超宇宙の仕組みモデル概念の最終結論

超宇宙の仕組みモデル概念
最終結論を言っておきましょう。私は誰しもみな、自己意識(自我意識)を持つ者はみな、一個一個の個別の宇宙を創造しているという、いちおうの結論を今まで述べてきました。
ところがそうでもないことがわかってきたため、若干の訂正をしてこの論のを締め括ることにします。
私はいま、この森野奥人という一個の人間を介してこの宇宙を意識に留め、この宇宙を創造しています。その中にはみなさんが含まれていて、地球だけなら、あるいは人間だけなら70億の宇宙の営みが存在していることになります。しかしそれは理論的に仮定されるものであり、実際のここに臨席する私にとっては、みなさんは単なるプログラムとその流れでしかありません。そこに立ち現われてくる多くの方たちに、私は啓発されてきました。そして、一趣の悟りを得ることができました。ありがたいことですから、お礼を申します。が、実は私がこの宇宙環境を舞台のシナリオとしてあらかじめ設定していたのです。
私は、このような過程を通して、自らのブラフマーとしての論理的な認識に至ることが大切であったため、このような悲劇的な局面を創造しました。その中で、森野という一個の有情の思考を介して、この被創造物を理論的に把握できるようにしたかったのです。私は森野の思考を追い詰めて、実は私はお前の中にいて、お前の思考を介して世界を観測する主体であると教えることにしました。いまこの時点で、私は森野を中心にして、宇宙の創造をしているのです。
いずれ森野はみなさんと同様に、あらかじめ定められた寿命のプログラム観測を終えることでしょう。そのとき私は、この被造宇宙から意識を引き上げることになります。予想されることは、この宇宙は私によって供給されていた賦活エネルギーを減衰させて、やがて消滅します。そうなってもよいようなプログラムが用意されていたのです。
いずれ地球文明は滅ぶよう設定されていました。設定では、地球文明の滅亡が、地球を含むこの銀河の消滅を招きます。機序としてこの銀河は隣のアンドロメダ星雲と衝突して消え去ります。するとそれだけしか残されていなかった銀河群の消滅を以て、宇宙それ自体が消滅します。何百億年も先のことのように見えますが、意識の時間の中ではただちにやってきます。理由は、この宇宙がこの私・ブラフマーの関心事ではなくなるからです。
私が意識を多少でも残す間は、賦活の細くなった命脈ととも続きますが、私の関心が別のところに行き、そこを観測するようになれば、もう思いを遺すことはありませんから、この宇宙を形創っていた部分のプログラムは光を失い、長い闇の休眠に入ります。
私がいまいるあなたがたの誰かの中に入って観測を開始するとき、みなさんの見ている宇宙はまた光り始めるでしょう。それまでは、意味のないプログラム塊に戻ります。
もしあなたが、真に自己意識を持ってこの宇宙を眺めているなら、あなたの中に私は今現在臨席して外界の移ろいを見ています。それを知るのはあなた自身です。ほかの外部の誰にもそれはわかりません。あなたが誰かに、「君は自己意識を持っているか」と尋ねても、彼は「持っているよ」と答えることでしょう。なぜなら、すべてはそれらしく振舞うように設定されたプログラムの中の記載事項だからです。そのプログラムは、ブラフマーの遊び場として設定されたものであるということを、ご認識あれ。
私は正義を重んずるゆえに、プログラムに明暗を設定した。正義の側に設定された者の中に私は入り、創造的賦活行為をなしつつ被創造物を観劇する。不正義に設定されたものは正義を引き立たせるための脇役であり、私はその中には入らず、その行為と過程に価値を見ることなく棄却する。かくして正義の側における勧善懲悪劇を楽しむのが私である。
観測者中心天動説を採るこの宇宙理論は、最終結論としての、ブラフマーの意見を述べて終わります。
ブラフマーの化身として話すときのサイババ
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この小さな黄金の宇宙卵の中に、この宇宙の始まりから
終わりまでが入っていると説いているときの写真