拙宇宙論から仮定すればこんなことも

関わりがあるなら猫のほうが縁者のこともある
夜空を仰ぎ見ていて、あれはどこそこの星、あれは何々星雲と言うでしょう。しかし、実生活には何の関係もありません。それを職業にするなら別ですが。だから星雲同士がぶつかり合っていても、よそ事であり、そう見えているだけのことです。離れた土地の話題も、じかに行って体験するのと本で見るのとでは大違いです。同様のことが人との間にも言えます。人口は何十億人という人がいるようですが、多くの人にとって人生上の関係者と言える人は数えるほどしかいないでしょう。つまり、宇宙の星雲同士の相互作用と同様に、関係ない人との相互作用も希釈されているのです。それはプログラムの観点からすればダミーと見ていいことになります。RPGゲーム空間内では、主人公にとって、主要な関係にあるキャラクターとそうでないダミーキャラクターがあるのです。別の主人公にとっては、あなたにとってのダミーが真の関係者である場合もあるでしょう。しかし、あなたは、他にとっての関係者のほとんどを無視しているし、それでいいのです。この概念はともすれば独裁者によって都合よく用いられて残虐を許すことになりかねません。とくに神秘主義思想に傾倒していたヒトラーなどは、わけを知って大量虐殺をも是としたかも知れません。たぶんメーソンやイルミなども神秘思想の土台が共通するようなら、発想は同じかも知れません。そう仮定すれば、大量虐殺は罪になるでしょうか。ダミーを撃っただけだと開き直るかも知れません。そこには、後発的な道義性という圧し着せ的な縛りしかないのです。結局、ケーシーの語るように、残虐行為に及んだときの心的動機だけがカルマとして問われるという、辞世後の審判のありさまだけを真とするしかなくなるのです。私としては、こんな馬鹿げた人類のタイタニック号のごとき航路選択につきあってられないという思いでいっぱいです。だから、滅べばいいんだという気持ちのほうが勝っています。その思いに呼応して、世界は今まさに崩壊沈没に瀕しようとしています。つまり、私がこの世界を創造主として選択しているとも言えるのです。私には厳然として意識があるのですから。あなたには本当に意識が存在しているのですか? むろん、当たり前だと仰るでしょう。しかし、相手にしているのはRPGソフトのプログラムなんですから、相手がそう答えるようにプログラムされているだけかも知れないのです。そんなバカな。ほんとにそう思いますか? RPGゲームの世界には、たくさんの人間がうごめいています。そのすべてに、誰かが必ずひとりずつアバターしていると言い切れますか? 世界も同じかも知れないのです。しかし、たったひとりの一存で大量虐殺したとしましょう。 その結果を刈り取るのは、その人本人ということになるのです。RPGゲームですから、その後のことについて、どんな約束事になっているか、やってみた上で確かめてみてください。
宇宙を旅する孤独な宇宙人になったつもりで
もし地球人のことをあまり知らない宇宙人がやってきて、自己紹介したとしましょう。この宇宙人は、我々よりはるかに科学が進んでいますから、世界をRPGゲームとして捉えることができています。だから彼が地球人の誰かに出会ったときに自己紹介して言うのは、「私は私を自ら意識している者です」つまり、「I am that I am」となるのです。これは上から(外側から)アバターとしてやってきている者ですよ、という意味になります。そう来たならば、遭遇したあなたも「I am that I am too」と返せばよろしいのです。そうすれば、会話ももっと打ち解けたものになるでしょう。もしそう返せなければ、またもダミーだったかとがっかりして去っていくことでしょう。もう少し悪い宇宙人なら、相手は無知なのかもしれないから支配してやれ、となったりします。ダミーだと思ったもんだから滅ぼしてしまったよ、とは、宇宙間査問会議における後の言い訳です。

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