シンクロ・・・王仁三郎の語る盤古大神と新神話

新神話創作に入るそもそものきっかけは、大本教系信者女性が持ってきた「炒り豆に花が咲くまでは出てはならない」という国常立尊にかけられた封印呪詛の謎解きだったわけです。
ところが、健忘症のせいか、それとも聞き漏らしていたのか、「炒り豆・・・」の話は出口なおさんから出たのか王仁三郎さんから出たのか、どっちの話だったのだろうということから「炒り豆に花が咲く」でネット検束したら、すぐにわかりました。
どうやら、出口なおさんのお筆先で書かれたもののようですね。
そんな中で、このようなサイトを見つけました、
解説書 大本教神諭
https://kamikotokai.com/
私は、大本教系の知識に影響を受けながら、大本教の経典や教義にほとんど立ち入っていないのです。信者でもありませんし、信者になる気もありません。
むろん、ネットがありますから、読もうとしたことは一度や二度あったのですが、霊界物語などとっぱしから難しいところから入ったためか、わけがわからなくなって断念しているのです。
古事記だけでもたくさんの神名が出てきて、ようやく解読したかといったときに、それどころではない数の神名が出てくるもので、しかも意味の掴めない神名ばかりなので、これでは読めたものではないと諦めてしまったのです。
しかし、後世になって、王仁三郎さんも、当時における新神話を書いておられたのだろうという認識ができ、新神話創作の大先輩だったに違いないと思うようになりました。
つまり、いち早く、王仁三郎さんは創作神話の現実誘導の力を知っておられたのだろうと思います。
私は新神話を書いていて現実が誘導されてくることを経験的に知ったのでして、王仁三郎さんから学んだわけではありません。
それでも最近になって、無知識ではなるまいと、解説書らしき本を買いまして、王仁三郎さんは何をしようとしていたのか知ろうとしました。すると、霊界物語にはイシヤ崩壊の型も仕組んであるとなっているではありませんか。ということは、彼も現実誘導する新神話を書いていたに違いないと確信した次第です。それが霊界物語であったとは。
しかし、膨大な書物らしいので、読む気はとてもありません。だから、どういうことなのか具体的なところがわかりませんでした。
そんなときに、つい昨日見つけたのが先に述べた「解説書 大本教神諭」でした。
読み進めていきますと、
https://kamikotokai.com/003/ の 「中国の盤古神から(漢字の)返還」のところに、
>大本教の霊界物語の中に、不思議な内容が存在しています。それは、中国の盤古大神から国常立尊様に神界の大政奉還。霊界物語を読まれた方達でも、その意味が何であるかは解らなかったでしょう。一般的には神界の行政権が中国で天子とされる盤古大神から日本の国常立尊様に返還されたぐらいとしか解釈が出来ません
とありました。
いや、それで私は十分納得いたしたのです。
私にとっては、漢字であろうが日本文字だろうがユダヤ文字だろうが、そんなことは関係ありません。
他とコミュニケーションする方法(文字など)に関しては、このサイト主さんとは見解が異なるからで、私は世界(宇宙)共通言語はテレパシーであると確信しているからです。
私が注視したのは、ここ。⇒ 「中国の盤古大神から国常立尊様に神界の大政奉還」
この箇所は、私が新神話創作の初めから実現課題にしていたことなのです。
中国の盤古とは、元始天尊のこと。⇒ 盤古(Wiki)
封神演義では、元始天尊は太公望とともに人仙側として禽仙と戦い勝利して、死んだ(仮死状態)の仙人たちを、仙界の下の神界に、神として封印してしまったということです。
神に封じられたからいいじゃないかといった話は、魂の自由度の束縛という観点からすると、間違った意見になります。誰でも上からコントロールされるということは望んでいません。
そんなとき、戦に負けて捕虜にされた側が辿る運命とは。劣勢を強いられることになります。
それがどのようになったか・・・最悪とも言える、以前とは真逆の、天地がひっくり返るほどのアンモラルな状態になってしまったというわけなんです。強ければそれでいいという世界。
そのことを新神話第二章第三章で微に入り細に入り物語にしました。
理不尽が当たり前のようになった世界は、元始天尊らによって、元あった楽園世界が簒奪された結果、生じているという話になっています。
しかし、我々が本当にそのような環境下にあるとは、私自身正直言って、さほど信じていなかったのです。こんなアンモラル世相は一過性のものだろうと。
しかし、どうやらそれがそうでもなく思えてきた昨今だった時、実は王仁三郎さんも、どんぴしゃ同じことを思っておられたことがわかった次第です。
新神話の元始天尊 = 盤古 という事実。封神をして、逆らう者をことごとく封じてしまい、世界の盟主になった盤古。
つまり、この世界(宇宙)は盤古によっていいようにされていたことを王仁三郎さんは指摘されていたのです。
盤古は幻術によって、有情をいいように操っている。いわゆる、バーチャルリアリティを組み立てて、みんなに本物と錯覚させている幻術のヌシですね。
宇宙創造神も、盤古によって操られているのかもしれません。
だからこそ、私は新神話において、この宇宙の外の三千世界の主である梵天を担ぎ出しているのです。こんな状況下においては、より上位の力ある者に頼るしかないと。
しかも、この宇宙は小さいといえども、循環する血液とも言える有情の魂は、この宇宙を大切な臓器の一つとして潤している。
ところが返される有情の魂は疲弊し、半腐敗状態で戻ってきているとすれば、梵天世界全体にとって由々しい事態になるでしょう。
梵天世界全体(梵の全系と言っています)を大きな一つの生命体としたとき、その中の臓器が病態に陥っている状態。
それをそのまま放っておけましょうか。
王仁三郎さんも、このたびの神業の仕組みの中で、盤古からの大政奉還があると言っていたのです。しかも、直接の言葉を使って。
これはまたも、シンクロと言えるものになりました。
もしかして現時点では、私が死後会いに行く天帝様というのは盤古・元始天尊かもしれないということで、その場合は、まともに取り合わないこともありうるため、盤古VS火の鳥の壮絶な戦いもありうるというわけです。
なるべくなら、北辰天帝(国常立神の仙としての本姿)であってもらいたいものですが。

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