縁ある者は神さんばかりとはこれいかに

前の記事の補足と訂正をしながら、掲題のような荒唐無稽と思われるようなことを説明いたします。

>新神話を賦活した二人の弁才天 より
のところの文章は、2003年頃の記載物によります。
その中で訂正があります。

>ところが、私は吉事や福事のときはこれで普通と思い、感謝も満足にせず、
凶事や禍事のときには自分の過失は棚上げにして天の責任にしていたのです。

の箇所の「天」とは、いわゆる「自分の外にいる神」のことであり、10代から40代にかかるまでの期間、何らかの哲学なり宗教観によって存在を信じていた神でした。
しかし、その神が何か特別なことをしてくれたとは思いません。
誰でも、踏んだり蹴ったりといったことに直面することってありますね。
そんなとき、自分の不明を恥じ罵る代わりに、その何にもしてくれない神(神々)に厳重抗議していたのでした。
「このクソ神とか言ってね」
ところが、なんぼそうしても、いいことも悪いことも、当たり前のようにして立ち現われたわけでした。
その神からいいことされたことも、ひどいことされたこともなく、スルーされていたのでした。

ところが、30代後半あたりから、超宇宙論によって解釈される神に漸次シフトしていたのですね。
だから、
>四十歳代の時でしたが、天に向かって「昔の人曰く、人生五十年というとおり、
私の寿命も五十年で終わらせてほしい。次の転生の予定があっても、金輪際拒否します。何なら輪廻の因たる魂を消去してほしい」と何度も請願したのです。

のところの「天」とは、ハイラーキーもしくはハイアーセルフのことになっておりました。
つまり、外に神はいない、内側にいるという解釈なんですね。私をこの世に生ましめた者こそが大事ってことです。

それでも神の存在を多少は信じていたので、サイババさんが世に現れた頃、ムーのお蔭でしょうか、私もこの方ならと現世神として讃えていたのです。彼の本や関連本を買い、何冊か読みました。
その頃、立て続けに、自分ではなんともならん出来事が勃発し、日本から多くの方がサイババ詣でされているときに、
私は手紙を書くだけでもよいという彼のメッセージを見て、窮状を手紙に書き解決してほしいと、プッタパルティに送ったのでした。
1995~1997年にかけてのこと。
彼は、わざわざインドまで来る必要はないと言ってましたから。それに本当に神なら、すべて読み取ってくれるはずという思いもありましたから、当然、日本語で書きました。
ババさんの仰るには、それを書いた時点で彼にはわかるらしいんですね。そしてそれを送る行為をして、こちらの本心が読みされるということらしいんです。その努力が必要だということ。

つまり、神頼みのプロトコールのようなことかと思います。
一般の人は、神棚に向かって祈りますが、きっと伝わっているにしても、神は行動されないのです。もうひと押し、何かが要るんですね。
私は、ババさんに確か3通、別件で送っています。が、すべて解決もしくは事なきを得させていただきました。

私の知ってる人でインドに行ってきた人はみな、がっかりモードでしたのに、手紙で済ませた私は彼への信頼が増したのです。
インドに会いに行った人に、名古屋の友人Mさんがいましたが、彼はなぜか我が家に立ち寄り、大したことはなかったわと言いながら、
それでも私にインドに行ったお土産として、二枚の写真をくれました。2001年のことだったかと思います。
その一枚が「黄金の宇宙卵」という写真で、ババさんが口の中からリンガムを取りだして、信者に掲げ示している写真でした。
この小さな卵の中に、この宇宙の開始から終わりまでが入っていると教えておられる写真でした。
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これを見て、私の中に電撃が走りましたよ。私には、確かにこれは、Mさんからであると同時に、ババさんからのプレゼントであることを確信できた瞬間でした。
私の「超宇宙モデル概念」が正しいことを示す「激励」のプレゼントだったのです。手紙の件の解決を依頼した時に、私のことが目に留まったようです。

そして、私が信奉する神様がもう御一方あります。それは厄神さんで、神戸市垂水区にある多井畑厄神さんです。
前厄の年(41)から、正月元旦午前0時を期してお参りし、それ以後しばらく毎年の同時刻にお参りしたのですが、その前厄の年から、
タクシー営業につきものの事故や違反がバタッとなくなりました。
以後、事故はなく、違反がマイカーにおいて、2015年11月13日の金曜日(パリの同時多発テロの日)にスピード違反をするまで、
25年もの長きにわたって、無事に過ごせたのでした。

さて、ババさんによって超宇宙論が太鼓判を押されたことは申しましたが、私の信心は私の心を安んじてくれたその超宇宙論にあったこともあり、
私はこの人生を一枚のレコード盤のようなものと捉えていたために、そこにレコード針を置いたお方こそが、私の人生に深く関わる、
つまり我が人生に全面的に責任を持つお方と心得ることにしていました。つまり、私にとっての本当の神になるお方がそれなのです。
それがよく私が言う、ハイアーセルフなんです。もうひとりの自分とも言います。とても頼りになる自分です。
あるいはハイラーキーを別に立てて、複数いることにしています。むろん、現実に見たことはないのですよ。
ただ一回だけ、夢の中で大型望遠鏡のようなレンズ装置を覗いたときに自分の姿が反射して写っていますよね。
それからすれば、わりあい恰幅のいい青年でしたね。
私はハイアーセルフの視座に入って明晰夢を見ると思っていますので、その人物がそうなんだろうと思います。

私に50歳以降、弁天さんたちと活躍できる別の時空を用意してくれたのが、ハイアーセルフということになるのです。
かなり厳しいミッションが伴っていたと言っていいでしょう。命要らずのギャリソン中尉はこのような次第なのです。
二番目の霊能の彼女(市寸嶋姫の化身)は、私の直上のハイラーキーは梵天だと言っていました。
だから、妻である弁天さんの化身とエ〇チもしたんですね。しかも弁天三姉妹のうちのお二人(の化身)とですね。
化身やから、なんぼでもええやないかとは思うのですが。

この彼女二人は、新神話で設定した四神獣のうちの玄武と青龍を務めてくれました。私は朱雀。
そこに2009年11月になって、三匹の子猫がやってきて、そのうちの一匹が白虎だったことは前にも申しました。
こうして現世において四神獣が揃ったのは、2009年11月~2010年5月の半年間だったことになります。
とにかく、新神話がすべての牽引役をしてくれました。神話は現実を誘導するという法則性を確認した次第です。

2008年には、弥勒下生の伝令役を玄武と青龍を掛け持ちした彼女が担ったほか、
朱雀の後釜にと、名古屋のある主婦を経済的な問題から救ったことにより、この方に複在していた宇宙人の子供を養子にして、
マメ鳥という名前にして一緒に飛行訓練するようになりました。
この宇宙人の子は、スクナビコナ星から来たことも、彼が「虫使い」であることから判明。マメビコナという名前も付けました。
2010年~2013年まで、スクナビコナ星の宇宙人たちが我が家に逗留することにもなり、不思議な壁鳴きの原因になりました。
1999年頃の作品「天上人の宴」シリーズの主人公ネアン宅を、ミニチュア化した様相を呈したのです。

2013年5月には出雲大社の式年遷宮が行われたわけですが、その翌朝未明に私は、夢の中の出雲大社で一室を与えられる中で起床して、
大国主様と奥津嶋姫様に出会っているため、もしかしてハイアーセルフは「天の穂日」かもしれないと思っていた矢先、
この主婦さんが2009年に異界交信したときに、「鳥」と「ひな出荷」の回答を得たと報せてきたことから、雛鳥、天の雛鳥と推理は進み、
マメ鳥くんが天の雛鳥なら、帰納的に私のハイアーセルフは彼の父親・天の穂日に違いないということになったのです。
しかも、天の穂日には奥さんがいたという伝承がありません。
おお、ならば神話でも養子縁組だったのではないか、私が異界でした縁組行為がまさにそれだったのではないかとまで、感動がさざ波の如く押し寄せたのでありました。

何でこの縁ができたのかも推理できました。
大国主様のところには、古代にスクナビコナ星から支援に来ていました。彼が農業の神として大成されたのは、
羽虫の星スクナビコナ星から、植物の受粉に役立つ虫の種族をたくさん連れてきたからです。
そのよしみで、私の新神話にも、その星から支援の使い(マメ鳥)を送り込んでくれたのです。

メルヘンだらけで馬鹿馬鹿しいようなお話ですが、新神話を介して解釈する私の世界は、すべてのことがリンクし、強靭なリングにまでなっているのです。
これをロードオブザリングとは言いませんでしたかね。いや、同映画は見たことがないので確信はないのですが。

このように、私の人生模様は結果的に神さんだらけということになりました。縁ある者はたいがいですね。
ここの読者の皆さんも、どういうお方かは知れないながらも、神さんではないかと思います。

シャンに代わり、トンが具合を悪くしています

さて、猫のシャンが具合が悪いと言っておりましたが、シャンは食事の嗜好がガラッと変わったものの、やはり食べています。
ところが、入れ替わるようにして、オス猫のトンが、昨日の夕方を境に、家の中の温かい場所に引っ込んで出てこなくなり、
見ればぼおっとして寝転び、食事をほとんど摂っていないのです。
急転直下がよくある猫の世界とはいえ、それまでよく食べるようになって元気いっぱいの様子から、一気に引き篭もったために、どうしたのかといった状況に今目下あります。
シャンよりもよほど元気だったのですが。

トンは、私が出雲の式年遷宮翌朝に見た夢の大国主さんのお顔によく似ています。
だから、以前から、「大国(おおくに)のトンちゃん」と呼んでおり、「お前さんは大国主様のところから遣わされている使者と違うのか」と問いかけておりました。
彼がもし逝ってしまうなら、大国主様に首尾を報告するのかと思うのですよ。
それはむろん仕方ないことなのですが、
首尾はあまりよくないので、まあ私も逝くときか夢の中でか、参内して、ご報告申し上げようと思います。
かなりお小言をいただくことになるでしょうかねえ。