未明の夢に久々に母が出てきて、いっしょに家を出ようと言いました

5月27日朝未明に見た夢です。
何かどこかの館の中での様々な登場人物のいるごちゃごちゃした夢(記憶していない)の最後のあたりで、私を含む四人の男性が、畳の部屋で研修会のような長テーブルを前にくつろいで座り、何やら談笑しているのです。
すぐ右隣りの人は、前の職場で知り合っていた悪ふざけ仲間で、その彼がまたずいぶん若いのです。せいぜい20歳頃までの皴ひとつない顔をしていて、元々男前なので何と言いますか、△△ダチにしてもいいような感じ。夢の中でも数十センチのところまで接近していましたね。(笑)
その彼とどんな話か(忘れました)を交わしていた直後です。
私の左手方向に襖の扉があるのですが、右にいた彼が誰か外に来ていることに気付き、誰か来てる風だと指し示したので、私はそこを見ると、わずかに開いた向こうに人影があるんですね。
それで私は、「入っていらっしゃいよ」と声をかけ手招きしますと、襖が少し開いて、何とそこに私の母が顔だけ覗かせて、「○○と一緒に家を出るんよ」と言うのです。明らかに母の声。○○とは私の下の名前。母はせいぜい30歳代の若い頃の顔でした。
そこまでで夢が覚めてしまいましたが、今回の夢は、最後のほうが鮮明な明晰夢になっているのです。
母は2007年9月6日に亡くなっており、その後9月22日未明にご来光に至る夢として出てきて、その後も何度か私の夢に登場しています。
私とだけの夢の時は、けっこう若返って出てきていたような。複数の登場人物の時は、亡くなる当時の御隠居風で出てきていたように思います。
今回の夢解釈は、ズバリ、私を迎えに来たのだと思います。
家とは、この世界のこと。南閻浮提とは、愉快極まる館と言われるように、そのようなところだったかも知れず、いやもう気持ち悪いお化け屋敷のようでもある気がしてました。
そろそろ、この家からおいとましなければならんように思います。
祖母もどうしておられるやら。
私は祖母の話を童話にしたとき、主人公のおばあさんを祖母になぞらえました。
そのおばあさんである祖母は、初孫の私が通りかかるまで、成仏する前の待機者の暮らす郷で待っているかもしれないのです。
2014年の6月だったかに、祖母が里の屋並みの前を通り抜ける道路で佇んでこちらを見ていたのを夢に見ています。その後、私にはまだやることがあるから、先に行っていてほしいと祈っていたのですが、
もしまだ彼岸に達していないのなら、母共々行ってあげねばなりません。
私が、物書きして、そのような筋書きにしてしまっているのなら、私の手で解除しなくてはなりません。
祖母は、母が亡くなってしばらくしての夢の中に、母共々出てきて、そのいでたちが、墨染めの衣(瀬戸内寂聴さんのような)で、尼僧姿で、顔が赤子のような透き通った肌だったことにびっくりしたような夢でしたが、この僧衣姿も、童話の内容からするとありうるのです。
さて、私はもうひとつ大それた夢を33、4歳頃に見ています。
多分これは、私の死後、こんなスケジュールをこなすという夢だったようで、その内容は「天帝様にお会いする」ことになる夢なのです。
というのも、まだ行くべき時ではないと、天への上昇を思いとどまって夢が覚めているので、今度こそその続きをやらねばならないかと思っております。
それも夢解釈ができていまして、「最後の審判の督促」のようなことかと思われます。というのも、待機するたくさんの十字架群に先立って、私が天に上がっていく夢だったものですから、彼ら敬虔なクリスチャン(故人)とは同じ趣旨なれど、先行して会わねばならない用向きがあるようなのです。
しかしまあ、私には祖母や母と同行するというスケジュールもありますから、分身の術でも使わねばならないかとも思いますが、つい最近、ハイアーセルフとの関係がわかってきて、どうやら高尚な用向きは、ハイアーセルフにしてもらうことができそうであることがわかり、私のような臆病者は、お役が終わればスタコラサッサさせていただくのが本当かと思います。
さあ、それがいったいいつになるのか。まもなくであることは間違いないでしょうが、猫三匹もおり、妹が不自由の身であることもあり、やれるだけのことはやってあげようと思っているような次第です。

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