事前に知識した事柄に、後程シンクロしてきて謎解きが完成していく不思議

およそ誰でも心当たりはあると思いますが、ある問題を解くためのキー(鍵)は、事前に与えられているという体験をしていませんか。
むろん問題を解くために、調べものをするということが、いちばんオーソドックスな形ではあると思いますが。
殊に私の場合は、異界の謎解きに関することというのは、事前に予備知識していた場合がほとんどなのです。
① 超宇宙の仕組みモデル発案にかかること
「超宇宙の仕組みモデル」を考案するきっかけは、コンピューターメーカー日立で初期のノイマン型コンピューターHITAC8200などのハードウェアや処理装置の動作原理をおおまかに知識したことによります。
またさらに、日立を1年で退職し、二股がけ受験した一方の富士通で仕事に入り、名古屋営業所にいる頃に、日本サイ科学会を知り、大須の内田ラジオ研究所に初めて行ったときだったか、鎌田氏や羽嶋の井上氏と出会い、以後同士になったのでした。
このお二人は、UFOやヨガや、いろんなスピ系の知識者で、その友人などからヨガの本「ヨガ真義(M.ドーリル)」などをもらい、またお二人のもたらした五井正久氏の宇宙人情報に接した時に、宇宙人が明かした話として、現象の最小単位・素粒子が励起される時には、ちょうど磁気コアメモリが磁化されるときのような要領で行われている、といった感じの情報を見て、ああっ、これは処理装置の基本部分に似ているではないか、と直感したことで、よおーし、いちどこの方法で現象が表せないだろうか考えてみようと思ったのです。
それがコンピューターを使った超宇宙モデル発案のきっかけになっているのです。
とにかく当時は、いったいこの世とは何なのか、いろんな方向から解き明かそうと、もしくは自分なりに理解してやろうと内部努力していた時期だったので、これでいけそうだと踏んだときには、その方向で思索を始めていました。
むろん、休日にがもっぱらですが、仕事中にも発想が湧いた時には、メモ用紙に書きつけて、家(文化)に持ち帰り、まるで宝物のようにして、その上に寝床を敷いて、悦に入っていたものでした。
そのときに参考にしなくてはならなくなったのが、素粒子論や量子論などの、一般人でもわかるような雑学書でした。講談社ブルーバックスにはお世話になりました。
富士通を辞めたのは1979年4月末でしたが、もうその頃には、超宇宙論の見込みは立っており、後は構成させていくまででした。
このように、予備知識になったものが何であるかわかるでしょう。日立での初期のコンピューターの基本的な知識と、鎌田氏らのもたらした宇宙人情報だったわけです。
さてその後、「超宇宙の仕組みを考えるためのモデル概念」として日本サイ科学会の科学誌に載ったのが1983年。
赤本に組み込んだのも1983年。
その発想を採用したかのようなハリウッド映画「マトリックス」が1999年に作られ、2001年にはサイババさんから激励の写真を三根氏を介していただき、2010年頃には宇宙はホログラムの可能性ありという仮説の検証実験がフェルミ研究所で開始され、ついに最近ではかのイーロン・マスク氏がもうほとんどこの世はシミュレーションであると宣言する格好になっています。
これに伴い、私も電子本で内容を増補し、この概念の応用や未来展望をSFタッチで描くということまでいたしました。
② カバラをどうして知ったか
その富士通を辞めた直後の5月5日に、仕事から自由になったことの羽根伸ばしとして、新聞広告に載っていた、民話研究家の村上良行氏が主催した埋蔵金発掘ツアー・幻の帰雲城発見発掘企画へと参加しました。この時には、鎌田氏と三根氏が同行してくれました。そして、団長率いる一行20人ほどは、みごと帰雲城の石垣跡を見つけ、私は幸先の良い自由な気分を味わいました。
村上良行氏も、この時にようやく自分に花が開いたと感じられたことでしょう。彼は民話研究家という肩書でもっぱら埋蔵金伝説の研究をし、新聞紙や雑誌上に伝説を載せて、生計を立てておられたのでした。それがもとで11PM(イレブンPM)での埋蔵金発掘企画・清州神社境内地を掘り起こす番組も、スタジオ側でご覧になるというふうでした。しかしそのとき、出てきたのは寛永通宝が数枚で、発掘は叶わず、その後鳴かず飛ばずだったのは、気の毒なことでした。
そんな交流のあったときに、私は何の気なしに、彼のお宅を訪ねたのです。マンションで彼は大学に通う娘さんと二人暮らしでした。
村上氏は、この本読んでみなと、私にそのときくれたのが、何とW.バトラーの「魔法入門」だったのです。ええっと思いました。何でこんな畑違いな本を?、と思いましたもん。彼は、読んでみ、面白いで、と言います。もうその頃でも手垢によって黒ずんだ文庫本をもらって帰ったのでした。
大切な本だと思い、その日から読みましたね。すると西洋魔法というのは、ヨガの修行法とさほど変わらないことがわかりました。もしかすると古代にはかなり世界的に共通した精神世界思想が浸透していたのかもしれないと思いました。
そのときにする呼吸法などは、ヨガとほぼ同じ。大切なのは呼吸法にあるようでした。だから、呼吸法を中心に考えるようにしたのです。
そのお蔭で、すごい体験もしました。ヨガもピラミッド瞑想という新手法が巷では噂になったため、実際に園芸支柱を買ってきて、ゴム粘土で止めるなどしたピラミッドを作り、文化の部屋の中でその下に座布団を敷いて枕にして、呼吸法瞑想を何度かしていた時に、あの鮮烈な体験をしてしまったのです。白球UFOが眉間から飛び込んできて、光のシャワーを浴びてパニックになるという体験。
さて、「魔法入門」によれば、カバラでの修行で最も大事なのは、「生命の樹」の図柄で、それを土台に据えてする精神エネルギーの回流のたゆまぬ儀式が大事だとのことで、この最高の典礼儀式である「中央柱の回流の儀式」をする際に行うのが、事前に精神環境を浄化する「カバラの十字」と「五芒星」による追儺の儀式だというのです。
それが後に、カバラの図形群の発見に役立ちました。幾何学図形の繋がりを見つけていっても、それが意味するところが分からずでは先に進みません。ところが、繋がっていく段階でカバラとの関連が鮮明になっていくのを感じながらの作業になっていったのです。非常に効率的に発見は捗りました。
西日本近畿の精妙な図形が見つかるたびに「カバラの十字」と「五芒星」ではないかと、推理がついて行き、とうとう「生命の樹」の図柄までが、地名と対応するようにして見つかってしまったのです。そこには潜在的に、ピラミッド幾何学や黄金比率が登場していました。カバラの発祥地エジプトならではの神聖数や幾何学です。しかも、図形を作る線分が地球の幾何学を考慮していることさえも判明。いったい古代日本に何があったのか。宇宙からの鳥瞰的とも言える超古代のオーパーツ的な何かがそこに覆いかぶさっていることが判明したのです。
そして、先ほどの「中央柱の回流の儀式」の痕跡が古代大和時代から遺っていることも判明。あの毎年恒例の、お水送り・お水取りの儀式に姿を変えて遺っていたのです。
それほど村上さんのくれた「魔法入門」はすごい働きをしてくれました。その後、村上さんは、雑誌社や新聞社の関係者との付き合いのため酒を呑むことが多くて、肝臓を患って数年で亡くなられていたと、当時そのグループで知り合ってしばらく付き合いのあった骨董商の渡辺誠一さんから後々に聞きました。たとえどんな不遇な方であったとしても、村上さんは私の様々な発見の第一功労者であり、大恩人なのです。
ここでも、過去に培った予備知識が、謎解き推理を加速してくれていることがお分かりになると思います。
③ 古事記神話の解読もこんな繋がりで
西日本の幾何学図形群の発見のとっかかりは、何と言っても九州の大きな直角二等辺三角形の発見でした。
この発見には、古事記の神話の暗号解読が必須だったのです。
その中に書かれている文字数は結構多いですけど、やはり膨大だというほどではありません。しかも、それぞれの段が何を意図して書かれているかがわかるに従って、より一層、暗号解読が容易になります。神話の構成は見事なものでした。(図)
九州に残る地名と、古事記神話の天孫降臨のときに出てくる地名が照合のとれることがあり、それを点に構え線で結ぶとこのような幾何学図形が得られるのです。
さて、私がなぜ古事記神話の解読を志したか。それはまだ私が中学生の頃に、祖母が持ってきた生長の家の思想に始まります。一時期、家族ぐるみで信者になっていたのです。甘露の法雨、生命の実相を読みました。谷口正春氏は文筆家で、文章がとてもうまく、そしてまた書く分量も相当なものだったのでしょう。すべてを読んだわけではないですが、ゆうに20巻ほどもあったのではないですか。感銘を受けた部分もありましたが、にわかには信じられず、ただ言葉の持つ魔力というか、暗示力には違和感を持ちつつも、心地よく浸っておりました。
そんなときに、学業上のトラブルがあり、母は生長の家の修行道場に入れて心を糺そうとしたのでした。ところが一か月後に破門される事態になってしまいまして、家族ごとその教えを放棄することになったわけです。そのときにどうしても破門の理由がわからず、その処置に納得できずに苦慮し、及ばずながら一矢でも報いようとしたのが、谷口正春氏の書いていた著書「古事記と現代への預言」を自分なりに本当かどうか検証しようとしたことだったのです。
この著書は、日本の大和言葉には、言霊というものがあり、神名はその言霊によって成り立っているということだったかと思います。それによって彼は、神名解読を行っているのですね。しかし、神名をそのように見るというのは、一種の暗号解読なわけです。
彼はその先駆者と言っていいかもしれません。
私は彼の書いた膨大な著物のような真似はできませんが、古事記神話程度なら、自分にでもできるだろうと、彼の本は参考にせずに独自の暗号解読をしだしたのでした。
すると、土台が日本人で日本語に親しむわけですから、するすると解読が進むのです。「天地の初め」のところでも、天体物理学や地質学的な表現に、現代のそれらと対応のとれる場合が認められたので、いっそう興味深く、解読に没頭することになりました。
そして、ほとんどを解読終えた頃に、画竜点睛的に見つかったのが、九州の直角二等辺三角形だったのです。これなど、筋書きや神の発する言葉の中に地名が暗示されていたのですね。その気がなければ、誰も発見できたはずがないものなのです。しかも、これには鎌田氏の勧めがあって、レイラインというものがあるらしいから、私も線を引いてみんかという話だったのです。それを聞いて、ほおー、面白そうだと、高等地図帳に線を引いたのが最初だったのです。
その頃、鎌田氏らとガリ版印刷式のクラブ誌・ノアズアークを作っており、その中に私の研究成果を載せておりました。コピーなどない時代のこと。まもなくコピーが登場するかという時代のことでした。
ペンネームを考えたときに、山田久延日子がよかろうと思い、誰か別人がこの名前を使っていないか、本屋に調べに行ったのです。すると、すでにいたのです。ガーン。山田久延彦となっていて、しかも、彼も古事記の神名の解読をしていて、なんと私と同じように思い金の神をコンピューターと解釈しているではないですか。ああ、この手の解読者なら山田久延彦とも名乗るよなあ、といった残念な思いがしましたね。
結局、先駆者としては山田久延彦氏もいたわけですが、彼の解読結果と私のとではかなり異なることがわかりましたし、谷口正春氏の解釈は、もっとはるかに宗教的で神道系解釈に近く、まったく異なるといってもいいものでした。
むろん、私の解読がいちばん合理的であることは間違いありません。後の発見へとどんどん続いて行くことを見ても明らかでしょう。
この発見の場合は、反骨精神が原動力になったことは紛れもありません。
④ 古代日本にカバラの本から空海和尚のお告げまで
最初に九州に巨大な直角二等辺三角形が見つかり、それを畿内のほうに展延していくことにより、カバラ由来の西日本一帯の幾何学図形が見つかったわけですが、それを推理ものの記事にして、1990年の学研ムーでの発表を経て、本の出版も1995年にしたわけでした。
その出版本が世に出て間もなくのことでした。
名古屋のかつて行動を共にしたことのある瓜生氏が、突然メールだったか手紙だったか寄越してこられて、私の本が盗作されているから、その作者に厳重抗議した方がいいとサゼスチョンがしてあったのです。
ええっと思いますやん。
その著書名は「弥勒降臨」で著者は彩明日迦という人物でした。
さてしかし、どう盗作されているか、まずは調査しなくてはならず、その本を買いましたよ。
そして、見ますと、あの五芒星図形が引用されていました。しかし出典が明示されていて、この程度なら許せる範囲だと思いました。しかし、いろんなところに、私の本の文章表現が使われていたので、そっちのほうが心配なぐらいでしたね。私が同一人物と見られないか、とね。
ところが、この五芒星図形が載せられている前後に、鶴亀がすべることや、籠の中の鳥のことや、後ろの正面は誰かとかの解釈が出てきていて、さらには空海和尚が弥勒降臨にどう関わるかが、けっこう詳しく載っていたのです。
その中に書かれている予備知識がなかったら、2008年に彼女が持ってきたお坊さんのお告げの話も、ただ「間もなくお生まれになるぞ」との言葉だけでは、いったい誰がお生まれになるのかすらわからなかったはずなのです。
ちゃんと事前に、すったもんだの結果ではあったものの、予備知識が備わってから、次なる発見への導引がなされていることがわかるわけです。
鶴亀が統べることに関しては、2000年にその事象が実際にあって、ものすごい兆候となって現れています。まさにその本に書かれているように、火の鳥・鳳凰が発進する兆候として現れたのです。
そして、彼女が空海和尚の言付けを得たのは2008年ですからね。それでもあっという間に解釈できたのも、「弥勒降臨」の本あらばこそだったのです。
このように、どんなことでも、自分の推敲にとってプラスになる場合のほうが多いことに気付かされます。