鉢・プランター栽培キャベツ 報告

4/30報告 農事メモ
キャベツ編
なぜこの野菜を真っ先に手がけたかというと、生育の後に見込まれるボリュームと栄養価の高さによる。
食糧危機がそこまで足音を忍ばせているときに、もっとも効率よく緑の野菜を摂取できることは、我々が穀類と野菜で日々を送ることのできる生き物であることを見れば、生存の必要条件の一角を満たしたことになるだろう。これは特に都市部に住む人が、ベランダや隣家との間の狭いスペースを使い、少ない耕地面積でどれほどのことができるかを知っておけば、いざ危急の場合にも、あわてることのない心に繋がるものと思われる。
おそらく野菜のうちでも、キャベツはそのボリュームにかけては、葉の一枚一枚がすでに小松菜や春菊を凌駕していよう。
問題は作り易いかどうかにあったが、これも申し分ないことがわかった。
鉢植え、プランター植えで、玉巻はなかなかしてくれないものの、その葉の一枚一枚を掻いて取りながら食する分には、やや葉が硬くて味が劣るとしても、随時の食料として十分間に合うものと思われる。
もし、いつかきっとさんのアドバイスがなかったら、玉巻が終わるまで待っていたことだろう。しかし、省スペース下での満足な玉巻は期待できそうもなく、随時刈り取っている。これも市販しない自家消費のものだからこの自由があるわけだ。
種は「時無しキャベツ」と銘打ったもの。
四季のいつでもが種まき可能というすぐれもので、園芸店、ホームセンターのどこにでも売っている。
実際、去年の9月に箱に種を撒いて、収穫が3,4月になった(自称)第一世代は、ちょうど冬の寒い時期に生育期にあって、テンポは緩やかながらも順調に推移した。
虫のいない時期に相当したこともあり、空と地中からの脅威を受けることもなかった。
第一世代はこうしてすべて収穫が完了し、その最後の幾分かはいま冷蔵庫の中にある。
第一世代・・・こんなのできた
鉢の土10Cmでこんなのできた
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ベランダの大型プランターでこんなのできた(収穫したて)
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第二世代は昨年12月に、第一世代同様に種まきし、いったんポットで育てて、鉢とプランターに定植、現在まだ玉巻にかからないものの、大きな葉を高々と掲げている。
発芽の度合いは良好で、50ほど撒いて30程度発芽している。ポットでの生育中に脱落するものがいくつか、水のやりすぎが原因か、根が太らずやがて萎れてしまった。
現在、鉢植えが8鉢8株。プランター植えが11鉢17株。計25株が成長している。
防虫対策は早くからしていた。防寒対策にもなると考え、カンレイシャで覆うことを昨年12月からしていた。空からの虫の脅威は、ようやくこの4月にモンシロチョウなどが飛んでくるようになって、対策あればこその感を深めている。ところが、地中からの脅威があった。ナメクジが食しているようだ。鉢をどけたりすると、下にちゃんといたりする。これが夜間這い上がってきて、葉の面にテカリを残しながら食っているわけだろう。
マカロンさんのアドバイスによれば、人体に害のある部分を食べてくれているとのこと。ならば防除する必要もないとそのままにしている。実際、妹に鉢から取れたてを持って帰らせたが、後から報告してきたによると、玉の中までいっぱいナメクジが居たそうだ。しかしそこは妹。農薬害のない良品としてちゃんと洗って食べているそうだ。
現在は今年の2月の終わりに撒いた第三世代が、まだ小さく不安定さを見せながらも、鉢、プランターに定植されて育っている。本葉5,6枚といったところか。これも発芽がよく、50のうち30以上が発芽。しかし、弱弱しく萎えたりしていつしか数を減らし、現在では20株となっている。
キャベツだけは、栽培面積が要る。耕地面積確保のために、マンション風にしようとキャベツのお城を作った。しかし、建築部材が寸足らずで、満足いく収容力がなく、けっか第二世代のみのお城となっている。(お城の増設を検討中で、第三世代は目下ベランダ住まい。これもうまくいくと7,8月には収穫できるか。できればいいな)
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第四世代は・・・ああ、もうスペースがない。しかし、ペースとしては5月にも種まきしたいところ。水耕栽培する手はないだろうか。

琵琶湖周航の歌9・・・伊吹山眺望

今回もまたPさんからすばらしい写真の提供がありました。
琵琶湖周航の歌シリーズもまたとなる、伊吹山の絶景です。
また、写真に付随してのコメントも豊富です。
彼からの要望もあり、その奥人流見解も用意いたしました。
伊吹にかかる雲・雲・日輪
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伊吹山にかかる雲
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伊吹山全貌
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伊吹山頂に射した日輪
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伊吹山頂の様子
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伊吹残雪
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関ヶ原市街を望む
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巌(いわお)と伊吹
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白山方向を望む
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Pさんからのコメント(途中、リーマン氏の記事引用を含む)
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4/20(日曜日)、朝から曇っておりましたが、何となく伊吹山の神に呼ばれたような気がして、午前中の遅い時間に家を出発しました。滋賀県南部は晴れていたのですが、北部は一面に雲が広がっておりました。そこで、いつものことですが、伊吹の神をブログにて紹介させてもらいたいので、どうにか晴れてくれるようにお計らい下さいと天気の神に祈りました。ドライブウェイは、滋賀と岐阜の県境を少し岐阜側に入った所から登るのですが、岐阜側に近づくにつれて、どんどん晴れて、またも神の恩寵を感じることができました。ドライブウェイの途中で、伊吹山の全貌が見え、写真をとっても良いよ・・・と感じましたので、激写して参りました。さすがに頂上一帯は、雲がかかってガスっておりまして、できれば琵琶湖側の写真をとって「龍脈」の流れを皆さんに感じて頂ける写真を撮りたかったのですが、それは残念ながらかないませんでした。ただ、白山側は山腹で見ることができました。及び、最近「空性」について考える所があり、何かそれのヒントとなるような、神秘的な雲の様を自然から教えてもらったような気がします。
大自然には神が宿り、その美しさは筆舌に尽くしがたいと感じました。それを感じさせるようなシーンをいくつも見ることができました。
自分Pが、リーマン様の記事等から推察したのですが、琵琶湖-瀬田川-宇治川-淀川は、白山・能郷白山・伊吹 の山等からなる、風水上の「父祖山」から「龍脈」を通すルートであり、風水上の理論として大阪北部や神戸が「都市」として発展する計画が、そもそも神の元々の思惑としてあったように思えます。また龍(龍脈)が動く場所は、地震の発生する場所であって、琵琶湖もその西側に活断層を抱えていることから、エネルギーの循環するルートであったことは、容易に想像されます。この「大風水論(推定)」は、平安京や天海の大江戸などの「小風水論」に比較すると、神の領域を感じさせる規模の大きいものです。
また、伊吹山は主に石灰岩で構成されており、アルカリ性の強い土地であります。アルカリ性=還元力=反腐食作用=イヤシロチ という意味づけがありそうです。
また、地図を見ていて思ったのですが、伊吹山山頂が、琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)とほぼ同緯度にあることも面白いと感じました。
以下は、伊吹に関連した、伊勢-白山 道 の リーマン様 の記事の抜粋であります。
【大祓詞(おおはらえのことば)は、神道の中枢であり、その
文章は荘厳にして流麗、そして神秘さを感じさせる、まさ
に言霊の極致です。
大祓詞の成立を、私は過去にリーディングしておりましたが
長い間、明かすことを神霊より止められておりました。
やっと、許可が出ましたので書きます。
この祝詞が降ろされる状況を霊視しました。
神界より波動を受けて、この祝詞を現した人は、驚くことに
女性でした。 大霊覚者です。 倭姫命です。
感応した場所は、滋賀県の 伊吹山です。山頂から、琵琶湖
伊勢方面に朝日を拝したとき、降ろされました。
読者の方から 君が代 について感想を求められました。
現代語訳
  君が代は、千年も八千年も、細石(さざれ石)が大きな岩
になって、それにさらに苔が生えるほどまで、長く長くずっと
続きますように。
歌自体に私は何も拘りが有りませんが、さざれ石 に霊的な
ものを感じました。さざれ石とは、細かい石・小石の意であり
それが巌(いわお)となった状態のものが現在、さざれ石と
呼ばれています。日本では滋賀県・岐阜県境の 伊吹山が
主要産地です。過去記事大祓詞で出てきた 伊吹山です。
明治時代の神道家・大石凝真素美(1832~1911)は
琵琶湖を舞台に人類が発生したと幻視しました。
2種類の人類が居り、1つは石から、もう1つは土
から人類が発生したと霊視しました。
この琵琶湖周辺から人類が誕生して、日本の地
から世界中へ人類が散ったと主張するのです。
 
私は、琵琶湖に面する 伊吹山から出る希少な
さざれ石が、大石凝が人類の元と観た石だと感じ
ます。この荒唐無稽な話の真意は分かりません。
ただ、琵琶湖は人体の子宮の形を現し、無から有を
出す場所と霊的に感じ、淀川は産道であり、生まれ
出た赤子が淡路島と私は感じます。
大石凝さんの霊覚は、私には非常に高度なものを感
じますので、たんなる戯言と切り捨てる気になり
ません。太古の地球に、 伊吹山が重要な場所であり
その背後には 白山 が控えているのは、大きな
意味が隠されています。
生かして頂いて ありがとう御座います】
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写真とはまさに真の姿を写し取るもの。
千メートル級の山とはいえ、伊吹山の威容は冷厳な男神の神体を思わせるに足る堂々たる風貌を湛え、
古人が登攀に挑戦する者を寄せ付けぬ、偉大な父の威厳を感じたとしても不思議ではない思いをいたすものであります。
そこがまた、苔むすさざれ石の謂れとなった場であることは、千古不磨の頑強さと鍛え上がった不屈の思いを重ね合わせさせ、
なおのこと荒ぶる山の神の御座所とされたであろうことを想像するものであります。
琵琶湖が人類発祥の地・説には、心では賛同するものの、この世次元でのストーリーではないという思いを持ちます。すなわち、神話の歴史空間における原型的手続きの中で行われたものかと推察します。
同様に、琵琶湖は万物を生み出す母の子宮という見立ても、神話の象徴的空間においてのことでありましょう。神話はその中でストーリーする者によって、この世に影響を及ぼす魔法を起動する目的で発されるもの。
そのために古人は、地形に意義ある名前を刷り込み、長い年月、神々の伝承を彫り込んで、神話構築の下地をこの世に象徴物として遺してきました。
神話はこの世の状況を見ながら、その時々のシャーマンが古式に則りながら随時に改変し、世の指導原理たらしめようとするものであるというのが、私の説です。
今でもその原理は変わっておらず、今こそこの原理によって新神話を作り、世を異界の側から傀儡師の如く良導していく時がきているという実感をいたすものであります。
リーマン氏もその意図で発想されていると見られ、私のしてきた山の頂を目指す登攀を、別のルートから目指されているように思われます。
この試みはいくつもの他のグループによっても手がけられている。それゆえ、こちらで失敗したとしても、後悔することのないように諭された方士の言説を確認する思いがしております。
しかし、同じ山頂を目指すとしても、歩き方も装備もルートも異なります。その間で持ち物や得物の比較をし合っても仕方のないことではあるものの、この情報化社会ですから、噂も助言も随時やってくるわけで、こちらの道はこんな道だと足元を再確認する意味でも、この比較は受けて立たねばならないと感ずる次第です。
さて、そうした中で、私からも質問をリクエストしましたのは、リーマン氏の元伊勢観についてでありました。
というのも、現伊勢観がどうやら異なっているので、その初源を質そうとしてのことであります。そのカナメになるのが、ホツマにいう国常立神の執政地として象徴される地の元伊勢であったわけで、ことさら私の関係先でもあることから、この地を指定いたしました。
そして、Pさんが膨大な彼の書庫から見つけ出してくれました。
それは次のようです。
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【◆リーマン 2007/05/03(木)
>>827
元伊勢内宮皇大神社と日室ヶ嶽の関係
 
古いですね。 今の伊勢神宮の雛形が全てあるのですね。
ただ、霊的な役目は一応済んだので、ただ 悠久の時 が流れるのを見てる感じです。
北極星も変転するように、時代時代に 神の柱 が立つ場所も代わります。
今の時代は 伊勢 なんです。
 
日室ヶ嶽は神の山なので、原則的に神のテリトリーに入ることは禁止されます。
とくに東斜面は絶対神聖で今も禁足地なんです。 そこに、人が踏み込むと神罰が下り
一月以内に死ぬと言う伝承があり、実際に過去イロイロ有ったそうですが、昭和の時代に
金井南龍と言う行者が、東斜面から入山して登頂したのですが、彼は死にませんでしたね。
◆リーマン   元伊勢 (天橋立)   070729#005
「 元伊勢」と呼ばれている宮津の「籠神社」や大江の「皇大神社」について
 
・・・昔は、そこに神界の中心の反映があり
光柱が立っていた、時代がありました。
やはり、時代時代で北極星も変わるように、光柱が
立つ場所も変わるのです。
今は、伊勢神宮と白山に光柱が立つ時代です。】
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これらは質問者がいて、その方への回答として彼の脳裏に情報がもたらされるという、私もそのようであったから(私の場合は自問自答が多かった)理解できる方法かと思います。実際、疑問を発すれば直ちに回答が閃くというもので、またそれが絶妙のシンクロを見せることが多く、この方法の確かさの確認を幾度もしてきております。
それというのも、若い頃から絶えず世の意味を問いかけ、真剣に真理探究をしたからかと思います。いつの頃からか情報塊として回答が落ちてくるようになり、一時期、メモ用紙の中に布団を敷いて寝るという異様な時期も経ました。UFOブームの頃には、上空に情報源のUFOでも居るのではないかと訝ったこともしばしば。
しかし、道はそれぞれに異なり、もたらされる情報もその人に応じたものとなるように思います。
当初から伊勢には関心がなく、元伊勢を知ることになって以降、その対置から伊勢を覗うようになったような次第。よって、真に理解できておらずに独自の見解に終始することを、前もってご容赦願いながら回答させていただくことにします。
まず、
>元伊勢内宮皇大神社と日室ヶ嶽の関係
今の伊勢神宮の雛形がすべてある、というのは同意できますが、
霊的な役割は済んではいないと思います。
活動を終わらせようとする力は働いているようですが、1970年代後半以降に
地元民によって頻繁に不思議な活動が目撃されていることから、これは何かからの要求に違いないと
思わせるものがありました。
次はその記録(上)と、SFを交えた事実に基づく物語(下)です。
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/kakuresato.htm
https://rainbow.xn--kss37ofhp58n.jp/story/harukano.htm
また、神体山の登攀には命が懸かっているという説も、いまや過去のものと
なっているようです。知り合いに登攀した者は二人おり、少なくともひとりは峻険な
斜面からの経験者です。この地の不思議目撃者でもあることから、危険を推しての登攀は、選ばれた者の
自覚ゆえだったかもしれません。
>「 元伊勢」と呼ばれている宮津の「籠神社」や大江の「皇大神社」について
当地にむかし、神界からの反映の光が当たっていたというのは確かかと思います。
そして今は、現伊勢とのご指摘ですが、私の構築する神話との抵触があり、お互いの力を殺ぎ合う結果になることを懸念しつつも、はっきり申すのですが、今の伊勢には、祭神の真贋に光が当たらない限りは、真の機能を果たし得ないの観を持っております。
願わくば、その光を当てて、ぜひその時代を切り開いていただきたいところです。
しかしこれも、私の仮説にすぎぬこと。(といっても私の時空では真実ですが、みなさんの時空ではそうとは限らないということ)
読者は、こんな話もあるのだなあといった趣で読んでいただきたく思います。

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ベランダ栽培

我が家は狭い。ベランダがあるといっても、ここで耕作をとなれば、1坪を通路にし1坪を利用するという格好になる。
このため、省スペースであることが必須となる。鉢やプランターも置いているが、これではたちまち埋まってしまうし、とてつもなく重くなってしまう。
そこで、水耕栽培との折衷的方法として、ペットボトル栽培を試みた。目下、シュンギクとコマツナ、そして花が対象だ。
たとえばこれなど、露地よりもまだ生育がいいくらいだ。写真下はペットボトル不足で焼酎の紙ケースを利用している例。
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問題はポッドにある移植先を探す暫定苗である。コマツナ、シュンギク、キャベツ、花類。
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露地はまだ多少空いているが、日陰になる。ペットボトルがなかなかいいので、これに類したものとしてこんなものを工夫してみた。
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ラミネートフィルムをセロテープでとめて、底を不織布で覆ったものである。昔、たまたまこんな装置セットを安く手に入れていた。不用品の再利用ができてとてもいい。ただし、昔の傘貼り内職のようなことをすることになる。これも食い詰め武士ゆえ。長屋で頑張りましょう。
これがいずれ重量級のキャベツを除く、苗の定着先になるだろう。
さて、いつでもレタス式水耕栽培の途中経過を。写真の下に行くほど最近日となる。
こんなものを準備
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こんな手順で
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今日の状態
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本当はもっと親切な記事だったのだが、エンター一発押したら消えてしまった。
いきおい質と量を落とした過労気味記事となりました。申し訳ない。
只今の調査時点の数

レタスの水耕栽培をトライ

4月に入ると、どんな植物も発芽率が高くなるようだ。
3月に始めたレタスの水耕栽培。(いつでもレタス・伊藤龍三著に準拠)そのときの発芽率は10%ほどだった。
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ところが4月7日にスポンジ上に撒いた種は80%以上発芽し、1ブロックあたり2,3粒だった前回に懲りて、1ブロックあたり5,6粒撒いたそのほとんどで発芽してしまい、今度は多産状態になってしまった。
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私はできた赤ちゃん苗はみんな生かしてやりたい気持ちでいる。せっかく生命を得てやってきた野菜なら、せめて食されることで役を全うさせてやりたいのだ。このため、うまく抜いて外せた場合は、別のスポンジ地を用意してでも育ててやりたいわけだが、ここまで早く育ってしまうと、根が深く潜っており、外す際に切れてしまう。このため、できる限りの努力をするに留まることを、不遇なレタス君たちにはお許し願っている次第だ。
バーミキュライトの培養地 (下から A4トレイ、それに収まるざるトレイ、バーミキュライト1Cm厚)
そこをハイポニカA,B液それぞれの500倍水溶液で浸しておき、
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プラスチックカップ(行楽などに使うコップ)を事前に、底を10円玉大の穴と、隅の二箇所に空気穴を空けて
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そこにスポンジのブロックごとに苗を切り取り、プラカップの底穴に装着して、ざるトレイの中に順次配置していく、
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こうして前回と併せて、最低でも72株が目下のところ水耕栽培状態に突入したところである。あとまだ30株以上(多産状態から助けようとすればもっと多くなるだろう。108株ほどになる見込みだ。煩悩の数)
本日は資材が不足し買いに出たりして夕刻になってしまい、ここまでで置いたわけだが、明日に予定の菊の植え替えの後にやってしまうつもりだ。とにかく、今は植物の育ちに追い立てられるようにして農繁期になっている。皆さんへのケアーがおろそかなのはいつものことながら、いっそう手薄になることをお許し願いたい。

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本日は晴天なり

今日は朗報と快活になる話が目白押しだった。
それを今回は記事にした。
1 朗報・・・ダイモンバッジが当たった
さて、このブログの右欄に表示している映画「ライラの冒険」の、カラスのダイモンバッジが抽選の結果、当たったので報告だ。USENから本日送られてきた。
カラスのダイモンが偶然割り当たったことだけでも、我ながら甚く喜ばしくまた光栄なことだった。ここで、バッジまで割り当たったわけで、いっそうこのダイモンがいとおしくなってくるのは、何も私ばかりではないだろう。これからの抱負としては、立派なカラスになって、精進に励み、ん? 
2 朗報・・・花の赤ちゃん苗の独り立ち
さてもうひとつ朗報だ。花の赤ちゃん苗のポット上げを本日ようやく完了した。
花の苗も野菜の苗も、種まきが密集していれば、のきなみ絡み合うようにして伸びてくる。それをほどいて、できるだけ一々の赤ちゃんをたいせつにして独立させることのたいへんなこと。肩は凝る。頭痛はしてくる。そして、植え付ける場所が絶対的に足りない。
こうなれば、壁掛けハンギングで縦向きに数をこなすしかないなあ。どんなふうになっていくか、今後写真掲載していくことにしよう。
3 憑依霊の妙技をお見せしよう(されどノーコン)
今朝5時から6時にかけての明るくなってからの夢は、まさに憑依夢と言ってもいいようなものだった。
日本地図を見る用事があって、壁いっぱいに掛けられた日本列島の収まる地図(南北ではなくて、沖縄諸島から北海道の先までが縦に収まるような地図)を、私は下から上に沿って見ていったのだったが、なぜかたくさんの温泉マークの湯気を取り除いた半楕円が色鉛筆で書き込まれている。
何だこれ?と思いながら右を見ると、あのニラサワさんがいて、隣の壁にかかった地図に書き込んでいた。
彼が何か話してきたのだが、それについては夢から覚めると共に忘れてしまった。その後、彼は書斎の机に座って向こう向きながら、私に問うた。「何か(講演で披露できる)特技はあるの?」って言われたのだ。どう答えようか考えているうちに目が覚めてしまった。
どうも考えるに、その時の私は、彼の主催するクラブの誰かに憑依していたのではないだろうか。
以前、金正日の側近になっている夢を見たことが二度あるが、これも側近の誰かの眼になって、金を見ていたのである。
ジュセリーノ氏なら、憑依という形をとることなく、災難の現場を眺めることができるが、私は誰かの眼を利用しているに違いないし、加えてその人物の思考をコントロールして物を言わせている感もある。
これを憑依と言わずに何としよう。
しかし私は、Pさんのように、憑依する相手にターゲットを絞ることができない。しかし、無作為に偶発的に起きているというより、憑依先を、何か別の節理からあてがわれているかのようなのだ。というのも、北朝鮮の核問題盛んな時期に金の側近になった夢。今朝の場合は、一度4時に目が覚め、ジュセ予言Ⅱに目を通してから、また寝たときに見た夢なのである。必要な情報を収集しようという動機があるわけだ。私がよく忍者ものや工作員もので、コメントにおどけを示すのは、私の魂が根っからの忍びで工作員だからだ。魂がちょっと自由になれば、距離の遠近や壁の有無に関わらず、あちこち調査に出向いているのだ。身体を動かす必要はない。この場にいて、意識が飛び回っている。
さて、話をそらしてはいけない。問題は、あの地図のマークがいったい何だったのかである。目が覚めてから思いあぐねるのはそのことばかりだ。
多分そのマークは大型宇宙船のことであり、マークされた位置に配備されて、日本列島の守りの体制が出来上がるのではないかと思えたようなことである。マークの数は、日本列島を覆うような格好で、30くらい(いや、もっと多い。50くらい)あった。
もしかしたら、彼はニラサワ星人と言われているが、ほんとうに宇宙人なのか、それとも将来的に宇宙人との仲介役をするようになる人なのかもしれないと思えたようなことだ。
202X年に日本列島がM9.8で崩壊するとなっていた箇所を読んだ直後の夢なわけだ。これもニラサワさん。となれば宇宙人事も彼なのかと思えたようなことだった。

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