世界よ、恵みとからかいを

昨晩の雷雨は突風もまじえていたらしく、トマトを支えていた物干し台とともに、ひっくり返っていました。
また、上善は水の如しとは言いますが、大量の雨水が、今度こそ完全を期したはずの屋上のシートの継ぎ目の防水テープをみごとにくぐって、下の倉庫にいくつも水溜りを作っていました。
幸い晴れましたので、乾いた継ぎ目を補修。重い実をつけたトマトもかろうじて助かりそうなので、集水塔の下に入れて安定させました。あーたいへん。
P1010005_20090623122932.jpg
P1010006_20090623123036.jpg
ピーマンは順調です。
P1010007_20090623123205.jpg
小松菜とネギです。小松菜の種は、いつかきっとさんからいただいたもので、みな発芽してとても優秀です。次のプランターもしくは水耕セットを用意しましょ。
P1010008_20090623123407.jpg
ベランダにドアをつけたもので、簡単に望観台に出られます。
P1010003_20090623123944.jpg
ベランダは通路だけでなく、物置と作業場になってます。マルチユース志向なもので。(単に狭いだけか)
P1010004_20090623124135.jpg
私は幸せです。
世界(外界)に対して、「お前は美しい!!」と言ってやれるようになったから。
そのような環境が今の住まいであることは、奇跡のようなことです。
対話を望めば胸襟を開いてくれたのもお前だ。
私はお前の中で遊ぶ子のようであって、お前の親でもある。
お前とワンセットで共に歩んでいる。
私はお前を愛している。
私はお前を連れて光にいざなう。
ともに光の中でひとつに溶け合うまで。

世界は愛だった

理想郷はすでにここにあった。
そして愛は・・・。
ここ数年、私は起きてくる出来事に、一連のシンクロを感じ、その意味を読み取ることで啓発をずっと受け続けてきた。
最近の啓発に満ちた衝撃的出来事は、藤澤ノリマサ君の音楽を知ったことだ。
特にダッタン人の踊りは曲も歌詞もすばらしかった。

[歌詞]
もしも今 すべてのものが
簡単に うしなわれても
けっして消えることなく残る それは愛
この世界が滅びて 最後のロンド 踊る日が来ても
あなたへの愛は幾千の 時をかさねて ここに刻まれる
消えることなく永遠に
未来など誰も知らない
真実は過ぎた日々だけ
ただ今は願い祈ること しあわせを
この愛は育ってく やがて広がる 大きな炎へ
苦しみや悲しみを超えて 燃え続けてく 暗闇の中を
光がさす場所まで
静寂と闇の中で 心とぎすませば
聴こえるよ 愛の歌が
愛は消えることのない炎
命をかけて 守りたい者は
君だけ

これは一種の異界交信と言っていいだろう。必要なものが必要なときにやってくるタイプのものだ。
彼の歌の歌詞によく出てくる「愛」という言葉。私はその意味がよく分からなかった。
汝の敵を愛せよと言った人の愛の意味は、許しだったろう。それは、とてもできそうにない許しを、無理に作った許しのことだ。それが愛というものなのか?と。こんな違和感を伴う愛など、愛とは呼べるわけがない。
愛は地球を救うとかいう人の愛とは、利他の心のことだろう。これも近づいた感はあるが、どうもしっくりしない。というのも、何か他人から強制されてやるような感があるからだろう。自分の思いや意志があってのことなら別だが、どうして慈善家である必要があるのか、という思いが違和感の原因なのだ。
ところが、ノリマサ君が歌っているときの「愛」は、力と心がこもっている。それはいったい何なのだ。それこそ愛と考えられるのに。
歌詞の中の「最後のロンド踊る日がきても」のフレーズにまず衝撃を受けた。
我々戦士は誰もが最後の日に、世界最後の踊りを踊ることになる、とはトルテックの時を駆ける戦士のドンの言葉だ。私はそのとき、どんなBGMで踊ろうかと、昔から曲の選択をしていた。高校時代は、ショパンの別れの曲だった。20年前には、久保田利伸のMAMA UDONGOの日本語版スタジオ収録曲だ。そして今、ノリマサのダッタン人の踊りにしたく思う。炎の美声を心の底から振動させて踊るつもりだ。戦士として最も誇らしい瞬間になることだろう。
「この愛は育ってく やがて広がる 大きな炎へ
苦しみや悲しみを超えて 燃え続けてく 暗闇の中を
光がさす場所まで」
私の前に照らし出される出来事の葉の一枚一枚に啓発と導きが必ずある。
そう。そうなのだ。無明の闇の中を燃え続けて照らすものが愛なのだ。世界は愛のために存在し、愛は世界のために存在していたのだ。世界は無明でなくてはならなかった。
愛は、生きているということだ。世界の中心に立ってこうして生きているということ、そのものなのだ。私はそれをビジュアルに体現している彼の姿の中に愛を見て共感して、私の心の奥底、魂が共振して、ものすごいエネルギーが溢れてくるのを感じている。
私が今ここに生きていることが愛なのだ。幾千の時をかさねて、大きく広がっていく炎なのだ。
私の愛に照らされて、世界が踊っている。たとえ世界が滅び、最後のロンドを踊って見せるのだとしても、私は広がり強くなっていく愛の主体として燃え続ける。
光さす場所まで。光さす場所に世界を導くまで。光の中に至れば、炎は要らなくなる。愛の炎は世界を救う救世主のことだった。
私のいるべき理想郷は最初からここにあった。
そして、世界の中心にある私は、愛そのものだった。
同じことが、みなさんにも言える。
愛の戦士たちよ。その名は、セーラー? ん?
では私だけでも。愛の戦国武者、直江? ん?
てなことはなく、そうだ、笑うセールスマン、喪黒服蔵。
ど~~~ん