シャンは八角堂に拉致された纏足女性の生まれ変わりなのか?

シャンがせっかく治りかけて四足でわりあい軽快に歩けるようになった14日の夕刻に、行動範囲を部屋の中から納屋の中に広げてトンと一緒にいたとき、A家の他所猫の襲撃を受けて、シャンは再び同じ左前足を骨折もしくはそれ相当の怪我をしてしまいました。このときトンもせっかく繋がったはずの右前足を損傷し、再びびっこをひくようになっていました。

A家の猫というのは、前にもお話したように、ユダヤ人の顛末に似た経過を辿ってA家に住み着き、20匹もの集団を形成していたわけで、テリトリーを大きくする必要がある頃に私の転入があり、私が猫を別のところからもらって飼いはじめたため、見込みあるを見て彼らの仲間を入植させようとして、私のところにベテラン猫を送り込んできたもようです。
しかし、うちの猫たちを襲い脅かすため、私は侵入を防ぐべく対策してきたわけでした。2010年からこのかたといっていいでしょう。

とにかく、A家の猫のうち、長老格の術達者が手を変え品を変え入り込もうとするのです。ミケや石松がいなくなってからも、酋長タイプ猫が交渉に訪れ、貢物としての野鼠の頭を取った肉塊を持ってきて、取引しようやといった感じで、ベランダの中に入ってくるわけです。人の家にずかずか入ってきて、うちの猫を脅かす態度はいっこうに変わらず、私が撃退すると今度はうちの猫に危害を加えてくるといった具合なのです。まあ、世界でもあそこの国のやり方そのものが、私の家の周りに展開しているといったふうで、まさに私ら一家の暮らしは世界情勢の縮図のような感がありました。

資金力があれば、また私に体力があれば、どれほどかの猫を預かってもいいのでしょうが、とにかくうちの猫を襲撃してくること自体が私の怒りの理由なので、妥協することはないという態度は変わらないのです。

さて、シャンはようやく今日になって、多少びっこを引きながらも、歩くようになりました。それまでは横になったきりで、食事とトイレのときだけ起きて、用が済めばまた眠るという繰り返しだったのです。医者に連れて行けば、治療してくれて元通りに近づけるでしょうが、医者までの距離と行程に猫も心臓病の私も耐えられない、おまけに資金不足の折なので多大な出費はできないことから、シャン自身の回復努力によるしかないのです。となると、もしかすると最後までびっこのままですごす可能性は大いにあり、私はそれならそれで食事などの面倒は最後までみるつもりなので、かまわんと思っています。

そこで猫にもしかして因縁があってこのようになったのかもしれないと思うようなことです。以前から思っていたのは、シャンはもし人間だったなら、わりあい高貴な良家のお嬢さんで、食事やらは食べたいだけ食べる、そのような賄いが常に用意されている環境にいるような雰囲気があるのです。つまり、召使とか執事がいつも家の中にいるといった。

しかし、彼女は今、貧乏な家に飼われる猫として来ているわけですね。
つらつら彼女の前世を思うわけです。もしかすると・・・・・・。

私はひとつ、誤解されたままで今に至っていると思う出来事があります。
それは、前のメール記事にしました移情閣でシミュレーションした女性との別れの一因になった裏話的な逸話が元になっています。推理に過ぎないのではありますが、
私はこの女性に、私が移情閣を建てた館の主である中国華僑の呉錦堂の生まれ変わりであると思い込まれています。そのことが原因で、この人に憑依していた移情閣住まいの女性の霊もまた私が呉錦堂だと誤解して、猫に生まれ変わってやってきたのがシャンではないかと思うのです。

シミュレーション女性は霊能資質があり、同時に霊媒体質でした。異界を臨死体験や明晰夢で探訪したことの多くを語ってくれたことがありましたが、精神力が萎えたときに、いとも簡単に人格を別の霊的存在によって乗っ取られてしまうのです。そして、乗っ取られた間の人格がした行為の記憶がないのです。
霊媒体質とは、霊魂にホールがあって、別の霊を同居させてしまう体質で、それが職業巫女としての彼女の過去世を物語るかのようでした。

彼女自身にはその当時、まず彼女自身の霊魂がいて、そこに白蛇の霊(市寸嶋姫の神霊もしくは分霊)が複在し、そこに移情閣に居た生贄にされた気の毒な女の霊が怨霊として憑依していたといった感があります。そこにまた別の悪霊がいきなりやってくるという感じ。

探偵性の私に特別な役割(謎解きによる封印解除など)を持ってきたのは白蛇の霊でした。そこまでなら二人の合力で問題の打開がもっと進んだはずなのですが、彼女も推理が得意な人でしたから、実にくだらんことに、私の過去世を推理して、移情閣の主の呉錦堂に違いないと思い込んだのです。

それが移情閣で生贄にされた女の地縛霊(名はファン・ナン)にも、てっきりそうなのだと思い込ませたために、女の妨害に遭って別れ話になり、二人の協力関係は頓挫させられて、いったん新神話は終わったかに見えたのでした。2002年11月のことでした。

しかし、私は不思議すぎる成り行きが惹起されていたことから、新神話創作をやめる気にならず、ありのままをすべて書き付けようとしたことから、見込みを持った白蛇が青蛇の女性(50歳になる直前日にアクセスしてきた女性)にバトンタッチしておき、少し後で脱魂して青蛇に合流し、青白合力して私の新神話を支えてくれるようになったようでした。Gさんに白蛇青蛇が合流する夢まで見せて伝えてきたのです。この頃の話のベースは白蛇伝でした。

新神話では華僑の呉錦堂のことを調べて詳しく書いたため、霊能女性は他の部分と筆致が違う、あなたが本人だから書けることだと言い出し、さらに決め手は私の当時の住まいがM市にあって、すぐ前が○○ゴルフ場、そのすぐ傍に呉錦堂池という、呉錦堂が慈善活動して地元のために作ったという灌漑池があることが何よりの証拠と言い出す始末でした。

私にとっては、移情閣は不思議開始のスタート地点ゆえ、殊更調べるわけです。「移情閣遺聞」という書籍も買って調べました。それが呉錦堂の心の機微にまで及んだだけのことです。それこそが移情閣の「移情(感情移入してそのものに成り切る)」の意味ではないですか。それぐらいできなくて、異界の探偵を語れるものではありませんよ。直感エンバスとまではいかないが、人の心を読みに行くことはけっこうできるのです。

呉錦堂はメーソンリーでした。実際に移情閣はメーソンの集会場で、密議参入の儀式も執り行われていたはずです。特に3階は儀式の間であるようなレイアウトになっています。そこに彼女を助けた青年はいた。とすれば、館の主の呉錦堂が、青年に最も近い人物と言えるのかもしれません。

しかし、彼女は完全に見落としています。霊的存在としての青年はキンイロタイシであり、御伽草子が明かす毘沙門天のこと。ところが彼女はそこまでは知っていたが、それ以上を知らなかった。喧嘩別れした後の2003年になって、私がUFOクラブに新入会してきた密教に通暁した坂本さんにこの話をして、青年とは何者なのか訊いて初めて理解した中に、サナートクマラやルシファー、さらにはウシトラノコンジンという異名があったことから、推理はめまぐるしく展開したのです。

メーソンリーはルシファーを崇拝していたといいます。移情閣の3階は中華寝台が据えられた儀式の間であったとすれば、そこで何が行われていたか、測り知ることはできましょう。
生贄として横たえられたのは、纏足を施された良家の子女で、もしかすると誘拐されて本国から連れてこられていたのかもしれません。そんな中の一人にファン・ナンもいた。自由闊達に生きる可能性ある一生を、纏足の不自由さと慰み者としての屈辱に生きて、最後は名も語られることのない中に没したとすれば、いかなる者といえども怨みが遺ることでしょう。

もしかするとシミュレーション女性は、ファン・ナンと同様の生涯を送った女性の生まれ変わりかもしれません。というのは彼女が10歳のころに見た連日連夜の移情閣にまつわる夢は、生贄にされた頃の悪夢のような日々を物語るもののようでもあるからです。

次に新神話から引用しますが、イナンナというのが彼女のことです。また八角堂というのが移情閣のことです。

新神話第四章 第二密命者とは より

カンナオビがこの世に登場したのは、ネアンより12年遅れ、イナンナがこの
世に登場したのはネアンより16年遅れてであった。
彼女らがネアンの存在を知るには、社会がネット時代という広域的な一億情報発信の自
由が約束されるようになってからであった。ネアンが気にも留めず張っていたホームペ
ージというネット上のアンテナに、まずカンナオビがかかり、次にイナンナがかかるよ
うな格好になった。
そのとき、すでにネアンは中年の域に達していた。彼女ら二人も、すでに人並みの結婚
を、幸不幸は別として、果たしていた。が、どちらもがネアンから距離にして40Km
圏に居住していた。カンナオビはごく普通の女性であり、不思議な世界とは無縁でいた。
だが、イナンナは数奇な運命を持って生まれていた。
イナンナは人一倍信仰の篤い家庭の一人娘として、ローカル色の強い町中に生まれたの
であったが、厳しい躾の中で育てられた。そうした厳格な抑圧からのトラウマであろう
か、イナンナの生涯は、夢見と切り離すことのできないものとなった。
とりわけ奇妙なのは、幼少期から同じ不思議な夢を何度も見たことである。
それは決まって向こうに大きな島が臨まれる内海に面したところに突き出すように設
けられた、八角堂に関わる夢であった。
海沿いの道を、何者かに追われながらとぼとぼと逃げている。何か大事な袋を肩にかけ
ていて、袋の破れ目から中のものが光を放っている。それを誰かに届けなくてはならな
いという思いを持って早足で歩いているが、何者かに追われている気分も伴なっている。
そして決まって辿り着くのが八角堂であった。
ところが、八角堂はどの窓も閉ざされ、入り口の扉には鍵がかけられており、中に入れ
ずに途方に暮れている最中に目が覚めるという具合であった。
このころからイナンナは、夢を自分である程度コントロールできる夢見というすべを身
につけていた。だが、この夢ばかりはその先をどうすることもできなかった。それゆえ
イナンナの心に印象深く刻まれる出来事となった。
ところが、あるときの夢で、ついに追っ手の何者かが正体を顕し、おどろおどろしい化
け物の様相を呈した。逃げ惑うイナンナに向かって「お前は偽物だ」と何度も呼びすが
った。イナンナは怖くて走って逃げながらも、はじめて「私は本物よ」と言い返した。
すると魔物は掻き消えるようにして消え、追っ手の印象も消滅した。
やがて八角堂が見えてくると、その扉がはじめて開いているのを目撃した。
彼女はこれで逃れられると、一目散に扉の中に逃げ込んだ。ところが、今度は逆に中に
閉じ込められてしまうのである。何者かによって周りに誰がいるかも分からぬほどの暗
い部屋に連れ込まれ、椅子に縛りつけられ、不愉快な拷問を受けている最中に目が覚め
るようになった。
日を置いて何度かその夢を見る。その他のときは、ごく普通の夢か、自らの意志で造形
のできる夢見であるのだが、やはり八角堂の夢のときだけコントロールが効かなくなる
のである。
当時から不思議な少女と周りの人には思われていたが、謹厳な両親は、周囲におかしな
話のもれることを嫌い、厳しく叱りつけたので、おのずとこのような夢を口にすること
はなくなった。
そのような夢見を繰り返していた10才のとき、夢のストーリーに新たな展開があった。
八角堂の中のある場所にたたずんでいるとき、不思議な青年と出会ったのである。イナ
ンナは青年に抱き締められるや、八角堂の閉ざされていた窓が開き、そこから二人して
外界に飛翔して出るという夢であった。そして、不思議な八角堂の夢は、以来、見るこ
とはなくなった。まるで、あの悪夢全体から解放されたように。
この鮮烈な夢の印象に、イナンナはこの人物こそ自分をいつの日か自由にしてくれる王
子様ではないかと考えるようになった。少女ならば夢見がちな、夢ロマンというものだ
ったかもしれない。だが、違っていたのは、大人になるにつれ、思慕の念が募ったこと
である。なぜなら、夢の中に出てきた八角堂は、紛れもなく実在したからであった。

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このときの青年がもしかすると私ではないかということで、夢の中での出会いをシミュレーションしてほしいとなったわけでした。
青年は伊勢正三に似ていたといい、私はそんな感じでもありましたかね。
女性の要請に従って、初対面の日は2000年9月27日になりました。

第四章 秋晴れの移情閣 

長くなるので省略しますが、
それぞれに調べ物をして臨んだ初デートでした。シミュレーションは午後1時半。どんな感じか聞いたら、青年はあなたかもしれないとのことでしたが、もしほんとうにそうなら、何らかの卦というか験というかがあるのではないか、待ってみましょうと言って別れたのです。
するとちょうど九日後にびっくりするような験が出たのです。

第四章 火の鳥復活 より

2000年10月6日午後1時30分、鳥取の日野を震源とする大地震が起きた。
その激震にもかかわらず、死者が一人も出ないという奇跡的に特異なものであった。
その日は、ちょうどあの会見の日から丸9日目であり、時刻もちょうどその頃にあの二
階で、意図して手を繋ぐ行為が行なわれていた時刻であった。
時間数に直すと、216時間。これとても、2+1+6=9となる。
またこの大地震の日が、陰暦の九月九日(ひのととりの日)であるという情報が、イナ
ンナの友達Mからもたらされた。
鳥取の日野町(とりとりのひの)、ひのととりの日、いずれも火の鳥の関わりを明示し
ている。
単なる語呂合わせではない。強烈などこかからの啓示を思わせた。
とおりゃんせのわらべ歌にすら、真剣な解釈者は、封じ込められた意図を見ようとする
ほどだったから、鶴と亀がすべったの場合は、いく様にも解釈できる類の生半可な話で
はない。
九という数も、イナンナが信奉する大本教系の宗教観からすると、九つの神が関わる数
として、重要視されるものであった。
しかも、ネアンが出版したときに起きた何千人もの死者を出した大震災と比べて負けな
いほどの規模の大地震にもかかわらず、死者が出なかったことはあまりにも不思議であ
った。
何かの守護摂理のもとで、とてつもない象徴的出来事が起きたという気がした。

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この謎の青年が誰なのかにおいて、彼女は短絡的に錯誤しているのです。むろん彼女に寄りかかるファン・ナンにとっても早期に結論がほしいところだったかもしれません。しかし、3次元的思考が継続していた迷霊にとっては、生きて実在した人物だけにターゲットを絞らざるを得なかったのでしょう。それが監禁していた館の主・呉錦堂であったということでしょう。

まあそのお蔭で、私のような謎解き探偵によって、明解も与えてさしあげることができると思ってもらえればいいかと思います。私はもう何度も謎解きで異界の封印を解いてきた実績があります。

私が移情閣に足を運んだのは都合3回になります。最初は2000年9月27日の初の出会いにおいて。二度目は2002年の初め頃でしたか、三宮で待ち合わせてまずは中華博物館を見物し、呉錦堂の事跡ばかり陳列されているのを見てから車での帰りの途上で、彼女に突然悪霊が懸かり、その指示のまま移情閣に入ったのです。

このときは私はデジカメを持って後ろからついて行き、3階はいつものように真っ暗闇でしたが、まるで知った道のようにしてどんどん入っていく彼女の後を追いながら、デジカメを天井側に構えて撮ることで、オーブが写ることを予測しながら、連続5枚のフラッシュ写真を撮りました。

案の定、天井付近に死霊の薄れかけたオーブが多数と、彼女のものと思しき短髪女性の頭部をしたはっきりした生霊オーブ、呉錦堂のものとわかる大きなうらなり顔をした薄れたオーブと頬を合わせる彼女の生霊オーブ、孫文の銅像を虫食いのようにして侵食する無数の小さなオーブが写っていました。まさに真っ暗闇は、そのような忌まわしい死霊たちを閉じ込めるようにして維持されてあったのです。

三度目は、彼女と別れた2003年以後のことで、私はなんとなく行ってみようと思いついて、単身で乗り込んだのでしたが、その日はなんと3階に電灯がともっていて、私は階段を上って、中の有様を偶然にも覗くことができたのでした。
まるで、私が来訪することを待っていたかのようで、移情閣のほうが胸襟を開いてくれた感がありました。
中のレイアウトは次のようだったと記憶しています。誤差はあるかと思いますが。
null
メーソンなどの儀式の間は、ネット情報からもこのようなものだったかと思います。

結論を言うとこうなります。
私の過去世は呉錦堂ではありません。私が青年の雛形であったなら、そこで崇拝され生贄を捧げられていたルシファーの雛形を執り行ったのであり、太陽神の神霊ルシファーは私を依り代として、彼が見てきた呉錦堂の様子や閉じ込められている霊などの様子をインスピレーションで伝えてきたのです。それを、私が感受して書き取ったのが新神話になっているのだからと釈明したく思います。表層的で3次元的な推理を以て呉錦堂であると断定するなど、邪推も甚だしいのです。

ルシファーすらも天仙邪神たちの策謀にかかり、神話によって悪魔にまでされて、悪魔の大将そのものになりきるようにシナリオ付けされているのです。さらに八角形の構図が神霊をも閉じ込めるカゴメの結界として機能して、彼をそこに縛り付けているのです。外に出られず自由が利かないのはルシファーも同じであって、生贄の儀式を否応なしに見てこさされていたというのが実際だったのです。

そのルシファーも、いずれ自分も助けてもらえることを見込んで、まずは2階に閉じ込められた龍の神霊を、機を見て鶴亀統べる行為を通して解放したのが、彼女が幼少期に見た夢の真相であって、そこまでしたものの、まだ3階にまで救援の手は差し伸べられることなく今に至っているというのが実情なのです。

アストラルボディによる異界体験を伝えるピロ魂さんも、アストラル界には史上最強のネガである黒いキリストという存在が居て、八角形の封印縛りの術を繰り出して相手の自由を奪うといい、ほぼ誰も敵う者がなく、これが史上最強の悪魔であるとのことです。そうした八角形のカゴメの結界術を地上で使っているのが風水師であり、移情閣などは風水塔として龍蛇神の動きを封じて天候を鎮めたりする機能を持たされていたようです。
メーソンなどが手がけた幾何学結界は、遠くは古代ビルダー種族の鎮圧と封印に使われた魔術であり、彼らの魔術力の源泉とも言えるものです。

しかし、ピロ魂さんはこの経験を通して、固定観念を捨てるという精神的技法によって八角形の囲みを脱することを学ばれた。これは移情閣3階に、まだもしルシファーが閉じ込められているなら、私からアドバイスしてあげたい。窓を開けなくては出られないという固定観念を捨て、形として作られた物に何の効力もないと観じなさい、と。
https://pirorinu2015.blog.fc2.com/blog-entry-276.html
https://pirorinu2015.blog.fc2.com/blog-entry-948.html

呉錦堂も風水師でカバールです。○○ゴルフ場近傍の灌漑池を掘った土砂を、播磨の二山で知られる雄岡山と雌岡山の高さ調整と形作りのために荷揚げしたことは無論であり、これによって龍脈の気脈が通じるように計らわれていることなど、日本の地元民の誰知ることではありません。地元民は農業のためになるという触れ込みに感謝して、人夫として喜んで働いたのであり、呉錦堂の出した土木整備の費用は少なくて済んだに違いありません。同時に彼らカバールは、アヌンナキが根拠した頃の目印となる古代宇宙港(雌雄二体のスフィンクス像と二体の相似形の山が目印という)の整備も合わせてやっているのであり、播磨の二山は彼らの真の崇拝対象・ドラコ系宇宙人への捧げものとしての側面もあったのです。ルシファー崇拝はホンモノ崇拝を隠すための隠れ蓑なのです。人は何重にも騙され過ぎ!!

さて、シャンがもしファン・ナンの生まれ変わりなら、私はあなたをかどわかして生贄に利用したりしていた張本人ではないことは申したいですが、間接的には歪曲された崇拝構図によって複雑化した崇拝対象のルシファーが捧げ物の受け取り主なので、ルシファーにも義を見る機会がありながら何も手が施してやれず無力だったという咎があります。
その雛形である私は、あなたを縁者として保護して、最後まで面倒を見る心構えでいます。たとえ今生であなたが再び足の不自由なことになったとしても、私は見捨てるようなことはありません。たとえ猫であっても、私の実の娘としてあなたは位置づけられます。

不思議なことに、このように書き進めていくと、シャンはいっそうしおらしく謙虚になっているので、この謎解きの意趣はシャンを介してファン・ナンにも伝わっているのだろうと思えてくるようなことです。

ファン・ナンも含めたくさんの未だに居残っている死霊たちに伝えてほしい。あなたたちも閉じ込められているという固定観念を捨てて、自由の光の下に出て行きなさい、すでにあなたたちは物質界の存在ではないのだから、と。

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