近況の夏

いろいろお取り込みがありまして、かなり開いてしまいました。

近況をダイジェストでお伝えしておきます。

武良さんから
8月7日の新聞に、神奈川県銚子市でのUFO召還イベントで、母船の撮影に成功したことが掲載されていましたので、記事をお送りします。
UFO撮影家 コンタクティ
武良信行

ということで、新聞記事の抜粋の画像がメールされてきています。
先日縮小画像をメールしましたが、その中の一枚が使われています。
超大型母船です。

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それから、以前に読者のカミラセ氏に個人的には知らせていたのですが、さる5月27日未明に私の母が夢に出てきた話が次です。

>何かどこかの館の中での様々な登場人物のいるごちゃごちゃした夢(記憶していない)の最後のあたりで、私を含む四人の男性が、畳の部屋で研修会の ような長テーブルを前にくつろいで座り、何やら談笑しているのです。
すぐ右隣りの人は、前の職場で知り合っていた悪ふざけ仲間で、その彼がまたずいぶん若いのです。せいぜい20歳頃までの皴ひとつない顔をしていて、元々男 前なので何と言いますか、△△ダチにしてもいいような感じ。夢の中でも数十センチのところまで接近していましたね。(笑)
その彼とどんな話か(忘れました)を交わしていた直後です。
私の左手方向に襖の扉があるのですが、右にいた彼が誰か外に来ていることに気付き、誰か来てる風だと指し示したので、私はそこを見ると、わずかに開いた向 こうに人影があるんですね。
それで私は、「入っていらっしゃいよ」と声をかけ手招きしますと、襖が少し開いて、何とそこに私の母が顔だけ覗かせて、「○○、一緒に家を出るんよ」と言 うのです。明らかに母の声。○○とは私の下の名前。母はせいぜい30歳代の若い頃の顔でした。
そこまでで夢が覚めてしまいましたが、今回の夢は、最後のほうが鮮明な明晰夢になっているのです。

母は2007年9月6日に亡くなっており、その後9月22日未明にご来光に至る夢として出てきて、その後も何度か私の夢に登場しています。
私とだけの夢の時は、けっこう若返って出てきていたような。複数の登場人物の時は、亡くなる当時の御隠居風で出てきていたように思います。

今回の夢解釈は、ズバリ、私を迎えに来てくれたのだと思います。
家とは、この世界のこと。南閻浮提とは、愉快極まる館と言われるように、そのようなところだったかも知れず、いやもう気持ち悪いお化け屋敷のようでもある 気がしてました。
そろそろ、この家からおいとましなければならんように思います。

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といったことを書いて送っていたのですが、その後、この8月になってから、私のM市の前の家が、雑草や木立が生い茂りすぎて、隣家に迷惑をかけると、市 のほうから刈り込むよう、現状写真付きで催促が来たのです。
これはいかんと、そのすぐ後で市役所に出向いて、話をしてきたのですが、
まあ私のほうとしては、2011年3月の東日本大震災の被災者がたくさん住居を求めて避難してくるだろうと思い、3月28日に家賃など無償提供する旨、登 録しに行って、家の合鍵まで預けているのですが、ところが無視されてしまっていたらしく、なしのつぶてだったのです。

そしてもう、被災者誘致はやめているとのことで、そのことを抗議したわけでした。
終わったなら、終わったで、最終報告と合鍵返還の封書ぐらいあっていいはずだと。
当時の担当部署も解散し、どうやら紛失してしまっているようでした。

市の空き家部門の担当者からは、そのことは申し訳なかったということにはなったのですが、やはりその件は家主の責任で何とかせなならんということで、こち らも費用やら管理やらが大変なので、何だったら市に寄付するとまで言ったので、管財課が受けとれるかどうか、調べてくれることになりました。

そして、空き家担当の人と家まで行って見てきたところ、確かに草ぼうぼうでしかも作物のイモ類の葉がものすごく大きいんです。そして、樹木が家の屋根を越 してしまって周りに枝ぶりを広げているほどでした。

ところが、家の前面を見たら、なんと、すごくきれいんです。
私が住んでいた頃でさえ、クリーム色の壁面に緑の苔が這い上がっていたというのに、汚れさえも何一つついていないのです。

そこで私は気がついたのです。母ちゃんが、ずっとこの家を守っていたに違いないと。あの世とこの世を何度も行き来しながら、家の周りの掃除をし、作物作り が好きだったから、むしろ大きくなり放題になっていると解釈できたのでした。

だから、5月27日に夢に出てきたときに言った「一緒に家を出るんやで」という「家」とは、Mの家のことだったかもしれないわけです。
私にとっては、この世界は須弥山の南方に浮かぶ大陸・南閻浮提という「館」という認識でしたから、てっきりそっちだと思っていたけど、母ちゃんにしてみれ ば、Mの家に、このころいろいろ苦情が持ちあがっていたために、一緒に家を出ようという判断になって現れたとも思えるわけです。

一緒に家を見に行った担当者に、そのような不思議な話もしましたら、理解してくれましてね。若い人ですがさすがでした。

担当者さんも、家がこんなにきれいのなら、売ってもいいんじゃないですかとまで言います。
しかし、売るとなれば、仲介だし、また何度も足を運ぶ手間がたいへんだから、もしするんだったら現状有姿の買い取りでしてもいいかな。

あるいは担当者さんは奥さんや子供さんもいて、賃貸住宅住まいとのことなので、あなたに差し上げますよとまで申しましたが、さすがに公務員なのでそれはや ばいなと。

それで思いついたのが、母ちゃんの葬儀とお見送りのお手伝いをしてくれた、お寺さんに寄進しようかと思いました。というのは、住職さんの娘さんと、この担 当者さんは同級生で知り合いらしく、うまくすればお寺さんからお安く借りることもできるのではないかと、そのようなうまい具合にいくならいいなと思ったよ うなことです。
隣家には大鳴きする犬がいるのですが、この担当者さんは、犬好きで問題ないとのことなので、なお良しということかと思いました。
この担当者さんはいま関東に出張中で、月末に戻られるらしいので、そのとき具体的にどうするか決めたく思います。

このメルマガ読者の方には時折、震災などで被災するようなことがあったなら、こちらに来て住んでくださいよと申し上げておりましたが、事が緊急性を帯びて きたので処分することにいたします。あしからず願います。

私はもういつでもお迎えはオーケーなのですが、しかも母ちゃんがお迎えに来たとなら、なおさらオーケー、仕方ないわけですが、そんな考えでいたとき、妹も 何とか落ち着きそうになってきました。

墓参りに18日に行ってきたのですが、けっこうしっかりしていて、そのときに私が後見人を誰か適任の人をつけねばなあと言いましたら、もうその人物は決 まっているとのこと。あとは家庭裁判所で登録するだけのようです。相手の人もオーケーしていて、しかも息子さんたちも引き継げることも言っておられるとの ことで、バックアップ体制も出来上がっているようなので、それに対して私は全部オーケーしておきました。
ここにも母ちゃんが手を回しておいてくれたのかもしれないと思うことしきりです。

さあ、あとは、してもいいし、しなくてもいいしと思うことがひとつだけあり、また猫たちみんなのことも気がかりとはいえ、一蓮托生。
そろそろ、おいとまするときがやってきそうです。
ありがとうございます。
危ないのでテープは投げないでください。
あ、そこの花束だけいただくことにします。
ではまた、どこかで会えたら。
君の名は・・・ああ、誰だったか、忘れてしまいそう。

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