スサノヲの冥界下り

地球神界では、困難な中にも建て直しの努力の動きがあった。
スサノヲはすでに顧問となっていた方士に、母イザナミをどうすれば黄泉の国から救出できるかを問う。
「こしゃくなネアンの奴がほざいていたのだが、わしにそんなに母のことが恋しいなら、自分で助けてはどうなのか、とな。それもそうだと思ってな。もしそんなことが できるのなら、どうすればいいのかのう」
方士は、満面の笑みを湛えながらこう言う。
「ほほう、その気になられたのか。それは簡単じゃ。なあに、下界の誰ぞかに神話を書かせればよい。あんたの御母救出の神話をな。それは旧神話に追加されるべき武勇伝神話になるじゃろう」
「誰が書いてくれるというのか」
「ネアンでよいでしょう。下界でそのことに気づいたのは、それを仕組んだ邪仙系統の者を除けば、今のところネアンしかおるまいて」
「そ、そうか。あいつ、わしに対してはけっこう不敬だから、このやろうと思っていたのだが」
「そんなことはありませんよ。ネアンはあなたにはずいぶんと感謝しているように、私は見ておりますが」
「ならばいいのだが」
こんわけで、ネアンはどちらから依頼されたかはわからぬが閃きがあり、スサノヲのために御母イザナミ救出の神話のシナリオを書くことになった次第だ。
神話の作用機序について改めて
ここで少し旧神話にまつわる話をしておこう。
すでに前章までで述べてきたとおり、神界の神々を下界から与えた神話で縛るという設定が天仙主導でなされている。その縛りは、呪術をかけた天仙が一掃され ない限り、遺っている。いずれその工程に入るのだとしても、天仙の最後の足掻きで、どんなとばっちりを世界に対して及ぼさないとも限らない。
よってここは、神話呪詛には別の神話で対抗させて置き換えるのが望ましい。その中で、できることなら神話呪詛を施している側の力を弱める手立てがあろう。
そこで新神話の創作が肝要となる。
そもそも、別紙であげつろっているように、旧神話古事記などには、国祖神とそれに連なる直系親族に対して殊更強く呪縛が施してある。
呪詛の強い順で行くと、国常立神、豊雲野神、お二人の直系の子イザナミノミコト、またその直系の子のアマテラス、スサノヲ・・・ということになる。
国祖神は身体を切り刻んでバラバラにする呪詛、二手に分離する幾何学呪詛、言葉の封印呪詛、更には XXXXXX呪詛という具合だった。
その子イザナミには、神の身にありながら死に、再生できない境涯にされ、神話によって黄泉の国に閉じ込められるという残酷な呪詛がかけられた。
それもこれも、日本神話として確立されたときから神イザナミは呪縛され始めたのであり、そのお蔭で、現代において人類に最大不幸を呼ぶ、黄泉の国の世相が顕現するに至ったのである。
これにも邪神とその背後にいる邪仙を退治することで、彼らの張った呪詛結界を無効化し、イザナミをお救いする(解放する)という手法がある。
それはすべての神話や呪詛の解除になることなので、抜本解決になるのだが、いかんせんハードランディング。いずれそうすることが絶対手段になるとしても、ここはスサノヲに男の花道を用意する ことで、多大な恩義に報いたいわけである。それがこれから述べる、スサノヲの母イザナミ救出物語だ。
それがもし成し遂げられたなら、世界は今のままにして救われることになるはずである。
ネアンの側から提供するソフトランディング法になるだろう。
しかし、ほんとうに最も良い方法は、抜本解決とそれに伴うクリーンな新世界構築である。宇宙ごと取り潰してシャットダウンしてしまうことが、禍根をすべて断った早期解決の方法になることは紛れもない。
いずれそうするとしても、ここは最後、この世界でようやく叶うような、勧善懲悪美談にもしたいではないか。それをこれからご披露する。
スサノヲの母イザナミ救出作戦
スサノヲはその年の大型台風◎号に乗ってネアンのところを訪ねた。
ネアンは台風が直撃コースになりそうな場合はいつものように、台風に対して申し入れをする。
すると必ず、台風は勢力を部分的に弱めたり、コースをずらしたりして、ネアンに実害のないように図ってくれるのが常だった。
今回も直撃の予想ルートを気象庁は示していた。ところが、そのときを狙ってスサノヲは、ネアンと会談しようと思っていた。
やがて◎号は勢力を拡大し八重山諸島から向きを本州方面に変え、いよいよネアンの住処に近づきつつあった。
ネアンは台風◎号を呼び出して言う。
「台風◎号よ、私はスサノヲ様の知り合いだ。ここに住んでいるから、力を加減してくれ」
すると確かな手応えが。
「おお、わしがスサノヲ本人だ。いつものように依怙贔屓してやろう。その代りに頼みがある」
「はあ、どんな頼みですか」
「実は我が母を黄泉の国から連れ出したいのじゃ。どうすればよかろうか」
「うーむ、そうですね。シュメール神話など中東系神話では、パートナーによる連れ出しが成功しています。が、日本神話では失敗しています。これを改訂する か別神話で置き換えるかして、いわば神話空間の手術を致しますと、うまくいけば改訂後のシナリオが適用されるのですが」
「簡単なものでいいから、お前がやってくれまいか」
「簡単なものとは言いましても、論理的に筋道が立っていることが重要です。そして、出来あがったシナリオに沿って、神々に共演願わねばなりません。あなた様ばかりか、母様や父様にも参加願わねばなりますまい。シナリオは出来ても、うまくいくかどうかは、神楽舞がこなせるかどうかにかかっていますが、おできになるでしょうか」
「母はそちも存じておる通り、黄泉の国の最深部で朽ち果てつつある。父は清潔観念症で黄泉など誰が行くかなどと言っていた。難しいのう」
「大丈夫です。少なくともあなた様が黄泉に行くことができるなら、お父様がダメでも可能です。シナリオにはお父様も含めて記載することで、筋書きであなた様を 最後までサポートすることはできるでしょう」
「そうか、やってくれるか。わしは決断したんじゃ。母者が不憫でならんのでな。黄泉の国にはまだ立ち入ったことはない。その傍の堅洲国にいて、いつも壁を 隔てて母者の名を叫んでおるが、まだ一度も返事がない」
「新神話として丹精込めて作らせていただきますゆえ」
「うむ、頼むぞ」
スサノヲの冥界下り
スサノヲは、方士のアドバイスで、まず父イザナギに会うことになった。
「父上、今から旅に出ますのでお断りしておくわけですが、私は母上を救出にまいる所存です」
「なんだと。お前は母の居る国がどういうところか知っているのか。まかり間違えば、二度と出てこれなくなるのだぞ」
「はい、私は母の国を壁一枚隔てた根の堅洲国から様子を窺ってまいりました。このたび、救出算段がつきましたもので、行って果たして参ろうと思いま す」
「わしはお前が母を救出してきたからとて、再び母と拠りを戻すつもりはないぞ」
「はい、それでもよろしいのです。私は母が不憫でならず、もし失敗して黄泉の国の者になったとしても、母に最期まで寄り添って差し上げることを本望と致し ます」
「ううむ。お前のような厄介者には、そのような場が似つかわしいのかも知れぬな。わしはもう止めはせぬ。行って参れ。そうだ、真っ暗闇では難渋しよう。こ の湯津妻櫛を持って参れ。この歯の一本に火を灯せば、しばらく周りは明るい。それからこれは桃の実だ。黄泉軍を撃退するときに投げたらよい」
「ははっ、ありがたき幸せ」
スサノヲは許可を得て、イザナギの館を後にした。
外で待っていた方士は、スサノヲに会わせたい者がいるからと、半島の突端に案内した。
そこにいたのは、市寸嶋姫であった。
「スサノヲ様、冥界に行ってお母様を救い出すご予定とか。冥界に入った者は神といえども、並大抵の作法では出してもらえません。しかし、私が過去に白蛇の 精であったときに、亡くなった恋しいお方のためにやり遂げたことがございます」
「ほお、それは?」
「遠い南十字星に飛んで行き、その星に住する南極仙翁に請うて、邸内の大池の水源に咲く”かえりん草”の赤い花びらに置く露を瓢箪に入れて持ち帰り、それ を冥界のお母様に飲ませて差し上げてください。それは命の水といわれるもので、死者も蘇るとされ、実際に私も、我が恋人を生き返らせることができました」
「おお、”かえりん草”の赤い花びらに置く露とな」
「はい」
「このわしに、そんな細かい芸当ができるかな」
「これは生き返らせたいという思いの本人がせねばなりません。では私が、南極仙翁の館まで案内いたしましょう。そしてどれが”かえりん”草でそのどこに露 があるかを指し示しましょう」
「おお、そうしてもらえるか。わしはそれを採取することにしよう」
こうして、一度は行ったことのある市寸嶋姫のお蔭で、無事、命の水を手に入れたスサノヲは、一路黄泉の国を目指したのです。
黄泉の国の扉を叩くと門番が出てきます。
「何者だ」
「面会したい者がおります」
「何? 面会? そんな特例は設けられていない」
「ここの黄泉津大神に息子スサノヲが面会に来たと伝えてくれ」
「黄泉津大神様に息子が・・・あわわ。わかった。ちょっと待っておれ」
小半時ほどして門衛が戻ってきた。
「大神様ご本人は、ここまでは出てこれんので、入ってくるようにとのことじゃ。付いて参れ」
陰湿で腐臭漂う中を湯津妻櫛に火を灯して門衛の後を追うスサノヲ。周りには腐乱死体が転がっている。
「うへえ。これが黄泉の国か。死体置き場ではないか」
やがて数段高くなった祭壇があり、その上に白骨が置かれているのを見た。
「大神様じゃ」
「白骨ではないか」
そのとたんに、白骨がカラカラと音を立てて組み上がり、骸骨となって向き直った。
「スサノヲか。何をしにきた。まだ若いお前のような者の来るところではない」
声の質は簾が通ったような無機質なもので、とても生前のイザナミの声ではなかったが、言葉に思いやりが籠められていて、母だということが実感できた。
「お母様。私はずっとお慕い申し上げておりました。私としては、もうここに置いてもらってもいいのです。それほどまでに、神々には嫌われておりますれば、 還るところなど無きが如しです」
「我が一族は、お父様も無念の涙を呑み、亡くなられたと聞くが、ここにはおられない。我が子ウヒルギもまた亡くなったとも聞くが、ここにはおらぬ。ウヒル ギ亡きあとなら、お前が世継ぎになってもいいのです」
「いいや、私はそんな窮屈なのは御免です。お母様の傍に居りたいのじゃ」
「この白骨で、世に采配を奮っておるのだぞ。気味が悪かろう」
「そんなことありませぬ。私もこの壁一枚隔てた隣の堅洲国で、お母様を思いながらムカデや蛇など地中生物に囲まれて過ごしておりましたれば、むしろここの ほうがすっきりしております。何なら私も白骨になりましょう」
「面白い子じゃ。だが、お前は帰りなさい。お前には、黄泉の食事を摂らせるつもりはない。他の者が訝って騒ぎ出す前に帰りなさい。これ門番よ、この者を入 口まで送ってやっておくれ」
「お母様、それならせめて、お別れの水杯を呑んでくだされ。ここに持参しておるで。私はこの儀式が済めば納得もできますで」
「地上界からわざわざそのようなものを。よかろう、どれ一口。次はお前じゃぞ」
「はい」
イザナミは口を開けて差し出された瓢箪をかたぶけて水を顎に落とした。それが顎の骨に懸かって肋骨を伝って滴り落ちていった。何事も起きない。
返された瓢箪の水を呑む番となった。
「もう少し呑まれては如何か、母上。地上の土産はなかなか口にできませんから」
「いやもうよい。なくなるといかん。お前の番じゃ。別れの水杯」
「はい」
スサノヲも少し水を口に入れた。すると身体じゅうが熱くなった。おお、わしには効いておる。
母はもう白骨ゆえ、効かんのかも。
そのときだ。白骨のイザナギが急に悶え始めた。
「おおっ、これは何なのだ。酒というものなのか? 身体が熱い」
見れば、白骨に重なるようにして、半透明の膜が元の身体の輪郭を表わしているではないか。
「お母様。一緒にここを出ましょう。しだいに元のお身体に戻ってこられましたぞ」
「なに? そんなことはできぬ。できぬ決まりじゃぞ。しかしこれはどうしたことじゃ。私はどうなったのじゃ」
「ささ、ここは誰構わぬ間に、出てしまいましょう。後で事情を説明しますから」
スサノヲは豪腕ぶりを発揮して、母イザナミの身体をひょいと抱え上げると、門番に命じて入口に案内させた。
「これは規則に反します。たとえ大神様の息子様とはいえ」
「ええい、ここは入口まで出ての別れをする儀式じゃ。大目に見ろ」
「しかし」と言いながらも、門番は入口に送り届けた。
するとスサノヲはそのまま母を担いだまま、どんどん去って行ってしまう。
門番は大変なことになったと、黄泉津神のもとに伝令する。
黄泉軍が前後に回り挟み撃ちの形になったが、イザナギから渡されていた桃の実を投げると、桃の実は軍隊の周りを飛び回ったので、全軍しびれたようになって 総崩れした。
桃の実はオオカムヅミというUFOなのであった。
こうして、スサノヲは地上界に姿を現わした。その頃には、母イザナミは元の生きている時の姿に戻って、スサノヲにおんぶしていた。
「なんという豪の息子じゃ」
「おお、これでいつまでもお母様の傍に居れまする」
かくして、神世の世界に、スサノヲの親孝行息子としての武勇伝は広まったのであった。
「あのスサノヲ様がのう」
神世の衆生・八百万の神々は口をそろえてスサノヲの功業を褒め称えた。
父イザナギは言う。
「わしは潔癖症のあまり、よう救いきれんかった。体力もスサノヲほどもなかったからなあ」
イザナミはイザナギの裏切り行為の記憶がいつまでも尾を引いて、結局は別居が続いたのだとさ。
イザナギも一度決別の言葉を言い渡した手前、復縁を求めることはなかったという。
スサノヲと母イザナミは神世の国津神国の山里で、睦まじく暮らしたという話じゃ。
しかし、その後、すべて邪神の策謀にかかって神世が乱されたことが明るみに出てからは、ご両親は神話の呪詛縛りがいつしか解けて、相互にかつての愛情豊か さを取り戻されて、復縁されることになった。
武功を立てたスサノヲはご両親にとっての最高の誉れになったという。
スサノヲ様、ご両親を大事にし、末永くお幸せになってください。
ネアンはそう書き添えた。
追記
本日午後、私の叔父が亡くなったとの連絡が妹から入りました。
アメノホヒの叔父スサノヲの冥界下りをUPしたその日のうちに、我が叔父も冥界に参ることになりました。
奇妙なシンクロとなりました。

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