ハイアーセルフその名はホフマン

2月8日に掲載しました「酷寒の中で、その日が近くなったことを如実に思う」というタイトルの記事に書きましたように、そろそろ「往生しまっせー」のモードが、2月9日に如実になったような次第です。

2月7日になったようなみぞおち付近の重苦しさが9日未明に再度訪れまして、今度は収まりがつかなくなったのです。時間が経つにつれて、みぞおちの重苦しさは周囲に放散、肩や背中、あばら骨の裏側と言った箇所に神経痛として現れるようになり、私はこれこそ狭心痛だろうと確信しました。

しかし、ふつう心筋梗塞の方が遭遇するような激しい痛み(母も心筋梗塞でしたが耐えがたい痛みだったらしいです)はなく、これぐらいなら「狭心症」程度であろうかと思ったわけで、それでも病院に行くことが必須と、9日の朝にいきつけの赤穂市民病院に車で行き、外来受診することにしました。狭心症なら、もしかすると特効薬ニトログリセリン舌下錠の甘味を味わえるかなという期待も。
循環器科は患者さんがけっこうおられて、初診でしたからだいぶあとになりましたが、昼前には診てもらえて、尿と採血の結果から、心筋壊死の数値が出ているとの指摘。医師の判断で、即時のオペ(CPTとか言ってましたか)になってしまいました。これはもう救急車で運ばれる程の重症だったそうです。

なぜ痛みが激しくなかったか、は、常日頃、ハイアーセルフに、「激しい痛みはお断り宣言」していますので、叶えてもらえていたと解釈しています。
私の妹なんかは、神経痛の激しい痛みなど耐えてしまうので、すごい奴だと感心するばかりです。母は心筋梗塞の痛みを、どんな痛みにも引き比べられない人生最高の痛みとして冥土の土産にした模様です。
私はからっきしダメで、そんな痛みをもらうような人生など二度と要らん、そんな繰り返しをするような輪廻など二度と要らん、輪廻を余儀なくさせるような魂も要らんと、ハイアーセルフには念を押しているので、私にはあまり痛みが起きないようなのです。(ということは、また輪廻させようとのハラなんでしょうか。やめといてほしいな)

地道だらけの山奥に入って9年、膝を地面につくようなこけ方をしたのはたった1度だけで、膝をすりむいたのもその1度だけで、これは痛かったね。まあこれは、天狗さんたちが陰ながらサポートしてくれていたからと解釈しています。とにかく、痛みのトラブルに遭遇することが僅少というわけなのです。
これはそれぞれ個々が、真の実在者に懇願するときのひとつのコツと思いますから、個々にお考えになればいいことではありますが、私はけっこう厚かましいことを聞き届けてもらっています。

とにかく9日に緊急オペとなり、即日のうちにベッドに釘付けとなり、頭もベッド角度30度までが持ち上げられる範囲になってしまったのでした。
血圧が上がると、心筋壊死した箇所が爆裂してしまう可能性ありとの医師の判断によります。オペ後の容体急変を医師はかなり警戒されているのです。そういえば母も、2007年9月2日に緊急入院しその夜にオペとなり、一命をとりとめて、入院しているときの6日に、突然容体が急変し、還らぬ人になりました。そのようなことが懸念されたわけですね。
初日9日はHCU室といって、集中治療室のようなところで管理され、完全に自由が制限されるも、10日には一般病棟に移りました。

しかし、私は突然の不自由な事態に、家に残してきた猫たちのことが心配で、餌が満足に与えられていないことを担当医師に告げ、なんとか返してくれと口やかましく申し立てたようなことでした。
猫たちがいなくなれば、私は生きていても無意味だから死ぬつもりだとさえ言ったもので、医師は面食らっておられました。あるいは、入院できるほどのおカネがない、支払えるとは思えないから出してくれとも。
あるいは、パピヨンしますよと言って、それは何?と問われたので、脱走することですと言ったもので、さらに面食らわれておりました。
そして、本当に11日(12日だったかも)に、何気ないふりをして、脱走したのです。9時半ごろに出て、昼飯の12時までに戻るということをしまして、病院内は一時騒然となったらしいです。11時半ごろに知らんふりして戻ると、通路で後ろから呼び止められました。休日なのに副病院長まで緊急におでましで、お小言をいただきました。もし昼過ぎまで帰らなければ、警察に捜索願が出されることになっていたそう。

脱走したお蔭で、猫たちには食事が行き渡りました。
担当医師はそれからは猫のことも考慮に入れて、誰か餌の差し入れを頼めるように工夫できないかというところまで考えてくれて、私は山の管理組合の有料サービスを申し込むことになり、5日に一回ぐらいの割で、餌やりしてもらうことになりました。14日と18日に餌やりしてもらいましたが、人に頼むと要領を得ないこと。ちょっとしかやれていなかったり、鍵を壊す事態になったり。
そしてやっと23日に外出許可がもらえて、家に帰ってみれば、白猫二匹に出会えました。大食漢のシャンはよく痩せてました。少食のトンは、餌を食べると、嬉しそうに飛び出していきました。黒猫ブーも痩せていたものの大丈夫でした。(ただしブーは3月に入って、おしっこ垂れ流しの症状があらわれ、家の中をしょんべん浸しにする始末。膀胱炎かと判断し、抗生剤を投与しています)
そしてようやく、27日に退院の運びになりました。
退院した日の27日がいちばん体力的にきつかったです。猫たちの食事要請にてんてこまいしました。

退院といっても、完全に良くなったわけではありません。オペしたのは全体の半分で、ステントを二か所入れていますが、あと三箇所ほどステント入れたり、ふくらませたりするために、今月後期に再入院してオペしてもらいます。担当医師としてはずっと入院させて、その後半で残りをしたかったようですが、退院の意志のほうを尊重してくれました。

28日になると、少し楽になりました。
しかし3月1日に、昼前から尿に血が混じるようになり、どんどん量が増えていきました。おしっこがまるごと血かと思えて、3月2日には病院を外来受診しました。
血栓防止薬を日に三種類飲んでいるため、血が出やすくなっているところに、膀胱炎があって、27日から抗生剤がもらえなくなって再発、どうやらそこから出血した模様です。
担当医師の判断で血栓防止薬三種はそのままにして、止血剤が泌尿器科から出ることになりました。
止血剤。果たして効くのですかね。血尿の程度は、濃いいままで変わりません。やや貧血気味かなあ。しかし、心臓には血圧が上がったりするよりはましなそうです。
そんなときにブーがおしっこ垂れ流しで、これまた手間のかかること。同病相憐れむこの頃です。

担当医師のまじめでひたむきな態度には感動しました。この方は次回のオペには関わらないとのことですが、素直でない私は、今度からはまじめな取り組みをしたく思います。
問題は猫のことなので、管理組合に餌やりを頼む要領をもう少ししっかりさせておこうと思います。

さてしかし、私の死というステイタスもまたこの世には必要なのです。世の中の浄化のために。そのことはすでに何度も記事内で説明してきました。コーリーも2018年~2024年と予告しています。
そのスケジュールに乗っかった行動をただいましています。
私の心臓は心房細動歴20年となり、心肥大がおびただしく、いずれ心筋の収縮ができなくなって心不全という経過になるはずでした。
ところが、今回、痛い心筋梗塞という展開になってきて、面食らっています。心不全なら眠るが如くで無痛なのですが。

今はハイアーセルフの指示待ちといったところ。彼なら適切なタイミングを創るはずです。私は彼が乗るウマ(ひと=霊止)として、ここに控えています。
入院中にも、バックドアからハイアーセルフに会いに行き、肩に手をかけてもらえば、あいまいな展開になってしまいがちな事態にも、良い展開が得られることを何度も経験しました。
彼こそはもうひとりの自分であり、かねてから申しているように、私の人生にすべて責任を負ってくれるお方です。この世のおくんどのレコード盤に針を置き、最後に針を持ち上げるお方です。

ついこないだ、イエスの語ったとされる言葉の中に、その意義を見出しました。
ヨハネの福音書、その中にこんなフレーズが。
「私は私をこの世に遣わされたお方といつも共にいる。だから私はいつも正しい」と。彼を取り巻くパリサイ人に対して言ったそうです。
この世に遣わされたお方というのがハイアーセルフであり、神なのです。
私はこの言葉に、おお、やはりそうだよの感慨を持つわけです。彼も真理がわかっていたんだよな、超宇宙論のない時代なのにと。
いっぽうパリサイ人たちは、自分たちの崇拝するのは、民族の祖アブラハムだという信念でいたようです。

ところが、よせばいいのに、イエスは彼らを挑発するわけですね。あんたらの崇めているのは悪魔だと。彼を短命にしたのはきっとこうした挑発だったかもしれませんが、彼を遣わしたお方はそれを良しとしたのでしょうか。
イエス自身が争いを好む性格ゆえに、磔という陰惨な展開も彼のハイアーセルフが可能にしたように思います。
最終的には、我々の運命を決めるのは、我々自身であり、ハイアーセルフはその実現に手を貸してくれるのだと思います。

私は入院中に何度も見ることになった病院の案内のビデオの中に流れる「ホフマンの舟唄」が記憶から抜けず、その軽やかなメロディがちょうどハイアーセルフらしくあって、名前もいろいろあって定まらなかった彼の名を、「ホフマン」と呼ぶことにしました。彼は、見る立場によって、梵天になったり、天の穂日になったり、山幸彦(ホホデミ)になったり、ホルスになったり、これといった定型を持たないようで、軽くホフマンでいいじゃないかの思いです。保父マン。
保父は養護施設の児童の養護をする方を言いますが、私は養護される児童ならぬ乗馬ウマのようなもの。
その作曲者のホフマンも、自伝でしょうかホフマン物語の中にこの舟唄を入れていて、私が自伝とする新神話とも共通するようで、シンクロする響きに思えました。

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