星の子UFO

   星の子      作/奥人 (1997年頃の作)
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/stellarchild.htm
  ★       ★       ★
星の世界にともだちを持ったことがあるかい。
星たちは、すいすいと夜空を泳ぎまわる。
まるで、みずすましのように、じっとした星の間をぬって、
ぶつからないように泳ぐんだ。

え?星がすいすい泳いだりしないって?
そんなことないよ。
ぼくは呼びかけてみた。
「君たちはだれなのか」と。
すると答えてくれた。
「星さ」と。
ぼくはふしぎに思って、もういちど呼びかけた。
「でも、星なら同じところにじっとしてるじゃない。
UFOさんじゃないの」と。
すると答えてくれた。
「そう言ってくれてもいいよ。でもほんとうは星さ。
星がじっとしてなければならない理由がどこにあるの」と。
それを聞いて、ぼくは、「へーえ」と思ったよ。
よく考えてみれば、ぼくらが空に星がある、あれは何万光年
はなれていて、大きさは直径何百万キロだよと言われても、
実感がわくかい?
だれかが見つけて、ああだこうだと計算して、こうなった
んだと、人が唱えて本に書いたものをみんな学んだ。
そう。学んだだけなんだ。
そこに行ってきたよ。その結果こうだったと
説明する人がいたのかね。
それとも君が確かめてきたのかい。
そう。けっきょく遠いところから推測するに過ぎないのさ。
だけど、ちがうよ。
星たちはちゃんと生きていたんだ。
生きて話しもするし、あちこち旅行して楽しんでいるんだ。
すいすい、すいすいと、自分の意志で、
あっち行ったり、こっち行ったりしているよ。
え?どうしてそんな考え方をするようになったのかって?
君はぼくが人のうけ売りでものを言っていると思っているんだね。
ならそれにあわせて、言ってあげよう。
それはね、だれだったか、著名な科学者が言ったらしいこと。
「公理を疑え」ってね。
そのけっか、逆にその人の唱えたことが公理になったとか。
だから、ぼくたちも公理を疑えば、公理をしのぐことが
できるかもしれないじゃない。
あ、笑ったな。そうさ、これは冗談さ。
今の公理はこおり砂糖のようにしっかりものだもんね。
でも、星が夜空を泳ぐというのはほんとうだ。
あれは二十年も前のことだった。
ぼくは、ある人たちとキャンプした。目的はなんだと思う?
夜空の天体観測?ちがうよ。UFO観測だったんだ。
その人たちは、UFOがこの世にいると信じていて、
中にはなんども目撃した人もいたし、撮影した人もいた。
ぼくなんかは、新米もいいとこだった。
「ほんとうに出てくるの」と首傾げながら言っていたんだから。
その夜も、みんな夜空を見上げて待っていた。
一眼レフカメラをつけた三脚立てたり、双眼鏡を持って。
こんなので写るのかな。見えるのかなって思ってた。
みんなねばり強く待ってたよ。
みんな想いを夜空に向けて集中していたみたいだった。
なにしろ、ようやく集まれたせっかくの機会なんだから、
見ずにはおくものかという感じだった。
はじめてから、2時間もたっただろうか。東のまっくらな空に、
オレンジ色の光が、しゅっ、しゅっと飛ぶようになった。
みんな、ああ来た来たと歓声を上げていた。
だけど、僕はまだ疑問で、流星じゃないの、って思ってた。
でもね、みんながあまり熱心なので、
じっくり見てやろうという気になったんだ。
頭を上げて無理な姿勢を続けても集中できないので、
持ってきていたネブクロに入って、
仰向けになって、星の大空と対峙するようにした。
体も暖かくなってここちよかったし、
大きな空は満面の星をたたえて、
ぼくを迎えてくれているかのようだった。
そのうち、ぼくは大宇宙に投げ出されているように思った。
ぼくは宇宙空間に浮かんでいるんだ。
あたり一面にある星ぼしとぼくは、
何ら変わらない存在のように思えた。それは錯覚じゃあない。
だけど、そう長くもおれなかった。みんながまた向こうの空に
飛んだよ、といった歓声を上げていたから、
ぼくの注意もそれたんだ。
それでぼくは、みんなの言うUFOがほんとうなら、
ともだちになってくれるよう祈ってみることにした。
みんな、UFOは精神的にすぐれた人々の乗る宇宙船だから、
宇宙人とは友好的にすべきだと考えていたからね。
それでぼくも、ほんとうのことにちがいないと思って、
テレパシーを送ってみたんだ。
だって、こんなにすがすがしく透き通る宇宙を飛びまわって
いるなんて、精神的にものすごく高尚にちがいないもんね。
心の中から、「ここに来ているUFOさん。
ぼくはまだいたらないところが多いけど、直すようにするから、
ともだちになってくれませんか」と、
星空に向かって思いを込めて語りかけたんだ。
すると、たったの2,3秒後だ。
ぼくの視野のど真ん中、つまり夜空のど真ん中に、
大きな三日月の形をしたオレンジ色の何かが横ぎった。
それは次の瞬間、同じ位置で
あの流星のような飛び方をして見せたんだ。
つまり、超低空飛行してきて、急上昇して去ったという感じだった。
あーあー。とうとう出ちゃったよ。
みんながさわいでいる様子はない。そりゃそうか。
みんなたくさん見えた東のほうを向いているんだから。
真上だよ、真上。
ま、いいさ。これはぼくのためだけに出てくれたんだから。
ぼくはそのまま宇宙に見入ることにした。
そして神秘の宇宙遊泳にひたることにした。
その後どうだったかって?どこで眠ったか忘れたよ。
ただ憶えていること。
翌朝家に帰るのに、車を見たらガス欠寸前だった。
オーマイゴーッド。それでも帰らなくてはならない。
こんなボンゴ車、だれかに牽引してくれとも言えないし。
こんなありさま内緒にするしかなく、やがて現地解散になったんだ。
おりしも日曜日、その頃はオイルショックの直後で、
スタンドが日曜営業してなかったんだ。
(第二次オイルショックのころ。1979年のこと。この話は、夢の中の神戸の実家で宇宙人と会見した話とはまた別の実話です)
一級国道を通るから、どこか開いてるだろうと思ったけれど、
どこも静まりかえって、ロープが引いてある。
家まで100キロはあったから、絶望的だった。
<UFOさん、何とかして、頼みます>となんども祈ったよ。
一生懸命オイルセーブの努力をして走らせた。
すると、家までたどり着いてしまった。まさに奇跡だと思ったよ。
それから一月ほどした頃だった。
夢の中に満天の星空と、
その間をぶつからないようにすいすい
スラロームを描きながら泳ぐ白いUFOが3機編隊で出てきたんだ。
その後も、忘れかけた頃に出てきたよ。数はいつも複数だった。
でも、ぼくは彼らが星の子だとは知らなかった。
あるとき、UFOって何なのだろうと、
あれこれ考えていた矢先の夢に、いつもとちがう夜空が出てきた。
星数はまばら。そのとき右上のほうから、
すうーっと直線的に白い星が真ん中へんにやってくると、
そこにあった星にぶつかった。そのとたん、「ポッ」と音を出すと、
すうーっと右下方向に跳ねかえって行ってしまったんだ。
それは質量保存則の実験を思わせたね。
でも、よく考えてみたら、それはむかしあったテニスの
テレビゲームみたいじゃないか。 (知ってるかな?)
それで悟ったよ。UFOは映像の一種なんだって。
それはあのキャンプ場のときも、もしかしたらそうだった
かもしれない。なぜなら、なんの音もしなかったから。
でも、そんな映像を夜空に作ってみせるだれかがいることは
まちがいないことだ。
いや、夜空でなくとも、控え目に見て、
ぼくの網膜に写っただけとしよう。
--だって、夢の中にまでやってくるんだから。
とすれば、 視神経に作用したかも知れないわけだ。--
それでもすごいこととは思わないかい?
少なくとも、高度な科学技術であることはまちがいないだろう。
そうしただれかがきっといるにちがいない。
ところが、とうとう第三種接近遭遇をしてしまったのさ。
そう。とうとう出くわしちまったんだ。
それも、はちあわせだ。はちあわせ。
そのときの様子はこうだ。
ぼくはある晩、眠ろうとしていた。あおむけになって。
だけど眠れない。何もすることがなくて、
早寝しようとしていたものだから。
(実際には、園芸店で買ってきた90Cm支柱4本をピラミッドに組み立て、ゴム粘土で角を止めたものを東西南北に合わせて設置し、その中に頭だけ入れて横たわり、八拍呼吸法による瞑想をしていました)
そんなときにあれこれ考えても、よけいに眠れないだろ。
だから、ただまぶたの裏をじっと見て横たわっていたんだ。
何も考えずに。
うす明かりがまぶたを通してきて、ピンク色のような色。
ただそれだけだった。
どれほどたったか。ふしぎなささやきが聞こえてきた。
おやっ、と思って目を開けようとしたけれど、
いやまてよ、と思いとどまってそのまま声のしている向きを
確かめようとした。
(実際には何の声もしていません)
すると、その声は外から聞こえているんじゃなく、
ぼく自身の中からしていたんだ。
何を言ってたかって?
それは会話だった。少なくとも二人いた。
そのうちの一人はぼくだった。こんなこと、びっくりだ。
一人の声が、「ちょうどいい機会です。
私について知ってもらいましょう」と言った。
するとぼくが、「よろしくお願いします」と言っているんだ。
(実際に会話はしていません)
そのとき、ぼくにはその会話の光景が見えてきた。
一人というのは、あのUFOなんだ。
背景は何だったか忘れたけど、白く輝く光の玉が浮かんでるんだ。
そしてもう一人、ぼくというのは、ぼくだから、当然見えやしない。
そのUFOが次にこんなことを言うんだ。
「私はあなたの目の中に入りますから、
しっかり見ていてください」と。
すると、ぼくがこんなこと言い返しているんだ。
「あなたは映像だから、大丈夫ですね」って。
どういうことだと思う?
それはこの次に起きたことでわかる。
いきなり、その光は、ぼくの閉じてるはずの
まぶたの中に飛び込んできたんだ。
「じゃあ、見せてあげるよー」ってね。
(そのときUFOは映像だから、体の中にさえ入ってこれると不意に思っただけのことでしたが、突然白球UFOが現れて、さーっと、意識を集中していた眉間に飛び込んできたのです。これは夢の中での話ではなく、顕在意識で経験したことです)
そのしゅんかん、視野の真ん中から白くまぶしい光が
放射状に広がって、視野全体が光で包まれてしまったんだ。  (太陽光のようでした)
ぼくは仰天して、
心の底から、「うわー」って叫んでたよ。
そして気持ちはパニックさ。そして思いっきり、目を開けた。
だけど、目を開けても視界がぜんぶ白い光だったもんだから、
ぼくはてっきり自分の気が狂ったと思って、
頭は振るわ、目はパチクリさせるわ、
正気を取り戻そうとてんやわんやだった。
するとやがて、おおっていた光が
ちぎれちぎれの雲のようになって消えていって、
元のうす暗い部屋の景色に戻ってしまったんだ。
(この一連の描写は実際のものです)
それはいったい何だったのって?
それはぼくが聞きたいくらいだけど、きっとよく言う、
UFOとの第三種接近遭遇というやつじゃなかったのかな。
だけど、それは星の子だったんだ。
それがわかるまでには、ぼくはまだ何も知らなさすぎたのさ。
え?おかしな遭遇のしかただって?
そうだ。普通だったら、僕がUFOの中に
連れ込まれるわけだ。それが逆なんだからね。
ただし、ぼくが連れ込んだんじゃなく、
ぼくの中に勝手に入り込んできたんだ。おかしな具合だよ。
だけど、あんなにいやがったから、きっと気を悪くしただろう。
それ以来、ほんとうにたまにしか、
夢の中に出てこなくなったから。
でもしかたない。あんなに突発的だったから。
だれだって、アポを取ってからにしてもらいたいよ。
そうすれば、たとえ前代未聞のことでも、
少しはましな対処ができたかもしれない。
いやまてよ、あのときは別のぼくがOKを出してたんだ。
あのぼくって、いったいだれだったの?
後からわかったんだけど、
あれは夢の中で意識するぼくだったんだ。
それが現実の世界にまで橋かけしてくるなんて、
思っても見なかったことさ。
え?きもち悪いだって?
そんなことないでしょ。だれだってそうじゃない。
夢を見ているとき、君は現実のことが意識できるかい?
現実問題を夢の中に持ち越すことができるかい?むりでしょ?
つまり、ちがった意識が少なくとも二つはあるのに、
みんなごちゃまぜにしているのさ。
さて、とにかくUFOを、かなりがっかりさせたらしくて、
それ以後めったに、すいすいUFOプラス星空の夢は見なくなった。
でも、彼らはぼくときずなを作っていてくれた。
そしていつでも、ぼくが必要とするときに彼らが援助
するだろうことも、なんとなくわかるんだ。
きっともう一つの意識が知っているんだろうね。
あのときひょっとしたら、ぼくはだめだったけど、
もう一つのぼくは受け入れていたかもしれない。
(蛇の道は蛇といいますか、この後1994年に武良氏と出会い、以後UFOビデオ撮影友の会を作ってUFO撮影に興じました)
ぼくとのきずなとは何かって?
それは、記念的な表象としてぼくが記憶しているものだ。
たとえば、あのUFOの形、色、動き方、
そして奇妙な考えのひらめき、そのシンクロ。こうしたものだ。
それがついに、現実世界にやってきたんだよ。
最近のテレビでUFOミステリーものをやっていたけど、
そのとき、イギリスでよく発生するミステリーサークルにUFOが
関与しているしゅんかんの実写ビデオが放映されていたろ?
なに、見ていない?なーんだ。
そうしたものを見ずに、UFOはいるかいないかわからない、
などと言っていたらはじまんないよ。もう。
(坂本氏の白昼の満天の星のような出現を撮影したビデオを如実に見て、夢の中だけの話ではない、やはりいたんだと思ったことでした)
実はこのときの白い発行体こそが、
ぼくの夢になんども出てきたものなんだ。
形、色、すいすい泳ぐような飛び方も同じだった。
そして彼らが描いた幾何学模様の中に、
ぼくが研究していた模様がそっくりそのまま
あったからおどろきだった。これは、ぼくと彼らの間で
心のパイプがつながっている証拠と思ったね。
でも、彼らはUFOではなく、星の子だったんだ。
それがわかったのは、さらに後になってからだった。
さっきの話の後、またいくつかのことがあったけど、
それはもういいにして、最後の結論の話しをしよう。
なぜ星の子だったかってこともわかるよ。
その後、ぼくは、比較的短い一生を閉じたんだ。
ぼくは、自分の体を抜け出して、大気圏を通り越して、宇宙へ出た。
青い地球が、一望のもとだった。うすい雲を通して、
ぼくが生きた国がうすい海岸線のりんかくを現わしていた。
ああ、この国どうなるんだろ。ああ、この星どうなるんだろ、
と思いにふけっていたときだ。
ふしぎな声が聞こえてきた。
それは心の中で行われているあのときの会話のようだった。
「成るようにしか成らないのさ。もっと気楽に、気楽に」
そのとき、ぼくがまた答えているんだ。
「そうだね。気楽にやるよ」って。
なんだこれは、ぼくが生きていたとき、
どうにもならない成り行きにあせり憤慨するたびに、
思いついて気を静めた言葉じゃないか。
ぼくは、その声のありかを心の中にたどるうち、
むこうのぼくの会話が聞こえる扉をみつけて、そっと開けたんだ。
そのとき、むこうのぼくが会話の声といっしよに、いっきに流れ込んできて
ぼくと結合したのさ。それと同時に、ぼくの心に
たくさんの情報が流れ込んできた。
すると、いままであったことはむろん、自分がいったい何者で、
どこに向かっていこうとしているのかも、悟ることができた。
ぼくは星の子だったんだ。
見上げれば、さっき会話していた仲間たちが、
みんな同じ光の体をして、ぐんじょう色の宇宙空間に浮かんでいた。
そして、みんなすいすいすいすい自由に泳ぎながら、
手を伸ばし、結びあって、一つの大きなネットワークを作っていた。
見えないその先はさらに高次元へと伸びていた。
そして高次元のはてには、創造主がおられることも
ひとりでにわかっていた。
ぼくは、あらゆることを知ることができた。
それによる充足感は、たとえようもないものだった。
この情報ネットワークにあるものすべてが、この恩恵を共有していた。
そう。だれでもみな同じ、星の子だったのさ。
☆  ☆  ☆
キリスト教嫌いだからといって、クリスマスにちなんだ話がないのでは、話題のないオッサンでしかありません。といっても、この話は童話として作ったものなので、オッサンとも言い難いものがありましよう。
が、この話をクリスマスだから出したというのではなく、今日までのいつかきっとさんとの水面下での話がきっかけになっているという、偶然のものなのです。
いつかきっとさんは本日、私のUFO体験と似た体験をしている半田広宣氏のことを教えてくれました。
体験には、いくつもの相違点はあるのですが、
半田氏は白球UFOに眉間に飛び込まれてから、宇宙人オコットと交信するようになったといいます。
私も、学生時代にすでに宇宙人と会見していた可能性があり、UFOには宿縁の深いものがありますし、同行撮影家の武良氏などはチャネラーで、長い間、たった二人でクラブ活動をしていた経緯があり、2003年に坂本夫妻が現れるまで、他の誰も入会しておらず、HPのカウンターは回っているのに、こんなにハケのよくないクラブも珍しいことでした。
半田氏はUFOに素直に入られたから?発展されている模様です。私は拒否したから?壁が厚かったのか?というより、学のない私では、理論的発展はできなかったのだろうなと思います。彼の理論についてにわかかじりで見ても、さっぱりですから。
しかし、半田氏の「人類が神を見る日」の解説サイト↓にこんな記事がありました。
https://www.h2.a.ne.jp/~apo.2012/daiyogen35.html
「古代の多くの哲学が語るように、人間は神自身を映し出す鏡であり、人間を通してのみ神は己自身を自省することができる。人間を創造したものが神であるとするならば、神を創造するのも人間でなければならない。いずれ読者はこの物語の先に、神に対して受動的ではなく、能動的にも振る舞える人間の姿を発見するだろう。人間と神の間にあるこの「鏡の論理」を看破する知恵こそ神聖な叡知と呼べるものであり、あらゆる学問が究極の目的とするものなのだ。そして、それはとりもなおさず人間が最終的に到達する生の目的でもある。神の眼は人間の眼差しによってこそ開かれる。そして、この眼差しに照明された人間の営みこそが第一知性(ヌース)と呼べるものなのだ。」
ここに預言されたように、私は新神話という魔法を引っ提げて、「神に対して能動的に振舞える人間」になろうとしているのではないかと思います。であるなら、白球UFOが触媒になったのかも知れません。
いつかきっとさんに依頼したUFO関係の質問と回答、その解釈編を次にしておきましょう。そこにはくだけた話がいくつも出てきます。
12・21>Q 来年森野さんは宇宙人と会見できますか?  
  A 原案 歳出最大
なかなか有望な結果ですね。 これなら来年は勝海舟のような働きが開始できそうです。
すでに計画下にあったのでしょう。岡山はあの物語の背景そっくりのところなのです。
>Q 宇宙人は森野さんに対し、どういう思いを持っていますか?
  A 「一回だけではない」
私が若い頃に関わった宇宙人がまたやってきているのでしよう。クラリオン星人は、あのときの紳士に似ています。
家の中から必要なものがよく消えてしまうんです。 この家は神隠しするとんでもない家だと思ってましたが、種を明かせばこんなことか。 そのたびに記憶を消すものだから、健忘症の後遺症が出ています。 これでは不平等もいいとこ。記憶を消さないように強硬に主張することにします。
>Q 会見できるなら、宇宙人はどういうタイプの人種ですか?
  A 要望切実
何か切実な要望を持ってくるということでしようか。むしろこちらのほうから要望はたくさんあるのですが。なかなか難航しているといったことなのか。それとも新神話に何か要望があるんでしょうか。
⇒ きっと、新神話が神々や宇宙文明に高圧的に作用しているのかも知れません。邪神は粛清し尽くすとか、協力しなければ宇宙を廃止するとか。
>UFOと覚醒的に会うと、正常な生活が壊れると思いますが、いかがでしょう。変人奇人のレッテルが貼られることに耐えられるでしょうか?
あなたの解釈どおりになると思います。他人から見た目よりも、顕在意識では処理できずに発狂する可能性があるということでしょうね。
12・22 >Q [ a 「一回だけではない」]
  →もう何回も会っているということ?今後何回も会うということ?物が消えるのはそれ?  
 A 意見書相次ぐ 「共存の制度を」
(新神話では)宇宙文明のほうが科学は発達しているものの、宇宙存亡の鍵はこちらが握っているので、共存できる制度を整えたいとの意味かも知れませんね。
ということは、未だに宇宙文明は邪神側の司令のもとにあるのでしょう。邪神も宇宙人を介して交渉のテーブルを設けたいのかも知れません。 では、遭えるのは直接邪神か?
>Q 今後、森野さんとの会見では、記憶を消さないようにお願いします
 A 不安の声
上に書いたようなことがまずありうるわけですが、もしかすると次の回答と関連することなのかも知れません。
>Q [a 要望切実]→どういう要望ですか? 
A 光 
彼らとの会見は、肉体では無理なのかも知れません。つまり、顕在意識では不可能なのかと。
夢見の体という波動レベルの違う域でならOKなため、催眠術にかけられるというより、会見自体が夢の中で行われていて、夢をいかに思い出せるかにかかっているのかも知れません。ならばこちらの問題になり、夢見の達人になっておく必要があります。しかしそれも、地球の次元上昇で彼らの領域に近づくため、容易になっていくと考えられます。
それから「光」ということから思うのですが、これのことかな。
次元の隔たりをクリアーするステップだったのかも知れないことが、もう20年以上前にありました。ピラミッド瞑想中に、発光する白球UFOに眉間(第三の目)に飛び込まれたのです。そのとき視界全体が白光の海になり、私は発狂したと思ってその状態から必死で逃れようとしたので、すぐに正常に戻ったわけですが、その状態というのは、ラーマクリシュナがカーリー女神に会見したときに似ていることが、あとで彼の自伝で読んで知ったようなことです。
つまり、宇宙人は高次元の者というわけで、私はそれを受け入れていないのです。
きっと「切実要望」はもういちど光を受け入れろという意味ではないか。あの光をもういちど受け入れることができたら、私も幽肉の構造が変化して肉体で会見できるのかも知れません。あのときは予備知識がなかったので逃げてしまいました。エジプトのファラオも太陽神(星UFO)を身に帯びるために、ピラミッドの王の間の棺桶に横たわっているのですが、神的な宇宙人との会見には必要なことだったのでしょう。吉村作治氏のピラミッドの中でファラオが行っていた儀式の映像は衝撃的でした。
さらに言うなら、これがカバラの流れを汲む皇室やフリーメイソンやスカルアンドボーンズなどの秘密儀式の原型になっているわけです。が、彼らのやっていることは形骸にすぎません。太陽神を真に受け入れなくては、為政者(リーダー)になってはならないというのがほんとうではなかったでしょうか。だから、古今の皇室にも、秘密組織にも世の指導能力はないと言えます。
私もいまいちど、ピラミッドを作って、UFOの訪問に応じてみたいです。
>Q 森野さんとはどのように会う予定ですか?
  夢で?直接会っても忘れさせる?        
A 運営すべて手作り
手作りバージョンで会ってくれるということですよ。
イリュージョンであることは何においてもそうですが、私に合ったやり方を工夫してくれるのでしょう。
実はね、23日夜から24日朝まで激しい腹痛で眠れなかったのです。何度もトイレに行って出すんだけど、下痢ではないんです。朝方になってようやく痛みが引いてきてわかったのは、心臓に原因があるということだったのです。何時間にも及ぶ狭心症ないしは心筋梗塞だったみたいで、最後には左上腹部痛だけ残りましたから。つまり、臨死しなければまともに会見できないということだったかも知れません。
しかし、そんな危険なことをされても困ります。間違えれば、火の鳥に変身して新神話を敢然実行してしまいます。いちばんいいのは、心臓を治し、夢見がしっかりできるよう促進してから会う、それも早くというのがほんとうでしょう。
いつかさんが気がつかれて次の質問をされているように、私の関わる宇宙人は異次元(しかもあの世の次元)の存在であり、特別の手作り仕様の場(臨死つまり中陰の場)を用意しようとしたのでしょう。しかし危ないなあ。
あちらの技術では直接会見は無理なのか。それとも私の相手が特別なのか。クラリオン星人ではないのですね。
>26日
>Q UFOで来ている宇宙人は、異次元の存在ですか?   
  A 源 (「財源」から抽出)
創造の源あるいは拠って来たる源(霊界次元)からUFOで来ているということか。
まさに想像する星の子UFOそのものです。
古代中東では、高い山の向こうから大挙してやってくる星の子を先祖霊(ウルバン)の帰還と信じて盂蘭盆会を催しました。これが仏教とともに日本に伝来したのです。
>Q その宇宙人と森野が顕在意識で直接会うと危険ですか? 
  A 問題 提供 複数回
  (表見出し━「期限切れ野菜提供 ラベルはがし複数回」
   →総合的に、問題ありということか)
どうしても地上への顕われは遅れが出ます。神界でまず事が済んでも、地上には遅れて出てきますから、情報が陳腐化するということなのか。時代はどんどん流動化しているのに、期限切れ情報がもたらされても混乱するだけです。ジュセリーノの予知夢でも流動化の波に吞まれて変更され、混乱の元となっているのに、宇宙人との直接会見ならいっそう時間がずれるということなのか。
そして依然、ラベルはがし(記憶消去)を慣習にしているふうです。発狂の不安があるという理由ですが、はがしがあると何にもなりません。それだけで、こちらではさらに記憶を思い出すまで時間がかかり、情報は陳腐化してしまいます。
いずれにしても、問題があると言っているようです。では旧態依然としたチャネリングしか方法がないというのでしょうか。それでは普通の人を納得させることは到底できないのです。ほんとうに、箸にも棒にもかからぬ、まどろっこしい三次元密度世界です。
ん? もしかして異次元の宇宙人とは、天上人の宴に出てくるロアーなのかな??
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/tenjobito8.htm