私の顕在意識とハイアーセルフの関係性

こうしたことも、モデル化しておくことで、このけったいな現実によりいっそうの理解が深まるかと思われます。

今回は、ハイアーセルフと私の顕在意識との関係はきっとこんなふうなのではないか、という仮説です。
私の潜在意識とハイアーセルフは繋がっていると思われます。
顕在意識で見聞きしたものはすべて潜在意識が記憶しています。どんなパラパラめくりした書物の文章も、潜在意識が確実に記憶として遺します。(サバン症の人の中にまれに計算能力に飛び抜けた人がいたり、パラパラめくりした本の内容をまるまま暗記して、随意的に取り出す人がいたりします)
と同時にハイアーセルフも同じことを見聞きして、何らかの分析をさらに加えて記憶するのです。
ハイアーセルフはより広範囲なチャネルと情報収集能力で情報分析し、スケジュールを組み、潜在意識を通じて私の顕在意識を動かします。その様はちょうどジョッキーがウマの手綱を操ることに似ています。
私は現場まで連れて行かれ、起こる事象を見聞きし論理分析し、この3次元密度で得られた結果を潜在意識を介してハイアーセルフに返す。そのようなことをしているように思います。

最後の審判や火の鳥による太陽フラッシュの起動などは、神霊次元の摂理だからハイアーセルフの仕事になると言っていいでしょう。
私はハイアーセルフの視座に入り、その工程を見聞きすることもよし、まったくのお任せにするもよしということになります。
それゆえ、それらの摂理の起動は、私の肉体からの霊魂の解放が絶対条件になるわけではないのです。
肉体が健在なままそれらの摂理をこちら側から観測することも可能であると思います。
しかし、肉体はこの世が質ゴマにしていることもあり、感覚や思考の発するノイズがハイアーセルフの行動に支障することがあるため、肉体を手放しておくことが望ましいというわけでしょう。
私が超越した心の境涯にあれば、肉体があってもノイズはほとんどないでしょうが、この世に囚われた心であれば、問題が生じることがあるというわけです。
よって、肉体の催しに縛られずに、ハイアーセルフをサポートできるような体制を取っておくこと、すなわち、肉体の封印を解いておくこと(死)が大事になるというわけです。
ハイアーセルフもそのタイミングで行動を開始する手はずになっていると思います。

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