創造的都市伝説(2)・・・天帝様に面会しにいく夢と最後の審判

天帝様に面会しにいく夢はここに書いてあります。⇒ https://p.booklog.jp/book/97441/page/2635125/bookmark
前の記事の末尾にも書きましたように、最後の審判に向けてのシンクロが昨日を挟んで起きておりまして、いよいよその時がやってくるのかなあの感を深めております。
もちろん、その瞬間をこの目で見届けたいわけですが、何せ私が死ななければそのステップが起動しないようなので、いちばんいいとこの見届けは皆さんにお任せするしかないようです。
シンクロについてですが、私の一生を通じての、不思議体験全体のとば口を開いてくれた御仁がおりまして、その人は名古屋に住んでいます。それがKさんです。
私がまだ25,6の頃、私は会社の命令で名古屋に転勤になり、そこで休日タイムにKさんに出会い、その日のうちに親友になりました。
とてもスピ系に堪能な人で、話す内容は突拍子もなくも倫理性に富み、知識的には聖者並と思いました。そしてまた風貌も、どこかイエスキリストの肖像画に似ている感じで、その目の輝きは魂の底から来ているかのようにきれいでした。
彼によって、私の趣味の方向が決まり、彼の働きによって、私は関西で武良さんと知り合うことができ、その後のUFO撮影クラブ創設へと繋がっていくわけです。
そして2000年から、不思議ステージも第二段階に入り、次々と神々との共演的なシンクロに満ちた男女の逢瀬劇へとなってまいります。
そして私は、神々に施された封印解除と、天の岩戸開きを担う者としての成り行きになっていることを自覚するようになりました。
こんな無知無理解の私のような者でなければ、託せない場合もあるというわけです。
私は、足は歩かねども、周りに起きてくる事象のほうが、私の計画についてくるという不思議を体験し続けています。
そしてついに、神々の封印について、私は証明できる段にまでなり、そのことによって、下界ではそうと感じられなくとも、神世において大きな変化が起きたことを知りました。神世は、過去に封じられた神々を再び迎え入れる段階にまでなっています。
あとは地上界の浄化を余すのみとなりました。しかし、それが自分らの肉体の損傷を伴うものであるだけに、糞切りよく動くにはちと勇気がなかったこともあり、煮え切らない状態で推移しました。
見届けが大事か、やり遂げることが大事か。
いずれにしても、我が死を以て完成に至るということなので、よほどの「溜め」が必要。短絡的に動くことは厳に慎まねばならないのです。
そんなときに、私は独自理論による、別タイムラインでの既成事実化で、以上のことは終わったことにできることがわかり、私がこれからするのは、「救世行為的なことはなにもしない」で、そのまま地上文明が滅亡しようがしまいが放置し、総集編的に私の死を以て最後の審判を惹起し、そこでの裁定に委ねることにいたしました。
まあ、うまいこと理論的に既成事実化してしまえるわけなので、利用しない手はなく、それによって私の優柔不断さも弱さもOKされるわけです。
冒頭にしましたように、私は30歳頃、「天帝様にお会いしに行く」という夢を見て、途中で「まだその時でない」と気づいて取りやめたのでした。おそらくその時とは、私が不帰還でも良いとき、すなわち我が死の時でありましょう。そして、何をしにそんな所に行こうとしていたのかを推理すると、あの夢の背景からすると、最後の審判の督促だったのではないかと思い至るわけです。
そして、現在、本当に見ちゃおれん世相が目の前に広がっていて、敬虔なクリスチャンでなくとも、私のような者でも、これは見ちゃおれん状態になっています。やはり、これは神様に督促するしかないという思いが日増しに強くなっていて、おそらくそのような中で憤死するのかなと思うわけです。いよいよそうなら、何がさておき、天帝様にお目通りしにいくでしょう。
私の見る夢は、ほとんどが正夢もしくは正夢的な象徴夢ですから、その手順も再実行されることでしょう。
最後の審判が地球だけのことで終わるか、この宇宙全体を対象にしたものかは、そのときにならなければわかりません。私はいちおう、こうこう、こうなされよと助言を申し立てることになります。
私が最後の審判の督促係としますと、あの十字架群は子羊さんたちでしょう。黙示録をベースにするなら、審判を決意する神がおられるはずで、それが天帝様というわけです。
そして天帝様は、審判のために働く神を派遣します。これが再臨するキリストであり、そのものものしさと恐怖の度合いからすると、ターミネーターと言っていいでしょう。
40年前に、私の不思議人生のとば口を開けてくれたKさんは、当時、柔和で中東人っぽいイエスのような風貌でした。
ところが、久しぶりに再会したKさんは、アーノルド・シュワルツェネッガーそっくりの風貌になっていました。出会った瞬間に、変貌したなと思いました。
シュワルツェネッガーは、ちょうど最近の私のブログ記事の紹介動画ではトップ起用なわけで、そのことともシンクロしています。そしてその動画は「ターミネーター2」のもの。Kさんは、動画の精悍なシュワさんそっくりというわけで、私はKさんにおける「阿吽」の神秘性を感じているところです。
すなわち、最初は柔和なイエスとして、最後は精悍で強いターミネーターとして、私の前に現れました。ターミネーターとは幕引きする者、すなわち再臨するキリストのことをも表わすのです。
こんな風にして、私の新神話は活性化を続けていまして、このまま我が死を以て、おかしな世界の幕引きに貢献する形にどうやらなりそうです。
心房細動病歴がすでに20年。心臓が肺の半分にまでなっており、何をどうしたって間もなくなわけで、いつでもその時が迎えられる喜びをここで披露させていただく次第です。