思えば遠くに来たものだ

朝方に、ピーマン鉢の現状写真をアップしましたが、実はそのすぐ下の床に、5粒のネズミのものらしい糞が一列に並んで落ちておりました。
IMGA0890.jpg
クローズアップ
IMGA0891.jpg
以前から天井裏が夜中になると賑やかになりまして、ネズミさんが勤務先から帰ってこられた様子が伺えておりました。そのネズミさんは、当初、天井の薄い板をかじり、ただでさえも穴があきそうなのに、これでは大変と、何度もどやしつけて、ガリガリやらないようにしつけたのであります。
その甲斐あって、ネズミは自分だけで住み着いていないことに思い至ったと見え、なるべく音を立てないように走り回るようになりました。
しかし、よくよく考えてみれば、父も母もネズミ年で、私の寝室のベッドの横には父母とハツカネズミの額がかかっているわけで、もしかするとこの家に化身して住み着いているのではないかという、想像力豊かな思いに囚われて、ふと沈思黙考したりもするのです。
そんなとき、ピーマン鉢の前に、このような人工的な配列の糞が置かれていたりすると、ほら、つい先達てのこの夢の記事のこととあいまって、母がピーマン苗の面倒を見にきたのではないかという思いにふけってしまうのであります。
糞が置かれていたのは、この前の日もそうで、このときは10粒ほどが同じピーマン鉢の前に、かためて置かれていました。それを、これは何じゃと、箒で掃き飛ばしていたようなことでした。が、今日はそんなわけには参りません。ここの場所のピーマンはいちばん花をつけて、実のなりがいいのです。
たまたま偶然、箱の中から出てきた島田陽七さんの本と、粘りつくテープでもすっぱり切れる母の所有していた優れもののハサミを糞の隣に置いて、記念撮影となりました。
IMGA0892.jpg
先週の土曜日は日中、元の住所のほうに行っていて、真っ暗になってから帰ってきたりですが、そのとき私の寝室の扉をあけて電気をつけてみれば、横の壁に大きなゲジがじっととまっているではありませんか。またも女子のような雄叫びを上げたことは言うまでもありません。
ムカデがあれ以来一度も現れていないにもかかわらず、こんな面積のでかい奴が侵入していたことに、絶望感ににた恐怖を感じ、急いでスプレーを探し出して戻れば、元のままでじっとしていました。
シュー。
痛さのあまり逃げ出し、また踵を返して戻ってきたときにもう一撃。
奴は、狂おしく身もだえして絶命いたしました。
かつてのムカデといい、このたびのゲジといい、あるいはネズミといい、もっと前のゴキブリといい、もしかすると私の前に現れる害虫、害獣というものはおしなべて私の親しい縁者ではなかろうか。
それを汚い者、害する者と決め付けるようにして、無残にも殺してしまう。それは力になってくれた縁者に対して、恩を仇で返すことに他ならぬのではないか。それとも、こうやって引導を渡せているのだろうか。
胸中複雑な思いに駆られるのであります。
IMGA0895.jpg
本日、旅行帰りの身内さんと電話で話ししました。その中で、正邪ともにバランスよく存在することで、自然界はうまく成り立っているのではないかといった話を身内さんはされました。弱肉強食の世界は、一見すると不公平や邪悪さが存在しているようですが、絶妙のバランスが保たれて生態系を存続させていると。
しかし、現在の自然界は、邪悪さの度合いが異なっていて、元のバランスを保つことのできないほどに破壊傾向が強く出ているということも実感されたとのことです。それは自然界に潜む邪悪とは別の邪悪によるものなのかどうか。私には、その辺があいまいになっているように感じたので、ひとつの解釈をしたく思います。
私は、自然界の弱肉強食の法則すらも邪悪ではなかろうかと思うのです。
その意味では、邪悪が皆無になっても、自然界は存続し進化し発展するだろうと。
トラブルや闘争や刺激や死、それに伴う痛みがなければ、進化はないとするのも、生命を侮った見方のように思います。
自然界すらも、理想から遠く離れてしまっていたのではないか。
そこに人間が現れ、追い討ちをかけるように自然破壊の要素を持ち込み、さらに遠くに引き離してしまったのではなかろうか。
私は、条件付けされた情報によって、ムカデやらゲジやらネズミやらゴキブリやらを、見つけただけで毛嫌いし、殺傷しようとします。が、もしも彼らと思いの中で和解しあって、いずれの世かで互いに握手までできるようになるなら。と思うことしきりです。しかし、見てしまうと、条件反射的に殺さねばと衝動的行動を起こしてしまう。架空の痒みを催しながら、こんな奴らに部屋の中に居座られたらたまらんと思ってしまうのです。
それだけ、世界には恐怖が支配的に推移したということなのかと思います。人間不信、自然界への不信、神への不信。その反動である過度の祭り上げや隷属。こうした思いの偏向は凝り固まって、どこかおかしいと思えるほどの行動に人を駆り立てているように思います。
手塚治虫の漫画に、ジャングル大帝というのがありました。百獣の王ライオンの主人公レオが、やがてジャングル内の弱肉強食の紛争にまで解決の道をつけ、獰猛な猛獣から、弱小な生き物までが互いに仲良く暮らしていける世の中にするというものでした。彼の名前の治虫には、せめて虫の世界だけでも丸く治めたいという意味がこめられていたのではないかと思います。彼の理想からすると、弱肉強食に潜在する邪悪すらも必要ないということではなかったか。
私にも禽獣の心あり。禽獣の幸せを希求する者でありたく思います。

近況報告

まずはハルンの池だよりです。
IMGA0884.jpg
毎朝、5時くらいから斥候がやってきて、池の溜まり具合を観察しています。
そして味見をしてから、仲間のもとに。
昨日などは、もうもろに暖かいのを引っ掛けてやりましても、温水シャワーとでも思ってるんでしょうか、その場で打たれていたりしています。かなりお馴染みさんになったようです。
次は物見台のピーマンの様子です。
IMGA0885.jpg
ハチがこないので、自分で受粉作業した甲斐があってか、実をつけ始めています。
こちらはトマトの様子です。
IMGA0886.jpg
マルハナバチあたりが来ないと受粉できないというのですが、右側のはすでに実をつけていました。
左側のを自分で受粉させようと、道具を探したものの見つからず、とうとう電動ジクソーで花を大振動させました。うまくいくかどうかは不明です。
物見台の下は倉庫として作りました。入り口の通路のアバウトな出来具合はいかがでしょう。橋として中空にかかっております。
IMGA0888.jpg