シャン、重体になった日から2年半過ぎまで生きましたが、ついに帰らぬ猫になりました

シャンは元々、負けず嫌いの猫で、食い意地が張っていることが存命の原動力になっています。

危篤状態のシャン

2016年内の闘病日記
https://xn--kss37ofhp58n.jp/douri/banchi/syan-ill2.html

約4か月後の2月25日のシャンです。太っています。調子良いみたいです。
2月25日のシャン

2月と3月は吐くことも多く、一進一退を繰り返していましたが、4月になって、吐くことが滅多になくなり(外で吐いていれば把握がつかないのですが)、体重も増えて、太ったトンと時折、見分けがつかないほどになりました。
次の写真は、シャンの6月です。

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次はシャンの9月です。

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水を飲んで毒素を洗浄しているのでしょう。1日に鍋半分の水を飲んでます。

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そして、2018年には口内炎なども起こしたりして、大変なこともありましたが、重体からちょうど2年目10月31日を無事越して、よく食べて懐具合をはらはらさせてくれますが、いまいちばん元気です。

しかし、2019年になり、まるで秋の天気のようにいきなり変わるシャンの調子、食事ができないようになり、獣医師のところで診てもらいますと、血液検査で猫エイズの可能性ありとのこと。抗生剤の注射などの応急処置で帰ると、ふたたび元気を取り戻しました。
食事量が増え、体長が伸びたようで、そのせいか太るようなことがなくなったみたいでした。

しかし、体を触ると、腰の辺りにいくつかできものらしい瘤があったりして、痛がる様子はなくとも、体力が落ちている感がありました。走るようなことをしなくなり、飛び上がるのも連続的ではなくなりました。
そして、またもや食事に好き嫌いが激しくなり、とれなくなることもしはしば。

私の寝ている脚のすぐ横で、添い寝するようになり、ああこれぞ、いままでの猫たちがまもなく逝きますよと送ってきたメッセージと同じなのかな、と、するにまかせていたのでしたが、5月の終わりごろに、うつ伏せで苦しそうな様子をたえず見せるようになった5月31日の午後5時にご飯を半分ほど食べた後、我が家から消息を断ちました。

すでに黒猫ブーや白猫チンが死出の旅路に出たごとく、シャンも森に入って土に還ることにしたようです。
おりしも、私の顎の右下の歯のブリッジがぐらついていたものが外れかけて、しばらくそのままにしていたのですが、6月2日の朝未明3時20分に口を開けたとたんに外れてしまい、おそらくそのときシャンはこの世を去ったものと察知しました。

病気と多食多飲を義務付けられたかのような長い苦しみを過ごしてきたものと思われ、結局、うまい治療がしてやれなかった自分のお粗末さを知った次第。
いまは日々3回、すでに逝った猫たちとともに仏壇で唱名しているようなことです。
シャンちゃん、もう苦しむ必要はありません。やすらかにおやすみなさい。そして目を覚ませば心地よい世界が君をやさしく包んでいることでしょう。

ときおり撮っていた中のシャンの最後の写真です。
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