いま焦点は飯屋かな

どすこい、どすこい
ごっつあんです、奥登です

さいきんは、部屋の新弟子の作るちゃんこにあきて
もっぱら飯屋にいくことにしているでごんす

飯屋と言えば、メシヤです
そこで一首
どこまでも 砂漠に続く 街道の 飯屋の名前は イエスキリスト

砂漠の中に引かれた街道、しかしそれは砂塵に埋もれて、かすかに跡を残すのみ
しかし、そんなところに、オアシスがあったりしまして、しかも名前は、粋な名前で、キリスト教徒のための施設だったりして
アラブ人お断りというわけで、ときおりこの食堂は爆破されているという具合
宗派に関係ない者は利用できても、お気を付けくださいという看板がでております

そんなとき思うのは、本当にメシヤはいらっしゃるのかどうかということですね
宗派によって、メシヤはいろいろ変わるようで、この辺、ちょっとまとめておいたほうがいいのではないかと思うのですが

この奥登が思い描くメシヤとは、前のメールでも言いましたように、幻術を解除して、人々をその縛りから解く者のことだろうと思います
創造主のようで、そうでない魔法使いのような存在の幻術によって、人々は本質を見失わされているようですから

これを奥登は、昔から、狸に化かされていると評しておりまして、
ちょうど街道にオアシスがあって、温泉もあって、立派な海鮮料理をだしてくれる
旅人は、そこで目の前の山海珍味に舌鼓打ちながら、温泉に浸り、うまい酒・酒呑童子なる地酒をちびりちびり
おお、いい湯だな はは、はあー いい湯だな は、ははあー 
知らぬ間に一眠りしていて、起きてみれば、なんとそこは、昔の田舎ならどこにでもあった野壺
その中で旅人は、ちょうどふやけた山海珍味をいただいていたことに気がつくというわけです
道理で、居心地が良かったよ などと負け惜しみを言いながら立ち去る旅人は、旅慣れた御仁です
中には、こんにゃろー、ざけんじゃねえと、怒り狂ってしまう御仁もおられます
いったい誰がこんなふざけたことをしたんでい、と言ったところで、幻術のヌシがいるわけもなし

昔から、狸に化かされたと思ったときには、対処法があり、親から子へ、子から孫へと伝えられていたものです
しかし、今では、そのような風習はどこにもみられないようですね
だから、周りを見れば、みんな化かされている人ばかり
しかしときおり、アイ・ヤーと絶叫して目を覚ます御仁が見受けられるのが、せめてもの救いでしょうか

ではまだご存知のない方のために、対処法をいくつかお教えしましょう

ひとつは・・・眉に唾つけて、しっかりと見ること  これだけで見極めることができるのは、まだ大した幻術ではありません
ふたつは・・・ご自分の脇の下あたりに、拳骨を食らわせてやること  
狸はすぐ傍にいて、そのお方を操っているので、この辺だろうと当たりを付けて拳骨すれば、うまくすれば狸に当たり、逃げ去りますので、それと同時に幻から覚めるという具合

このふたつめがよく教訓として利用されておりましたね
まあ、もしそんな風に気がつかれたら、やってみられたらいいと思います
ただし、間違っても、ご自身の身体を殴らないように
よくあるんですよ、この馬鹿この馬鹿と言って、ご自身の頭を殴っておられる御仁が
奥登にもそんな時期がありました
でもそんなことすれば、もっと馬鹿になってしまいますからね  お蔭でIQが32ですから

さて、真のメシヤは、幻術を解く者、しかも、幻術のヌシと戦って勝つ者のことを言うように思うというのが、この奥登の感想です
トゥモローランドは、はあー、いい湯だな、じゃなくて、啓発に満ちたいい映画でした
もしまだ見てないのなら、ツタヤで借りて見てくださいね  たぶん今なら、80円かもよ

そうそう、昔、そうとう昔に、ネット上に妙な考えを披露したサイトがありましたね
その論説者は、月には月人がいて、そこから地球に洗脳電波が出ていて、人類はそれによって誘導されているんだといった趣旨でした
コーリーの話でも、月には宇宙同盟かなんかの施設があって、地球のことに多いに関わっているというんでしょ
それと、昨日のメールにいう、月の裏側にある創造主と鳥獣の戦争跡のことって、関連しませんかね
鳥獣のほうが意外とメシヤだったりしないかと、奥登は推理してみるんですが

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