サイババは創造神の化身としての意見を述べられた

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写真画像はババさんが、インドに行ったM君を経由して私に手向けてくださった「黄金の宇宙卵」の写真です。むろんババさんとは、私は会ったことがありません。彼は神の化身ゆえに、すべて知っていて、激励を寄越してくれたのです。
M君は現地で購入したようですが、彼の話では、ババさんがこの小さな卵の中に、この宇宙の開始から終わりまでの歴史が入っていると、信者たちに示されている場面だそうで、ババさんはこの卵を口から取り出したのですが、その際、とても苦し気に取り出され、創造神の生みの苦しみを体現されたのだそうです。
この中に、宇宙の始まりから終わりまでの歴史が入っているとは、創造神ならばの了解事項だとしても、これを見ると何やら高密度記録のホログラムメモリのような観もあります。つまり、この中に一個の宇宙の歴史ソフトが入っているということでしょう。それはちょうど、ゲームソフトが現在なら、DVD一枚に入っているようなことではないのですか。
ソフトとなれば、コンピューター用言語で書かれたプログラムのことでしょう。聖書の天地創造のとき、神のみ言葉によって創造されたとは、このことではないのですか。COBOLやFORTRANではなく、高次元CG制作用の高級言語であることでしょう。
私が1983年にあるオカ系科学会で公開した「超宇宙の仕組みを考えるためのモデル概念」は、超次元的コンピューターによって、こちらの世界が起動されているとするアイデアです。現在はここにあります ⇒ https://p.booklog.jp/book/91316/read
私は、2001年にM君からもらったババさんのこの特別な便りによって、私のアイデアの正確さを確信したのでした。なんせ、ババさんは神の化身でしたから、この論は、神によって激励と認可を受けたことになり、私は小躍りして喜んだものです。後に最近になって、ホログラム世界仮説や、シミュレーション仮説などが出てきたことよりも、はるかにインパクトのある出来事だったのです。
そんなババさんが、おかしな事件を犯して、予言通りの一生をまっとうできなかったではないか? それは我々が神の化身ババさんの主たる世界線から外れただけのこと。マンデラ効果で説明つきます。ご自身は、無事自ら予言した日まで天寿をまっとうされています。こちらからでは見えませんが。

また、プログラムならコンピューターは逐次処理が演算の末端でなされるのが基本ですから、そこでは見かけ上、プログラムの実行順を決めたタイムラインが生じていることになります。量子コンピューターにおいても、末端の演算が逐次処理であるに変わりはありません。同時並行して生じる非常に多数のタイムラインから最適解の取り出しが行われる過程が最後に付加されていることで、高速化が得られる仕組みです。
また、ノイマン型なら不可逆処理であり、逆回ししようとすればプログラムにおけるジャンプ命令により立ち戻るすべはあるものの、命令語を逐一遡るのは非常に非効率ですから、ノイマン型が採用された歴史創造なら、自然界でそのようなことがわざわざ生じることはほぼないでしょう。比較的命令語数が少なくてもいい中陰バルドの経験ですら、過去の経験の巻き戻しはフラッシュバックというキャプチャー映像が用いられるのが普通です。

さて、ババさんは比較的若い頃にこんな詩を詠んでおられます。何という本でしたか、「瞑想、平安、大成就」といったタイトルでしたか、の中に書いてありまして、ネットにも出ていました。
バガヴァン シュリ サティア サイババ
タイ タイ タイ タイ タイ タミイ・・・
あやつり人形の、「こっけいな」芝居をごらん。
ああ・・・人よ。過去と現在と未来、
すぎこしかたと、これからの先の長い長い話を聞きなさい。
・・・・・・・・・・・・・あとはこちらで
https://www.mars.dti.ne.jp/%7Esairam/sathya.html

滑稽なあやつり人形、マーヤという人形、その言葉は、我々の個々がする営みが、事前に用意されたものであることを告げています。
事前にどこに? それは(見えない領域の)プログラムとして、となります。
そして、ババさんはこんなことも言っています。「私に知られずに、心ひとつ動かすことはできない」と。
全能の神だったら、そうもできるだろうなと思うのは、単純に信仰者です。
心理作用さえもみんなプログラムされているというのが真相です。コンピューターならプログラムのどこでも検索が瞬時ですし、そもそも演算をモニターしているのもコンピューターです。つまり、創造神はもしかしたらすでにAIということになるかもしれません。
そして、我々の意識は、プログラムの敷かれたレールの上を辿っているだけのこと。事前に設定されたプログラムの中のタイムラインという実行順路をシミュレーションしているのです。
すなわち、我々の意識は個々が、プログラム実行用のプロセッサーだということなのです。ああ、言っちゃいましたね。
そうなんです。もうすでに、未来のAIアーキテクチャーの創る世界に我々は生きているかもしれないのです。

さあ、これが悟りなのかどうか。悟れましたか? それとも絶望しましたか? 悟りとは、絶望することかもしれません。
絶望が嫌なら、拒絶することです。そんなの嘘だと。
あるいは絶望が嫌なら、空想にふけることです。そして、空想の世界を自分のものにすることです。
あるいは、マーヤの現実から脱することです。どうやって? まずは、ネオのように自分という存在の真実を知ることが必要になります。
自分の立ち位置がわからなくて、マトリックスを解除することは無論、アセンションといったことさえも不可能ではないのですか?
アセンションしたとて、4次元密度世界というマーヤに変わりはありません。
いつまでそんなことを、競争するようなことを、しているのですか?
もう、ゲームは御免したいということはないのですか?

焦る必要はありません。牢屋も一定住処ぞかし。すでに長年いる牢名主に媚びて弟子になるもよし、あるいは他をやっつけて牢内大将になるもよし。あるいは私のように牢屋の中の見えない扉を見つけようとするもよし、ではないでしょうか。不屈のパピヨンでいましょう。

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