山奥に初めてやってきた頃の不思議

何年前になるか、ここにやってきた年の夏のこと。まだ猫はいないときだ。
私が窓際の二段ベッドの上で寝ようとしていたときだった。
深夜でも電気がついていたため、窓の明かりを頼って、大小さまざまな蛾が、すりガラスの向こう側のつるつるのガラス面で、こちらにお腹をむけてバタバタしながら滞空していた。
と、そんなときにカマキリがその中に加わってきた。彼は足がガラス面で支えられたため、蛾たちとは、ちょうど捕食できる距離をとって、カマをいつ振り出そうかとしているようだった。
私は、これは興味深い捕食シーンが見れると、じっとそのときを待つことにした。
ところが、カマキリは、蛾に近づきはするものの、いっこうにカマを繰り出さない。
蛾のはばたきに合わせるように、身体を小刻みに動かしているものの、何も起きない。
いっぽう蛾のほうも、きっとわかってるはずなのに、逃げるでもなく、たまに距離を少し置いたりするものの、飛び去ることもなく、その一枚のガラス面に、十匹以上の大小の羽虫が集まって、ちょうどディスコ会場で、みんなして踊っているような感じになっているのだった。
それでもいつかはと、じっと観察すること45分にもなると、だんだんわかってくるものがある。
私はそのうち、彼らはこの夜に開かれたイベント会場に集まって、みんなして楽しんでいるのだと、確信できるようになった。
誰だ。カマキリは不意打ちするから怖い生き物だとか言ったのは。
ここにきて、人間の勝手な思い込みにすぎないことが、初めてわかった次第だ。
きっとこういうわけだろう。人間が、彼らに、こうしなければいけないと教えて、やらせているのだ。そう思い込みたいがために。
だから彼らは、人間の前でのみ、捕食して見せている、いや、見せなければいけないと思って、期待通りの生き物なんですよと、捕食して見せているのだ。
私は、人間の監視の目の届かないところで、彼ら生き物たちは、きっと羽根を伸ばし、強いのも弱いのも、みんな仲良く暮らしているのだろう、いつでも生き物の楽園は、すぐそこにあるのだと思えたことだろうか。
一時間もして私は、今日の会場はお開きですよと、電気を消したのだった。
生き物の楽園は、遠い空の彼方にあるのではない。
胸襟さえ開いておれば、いつでもすぐ隣に存在していることを、見ることができるだろう。