琵琶湖周航の歌9・・・伊吹山眺望

今回もまたPさんからすばらしい写真の提供がありました。
琵琶湖周航の歌シリーズもまたとなる、伊吹山の絶景です。
また、写真に付随してのコメントも豊富です。
彼からの要望もあり、その奥人流見解も用意いたしました。
伊吹にかかる雲・雲・日輪
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伊吹山にかかる雲
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伊吹山全貌
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伊吹山頂に射した日輪
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伊吹山頂の様子
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伊吹残雪
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関ヶ原市街を望む
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巌(いわお)と伊吹
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白山方向を望む
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Pさんからのコメント(途中、リーマン氏の記事引用を含む)
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4/20(日曜日)、朝から曇っておりましたが、何となく伊吹山の神に呼ばれたような気がして、午前中の遅い時間に家を出発しました。滋賀県南部は晴れていたのですが、北部は一面に雲が広がっておりました。そこで、いつものことですが、伊吹の神をブログにて紹介させてもらいたいので、どうにか晴れてくれるようにお計らい下さいと天気の神に祈りました。ドライブウェイは、滋賀と岐阜の県境を少し岐阜側に入った所から登るのですが、岐阜側に近づくにつれて、どんどん晴れて、またも神の恩寵を感じることができました。ドライブウェイの途中で、伊吹山の全貌が見え、写真をとっても良いよ・・・と感じましたので、激写して参りました。さすがに頂上一帯は、雲がかかってガスっておりまして、できれば琵琶湖側の写真をとって「龍脈」の流れを皆さんに感じて頂ける写真を撮りたかったのですが、それは残念ながらかないませんでした。ただ、白山側は山腹で見ることができました。及び、最近「空性」について考える所があり、何かそれのヒントとなるような、神秘的な雲の様を自然から教えてもらったような気がします。
大自然には神が宿り、その美しさは筆舌に尽くしがたいと感じました。それを感じさせるようなシーンをいくつも見ることができました。
自分Pが、リーマン様の記事等から推察したのですが、琵琶湖-瀬田川-宇治川-淀川は、白山・能郷白山・伊吹 の山等からなる、風水上の「父祖山」から「龍脈」を通すルートであり、風水上の理論として大阪北部や神戸が「都市」として発展する計画が、そもそも神の元々の思惑としてあったように思えます。また龍(龍脈)が動く場所は、地震の発生する場所であって、琵琶湖もその西側に活断層を抱えていることから、エネルギーの循環するルートであったことは、容易に想像されます。この「大風水論(推定)」は、平安京や天海の大江戸などの「小風水論」に比較すると、神の領域を感じさせる規模の大きいものです。
また、伊吹山は主に石灰岩で構成されており、アルカリ性の強い土地であります。アルカリ性=還元力=反腐食作用=イヤシロチ という意味づけがありそうです。
また、地図を見ていて思ったのですが、伊吹山山頂が、琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)とほぼ同緯度にあることも面白いと感じました。
以下は、伊吹に関連した、伊勢-白山 道 の リーマン様 の記事の抜粋であります。
【大祓詞(おおはらえのことば)は、神道の中枢であり、その
文章は荘厳にして流麗、そして神秘さを感じさせる、まさ
に言霊の極致です。
大祓詞の成立を、私は過去にリーディングしておりましたが
長い間、明かすことを神霊より止められておりました。
やっと、許可が出ましたので書きます。
この祝詞が降ろされる状況を霊視しました。
神界より波動を受けて、この祝詞を現した人は、驚くことに
女性でした。 大霊覚者です。 倭姫命です。
感応した場所は、滋賀県の 伊吹山です。山頂から、琵琶湖
伊勢方面に朝日を拝したとき、降ろされました。
読者の方から 君が代 について感想を求められました。
現代語訳
  君が代は、千年も八千年も、細石(さざれ石)が大きな岩
になって、それにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと
続きますように。
歌自体に私は何も拘りが有りませんが、さざれ石 に霊的な
ものを感じました。さざれ石とは、細かい石・小石の意であり
それが巌(いわお)となった状態のものが現在、さざれ石と
呼ばれています。日本では滋賀県・岐阜県境の 伊吹山が
主要産地です。過去記事大祓詞で出てきた 伊吹山です。
明治時代の神道家・大石凝真素美(1832~1911)は
琵琶湖を舞台に人類が発生したと幻視しました。
2種類の人類が居り、1つは石から、もう1つは土
から人類が発生したと霊視しました。
この琵琶湖周辺から人類が誕生して、日本の地
から世界中へ人類が散ったと主張するのです。
 
私は、琵琶湖に面する 伊吹山から出る希少な
さざれ石が、大石凝が人類の元と観た石だと感じ
ます。この荒唐無稽な話の真意は分かりません。
ただ、琵琶湖は人体の子宮の形を現し、無から有を
出す場所と霊的に感じ、淀川は産道であり、生まれ
出た赤子が淡路島と私は感じます。
大石凝さんの霊覚は、私には非常に高度なものを感
じますので、たんなる戯言と切り捨てる気になり
ません。太古の地球に、 伊吹山が重要な場所であり
その背後には 白山 が控えているのは、大きな
意味が隠されています。
生かして頂いて ありがとう御座います】
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写真とはまさに真の姿を写し取るもの。
千メートル級の山とはいえ、伊吹山の威容は冷厳な男神の神体を思わせるに足る堂々たる風貌を湛え、
古人が登攀に挑戦する者を寄せ付けぬ、偉大な父の威厳を感じたとしても不思議ではない思いをいたすものであります。
そこがまた、苔むすさざれ石の謂れとなった場であることは、千古不磨の頑強さと鍛え上がった不屈の思いを重ね合わせさせ、
なおのこと荒ぶる山の神の御座所とされたであろうことを想像するものであります。
琵琶湖が人類発祥の地・説には、心では賛同するものの、この世次元でのストーリーではないという思いを持ちます。すなわち、神話の歴史空間における原型的手続きの中で行われたものかと推察します。
同様に、琵琶湖は万物を生み出す母の子宮という見立ても、神話の象徴的空間においてのことでありましょう。神話はその中でストーリーする者によって、この世に影響を及ぼす魔法を起動する目的で発されるもの。
そのために古人は、地形に意義ある名前を刷り込み、長い年月、神々の伝承を彫り込んで、神話構築の下地をこの世に象徴物として遺してきました。
神話はこの世の状況を見ながら、その時々のシャーマンが古式に則りながら随時に改変し、世の指導原理たらしめようとするものであるというのが、私の説です。
今でもその原理は変わっておらず、今こそこの原理によって新神話を作り、世を異界の側から傀儡師の如く良導していく時がきているという実感をいたすものであります。
リーマン氏もその意図で発想されていると見られ、私のしてきた山の頂を目指す登攀を、別のルートから目指されているように思われます。
この試みはいくつもの他のグループによっても手がけられている。それゆえ、こちらで失敗したとしても、後悔することのないように諭された方士の言説を確認する思いがしております。
しかし、同じ山頂を目指すとしても、歩き方も装備もルートも異なります。その間で持ち物や得物の比較をし合っても仕方のないことではあるものの、この情報化社会ですから、噂も助言も随時やってくるわけで、こちらの道はこんな道だと足元を再確認する意味でも、この比較は受けて立たねばならないと感ずる次第です。
さて、そうした中で、私からも質問をリクエストしましたのは、リーマン氏の元伊勢観についてでありました。
というのも、現伊勢観がどうやら異なっているので、その初源を質そうとしてのことであります。そのカナメになるのが、ホツマにいう国常立神の執政地として象徴される地の元伊勢であったわけで、ことさら私の関係先でもあることから、この地を指定いたしました。
そして、Pさんが膨大な彼の書庫から見つけ出してくれました。
それは次のようです。
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【◆リーマン 2007/05/03(木)
>>827
元伊勢内宮皇大神社と日室ヶ嶽の関係
 
古いですね。 今の伊勢神宮の雛形が全てあるのですね。
ただ、霊的な役目は一応済んだので、ただ 悠久の時 が流れるのを見てる感じです。
北極星も変転するように、時代時代に 神の柱 が立つ場所も代わります。
今の時代は 伊勢 なんです。
 
日室ヶ嶽は神の山なので、原則的に神のテリトリーに入ることは禁止されます。
とくに東斜面は絶対神聖で今も禁足地なんです。 そこに、人が踏み込むと神罰が下り
一月以内に死ぬと言う伝承があり、実際に過去イロイロ有ったそうですが、昭和の時代に
金井南龍と言う行者が、東斜面から入山して登頂したのですが、彼は死にませんでしたね。
◆リーマン   元伊勢 (天橋立)   070729#005
「 元伊勢」と呼ばれている宮津の「籠神社」や大江の「皇大神社」について
 
・・・昔は、そこに神界の中心の反映があり
光柱が立っていた、時代がありました。
やはり、時代時代で北極星も変わるように、光柱が
立つ場所も変わるのです。
今は、伊勢神宮と白山に光柱が立つ時代です。】
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これらは質問者がいて、その方への回答として彼の脳裏に情報がもたらされるという、私もそのようであったから(私の場合は自問自答が多かった)理解できる方法かと思います。実際、疑問を発すれば直ちに回答が閃くというもので、またそれが絶妙のシンクロを見せることが多く、この方法の確かさの確認を幾度もしてきております。
それというのも、若い頃から絶えず世の意味を問いかけ、真剣に真理探究をしたからかと思います。いつの頃からか情報塊として回答が落ちてくるようになり、一時期、メモ用紙の中に布団を敷いて寝るという異様な時期も経ました。UFOブームの頃には、上空に情報源のUFOでも居るのではないかと訝ったこともしばしば。
しかし、道はそれぞれに異なり、もたらされる情報もその人に応じたものとなるように思います。
当初から伊勢には関心がなく、元伊勢を知ることになって以降、その対置から伊勢を覗うようになったような次第。よって、真に理解できておらずに独自の見解に終始することを、前もってご容赦願いながら回答させていただくことにします。
まず、
>元伊勢内宮皇大神社と日室ヶ嶽の関係
今の伊勢神宮の雛形がすべてある、というのは同意できますが、
霊的な役割は済んではいないと思います。
活動を終わらせようとする力は働いているようですが、1970年代後半以降に
地元民によって頻繁に不思議な活動が目撃されていることから、これは何かからの要求に違いないと
思わせるものがありました。
次はその記録(上)と、SFを交えた事実に基づく物語(下)です。
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/kakuresato.htm
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/harukano.htm
また、神体山の登攀には命が懸かっているという説も、いまや過去のものと
なっているようです。知り合いに登攀した者は二人おり、少なくともひとりは峻険な
斜面からの経験者です。この地の不思議目撃者でもあることから、危険を推しての登攀は、選ばれた者の
自覚ゆえだったかもしれません。
>「 元伊勢」と呼ばれている宮津の「籠神社」や大江の「皇大神社」について
当地にむかし、神界からの反映の光が当たっていたというのは確かかと思います。
そして今は、現伊勢とのご指摘ですが、私の構築する神話との抵触があり、お互いの力を殺ぎ合う結果になることを懸念しつつも、はっきり申すのですが、今の伊勢には、祭神の真贋に光が当たらない限りは、真の機能を果たし得ないの観を持っております。
願わくば、その光を当てて、ぜひその時代を切り開いていただきたいところです。
しかしこれも、私の仮説にすぎぬこと。(といっても私の時空では真実ですが、みなさんの時空ではそうとは限らないということ)
読者は、こんな話もあるのだなあといった趣で読んでいただきたく思います。

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