やはり・・・朝令暮改、前言撤回

ブーから愛想尽かされて、原因が新神話からの離脱だったため、ここは猫たちのためと称して自分の命の延命に走ろうとした愚策を撤回することにしました。
三猫がここに来た理由は、四神獣のうちの白虎の座を満たすためということは、すでに不思議夢で見たとおりだったことが確実です。
そんなとき、私は彼らの役割を無視して、自己保身に走ろうとしたわけで、長老格のブー(の魂)からすれば、いい加減にしろという思いだったに違いありません。私はしばし公然とシカトされ、ウーにも白い目で見られ、肝心のフーも途方にくれているような有様で、これでは何のための保身か知れなくなったような次第。
よって、愚かな考えを撤回して、まずブーに衷心から謝罪したようなことです。
つまり、私はいつ何時においても召還命令に従うということ。そのとき、三猫も共に召還を果たすだろうということ。
我々は拝一刀とその子大五郎たちというわけです。その美学に立ち返ります。
この世界は自然界の隅々にまで邪悪が蔓延っていることは、三猫たちの日常が物語っています。何も人間世界だけではありません。邪神のシナリオに乗った世界とはかくも穢いものかと。これらに対してのアセンションとやらの果たす役割は満足いくものなのかどうか、私はまだまだ疑問です。
というのも、アセンション後も含め、未来世界の音信を語る聖者(霊界にいるものも含め、私はこれらを日和見の聖者と軽蔑していますが)の言は、ことごとく人の創造性を偏向させようとする意図に満ちているからです。私からすれば、スミス側の仕立てた聖者であり、これに心酔する人々を歪曲した道に誘うだけの、つまり欺くだけの存在でしかないのです。
その好例はバシャール。インディアンの霊ということですが、私はその言葉の書物を読んだことはないのです。噂は聞いていて、本を手に入れた直後に悲運に見舞われたので、廃棄したことが一度。それっきり。
しかし、今回、ふぐりさんの記事にコメント入れてた人の引用にバシャールの本からのものがあって、私が前々から言っていたような話の蛇足に、人に制限をかけるような未来話を付けていることが判明したから憤慨したのです。
https://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-entry-549.html
この記事のコメントタイトル「パラレル・ワールド(並行世界)の分離」というところです。(もし読者限定記事なら、ここが元記事のようなのでどうぞ)
新神話の意図するところは有情の魂の解放と故郷への帰還。ということからすれば、先回りして制限しようという意図に満ちていたため、ここに邪神側のスポークスマンに過ぎないことを言っておきたく思います。あの世に逝ってまで、この世の有情にブレーキをかけるなかれ。
彼の話は、世がマトリックス(幻影プログラム)であることからすれば誰にでも容易に推測のつく、未来選択に関わる個々人の創造主性の展延したときの当然の帰結話です。ところが、人々がその迷路にいっそう迷い込まないために、新神話は機能するものです。まったく正反対の働きをします。
バシャールは、体制に胡坐をかく者。愚かな民をいくらも抱えていたい邪神側の教師でしかありません。

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