仮想現実であると知ることは心を安らがせる

この世界は仮想現実だから、つまりソフトウェアであり、ゲームであるから、その旨心に銘記してかかれば、気分がとても楽になります。
おそらく、どんな宗教教理も絶対に敵わないほどの絶大な心の安定効果を、もし完全に理解してかかることができたなら、得ることができるでしょう。
これゆえ、この教理のことを、あえて”ルシファーの教理”と申したく思います。 ⇒ 超宇宙の仕組み論

ルシファー? 悪魔サタンのことか? 
いいえ、まったく正反対です。
ルシファーは、キリスト教会と武力で教義を推し進めるローマ帝国によって、でっちあげられて悪魔にされてしまいましたが、ローマ帝国が攻めてくる前の北イタリア地方の先住民にとっての太陽神だった神なのです。そのときの月神はディアナ。先住民の夜はディアナが守り、昼はルシファーが守っておりました。
ルシファーは、カバールお得意のプロパガンダ作戦によって、でっちあげられ悪魔にまで貶められているのです。

最後の審判と、太陽のキルショット・フラッシュが、真の悪魔と神の側を分けてくれるでしょう。
神の側ならば、必ずみなさんを安心の境地に誘い、悪魔の側ならば、必ず恐怖と絶望を与えるものとなるでしょう。安心のほうを採ってください。

人生、気楽になっただけ、きっといいことがありますよ。運命好転、開運招福。
恐怖がいちばんよくないですから。

ゲームゆえに、ルールがあることも理解しておくべきかもしれません。
まず、知られているのは、功過点数制度があるらしいということ。カルマとダルマですね。
これがどれほどかゲームのこれからの成り行きに影響するということです。

その他知られているのは、引き寄せの法則とか、想いは実現していく方向に作用するとか。

私が見つけたのは、タイムラインは気付かないうちにひとりでにシフトしていくということです。マンデラ効果です。
慣性方向に進むなら、このことが実現すると決まっていても、違ったことが起きてくることのほうが多いということですね。
確実視された予言も当たらないといったことになります。

ドラコ・カバールは、事前に与えたアジェンダ(預言)がマンデラ効果などによって迂回されてしまうのを避けるために、実行部隊を投入して、歴史を予言通りに建て直そうとしています。自然を捻じ曲げる実に卑怯なカルマの深まるばかりの連中です。最後の審判後の受刑がどんなに苛酷なことになるでしょう。

それから、ゲームゆえにと解釈すれば、いろんなことが予測、推理できます。
ゲームなら可能なこととして、プレイバック・リスタートができる可能性があること、あるいは
ひとりでにプレイバックしていても気づかないでいる可能性だってあります。
コーリーが別の時空で20年を送って、帰ってきたのが5分後といったこともありうるということです。
夢の中での長ったらしい経験などがそれに該当するかもしれません。ただ、記憶の受け渡しができていないだけで。

意識に備わっているのがコンピューター的性質なら、たえず実行すべきプログラムを要求して、あるいは探し出してきてでも、ローディングしてそこに制御を持って行こうとします。
肉体の脳は昼間の疲れによって眠らせていても、意識は別の世界のソフトを実行しに行ったりするのです。これが夢ですね。
一度の仮眠で別の一生を体験し終えてしまうようなことを、一炊の夢と言います。
別方向にある時間軸でする経験だから、こちらの時間に影響がないというのは便利ですね。
人間だけでなく、意識ある生き物なら、みんな持っている性質です。だから、みんな眠る。どんなに危険なジャングルにいたとしても。

ゲームとはソフトウェアです。つまりプログラミングされたものであり、コンピューターの許容する限りのことがバーチャルに実現できるというわけです。
また、こんなことも言えます。
今生ではゲームだと知っていても、脳を更新された来世にはまた初めから開始なので、ゲームだとか仮想世界だとか認識できるかどうかは不明です。
いちいち記憶をなくさせる輪廻というのはこれだから困るんですね。
魂にそのことが確実に刻み込まれていれば、来世の肉体の脳に対して、インスピレーションさせてやることも可能なんでしょうけど。
学んで知識するだけじゃあ、なかなか魂に刻まれないから、自分で身を以て体験することが大事になるわけですね。経験こそが魂の師匠なんです。

しかしまた、このようなゲームのルールがいつまでも続くわけではありません。
いつかは、ルール変更の時も来ますから、次のルールに慣れるまで、輪廻繰り返してマスターするというのも、いただけた気持ちにはなれませんよね。
それに、我々はゲーム攻略者になるためにここにいるのかどうかも、吟味する必要があるように思います。何の目的でここにいるのか。
もしかしたら、どこか別の神世の一隅に造られたゲーセンに入り浸っているのが我々かもしれないのです。それならまだましなのですが。
閑を持て余した神々の・・・遊び・・・だったりして、ね。母ちゃんが、呼びに来たら帰ればいいだけですから。こらー、哲也、いつまで入り浸っとるんじゃいの鶴の一声で帰れます。

ところがさにあらず。みんなの魂(星)はみんな捕獲されシリンダーの中に入れられて、どこかの富豪に管理され、攪拌されて工場の電力にされていたりすることがあるかも
・・・これはディズニー映画の「星の王子さま」が言ってることでした。
コーリーもどこかで同じようなことを言ってた気がします。

それから、ゲームだから、丹羽さんの人生ソフトを、誰か別人(別の魂)が楽しんでもいい訳です。
私のソフト名なんか、「ある地味ぃーでしがない異界探偵Okundの場合」というものでした。
そのキャラを演じている私は、いったい何者?? さっぱりわかりません。ここからではわかりません。
とにかく、ソフトだから、ユーザーがたくさんいてもおかしくないわけです。
あっちこちにクレオパトラが前世だったという人がいてもいいわけで、ナポレオンのソフト「吾輩の辞書に不可能はあった」なんかも、結構人気ですよ。
よく当たる霊能者とやらが後で非難を浴びたりしますから、お気を付けくださいと申しておきます。

初期提供のソフトは、かなり乱暴でも、ユーザーが何度も通ると、マイルドなものになります。要望や苦情が出るからですね。
私も苦情を出して、もう50歳で打ち切りやと言いだしたもので、いいふうに変えてくれています。バージョンアップですね。
最初にこのソフトを通った人は、しんどい人生だったと思いますよ。私はOkundの人生を多少は救ったことになりますかね。
こんなふうに考えたら、より面白く楽しめますよ。

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