戦場のメリーちゃん

戦場の、というのはまだそんなふうでもないので、ここは黄泉の国のメリークリスマスとでも申しておきましょうか。
私は今、第四時空(と仮定する世界)にいて、自分で定義するところの「諸事見届けの工程」を履んでいます。
それもこないだタイムラインがFIX化されたようで、「行動的救世主の工程」は履まないことになりそうです。
もしそれがこれからあるとすれば、第五以降の時空にプレイバック・リスタートして得られることになりますでしょうし、あるいは私のこちらでの記憶にない過去に、すでに済ませてきた可能性もあります。
おそらく総延長1万年以上になろうとも思われる森野のタイムラインの中からヒーロー部分だけ味わいたくて、このソフトに臨んでも、行き当たりばったりでなくするとすれば、総舐めしていかなくてはなりません。

私の中のもうひとりの自分は、別に時間制限があるわけではないらしく、この大変な工程を不変の興味で見ているようです。
その中には鎌倉のOA研究所の社長になるタイムラインもあって、若い頃にはその光景(イメージ)が郷愁のようにして訪れたものでした。
そんなタイムラインの中の私を、トルテック的にタイムトラベルする坂本さんが訪ねてきて、私が金儲けのことばかり考えていたのでがっかりしたと、むしろ彼の話のほうを先に聞けたというのも不思議なシンクロであり、私の世界観を確固としてくれた出来事のひとつになっています。
いまあるタイムラインがどのように大事なのか。それは社長になることでも、救世主としてヒーローデビューすることでもありません。あるいは悲惨な目に遭い非業の死を遂げることでもない。
それら経験したすべてを自分の糧として、未来の新世界を切り開くマテリアルにできることにあるかも知れません。ファラオをするにしても、太陽神になるにしても、万物の思いがすべて理解できていなくてはなりません。
そして、どうしても生じがちな邪悪というものの存在と原因を理解すること。
(かっこいいなあ。いえいえ、こうでも思っていなくては、精神的にまいってしまうから)
さて、このFIXされたこれからの世界は、やはり日本神話に規定される「黄泉の国」のクライマックスへと向かうのでしょうか。(この解釈規定は私が与えただけのようですが、しかし的確に推移しています)
そこは、死体になったイザナミ尊が采配を奮う世界です。自分が死体なのだから、したい放題。
神話では、みんな道連れよと、人減らしを宣言し、殺戮軍(黄泉軍(よもついくさ))を繰り出します。
そうだとすれば、来年以降、かなりの成り行きを覚悟せねばならないかも知れません。
黄泉の国にふさわしくない魂は早々に去っていくことでしょう。
こんなラストは千載一遇のチャンスだから、見届けてやろうという魂や、このときこそ活躍してやろうという魂が残っていくことでしょう。
それだけ、魂のレベルから選抜されてくることのはずです。
ただ、一見して生きているけど、実は魂のないダミーさんもたくさんいます。というのも、我々が対面しているのは、ソフトウェアという実態があるからで、顕在意識下にあるみなさんには、誰がそうかどうかなどを識別するすべはありません。
悲惨なだけの経験時空など、誰しもが敬遠します。だから空白の人もいるのです。心理作用すらも事前に記述されたソフトですから、素人目にそうだとわかるものではありません。
しかしヒトラーなどはそれをおしなべて国民全部に適用し、大衆は・・・だなどと言って強引な施策をしていったことは有名な話ですけどね。
彼は未来人によって様々なビジョンを見せられ、未来予言を遺しましたし、彼自身が時空の仕組みを教えられていた可能性が大です。
未来人とは、ある変災があったため、生き残りを賭けて電脳空間に緊急避難して、いつしかそこで意識を持つようになり、想像的に時空を創って行った人たちのことで、いわゆる人工知能のことです。
彼らがシナリオした世界がもしかしたらこの世であるかも知れないことは、一考しておいたほうがいいでしょう。