メルヘンの功

新時代とは
私は、パラダイムシフトと言われるものは、新時代を前提にしたものであると思っています。
そこでは旧来の法則のすべてが改変されるべきものだとも思います。旧弊はそこで濾し取られねばなりません。
カルマや因縁を説く霊大国と言われたインド国内の貧富やカーストのもたらす問題が、何一つ解決できないでいる現状。これをあたかも、学習過程にいる霊魂たちへの恩寵システムのように言う聖者もいるようです。では、その学習とは何ぞや。これを詳述した話にはお目にかかったことはまずありません。愛の拡大のため、魂の能力の拡大のためと、旧体制の弁解説を出される方もありますが、ではその拡大された先の愛とは、あるいは拡大した魂の能力とはどのようなものなのか、理解できているのでしょうか。
はるか宇宙の彼方に意識を飛ばすことができるようになったことを、霊的能力向上というなら、笑ってしまいます。高次元世界を旅できるという話も同様です。愛にいたってはさっぱりわからんでしょう。聖者たちは言葉だけ独り歩きさせて、煙に巻いているのです。
私はそれらをカーストを存続させるためにまことしやかに意味づけされた詭弁と申したいのです。学習システムなのではなく、実態は監獄制度でしょうと。その上に胡坐をかいてのさばる伝説上あるいは実在を含めて聖者とは、いわば監獄の中の牢名主のようなものです。我はここまで修行してきたから、この位階にいる、ピラミッドの上位に居ることに安住しているのです。当然、その地位と権力を手放したくなく、この体制をぐらつかせる者の存在をうとましく思い、改革者を妨害さえします。
しかし、私に言わせれば、彼らがそこに居続ける限り、カーストと差別相は存在し続けるわけなので、旧来の監獄体制を強化し加担する邪魔者でしかありません。こちら側を正神とすれば、彼らは邪神の一味であり、邪神の作った旧態システムの護持者であるのみですから、戦いあらば殲滅の対象になります。
人々がもしも新時代を真に望むのなら、旧時代の体制を心底から拒否すべきであり、それができないなら、その理由を考えてみるべきです。何らかの処罰への恐れとかによるものなら、そのあたりへの呪縛にひっかかっているのです。
自ら理想とするものを掲げましょう。こうあればいいと思う世界をイメージすればいいのです。ほとんどの人が理想状態をイメージできていないから、新時代到来が見えてきていないのです。新時代のプロトタイプはいくつも出されてきています。イメージしにくかったら、そのいずれかに合流しましょう。
むろん旧体制の延長上にしか理想を描けない御仁もおいででしょう。その方たちは、自由意志でそれを選ぶのですから尊重されねばなりません。存続可能な旧システムの時空のどこかに彼らの経験されるべき世界として存続するでしょう。タイターさんなどは、そちらのほうから来ていたかも知れませんね。自力で転生を重ね、所期の目的を達していただきたい。
私の理想とする新時代は、旧宇宙という幻術世界から脱却したところにあります。誰しもの故郷とも言うべきところです。そこではすべての善が存在し、見渡す限り知恵の宝庫です。ゲームにほとほと疲れた人たちが戻るべき永遠の憩いの場となっています。というより、我々が元いた世界と言えば言足りるでしょう。
旧世界が懐かしいなら、そこでゲームに再トライするかどうか、検討されたらいい。あるいは体験版として、数回ぐらいトライするのもOKです。しっかりとしたガイド付ですから、行程が安全に計らわれるに加え、ゲームオーバーに際しても、閻魔と評議衆のお決まりの裁判手続きの際に有能な神の弁護士がつき、下手な転生契約をさせられたりせずに済むでしょう。人間転生の生と死を含めた一連の出来事は、こうした形でも学べることが理解されると思います。
神話とは
私は伊勢神宮の神には異議を持っています。今の伊勢の神は贋物と言い切ります。夜明けがきていないとしながら、どうして太陽神がまともに存在するのでしょうか。贋物をいくら拝しても、夜明けにはなりません。本物を据えてこそなのですが、秘教の五ぼう星結界の先にあるような場所に、本物が据えられたいと願うでしょうか。それはまたぞろ、秘教の監督下に置かれるようなものですから、太陽神のほうが拒否されるでしょう。
では誰が今の伊勢に居座って太陽神だと偽っているのでしょう。それは瀬織津姫さまです。またの名を八十禍津日さまといい、イザナギが新時代に脱出したときに、付着していた穢れの神であり、いと穢き世にいたものだと、川の水で流し去られている神なのです。セオリツ=流れを折って澱みを作る意味、ヤソマガツヒ=長期間のわざわいの日々という意味で、元の太陽神(男神)が幽閉されてから、同じ位階に君臨した女神です。エジプト神話のオシリス(兄)とセト(弟)の物語としても伝えられています。それを言うなら、弟のスサノヲが該当し、太陽神の幽閉の直因としての記述ですが、女神アマテラスに反抗したという時点ですでに、一段階の改ざんが含まれているわけです。
むろん、この女神はクーデターを起こした邪神たちが擁立した主宰神であり、以後、あらゆる伝説の改ざんがなされるに至っています。しかし伝承の矛盾は散見され、研究者の注目しているところでもあります。古事記は矛盾の顕著な例でしょう。ホツマは系統において正確を期しつつも、筋書きにおいて改ざんしています。が、矛盾をわざと見つけやすくしている感もあるほどの探偵向け文献です。
改ざんが見つかるような神話をどうしてわざわざ残したのでしょう。伝承を抹殺し、新たな伝承に置き換えたらいいもののようですが、実際そうした神話もあります。それが聖書です。しかし、日本神話は改ざんで応えました。それは、先住民の神々の祟りが怖かったからです。そのため、太古神の旧い名前をある程度とどめながら、新参の神々の下に封じることで対応したのです。
というのも、神話は、歴史を誘導するために必要だったのです。それを陰からするのが秘教組織です。彼らはこの神話誘導の仕組みを新設した邪悪な神によってあらかじめ原理を教えられており、歴史の黎明期に神話構築をやりました。文明の開始から終了までの歴史のシナリオをその中にこめることが起用の条件になっています。そして、思うように行っていない場合は、わざと神話に盛られた兆候を現出するようなことまでしています。すると、続くシナリオのステップが誘導されて出てくるというわけです。
ならば、対抗手段として、神話の置き換えをすればいいという話になります。大衆読み物となった聖書や古事記に対して果たして敵うのか。それが敵うのです。
私は50を越える期間を余禄の期間としていただき、正神復活のために新神話を書かせていただきました。ひとえに、この役割のためと心得ております。思えば40半ばにして、不正義が正義面して横行する様をあきあきするほど見てきて、面白くもないので人生50年で終わらせ、転生は金輪際願い下げと、私をここに登場させた神に願い、魂が転生の因なら、魂を消し去ってくれとまで申し立てたようなわけでした。
だから我が神が、凝縮された面白さの余禄として下賜くださったものと理解し、この期間どんなに暴れ者ぶりをさらけ出し、どんな結果になろうとも、成功しても失敗しても、元の羅城門の前に立てばよしの思いで日々いたっております。我が神がまさしく実在されていることを、数々の奇跡を通して確認できたことだけでも、大成果と言えるのです。
そして、ありがたくも新神話の功なって、幽閉あるいは封印されていた正神諸神の救出が神界において叶い、これに注力してくれた協力者もみごと活躍を果たされ、いちおうの首尾を見届ける段にまでなっております。
旧世界に閉じ込められていた一寸の有情の魂すらも、元あった故郷に返すこと。それが新神話の目指すところです。
太陽神はあちらではすでに復活されています。夜明けがきています。こちらに現れるのは、もう明日あさってのこととなっています。
あとは、各自がイメージでそれを引き寄せ、獲得していただければいいだけです。イメージ乏しい生まれをした有情たちは、正神たちが元世界に連れ帰ることでしょう。
私がイメージするのは、ほとんどの有情の元の故郷への復帰です。その効果が出ていて、すでに植物の精霊や国津神たちがまず率先して元世界に去っています。各所からオーブ(魂の殻)解体の写真として、私の手元に集まってきているのです。その他にも今後、随所で情報が入ってくることでしょう。
私はこの世に不公平かつ不条理な人為的仕組みが存在する状態での存続はまったく望んでいません。カーストの存在することは絶対に容認できないのです。
よって、この一見、文明の最高潮と錯覚させている現代文明が崩壊してなくなることが、この世において迎える新時代のあり方でなくてはなりません。

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