさ等の理由から、生活力の弱いお年寄りが多く住んでいた。奇しくも若い人たちの多くは、早いうちから山向こうの新興住宅地へ移っていて難を逃れた形になり、死者の70%は六十才以上のお年寄りとなった。残酷だが、この辺に、自然界の摂理の意図を思い知らされた気がした。

このとき、人間界のルールの出る幕は全くなかった。見失われていた自然界の営みの恐ろしさを思い知らされたとともに、その一方で、どこか手加減が用意されていた恐るべき大変災であったと思う。

未曾有の不幸を前に勝手な解釈することをお許し願いたいが、人類を代表して試練を受けているの感も持った。六千人以上の死者を出し、町中は惨憺たる姿となり、二年を経た今も多くの人が苦悩の中に置かれている。その一方で救援と復興支援の手は全国から集まり、残された人々は逞しく、価値観を変えて二周り以上成熟した観がある。様々な恩恵が、これからの神戸に集まろうとしているようにも見える。

こんな大変災があれば、暴動が起きないのが不思議な位だと言った外国人記者がいたとか。細かい嫌な事件も多少あったとは聞く。しかし、犯罪を防いだのは、全国の警察力が投入されたことよりも、私心のないボランティア諸氏が全国から集まって被災地の末端にまで浸透し、すさもうとする住民の心を優しく包んでいたからに他ならない。

我々は、人間にしかできないこの方法で人間の心を癒やし、ひいては困難な試練に打ち克てることを証明したのかも知れない。当面出る幕のなかった人間界のルール、その最たるものとしての政府や国際レベルでの施策その他は、この道に従うべきことを物語っているに違いない。自然は手荒で厳しいが、種の持つ本来の在り方を触発する吉凶混在の斑的側面を持つものなのかも知れない。
ただ、かなり後で気がついたのであるが、震災の日は、あのUFOショーの撮影された1994年10月9日から数えて100日目であった。
縁起でもない話しではあるが。
 
 

《インビジブルUFOとはこういったものではないか》

私は、1995年当時、すでに以下の記事に掲げるところの印象を持っていて、1997年のこの前身になるホームページで取り上げていた。
それが、いま話題になっているスカイフィッシュの類であろうとは、当時夢にも思わなかったことである。
しかし、スカイフィッシュには大小あり、大きなものが以下、龍と表現されるものとして、いにしえ人の感性に捉えられたとしてもおかしくはないと思われる。


私は仕事柄、震災前から不特定多数の人に、UFOがビデオで撮影される現象の謎について話していた。震災後は地震とからめて意見を求めるようになったが、真面目にプラズマではないか、地殻の電位が高まればこうした現象もあり得るのではないかという純科学的な意見がたびたび得られたが、確定的な参考意見はなかった。

そして、今は帯電エアロゾルが、地震直前の異象や発光現象に直接関わっていると言われるようになった。これが何かは私などにはよく分からないが、やはりあの大槻先生のおっしゃるプラズマの一種なのだろうか。

だが我々の写すUFOは、わざわざカメラアングルや背景を配慮して出てくるかのようなことがある。時に我々の想念を読んだかのようなパフォーマンスを演ずることもある。無生物のプラズマや帯電粒子に、そんな知的な芸当ができるものかどうか。経験的に言って、やはり知的生物の関わるものと思われるのだ。

また、UFOのすべてがすべて金属物体であり、宇宙人の乗物である必要があるのだろうか。ビデオのUFOを見るかぎりでは、まるで分子構造の淡い気体のような物質に見える。そして、それはおよそ目撃できない。M氏には時折目撃できるときもあるようなのだが、それも直感的なものだという。

M氏は、どうしても異星人の存在を念頭に置かれていて、金属物体のUFOが物質の存在状態を変えて飛行しているという説明だ。私も自ら奇抜な宇宙論を一案持っていて、この説には賛成である。物理空間にさほど影響されずに高速飛行できるUFOの飛行原理はこれしかあるまい。(★1)

だが、存在状態の変化の結果、我々の物理空間とは、どのような関係になるのだろう。
それは、幽体や霊体と一般的に言われるようなものになるのではないだろうか。

私は学生の頃、幽体離脱の事態に何度も遭遇したことがある。寝ているうちに突然おかしな具合に意識が目覚めると、頭の中でヘリコプターの爆音のような電磁音がし、体はまったく動かせず、いわゆる金縛り状態と言われるものになる。

呼吸ができているかどうかわからないためパニックになるが、目を開けて気を落ち着けた後、腕をわざとむりやり動かすと、肉体ではない別の腕が抜け出て、自分の思うとおり動かせるようになるのだ。

思い込みがそうさせているのかどうかわからないが、ちゃんと触覚などの感覚だってある。さらにその手を自分の見開いた目にさらして見ると視野の周辺部でのみ無色半透明のシルエットのような手、指の輪郭が捉えられるのだ。なぜか視野の中心部では見えない。

それがビデオに映るシルエット状のUFOに、どこか似ているのである。

そこでUFOが霊体、あるいは霊体化して飛行するメカニズムを持つと仮定してみよう。よくカメラ写真では、目に見えないにもかかわらず、心霊が写ることがあるらしいが、それと同様のことがビデオ録画においても起きているのではないか。(★2)

また、UFO撮影中に何かが飛んでいる気配が私にも時折あるが、視野の中心部でしっかりと目視できないために断定しかねていることに気付く。人の視野のうち周辺部では色感が鈍くなるが、そのぶん「別のもの」を感じる機能が本来備わっているのではないかと思うのだがどうだろう。何かの気配で後を振り向いても誰もおらず気のせいと思う場合も、意外と心霊やUFOの接近を視野の周囲で捕らえていたりするものかも知れない。M氏が直感的にしか見えないというのも、納得がいくことである。

もう一つ、つっこんだ見解を言わせてもらえば、我々の体に霊魂が宿るとは、つまり肉体と共に霊体を持つということは、もしかしたら我々が異なる2以上の安定した空間に居所を占める体を持つということではないか。もう一方がアメーバのような不定型な、煙のような存在としてかろうじて観測されるのは、この物理空間においてだけであって、安定した別の存在状態(空間)においては、しっかりとした機械的な体が備わっているものかも知れない。経験的に、離脱した体からすれば、しっかりとした別世界の形態とそれに対する明瞭な感覚が認識できるというわけだから。

言い換えれば、存在状態の異なる空間にある物体が霊体なら、生命体であろうが機械であろうが、存在状態を変える自由度を獲得し、可変に複数の空間に関わる機能を持ったものがUFOなのであろうと思うのである。
 
そういった意味では、単に金属物体の光沢を湛えて、明瞭な輪郭と断続的な機械音のするUFOのみがUFOでなくてはならないという議論や、その部分にのみ真贋の目安が与えられているという今の鑑定のあり方はまったくナンセンスであるばかりか、無視し続けられている非常に多くのUFO現象に対して何の考察もなく、無防備であること自体、非常に危険であると思うのである。

無いものと思い込んでおけば、彼らが何もしないというのだろうか。古来から、なさそうに見える彼らをかろうじて認識して、神(広義の神:全知全能の神から、害意を持ち祟りをなす感情的な神までを含む)として畏怖してきた古代人の警告に、少しは耳を傾けるべきではなかろうか。
 

 

《UFOと古代霊妙動物・竜》
棒状UFOの多い中に、時折二足や四足の足付きの例がある(画像集2を参照::M氏はこの足を動力源から出る力場と説明されている)。私は前出のアクロバットUFOを、山稜を舐め通る蛇と表現したが、それらが生命体であったにせよ、機械船であったにせよ、こうしたものが古代の眼力ある人物の目には、霊妙な動物の姿と映った可能性はある。私は、「竜」や「木霊(樹木の精霊)」や「天狗」などと表現されたものではないかと考えるものである。

広辞苑によれば、「竜」は「水中に住み、神通力を有し、・・胴は蛇に似て剛鱗を持ち、四足。・・自由に天を飛翔し、雲を起こし雨を呼ぶ。・・」という伝説上の動物だ。それは、霊的存在とも言われている。

そして、古老の話によれば、蛇がこの地上に生きるに、山に千年、川に千年、海に千年を、人の目につくことなく生き抜くことを達成したとき、彼は竜になるという。その時、天上からはにわかに巨大な黒雲が現れ、飛翔する竜はそれに覆い隠されるようにして登っていくという。その時、妊婦がその光景を見ると良くないとされるが、我が祖母は、そうした時期にないときに、たまたま丹後半島の海辺にあって、巨大な黒雲の重なりの間から、巨大な爪のついた足がぶらりぶらりと揺れているのを見たという。

そのような竜とは、悠久の大自然を代弁するような存在といって良かろう。それは、我々人間と変わらぬ向上心を持ち、幸福であることを望む心を持っていると思われる。それは、我々には単なる下等動物の思いに見えるかも知れないが、やはり存続する意識であり知性であろう。そして、それはリアルには見えないが、やはり高度な計画性と意図を持って思考し、また活動しているに違いないのだ。それは何も竜にとどまらず、自然界一般の生き物にも言えることだ。

自然界には、ワニの姿をとって身を守るという昆虫のように擬態する生物がいて、どこかで設計し工夫しているユーモアある客観者の潜在を考えざるをえない場合があまりにも多い。これに対して科学ができる解釈には限界があるし、また単に神の造化であると十把一絡げにするのも、短絡的で言い尽くせているものではない。何らかの意識が介在し、種の進化や成り行きに関わっていることをしっかりと捉え直す必要がある。

昔の人たちは、森の老木に斧を入れたら祟りを受けるといった昔語りなどによって、自然に対し畏敬の念を抱き、森を大切にし共存の道を進んできたはずだった。そこでは、森の暗がりとともに、得体の知れぬものの棲む聖域が重視され、森の掟とともに、生命相互の間に交わされた倫理があった。

そうした暗黙の了解事項は科学万能主義によって失われ、人間が自然から受けるべき啓発は途絶えてしまい、自然の啓発から生まれるであろう思いやりの心はいたる所で消え去ろうとしている。その結果、虐待による種の絶滅が日毎に起きているとしたら、かの意識の想いも穏やかであろうはずがない。

恐ろしい新種の病原生物や細菌、ウイルスは、誰が設計し製造するのだろう。
人の激昂しやすさや衝動的行動は、精神の窒息症状だが、大気によって体が生かされるように、「気」によって心も生かされていることを知るべきだ。精神的荒廃を招く気断は、見えないから知られないが、すでに誰かによってコントロールされているとすればどうだ。
人は人同士仲良くするだけでなく、自然とも仲良く共生を図らなければならない。

昨日(いまから数年前にあったタンカー事故のこと。過去の記事をそのまま再現するためこのような表現になっています)もオイル流出事故の報道があった。海洋汚染による環境被害は何年にもわたるだろうと言われている。だが、いずれ被害の程度は金額で換算されて、人の間だけで納得しあうことになるだろう。それは自然界の営みを無視したゲームの世界でしかない。

金による換算は、事態解決の錯覚にすぎないのだが、何もかもそうであることが現代人には不思議でなくなっている。それが平気で無頓着になったとき、先の結果は見えており、人間は地上の正当な管理者としての資格を失ってしまうだろう。もはや遅きに失した感はあるが、地球を任されているという見地に立ち、責任ある管理者としての資質を養うべきである。そうでなければ、大きな地球の立場からすれば、人類とは生命系を蝕むガンでしかないと見なされてもしかたない。ガンは、自らをも殺すことになるを知ってか知らずか、毒を出し増殖をはばからない愚か者。そうなってはならないのである。

人類を含む「種」への思いやりの精神を、まず第一に据え、国際間にルールをうち立て、資質を育成する機関を整備拡充すべきである。あまりにひどい打撃となった大変災は、考えようによっては、反省を促す反面教師ともなりうる。これが意義ある改善のきっかけになるなら、多くの犠牲も浮かばれようとも思うが、そうでなくては何の意味もない。そしてその結果は、同じ過ちの繰り返しと、ついに来る終局でしかない。

M氏はじめ多くのUFO研究者やチャネラーによって、UFO現象と環境問題の関連性が言われているが、その情報源は果たして宇宙だけにあるのだろうか。どうも、太古の地球の深みから沸き上がってくる生命系存続への願いのような気もするのである。

 
 
 
 
ところで、竜の飛翔とおぼしき光景が、’75年頃、JUFORAの平田会長のもとに寄せられていたUFO写真(会誌UFOジャーナル17号の表紙に貼り付けられている。当時、中学生のかたが鳥取砂丘で写したものという)の中にあった。そこには、鎌首と尻尾、長い胴体には剛鱗に似た斑紋が5つあり、頭の先の少し離れた位置に追いかけるべき玉までが黒いシルエットとして写っていたのである。

Ryu appeared on Tottori-sakyu sandhill?
UFOジャーナル17号の表紙のスナッ


撮影者は、この物体の飛行を目撃しなが
ら、撮影したという話だ

 
このUFOの形状に着目して、剛鱗の数を年輪のようなものと仮定したなら、M氏の撮った六甲山上UFO(剛鱗2つ)は若く、さらに石の宝殿のアクロバットを演じたイルカ型UFO(薄くて剛鱗の判別付かず)はさらに若いものとなるかも知れない。また、奇妙なことに、アクロバットUFOの飛んだ石の宝殿の西南の土地一帯が、「竜山」と名付けられているのである。

だが、この地名の由来は、中国の「風水」思想との関連もありそうだ。風水にいう「竜」とは、「気」の流れという、我々の科学では未解明の物理現象とされる。平安京は風水の原理にかなったものであったというが、高砂市の高御位山の山並みに向かい合うこの一帯は、平安京と相似の地形をしている。石の宝殿と竜山は、京都の鞍馬山系に向かい合う桃山の地形と相似の位置にあり、風水上の重要な地形を醸しているのだ。

風水学上の「竜」、意志を持つかのように飛ぶ生命的「竜」、そしてUFO現象が同じものである可能性がある。もしそうであるなら、それを頻発させる特定の地形に、別の空間と相互作用しやすくする幾何学性があるとも考えられる。たとえば、霊の通り道なるものがあり、霊媒体質の人に影響するという。気の通り道なるものがあり、人々の活動力に影響を与えるという。

私はこの日、石の宝殿からの東の方、北の方、西の方と撮影をしたのだが、特に東の方において、南北にほぼ同じ角度で斜めに行ったり来たりする棒状UFOを何度も捉えた。この日、この場所近辺で十数回の出現量のうち、半数がこれで、通り道のようなものができていたのでないかと思ったほどだ。

もしかすると、我々は風水学にいう「竜」を器材で捉えてしまったのかも知れない。ならば世界初の快挙であり、本場中国の研究者にとっても朗報となろう。また、この「竜」の出現回数が、地殻のエネルギーの高まりに比例して増加するふしもある。震災前に記録量が増大したからだ。もしそうなら、地震予知に使えるかも知れない。最小の費用でできる効率良い統計的手法として開発できるに違いない。

大地震の前には、犬が鳴き、鶏が騒ぎ、ネズミが消え去るという。一般的には、彼らが微弱な地電流の異常を感じ取るのだろうと言われているが、実際はどうなのだろう。本当は、天駈ける竜が地上すれすれに飛翔する様を、彼らの視力で頻繁に捉えておびえていたのではないだろうか。人間にはそれが認識できないほどに、特化してしまっているとすれば。そうしたとき、ビデオカメラというメカニズムに頼ることがあっても良いと思われるのである。
 

最近の記録(2002年)
M氏の撮影物に多くスカイフィッシュ種が含まれていることが判明したのは、2000年4月にフジテレビ系で初めてアメリカのスカイフィッシュについて放映されたことによった。私はただちにアメリカのスカイフィッシュの第一人者ホセ・エスカミーラ氏にメールで連絡を取り、こちらのサイトにおける掲載写真を見てもらい、あちらからスカイフィッシュである旨、認められたものである。

ホセ氏はただちに世界に向けてのメーリングリストでこちらのURLを発信してくれ、わずかな日数のうちに1万カウントを突破するアクセスぶりとなった。
それから一年以上たち、ホームページ読者からテレビ朝日に進言があり、M氏がテレビ朝日の「不思議ドットテレビこれまじ!!」で取り上げられることとなるとき、私がホセ氏と連絡を取ったことがある旨番組製作者に告げたため、テレビ局からホセ氏に紹介が行き、「日本でもすごいのがとれているじゃないか」という彼の返事が得られ、番組を盛り上げることとなった経緯である。



 


☆☆☆・・(★)コメント解説・・☆☆☆

★1・・・UFOの飛行原理(私見)
物質の反動を利用するロケットエンジンでは、いかに高出力のものを用意したとしても、相対性理論の壁を乗り越えることはできない。重力コントロールはあり得ても、同様に速度が得られない。ブラックホールの利用などは、利用者自体の解体を招く。物理空間の縛りを越える、存在状態を変える方法だけが可能にするものと思われる。
★2・・・霊世界との接触は1/60秒?
あるテレビ番組で、霊界の光景がビデオ録画される現象が起きているということが報じられていた。それによれば、光景は向こうの世界からの念写であり、その録画は、わずか1/60秒・コマのタイミングの中になされているという。一般向けのビデオデッキのコマ送りタイミングは、1/30秒・コマとなっている。我々は、このタイミングでUFOを追っている。どこか共通性のある話だ。

※0・・・質問者のしたコーリー・グッドへの質問とその回答

はい、それが彼らからの「ファースト・コンタクト」のプロトコル(手法)です。
どんな場合であれ、夢を通してコンタクトを受けます。未知のソースからチャネリングやテレパシーでのコンタクトを受けることはまずありません。
潜在意識・ハイヤーセルフレベルでコンタクトや交信を受け入れると、さらなるもしくは拒絶すると、さらなるコンタクトが他のプロトコルや標準的な活動プロセスに従って確立されます。
これはいかなる場合であろうと例外はありません。
2015年8月22日

詩か随想のようなウマの歌

私は神ではない
神が乗るウマだ
そうしとかなきゃあ、重たい責任など負えりゃあせんでのう
ウマはウマでも、荷運びのウマではなく、勘と頭脳労働主体のウマじゃけんのう

人とは、日戸、霊止であり、神霊や心霊の止まり木のこと
たまたま神が止まり木に泊まったからと言って、自分は神だと錯覚する者、はなはだ多いわな
そんなこんなで、我は神なりと思い込み、おかしな教祖になった者もあまたいるが、
神が止まり木を発った後は、もぬけの殻になるから、それまでしこたま儲けた金と人脈の腐臭を嗅ぎつけて、邪神だの、悪霊だのが取り憑き棲み着くようになり、とんでもない悪さを仕込むのさ

おかしな道に入りこまないコツは
私は神が乗るウマだと認識すればいいだけだ
ウマを選ぶのは、あちら側(神)で、私は神に選ばれたいために、感性を研ぎ澄ませ清く保つのさ
人は日戸、古事記には現しき青人草(うつしきあおひとくさ)と書かれている
たくさんある様々な草のひとつが、私という人(日戸)なのであり、現実世界に何らかの神の意向を反映すべく、行動するんだ
それが人であり、それができなければ、人間さ
○○人間、◎◎人間、丸の中に何とでも入れてみてくれ
たいして、いい言葉は入らないはずだ

人には人にあって、ウマにはウマにあって、誇りとモットーを主張できるんだ
間違っても、神だなどと名乗るなよ

たとえば、私はこうだ

私は神が乗るウマ、赤兎馬

やあやあ我こそはかくたる由緒ある駿馬、音にこそ聞け赤兎馬なり

三国志の英雄、関羽公が乗る駿馬が赤兎馬
馬上の主人の手綱さばきの通り、的確に地歩を踏みしめ、
優れた探知能力で目的地の素性をつまびらかにして主人に伝える
一瞬にして大地の微細を穿ち、はるか宇宙の果てさえも出て三千宇宙のことごとくを駆け抜ける

様々な神を主人として乗せるも、審神者して、正義であることを深く探知し、ふさわしからざるを振り落とす
至ってじゃじゃ馬なれど、ふさわしき主人には忠義なふるまいで応ずる探知能力優れた赤兎馬なり

神芝居三国志

2001年には我が背に梵天が乗っていたという噂
2004年には、我が背に天の穂日が乗るようになって、私を活用した
2005年には、主人に縁ある天狗さんたちを封印解除した
2014年○月には、ホツマの謎解きをして、主人の母親と叔母の無実を証明し、ウマの私も共に泣いて差し上げた
その頃、伊勢原の渡辺兼子様が御歳百歳にて趺坐したまま大往生を遂げられたとの由
元伊勢の天皇神教元伊勢皇大神宮の信者で、岩長姫を祀る巫女としての転生を繰り返されていた売店の叔母さんたちが相次いで逝去され、
その後、売店は閉鎖され、元伊勢の名物店はこうして幕を閉じた
こうして、原初神を守り抜いた人々のお役が順次解かれることになった
お役目ご苦労様でした
間もなくして、岩戸開けがなされるでしょう

2014年5月には、国常立神(ウシトラノコンシン)と豊雲野神(ヒツジサルノコンシン)を本格的封印解除して、封印されていた原初の神々をお出しした
神々の中には、弁天三姉妹も含まれていた

コーリー・グッド情報によれば
2014年後半に、古代ビルダー種族と言われるスフィアビーイングがやってきて、本格介入しだす
⇒ 太陽系外核と地球周囲にバリアーを張り、行き来不可能にする
2014年12月には地球を牛耳っていたドラコ同盟が衰兆を見せ、2015年前半に本流が太陽系外に撤退
取り残された亜流と秘密結社が内紛しだし、いっそう衰退が始まる

ドラコ同盟とその支援宇宙人グループこそが、原初神を強制引退させた者たちであったことが判明する
彼らは、太陽系内惑星(ことに地球)を、実験場として利用しようとしていたらしい
50万年前の内惑星モルディブ(ティアマト)の破壊をきっかけに、保護バリアーが外れたため、大挙して太陽系にやってきた

ために地球など惑星生態系の創設に尽力していた古代ビルダー種族たる原初の神々が邪魔になり、強制引退させ封印したらしい

世界神話にいう、神世の政変事件は、このようなことの裏返しとして伝えられている
ギリシャ神話にいうクロノスの治世(黄金時代)を終わらせたゼウス、エジプト神話にいうオシリスの地上での王権を殺害して奪い取った邪神セトなど

異伝として、聖書の中の創造神がアダムとイブの裏切りに怒り、楽園追放したという、唯一神の心変わりに起因する話にされたり、神世の政変は企てられたが、あわやのところで未然に防がれたというホツマや記紀の伝承がある

いずれが真かは問うまい、立場立場によって、定義し論じたいことは様々にあろうから
しかし、不正義あらば必ずや真偽が質されるであろう
そこで善のお役に就いた者は幸いだ
悪のお役に就いた者は松の世の御沙汰を思うと、長く心労することだろう

三千世界に一度に開く梅の花 梅(生め)で開いて、松(末、待つ)で閉める神芝居

私の初期条件は、祖母が持ちかえった拝み屋さんの見立て
この人は、最上の松に泊まる鶴じゃ、との見立てがある
そのお蔭で、私は丹頂鶴、朱雀などの鳥人(エイビアン)の属性を得た
赤い鳥だ(レッドエイビアンなり)

そうだよ、いまこのタイムラインが、松の木の最上段なのさ、最上の松なのさ
最上の結果が待っている神芝居のオオトリがこのタイムラインの末尾にあるのさ

神芝居三国志、こんなソフトもあったけな
まったくそうとは気付かずに、ユーザーが我を忘れてのめり込むような
仮想現実ソフトが、バーチャルリアリティ体験コーナーにあったものだ

仮想現実論は2003年から科学界で論議されるようになったとか
https://youtu.be/nv7WQqJLru0

ちょっとまってくれよ、赤兎馬はそれより20年前1983年には超宇宙の仕組みモデルをアップしていたぜ
https://p.booklog.jp/book/91316/read

といっても、私は名誉への執着や功名心があるわけではない
当たり前だろ、仮想現実ソフトなのだから、私はそれを実行する主人公であるのみなのさ
ユーザーにとって、いいようにしてあるのが、こうした提供ソフトなんだ
どうです、お客さん、満足できましたか、と提供者はいつも気に掛けてくれている

そんな中で、あの論は私の成果だ、返せ戻せと叫んだところで、そういう体験ソフトなんだとわかれば、何の執着もないだろ
はっ、あれは夢だったのか、面白い夢だったなあで、終わるのさ

母が、この5月27日未明の夢で、一緒に家を出るんやで、と声をかけてくれた
https://p.booklog.jp/book/97441/page/3117848/bookmark

家とは、今、私が神芝居ソフトにはまっているバーチャルリアリティ体験会場のことだ

母と一緒に、面白くもない遊戯施設があったものだと、後にすることだろう
そうだ、あの建物がそうだったんだ
https://p.booklog.jp/book/97441/page/2635602/bookmark

空から見ていて、円筒形のクッキーの詰め合わせ缶のような建物
たしか、お化け屋敷とも書いてあったから、肝試しに、ちょっと入ってみようかとなったが、とんでもないとこだった
まさしくお化け屋敷だったよ
マメもずいぶん苦労したもんな
もうこりごりだ

さあ、ふたたび、千の風になって、思いのままに飛んでいこう
今度は、どこに行こうかな
うかつな行動はしないようにしなくちゃな

夢見で自分の未来を見た話

幽体離脱をよくした頃の話
もう昔のこと、仕事の性質と、住居していた場所柄によるのかも知れないが、俗に言う”金縛り”から”幽体離脱”に至り、さらに”夢見(夢と意識している夢)”へと入っていくことが、しばしば起きたことがあり、そのころは興味して幽体の性質を調べたりもしたものだった。壁の通り抜け、伸縮自在かどうか、感覚はあるか、など。そして、夢のコントロールへと入っていくところまで。
金縛りが起きるときは必ず、脳の中の周波数変化が感じられ、いつもは潜在している”シーン”音が周波数を落として、猛烈な爆音に変わって異次元的な存在感を一気に高めてくる。
ヘリコプターの近くにいるようなものだが、大概その音に人は異常を感じて恐怖するもののようだ。それに加えて、身体が動かせない。突然の異常事態と、強烈な緊縛感と音による拷問に恐怖するもののようだ。
“シーン”音。誰でも毎時聞いていて忘れ去っているその音は、決して耳石の流動して起こす電気信号などではないことは、脳のコンディションによって周波数の変化が起きることからも推測できる。
しかし、何度も金縛りをしているうちに、爆音もさほど大きくなくなり、慣れのようなものができてくる。
金縛りのままでは、まったく動けない。しかし、意図して力をそれなりに入れて抜こうとすると、まず腕が割合簡単に抜ける。最初のころは、そんなことを繰り返して、幽体の性質を調べる実験を始めたりする、腕をゴームズのように伸ばして、電灯の笠の裏のほこりを被ったざらつきを感じ取ってみるとか、壁を突き抜けさせて、隣の部屋の畳の感触を得てくるとか。
面白いのは、掌を自分の目の前にさらして、どう見えるか調べたときだ。なんと、視野の真ん中よりでは見えないが、視野の外郭で半透明な掌の輪郭を見ることができるのだ。
よく、人の気配がして振り返るというのがあるが、視野の外辺部で霊体の影を捉えたりしているのではあるまいか。
そして、いよいよ全身を抜くのだが、このときばかりは目を瞑った。というのも、抜けたときの自分の目で、何が見えるか怖かったからだ。それに、目を瞑っておれば、そこから幽体それ自体の目による観測、つまり夢見が開始されるのだから、安全に思えたわけだ。
全身から幽体を抜くときには、最初のころは、まるでゴム糊をバリバリとはがすようにして、抜けたものだ。だが、それも繰り返しているうち、粘りつきが少なくなってくることに気づいた。これも慣れなのだろう。
いつものように全身から幽体を出して、いろいろと夢の世界を散策するに、その色彩の度合いは、鮮やかで生き生きしているのが常である。光と三原色が生きているというか。それから比べると、現実のどんよりしていることといったらない。どこもかしこも、どす黒くよどんでいるのが現実だ。
だから、本来、どっちの世界が本物かというなら、あっち(夢見の世界)のほうを私は推挙したい。
夢見世界で未来の自分に出会う
さて、そのような中で、夢というものは自分のコントロールが効かないことで知られている。だが、夢見の場合は、自分で自分の立ち位置がわかっているため、どこへいってみようかというアクションが起こせるのだ。
そのときも、展開はけっこう荒唐無稽にも、妙な登場人物があったりするものだが、それでも自分が保てているだけに、意図した光景も出てくるようになる。
あるとき、私はどう意図したか知れないが、人跡の少ないところに行った。途中で馬かロバに乗った二人連れに出会い、周囲がまるで西部劇シーンのように、夕日が当たり赤茶色の山肌を照らしていた。
さらに進むと、自然そのままの小川があり、ゆるやかな流れのほとりには、チューリップの花のようなのが咲いていた。しかし、空は濃紺色で、太陽が出ているにもかかわらず、現実で見るような薄い青色ではないのだ。
ちょうど、1万メートルほど上空の成層圏から空を眺めたような感じか。エベレストから見たら、そんな感じかも知れない。太陽が小川に照り返してふわふわ揺れていても、小川全体が濃紺を反射していて、まるで夜中に月の照り返しを見ているようだ。
さらに進むと、四角い建物がいくつか建っていて、それが古いせいか周囲に苔のようなものを垂れ下がらせていて、どの建物もそんな感じだった。苔らしきものの色は淡いグレーで、ビルの色のようでもあるが、どれもビルというには小さい建物だ。そこに人が植物の鉢を持って上がってきた。
見るとその人物は、ベレー帽にメガネ、茶と黄のチェック柄のセーターを着て、いま植物をそこに植えようとしているようだった。直感的に、屋上緑化のようなことかと思えた。
私はそこでその人に問うた。「いつごろからここにおられるのですか?」と。
するとその人は、「もうかなり前になります」と答えてくれた。
そこで儚くも夢から醒めたのだが、夢から醒めるときというものは、いちばん大事なポイントを醒める直前に置いていることが多いようだ。
実は、その人物は、私とよく似ていたのである。
それから、二十年以上が経って今があるのだが、数年前から隠遁生活のために移り住んだこの地で、倉庫物置をいくつか作り、その屋根を葺くのに、ホームセンターなどで売っている厚手のUVシート(シルバー)を使っているのである。別のいいやり方はいっぱいあるとは思うが、安価に済むため素人判断で偶然そうしてしまったのだ。
いかに素材が強くて防水性に富むとされていても、劣化はする。が、少なくとも2年の耐久性はあることから、今後もこのやり方にしようと思い、フレームは単管にして、屋根の下地をコンパネにしているため、その上に上れるようになっている。そして、今目下、屋上で野菜や花をプランター栽培しているところである。
下の露地で栽培したなら、鹿や猪が来て、たいがいは食い荒らされてしまう。だが、屋上だと彼らはよう上がってこないから、囲いなどする必要もない。この界隈の民家は、栽培したくとも、動物の食害に頭を痛めているのだ。こうして、この倉庫はマルチ用途を好む私の合理精神を如実に表すものとなっている。他人の目からは奇異に映っていると思うが。
これは車庫の屋上(全体の一部だ)
jjj1.jpg
ある時、UVシートがあの苔に相当するのではないかと、その奇妙な符合に気づき、夢の人物は未来の自分だったのかも知れないと思うようになった。それに合わせるべく、ベレー帽も購入した。該当色のチェック柄のシャツやセーターはすでに持っていた。
こうして今は、「いつごろからここにおられますか」と問うてくる奇特な訪問客の来訪を待っているところだ。果たしてその人物は私に似ているのだろうか。会った瞬間、対消滅なんてことない、よね。

くどいPRもこれぐらいで終わりにします

何ゆえに、ここで密かに公開するか。それは、自己顕示欲の表れなのかも知れません。私も天下御免を豪語するとはいえ、所詮は一介の素浪人。仕官の道を模索しないでもないほどに落ちぶれて、武士は食わねど高楊枝などと口にも出せぬほどに背と腹が接近しておりますから、やむにやまれぬといえばそれまでのことになります。
しかし、強がりの気持ちもありましてな。次のようなゴタクを並べたくもあるのです。
一、
これからの世、とんでもない悲惨に遭遇する人あまたあると聞くに及びます。そんなときの気持ちの切り替えに、このような教理を見てもらうことで、気を楽にし、発想の転換が容易にできるものではないかと思っているしだい。気を楽にすることは、過去の宗教思想を見ればわかるように、たとえそれが嘘も方便でも、死に行く人々の心を和らげたに違いないのです。
少なくともマトリックスを見た人々は、それを如実な真実と信ずる限り、この世を辞するに悔いは少なくなっているであろうと解せます。なんだ、ゲームだったのか。ならば、遅かれ早かれいつかはオーバーするもの。そうやって、自分を納得させてきた、思うに任せぬ人生を送ってきた人々も多かろうと思うわけです。それを補完する意味での科学的論文になっております。これからの求道者にもぜひ一考いただきたい理論です。
二、
世の主導者さまがたには、ただ金と権力だけが頼るよすがでしかないというのでは、もしその方が亡くなられることになったときには、絶望感は無所有の人以上に切実なものがありましょう。大丈夫です。これは単なる方便ではないところの、世の真相と人とは何かの真髄に触れる概念であり、決して作り話の類ではないことを申しておきたく思います。
むろん、この論からどのように感じ取るかは自由です。もしかすると、いっそう塞ぎ込まれる方もおいでかも知れない。しかし、多くの方は思いの上で救済されるように思っております。がしかし、末尾にこの論の使用上の注意として掲げますように、自己責任と判断において利用いただくことになっており、執筆者は免責されますので、その旨よろしく願います。
三、
この論の読者には、未来の神さまになられる方をも想定しております。というのも、ある優れた予言者によりますと、近未来には旧人類から突然変異的に生まれた神人がこの世を建て直すということのようです。そのような神人と呼ばれる人とは、思想的にかなりの自由度がなくては、突然変異的にも実現できないことではないでしょうか。この論はそのための知識的土台になると、私は確信しており、それゆえかつての思考閉じ込め型の宗教思想や科学思想を打破する概念として、ここに公開するしだいです。
むろん、縁ある方しか読むことも望めないのがこの世のならい。なるべくなら、その資格ある方に読んでいただくことが私の切なる願いです。
そしてこれから神人になられる方に一言。ギリシャ神話では、支配神ゼウスに唯一楯突いたのがプロメテウス。その彼だけがゼウスの治世の終了について予言しておりますように、ルシファー(=プロメテウス)の志を持つ不肖私も、神人さまたちの治世の終わりを予見いたしておりまして、その意味でも、この論は見逃せないものとなっております。
ただし、すべてにおいて不肖私の文責が免れること、ご了解の上で臨まれますよう。
https://youtu.be/1hn6ucgfOa0

シナリオの中のルシファーの教理候補に応募します

アルバート・バイクさまの未来シナリオを読み、その的確さに驚嘆いたしました。以下にあるサイトの記述からでは詳細が不明瞭ですが、シナリオを牽引されている組織の力には絶大なものがあると確信できました。
https://blogs.yahoo.co.jp/horisusumu8/18133370.html
https://icke.seesaa.net/article/6383309.html
そこでですが、マヤ暦終了後の現時点において、もしまだ世界支配後に普及されるというルシファーの教理の原案が求まっていないようでしたら、ひとつこのアイデアを検討していただけたらと、ネットの空に向かって一声かけさせていただくしだいです。
偉大でかつ光輝なるルシファーさまの御目にとまることがかないましたら幸いです。
https://lucifersdoctrine.web.fc2.com/introduction.html
およそ見込みとして、この方向で求められているのであろうことは、2000年を世界への皮切りにした映画「マトリックス」の登場によって、ほぼ理解できております。また最近、フェルミ研究所で、この世界がホログラムである可能性についての実験が行われるとのニュースに、さらなる見込みの大きさを感じております。

やはり大輪の理解と啓発の花は、泥中から生じるか

百ハー論と称して、拙・超宇宙の仕組みモデル概念の説明をしてきましたが、このサイトの最近の記事に、アメリカの軍事的リモートビューイング組織の退役者で作る研究機関の報告がありました。その内容は、まさに拙論をサポートする斬新な研究成果なのでありました。
軍事から発した学問が、大輪の花を手向けてくれようとは・・・まさに泥中から蓮の花が咲くが如し。
ヤスの備忘録
https://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-242.html
>一方、これらの組織を退職したリモートビューワーの集団が存在しており、さまざまな地域で独自の組織やネットワークを立ち上げている。彼らは専門的な訓練を長年受けたいわばプロのリモートビューワー達だ。
コートニー・ブラウン博士のプロジェクトは、こうした人々と協力し、遠隔透視の存在を科学的に証明することを目標にしたプロジェクトだ。
ブラウン博士によると、未来を見通す遠隔透視の実験を繰り返した結果、的中率はかならずしも高くないことがはっきりした。規模が異なっていたり、予想とは異なった種類の出来事が起こったりと、予想された出来事と実際に起こった出来事との間には開きがあった。
ブラウン博士は、このようなことが起こるのは、宇宙はパラレルワールドのような状態になっており、異なるタイムラインが複数存在しているからではないかと考えた。そうすると、いま我々がどのタイムラインにいるのか特定できない限り、未来の出来事を正確に遠隔透視することは難しいことになる。
一方、初期の条件を変えてやることで、異なったタイムラインの未来を遠隔透視することが可能であることが分かった。この方法でいくつかの異なったタイムラインを検出してみると、どのタイムラインでも避けることのできない共通の出来事が存在することがはっきりした。世界の9つのロケーションを選び、それらの場所が2013年6月1日、正午にどのような状態にあるのか複数のタイムライン上で見て見ると、一様に共通した光景が得られた。

この先に興味ある方は、ヤスさんのサイトへどうぞ。が、この実験結果は、拙宇宙論をはっきりと支持していることがお分かりになることでしょう。